Tumgik
#霧氷 ライム
hfr-stmtg · 11 months
Text
Tumblr media Tumblr media
SCAT.CHAOS.PARTNER HO404
霧氷 ライム
3 notes · View notes
yoml · 7 years
Text
[翻訳] Pretend (You Do) by leekay #6
「うそぶく二人」
第6章 
街での一夜と、よくない考え 
原文 Chapter 6:  A Night On The Town and A Very Bad Idea
 ヴィクトルは煌めく街を眺めていた。深く息をつくと、目の前のビルをぼかす薄い霧の中に温かな自分の息が滞るのが見えた。バルコニーは寒く、春先とはいえ夜になるとまだ冬の寒さを引きずっている。深くもたれかかっているせいで、冷え切った手すりが腰に食い込む。寒い季節に旅をするといつも、ヴィクトルはこうした瞬間を愛し、同時に嫌いだと思った。氷のような空気が街を変容させ、霜で覆われた外界に抵抗するように家々に明かりが灯る様を見るのは好きだった。だけどそれと同じくらい、ヴィクトルは太陽の世界を欲していたのだ。
 緩んだ包帯を巻きなおすと、まだ完治していない骨の奥にまで冷気が染み込むように感じた。ヴィクトルがちゃんと怪我をいたわり、バカみたいなトレーニングに打ち込みさえしなければ、手はもう治っているはずだった。ヴィクトルのそんな様子を、コーチであるヤコフは呆れながらも最初は理解してくれた。しかし2回目ともなると、激しく叱責した。
 ヴィクトルは目を閉じ、また深く呼吸をしながらその日の午後を思い出した。彼は控室から、ステージ上の勇利が新コーチとの順調な関係を大げさに話すのを見ていた。勇利は筋肉のつき方が少し変わって、体はさらに絞られていた。二人が離れている数か月のあいだで、どうしてか勇利は前よりも少し背が高くなったように見えた。タイトなグレーのTシャツに黒いスウェードのボマージャケットを羽織り、髪はあのバンケットの夜のように後ろになでつけられていた。見た目の変化は、二人の身に平等に訪れていたのだ。
 だけどヴィクトルが見たそうすけは、かつて二人が氷上で競い合っていたころと変わっていなかった。当時と同じ、やけに気取った笑顔、緩くうねった髪、横柄そうな歩き方。
 ヴィクトルは午後にステージで自分が語った通りのことを考えていた。元コーチとしては――あの騒動から数か月が経ってそう思えるようになったわけだが――勇利の選手としてのキャリアを前に進めるにはこれがベストな選択だったと思っている。だけど元“人生で最愛の人”としては、勇利がそうすけといるのを見るのは拷問のようなものだった。そうすけの傲慢で狡猾な部分は、彼が引退する以前から有名だったのだ。二人は世界中のあらゆるスケート関連の、あるいは無関連のイベントで出くわしたが、常にできる限りの距離を置いていた。
  トレンチコートのポケットの中で電話が鳴った。ヴィクトルの頭から勇利とそうすけのことが離れる。画面にはクリスの名前と顔写真。
「ちゃんと服着てる?」。スイス訛りの声がする。
「服? えっと、着てるけど、何……」。部屋のほうでドアが3回ノックされる音がした。ヴィクトルはバルコニーの窓を開け、どんなに小さなホテルの部屋にもかろうじて備え付けられていようなバルコニーテーブルの上の灰皿で乱暴に煙草をもみ消すと、部屋に戻った。肩と耳の間に電話を挟み、急いで右手の包帯を取る。怪我のことを知られたくない相手だった場合に備えてだったが、実際は誰であろうと知られたくなかった。部屋のドアを開けると、それぞれの手にアルコールを抱えた大勢の笑顔が待ち受けていた。「Surprise!」と一斉に放たれた声が廊下に響き渡った。クリスはにやにやした顔でヴィクトルを見ながら、電話を切って部屋に入り、ベッドの上にスマートフォンを放り投げた。ヴィクトルにきつくハグをすると、残りの者たちが彼に続いた。最後に入ってきたのはユーリ・プリセツキーで、お決まりのふくれっ面は相変わらずである。
「みんな、何やってるの」と、ハグされたままヴィクトルが笑う。旧友のなつかしい匂い(香水と、少しの体臭の混じった)に、ヴィクトルの心はすぐに落ち着いた。部屋の中では、ピチットがテキーラを片手に90年代みたいなホテルのステレオをまるで子どものようにいじり始めた。JJは部屋を物色しながらヴィクトルの部屋が自分の部屋よりいかに狭いかをまくしたてているし、ユーリは不機嫌なままヴィクトルのベッドに腰を下ろし、その後ろでオタベックが静かに様子を窺っている。エミルとミケーレ、それにスンギルもいたが、ヴィクトルが泊まるにしては小さなその部屋の中で居心地悪そうにしていた。長い間、ヴィクトルは彼らスケート仲間との関わりを避けていた。練習に打ち込み、試合に出たら、家に帰る。その繰り返し。彼の前に勇利が現れ、その人生の最も暗い部分に明かりを灯してくれるまで、ずっとそうだったのだ。
「俺たち練習していなくていいのかな」。何が起こっているのか分からないまま、ヴィクトルは笑いながら言った。
「練習なんて必要なのかい、ヴィクトルは」。骸骨みたいなボトルからアルコールを注ぎながらJJがウィンクする。
 ヴィクトルがJJのほうをにらむと、彼は親切にも酒を注いだグラスを差し出した。ヴィクトルはそれを一気に飲み干すと、早口で続けた。「一体どうしたって言うんだ」
「どうもこうもね!」と答えたのはエミル。何を飲んだのか、ぎょっとするほど目が見開かれている。ヴィクトルは吐き捨てるように笑い返すと、袖口で口元をぬぐいお代わりを求めた。この状況に乗ろうとするなら、しらふではやっていられない。
 ピチットはようやくステレオから音楽を流すことに成功し、拳を上げた。片方の手はスナップチャットを開き、「勇利に送らなきゃ!」と早口で騒いでいる。「ていうか、勇利どこにいるの」
 勇利の名が鉛のようにヴィクトルにのしかかった。咄嗟にクリスを見ると、彼もまた少し気まずそうにヴィクトルを見返した。クリスがピチットをきつく睨みつけると、ピチットは頭に手を当てバツが悪そうなポーズをした。
「部屋に誘いに行ったらもういなかったんだ。たぶん練習にでも……」
「上原と出ていくところ見たぜ。練習って感じじゃなかったな」。ユーリが彫刻のようにベッドに座ったまま言った。腕を組み、短剣をさすような目でヴィクトルを見ている。前回の試合以来、二人はほとんど顔を合わせていなかった。ロシアに戻ってからも二人の練習スケジュールが合うことはなく、たまに会ったとしても、少年は話しかけようとしなかった。
 ヴィクトルがユーリを見返す。少年のその眉はまるでヴィクトルを問いただすかのようにひそめられていた。
「ねえ!ショットでもどう?」ピチットが甲高い声で場の緊張を破った。あまりに分かりやすいその行動にヴィクトルは笑いそうになった。ヴィクトルはユーリから目をそらしたが、ユーリはなおもヴィクトルに敵意に満ちた視線を送り続けていて、彼にはその理由が分からなかった。
「ライムはある? ヴィクトル」とピチットがはにかみながら聞いた。その目は明るく輝いていて、ヴィクトルは思わず見入ってしまった。彼の親友を傷つけたのだ。雨の中に置き去りにしたのだ。なのにピチットは、悪意のかけらも見せることなく、ヴィクトルに微笑みかけている。
 今夜は楽しめるかもしれない。自分がその気になりさえすれば。
「切らしているよ」。ヴィクトルは小柄なその男の髪をふんわりとなでて、いたずらっぽく笑い返した。ピチットの笑い方はまるで子どものようで、腹の底から声を出して全身を揺らしていた。明快で純粋なその声は、ヴィクトルが抱えていた重圧のようなものを幾分かかき消してくれた���だった。
 それぞれにショットが渡され、カウントダウンの後、全員で一気に飲み干した。ヴィクトルがクリスとピチットの肩に腕を回すと、二人の温かさが冷え切った体をほぐしていった。「さて、今夜は他に何をするの?」友人とアルコールのおかげで軽くなった頭で、ヴィクトルが尋ねた。
「オーケイ、これが今夜のプランさ」。クリスがヴィクトルにもたれかかりながら、トップシークレットを打ち明けるような低い声で話し始めた。「これはまだウォーミングアップさ。これからバーに行く。一件くらいははしごして、メインイベントは……カラオケ!」クリスとピチットが同時に腕を上げた。ヴィクトルを掴み、目の回るようなダンスを踊らせる。
「ミラノにカラオケなんてないでしょ」と彼は笑う。
「もちろんあるさ!」
 ------
「絶対その曲は入ってないね、勇利!」
 カラオケブースの壁にかかったタッチスクリーンを熱心に操作する彼を見て、ヴィクトルが笑いながら言う。
「いや、でも……ほらあった!」 ぱっと輝いた目でヴィクトルを見返す。重たいベース音が部屋に流れ始めると、勇利は腰を左右に振り始めた。
 勇利がマイクに向かってヴィクトルが聞いたこともない懐メロをやや大げさに歌い始めると、ヴィクトルは思わず笑ってしまった。勇利は髪をかき上げ、ヴィクトルの方にマイクを向ける。
「ほら、今度こそヴィクトルも歌ってよ」。くすくすと笑うその声がスピーカー越しに響く。頬は赤らみ、タイトなパンツを普段よりも少しルーズに腰で穿いている。練習のあとで、勇利はこのしみったれた、そしておそらく長谷津で唯一のカラオケボックスに、少し気を抜こうと誘うようにヴィクトルを連れてきたのだ。
 勇利は今ほとんどヴィクトルの上に乗りかかっていて、体をくねらせながら日本語と英語を半々に歌っている。それは酔っぱらった勇利の中でもとりわけ魅力的な――裸のときを除けば――姿だった。
“Don’t ever leave me.(絶対に僕を離さないで)” 
勇利の声が耳もと数インチのところで聞こえる。ヴィクトルの心はまるで鳥がケージのなかで羽をばたつかせるように高鳴った。 
「勇利?」
 勇利は体を引き、マイクに向かってむにゃむにゃと歌い続ける。
 “Don’t ever leave me babbbbyyyyyy, leave… donnnntttt… babyyyyyy”
 ヴィクトルはふっと声を出して笑うと、目の前にいる美しい青年の姿に目を滑らせた。自分の銀髪をあやふやな手つきでかき上げると、もう一方のマイクを手にした。
  ------
 「オーライ、第二幕の始まりだ」。クリスの声で、ヴィクトルはハッと我に返った。
  ***
   その夜の皮切りにクリスが選んだバーはやけに落ち着いた場所だった。いつもヴィクトルとクリスが行き慣れていたような、やかましいエレクトロミュージックやきらびやかなダンスフロアがある店ではない。代わりにキャンドルの明かりが静かに灯り、寒い夜の親密な一杯を楽しむカップルや少人数のグループばかりだった。
「君にしてはちょっと小洒落過ぎたんじゃない?」とJJが皮肉っぽく言う。「ほら、誰もショットなんてやらずにちゃんと座っているだろう」
「ジャン・ジャック・ルロア、俺は洒落た男なんだよ」。クリスはJJを黙らせんとする視線を向けながら低い声で返したが、すぐにその目は大きく見開かれ、続けようとしていた言葉はすべてのみ込まれてしまった。全員が、まるでシンクロの選手のように一斉にクリスの見つめる先に視線をやる。申し訳なさそうに店員の顔色を窺っていたヴィクトルも(こんな大人数の客は、こうした店には迷惑でしかないのだ。)、続いて振り返った。
 その日二度目の、さえない黒髪の、かつて婚約までしていた男。その姿が見えた瞬間、ヴィクトルは喉に息を詰まらせた。勇利とそうすけが窓際の席に座っていたのだ。キャンドルに照らされた二人の顔は、わずか数インチしか離れていない。二人のテーブルの上に視線を落とすと、そうすけの手は勇利の手の上に置かれている。怒りが肌を焼くように押し寄せて、目が離せなかった。目の前の光景から考え得ることを全部寄せ集める。勇利とそうすけはスケートをともにしている。練習をともにしている。そして、距離を縮めている――。最初に行動を起こすのはそうすけだ。繊細な触れ合い、よろこびのハグ。赤く染まる頬に、うるむ瞳。
 クリスが街での一夜をともに過ごす世界的スケーターたちの群れを両サイドに従えて遠慮なく二人のテーブルに割り行っていく様を、ヴィクトルはただ見ているしかできなかった。
「勇利……」と、やけに甘い声でクリスが声をかけた。「こんなところで会うなんてね」。勇利は驚いて体を起こすと、慌ててそうすけの手を離してそこにいるスケーターたちを驚きの目で見渡した。ヴィクトルは二人のどちらのことも、ちゃんと見ることができない。
「みんな……」勇利が口を開く。「ここで何してるの??」 勇利はまるで、クッキーの瓶から手が抜けなくなってしまった子どものようだった。あるいは、上原そうすけという人間の手中から。
「世界選手権前夜祭の一発目だよ!」 勇利の肩に手を回して引き寄せながらピチットが言った。「勇利の部屋にも誘いに行ったんだけど、もういなかったんだ。ねえ、一緒に来る?」 くったくのない笑顔だった。二人の雰囲気が醸す空気に気付いていないのか、あるいは気付かないふりをしているのか。
 男たちに囲まれて、勇利はぎこちなく苦笑した。そうすけはまるで落ち着いた様子でワインを口にしている。どこまでも嫌味なやつだ。
「僕はちょっと……」
「行こうよ、勇利。なんか、楽しそうだし」。そうすけが勇利を遮った。ヴィクトルはそうすけが勇利の名前を口にするのが気に食わなかった。そのアクセントは完全に“所有者”としての響きを帯びていた。そうすけも勇利も流暢な英語を話すけれど、その日の午後に控室で耳にした二人の会話は日本語で、数か月間勉強していたおかげでヴィクトルも少しの単語を聞き取ることはできた。それでも勇利との会話は常に英語だったし、ヴィクトルはいつだって、二人の間にある薄い言語の壁のようなものを感じていた。お互いの母国語を教え合ったりもしたが、二人とも十分には話せなかった。ヴィクトルは、そうすけが勇利との共通言語を持っていることが羨ましかったのだ。
 ヴィクトルだけじゃない。クリスもまた、そうすけの嫌味っぽい言い方が気に入らなかった。「クソ野郎」。ヴィクトルに聞こえるくらいの大きさで、クリスがロシア語で悪態をついた。思わず咎めるようにクリスの方を見たが、この悪魔が態度を改める気はさらさらない。
「それじゃ、一緒においでよ」。クリスがいつもの調子に戻ってそう言うと、勇利の肩をぎゅっと掴み、ふさふさの睫毛で見下ろした。
「わかったよ……」と、勇利は曖昧に返事をした。スケーターたちに囲まれた勇利は、まさに彼らの波に飲まれようとしていた。ヴィクトルが勇利のほうを見ていない振りをして目をそらす直前、二人の視線は、数ヶ月ぶりに交差した。まるで空虚のような勇利の目を見たその時、ヴィクトルの内には巨大な恐怖が膨らんだ。見せかけであってほしいと願った。だけどその視線は、彼が受けるべき当然の報いであることもわかっていた。
「そろそろ出ねえか」。オタベックの隣でユーリが苛立った声をあげた。「ここじゃ狭すぎる」
「本当に、これじゃまるですし詰め状態だ」とJJは誰にともなくウィンクしたが、このビッグマウスのカナダ人が言うことなら何一つ気に食わないユーリは、それに対してまた悪態をつく。
 クリスは小さなバーを見渡し、全員が座れるテーブルなんて無いことが分かるとため息をついた。「わかったよ。それじゃ、行こうか」
 一同は、動けないままでいるヴィクトルをかわして歩き出した。
 勇利がバースツールから降りようとしたとき、足が滑って思わず転びそうになった。ヴィクトルはその体を支えようと咄嗟に腕を伸ばした。が、勇利を支えたのはヴィクトルではなく、そうすけだった。そうすけの手は勇利の上腕をしっかりと掴み、ちゃんと立てるように支えていた。
「大丈夫?」と聞くその言葉は、日本語だった。
「……はい、そんなに飲んでいたと思わなくて」。そうすけの背後でヴィクトルは顔をしかめた。こいつ、勇利が飲みすぎるとどうなるか知らないのか?
 そうすけはそのまま勇利を入り口のドアまで連れていき、先に出るよう促した。勇利は夜の街に足を踏み入れる直前、気まずそうな目でちらりとヴィクトルの方を見た。そうすけはドアの手前で振り返ると、真面目くさった顔でヴィクトルの目を見て言った。「お先にどうぞ」
 そうすけの言い方は、ロシア訛りを真似ていた。ヴィクトルはその場にじっと立ち止まる。母語をからかうようなその言い方に、怒りがこみ上げた。ロシア語なんてどこで覚えたんだ。それにロシア語の何を知っていると言うんだ。歯をかみしめながら、ヴィクトルはそうすけの挑戦的な目を見返した。暗く、活気のまるでないその目に、背筋が少しぞくっとした。なんとか平静を装って、ヴィクトルはそうすけの前を進み、冷えた春の夜に飛び込む。そうすけの前でロシア語は使わないようにと、クリスに言わなくては。たぶん、フランス語なら。
  ***
   三件のバーをはしごしてイヤと言うほど飲んだ後、勇利はミラノのさえないカラオケバーでピチットの反対側にどさりと腰を下ろした。片手にはお菓子みたいな味がする蛍光ブルーの飲み物を持ち、もう片方の手はクリスが歌う90年代のバラード曲に合わせて揺れている。クリスとエミル、そしてJJの三人は、マイクに向かっていい加減な歌を���露しながら一緒になって踊っていた。
 そうすけは勇利の隣で、冷めた様子で脚を組んで座っていた。顔は少し赤らんでいるが、どれくらい飲んでいるのかさっぱりわからない。一晩中そうすけは静かなままで、満足げに傍観者を気取って勇利のとなりにぴったりくっついていたのだ。
 ヴィクトルは同じ部屋の反対側、そうすけと鏡写しになる場所に座っていた。ヴィクトルは何やらミケーレと話をしていて、ミケーレは右手を大げさに動かしながら、左腕はぐったりとヴィクトルの肩に掛けられていた。
 その夜の間、勇利は常にヴィクトルの反対側に位置取るようにして、かつてキスをしては一緒に朝食の準備をしていたときのようなアイコンタクトを取ってしまわないよう、ヴィクトルとの距離を保っていた。最初のバーでは向かい合ったテーブルの一番端に座ったし、次の店ではダンスフロアの逆サイドでピチットと踊り、三件目でもできる限りヴィクトルから離れて座った。そして今彼は、気が気でないながらも、この偉大な世界王者を視界に入れることを自分に許していた。ヴィクトルの姿を、彼の変わってしまった部分と変わっていない部分のすべてを、その目で凝視した。勇利は改めて彼の顔の輪郭を記憶に焼き付けながら、ほとんど顎に触れそうなほど伸びた髪に驚いた。優雅な手つきでその銀髪を耳に掛けては、すぐに落ちる髪に苦笑するヴィクトルの様子を見つめた。ああ、その笑い顔を、かつていかに愛したことか。
 ヴィクトルから視線を離すと、勇利はいつもこの銀髪の男のことを頭から拭い去りたいときにそうするように、頭を振った。ピチットのジャケットにくっつけた勇利の頬は酒で赤らんでいて、生地の温かさと柔らかさを感じると、彼は思わずそこに顔をうずめた。
「勇利、どうしたの?」ピチットがやさしく声をかけると、勇利の顔を彼の吐息がくすぐった。
「もうすこしマシなものが飲みたいよ」。勇利がそう答えると、ピチットは勇利が握るグラスに目をやった。
「ましなお酒、か」。ピチットがそう言って急に立ち上がったので、途端に勇利の顔はその胸から離れた。「テキーラ! テキーラが正解でしょ、クリス!」クリスは自分の名前が呼ばれたことに気付き、面倒くさそうに振り向いた。
「テキーラ!」とピチット。
「テキーラね!」とクリスが部屋中に聞こえるよう繰り返した。程なくして12杯のショットがライムや塩とともに運ばれ、一同はヴィクトルとミケーレが座っていた小さなテーブルの周りに集合した。
「みんな、準備はいい?」いたずらっぽい笑顔でみんなをぐるりと見渡しながらピチットが合図した。勇利はグラスを持つ指に力が入らず、頭はもっとふわふわしていた。ヴィクトルの真正面に立ち、二人の間にあるのは小さなそのテーブルだけだった。ドレスシャツは第二ボタンまで外され、裾も半分ほどはみ出た格好のヴィクトルは言うまでもなく魅力的で、勇利の立ち位置からは見つめずにいられなかった。
「3,2,1!」ピチットが弾けた声を上げた。ヴィクトルがアルコールの刺激に目をぎゅっとさせながら手の甲に乗せた塩をその舌で舐めとるのを、勇利は閉じかけたうつろな目で見ていた。その輪の中にいることが急に息苦しくなり、肌にピリピリとした痛みを感じて思わず目をそらした。
 掛け声に合わせてテキーラを飲み干すと、全員が勝ち誇ったようにグラスをテーブルに叩きつけた。勇利は喉に燃えるような熱さを感じ、全身を駆け巡るこの熱がヴィクトルへの複雑な想いを焼き消してくれたらいいのにと思った。
「オーケイ」。クリスが秘密を打ち明けるような低い声で言った。そしてピチットと目配せするのを勇利はその夜何度も見ていたし、そんな時の彼らの目は、決まって悪い考えに輝いていた。 
「もうちょっと楽しもうよ」とクリスが続けた。「ピチットと見ていたんだけど、恥ずかしがってまだ歌っていない人がいるよね。だからちょっとしたゲームをしよう。2本のマイクを回して、止まったところの人がペアで次の曲を歌う」。一同からブーイングの声が上がった。
「Areeee youuuu reaadddyyyyyy?」
 勇利は歌が得意ではないけれど、酔っぱらっていればそんなことは気にしなかった。もしマイクが彼の方を向けば、きっと恥ずかしげもなく歌うだろう。
 一本目のマイクが最初に指したのはユーリで、その若いロシアの青年は二本目がJJの前で止まるとなおさら不満の声を強めた。
「まじかよ、冗談じゃねえ」。JJが大きく広げた腕をユーリの肩に回すとユーリはひどく悪態をついた。
「一緒に歌おう、パートナー!」
 ユーリはJJの腕を乱暴に払いのけてオタベックのほうを見たが、彼は懸命に笑いをこらえているところだった。ユーリはしぶしぶステージの方へと向かうと、クリスの手からマイクをひったくった。
 ブリトニー・スピアーズの「Toxic」が流れ始め、途端に部屋中が撃沈した。開始二秒でピチットはスマートフォンを取り出したし、勇利はオタベックがあんなに笑うところを初めて見た。部屋の奥ではヴィクトルが、友人たちがセクシャルな歌をぎこちなく歌う様子を楽しそうに眺めていた。それを見ると勇利は、覚えのある嫉妬心がこみ上げてくるのを感じた。ヴィクトルをあんなふうに楽しませられるのは、もう勇利ではないのだ。
 最初の拒否反応にも関わらず、ユーリとJJの二人は最高のショーを披露した。歌こそ最悪だったものの、二人はまるで氷の上にいるときのように音楽のリズムに乗り、10回以上は練習したのではないかと思えるほどバッチリ息が合っていた。結局のところ、彼らはパフォーマーなのだ。
 曲が終わるや否や、ユーリはマイクを思いきり床に投げつけた。そして汗ばみながら肩を組もうとするJJと、笑いながらバチンと手を合わせた。勇利は手をたたき口々に歓声を上げる残りのギャングたちの中に立っていた。
  クリスが再びみんなをテーブルの周りに集め、第二ラウンドのマイクを回すと、回転は勇利の前で止まった。勇利はステージに上がり歌い切る覚悟ができていた――宇宙が止まるか、“あの人”とペアを組むようなことさえなければ。友人たちの輪を見回しながら、しかし勇利はなんだか嫌な予感がした。
 続いて回されたマイクが止まったとき、その指す相手を見て勇利は愕然とした。
 まさか。
 テーブル越しに二人の目が合い、一瞬で部屋中が沈黙した。かつて死ぬほど愛し、今それを忘れようとしている相手と目を合わせることは、何より危険なことだ。ヴィクトルはわずかに眉をひそめ、もの問いたげな目をした。一体何を考えているのか知りたいと、勇利は強く願った。
 ピチットとクリスはまずそうに目を見合わせ、やり直しを提案しようとした。が、ヴィクトルはその細い指でマイクを手に取った。何を思っているのか、彼の感情はまるで閉じられた本のように読み取れなかった。
 勇利はため息をつくと、これがいかによくないことであるか完全に理解しながらも、自分のマイクを手に取った。ちらっとそうすけの方を見たが、彼はいつも通りの冷静な表情。勇利がヴィクトルの方を振り返ると、彼はショットをもう一杯飲み干して、ジャケットを脱ぎ、腕で口元をぬぐっていた。勇利は不思議な興奮を感じた――朝にはきっと、全部アルコールのせいにしてしまうだろう。
  二人は並んでステージの方に立ち、クリスはプレイリストから次の曲を選んだ。曲が始まり、勇利にはそれが何の曲かすぐにはわからなかったけれど、幸いにも一番手はヴィクトルだ。みんなは黙ったままで、だけど勇利は、部屋中の空気にぶら下がる気まずさに気付いてはいなかった。
 ヴィクトルの歌声ははっきりと音程も合っていて、ときどき聞きほれてしまうほどだ。だけど最初の数フレーズを謳う彼は、緊張した様子だった。
   You were working as a waitress in a cocktail bar
   When I met you
   I picked you out, I shook you up and turned you around
   Turned you into someone new  
   (君はバーのウェイトレスをしていたね
   俺たちが初めて会ったとき
   俺は君を見出して、あれこれ気付かせてあげたっけ
   まるっきり新しい君に変えてあげたんだ)
  勇利にも何の曲か分かった。ヴィクトルが歌うにつれ、刺すような痛みが走る。歌詞があまりに二人のことを歌っていたのだ。
     Now five years later on you've got the world at your feet
   Success has been so easy for you
   But don't forget, it's me who put you where you are now
   And I can put you back down too   
   (あれから5年の月日が経ち、君は世界の頂点さ
   成功なんてたやすかっただろう
   でも 忘れないで、そこに連れてきたのは誰だったか
   俺は君をそこから引き戻すことだってできるんだ)
  ヴィクトルの目はスクリーンから離れることなく、注意深く歌詞を追っていた。さっき飲み干したテキーラのせいで少しふらつく体を、曲に合わせてかすかに揺らしている。
     Don't, don't you want me?
   You know I can't believe it when I hear that you won't see me
   Don't, don't you want me?
   You know I don't believe you when you say that you don't need me 
   (もう俺のことはどうでもいいの?
   会いたくないなんて信じられないよ
   もう俺のことはどうでもいいの?
   必要ないって言われても、そんなの信じられないんだ)
  最後の一行はヴィクトル自身の言葉であるかのように思えた。あまりに生々しく、現実的だったのだ。
     It's much too late to find
   You think you've changed your mind
   You'd better change it back or we will both be sorry
   (気付くのが遅すぎたんだ
   君が心変わりしたってことに
   でも考え直したほうがいい 俺たちはたぶんもっと後悔する)
  サビが来ると曲を知っている人たちがコーラスに参加した。ピチットとクリスも歌いながらステージに出てきて踊りはじめ、次に歌う番の勇利は全身から救われたと思った。スピーカーから流れる自分の声が聞こえた。酔っぱらってあやふやで、コーラスするヴィクトルの声に溶け込んでいる。
     Don't you want me, baby?
   Don't you want me, ohh?
   Don't you want me, baby?
   Don't you want me, ohh?
  二人の声が重なるのを聞くのは心地良かった。ヴィクトルの隣に立って、彼を避けるのではなく一緒に何かをするのも心地良かった。勇利の骨の奥にまで浸透していた緊張は歌声に乗って体の外に吐き出されるようで、勇利は気分が楽にさえなったのだ。
     The five years we have had have been such good times
   I still love you
   But now I think it's time I live my life on my own
   I guess it's just what I must do
   (この5年間は楽しい時間だった
   今でもあなたを愛してる
   でもそろそろ一人で歩かなくちゃいけないと思うの
   ただそうするべきなのよ)
  こんなの良くない考えだって頭ではわかっていたのに、勇利がソロパートを歌うころにはテキーラのせいでそんな考えもぼやけてしまっていた。二人の経験してきたことにぴったり重なるその歌詞に苦しさを感じながら、勇利はそれでもまるで解放されたかのように、ずっと聞きたくて仕方がなかった、それでも聞くことができなかったことを、酔いとばかげたビートを口実に吐き出することができたのだ。そこにあるのは友人同士の姿だった。酔っぱらってカラオケなんてしている友人。スケートの国際イベントという重圧から逃れようとしている友人。愛し合ったことを忘れようとしている友人。そして、互いに深く傷つけあった友人――。
 ヴィクトルもまた、同じように感じていたに違いない。次のサビを一緒に歌うとき、彼は勇利のほうを向いたのだ。目の周りには笑い皺を作り、部屋の防音ギリギリの大声で歌っていた。勇利もまた、元恋人の目を見ながらマイクに向かて笑い声をこぼした。ヴィクトルが笑うと、勇利はまるで午後の光が自分に降り注ぐように、つま先までじんわりとあたたかくなるのを感じた。二人の体が自然と近づいた。軌道をめぐる、惑星のように。
     Don't you want me, baby?
   (もう俺はいらないの?)
  欲しいよ。自分の隣で、ぼさぼさの髪で汗までかいて、それでも笑っているヴィクトルを見ながら、勇利はそう思った。欲しくて、欲しくてたまらない。二人の体は今さらに近づいて、勇利はヴィクトルの艶めいた肌から発せられる熱を感じることすらできた。汗ばんだ勇利はジャケットを脱いだが、その視線はヴィクトルから離れなかった。彼の深いブルーの瞳に閃光が走ると、勇利は熱で肌を震わせた。
 気分が大きくなった勇利はヴィクトルとの距離を詰めるようにさらに近づこうとしたが、急にヴィクトルが後ずさりしたので二人の間に空虚が生まれた。酔っぱらっていたヴィクトルは、勇利から身をかわした際にテーブルの脚につまずき、咄嗟に手を付いた弾みで何やら青い飲み物が入ったガラスのピッチャーを倒した。ヴィクトルは何とか転ばず体を支えたが、ピッチャーは床に落ちて粉々に砕けてしまった。ガラスが割れる音が幻想を打ち壊し、勇利はハッと部屋にいるほかのみんなに気が付いた。そうすけが、腕を握りながらそこに立っていた。
「大丈夫?!」勇利はそうすけのもとに駆け寄った。そうすけが手を離して腕の傷口から流れる真っ赤な血が見えると、それまでのぼんやりとした魔法から勇利は一気に目を冷さました。
「ガラスの破片が飛んで……ちょうどそこに座っていたから……」。腕を動かすと、そうすけは痛みに顔をしかめた。
 音楽は止み、全員が緊張した面持ちで立ちすくんでいた。勇利の後ろではヴィクトルが目を見開き、口をきつく結んで立っていた。静寂がそれまでのにぎやかな部屋をすっかり包み込んでいたが、勇利の耳からはまだ、ヴィクトルの歌声が離れていなかった。
「バルスームヘ行きましょう」。勇利はそう言って、そうすけの腕を取った。オタベックがナプキンの束を渡すと、そうすけはそれをありがたそうに受け取る。「大丈夫だよ、勇利。そんなにひどくない、自分でやれるから」。そうすけは心配そうに見ている勇利の方を見つめ返し、その平静を保った視線は勇利の動揺した心を落ち着かせた。
 勇利とそうすけが廊下に出ると、ヴィクトルもそれに続いてブースの外に出た。「……そうすけ、すまない」
「僕が付いていくから、ヴィクトル」と、勇利が噛みつくように答えた。ガラスが割れてそうすけが怪我をしたのはヴィクトルのせいじゃない。二人で一緒に歌い、彼らの関係に起こった最悪の出来事を忘れようなんてしたのもヴィクトルのせいじゃない。今でもなお、彼に執着し続けてしまうのだって、ヴィクトルのせいではないのだ。だけど勇利はどうしようもなく腹が立った。自分自身にも、この状況にも。そして辛辣な言葉を吐かずにはいられなかった――「来なくていい。僕たちなら大丈夫」と。
 ヴィクトルは下唇を開いて眉をしかめた。表情が少し揺らいだかと思うと、その顔から先ほどまでの明るさは消えていた。言いかけた言葉を飲み込みゆっくり頷くと、ブースに戻って扉を閉めた。勇利は気付いていた――心に鈍い痛みを感じながら――ヴィクトルが右手を胸のところで握りしめながら、その指の痛みをこらえていたことを。
   バスルームでは、そうすけが磁器製の洗面台によりかかって蛇口の下に腕を投げ出していた。勇利は反対側のベンチに腰掛け、そうすけの青白い手首に流れる水を見つめていた。
「すまなかったね」とそうすけが静寂を破った。「タイミングが悪かった」
 勇利は思わず笑って頭を振った。「いえ、そうすけさんが謝るようなことは何も。それに、まさかこんなことになるなんて」。本当に、こんなことになるはずじゃなかった。みんなは何を考えていたのだろう? それにヴィクトルも! こんな夜に包帯もせず、世界を前にして氷に上がる直前だと言うのにあんなに不注意でいるなんて、一体何を考えていたんだ。
 そうすけは鏡を見ると、反応を窺った。数分前に比べれば、二人とも多少はアルコールが抜けていた。
「まだ彼のことが好きなんだね」。突然そう聞かれて、勇利は思わず呼吸に詰まった。鏡越しに勇利を見つめるそうすけの顔は無表情だったが、目には確かな意図があるようだった。
「僕は……」
「過去に巻き戻るだけだよ、勇利。彼はきっと、君を昔に引き戻す。勇利はもっといい未来に向かっているところだろう」。そうすけの言葉が勇利の中でねじれを起こす。そうすけは正しい。ヴィクトルに想いこがれたところで、昔に戻るだけなのだ。だけど、二人で過ごしたあの頃よりも素晴らしい未来なんてものが本当にあるのか、勇利には分からなかった。
 終止符が必要だった。あるいは、終止符になるような何かが。そしてそれは、ヴィクトルと話をしない限り訪れない。そうすけはびっくりするほど無遠慮な言い方をしたけれど、でも勇利は、そうすけが勇利を信じ、そして今シーズンが最高のものになるとまだ信じてくれているとわかっていた。そして実際にそうなるはずなのだ。勇利がヴィクトルのことでこれ以上苦しまなければ。
 勇利は両手の拳をぎゅっと握りしめると、ある決心をした目で鏡越しにそうすけを見つめ返した。
 今夜、勇利はヴィクトルと話をする。
※作者の方の了承を得て翻訳・掲載しています。
3 notes · View notes
hfr-stmtg · 9 months
Text
Tumblr media
2 notes · View notes
hfr-stmtg · 9 months
Text
Tumblr media
語彙がない
1 note · View note