Tumgik
#振袖用袋帯
taruhikusaba · 6 months
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【私の原風景に関する備忘録】
自分の背丈が大きくなり、社会が移り変わり、その目線から見える景色も変わっていったとしても、変わらない風景というものが私の心にはあります。これまでは、それを切り捨てることを自らに課していたのですが、そうしようと意識しても叶わず、むしろ存在感を増していくように感じ、その風景は、とても大事なものだと近頃は考えるようになりました。
それは二つの目で見ることのできる風景ではなく、心を通して、夢の表象としてしか捉えられません。ある種の観念なのですが、現実の風景に常に重ねられているようなものです。「無垢な欲求」と言い換えてもよいかもしれません。自分自身を無意識の次元で駆り立てる願望であり、当の私ですら生活の中では考えることの稀な思いが、その満たされない不安や恐怖も投影された形で表されるのです。それを私が切り捨てようとした理由の一つには、それが幼稚な精神性を示していると思ったからですが、しかし、どうやらそうしてはいけない私にとっての本質的な部分を示唆しているのだと認めるようになりました。
その感覚が最も刺激されるのは、睡眠時に見る夢の中と、それから目覚めてすぐの頃で、私はこのような夢をなぜ見なければならないのかと後になって思わされます。ある日の夢を記録しておいた文章があるので、一つの例として、ここに書いてみたいです。終盤だけですが、それはこうでした。
私はスーパーマーケット内の出入り口近くにいた。右手にはレジが並んでいて、左手には買い物を終えた人が商品を袋に詰めるために用意された台が並んでいる。人の姿は見えない。ただ店内は明るい。その中に私はいた。私は真っ直ぐに歩いていく。そして、その先にある休憩所に入ったつもりが、いつの間にか別の細い道に入っている。とても暗いが、壁が妖しく光っていて、全体的に濃緑色をしている。それは私にゾンビのようだと感じさせた。身体が溶けて、目の部分が空洞の闇になっているようなゾンビの姿を思い起こさせる。光は壁に掛けられたキーホルダーやアクセサリー類によるものだった。それが全ての壁に掛けられ、棚にも同様だった。私はここが雑貨店であると理解する。目の前に通路があるので、とりあえず前に進む。肩が雑貨に触れないようにしなくてはならない。小さな迷路のような店内を歩くと、やがてレジが見える。それは向こうの壁際に位置している。私は反対側の壁近くにいた。どうやら二つの出入り口に挟まれる場所にレジがあるらしいと棚と棚の間から窺うことができるのだ。二つの出入り口を繋ぐように長いレジカウンターが印象的だった。その内側に店員が一人いた。店員は長髪の巨体で、半袖のTシャツの上にエプロンを着ている。性別はわからない。正面を向いているのだが、どこを見ているのかわからない佇まいで不安な気持ちになる。私は店を出ることを考えて、視界に入ったボールチェーンマスコットを棚から片手で掴み上げ、レジの方に向かう。何かを買って、外に出よう。私は商品をカウンターに置くが、店員は私に微笑を見せるだけだ。私は代金を支払うことなく、マスコットを持って、レジ横から店の外に出る。辺りは暗く、すぐに夜だとわかった。藍色の空と陰深い木々に包まれている。足元はコンクリートで整地されている。どこかの公園なのだろうか。よくわからない場所だ。振り返るとトイレがあった。男女を分けるための印が目につく。そこから右に30mほど離れた所にメリーゴーラウンドがあった。光を放ちながら、優雅に馬や荷台が柵の中で円を描いている。だが誰も乗っていない。メリーゴーラウンドだけではなく、この辺り一帯には私以外は誰もいないようだ。正面に向き直ると、目の前に一人の少年が現れる。視界が暗いせいで、顔がよく見えない。白いTシャツに短いパンツを穿いている。少年は「どうしたの?」と私に声をかけてくる。私は答えられない。少年は続けて言う、「帰り道がわからないの? ぼくの家は文化センターの方なんだけど」。「その近くだ」と私は返す。すると、「じゃあ一緒に帰ろうよ。ついて来て」と少年が言うので、私は彼の背中を追って歩き出す。公園のような所を出ると、舗道が広がっている。道路の他には田畑しかない。あとは信号機が点々としているだけだ。すぐ側に自転車が2台あった。ロードバイクのようで、そのような自転車に乗ったことがない私は怯える。前方に少年、その後ろを私がついて走る。しっかりと集中しないと、脇の水路に落ちてしまいそう。自転車に跨り、出発するも、すぐにチェーンの故障が発生する。私は停止し、ペダルを回して、状態を確認しようとするものの異変に気づく。顔を上げる。見ると、少年の姿がなくなっている。殺風景な暗い夜道だけがあった。冷たい風が吹いた。私は自転車をそのままにして、公園へと戻る。そして私は先ほどの場所に立ち返り、辺りを見回してみる。すると、また少年が目の前に現れる。少年は言う、「どうして、ついて来なかったの?」。私が答えないでいると、さらに言う、「早くトイレに行きなよ」。それで私は近くのトイレに駆け込む。
そこで夢を夢と気づき、私は目覚めました。尿意を覚えたので、横になっていた身体を起こし、すぐに現実のトイレに向かいました。
私のこれまで見てきた夢には、「周囲の人々から取り残される」、「置き去りにされる」、「行き場がない」、「居場所を失う」という展開や構造が多くあり、具体的な事柄は様々ですが、それらが私の見る夢の中で最も印象的であると感じます。この夢もその内の一つです。この種の夢は私にとって、恐怖や不安な気持ちを催させます。私は、このような境遇になりたくないという欲求の投影としての自分の原風景の一片なのだと考えています。そして私が生きる現実には、そう見えなくとも、このような風景が常に隠れているのではないかと夢を通して思うのです。
いま目に映る風景の本質として、それがあるのではないか──普段は社会の中で生きて、それを意識することはありませんが、ふと夢に見たときに自分の隠れた欲求に気づかされるような感じがします。夢が現実で、現実はむしろ淡い夢見心地にさせるというか、この現実とは不感で、肉体的、感覚的ではない世界のように思えてきて、価値が反転する認識にさせてくれます。
これは私の無意識に関わる事柄なのですが、自らの深層心理に迫るような文章というのは書くのが難しいです。満足のいく表現とは私自身でも言えません。ただ私のために記録しておかなければと思い、書きはじめました。何度も夢に見るような風景は、逃れようと思っても逃れられず、自分が意識できる欲求ではないという事実に、夢の内容とは別の恐怖を私は感じています。
現実にどこへ目指そうとも、どこに辿り着こうとも、やがてはそこに行き着かなければならない、いつでも向かうべき原風景というものは私に複雑な感情を伴わせます。夢が現実を支配している感覚とは、懐かしくもあり、受け入れがたくもあるものとして自分には存在しているのだと、そのことを考えて、私の身体は震えます、それは夢にすぎないはずだというのに。
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kasayoichi · 1 year
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珠玉の友①
老いを是とせず
死を退け
希求するは涯なき生
古より万人は仙薬を追い求めて蓬莱を探し、ときに現世の果てへ消えていった―――
一、
 西に傾く陽の光が弱まり、人がまばらになった市中には濃く長い影が落ちはじめている。伸びた影の先には、天蓋を差し、白衣装に身を窶した一行と、そのうしろから運ばれる真っ赤な龕があった。鳴り続ける鉦鼓と弔いの哭泣を引き連れて干潮の浜へとむかっていく葬列を、静かに見送った。
 大清康熙暦二十一年、冬。
 冬至も過ぎたこの頃、雪こそ降らないこの国だが、陸を吹き抜ける乾いた海風はさすがに身に染みる冷たさにかわっていた。昨年までいた福州に比べればなんとも生易しい気候ではあるが、それでも四肢の末端はすっかり冷え切り、足袋が欠かせない。いつもより厚手の羽織を重ね着て悴んだ指を𠮟咤して筆を動かし、子弟たちを指導しながら漢文の組み立てなどをしていると、あっという間に昼八つ時を大きく過ぎていた。
「今度は丁越市(テイエツシ)だそうです……絶対おかしいですよ」
「まあ、多少気味は悪いが」
 夜詰めをほかの講師に引き受けてもらった己煥は、久米の大門付近で聡伴と落ち合い、ふたりで城下へむけて浮道を歩いていた。このあと城下の近くで朝明と合流し、今夜は漢籍の会読をする予定だ。 数町ほど歩けば座り仕事で冷え切った身体も暖まるだろうと思っていたが、逆に冷え切った夜風が容赦なく吹きつけ歯を鳴らしそうになる。己煥は重ね着をした袖のなかで組んだ己の腕で、辛うじて暖を取っていた。 寒空のもと、ふたりが歩く路肩の松並木のあいだ、その遠く向こうに死者を乗せた朱塗りのそれが目に入ったのはその途中のことである。
 夏以来、 城下とその先へ下った四町や港では、先の旅役にかかわった者たちには災厄が降りかかるという噂が巡っていた。来る年に清からの冊封使節を迎え入れる準備に追われる王府は完全に無視を決め込んでいたが、尾ひれがつき這うように官吏たちのあいだで話が広がる様はなんとなく不気味なものである。
「はじめはちょっとした偶然だと思ったんですけど」
 偶然、先の旅役に同行した某氏が原因不明の病に臥せった。
 偶然、先の旅役で才府を務めた者の室がお産で命を落とした。
 偶然、先の旅役で加子(水夫)務めた者が薩州へ向かう途中���大風で流された。
 そして昨晩、偶然、先の旅役で五主を務めた丁越市が知人と争った末に死亡した―――
「偶然じゃないか?」
「四人が偶然なわけないじゃないですか!四人なんて片手で数えていられるのもあと少しですよ?己煥様は他人事のようにおっしゃいますけど、私たち一緒に船に乗りましたからね!」
「葬式なんて最低でも月一はどこかの村で出ることだろう」
 聡伴は一生懸命恐怖を訴えて喚いてみたが、己煥の反応は今ひとつである。生まれた時分からたびたび生死をさまよっていたと聞くこの御仁にとっては、すべからく平等に訪れるものに対して、何をいまさら、という感じなのだろうか。
「私は帰国以来大きく体を壊したこともないし、朝明は……相変わらずだ。よほど痴情のもつれにでも巻き込まれない限り死にはしないだろう」
「そういう前振りが余計に怖いんですって!」
「―――左様、これから年の瀬にむけて冷え込みますゆえ……調子が良いなど大層なことをおっしゃっておられるとあとが怖いですよ、短命二才様?」
 九町ほど歩いた、寺の門前に続く橋の前、唐突に背後から投げかけられた言葉に、聡伴は顔をしかめて勢いよく首をうしろに回した。
 ―――短命二才、この渾名で己煥を呼ぶ者で碌な奴はいない。
「どこの者だ?」
 うっとおしく思った己煥は、ゆっくりと声のほうへ体を向きなおす。すると、己煥らよりも五、六は歳が上のようにみえる、赤帕を巻いて煙管を吹かしている男と、その脇に付き人らしき振袖の若衆がおり、こちらへ近づいてくる。少し体を横に傾けると、隣の聡伴が、赤冠の青年は某氏某家の子息・茂部之子だと耳打ちしてくれた。その家名は三十六姓のうちのひとつで、己煥にも聞き覚えがある―――同籍の士だ。
 王府に仕える士は、その出自と住まいから籍を四つに分けられている。
 朝明のような王族に縁ある家柄の者が住まうが城下、そこを下った先一帯に広がる四町には聡伴のような中級の士、さらに北側の港町には下級の士、そして四町と北の港のあいだが、己煥らが籍を置いている唐栄の村である。
「貴方より名声は劣りますが、この私も唐栄の出であり進貢使節の一員だったというのに寂しいことをおっしゃいますなぁ」
 吐き出された煙草の煙が、この男の周りを取り囲むように漂っている。
 己煥は深く息を吸い込ぬよう着物の袖で口元を抑えていたが、次第にあたりの空気も燻されたように乾き、咳き込みそうになる。
「なぁにが”使節の一員”ですか。あなたが心汚く縁を頼って船に乗り込んだことくらい周知の事実ですよ?用があろうがなかろうが失礼させていただきます」
 こんなやつと話す必要はありません、と聡伴は己煥をうながして右へ回ろうとした。
「なにか良い薬でもお召しになりましたか?」
「どういうことだ?」
 唐突な問いに、立ち去ろうとしていた己煥と聡伴はうっかり足を止めた。
 道行く人々がこちらの様子を窺いながら通り過ぎていく。士族の子弟らしき若者が路上で剣呑な雰囲気で言い合いをしているのだ。目立たないはずがない。茂部之子の傍で控えている若衆も困り顔で黙り込んでいる。
「いやぁ、不思議なこともあるものですなぁ。あれほど御身体が弱く上天妃の宮で教鞭を執られるのも稀といわれていた貴方が、今年は講解師に任じられたうえ冠船の諸事まで手伝っているというではないですか」
 来年は清から冊封使節が訪れるため王府のありとあらゆる役所がすでに大忙しであるが、海の向こうとの窓口になっている己煥ら三十六氏の官吏はいっとう多忙を極めていた。
「そこの推参な小童は私の縁故を心汚いと宣ったが、短命二才様が口にされたのはとてつもない良薬であらせられるようだ」
 なるほど、と己煥は静かにため息をつく。結局はいつものくだらない突っかかりである。一人のときは適当に口を閉ざしてその場をやり過ごすのが常だった。煙たさが治まってきた己煥は、口元から袖を離す。 この先で待たせているであろう朝明のことを思案して腕を組み直した。
「あなたにもそのうち素晴らしい効能を持った薬が見つかりますよ、多歳赤冠殿?」
「このッ……」
 ふたりを睨みながらも、無理に口の端を釣り上げ表情を取り繕う様は、なんとも品がなくみえる。あれほど分厚くとぐろを巻いていた紫煙は、今や線香ほどのか細い煙のすじとなって漂いながら、大人しく煙管に納まろうとしていた。
 年長の者をためらいなく挑発する聡伴に感心していると、なかなかあらわれない己煥たちに待ちくたびれたのか、朝明が橋を渡りこちらへ下ってくるのがみえる。己煥と聡伴が己のうしろを見やっていることに気がついた茂部之子も、つられてうしろを向いた。
「そうだそうだ。薬なら四町の市のほうが取り揃えが良い。さっさと下って行っちまえ」
 軽快な笑みを浮かべた朝明は、手首で軽く追い払うしぐさを見せる。若年にもかかわらず己より官位が高い聡伴や朝明に逆捩じを食らわされる恰好となった茂部之子は、あからさまに唇を噛みしめ吐き捨てる言葉を探していた。側に控えていた若衆は、これ以上この主人の口を開かせまいと、彼に去り際であることを小声で訴えている。
 茂部之子が動くよりも先に、朝明は己煥の上腕を軽く掴んで橋のほうへ上がるように導く。思ったより力を入れて組んでいた袖下の両腕を解くのに手間取りながら、己煥は朝明に従った。
「……災いは平等だ」
 茂部之子は取り繕ったしたり顔で言い放つ。
「家柄の良い才府も、優秀な五主も、不幸には抗えない。五本目の指を数えるのが貴方がたのうち誰か一人でなければ幸いですな」
「あなたはご自分の心配をなさったほうがよろしいですよ!そろそろ寒さが堪える御老体であらせられますしね!では失礼!」
 聡伴は今度こそ足を止めまいと、慌てて朝明と己煥を追いかける。
 橋を下った先では、大股で容赦なくひたすら前を歩く朝明に引っ張られて、足をもつれさせた己煥が待ったをかけていた。寺の門前を過ぎたあたりには馬を待たせてくれているのだろう。ここから城下へ少し上がったところに、朝明の別邸がある。
「朝明様!」
 ふたりに追いついた聡伴は、時間を取らせてしまったことを朝明に詫びるが、馬に乗りながら垂れ流すのは先程の愚痴であった。
「なんですかあいつ!己煥様が口利きで職位をもらったかのような言い方」
「それなりの位に就けば、私でなくとも下の者からの妬みや嫉妬は誰だってかっている」
 身体が弱く、これまでたいして仕事を抱えてこなかった己の名が聞こえるのが面白くない下級官吏が多いのは致し方ないことだろうと己煥は思っている。
「それでも言わせすぎだ。少しは周りを黙らせる努力をしろ」
「なんだお前まで」
「せっかく才能と実績は折り紙付きなんですから、御身体崩されてたときのことなんて気にしなくていいんですよ」
「この調子じゃあ小賢しい出世の競り合いで潰されちまうぞ。とくにお前んところは」
 同籍同士の出世争いが著しい唐栄に生まれながらも、己煥はどうも控えめで気が柔い。己と立場が逆であったほうが過ごしやすかったのではないかとすら朝明は思ってしまう。
「己の沈黙は是の証で」
「他の妄言こそが真とされるんだぞ」
 お前の将来に係ることなんだから、と朝明は念を押す。
  官吏という職は、謹厳実直に仕事をこなすだけでは立身の道は拓けないし、従順で馬鹿正直では勤めをまっとうすることはかなわない。頭だけではなく、気と口もよく回さなければ生き残れないのだ。己煥とてそれがわからないわけではないのだが。
 強く言い聞かせてくるふたりに気圧された己煥は、結局のところ、朝明しかわからない程度に頬を膨らませてふたりから目を逸らし、相変わらず黙っておくことしかできなかった。
 
「ところで朝明様、あの噂は……」
「いいか聡伴、進貢船の員数は二百余名だ。それが全員死んだら龕は出ずっぱりだぜ?」
 荼毘のさいに遺体を納めて運ぶ龕は、各村にひとつずつしかない大切な共有物だ。月に何度も葬式を出されてはたまったものではない。
「そりゃあ、まぁそうですけど……あ、お刺身美味しかったです」
 すっかり陽が落ちたころに到着した朝明の別邸でふたりに散々窘められ、供される料理に鼓を打っていても、聡伴はどうにも噂が気にかかって仕方がない。腹に流し込んだ汁物の温かさが、少しだけ気を軽くさせた。
「船旅は死に近い。船をおりてもそれの気配はなかなか離れぬだろう」
 そして、その心懸かりは吐き出されるにつれて尾ひれを纏い、村を流れ、町へ飛び、やがて大きな噂となる。
 屋敷の使用人に獲らせてきたのだという玄翁に、 己煥もありがたく一切れ、箸をつけた。 血色の良い白身は厚めに切りおろされ、ほんの少し加えた酢が身そのものの淡い味を引き立てている。
  見目のためにうっすらと残された皮がおびる青い濃淡は、薄明りのなかで鈍く光り、とても美しかった。
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kurihara-yumeko · 3 years
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【小説】The day I say good-bye (1/4) 【再録】
 今日は朝から雨だった。
 確か去年も雨だったよな、と僕は窓ガラスに反射している自分の顔を見つめて思った。僕を乗せたバスは、小雨の降る日曜の午後を北へ向かって走る。乗客は少ない。
 予定より五分遅れて、予定通りバス停「船頭町三丁目」で降りた。灰色に濁った水が流れる大きな樫岸川を横切る橋を渡り、広げた傘に雨音が当たる雑音を聞きながら、柳の並木道を歩く。
 小さな古本屋の角を右へ、古い木造家屋の住宅ばかりが建ち並ぶ細い路地を抜けたら左へ。途中、不機嫌そうな面構えの三毛猫が行く手を横切った。長い長い緩やかな坂を上り、苔生した石段を踏み締めて、赤い���便ポストがあるところを左へ。突然広くなった道を行き、椿だか山茶花だかの生け垣のある家の角をまた左へ。
 そうすると、大きなお寺の屋根が見えてくる。囲われた塀の中、門の向こうには、静かな墓地が広がっている。
 そこの一角に、あーちゃんは眠っている。
 砂利道を歩きながら、結構な数の墓の中から、あーちゃんの墓へ辿り着く。もう既に誰かが来たのだろう。墓には真っ白な百合と、あーちゃんの好物であった焼きそばパンが供えてあった。あーちゃんのご両親だろうか。
 手ぶらで来てしまった僕は、ただ墓石を見上げる。周りの墓石に比べてまだ新しいその石は、手入れが行き届いていることもあって、朝から雨の今日であっても穏やかに光を反射している。
 そっと墓石に触れてみた。無機質な冷たさと硬さだけが僕の指先に応えてくれる。
 あーちゃんは墓石になった。僕にはそんな感覚がある。
 あーちゃんは死んだ。死んで、燃やされて、灰になり、この石の下に閉じ込められている。埋められているのは、ただの灰だ。あーちゃんの灰。
 ああ。あーちゃんは、どこに行ってしまったんだろう。
 目を閉じた。指先は墓石に触れたまま。このままじっとしていたら、僕まで石になれそうだ。深く息をした。深く、深く。息を吐く時、わずかに震えた。まだ石じゃない。まだ僕は、石になれない。
 ここに来ると、僕はいつも泣きたくなる。
 ここに来ると、僕はいつも死にたくなる。
 一体どれくらい、そうしていたのだろう。やがて後ろから、砂利を踏んで歩いてくる音が聞こえてきたので、僕は目を開き、手を引っ込めて振り向いた。
「よぉ、少年」
 その人は僕の顔を見て、にっこり笑っていた。
 総白髪かと疑うような灰色の頭髪。自己主張の激しい目元。頭の上の帽子から足元の厚底ブーツまで塗り潰したように真っ黒な恰好の人。
「やっほー」
 蝙蝠傘を差す左手と、僕に向けてひらひらと振るその右手の手袋さえも黒く、ちらりと見えた中指の指輪の石の色さえも黒い。
「……どうも」
 僕はそんな彼女に対し、顔の筋肉が引きつっているのを無理矢理に動かして、なんとか笑顔で応えて見せたりする。
 彼女はすぐ側までやってきて、馴れ馴れしくも僕の頭を二、三度柔らかく叩く。
「こんなところで奇遇だねぇ。少年も墓参りに来たのかい」
「先生も、墓参りですか」
「せんせーって呼ぶなしぃ。あたしゃ、あんたにせんせー呼ばわりされるようなもんじゃございませんって」
 彼女――日褄小雨先生はそう言って、だけど笑った。それから日褄先生は僕が先程までそうしていたのと同じように、あーちゃんの墓石を見上げた。彼女も手ぶらだった。
「直正が死んで、一年か」
 先生は上着のポケットから煙草の箱とライターを取り出す。黒いその箱から取り出された煙草も、同じように黒い。
「あたしゃ、ここに来ると後悔ばかりするね」
 ライターのかちっという音、吐き出される白い煙、どこか甘ったるい、ココナッツに似たにおいが漂う。
「あいつは、厄介なガキだったよ。つらいなら、『つらい』って言えばいい、それだけのことなんだ。あいつだって、つらいなら『つらい』って言ったんだろうさ。だけどあいつは、可哀想なことに、最後の最後まで自分がつらいってことに気付かなかったんだな」
 煙草の煙を揺らしながら、そう言う先生の表情には、苦痛と後悔が入り混じった色が見える。口に煙草を咥えたまま、墓前で手を合わせ、彼女はただ目を閉じていた。瞼にしつこいほど塗られた濃い黒い化粧に、雨の滴が垂れる。
 先生はしばらくして瞼を開き、煙草を一度口元から離すと、ヤニ臭いような甘ったるいような煙を吐き出して、それから僕を見て、優しく笑いかけた。それから先生は背を向け、歩き出してしまう。僕は黙ってそれを追った。
 何も言わなくてもわかっていた。ここに立っていたって、悲しみとも虚しさとも呼ぶことのできない、吐き気がするような、叫び出したくなるような、暴れ出したくなるような、そんな感情が繰り返し繰り返し、波のようにやってきては僕の心の中を掻き回していくだけだ。先生は僕に、帰ろう、と言ったのだ。唇の端で、瞳の奥で。
 先生の、まるで影法師が歩いているかのような黒い後ろ姿を見つめて、僕はかつてたった一度だけ見た、あーちゃんの黒いランドセルを思い出す。
 彼がこっちに引っ越してきてからの三年間、一度も使われることのなかった傷だらけのランドセル。物置きの中で埃を被っていたそれには、あーちゃんの苦しみがどれだけ詰まっていたのだろう。
 道の途中で振り返る。先程までと同じように、墓石はただそこにあった。墓前でかけるべき言葉も、抱くべき感情も、するべき行為も、何ひとつ僕は持ち合わせていない。
 あーちゃんはもう死んだ。
 わかりきっていたことだ。死んでから何かしてあげても無駄だ。生きているうちにしてあげないと、意味がない。だから、僕がこうしてここに立っている意味も、僕は見出すことができない。僕がここで、こうして呼吸をしていて、もうとっくに死んでしまったあーちゃんのお墓の前で、墓石を見つめている、その意味すら。
 もう一度、あーちゃんの墓に背中を向けて、僕は今度こそ歩き始めた。
「最近調子はどう?」
 墓地を出て、長い長い坂を下りながら、先生は僕にそう尋ねた。
「一ヶ月間、全くカウンセリング来なかったけど、何か変化があったりした?」
 黙っていると先生はさらにそう訊いてきたので、僕は仕方なく口を開く。
「別に、何も」
「ちゃんと飯食ってる? また少し痩せたんじゃない?」
「食べてますよ」
「飯食わないから、いつまでも身長伸びないんだよ」
 先生は僕の頭を、目覚まし時計を止める時のような動作で乱雑に叩く。
「ちょ……やめて下さいよ」
「あーっはっはっはっはー」
 嫌がって身をよじろうとするが、先生はそれでもなお、僕に攻撃してくる。
「ちゃんと食わないと。摂食障害になるとつらいよ」
「食べますよ、ちゃんと……」
「あと、ちゃんと寝た方がいい。夜九時に寝ろ。身長伸びねぇぞ」
「九時に寝られる訳ないでしょう、小学生じゃあるまいし……」
「勉強なんかしてるから、身長伸びねぇんだよ」
「そんな訳ないでしょう」
 あはは、と朗らかに彼女は笑う。そして最後に優しく、僕の頭を撫でた。
「負けるな、少年」
 負けるなと言われても、一体何に――そう問いかけようとして、僕は口をつぐむ。僕が何と戦っているのか、先生はわかっているのだ。
「最近、市野谷はどうしてる?」
 先生は何気ない声で、表情で、タイミングで、あっさりとその名前を口にした。
「さぁ……。最近会ってないし、電話もないし、わからないですね」
「ふうん。あ、そう」
 先生はそれ以上、追及してくることはなかった。ただ独り言のように、「やっぱり、まだ駄目か」と言っただけだった。
 郵便ポストのところまで歩いてきた時、先生は、「あたしはあっちだから」と僕の帰り道とは違う方向を指差した。
「駐車場で、葵が待ってるからさ」
「ああ、葵さん。一緒だったんですか」
「そ。少年は、バスで来たんだろ? 家まで車で送ろうか?」
 運転するのは葵だけど、と彼女は付け足して言ったが、僕は首を横に振った。
「ひとりで帰りたいんです」
「あっそ。気を付けて帰れよ」
 先生はそう言って、出会った時と同じように、ひらひらと手を振って別れた。
 路地を右に曲がった時、僕は片手をパーカーのポケットに入れて初めて、とっくに音楽が止まったままになっているイヤホンを、両耳に突っ込んだままだということに気が付いた。
 僕が小学校を卒業した、一年前の今日。
 あーちゃんは人生を中退した。
 自殺したのだ。十四歳だった。
 遺書の最後にはこう書かれていた。
「僕は透明人間なんです」
    あーちゃんは僕と同じ団地に住んでいて、僕より二つお兄さんだった。
 僕が小学一年生の夏に、あーちゃんは家族四人で引っ越してきた。冬は雪に閉ざされる、北の方からやって来たのだという話を聞いたことがあった。
 僕はあーちゃんの、団地で唯一の友達だった。学年の違う彼と、どんなきっかけで親しくなったのか正確には覚えていない。
 あーちゃんは物静かな人だった。小学生の時から、年齢と不釣り合いなほど彼は大人びていた。
 彼は人付き合いがあまり得意ではなく、友達がいなかった。口数は少なく、話す時もぼそぼそとした、抑揚のない平坦な喋り方で、どこか他人と距離を取りたがっていた。
 部屋にこもりがちだった彼の肌は雪みたいに白くて、青い静脈が皮膚にうっすら透けて見えた。髪が少し長くて、色も薄かった。彼の父方の祖母が外国人だったと知ったのは、ずっと後のことだ。銀縁の眼鏡をかけていて、何か困ったことがあるとそれをかけ直す癖があった。
 あーちゃんは器用だった。今まで何度も彼の部屋へ遊びに行ったことがあるけれど、そこには彼が組み立てたプラモデルがいくつも置かれていた。
 僕が加減を知らないままにそれを乱暴に扱い、壊してしまったこともあった。とんでもないことをしてしまったと、僕はひどく後悔してうつむいていた。ごめんなさい、と謝った。年上の友人の大切な物を壊してしまって、どうしたらよいのかわからなかった。鼻の奥がつんとした。泣きたいのは壊されたあーちゃんの方だっただろうに、僕は泣き出しそうだった。
 あーちゃんは、何も言わなかった。彼は立ち尽くす僕の前でしゃがみ込んだかと思うと、足下に散らばったいびつに欠けたパーツを拾い、引き出しの中からピンセットやら接着剤やらを取り出して、僕が壊した部分をあっという間に直してしまった。
 それらの作業がすっかり終わってから彼は僕を呼んで、「ほら見てごらん」と言った。
 恐る恐る近付くと、彼は直ったばかりの戦車のキャタピラ部分を指差して、
「ほら、もう大丈夫だよ。ちゃんと元通りになった。心配しなくてもいい。でもあと1時間は触っては駄目だ。まだ接着剤が乾かないからね」
 と静かに言った。あーちゃんは僕を叱ったりしなかった。
 僕は最後まで、あーちゃんが大声を出すところを一度も見なかった。彼が泣いている姿も、声を出して笑っているのも。
 一度だけ、あーちゃんの満面の笑みを見たことがある。
 夏のある日、僕とあーちゃんは団地の屋上に忍び込んだ。
 僕らは子供向けの雑誌に載っていた、よく飛ぶ紙飛行機の作り方を見て、それぞれ違うモデルの紙飛行機を作り、どちらがより遠くへ飛ぶのかを競走していた。
 屋上から飛ばしてみよう、と提案したのは僕だった。普段から悪戯などしない大人しいあーちゃんが、その提案に首を縦に振ったのは今思い返せば珍しいことだった。そんなことはそれ以前も以降も二度となかった。
 よく晴れた日だった。屋上から僕が飛ばした紙飛行機は、青い空を横切って、団地の駐車場の上を飛び、道路を挟んだ向かいの棟の四階、空き部屋のベランダへ不時着した。それは今まで飛ばしたどんな紙飛行機にも負けない、驚くべき距離だった。僕はすっかり嬉しくなって、得意げに叫んだ。
「僕が一番だ!」
 興奮した僕を見て、あーちゃんは肩をすくめるような動作をした。そして言った。
「まだわからないよ」
 あーちゃんの細い指が、紙飛行機を宙に放つ。丁寧に折られた白い紙飛行機は、ちょうどその時吹いてきた風に背中を押されるように屋上のフェンスを飛び越え、僕の紙飛行機と同じように駐車場の上を通り、向かいの棟の屋根を越え、それでもまだまだ飛び続け、青い空の中、最後は粒のようになって、ついには見えなくなってしまった。
 僕は自分の紙飛行機が負けた悔しさと、魔法のような素晴らしい出来事を目にした嬉しさとが半分ずつ混じった目であーちゃんを見た。その時、僕は見たのだ。
 あーちゃんは声を立てることはなかったが、満足そうな笑顔だった。
「僕は透明人間なんです」
 それがあーちゃんの残した最後の言葉だ。
 あーちゃんは、僕のことを怒ればよかったのだ。地団太を踏んで泣いてもよかったのだ。大声で笑ってもよかったのだ。彼との思い出を振り返ると、いつもそんなことばかり思う。彼はもう永遠に泣いたり笑ったりすることはない。彼は死んだのだから。
 ねぇ、あーちゃん。今のきみに、僕はどんな風に見えているんだろう。
 僕の横で静かに笑っていたきみは、決して透明なんかじゃなかったのに。
 またいつものように春が来て、僕は中学二年生になった。
 張り出されていたクラス替えの表を見て、そこに馴染みのある名前を二つ見つけた。今年は、二人とも僕と同じクラスのようだ。
 教室へ向かってみたけれど、始業の時間になっても、その二つの名前が用意された席には、誰も座ることはなかった。
「やっぱり、まだ駄目か」
 誰かと同じ言葉を口にしてみる。
 本当は少しだけ、期待していた。何かが良くなったんじゃないかと。
 だけど教室の中は新しいクラスメイトたちの喧騒でいっぱいで、新年度一発目、始業式の今日、二つの席が空白になっていることに誰も触れやしない。何も変わってなんかない。
 何も変わらないまま、僕は中学二年生になった。
 あーちゃんが死んだ時の学年と同じ、中学二年生になった。
 あの日、あーちゃんの背中を押したのであろう風を、僕はずっと探してる。
 青い空の果てに、小さく消えて行ってしまったあーちゃんを、僕と「ひーちゃん」に返してほしくて。
    鉛筆を紙の上に走らせる音が、止むことなく続いていた。
「何を描いてるの?」
「絵」
「なんの絵?」
「なんでもいいでしょ」
「今年は、同じクラスみたいだね」
「そう」
「その、よろしく」
 表情を覆い隠すほど長い前髪の下、三白眼が一瞬僕を見た。
「よろしくって、何を?」
「クラスメイトとして、いろいろ……」
「意味ない。クラスなんて、関係ない」
 抑揚のない声でそう言って、双眸は再び紙の上へと向けられてしまった。
「あ、そう……」
 昼休みの保健室。
 そこにいるのは二人の人間。
 ひとりはカーテンの開かれたベッドに腰掛け、胸にはスケッチブック、右手には鉛筆を握り締めている。
 もうひとりはベッドの脇のパイプ椅子に座り、特にすることもなく片膝を抱えている。こっちが僕だ。
 この部屋の主であるはずの鬼怒田先生は、何か用があると言って席を外している。一体なんの仕事があるのかは知らないが、この学校の養護教諭はいつも忙しそうだ。
 僕はすることもないので、ベッドに座っているそいつを少しばかり観察する。忙しそうに鉛筆を動かしている様子を見ると、今はこちらに注意を払ってはいなそうだから、好都合だ。
 伸びてきて邪魔になったから切った、と言わんばかりのショートカットの髪。正反対に長く伸ばされた前髪は、栄養状態の悪そうな青白い顔を半分近く隠している。中学二年生としては小柄で華奢な体躯。制服のスカートから伸びる足の細さが痛々しく見える。
 彼女の名前は、河野ミナモ。僕と同じクラス、出席番号は七番。
 一言で表現するならば、彼女は保健室登校児だ。
 鉛筆の音が、止んだ。
「なに?」
 ミナモの瞬きに合わせて、彼女の前髪が微かに動く。少しばかり長く見つめ続けてしまったみたいだ。「いや、なんでもない」と言って、僕は天井を仰ぐ。
 ミナモは少しの間、何も言わずに僕の方を見ていたようだが、また鉛筆を動かす作業を再開した。
 鉛筆を走らせる音だけが聞こえる保健室。廊下の向こうからは、楽しそうに駆ける生徒たちの声が聞こえてくるが、それもどこか遠くの世界の出来事のようだ。この空間は、世界から切り離されている。
「何をしに来たの」
「何をって?」
「用が済んだなら、帰れば」
 新年度が始まったばかりだからだろうか、ミナモは機嫌が悪いみたいだ。否、機嫌が悪いのではなく、具合が悪いのかもしれない。今日の彼女はいつもより顔色が悪いように見える。
「いない方がいいなら、出て行くよ」
「ここにいてほしい人なんて、いない」
 平坦な声。他人を拒絶する声。憎しみも悲しみも全て隠された無機質な声。
「出て行きたいなら、出て行けば?」
 そう言うミナモの目が、何かを試すように僕を一瞥した。僕はまだ、椅子から立ち上がらない。彼女は「あっそ」とつぶやくように言った。
「市野谷さんは、来たの?」
 ミナモの三白眼がまだ僕を見ている。
「市野谷さんも同じクラスなんでしょ」
「なんだ、河野も知ってたのか」
「質問に答えて」
「……来てないよ」
「そう」
 ミナモの前髪が揺れる。瞬きが一回。
「不登校児二人を同じクラスにするなんて、学校側の考えてることってわからない」
 彼女の言葉通り、僕のクラスには二人の不登校児がいる。
 ひとりはこの河野ミナモ。
 そしてもうひとりは、市野谷比比子。僕は彼女のことを昔から、「ひーちゃん」と呼んでいた。
 二人とも、中学に入学してきてから一度も教室へ登校してきていない。二人の机と椅子は、一度も本人に使われることなく、今日も僕の教室にある。
 といっても、保健室登校児であるミナモはまだましな方で、彼女は一年生の頃から保健室には登校してきている。その点ひーちゃんは、中学校の門をくぐったこともなければ、制服に袖を通したことさえない。
 そんな二人が今年から僕と同じクラスに所属になったことには、正直驚いた。二人とも僕と接点があるから、なおさらだ。
「――くんも、」
 ミナモが僕の名を呼んだような気がしたが、上手く聞き取れなかった。
「大変ね、不登校児二人の面倒を見させられて」
「そんな自嘲的にならなくても……」
「だって、本当のことでしょ」
 スケッチブックを抱えるミナモの左腕、ぶかぶかのセーラー服の袖口から、包帯の巻かれた手首が見える。僕は自分の左手首を見やる。腕時計をしているその下に、隠した傷のことを思う。
「市野谷さんはともかく、教室へ行く気なんかない私の面倒まで、見なくてもいいのに」
「面倒なんて、見てるつもりないけど」
「私を訪ねに保健室に来るの、――くんくらいだよ」
 僕の名前が耳障りに響く。ミナモが僕の顔を見た。僕は妙な表情をしていないだろうか。平然を装っているつもりなのだけれど。
「まだ、気にしているの?」
「気にしてるって、何を?」
「あの日のこと」
 あの日。
 あの春の日。雨の降る屋上で、僕とミナモは初めて出会った。
「死にたがり屋と死に損ない」
 日褄先生は僕たちのことをそう呼んだ。どっちがどっちのことを指すのかは、未だに訊けていないままだ。
「……気にしてないよ」
「そう」
 あっさりとした声だった。ミナモは壁の時計をちらりと見上げ、「昼休み終わるよ、帰れば」と言った。
 今度は、僕も立ち上がった。「それじゃあ」と口にしたけれど、ミナモは既に僕への興味を失ったのか、スケッチブックに目線を落とし、返事のひとつもしなかった。
 休みなく動き続ける鉛筆。
 立ち上がった時にちらりと見えたスケッチブックは、ただただ黒く塗り潰されているだけで、何も描かれてなどいなかった。
    ふと気付くと、僕は自分自身が誰なのかわからなくなっている。
 自分が何者なのか、わからない。
 目の前で展開されていく風景が虚構なのか、それとも現実なのか、そんなことさえわからなくなる。
 だがそれはほんの一瞬のことで、本当はわかっている。
 けれど感じるのだ。自分の身体が透けていくような感覚を。「自分」という存在だけが、ぽっかりと穴を空けて突っ立っているような。常に自分だけが透明な膜で覆われて、周囲から隔離されているかのような疎外感と、なんの手応えも得られない虚無感と。
 あーちゃんがいなくなってから、僕は頻繁にこの感覚に襲われるようになった。
 最初は、授業が終わった後の短い休み時間。次は登校中と下校中。その次は授業中にも、というように、僕が僕をわからなくなる感覚は、学校にいる間じゅうずっと続くようになった。しまいには、家にいても、外にいても、どこにいてもずっとそうだ。
 周りに人がいればいるほど、その感覚は強かった。たくさんの人の中、埋もれて、紛れて、見失う。自分がさっきまで立っていた場所は、今はもう他の人が踏み荒らしていて。僕の居場所はそれぐらい危ういところにあって。人混みの中ぼうっとしていると、僕なんて消えてしまいそうで。
 頭の奥がいつも痛かった。手足は冷え切ったみたいに血の気がなくて。酸素が薄い訳でもないのにちゃんと息ができなくて。周りの人の声がやたら大きく聞こえてきて。耳の中で何度もこだまする、誰かの声。ああ、どうして。こんなにも人が溢れているのに、ここにあーちゃんはいないんだろう。
 僕はどうして、ここにいるんだろう。
「よぉ、少年」
 旧校舎、屋上へ続く扉を開けると、そこには先客がいた。
 ペンキがところどころ剥げた緑色のフェンスにもたれるようにして、床に足を投げ出しているのは日褄先生だった。今日も真っ黒な恰好で、ココナッツのにおいがする不思議な煙草を咥えている。
「田島先生が、先生のことを昼休みに探してましたよ」
「へへっ。そりゃ参ったね」
 煙をゆらゆらと立ち昇らせて、先生は笑う。それからいつものように、「せんせーって呼ぶなよ」と付け加えた。彼女はさらに続けて言う。
「それで? 少年は何をし、こんなところに来たのかな?」
「ちょっと外の空気を吸いに」
「おお、奇遇だねぇ。あたしも外の空気を吸いに……」
「吸いにきたのはニコチンでしょう」
 僕がそう言うと、先生は、「あっはっはっはー」と高らかに笑った。よく笑う人だ。
「残念だが少年、もう午後の授業は始まっている時間だし、ここは立ち入り禁止だよ」
「お言葉ですが先生、学校の敷地内は禁煙ですよ」
「しょうがない、今からカウンセリングするってことにしておいてあげるから、あたしの喫煙を見逃しておくれ。その代わり、あたしもきみの授業放棄を許してあげよう」
 先生は右手でぽんぽんと、自分の隣、雨上がりでまだ湿気っているであろう床を叩いた。座れと言っているようだ。僕はそれに従わなかった。
 先客がいたことは予想外だったが、僕は本当に、ただ、外の空気を吸いたくなってここに来ただけだ。授業を途中で抜けてきたこともあって、長居をするつもりはない。
 ふと、視界の隅に「それ」が目に入った。
 フェンスの一角に穴��空いている。ビニールテープでぐるぐる巻きになっているそこは、テープさえなければ屋上の崖っぷちに立つことを許している。そう。一年前、あそこから、あーちゃんは――。
(ねぇ、どうしてあーちゃんは、そらをとんだの?)
 僕の脳裏を、いつかのひーちゃんの言葉がよぎる。
(あーちゃん、かえってくるよね? また、あえるよね?)
 ひーちゃんの言葉がいくつもいくつも、風に飛ばされていく桜の花びらと同じように、僕の目の前を通り過ぎていく。
「こんなところで、何をしていたんですか」
 そう質問したのは僕の方だった。「んー?」と先生は煙草の煙を吐きながら言う。
「言っただろ、外の空気を吸いに来たんだよ」
「あーちゃんが死んだ、この場所の空気を、ですか」
 先生の目が、僕を見た。その鋭さに、一瞬ひるみそうになる。彼女は強い。彼女の意思は、強い。
「同じ景色を見たいと思っただけだよ」
 先生はそう言って、また煙草をふかす。
「先生、」
「せんせーって呼ぶな」
「質問があるんですけど」
「なにかね」
「嘘って、何回つけばホントになるんですか」
「……んー?」
 淡い桜色の小さな断片が、いくつもいくつも風に流されていく。僕は黙って、それを見ている。手を伸ばすこともしないで。
「嘘は何回ついたって、嘘だろ」
「ですよね」
「嘘つきは怪人二十面相の始まりだ」
「言っている意味がわかりません」
「少年、」
「はい」
「市野谷に嘘つくの、しんどいのか?」
 先生の煙草の煙も、みるみるうちに風に流されていく。手を伸ばしたところで、掴むことなどできないまま。
「市野谷に、直正は死んでないって、嘘をつき続けるの、しんどいか?」
 ひーちゃんは知らない。あーちゃんが去年ここから死んだことを知らない。いや、知らない訳じゃない。認めていないのだ。あーちゃんの死を認めていない。彼がこの世界に僕らを置き去りにしたことを、許していない。
 ひーちゃんはずっと信じている。あーちゃんは生きていると。い���か帰ってくると。今は遠くにいるけれど、きっとまた会える日が来ると。
 だからひーちゃんは知らない。彼の墓石の冷たさも、彼が飛び降りたこの屋上の景色が、僕の目にどう映っているのかも。
 屋上。フェンス。穴。空。桜。あーちゃん。自殺。墓石。遺書。透明人間。無。なんにもない。ない。空っぽ。いない。いないいないいないいない。ここにもいない。どこにもいない。探したっていない。消えた。消えちゃった。消滅。消失。消去。消しゴム。弾んで。飛んで。落ちて。転がって。その先に拾ってくれるきみがいて。笑顔。笑って。笑ってくれて。だけどそれも消えて。全部消えて。消えて消えて消えて。ただ昨日を越えて今日が過ぎ明日が来る。それを繰り返して。きみがいない世界で。ただ繰り返して。ひーちゃん。ひーちゃんが笑わなくなって。泣いてばかりで。だけどもうきみがいない。だから僕が。僕がひーちゃんを慰めて。嘘を。嘘をついて。ついてはいけない嘘を。ついてはいけない嘘ばかりを。それでもひーちゃんはまた笑うようになって。笑顔がたくさん戻って。だけどどうしてあんなにも、ひーちゃんの笑顔は空っぽなんだろう。
「しんどくなんか、ないですよ」
 僕はそう答えた。
 先生は何も言わなかった。
 僕は明日にでも、怪人二十面相になっているかもしれなかった。
    いつの間にか梅雨が終わり、実力テストも期末テストもクリアして、夏休みまであと一週間を切っていた。
 ひと夏の解放までカウントダウンをしている今、僕のクラスの連中は完璧な気だるさに支配されていた。自主性や積極性などという言葉とは無縁の、慣性で流されているような脱力感。
 先週に教室の天井四ヶ所に取り付けられている扇風機が全て故障したこともあいまって、クラスメイトたちの授業に対する意欲はほぼゼロだ。授業がひとつ終わる度に、皆溶け出すように机に上半身を投げ出しており、次の授業が始まったところで、その姿勢から僅かに起き上がる程度の差しかない。
 そういう僕も、怠惰な中学二年生のひとりに過ぎない。さっきの英語の授業でノートに書き記したことと言えば、英語教師の松田が何回額の汗を脱ぐったのかを表す「正」の字だけだ。
 休み時間に突入し、がやがやと騒がしい教室で、ひとりだけ仲間外れのように沈黙を守っていると、肘辺りから空気中に溶け出して、透明になっていくようなそんな気分になる。保健室には来るものの、自分の教室へは絶対に足を運ばないミナモの気持ちがわかるような気がする。
 一学期がもうすぐ終わるこの時期になっても、相変わらず僕のクラスには常に二つの空席があった。ミナモも、ひーちゃんも、一度だって教室に登校してきていない。
「――くん、」
 なんだか控えめに名前を呼ばれた気はしたが、クラスの喧騒に紛れて聞き取れなかった。
 ふと机から顔を上げると、ひとりの女子が僕の机の脇に立っていた。見たことがあるような顔。もしかして、クラスメイトのひとりだろうか。彼女は廊下を指差して、「先生、呼んでる」とだけ言って立ち去った。
 あまりにも唐突な出来事でその女子にお礼を言うのも忘れたが、廊下には担任の姿が見える。僕のクラス担任の担当科目は数学だが、次の授業は国語だ。なんの用かはわからないが、呼んでいるのなら行かなくてはならない。
「おー、悪いな、呼び出して」
 去年大学を卒業したばかりの、どう見ても体育会系な容姿をしている担任は、僕を見てそう言った。
「ほい、これ」
 突然差し出されたのはプリントの束だった。三十枚くらいありそうなプリントが穴を空けられ紐を通して結んである。
「悪いがこれを、市野谷さんに届けてくれないか」
 担任がひーちゃんの名を口にしたのを聞いたのは、久しぶりのような気がした。もう朝の出欠確認の時でさえ、彼女の名前は呼ばれない。ミナモの名前だってそうだ。このクラスでは、ひーちゃんも、ミナモも、いないことが自然なのだ。
「……先生が、届けなくていいんですか」
「そうしたいのは山々なんだが、なかなか時間が取れなくてな。夏休みに入ったら家庭訪問に行こうとは思ってるんだ。このプリントは、それまでにやっておいてほしい宿題。中学に入ってから二年の一学期までに習う数学の問題を簡単にまとめたものなんだ」
「わかりました、届けます」
 受け取ったプリントの束は、思っていたよりもずっとずっしりと重かった。
「すまんな。市野谷さんと小学生の頃一番仲が良かったのは、きみだと聞いたものだから」
「いえ……」
 一年生の時から、ひーちゃんにプリントを届けてほしいと教師に頼まれることはよくあった。去年は彼女と僕は違うクラスだったけれど、同じ小学校出身の誰かに僕らが幼馴染みであると聞いたのだろう。
 僕は学校に来なくなったひーちゃんのことを毛嫌いしている訳ではない。だから、何か届け物を頼まれてもそんなに嫌な気持ちにはならない。でも、と僕は思った。
 でも僕は、ひーちゃんと一番仲が良かった訳じゃないんだ。
「じゃあ、よろしく頼むな」
 次の授業の始業のチャイムが鳴り響く。
 教室に戻り、出したままだった英語の教科書と「正」の字だけ記したノートと一緒に、ひーちゃんへのプリントの束を鞄に仕舞いながら、なんだか僕は泣きたくなった。
  三角形が壊れるのは簡単だった。
 三角形というのは、三辺と三つの角でできていて、当然のことだけれど一辺とひとつの角が消失したら、それはもう三角形ではない。
 まだ小学校に上がったばかりの頃、僕はどうして「さんかっけい」や「しかっけい」があるのに「にかっけい」がないのか、と考えていたけれど、どうやら僕の脳味噌は、その頃から数学的思考というものが不得手だったようだ。
「にかっけい」なんてあるはずがない。
 僕と、あーちゃんと、ひーちゃん。
 僕ら三人は、三角形だった。バランスの取りやすい形。
 始まりは悲劇だった。
 あの悪夢のような交通事故。ひーちゃんの弟の死。
 真っ白なワンピースが汚れることにも気付かないまま、真っ赤になった弟の身体を抱いて泣き叫ぶひーちゃんに手を伸ばしたのは、僕と一緒に下校する途中のあーちゃんだった。
 お互いの家が近かったこともあって、それから僕らは一緒にいるようになった。
 溺愛していた最愛の弟を、目の前で信号無視したダンプカーに撥ねられて亡くしたひーちゃんは、三人で一緒にいてもときどき何かを思い出したかのように暴れては泣いていたけれど、あーちゃんはいつもそれをなだめ、泣き止むまでずっと待っていた。
 口下手な彼は、ひーちゃんに上手く言葉をかけることがいつもできずにいたけれど、僕が彼の言葉を補って彼女に伝えてあげていた。
 優しくて思いやりのあるひーちゃんは、感情を表すことが苦手なあーちゃんのことをよく気遣ってくれていた。
 僕らは嘘みたいにバランスの取れた三角形だった。
 あーちゃんが、この世界からいなくなるまでは。
   「夏は嫌い」
 昔、あーちゃんはそんなことを口にしていたような気がする。
「どうして?」
 僕はそう訊いた。
 夏休み、花火、虫捕り、お祭り、向日葵、朝顔、風鈴、西瓜、プール、海。
 水の中の金魚の世界と、バニラアイスの木べらの湿り気。
 その頃の僕は今よりもずっと幼くて、四季の中で夏が一番好きだった。
 あーちゃんは部屋の窓を網戸にしていて、小さな扇風機を回していた。
 彼は夏休みも相変わらず外に出ないで、部屋の中で静かに過ごしていた。彼の傍らにはいつも、星座の本と分厚い昆虫図鑑が置いてあった。
「夏、暑いから嫌いなの?」
 僕が尋ねるとあーちゃんは抱えていた分厚い本からちょっとだけ顔を上げて、小さく首を横に振った。それから困ったように笑って、
「夏は、皆死んでいるから」
 とだけ、つぶやくように言った。あーちゃんは、時々魔法の呪文のような、不思議なことを言って僕を困惑させることがあった。この時もそうだった。
「どういう意味?」
 僕は理解できずに、ただ訊き返した。
 あーちゃんはさっきよりも大きく首を横に振ると、何を思ったのか、唐突に、
「ああ、でも、海に行ってみたいな」
 なんて言った。
「海?」
「そう、海」
「どうして、海?」
「海は、色褪せてないかもしれない。死んでないかもしれない」
 その言葉の意味がわからず、僕が首を傾げていると、あーちゃんはぱたんと本を閉じて机に置いた。
「台所へ行こうか。確か、母さんが西瓜を切ってくれていたから。一緒に食べよう」
「うん!」
 僕は西瓜に釣られて、わからなかった言葉のことも、すっかり忘れてしまった。
 でも今の僕にはわかる。
 夏の日射しは、世界を色褪せさせて僕の目に映す。
 あーちゃんはそのことを、「死んでいる」と言ったのだ。今はもう確かめられないけれど。
 結局、僕とあーちゃんが海へ行くことはなかった。彼から海へ出掛けた話を聞いたこともないから、恐らく、海へ行くことなく死んだのだろう。
 あーちゃんが見ることのなかった海。
 海は日射しを浴びても青々としたまま、「生きて」いるんだろうか。
 彼が死んでから、僕も海へ足を運んでいない。たぶん、死んでしまいたくなるだろうから。
 あーちゃん。
 彼のことを「あーちゃん」と名付けたのは僕だった。
 そういえば、どうして僕は「あーちゃん」と呼び始めたんだっけか。
 彼の名前は、鈴木直正。
 どこにも「あーちゃん」になる要素はないのに。
    うなじを焼くようなじりじりとした太陽光を浴びながら、ペダルを漕いだ。
 鼻の頭からぷつぷつと汗が噴き出すのを感じ、手の甲で汗を拭おうとしたら手は既に汗で湿っていた。雑音のように蝉の声が響いている。道路の脇には背の高い向日葵は、大きな花を咲かせているのに風がないので微動だにしない。
 赤信号に止められて、僕は自転車のブレーキをかける。
 夏がくる度、思い出す。
 僕とあーちゃんが初めてひーちゃんに出会い、そして彼女の最愛の弟「ろーくん」が死んだ、あの事故のことを。
 あの日も、世界が真っ白に焼き切れそうな、暑い日だった。
 ひーちゃんは白い木綿のワンピースを着ていて、それがとても涼しげに見えた。ろーくんの血で汚れてしまったあのワンピースを、彼女はもうとっくに捨ててしまったのだろうけれど。
 そういえば、ひーちゃんはあの事故の後、しばらくの間、弟の形見の黒いランドセルを使っていたっけ。黒い服ばかり着るようになって。周りの子はそんな彼女を気味悪がったんだ。
 でもあーちゃんは、そんなひーちゃんを気味悪がったりしなかった。
 信号が赤から青に変わる。再び漕ぎ出そうとペダルに足を乗せた時、僕の両目は横断歩道の向こうから歩いて来るその人を捉えて凍りついてしまった。
 胸の奥の方が疼く。急に、聞こえてくる蝉の声が大きくなったような気がした。喉が渇いた。頬を撫でるように滴る汗が気持ち悪い。
 信号は青になったというのに、僕は動き出すことができない。向こうから歩いて来る彼は、横断歩道を半分まで渡ったところで僕に気付いたようだった。片眉を持ち上げ、ほんの少し唇の端を歪める。それが笑みだとわかったのは、それとよく似た笑顔をずいぶん昔から知っているからだ。
「うー兄じゃないですか」
 うー兄。彼は僕をそう呼んだ。
 声変わりの途中みたいな声なのに、妙に大人びた口調。ぼそぼそとした喋り方。
 色素の薄い頭髪。切れ長の一重瞼。ひょろりと伸びた背。かけているのは銀縁眼鏡。
 何もかもが似ているけれど、日に焼けた真っ黒な肌と筋肉のついた足や腕だけは、記憶の中のあーちゃんとは違う。
 道路を渡り終えてすぐ側まで来た彼は、親しげに僕に言う。
「久しぶりですね」
「……久しぶり」
 僕がやっとの思いでそう声を絞り出すと、彼は「ははっ」と笑った。きっとあーちゃんも、声を上げて笑うならそういう風に笑ったんだろうなぁ、と思う。
「どうしたんですか。驚きすぎですよ」
 困ったような笑顔で、眼鏡をかけ直す。その手つきすらも、そっくり同じ。
「嫌だなぁ。うー兄は僕のことを見る度、まるで幽霊でも見たような顔するんだから」
「ごめんごめん」
「ははは、まぁいいですよ」
 僕が謝ると、「あっくん」はまた笑った。
 彼、「あっくん」こと鈴木篤人くんは、僕の一個下、中学一年生。私立の学校に通っているので僕とは学校が違う。野球部のエースで、勉強の成績もクラストップ。僕の団地でその中学に進学できた子供は彼だけだから、団地の中で知らない人はいない優等生だ。
 年下とは思えないほど大人びた少年で、あーちゃんにそっくりな、あーちゃんの弟。
「中学は、どう? もう慣れた?」
「慣れましたね。今は部活が忙しくて」
「運動部は大変そうだもんね」
「うー兄は、帰宅部でしたっけ」
「そう。なんにもしてないよ」
「今から、どこへ行くんですか?」
「ああ、えっと、ひーちゃんに届け物」
「ひー姉のところですか」
 あっくんはほんの一瞬、愛想笑いみたいな顔をした。
「ひー姉、まだ学校に行けてないんですか?」
「うん」
「行けるようになるといいですね」
「そうだね」
「うー兄は、元気にしてましたか?」
「僕? 元気だけど……」
「そうですか。いえ、なんだかうー兄、兄貴に似てきたなぁって思ったものですから」
「僕が?」
 僕があーちゃんに似てきている?
「顔のつくりとかは、もちろん違いますけど、なんていうか、表情とか雰囲気が、兄貴に似てるなぁって」
「そうかな……」
 僕にそんな自覚はないのだけれど。
「うー兄も死んじゃいそうで、心配です」
 あっくんは柔らかい笑みを浮かべたままそう言った。
「……そう」
 僕はそう返すので精いっぱいだった。
「それじゃ、ひー姉によろしくお伝え下さい」
「じゃあ、また……」
 あーちゃんと同じ声で話し、あーちゃんと同じように笑う彼は、夏の日射しの中を歩いて行く。
(兄貴は、弱いから駄目なんだ)
 いつか彼が、あーちゃんに向けて言った言葉。
 あーちゃんは自分の弟にそう言われた時でさえ、怒ったりしなかった。ただ「そうだね」とだけ返して、少しだけ困ったような顔をしてみせた。
 あっくんは、強い。
 姿や雰囲気は似ているけれど、性格というか、芯の強さは全く違う。
 あーちゃんの死を自分なりに受け止めて、乗り越えて。部活も勉強も努力して。あっくんを見ているといつも思う。兄弟でもこんなに違うものなのだろうか、と。ひとりっ子の僕にはわからないのだけれど。
 僕は、どうだろうか。
 あーちゃんの死を受け入れて、乗り越えていけているだろうか。
「……死相でも出てるのかな」
 僕があーちゃんに似てきている、なんて。
 笑えない冗談だった。
 ふと見れば、信号はとっくに赤になっていた。青になるまで待つ間、僕の心から言い表せない不安が拭えなかった。
    遺書を思い出した。
 あーちゃんの書いた遺書。
「僕の分まで生きて。僕は透明人間なんです」
 日褄先生はそれを、「ばっかじゃねーの」って笑った。
「透明人間は見えねぇから、透明人間なんだっつーの」
 そんな風に言って、たぶん、泣いてた。
「僕の分まで生きて」
 僕は自分の鼓動を聞く度に、その言葉を繰り返し、頭の奥で聞いていたような気がする。
 その度に自分に問う。
 どうして生きているのだろうか、と。
  部屋に一歩踏み入れると、足下でガラスの破片が砕ける音がした。この部屋でスリッパを脱ぐことは自傷行為に等しい。
「あー、うーくんだー」
 閉められたカーテン。閉ざされたままの雨戸。
 散乱した物。叩き壊された物。落下したままの物。破り捨てられた物。物の残骸。
 その中心に、彼女はいる。
「久しぶりだね、ひーちゃん」
「そうだねぇ、久しぶりだねぇ」
 壁から落下して割れた時計は止まったまま。かろうじて壁にかかっているカレンダーはあの日のまま。
「あれれー、うーくん、背伸びた?」
「かもね」
「昔はこーんな小さかったのにねー」
「ひーちゃんに初めて会った時だって、そんなに小さくなかったと思うよ」
「あははははー」
 空っぽの笑い声。聞いているこっちが空しくなる。
「はい、これ」
「なに? これ」
「滝澤先生に頼まれたプリント」
「たきざわって?」
「今度のクラスの担任だよ」
「ふーん」
「あ、そうだ、今度は僕の同じクラスに……」
 彼女の手から投げ捨てられたプリントの束が、ろくに掃除されていない床に落ちて埃を巻き上げた。
「そういえば、あいつは?」
「あいつって?」
「黒尽くめの」
「黒尽くめって……日褄先生のこと?」
「まだいる?」
「日褄先生なら、今年度も学校にいるよ」
「なら、学校には行かなーい」
「どうして?」
「だってあいつ、怖いことばっかり言うんだもん」
「怖いこと?」
「あーちゃんはもう、死んだんだって」
「…………」
「ねぇ、うーくん」
「……なに?」
「うーくんはどうして、学校に行けるの? まだあーちゃんが帰って来ないのに」
 どうして僕は、生きているんだろう。
「『僕』はね、怖いんだよ、うーくん。あーちゃんがいない毎日が。『僕』の毎日の中に、あーちゃんがいないんだよ。『僕』は怖い。毎日が怖い。あーちゃんのこと、忘れそうで怖い。あーちゃんが『僕』のこと、忘れそうで怖い……」
 どうしてひーちゃんは、生きているんだろう。
「あーちゃんは今、誰の毎日の中にいるの?」
 ひーちゃんの言葉はいつだって真っ直ぐだ。僕の心を突き刺すぐらい鋭利だ。僕の心を掻き回すぐらい乱暴だ。僕の心をこてんぱんに叩きのめすぐらい凶暴だ。
「ねぇ、うーくん」
 いつだって思い知らされる。僕が駄目だってこと。
「うーくんは、どこにも行かないよね?」
 いつだって思い知らせてくれる。僕じゃ駄目だってこと。
「どこにも、行かないよ」
 僕はどこにも行けない。きみもどこにも行けない。この部屋のように時が止まったまま。あーちゃんが死んでから、何もかもが停止したまま。
「ふーん」
 どこか興味なさそうな、ひーちゃんの声。
「よかった」
 その後、他愛のない話を少しだけして、僕はひーちゃんの家を後にした。
 死にたくなるほどの夏の熱気に包まれて、一気に現実に引き戻された気分になる。
 こんな現実は嫌なんだ。あーちゃんが欠けて、ひーちゃんが壊れて、僕は嘘つきになって、こんな世界は、大嫌いだ。
 僕は自分に問う。
 どうして僕は、生きているんだろう。
 もうあーちゃんは死んだのに。
   「ひーちゃん」こと市野谷比比子は、小学生の頃からいつも奇異の目で見られていた。
「市野谷さんは、まるで死体みたいね」
 そんなことを彼女に言ったのは、僕とひーちゃんが小学四年生の時の担任だった。
 校舎の裏庭にはクラスごとの畑があって、そこで育てている作物の世話を、毎日クラスの誰かが当番制でしなくてはいけなかった。それは夏休み期間中も同じだった。
 僕とひーちゃんが当番だった夏休みのある日、黙々と草を抜いていると、担任が様子を見にやって来た。
「頑張ってるわね」とかなんとか、最初はそんな風に声をかけてきた気がする。僕はそれに、「はい」とかなんとか、適当に返事をしていた。ひーちゃんは何も言わず、手元の草を引っこ抜くことに没頭していた。
 担任は何度かひーちゃんにも声をかけたが、彼女は一度もそれに答えなかった。
 ひーちゃんはいつもそうだった。彼女が学校で口を利くのは、同じクラスの僕と、二つ上の学年のあーちゃんにだけ。他は、クラスメイトだろうと教師だろうと、一言も言葉を発さなかった。
 この当番を決める時も、そのことで揉めた。
 くじ引きでひーちゃんと同じ当番に割り当てられた意地の悪い女子が、「せんせー、市野谷さんは喋らないから、当番の仕事が一緒にやりにくいでーす」と皆の前で言ったのだ。
 それと同時に、僕と一緒の当番に割り当てられた出っ歯の野郎が、「市野谷さんと仲の良い――くんが市野谷さんと一緒にやればいい��思いまーす」と、僕の名前を指名した。
 担任は困ったような笑顔で、
「でも、その二人だけを仲の良い者同士にしたら、不公平じゃないかな? 皆だって、仲の良い人同士で一緒の当番になりたいでしょう? 先生は普段あまり仲が良くない人とも仲良くなってもらうために、当番の割り振りをくじ引きにしたのよ。市野谷さんが皆ともっと仲良くなったら、皆も嬉しいでしょう?」
 と言った。意地悪ガールは間髪入れずに、
「喋らない人とどうやって仲良くなればいいんですかー?」
 と返した。
 ためらいのない発言だった。それはただただ純粋で、悪意を含んだ発言だった。
「市野谷さんは私たちが仲良くしようとしてもいっつも無視してきまーす。それって、市野谷さんが私たちと仲良くしたくないからだと思いまーす。それなのに、無理やり仲良くさせるのは良くないと思いまーす」
「うーん、そんなことはないわよね、市野谷さん」
 ひーちゃんは何も言わなかった。まるで教室内での出来事が何も耳に入っていないかのような表情で、窓の外を眺めていた。
「市野谷さん? 聞いているの?」
「なんか言えよ市野谷」
 男子がひーちゃんの机を蹴る。その振動でひーちゃんの筆箱が机から滑り落ち、がちゃんと音を立てて中身をぶちまけたが、それでもひーちゃんには変化は訪れない。
 クラスじゅうにざわざわとした小さな悪意が満ちる。
「あの子ちょっとおかしいんじゃない?」
 そんな囁きが満ちる。担任の困惑した顔。意地悪いクラスメイトたちの汚らわしい視線。
 僕は知っている。まるでここにいないかのような顔をして、窓の外を見ているひーちゃんの、その視線の先を。窓から見える新校舎には、彼女の弟、ろーくんがいた一年生の教室と、六年生のあーちゃんがいる教室がある。
 ひーちゃんはいつも、ぼんやりとそっちばかりを見ている。教室の中を見渡すことはほとんどない。彼女がここにいないのではない。彼女にとって、こっちの世界が意味を成していないのだ。
「市野谷さんは、死体みたいね」
 夏休み、校舎裏の畑。
 その担任の一言に、僕は思わずぎょっとした。担任はしゃがみ込み、ひーちゃんに目線を合わせようとしながら、言う。
「市野谷さんは、どうしてなんにも言わないの? なんにも思わないの? あんな風に言われて、反論したいなって思わないの?」
 ひーちゃんは黙って草を抜き続けている。
「市野谷さんは、皆と仲良くなりたいって思わない? 皆は、市野谷さんと仲良くなりたいって思ってるわよ」
 ひーちゃんは黙っている。
「市野谷さんは、ずっとこのままでいるつもりなの? このままでいいの? お友達がいないままでいいの?」
 ひーちゃんは。
「市野谷さん?」
「うるさい」
 どこかで蝉が鳴き止んだ。
 彼女が僕とあーちゃん以外の人間に言葉を発したところを、僕は初めて見た。彼女は担任を睨み付けるように見つめていた。真っ黒な瞳が、鋭い眼光を放っている。
「黙れ。うるさい。耳障り」
 ひーちゃんが、僕の知らない表情をした。それはクラスメイトたちがひーちゃんに向けたような、玩具のような悪意ではなかった。それは本当の、なんの混じり気もない、殺意に満ちた顔だった。
「あんたなんか、死んじゃえ」
 振り上げたひーちゃんの右手には、草抜きのために職員室から貸し出された鎌があって――。
「ひーちゃん!」
 間一髪だった。担任は真っ青な顔で、息も絶え絶えで、しかし、その鎌の一撃をかろうじてかわした。担任は震えながら、何かを叫びながら校舎の方へと逃げるように走り去って行く。
「ひーちゃん、大丈夫?」
 僕は地面に突き刺した鎌を固く握りしめたまま、動かなくなっている彼女に声をかけた。
「友達なら、いるもん」
 うつむいたままの彼女が、そうぽつりと言う。
「あーちゃんと、うーくんがいるもん」
 僕はただ、「そうだね」と言って、そっと彼女の頭を撫でた。
    小学生の頃からどこか危うかったひーちゃんは、あーちゃんの自殺によって完全に壊れてしまった。
 彼女にとってあーちゃんがどれだけ大切な存在だったかは、説明するのが難しい。あーちゃんは彼女にとって絶対唯一の存在だった。失ってはならない存在だった。彼女にとっては、あーちゃん以外のものは全てどうでもいいと思えるくらい、それくらい、あーちゃんは特別だった。
 ひーちゃんが溺愛していた最愛の弟、ろーくんを失ったあの日。
 あの日から、ひーちゃんの心にぽっかりと空いた穴を、あーちゃんの存在が埋めてきたからだ。
 あーちゃんはひーちゃんの支えだった。
 あーちゃんはひーちゃんの全部だった。
 あーちゃんはひーちゃんの世界だった。
 そして、彼女はあーちゃんを失った。
 彼女は入学することになっていた中学校にいつまで経っても来なかった。来るはずがなかった。来れるはずがなかった。そこはあーちゃんが通っていたのと同じ学校であり、あーちゃんが死んだ場所でもある。
 ひーちゃんは、まるで死んだみたいだった。
 一日中部屋に閉じこもって、食事を摂ることも眠ることも彼女は拒否した。
 誰とも口を利かなかった。実の親でさえも彼女は無視した。教室で誰とも言葉を交わさなかった時のように。まるで彼女の前からありとあらゆるものが消滅してしまったかのように。泣くことも笑うこともしなかった。ただ虚空を見つめているだけだった。
 そんな生活が一週間もしないうちに彼女は強制的に入院させられた。
 僕が中学に入学して、桜が全部散ってしまった頃、僕は彼女の病室を初めて訪れた。
「ひーちゃん」
 彼女は身体に管を付けられ、生かされていた。
 屍のように寝台に横たわる、変わり果てた彼女の姿。
(市野谷さんは死体みたいね)
 そんなことを言った、担任の言葉が脳裏をよぎった。
「ひーちゃんっ」
 僕はひーちゃんの手を取って、そう呼びかけた。彼女は何も言わなかった。
「そっち」へ行ってほしくなかった。置いていかれたくなかった。僕だって、あーちゃんの突然の死を受け止めきれていなかった。その上、ひーちゃんまで失うことになったら。そう考えるだけで嫌だった。
 僕はここにいたかった。
「ひーちゃん、返事してよ。いなくならないでよ。いなくなるのは、あーちゃんだけで十分なんだよっ!」
 僕が大声でそう言うと、初めてひーちゃんの瞳が、生き返った。
「……え?」
 僕を見つめる彼女の瞳は、さっきまでのがらんどうではなかった。あの時のひーちゃんの瞳を、僕は一生忘れることができないだろう。
「あーちゃん、いなくなったの?」
 ひーちゃんの声は僕の耳にこびりついた。
 何言ってるんだよ、あーちゃんは死んだだろ。そう言おうとした。言おうとしたけれど、何かが僕を引き留めた。何かが僕の口を塞いだ。頭がおかしくなりそうだった。狂っている。僕はそう思った。壊れている。破綻している。もう何もかもが終わってしまっている。
 それを言ってしまったら、ひーちゃんは死んでしまう。僕がひーちゃんを殺してしまう。ひーちゃんもあーちゃんみたいに、空を飛んでしまうのだ。
 僕はそう直感していた。だから声が出なかった。
「それで、あーちゃん、いつかえってくるの?」
 そして、僕は嘘をついた。ついてはいけない嘘だった。
 あーちゃんは生きている。今は遠くにいるけれど、そのうち必ず帰ってくる、と。
 その一週間後、ひーちゃんは無事に病院を退院した。人が変わったように元気になっていた。
 僕の嘘を信じて、ひーちゃんは生きる道を選んだ。
 それが、ひーちゃんの身体をいじくり回して管を繋いで病室で寝かせておくことよりもずっと残酷なことだということを僕は後で知った。彼女のこの上ない不幸と苦しみの中に永遠に留めておくことになってしまった。彼女にとってはもうとっくに終わってしまったこの世界で、彼女は二度と始まることのない始まりをずっと待っている。
 もう二度と帰ってこない人を、ひーちゃんは待ち続けなければいけなくなった。
 全ては僕のついた幼稚な嘘のせいで。
「学校は行かないよ」
「どうして?」
「だって、あーちゃん、いないんでしょ?」
 学校にはいつから来るの? と問いかけた僕にひーちゃんは笑顔でそう答えた。まるで、さも当たり前かのように言った。
「『僕』は、あーちゃんが帰って来るのを待つよ」
「あれ、ひーちゃん、自分のこと『僕』って呼んでたっけ?」
「ふふふ」
 ひーちゃんは笑った。幸せそうに笑った。恥ずかしそうに笑った。まるで恋をしているみたいだった。本当に何も知らないみたいに。本当に、僕の嘘を信じているみたいに。
「あーちゃんの真似、してるの。こうしてると自分のことを言う度、あーちゃんのことを思い出せるから」
 僕は笑わなかった。
 僕は、笑えなかった。
 笑おうとしたら、顔が歪んだ。
 醜い嘘に、歪んだ。
 それからひーちゃんは、部屋に閉じこもって、あーちゃんの帰りをずっと待っているのだ。
 今日も明日も明後日も、もう二度と帰ってこない人を。
※(2/4) へ続く→ https://kurihara-yumeko.tumblr.com/post/647000556094849024/
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miebo · 4 years
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【成人式には車椅子でも振袖を!】 👘 日本人のほとんどが、この日は晴れ着を身にまとい、精一杯オシャレをして地元の市区町村が開いてくれる式典に臨みます。 親なら成人式には愛娘に振袖を着せてやりたいと思うのは当たり前の思いなのではないでしょうか。でも、それが叶わずに諦めているご家族がたくさんいらっしゃいます。 • • • 昨年の暮れのこと 当社に一本のメールが届きました。 「体の不自由な娘に振袖をきせて貰いたい」 • • • お父様からのメールでした。 成人式といえば、私達着付け師が一年で最も多忙な日であり、圧倒的な着付け師不足となります。私も一年も前から予約があり、ご要望にお応えすることはできませんでした。どの着付師もほぼ毎年、予約でスケジュールが埋まってしまうのです。 市区町村の会館の一室をお借りして「車椅子や寝たきりの体の不自由な新成人の方を対象とした着付けができないか」と公共の施設に提案しましたが、これは特別扱いになるという理由で不可だとのこと。それならば、お嬢様のご自宅にいって振袖の車椅子着付けができる着付師はいないものかと、車椅子着付けを行う協会の本部にあたってみましたが、引き受けてくれる者は1人も居ませんでした。 • • • ご両親の思いを知った今、諦めることなんてできません。なんとかしてあげたいという思いで、こう提案しました。 「成人式より前に、振袖に結ぶ帯を持って来てください。 作り帯を私が結びますから」 千葉から、はるばる奥様が締めた思い出の袋帯を大切に風呂敷に包んで、成増まで来てくださったお父様。約3時間の間、お嬢様のことをお聞きしたり、帯結びのアレンジをあれこれ打ち合わせして、好みの振袖用の帯結びに仕上げ、大事そうに抱えて持ち帰られました。 • • • 年が明け、成人の日が終わったある日、一通のメールが届きました。 「ご連絡遅くなってしまいましたが、福祉園での成人を祝う会、スタジオでの写真撮影、1/13の成人式の3回、作って頂いた母親の帯をつけ、振袖を着る事ができました。 いろいろとご対応頂きありがとうございました。娘は年末から振袖を着る事を楽しみにしており成人式も天気に恵まれ暖かく出席できて何よりでした。 写真はスタジオ撮影時にiPadで撮ったものです。 とてもよい記念にすることができました。」 • • • ご成人おめでとうございます! 美しい晴れ着のお嬢様を目にして、「車椅子着付け師になって良かった。」心の底からそう思った瞬間でした。1人でも多くの方が笑顔になりますように… #袋帯 #袋帯アレンジ #成人式 #大人のうるおいlife #mieko #miebo #大人女子 #美活部 #沼澤三永子 #着付教室 #着物教室 #きものコンサルタント #きもの女子 #きもの好き #kimono #伝統文化 #日本 #昭和第一高等学校カルチャーきもの教室講師 #日本カルチャー協会認定講師 #イオンカルチャークラブ西台店講師 #車椅子 #車椅子着付講師 #おもてなし #株式会社おもてなし #沼澤三永子きもの教室 『きものをあしたへ』 『着物を暮らしへ』 『kimonoをせかいへ』 ※写真は、少しでも同じ悩みを持った方達のお役にたてればと掲載の快諾をいただきました (東京 板橋区) https://www.instagram.com/p/B-LdX9vAwvi/?igshid=18nfy6452yiw5
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sorairono-neko · 5 years
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大事ですよね
 勇利はいまごろ何をしているだろう? ヴィクトルは彼をロシアへ連れてきてから、休日にはそう考えるのが日課になってしまった。なぜなら勇利はヴィクトルから離れてひとりで暮らしているのであり、つまりはヴィクトルもマッカチンだけを同居人に日々を過ごしているからである。まったく心外な、不本意なことだった。事情を知ったリンクメイトたちは、ヴィクトルがどれほど勇利を溺愛しているかを承知しきっているので、「なんてひどいことを」と勇利をからかった。しかし勇利はそういうとき、いつだってふしぎそうな顔をするのだ。 「え? どうして?」  ヴィクトルが勇利を好きだからだと説明を受けても、彼は苦笑を浮かべるばかりである。 「そりゃあ愛してくれてるし、大事にしてくれてるけど、それはぼくが生徒だからだよ。心配してくれてるんだ。ぼくとしては、ヴィクトルにそんな気遣いをさせたくないから、ちゃんと自立して、ひとりでもできるっていうところを見せたいと思ってるんだ」  どうやらヴィクトルの愛情は、勇利にかえって独り立ちをうながすことにしかなっていないようである。そうじゃない、俺はおまえを本当に愛しているし、おまえがそばにいないと落ち着かないんだ。ふたりで暮らしたいのは、勇利のためでもあるけれど俺のためでもある。おまえはぜんぜんわかっていない。ヴィクトルはそう言いたかった。しかしどうにか我慢していた。勇利が自分の力でやってゆこうととりきめ、そのためにがんばっているのなら、それを見守ってやるのもまた愛情だ。応援して、勇利が困ったときには手を差し伸べたい。勇利のきめたことをヴィクトルは信じたかった。  だがそれは、ヴィクトルがさびしくないということではない。 「ああ、マッカチン、勇利はひどいよねえ」  ヴィクトルはソファに長くなり、腹の上にのってきたマッカチンの顔をぐいぐいとひっぱりながらこぼした。 「俺の気持ちをちっともわかろうとしないんだから。あの子はすぐに『ヴィクトルがぼくを好きなわけない』なんて言うんだよ。とんでもない話だ。好きじゃないわけがないだろう。愛してるよ。本当に勝生勇利は勝手だ」  勝手なのに、彼のことがかわゆくてたまらないのだからどうしようもない。ヴィクトルは溜息をついた。 「勇利はいまごろ何をしてるだろうなあ……」  首を横に向け、雨模様の空を窓越しに眺めた。サンクトペテルブルクは天気のよい日がめったにないのだが、今日は昼から曇りどころかひどい雨で、窓ガラスは打ちつける雨滴でいくつも筋ができるほどだった。勇利もこの雨を窓から見ているのだろうか。 「ちょっとメッセージを送ってみよう。それくらいはいいだろう」  勇利のことばかり考えているヴィクトルは我慢しきれず、携帯電話を取り上げて真剣に文章をつくった。かるい感じの、深刻ではない、しつこくない、世間話のようなメッセージにしなくてはならない。それはなかなか難しい仕事だった。たっぷり十分はかかってしまった。 「これでいいかな……。この調子なら勇利も気軽に返してくるだろう。彼は事務的な話じゃないときは返事をよこさないことがよくあるけど……」  あれもどうかと思う、とヴィクトルはぶつぶつ言った。なぜそんなに人との関わりに興味がないのだ。あとで指摘しても、「え? あれ返事が必要だったの?」ときょとんとするのである。かわいい顔で。  ヴィクトルは緊張して返事を待った。今日は意外なことに、すぐに返信があった。 『いまは外だよ。ヴィクトルの家の近く。すごい雨だね。傘を持っていなくて慌てた』  ヴィクトルはぎょっとした。勇利は外出しているのか。いや、外に出るのはよいけれど……、傘を持っていない? 「何をやってるんだ、勇利は!」  ヴィクトルはすぐに電話をかけた。勇利はのんきな様子で「あ、ヴィクトル? どうしたの?」と応答した。 「どうしたのじゃない! 傘を持ってないだって?」 「うん。ぼくが家を出るときは降ってなかったから」 「空を見れば今日の天気くらいわかるだろう」 「ここっていつも曇ってるから、普段どおりだと思ったんだよ。そうしたらいきなりたくさん降ってきたからびっくりした」  勇利は明るく言った。困ってはいないようだ。ヴィクトルはほっと息をついた。 「濡れてない? 大丈夫だった?」  このぶんなら問題なさそうだと判断しかけたとき、勇利はあっけらかんとその考えを吹き飛ばした。 「もうびしょ濡れ。笑えるくらい濡れた。急いで家に帰るところだよ」  ヴィクトルはまた仰天した。 「なんだって!?」 「あ、でもいまはちょっと雨をしのげるところにいる。ヴィクトルが電話してきたから」 「いまは!?」  どうやら勇利の明るさは、もうどうしようもないとひらきなおったがゆえのものだったようだ。問題がないどころではない。 「どうして最初からそうしない!?」 「だって降ってきたときは雨宿りできる場所なんてなかったんだもん……なんか怒ってる?」  ヴィクトルは溜息をついた。まったく勇利は……。 「いまから迎えに行くから、そこを動かないで」 「え、なんで? もうすぐぼくんちだし、もう帰るよ」 「だめだ」  帰宅した勇利がちゃんと自分の世話をするかどうか心配だ。いや、勇利だって大人だし、アスリートなのだから、体調管理はしっかりしているけれど──とにかくほうってはおけない。 「俺は勇利のコーチだ。勇利に責任がある」 「そうだけど、雨に濡れるのとは関係なくない?」 「大ありだ。いいね。動かないように。──ところでいまどこにいる?」 「ヴィクトルの家のすぐ近くだってば。だったらぼくがそっちへ行くよ。本当に五分ほどで着くから」  ヴィクトルは迷ったけれど、説明を聞いて、車を出して、ということをするうちに五分くらい過ぎてしまうだろう。それならこのまま待ちながら、びしょ濡れの勇利のために支度を整えておくほうがよい。 「わかった。急いで、でも気をつけて来るんだよ。いいね?」 「うん、わかったわかった」 「本当にわかってるのか!?」 「大丈夫」  ヴィクトルがあやぶんでいるうちに電話は切れた。どうも信用ならないという気がしたけれど、文句を言うよりいろいろ準備するほうがさきだ。ヴィクトルは「マッカチン、勇利が来るよ」と声をかけ、急いで浴室へ行った。浴槽に栓をして熱い湯を出す。  望ましくないかたちではあるけれど、勇利がここへやってくるというのはうれしいなりゆきだ。濡れて疲れているだろうから、こまやかに気遣ってやらなければ。ヴィクトルは寝室へ飛びこみ、衣装戸棚を勢いよくひらいた。  玄関の呼び鈴が鳴ったのはちょうど五分が過ぎたころで、マッカチンが元気に吠え、勢いよく走っていった。ヴィクトルも勇利を迎えた。 「こんにちは。あー、すごいことになっちゃった」  笑いながら入ってきた勇利は、上着についたフードをかぶっており、眼鏡をかけていなかった。濡れるからだろう。 「ひどい目に遭ったよ」 「寒かっただろう」  ヴィクトルはすぐに大きなタオルを手渡した。勇利はありがとうと言い、それで髪をごしごしとぬぐった。 「あ、ごめん、玄関がすごく濡れるね」 「そんなことはどうでもいい。いま風呂に湯を溜めてる」 「そうなんだ。ありがとう」  ヴィクトルは勇利の脱いだ服をまとめ、すみのほうへ置いた。そして身体を拭くのを手伝った。 「下も脱いだほうがいいかな。このまま入ったら廊下も濡れちゃうから」 「そうだね……」  ヴィクトルの手が勇利の腕にふれた。ひどくつめたかった。 「かわいそうに。寒かっただろう」 「ちょっとね。春でもやっぱり冷えるね。マッカチン、久しぶり。元気だった?」  ざっとしずくをぬぐい終わった勇利が、身をかがめてマッカチンに構い始めた。ヴィクトルはそのあいだも勇利の髪を拭いていた。 「そろそろ湯が溜まってるころだ。浴室はこっちだよ。着替えは俺のを出しておいたから着て。よくあったまるんだよ」 「ありがとう」 「勇利、おなかはすいてない?」 「ん? 腹ぺこ」 「わかった。あ、濡れた服は浴室にある洗濯機のところに置いておいてくれ」 「袋をくれたら持って帰るよ」 「いいから」 「ヴィクトルでも洗濯するんだ」 「早く行きなさい」  勇利が浴室に姿を消すと、ヴィクトルはふうと息をついた。思ったより元気のようだ。熱い湯で身体をあたためれば風邪もひかないだろう。 「マッカチン、おいで」  ヴィクトルは台所へ行き、冷蔵庫をひらいて、つくることのできる食事について思案した。もともとは料理なんていっさいしなかった彼だけれど、いつ勇利と暮らし始めてもよいように、このところはかなり勉強しているのである。いまこそその腕前を示すときだ。 「お風呂ありがとう。気持ちよかった」  入浴を済ませた勇利を見て、ヴィクトルはどきっとしてしまった。 「ひろいんだね、ヴィクトルんちのお風呂。びっくりした」  勇利はヴィクトルの部屋着を着ていた。ヴィクトルが渡したのだから当たり前だ。しかし、自分の衣服を彼が着るというのは、思った以上にすてきな、興奮することだった。衣装を着せるのとはまたちがう、日常的で、生活的なものを感じた。 「これ、ちょっと大きいね」  勇利は照れたように笑い、あまった袖を振って見せた。 「でもヴィクトルの服だ……」  彼は自身の身体を見下ろし、大きめの服をひっぱってうれしそうにつぶやいた。ヴィクトルはぼんやりとつぶやいた。 「勇利……、よく考えてものを言わなければならない。好きな子にそんなふうにされたら、誰だって浮かれて何をするかわからないよ」 「大丈夫だよ。ヴィクトルがぼくを好きになるはずないから」  勇利はかるく受け答えをして愉快そうに笑った。 「下着が普通の下着でよかった。ヴィクトルみたいなのを出されたらどうしようかと思ってたんだ。ヴィクトル、ぼくおなかすいた」  ヴィクトルは、またしても「ヴィクトルがぼくを好きになるはずがない」と言われたことに不満を持ったけれど、「おなかすいた」とねだる勇利があまりにもかわいかったので、ここはひとまず我慢しておくことにした。 「食事をつくったよ。こっちへおいで」 「ヴィクトルがつくったの? ヴィクトルでも料理するんだ」  ヴィクトルのにんじんサラダや豆入りスープ、いわしのマリネなどを、勇利はいかにも美味しそうに食べた。ヴィクトルは彼の食べぶりを向かいから見ているだけで満足だった。外はすっかり暗くなり、相変わらず雨は上がらなかったけれど、ヴィクトルにとってはあたたかい、世界一すてきな空間がここにあった。 「いつもこんなのつくって食べてるの?」 「いや、ひとりのときはそれほど……」 「ヴィクトル、インタビューでは料理をするなんて言ってなかったのに」  世界の誰よりもヴィクトルにくわしい勇利は、首をかしげてそんな疑問を口にした。おまえのために勉強しているんだと、ヴィクトルはよっぽど言ってやろうかと考えた。俺はふたりで住むものとばかり思ってたんだぞ。それを勇利が……。 「フクースナ」  勇利はつぶやいた。 「何かお礼をしなくちゃいけない……」 「だったら勇利、ここで俺と暮らさないか」  ヴィクトルの唐突な提案に、勇利は目をまるくし、それから可笑しそうに笑いだした。 「それがお礼になるの?」 「なるよ。とてもなる」 「どうして?」 「誰だって、好きな子とは長く一緒にいたいものだろう?」 「ヴィクトルはぼくを好きになったりしないから大丈夫」  またそういうことを……。ヴィクトルは今度こそ怒ってやろうとした。しかし勇利が両手を合わせ「ごちそうさま」と言ったので、その機会を逃してしまった。 「ヴィクトルも食べ終わった? 洗い物ぼくがするよ」  勇利は台所に立ち、せっせと洗い物を始めた。ヴィクトルはその姿を居間から眺め、ここに勇利がいるのはなんてすてきな光景なのだろうとうっとりした。 「雨、上がらないね」  仕事を済ませた勇利は、窓から真っ黒い空を見上げてぽつんと言った。ヴィクトルはどきどきしながら案を出した。 「泊まっていったらどうだろう」 「傘を貸してもらえたら帰れるよ」 「泊まっていったほうがいい」  ヴィクトルはかたくなに言い張った。何がいいのかと訊かれたら、俺にとっていいと答える心づもりだった。しかし勇利はきょとんとしたあとにくすっと笑い、「じゃあそうさせてもらう」と素直に言った。 「それならゆっくりできるね。マッカチン、久しぶりに遊ぼう」  ヴィクトルは、大喜びのマッカチンと勇利がたわむれる姿を、なんともしあわせな気分でソファからみつめた。やっぱり勇利にいてもらいたい。彼がいなければヴィクトルの生活はたちゆかない。  やがて、マッカチンが眠そうな顔をし、寝床に引き上げていった。勇利は腹を見せて眠るマッカチンを見、「長谷津のころとおんなじだ」と笑った。 「さて、どうする?」  ヴィクトルが尋ねると、勇利は糖蜜をふくんだような瞳をきらきらと輝かせた。 「いまからはヴィクトルと遊ぶ」  ヴィクトルはどきっとした。思わず赤面してしまった。 「ど……どうやって?」  勇利はにっこり笑った。  ──結局、こうなるんだよな……。  ヴィクトルは、ノート型のコンピュータに映し出された自身の演技をぼんやりと眺めた。勇利はヴィクトル・ニキフォロフの大ファンなのだ。だから、彼はヴィクトルにもヴィクトルのすばらしさについて知識を与えようとする。 「だからね、こういう入り方ができるのは世界じゅうでヴィクトルだけで……」  勇利がヴィクトル・ニキフォロフのジャンプについて何か解説した。とてもうれしそうだ。まあ、いいか……かわいいから。うれしいし。ヴィクトルはほほえんだ。 「ヴィクトル、ヴィクトルってかっこいいと思わない?」 「ああ、思うよ」  それにすごく勇利を愛してるし、我慢強いと思うね。そう付け加えたかった。 「今日は何をしてたんだい?」  ヴィクトルはずっと気になっていたことを訊いた。 「なんのために出掛けたのかな?」 「いま大事なところなんだけど……」 「これも大事な話だ」  勇利は動画をぴたりと止めた。彼はヴィクトルのほうに顔を向けて答えた。 「近所のことよくわからないから、探検しようと思ってうろうろしてた。そうしたら雨が降ってきたんだ。おしまい」 「それだけ?」 「それだけ。ちょっと走ったりもしたけど」 「俺を呼んでくれれば案内したのに」 「ひとりでなんでもできるようにならないと」 「勇利がそれを目指してるのはわかってるけど、協力させて欲しい」 「そう?」 「そうだ」  ヴィクトルが力をこめてうなずくと、勇利は瞳を大きくしてじっとヴィクトルをみつめた。ヴィクトルの胸がどうしようもなく高鳴るような、澄んだ純粋なまなざしだった。 「……ヴィクトルは優しい」  勇利はほほえんだ。 「たまにぼくの体型についてずけずけ言ってくるけど」 「それは太っているときだ」 「いまでも言う」 「こぶたちゃんというのは愛称だ。かわいいかわいい俺の勇利ということだ」 「上手くごまかした」 「俺は勇利のぷにぷに、好きだよ」 「さわりごこちがいいだけでしょ」  そうじゃない、とヴィクトルはふてくされた。勇利はどうしてこうなのだろうか。俺をもてあそんでるんだなと思った。そうにきまっている。勇利は本当は、何もかもを見通しているのではないだろうか。ヴィクトルが勇利を愛していることも、ふたりで暮らしたいのに我慢していることも、いまだってキスしたくてたまらないのに気持ちをおさえていることも、すべて承知しているのだ。そのうえでヴィクトルをからかっている。今日家に来たのだって、わざとそうなるように仕向けたのだ。ヴィクトルがこうして勇利に夢中になって、ばかになり果てているのを見て笑っているのだろう。そうだ。そうにきまっている。俺はもてあそばれているんだ。  しかし、そう思っても、ヴィクトルはいっこうに腹が立たなかった。勇利に思うようにされるのはなんと気持ちのよいことなのだろうか。 「そろそろ寝ようか」  ヴィクトルは時計を見て言った。 「ベッドがひとつしかないんだ。俺はソファでやすむから……」 「なんで? ぼくがソファでいいよ」  勇利はかぶりを振って抗議した。 「それはよくない。身体を痛めたらどうする?」 「ヴィクトルだってそれは同じことじゃん」  ヴィクトルは眠るつもりなどなかった。勇利と同じ家の中にいて眠れるものか。 「だったら一緒に寝るかい?」  ヴィクトルはわざとからかうように言った。 「それなら何も問題はない」  こう言えば、勇利は折れるだろうと思った。彼はいままで一度も、ヴィクトルとひとつのふとんに入ることをゆるしていない。一緒に寝るくらいならベッドにひとりでいい、と譲歩するだろうとヴィクトルは考えた。  しかし勇利は言った。 「それでいい」 「え?」 「ヴィクトルが構わないなら」 「…………」  ヴィクトルは言葉をなくして勇利をみつめた。勇利が笑った。 「ぼくだって、お世話になる立場でいやだとかお断りとか言ったりしないよ。でも、本当にぼくがソファじゃなくていいの? むしろヴィクトルが拒絶するのが自然だと思うけど」  やっぱり俺をもてあそんでいるん��……。ヴィクトルは真剣にそう思いつめながら勇利を寝室へ案内した。 「大きいベッド」  勇利が感心した。 「長谷津のベッドより大きい?」 「さあ、どうだったかな」  正直なところをいうと、ヴィクトルはもう舞い上がってしまって、まともにものを考えられない状態だった。ベッドの大きさなんてどうでもいい。これから勇利と一緒に寝るのだ。何もせずにいられるだろうか? ──いや、いられるだろうか、ではない。そうしなければならない。一線は守らなければ。ヴィクトルの勝手な欲望で勇利を傷つけてはいけない。そんなことをしたらふたりの仲はおしまいだ。 「お邪魔します」  勇利はヴィクトルのベッドにおずおずと上がった。彼は「ふかふか!」と驚いた。ヴィクトルはくらくらした。かわいい……だめだ……これ以上見ていると何をするかわからない……早く寝なければ……眠れるわけないが。 「あかりを消すよ」 「あっ、うん」  部屋があわい闇の中に沈み、ふたりはそれぞれ口をつぐんだ。ちいさなあかりをひとつふたつ灯してあるのだけれど、ヴィクトルはけっして勇利のほうを見たりはしなかった。そんなことをしたら、たちまち動悸が激しくなって、自分が何を口走ってしまうかわからなかった。ヴィクトルは、勇利とのあいだにあるへだたりについて、これは正しい距離なのだろうか、それとも近すぎるのだろうか、あるいは遠すぎるのだろうかと、ひどく思い悩んで苦しんだ。あまり近すぎると勇利を意識して何か言ってしまうし、遠すぎれば不自然で変に思われる。なんて難しいのだろう。あんなに勇利と一緒に寝たかったのに、いざそうするとなるとせつないときめきで胸がいっぱいになるのだから厄介だ。しかしヴィクトルはしあわせだった。  そのうち、ヴィクトルはだんだんと心配になってきた。勇利は、ヴィクトルに泊めてもらうとなれば、どんなときでもこんなふうにするのだろうか。あまり簡単に一緒に寝るのは感心しない。ヴィクトルは、勇利と一緒に眠れて天にも昇るここちだったけれど、同時に、言い聞かせなければという気になった。勇利には警戒心というものがないのか。純粋なのはすてきなことだが、もうすこし人を疑うということを知ったほうがよい。 「勇利」  ヴィクトルは断固とした調子で呼びかけた。勇利はまだ眠っておらず、落ち着いた声で「なに?」と答えた。 「こんなこと、あまりたやすくしちゃいけないよ」 「こんなことって?」 「俺と一緒に寝るなんて」 「なんで?」  勇利がヴィクトルのほうに身体を向けた。ヴィクトルの頬が熱くなった。 「俺に何かされたらどうするんだ?」 「何かって?」 「だから……、いやらしいことだよ。襲われるかもしれないだろ?」 「ヴィクトル、ぼくを襲いたいの?」  勇利が目をまるくした。ヴィクトルはうろたえた。ありのままに言えば、ヴィクトルは勇利とセックスがしたかった。勇利を抱きたかった。しかしそんなことを暴露するわけにはいかない。唐突すぎるし、勇利が驚いてベッドから出ていってしまう。警戒はしてもらいたいけれど、一緒に寝るのを拒絶されたいわけではないのだ。──なんという矛盾だろう。だがいまのヴィクトルの気持ちはそうなのだ。なんて難しい……。 「襲いたいというわけじゃないけど……」  ヴィクトルは口ごもった。セックスしたい、と続けるところだった。あぶないあぶない。 「……でもすこしはあやしむべきだ。変なことをされたらどうしよう、という疑いは持っておくべきだよ」 「大丈夫だよ」  勇利は明るく笑った。 「ヴィクトルはぼくを好きになったりしないんだから」  だからなんでそういうことを言い切れるんだ!? ヴィクトルはいらいらした。何をよりどころにして言っているのだ。あきらかに勇利の思いこみではないか。実際、ヴィクトルは勇利のことが好きだ。愛していて、セックスしたいと思っている。勇利はぜんぜんわかっていない。  ヴィクトルは、勇利を叱ってやろうと口をひらきさした。しかしその前に勇利が言葉を続けた。 「ぼくは好きだけど」  ──え?  ヴィクトルは頭が真っ白になった。ものが言えなかった。 「ぼくは大好きだけどね。もう、何をされてもいいくらい好きだよ」  いたずらっぽくつぶやいて勇利はにこっと笑った。ヴィクトルは一瞬のうちにのぼせ上がった。  何をされてもいいくらいって……いや……それくらいヴィクトル・ニキフォロフにあこがれているということで……俺の望むような意味じゃないだろう……それはちがう……ちがうにきまっている。何をされてもいいなんて、よくもたやすく口にできるものだ。勇利はどうかしてるんじゃないか。それで本当に何かされたらどうするんだ。まったく……警戒心のない……ひどい子だ……説教してやらなくては……、……説教を……。  ヴィクトルは手を伸べ、勇利の手首をぎゅっと握った。勇利がヴィクトルに黒い目を向けた。彼の瞳は限りなく澄みきって、純真に瞬いていた。星のように清楚で可憐なひかりだった。 「──勇利」  熱狂的な時間のあとに感じる静かな喜びの中で、ヴィクトルはこれは現実なのだろうかと思い惑っていた。勇利を愛したいあまり、都合のよい夢を見ているのではないだろうか。しかし、それにしてはあまりに勇利はあたたかく、甘く、知ったばかりの彼の若ざかりのからだは甘美で、しなやかだった。勇利とのとろけるような時間は克明に記憶に刻みつけられ、生涯忘れられそうになかった。──これが夢やまぼろしだって? そんなこと、あるはずがない。  俺はもてあそばれたんだな……。ヴィクトルはぼんやりと考えた。あんなことを言われて、何もせずに終われるはずがない。勇利はわかっていたのだろうか。あんなふうに誘って……ヴィクトルの精神をめちゃくちゃに狂わせて……もてあそんだりして……。  それで構わなかった。もうヴィクトルはとっくに勇利のとりこなのだ。夢中になっていることをいまさらどんなかたちで思い知らされたとしても、後悔なんてひとつもない。勇利にはそれだけの価値と魅力があり、ヴィクトルは彼にめろめろなのだ。  ふいに、ヴィクトルの腕の中で勇利が身じろいだ。眠っているものと思っていたけれど、どうやらちがったらしい。勇利はしっとりとうるおった瞳でヴィクトルをじっとみつめ、それからかすかに笑った。 「ぼくは騙されてるのかな……?」 「え?」  ヴィクトルは言われたことが理解できず、目をみひらいて訊き返した。勇利が陶酔をふくんだまなざしでにっこりした。 「ぼくはヴィクトルに騙されてるんじゃない? たくさん愛してるって言われたけど、色男はそうやって籠絡するものなんだろうね。でも優しい声でささやかれたら信じちゃうし、べつに騙されてもいいやって思っちゃったんだよね。もしうそでも、あの時間だけは本当だし、ぼくの中では真実。好きなひとに愛してるって言われるのは最高だから、それでいいんだ……」  勇利はすこし眠そうな目をした。彼の話しぶりはゆっくりだった。 「ヴィクトルは本当はすごく悪い男なの? 生徒に手を出して、騙して甘い言葉をささやいて夢中にさせるんだから。でも悪い男でもいいよ。好きになっちゃったから。大事なのはそれだけですよね」  勇利はヴィクトルの耳元にくちびるを近づけ、つつしみ返って、すずしげなやわらかい声と吐息を漏らした。 「最後まで、ずっと、騙しきってね……」 「……勇利」  ヴィクトルはぼうぜんとしてつぶやいた。 「なに?」 「もてあそんでるのはきみのほうだろう?」 「何が?」 「いまも……そんなふうに色っぽくささやいてきたりして……」 「なんのこと?」  勇利がいぶかしげに眉根を寄せた。たまらなくキュートだった。なんて同情のないことをするのだろう。これも手管のうちなのだ。魔術的だ。騙されてもいいなんて言って、ヴィクトルをもっとおかしくして、熱烈な気持ちにさせているのだ。だって──実際、いまヴィクトルは完全に落ち着きを失って、もうどうしようもなくなっているではないか。 「……勇利」 「ん……?」  勇利がすぐれて優しいまなざしで微笑した。 「……ここで一緒に暮らそう」 「だめだよ」  勇利はすばやく返事をした。 「普通にしてても好きなのに、一緒に住んじゃったらもっともっと好きになっちゃうじゃん」  彼は向こう見ずにもそんなことを言った。 「そんなの困るでしょ? だから」 「…………」 「でも、こんなことになっちゃったから結局同じかな……。不覚だったなぁ……」  勇利はやってしまったというように一瞬ぎゅっと片目を閉じ、すぐにまぶたをひらいて、きらきらと輝く瞳でヴィクトルをみつめた。 「好きだからいいけど」  ヴィクトルは無言のうちに勇利をかたく抱きしめた。勇利が「ちょっと苦しいんだけど……」と可笑しそうに言った。ヴィクトルは真剣にささやいた。 「騙してなんかいない。俺は勇利が好きだ」 「そう?」 「そうだ」  ヴィクトルはものぐるおしいような目つきで勇利を見据えた。勇利はおさなげを失わないしぐさで瞬き、「そっか」とぽつんと言った。 「そうだ。信じた?」 「うん、信じた」 「本当に?」  ヴィクトルは息を吐きながら、熱烈にくちびるを重ねた。それから頬ずりをした。いとおしげに……。 「愛してるんだよ。本当にわかってる? これも大事なことにしてくれ。あと、朝になったら話があるからね」
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kimonoyamanaka · 3 years
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~帯で振袖はもっと輝く~ 成人式の衣裳選びは、着物だけでなく帯選びも大切。 振袖にあった帯を合わせれば、さらに華やかな装いとなります。 「きものやまなか」では、あたしい振袖やママ振りに合う豪華な帯をご用意しております。 #振袖用袋帯 #帯 #袋帯 #成人式 #きものやまなか #kimono #帯選び #着物 #振袖 #名古屋市で振袖購入きものやまなか #振袖購入 #名古屋市の振袖販売店きものやまなか #振袖販売 #名古屋振袖 #名古屋市振袖 #振袖名古屋 #振袖名古屋市 #名古屋市で振袖選び #名古屋で帯選び #日本 #nippon #japan #japanesestyle #japaneseculture #japanesefashion #madeinjapan #lovejapan #japanlife #japan_of_insta (名古屋市の振袖販売店【きものやまなか】) https://www.instagram.com/p/CPe7241sjdz/?utm_medium=tumblr
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2ttf · 12 years
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itose01 · 5 years
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二人の好物がコロッケになった話
タイトルの通りです。二人のコロッケ好きという共通点、偶然なのかどちらかの布教なのか、色々なパターンが考えられますが、どちらも別に好物ではなかったというパターンをつらつら考えた結果です。ネタ被りあったらすみません。
 こんなに自分が奥手だったなんて、知らなかった。そういえば、まともに恋愛もしたことがないんだった。  そんな気づきを得たのは、ひとえに最近新しく部下になった3つも年下の少年のせいだった。  もう少し一緒にいたいな、と思ったとき。笑ってほしいな、と思ったとき、とりあえず模擬戦を申し込んでる。そう打ち明けたとき、先輩諸氏はちょっと見たことがないくらい絶望的な顔を晒した。  そんな気は、俺だってしていたんだ。ああ、これたぶん「一般的」ってやつじゃないなって。でも俺と出水で、二人とも「一般的」とはかけ離れた人間なんだから、別にこれでも良くない?   そう言い訳したら、「何が『俺と出水』だ」と諏訪さんに怒られた。「まだ『俺と出水』なんてくくれるような関係でもないくせに」というちょっと難しい言い回しで、風間さんに視線で助けを求めたら「付き合ってから言え、ってことだ」とどうでも良さそうに説明してくれた。  まあ、それは確かに。このままじゃ、たぶん「上司と部下」以上にはなれないんだろうな。ただ、強くて、一緒にいると楽しいだけの隊長になって、それじゃやっぱり満足できないと思ったから、俺は出水のこと好きなんだ。恋愛的な意味で。  でも実際のところ模擬戦に誘うのが一番出水が喜ぶんだけど、どうしたらいいんだろう。
 作戦室のソファで寝っ転がって私物のスマホをなにやらいじっている出水は、特に用事も無さそうで、ただなんとなく帰るのが億劫なんだろうなって見ていてわかった。そろそろ夕食時で、これを過ぎてしまえば任務もない未成年の隊員が本部をうろうろしているとあまり良い顔をされない時間帯になる。俺もいい加減帰るかと、腰をあげたところだった。 「出水」 「はーい?」  スマホからいとも簡単に目線をはずし、上向いて逆さまにこちらを見上げる。無防備に晒された喉元が真っ白で、手をのばしてくすぐってやりたくなった。もちろんそんなこと、しないけど。できないけど。 「俺、帰るけどお前は?」  一緒に帰るか、という一言には至らなかった。断られたら、寂しい家路になる。 「あれ、もうそんな時間ですか?」  握りしめたままだったスマホに目を向け、それからすっかり帰り支度を整えた俺をもう一度見て、「太刀川さんが帰るならかーえろ」と歌うみたいに言って立ち上がった。 なんだこいつ、かわいいな。  本人にとっては大したことないフレーズにまで(それこそ「カラスが鳴くから」レベルに意味がなくても)ちょっと嬉しくなる俺は本当に単純で簡単だった。  ろくに荷物もない高校生はすぐに身支度を整えて俺の隣に並ぶ。「さ、帰りましょ」と一緒に帰るのを当然のように言った。  互いの家の位置くらいは知っていた。行ったことはないけど。ボーダーの秘密の連絡通路を使って外に出て、それから500mくらい歩いたらもう俺たちの帰り道は別々になる。本部に近い方がいいや、と警戒区域の近くに部屋を借りたこと、特に後悔はないけど、こういう時ちょっと損した気分になる。もう少し遠ければ、出水とそれだけ歩けたのに。うちまで送るって言ったらちょっと過保護だろうか。でも、出水の家はわりと街の中心部に近くて賑やかなとこだし、高校生男子を送るほどの距離でもない。でもまがりなりにも部下だしな。そんな打算を頭で巡らせながら、出水と歩くほんの少しの距離。  古い商店街は、半分くらいシャッターが降りていて、店の明かりよりも古めかしいデザインの街頭の方が煌々と地面を照らしていた。時間も時間だけど、それより警戒区域に近いこの場所を嫌って店を閉じた人が多いからだろう。それでもなおこの場所にとどまろうという店主たちは逆に図太い人間が多い。同じように図太くこの辺りに住み続ける地元住民やボーダーの人間に、この商店街は重宝されていた。俺も生活用品の買い物はたいていここですませている。  この商店街を抜けたところが、俺と出水の帰り道の分岐点だった。出水と他愛のない話をするこの時間が名残惜しくて、だけど今更この状況で模擬戦に誘うこともできない。「家、寄ってく?」なんてちょっとまだ早い。そもそも人を呼べるようなーーしかも気になる相手を初めて呼ぶような、そんな状態の部屋じゃない。そろそろ洗濯しないと限界だな、と太刀川をして思わせる、そういう惨状だった。 「それで、二宮さんがー……」  二宮の話なんて全く頭に入って来なかったが、話しながら出水の歩調が自然と弱まるのはわかった。もう少しで分かれ道だ。  あー残念だな、でもまぁ、明日どうせ会うんだし。  そう思って、話の区切りがついたあたりでじゃあな、と別れる準備をした、その時。  唐突に思い出した。そういえば、こいつら明日からテスト週間じゃないか? 明日からしばらく大学生中心の編成になると、風間さんから編成表を受け取ったばかりだった。テスト週間だって構わず本部で遊んでる米屋と違って、出水は食堂で勉強していることはあっても隊室に来る頻度はぐっと下がる。それに今日見た編成の感じだと、俺の方が任務についていてほとんど本部の中にはいないだろう。そう思ったらつい、何も考えずに口が開いていた。 「ちょっと待て」  おつかれっしたー、と何の未練も無さそうに爪先を俺と別の方向に向けようとする出水の腕をつかむ。 「はい?」  といっても特に用事はないんだった。  あー、と無意味に誤魔化して、そうしてふっと鼻先をくすぐったのは、胃を刺激する油の匂い。身体に悪そうなものに、人は無条件で引きつけられる。食べ盛りの想い人を引き留めようとしている、俺みたいな人間は特に。 「──腹、空かね?」  出水は一瞬理解が追いつかなかったようだった。口をぽかりと開けて、だけどすぐににやりと笑って「空きました!」と腹に手を添えて良い返事。よしよし、と思惑通りの答えに満足する。  錆び付いたシャッターの降りた隣の洋品店に対して、その総菜屋は未だに裸電球が店頭で明々としていた。保温器のオレンジの光も相まって、商店街の終点にしては視覚的に賑やかだ。中を覗いてみるとさすがにこの時間にトレーの上に残っている品は普通のコロッケ一種類。ガラスケースの上には、段ボールに「半額!!」とマジックで大きく書かれた看板が立てかけられている。 「これでいい?」  指さして聞くと、「もちろん」と出水は目を細めて大きく一つ頷いた。 「おばちゃん、コロッケ2個ちょうだい」  店の奥で隅っこに置かれた小さなテレビに目をやっていた総菜屋のおばちゃんは、そこで初めて俺たちに気が付いたように「はいはい」とリズミカルに言ってこちらにやってくる。 「あんたたち、ボーダーの子かい?」  にこにこ笑いかけられて、思わず大きく一つ頷けば、「いつもありがとね。お疲れさま!」とちょっとびっくりするくらい大きな声で言われて、形が崩れたコロッケをもう一つおまけしてくれた。 「わ、ありがとうございまーす!」  すかさず礼を言う出水は要領が良くて、俺も続けて「ありがとうございます」と頭を下げる。やっぱり年上だし、隊長だし、落ちついて聞こえるように意識して。  そのまま出水を見たら、ちょうど目があって思わずふたりで笑ってしまった。おばちゃんに労われたことも、コロッケをおまけしてもらったことも、出水と目があって、それから二人で笑えたことも、出水と二人で共有することが、一つずつ増えていくのが嬉しくておかしい。   「うわ、うまそ」  四つ辻の斜向かいにある小さな公園の、ブランコに腰掛けてビニール袋を広げると、むわっとかぐわしい油の匂いが広がった。 「ほら、落とすなよ」 「太刀川さん、おれのこと相当子どもだと思ってるよね」  拗ねるような台詞なのに、どこかくすぐったそうにするから、そうできるうちは思いっきり甘やかしてやりたくなる。それほど遠くない未来に、甘やかすだけで収まらなくなるだろうけど。  少し離れたブランコの間。コロッケの挟まれた紙包みを、手を伸ばして出水に差し出す。出来立てというわけではなかったけれど、しっかり保温されていたコロッケからは十分熱が伝わってきて、掌は熱かった。  受け取ろうとした出水の指先が袋に触れて、小さく「あつ、」と漏らしたのが、俺の手のことだと一瞬勘違いしそうになった。慌てて手を引こうとして、袋を取り落としかけたのを、出水が立ち上がって、俺の手ごと両手で掴んで事なきを得る。 「あ、ぶなー」  おれに落とすなって言っといて!って抗議されて、全然、年上の威厳なんて無くてちょっと情けないけど、全面的に俺が悪いから「すまん」と素直に謝る。出水は、 「うそうそ、おれも、ちょっとびっくりして、受け取りそこねちゃったから」 すみません、と、俺の手を両手で包んだまま、前髪の触れそうな至近距離で笑った。
 コロッケは魅惑の匂いに違わず、残り物とはいえ衣はさくさく、中はほくほく実にうまかった。コロッケってのは、作るのは面倒なわりに子どもにはさほど喜ばれないので、家庭で作るにはいまいちハードルが高いらしい。所謂「和食」が食卓に上ることが多かったうちでは、余計にコロッケが食事のメニューに取り入れられるのは稀だった。 「コロッケなんて、久しぶりに食べたかも」 「うちも。母さん油使うの嫌がるし、姉ちゃんも揚げ物ヤダっていうから」  母さんと姉ちゃんがそうなったらもう、おれと父さんの意見とかないも同然なんですよね、と出水は大げさに肩をすくめてみせた。 「久しぶりに食べると、こんなうまかったっけってなるよな」 「はい」  話しながら、その合間に出水は少しずつコロッケをかじっていく。コロッケはそれなりにボリュームがあったけど、俺の口なら三口くらいで食べ終えてしまえる。だけど出水の口だと、その三倍くらいかかりそうだった。まだできあがっていない薄い身体と同じように、薄い唇と真珠みたいな小さめの歯の向こうに少しずつコロッケがかじられて消えていく。早々に自分の分を食べ終えたおれはその様子をリスみたいだな、と思いながら見守っていた。  ようやく出水が一つ食べ終わったとこで、おまけにもらったもう一つを半分にして二人でわけた。ちょうどその時、商店街で唯一未だ明かりの点っていた例の総菜屋の明かりが消えて、残されたのはアーケードの上に掲げられている街灯だけになった。そこからも距離のあるこの公園はいっそう暗くなる。その薄暗がりの中で、出水の明るい髪色と白い肌が幽霊みたいに浮き上がって見えた。だけどその、幽霊みたいに色彩の薄い後輩が、俺の手元にあるコロッケの片割れをもぐもぐ小さな口で、機嫌良さそうに頬張っている。その姿にギャップがありすぎて、だけどこういうとこも好きだな、とひそかに思った。そんなことをぼんやり考えながら、自分の分を口に入れる。一口で食べてしまえるサイズだった。
 ようやく出水の試験期間が終わり、日常が戻ったその日の夜。やはりだらだらと居残っていた俺たちは、同じタイミングに本部を出て、俺はやっぱり進歩なく、出水を引き留める算段を頭の中でしていた。同じ手を使うのは、ちょっと芸がないかな、と思いつつ、それでも商店街を抜けるあたりで隣歩く出水を窺うように歩調を緩めるのを止められなかった。今日は昼飯、何食べてたっけ。国近の持ってきたおやつを、どのくらいつまんでた? 気分じゃないとか断られたら、しばらく立ち直れないかもしれない。 「太刀川さん」  そんなふうに頭を悩ませている俺の上着の袖を、出水が控えめに引っ張ってへらりと笑った。その人差し指が指さす先には、商店街の終着点、煌々と光を宿した例の総菜屋。 「お腹、減りません?」 「──減った、減ってる」 「こないだのお礼に、奢るから食ってきましょ」  ああ、ほんとうに、出水ほど俺のことをわかってるやつはいない。
「いいよ、俺上司だし、年上だし」 「いいからいいから、給料出たばっかだし、遠慮しないでください」  浮ついた声で言いながら出水の見ている保温ケースの中には前回よりも多く総菜が残っていた。コロッケに限らず、唐揚げやらメンチカツやらがいくらか残っている。店のおばちゃんに、「この間おまけしてくれたから」と出水は先に父親へのおみやげだと言って唐揚げを包んでもらっている。 「じゃあ、コロッケで」 「え、良いんですか? 遠慮してます?」  それも多少はあったけど、最初にお前と食べたコロッケの味が忘れられないからってのが本当のところだった。だけどそんなことうまく伝えられる気もしなかったから、「前食べたらうまかったからいいんだ」と肝心なところだけ抜いて返した。 「ふーん、じゃおれもそうしよ。すみませーん、それとコロッケ2つ追加で。すぐ食べちゃうからパックじゃなくて紙でね」  出水の言葉に、総菜屋のおばちゃんは「仲良しでいいわね」なんて笑ってた。それから「また来てね」と。出水はそれに「はぁい」と、年上に甘える例のちょっと母音をのばすような発音でそう答えた。そうか、出水的にはまた次があるらしい。それなら今度はもうちょっと気軽に誘えるな、と俺は下心ばかりの頭で考えていた。これで模擬戦以外の手札が増えたぞ、と諏訪さんや風間さんに心の中で勝ち誇る。  それ以来、やっぱり諏訪さんに絶句されるくらい今度は馬鹿みたいに帰り道にその総菜屋に寄りまくった。もちろん、俺にも出水にもそれぞれの付き合いがあり、俺の会議が長引く時もあれば出水が同学年の連中とランク戦をして居残ることもあったから、そう毎日というわけでもない。だけど帰るタイミングが合った時には必ずと言っていいほどそこへ行き、二人でコロッケを頬張った。10回目くらいにあの気の良いおばちゃんが心配そうに他の総菜を薦めてくれた時にはちょっと申し訳なくなった。でもやっぱり、俺は出水と食べるときにはあの時と同じコロッケを食べたかった。
 それは、ちょうど15回目のコロッケを食べた頃だった。  広報用の雑誌に載せるから、とプロフィールの記入用紙が配られたのはもう少し前の記憶で、すっかり忘れ去られていたそれを出水が積み上がった資料の中から発掘してきたのだ。その資料こそ、俺が今苦しめられているレポートに使われるはずのもので、ちなみに集めるだけで満足して放置していたせいでまだほとんど目を通し切れていない。 「太刀川さん、これまだ提出してなかったんですか」  資料の整理を手伝ってくれていた出水が人差し指と親指でつまみ上げたアンケート用紙をヒラリと揺らす。 「バッカお前、今それどころじゃないだろ、明らかに」 「いやー、でもこれ今日締切ですけど」 「見なかったことにしろ」 「うわ、さすが隊長、模範解答」  出水の皮肉に応じる時間も惜しいほど、今はせっぱ詰まっている。特に考える必要もないくらい簡単なアンケートだが、だからこそ余計に意識を割くのがもったいない。その上締切を���ばしてくれとも言いにくい。  完全にキャパシティをオーバーしている自隊の隊長を後目に、出水は申し訳程度の資料の整理も終えて暇そうにソファに横たわっていた。他人事の顔で眠そうにこちらを眺めている。この様子じゃ自分の分はとっくに提出しているらしい。 「ああ、じゃあお前書いといてくれよ」 「えええ、無理でしょ」  単なる思いつきだが、それはなかなか良いアイデアに思えた。 「いや、いける。お前、俺のことならだいたい知ってるだろ」 「そりゃまあ、それなりに?」 「最後にチェックはするから。それで、もし間違いなかったらなんか奢ってやるよ」  お前が俺のことどれだけわかってるか、テスト。  一足先に学期末のテストを終わらせた高校生への恨みも込もっていたのだけど、その部分は通じなかったらしい。「奢る」の一語を聞いて出水は途端に目を輝かせた。 「マジすか。やります」  この変わり身の早さはいっそ気持ちがいい。勢いよく身を起こして用紙に向き合った出水は、時々悩むように首をひねりながら、それでも少しずつ空欄を埋めていった。  あの公園で、互いの話をさんざんした。他愛のない話ばかりだったから、「知ってるだろ」なんて嘯いておいて本当はどれだけ出水の記憶にとどまってるか定かじゃない。それでも、今出水が俺のことを思い出そうと思って、あの公園での時間を思い返してくれているなら、それはそれで嬉しかった。  レポートも徐々にだけど進んで、完成にはほど遠いものの見通しがつき始めた頃、「できました!」と高らかな宣言が上がった。  差し出されて目を通した記入用紙にはやや右上がりで角張った出水の筆跡で、見慣れた俺のプロフィールが書かれていた。  出水の字で「太刀川」って書かれてるのが、なんか良い。  内容とは関係ない部分に浮かれつつ、「好きなもの」の欄に目が止まる。 「うん?」 「違うとこ、ありました?」 「いや、お前この『コロッケ』って」 「え? 太刀川さん、好きでしょ」  あれだけ美味そうに食べてるんだから。  何を当たり前のことを、とでも言うように首を傾げた出水の髪がふわりと揺れる。 「うーん、ちょっと違うような違わないような」 「何それ」 「いや、好きじゃないわけじゃないんだけど」 「おれも『コロッケ』って書きましたよ。だからいいでしょ」 「何が『だから』なのか全くわからん。……でもまあ、良いよ。お前がそう言うなら」  そうか、お前も好物コロッケにしたのか。同じ物が好きって、しかもそれが公表されるってちょっと良いんじゃないかと頭の沸いたようなことが過ぎってしまった。諏訪さんたちに知られたら「小学生か!」とそれこそ詰られそうな甘酸っぱいことが。 「じゃあ、せいかい?」 「正解正解」  95点くらい。付け加えると、「何だよそれ!」と不服の声が上がる。  本当は、その項目に「出水公平」と冗談でも書いてくれれば満点をやってついでに花丸もつけて、いくら奢ってやったって良いくらいだったけど。それにはまだ少し言葉が足りない。15回コロッケを一緒に食べたって、それで伝わるほど甘くはないと知っている。  でも、出水が自分の好きなものに「コロッケ」と書いた理由の中に、俺と同じ気持ちが少しでもあるなら、16回目には伝えても良いかもしれない。  俺別に、コロッケが特別好きだったわけじゃないんだよ。普段わざわざ買って食べたりしないし。あの時食べたのだって半年ぶりくらいのレベル。それでも好物だってお前が思うくらい美味そうに見えたんだとしたら、別に理由があるんだよ。なあ、なんでかわかる?
*  *  *
 高校生は今日もやかましい。  食堂でうどんを食っている俺の背後から、耳に馴染んだ声が聞こえた。  「今日の1限の化学でさぁ、」なんて俺にはわからない学校生活の話をするのは確かに出水の声だった。どうやら俺には気がついていないようで、連れ立ってきた米屋たちとともに俺のいるテーブルから少し離れた席にガタガタと腰を下ろす音が聞こえた。ランク戦に夢中になって昼飯を逃した俺はともかく、昼食にも夕食にも半端な時間だ、任務前の腹ごしらえだろう。トレーをテーブルに置く音じゃなくて購買で買ったらしき物をビニール袋から取り出すガサガサという音が耳に入ってきた。  声をかけても良かったが、どうせこの後任務でも会うし高校生の会話に割って入るほどの用事もない。何より、太刀川隊にいる時の出水と高校生組で連んでいる時の出水には微妙な違いがあって、自分の前ではあまり見せない気軽さとか粗暴さとか、傍若無人さとか、そんなものを遠くから眺めるのが、俺はひそかに好きだった。 「ーーだから言ったじゃん、ぜってぇ無理だって」 「やーイケると思ったんだけどなぁ」  なんてだらだら続ける会話の合間にパッケージをあけて「あ、これ新作じゃん」なんて物色する声も聞こえる。興味が次から次へ移り変わって、肝心の会話の内容もおざなりになって取り留めがない。聞いてて飽きない。 「あ、アイス。いつの間に入れたんだよ。ずりぃ」 「ずるくねぇよ、お前も買えば良かったじゃん」 「あのコンビニ寒すぎて、アイスって気分にならなかったんだよな」 「そだっけ?」 「お前と違ってセンサイなの、おれは。年中半袖野郎にはわかんねーよ。でも、人が食べてんの見ると食いたくなるよな」 「こっち見んな、寄んな」 「ケチ」 「お前の一口でけぇんだもん」 「は、そんなことねぇよ」 「佐鳥いっつも泣いてんじゃん」 「人聞き悪いこと言うな」 「いや、マジで一気に半分くらい無くなんじゃん」 「そだっけ?」 「自覚ないの、タチわりぃ」 「うっせ。良いからよこせ」    一連の会話を聞くともなしに聞いていて、あれ? と思う。  俺自身が出水にねだられたことは無いが、出水の一口が大きいイメージは無かった。聞いてて、へぇそうなのか、なんて暢気に思っていたけど、ふと浮かんだ光景にぶわっと違和感が広がる。あいつはいっつもあの小さい口で、ちまちまとコロッケを啄んでいた。俺だったら三口で食べ終わってしまうようなサイズのそれを、時間をかけて、少しずつ。とっくに食べ終わった俺はいつもそれを眺めて待っていて、その分だけ一緒にいる時間が増えた。そう思っていたのに。  座る椅子がガタンと派手な音を立てるくらい、勢いよく振り返る。こちらを向いていた米屋の「あ、太刀川さん、ちっす」、なんて挨拶を意識の端っこで聞いて、だけどそのほとんどはただ一人、こちらを背にして座る、見慣れたふわふわの頭に向けられていた。そのふわふわ頭が、米屋の挨拶につられるようにこちらを振り向く。 「あれ、太刀川さん、そんなとこにいたの」  そんなふうにこっちの動揺なんて気がつきもしない出水も、さすがにこの沈黙と俺の視線を怪訝に思ったのか、自分たちの会話を反芻するように目線を上にあげ。そして「あ、」となんとも間抜けな声を漏らした。 「あは、バレちゃいました?」  悪戯が暴かれた子どもみたいに無邪気に笑う、三つ年下の高校生に問いつめたい。  お前の何が「バレた」って言うの。お前のその「ふり」の話? それともその先にある気持ちの話? 正直言って結局俺は何の確信も、まだできてない。言葉にしないと伝わらないって、自分でも反省したばっかりだ。だからはっきり言ってくれ。  何しろ恋愛初心者で、恋の駆け引きも手管も、何もわかっちゃいないんだから。  
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kkagneta2 · 5 years
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Tカップ幼馴染
完全に自家発電用。
「128.3センチ、………どうして、どうしてなの。………」
するすると、その豊かすぎるほどに膨らんだおっぱいから巻き尺の帯が落ちて、はらりと床に散らばる。
「どうして、昨日から変わっていないの。……何が私に足りないの。………」
と言いつつ、顔よりも大きくなってしまったおっぱいを揉んだが、触り心地は昨日と、一昨日と、一昨々日と何も変わらない。柔らかく、ハリがあって物凄く気持ちが良い、――気分としてはバスケットボール大の水風船を揉んでいるような感じか。
「だったらまだ、……まだTカップ、………」
床に散乱した巻き尺を跨ぎ越して、ベッドの傍まで行って、二つ並んだ白いブラジャーのうち左手にある方を取り、顔の前で広げて、バサバサと振る。片方のカップですら顔をすっぽりと包むブラジャーには、U65という英数字が太文字で刻まれているけれども、アンダーバストが悲しいかな、70センチ弱ある紀咲(きさき)にとっては、かなり無理をしないとサイドベルトが通らない。恨めしくタグを見つめても、カップ数もアンダーバストも負けた事実は変わらず、ため息をついてベッドの上へ投げ捨てると、右手にあったブラジャーを手に取る。そのブラジャーのタグにはV65という字が印刷されているのであるが、全く擦り切れておらず、広げて全体を見てみても、どこもほつれていないし、どこも傷んでなどいない。ただ四段あるホックのみが軽く歪んで、以前の持ち主が居たことを示している。
「あいつ、もしかして寝ている時に着ていたのか」
――もしくはこのブラジャーを着けて激しく運動したか。けれども、Vカップにもなるおっぱいを引っ提げて運動など、どれだけ頼まれてもしたくないことは、Tカップの今ですら階段を駆け下りたくない自分を見ていたらすぐに分かる、況してやあの鈍くさい女がそう簡単に走るものか。昔から急げと言ってもゆっくりと歩いて、なのにすぐ息を切らすのである。羨ましいことに、初(はじめ)が着替えるのを手伝っているらしいのだけれども、彼がこんな高価な物をぞんざいに扱う訳も無いから、この歪んだホックはきっと、寝ている間ににすーっと膨らんでいくおっぱいに耐えきれなかった事実を物語っているのであろうが、未だに信じられぬ。およそこの世のどこに、一晩でVカップのブラジャーをひしゃげさせるほどおっぱいが大きくなる女性が居るのであろうか。しかもそれが、まだあどけない顔をしていた中学二年生の女の子だと、どう言えば信じてくれるのか。可愛い顔をしているのに、その胸元を見てみると、大人の女性を遥かに超えるビーチボールみたいなおっぱいで制服にはブラの跡が浮かび上がっているし、目障りなほどにたぷんたぷんと揺れ動いているし、しかもあいつはその揺れを抑えようと腕で抱え込むものだから、いつだってぐにゃりと艶かしく形が変わっているのである。それだけでもムカッとくるというのに、あいつはあの頃そんな速度でおっぱいを成長させていたのか。紀咲は、どこかバカにされたような気がして、〝あいつ〟が中学生の頃に着けていたVカップの大きな大きなブラジャーをベッドに叩きつけると、クシャクシャになって広がっているUカップのブラジャーを再び手に取って、そのカップを自分のTカップのおっぱいに軽く合わせながら、勉強机の横に置いてある姿見の前に向かう。
鏡に映し出されたのは上半身裸の、付くべきところにほどよく肉のついた、――もちろんおっぱいはTカップなのだから極端ではあるけれども、腰はくびれているし、お尻はふっくらと大きいし、日頃の食生活のおかげで自分でも中々のスタイルなのではないかと思っている、高校3年生の女の子。紀咲はストラップに腕を片方ずつ通し通しして、後髪をかき上げると、今一度カップにきちんとおっぱいを宛てがい少し前傾姿勢へ。Tカップのおっぱいはそれほど垂れてないとは言え、やはりその重さからすとんと、雫のような形で垂れ下がり、ブラジャーを少しだけずり落としたが、あまり気にせずにストラップを、ぐいっと引き上げ肩に乗せる。本来ならばこの時点で、ブラジャーのワイヤーとバージスラインを合わせなければいけないのだけれども、Tカップともなるとどうしても、おっぱいに引っ張られてカップが沈んでしまうので、その工程を飛ばしてサイドベルトを手の平に受ける。するりと背中へ持っていき、キュッと力を入れて左右のホックの部分を合わせ、腕の攣るのに気をつけながら何とかして金具を繋ぎ止める。――このときが一番恨めしい。………女子中学生におっぱいのサイズで負け、アンダーバストで負けたことは先にも言ったとおりだが、その事をはっきりと自覚させられるのはこの時なのである。
ホックが全部繋がるまでには結構な時間がかかるから、彼女がこのUカップのブラジャーを手に入れた経緯を説明することにしよう。元々の持ち主は紀咲の幼馴染である初の、その妹であり、彼女が〝あいつ〟と呼んでいる、今年高校生になったばかりの、いつもおずおずと兄の後ろを一歩下がってついていく、――莉々香(りりか)と言う名の少女。両者についてはこの先登場するから説明はしないが、ある日莉々香とたまたま帰り道が一緒になった紀咲は、隣で揺れ動いている股下まで大きく膨らんだ塊を目の隅に留めつつ、特に話すこともなく歩いていたところ、突然、姉さん、と呼び止められる。なに? と素っ気なく返事をすると、あの、……ブラジャー間に合ってますか、たしか姉さんくらいの大きさから全然売ってなかったような気がして、……昔私が使っていたので良ければ差し上げます。あっ、でも、どれも一回くらいしか着けてないから綺麗ですよ、それに買ったけど結局使わなかったのもありますし、――と莉々香が言う。確かにその頃紀咲のおっぱいは、努力の甲斐もあってPカップに上がろうかというくらいの大きさになっていたのであるが、よく行くランジェリーショップで、PはまだありますがQカップになりますと、アンダーを大きくするか、オーダーメイドになるか、……今私共の方で新たなブランドを探しておりますが、もし運良く見つかっても海外製ですからかなり高く付きます、――などと言われて弱っていたところだったので、二つ返事で承諾すると早速家に招かれ、珍しく初の部屋を素通りして莉々香の部屋へ入る。彼女のことは生まれた時から知っているけれども、そういえばここ5年間くらいは部屋に入ったことがない。昔と同じように綺麗なのかなと思って見渡すと、案の定整理整頓が行き届いている。けれども机の上の鉛筆すら綺麗に並び揃えられている有様には、莉々香の異常さを感じずにはいられず、鞄を置くのさえ躊躇われてしまい、ドアの前で突っ立っていると、どうぞどうぞと、猫やら熊やら犬やらクジラやら、……そういう動物のぬいぐるみが、これまたきっかり背の順に並び揃えられたベッドの上に座るよう促される。莉々香はあの巨大なおっぱいを壁にめり込ませながらクローゼットの中を漁っていたのだが、しばらくかかりそうだったので、すぐ側にあった猫のぬいぐるみを撫でつつ待っていると、やがて両手いっぱいにブラジャーを抱えてやって来る。プラプラと垂れているストラップは、幅が2センチくらいのもあれば5センチくらいあるものもあって、一体どれだけ持って帰らせようとしているのかと思ったものの、気になったのはその色。とにかく白い。初からオーダーメイドのブラジャーを買っているとは聞いていたから、こっそり色んな色のブラジャーがあるのだと決めつけていた紀咲は、がっかりとした目で自分の真横にドサッ、と置かれた白い布を見る。どうでしょう、姉さんのおっぱいがどれだけ大きくなるか分からないから、とりあえず私が1、2年生の頃にしていたブラジャーを持ってきましたが、ちょっと多すぎ、……かな? 下にあるのは結構大きめのなので、ちょっと片付けてきますね。たぶんこの一番上の小さいのが、……あ、ほら、Qカップだからきっとこの塊の中に、姉さんのおっぱいに合うブラジャーがきっとありますよ。と嬉しそうに言って、下の方にあるブランケットのような布地を再びクローゼットに持って行ったのであるが、その何気ない言葉と行動がどれほど心をえぐったか。紀咲は今すぐにでも部屋を飛び出したい気持ちをグッと抑えて、上半分にあった〝小さめ〟のブラジャーを一つ手にとって広げてみたが、それでも明らかに自分のおっぱいには大きい、……���きすぎる。タグを見ると、Y65とある。おかしくなって思わず笑みが溢れる。……一体この世に何人、Yカップのブラジャーをサイズが合うからと言う理由で持ち帰れる女性が居るといういうのか。まだ莉々香がクローゼットに顔を突っ込んでいるのを確認してYカップのブラジャーを放り投げ、もう一つ下のブラジャーを手に取って広げてみる。さっきよりは小さいがそれでも自分のおっぱいには絶対に合わぬから、タグを見てみるとV65とある。今度は笑みさえ浮かべられない。……どんな食生活を送れば中学生でVカップが小さいと言えるのであろう、あゝ、もう嫌だ。これ以上このブラの山を漁りたくない。でも一枚くらいは持って帰らないと彼女に悪い気がする。―――と、そんな感じで心が折りつつ自分の胸に合うブラジャーを探していたのであるが、結局その日持って帰れそうだったのは一番最初に莉々香が手にしたQカップのブラジャーのみ。もうさっさと帰って今日は好きなだけ泣こうと思い、そのQカップのブラジャーを鞄にしまいこんで立ち上がったところ、ひどく申し訳無さそうな顔をした莉々香がトドメと言わんばかりに、あ、あの、……今は奥の方にあるから取れないんですけど、小学生の頃に着けてたもう少し小さめのブラジャーを今度持っていきましょうか? と言ってくるのでその瞬間、――華奢な肩に手をかけてしまっていたが、胸の内に沸き起こる感情をなんとか抑えようと一つ息をつき、ちょっと意地になって、けれども今気がついたように、よく考えればこれから大きくなるかもしれないんだし、もうちょっと大きめのブラジャーももらっていい? と、やっぱり耐えきれずに涙声で言ってもらってきたのが、今彼女がホックを全てつけ終わったこのUカップのブラジャーなのである。
「くっ、ふっ、……」
前傾姿勢から背筋を伸ばした体勢に戻った紀咲は、胸下を締め付けてくるワイヤーに苦しそうな息を漏らしてしまう。ホックを延長するアジャスターがあることは知っているけれども、もうそんな屈辱はこのブラジャーを着けるだけで十分である。ストラップを浮かせて、おっぱいを脇から中央へ寄せている間も、ブラジャーの締め付けで息は苦しいし、肌はツンと痒くなってくるし、けれどもあんまりお金の無い紀咲の家庭では、オーダーメイドのブラジャーなんてそう何回も作れるようなものではないから、屈辱的でもあの女が中学生の頃に着けていたブラジャーで我慢しなくてはならぬ。
紀咲はブラジャーを着け終わると、姿見にもう一歩近づいて、自分の胸元を鏡に写し込む。見たところTカップのおっぱいは、溢れること無くすっぽりとU65のブラジャーに収まって、恐らく男子たちにとってはたまらない谷間が、クレバスのように深い闇を作っている。ちょっと心配になって、ふるふると揺らしてみると、ブラジャーからは悲鳴が上がったが、溢れること無くちゃんとおっぱいの動きに付いてきたので、これなら今日一日どんなに初に振り回されようとも、大丈夫であろう。紀咲はブラジャーの模様である花の刺繍を感じつつ深い息をつくと、下着姿のまま今度は机の前へ向かい、怪しげな英文の書かれたプラスチックの容器を手にとって見つめる。毎日欠かさず一回2錠を朝と夜に飲む習慣は、初と二人きりで遊ぶときも決して欠かさない。パカっと蓋を開いて真っ赤な錠剤を、指でつまみ上げる。別に匂いや味なんてないけれども、その毒々しい色が嫌で何となく息を止めて、口の奥へ放り込み、すぐ水で喉に流し込む。――膨乳薬と自称しているその薬を小学生の頃から愛飲しているために、ほんとうにおっぱいを大きくする効果があるのかどうか分からないが、世の中にTカップにまで育った女性は全く居ないから、たぶん本物の膨乳薬であろう。親に見つからないように買わないといけないし、薬自体結構な値段のするのに加えて、海外からわざわざ空輸してくるから送料もバカにならず、校則で禁止されているバイトをしないといけないから、毎日朝夕合計4錠飲むのも大変ではあるけれども、膨乳の効果が本物である以上頼らざるは得ない。依存と言えば依存である。だがやめられない。彼女には莉々香という全く勝ち目の無い��敵が居るのだから。……
元々大きな胸というものに憧れていたのに加えて、初恋の相手が大の巨乳好きとあらば、怪しい薬を買うほど必死で育乳をし始めたのも納得して頂けるであろう。胸をマッサージし始めたのは小学4年生くらいからだし、食生活を心がけて運動もきっちりとこなすのもずっと昔からだし、意味がないと知っていても牛乳をたくさん飲むし、キャベツもたくさん食べるし、時には母親や叔母の壁のような胸元を見て絶望することもあったけれど、いつも自分を奮い立たせて前を見てきたのである。そんな努力があったからこそ彼女はTカップなどという、普通の女性ではそうそう辿り着けないおっぱいを持っているのだが、それをあざ笑うかのようにあっさりと追い越していったのは、妹の莉々香で。昔は紀咲のおっぱいを見て、やたら羨ましがって、自分のぺったんこなおっぱいを虚しい目で見ていたというのに、小学6年生の秋ごろから急に胸元がふっくらしてきたかと思いきや、二ヶ月やそこらで当時Iカップだった紀咲を追い抜き、小学生を卒業する頃にはQカップだかRカップだかにまで成長をしていたらしい。その後も爆発的な成長を遂げていることは、先のブラジャー談義の際に、Yカップのブラが小さいと言ったことから何となく想像して頂けよう。紀咲はそんな莉々香のおっぱいを見て、さすがに大きすぎて気持ち悪い、私はそこまでは要らないや、……と思ったけれども、初の妹を見つめる目を見ていると、そうも言ってられなかった、――あの男はあろうことか、実の妹のバカでかいおっぱいを見て興奮していたのである。しかも年々ひどくなっていくのである。今では紀咲と莉々香が並んで立っていると、初の目はずっと莉々香のおっぱいに釘付けである。おっぱいで気持ちよくさせてあげている間もギュッと目を瞑って、魅惑的なはずの紀咲の谷間を見てくれないのである。以前は手を広げて「おいで」と言うとがっついてきたのに、今では片手で仕方なしに揉むだけなのである。……
胸の成長期もそろそろ終わろうかと言う今日このごろ、膨乳薬のケースにAttention!! と黄色背景に黒文字で書かれている事を実行するかどうか、いまだ決心の付かない紀咲は薬を机の引き出しの奥の奥にしまい込んでから、コップに残っていた水を雑にコクコクと飲み干して、衣装ケースからいくつか服を取り出し始める。今週末は暇だからどこか行こう、ちょっと距離があるけど大久野島とかどうよ、昔家族で行った時には俺も莉々香もすごい数のうさぎに囲まれてな、ビニール袋いっぱいに人参スティックを詰めてたんだけど、一瞬で無くなって、………と、先日そんな風に初から誘われたので、今日はいわゆるデートというやつなのであるが、何を着ていこうかしらん? Tカップともなれば似合う服などかなり限られてしまうから、そんなに選択肢は無い。それに似合っていても、胸があまり目立つとまた知らないおじさんにねっとりとした目で見られてしまうから、結局は地味な装いになってしまう。彼女の顔立ちはどちらかと言えば各々のパーツがはっきりとしていて、ほんとうは派手に着飾る方が魅力的に映るのであるが、こればかりは仕方のないことである。以前彼に可愛いと言われたベージュ色のブラウスを取って、姿見の前で合わせてみる。丈があまり気味だが問題は無い、一年くらい前であれば体にぴったりな服でもおっぱいが入ったのであるが、Tカップの今ではひょんなことで破れそうで仕方がないし、それに丈がある程度無いと胸に布地を取られてお腹が見えてしまうから、今では一段か二段くらい大きめのサイズを買わなくてはならない。ただ、そういう大きなそういう大きなサイズの服を身につけると必ず、ただでさえ大きなおっぱいで太って見えるシルエットが、着ぶくれしたようにさらにふっくらしてしまう。半袖ならばキュッと引き締まった二の腕を見せつけることで、ある程度は線の細さを主張することはできるけれども、元来下半身に肉が付きやすいらしい彼女の体質では、長袖だと足首くらいしか自信のある箇所が無い。はぁ、……とため息をついて、一応の組み合わせに袖を通して、鏡に映る自分の姿を見ると、……やっぱり着ぶくれしてしまっている。どんなに胸が大きくなろうとも、決してそのほっそりとした体のラインを崩すことのないあいつに比べて、なんてみっともない姿なのだろう、これが薬に頼って胸を大きくした者の末路なのだろうか。
「私の努力って何だったんだろうな。……」
と床に落ちていてそのままだった巻き尺を片付ける紀咲の目元は、涙で濡れていた。
それから15分くらいして初の家の門をくぐった紀咲は、どういう運命だったのか、莉々香の部屋の前で渋い顔をしながら、またもやため息をつく。
「勉強って言っても、私よりあいつの方が頭良いんだから、教える必要なんてないでしょ。……」
ともう一度ため息をついてドアノブに手をかける。約束の時間に部屋に赴いたというのに、初はまだ着替えてすらおらず、ごめんごめん、今から着替えるから、暇だったら莉々香にあれこれ教えてやってくれ。今たぶん勉強しているから、と言われて部屋から追い出されたのであるが、昔から英才教育を受けてきた莉々香に教えられることは何も無い。むしろ今度の定期試験を乗り越えるためにこちらが教えてもらいたいくらいである。紀咲はいまいち初の意図が分からない時が多々あるけれども、さっきの一言はようよう考えても結論が出ないから、ただ単に莉々香と話をしていてくれと、そういう思いで言ったのだろうと解釈して、ガチャリと扉を開ける。相変わらずきっちりと無駄なく家具の置かれた、整理整頓されすぎて虚しささえ感じる部屋である、昔と変わっているのはベッドの上にあるぬいぐるみが増えたことくらいか。莉々香はその部屋の中央部分にちゃぶ台を置いて、自身の体よりも大きくなってしまったおっぱいが邪魔にならないよう体を横向きにして、紀咲が部屋に入ってきたことにも気づかないくらい熱心に、鉛筆を動かしている。覗いてみると、英語で何やら書いているようだが、何なのかは分からない。――とそこで、ノートに影が落ちたのに気がついたのか、ハッとなって、
「姉さん! 入ってきたなら言ってくださいよ」
と鉛筆を机の上にそっと置くと、立ち上がろうとする。
「あっ、いいっていいって。そのままで」
それを制しながら紀咲はちゃぶ台の対面に座って、ニコニコと嬉しそうな表情を浮かべる憎き恋敵と相対する。だがどんなに憎くとも、その巨大なおっぱいを一目見ると同情心が湧いてくるもので、片方だけでも100キロは超えているらしいその塊を持ちながら立たせるなんて、どんな鬼でも出来ないであろう。莉々香のおっぱいには簡単に毛布がかけられているのであるが、それがまた何とも言えない哀愁を誘っていて、紀咲もこの時ばかりは目の前の可愛らしい笑みが、少しばかり儚く見えてしまうのである。
「やっぱり、もう椅子には座れない?」
「そう、……ですね。椅子に座ると床に着くから、楽といえば楽なんですけど、それでも重くて。………」
「今バストは何センチになったの?」
「えっと、……ここ一週間くらい測ってないから正確じゃないけど、先週の木曜日で374センチでした」
「さ、さんびゃく、……」
果たしてその数字が女性のバストサイズだと分かる人は居るのであろうか。
「姉さんは?」
「128センチのTカップ。やっと中学生のころのあんたに追いついたわ」
どこか馬鹿にされた心地がしたので、ちょっとだけぶっきらぼうに言う。
「いいなぁ。……私のおっぱいも、そのくらいで止まってくれると嬉しかったんですけどね。……」
あれ? と思うと先程感じていた同情心がどんどん消えていく。莉々香は恐らく、本音として紀咲のおっぱいを羨ましがっているけれども、やはり馬鹿にされている気がしてならない。
「あ、もしかして今私のブラジャーを着けてますか? 前、アンダーが合わないって言ってましたけど、延長ホック? っていうのがあるらしくて、それ使うといいかもしれません」
と、知っていることをどこか上から目線で言われて、カチンと来る。そういえば、いつからだったか、おっぱいのことに関してはすっかり先輩の立場で、莉々香は紀咲に色々とアドバイスをするのである。
「……知ってる。………」
――だから、余計にイラつかせられるのである。
「姉さん?」
「知ってるって言ってるの。なに? いつの間に私に物を言う立場になったの?」
「ね、姉さ、――」
「そんな化物みたいなおっぱいが、そんなに偉いって言うの? ねえ、答えてよ」
「化物だなんて、……姉さん落ち着いて」
「落ち着いてなんていられるかっての。今もあんたのブラジャーが私を締め付けてるの、分かる? この気持。中学生の女子におっぱいで負けるこの気持。世界で一番大きいおっぱいを持つあんたには分からないでしょうね。………」
この女の前では絶対に泣かないつもりであったが、今まで誰にも打つけられなかった思いを吐き出していると、一度溢れた涙は止めどもなく頬を伝って行く。
「何よ何よ。私がどれだけ努力しているのか知らずに、いつも見せつけるようにおっぱいを強調して、そうやって毎日あの変態を誑かしてるんでしょう? ――どうして、どうしてあんただけそんなに恵まれてるのよ。どうして。………」
とそこで、ぐす……、という鼻をすする音がしたので、そっと涙を拭って前を向くと、莉々香は机の上で握りこぶしを震えさせながら俯いている。ゆっくりと顔が上がって、すーっとした涙の跡が陽の光に照らされる。
「私だって、………私だって紀咲姉さんの事が羨ましい。ほんとうに羨ましい」
「………」
「Tカップって、まだ常識的な大きさだし、着る服はあるし、姉さんは私のお下がりのブラジャーを使ってますけど、ちゃんと売ってますから、ちゃんと市販されてますから。……私のブラジャーが一着いくらするか知ってますか? 8万円ですよ、8万円。ブラジャー一個作るのに10万円近く取られるんですよ。……ほんとうに姉さんくらいの小さなおっぱいが良かった。ほんとうに、ほんとうに、………」
「りり、……」
「いえ、姉さんが羨ましいのはそれだけじゃないです。どれだけ胸が大きくなっても兄さんは振り向いてくれないんですもの。……」
「えっ?」
「もう何回もチャレンジしましたよ。兄さんを押し倒して、姉さんみたいにおっぱいで気持ちよくさせようと。……けど駄目でした。どうしてなんでしょうね。私だったら体ごとおちんちんを挟んであげられるのに、体全体をおっぱいで包んであげられるのに、兄さんは手すらおっぱいに触れずに『紀咲、紀咲』って言って逃げちゃうの。……」
初のことだから、もうすでに欲望に負けてそういう行為をしていると思っていた紀咲は、驚いて彼の部屋の方を向く。
「だから、意味がなかった。意味が無かったんです、――」
と莉々香は体を捻って手を伸ばして、本棚の一番下の段から手にしたのは紀咲もよく知っている、怪しげな英文の書かれたプラスチックの容器。
「小学生の頃からこれを飲み続けてきた意味が無かったんです。……」
「りりもそれ飲んでたの」
そういえば昔、どうしてそんなに大きくなるんですか、と聞かれた時に一回だけ見せびらかしたことがある。
「ええ、……でもね姉さん、私の場合違うの。兄さんが、……えっと、そういう女性を好きなのは分かっていましたから、こう、……手の平にがさっと適当に出して、お水で無理やり飲んでました」
「それ一体一回何錠くらい、……」
「15錠くらいだったような気がします。駄目ですよね、注意書きにも駄目って書いてますし」
容器のAttention と書かれた下には、〝必ず一日4錠を超えてはならない〟と一番上に太文字であるから、莉々香は4日分をたった一回で飲んでいたということになる。そういうことだったのか。………
「でもどんどん大きくなっていくおっぱいが嬉しくって、最終的に一週間も経たずに一瓶開けるようになって、……最後は兄さんが救ってくれたんですけど、飲んでないのに、おっぱい大きくなるの止まらなくて、………もう着る服なんて無いのに、おっぱいは重くて動けないのに、でも全然止まる気配がなくて、………紀咲姉さん、私どうしたらいいんだろう」
と、さめざめと泣き出したのであるが、どうしたらいい���かなんて紀咲には全然分からず、ただ気休めな言葉を投げかけていると、しばらくして初がやって来たので、せめてこの哀れな少女の気を少しでも晴らそうと、その日は3人で日が暮れるまで淫らな行為をし続けたのである。
 (おわり)
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「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の犯人だった湊伸治が今度は殺人未遂で逮捕!
湊伸治以外の犯人たちも出所後に犯罪をしており、「少年法」は更生の役に立たないどころか、むしろ更生を妨げている!
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180821-00547408-shincho-soci 綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人の“元少年”が、今度は殺人未遂で逮捕されていた! 8/21(火) 11:45配信、デイリー新潮  8月19日、埼玉県川口市の路上で、32歳の男性の肩を警棒で殴った上、首をナイフで刺したとして45歳の男が殺人未遂の疑いで緊急逮捕された。逮捕された男は川口市の無職、湊伸治――。 「18時5分に被害者の男性から『警棒で殴られ、刃物で首を切りつけられた』との110番通報があり臨場しました。男性は首の後ろから流血がありましたが、幸いなことに命に別状はありませんでした。湊はその場におりませんでしたが、駐車トラブルの原因となった車輌は残っていた。ナンバーから自宅を割り出し自宅に行くと、犯行を認めたため、19時50分に緊急逮捕しました。湊は『刺したことは間違いないが、殺すつもりはなかった』と言っています」(捜査関係者)  警棒は3段の伸縮式で全長41センチ。実際に警察が使用しているものとは少し異なり、いわゆる護身用として販売されているものだという。刃物のほうは折りたたみ式で、刃渡りは8センチ、広げたときの全長は19センチになるという。  殺人未遂罪の法定刑は、死刑または無期懲役、もしくは5年以上の懲役である。しかし、死刑や無期懲役になることはめったになく、多くは懲役3年前後からおよそ7年程度とされる。  ちなみに正当な理由なく、刃渡り6センチを超える刃物を携帯すれば、銃刀法違反で2年以下の懲役、または30万円以下の罰金となる。 「ええ、そちらも視野に入れています」(前出・捜査関係者)  捜査関係者は、いつにも増して徹底して罪に問おうとしているかのようだ。 . ■野獣に人権はない 「湊伸治」という名を聞いてピンとくる人は、多くはないだろう。しかし、すでに一部のネット民の間では話題の男なのだ。  今から30年近く前になる。彼こそ1989年、日本中を震撼させた、綾瀬「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の4人の犯行グループの1人なのだ。 「当時16~18歳の少年が、見ず知らずの17歳の女子高生を拉致し、40日間に亘り監禁した上、なぶり殺し、遺体をドラム缶に入れてコンクリートで固め、江東区の埋め立て地に遺棄した――鬼畜としか思えぬ犯行でした。しかも彼らが監禁に及んだ部屋は、少年の両親が同居する実家の2階の自室。その少年こそ、湊伸治(当時16歳)です。両親は共産党系の診療所に勤務し、父は診療所の経営する薬局の薬剤師、母は看護士でした。2人とも共産党員だったため、警察への対応も筋金入りでした。家宅捜索も弁護士立ち会いの下で認めるという具合で、そのために捜査が遅れたと言われたほどでした」(社会部記者)  湊には懲役4年以上6年以下の不定期刑が下された。  当時、実名で報じたのは週刊文春だ。記事を担当したコラムニストの勝谷誠彦氏(57)が振り返る。 「少年法の名の下、実名報道はできないという風潮は今も変わってない。だけど、取材すればするほど、あの事件は酷かった。だから、“野獣に人権はない”と言って、実名報道に踏み切ったわけです。だって名前も報じられない彼らは、数年経ったら世の中に出てきて平気で歩き回るんですよ。逆に殺された、あんなに可愛い女子高生の名前は、じゃんじゃん報じられていた。どっちの人権が大事なのかと思ったけど、人権派という方々からは随分いじめられたね。日本は出所した者に甘すぎるんですよ。アメリカなんて性犯罪者にはGPSまで付けているわけですから。あれほどの性犯罪者、重犯罪者の名を、若いからというだけで実名で報じないのは、むしろ一般庶民に危険が及ぶのだから」 ■駐車トラブルじゃない  その言葉が実現してしまったということか――。では、現在の湊はどんな男になっていたのか。自宅周辺の住民からの評判はすこぶる悪い。 (中略)  実際、階下の住民に聞いてみると、 「ああ、そうなんですよ。夜中の3時でもお構いなく、2階の床をドンドンドンドン踏み鳴らしたり、大声上げたりするんで、うるさくてしょうがない。天井に付いている照明がグラグラしちゃってるの分かります? それで19日の朝も、うるさいから話し合おうと2階に上がってベルを押したんだけど、出てこない。僕が下に降りて部屋に入ると、またドンドンドンドン。その繰り返し……。しばらくすると外に出て行くのが分かったから、追いかけて行って、なんであんなことをするのか問い詰めたんですよ。でも、話をそらして、違う話をしてくる。『何か聞こえるの?』とか言ったりね。頭がおかしいんじゃないかと思ったけど、なんとか止めてもらえるようになったんですよ。そしたら夕方には、あの事件でしょ。ビックリしましたよ、下手をしたら刺されたかもと思うと、今になって恐くてね」  事件の原因は駐車トラブルと発表されているが、目撃者たちの証言は異なる。 「駐車場に軽トラックが入ってきたんですけど、湊は仁王立ちして立ち塞がっていたんですよ。駐車トラブル? そんなんじゃないよ、因縁付けてたんだから。それで軽トラックの運転手が窓を開けたら、いきなり棒で殴ったんだよ」 「いつ刺したのかは分からなかったけど、軽トラには助手席にも人がいてね。その人があの男をぶん殴っていました。それを止めようとしていたのが刺された人です。刺された人は弱っている感じではなかったけど、長袖Tシャツの背中は血に染まっていたね……」  湊立ち会いの下で行われた現場検証を見ていた人は、次のように話す。 「なんだか、まったく悪びれる風もなく『ここら辺でやられたかな、こっちもやったけどさ』なんて言ってましたよ」  29年前の事件から更生したとはとても言い難い。 週刊新潮WEB取材班 2018年8月21日 掲載
>8月19日、埼玉県川口市の路上で、32歳の男性の肩を警棒で殴った上、首をナイフで刺したとして45歳の男が殺人未遂の疑いで緊急逮捕された。逮捕された男は川口市の無職、湊伸治――。
首をナイフで刺したのだから、殺す気満々だな。
>湊は『刺したことは間違いないが、殺すつもりはなかった』と言っています
首をナイフで刺しておいて、『刺したことは間違いないが、殺すつもりはなかった』とか量刑を軽くする戦術なのだろうが、世の中を舐め切っている!
>「湊伸治」という名を聞いてピンとくる人は、多くはないだろう。しかし、すでに一部のネット民の間では話題の男なのだ。
>今から30年近く前になる。彼こそ1989年、日本中を震撼させた、綾瀬「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の4人の犯行グループの1人なのだ。
「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の犯人=鬼畜は、やはり更生しなかった!
「湊伸治」以外の犯人たちも、更生せずにその後も犯罪をしている。
一日も早く少年法を廃止しろ!
> 「当時16~18歳の少年が、見ず知らずの17歳の女子高生を拉致し、40日間に亘り監禁した上、なぶり殺し、遺体をドラム缶に入れてコンクリートで固め、江東区の埋め立て地に遺棄した――鬼畜としか思えぬ犯行でした。しかも彼らが監禁に及んだ部屋は、少年の両親が同居する実家の2階の自室。その少年こそ、湊伸治(当時16歳)です。両親は共産党系の診療所に勤務し、父は診療所の経営する薬局の薬剤師、母は看護士でした。2人とも共産党員だったため、警察への対応も筋金入りでした。家宅捜索も弁護士立ち会いの下で認めるという具合で、そのために捜査が遅れたと言われたほどでした」(社会部記者)
女子高生コンクリート詰め殺人犯の1人で、今回また殺人未遂で逮捕された湊伸治の両親は2人とも共産党員だった!
共産党員というのは、「大量殺人による独裁支配」を目指している殺人テロ集団の連中なのだから、例外なく殺人テロリストなのだ。(
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両親が2人とも共産党員(殺人テロリスト)の鬼畜なのだから、そいつらの子供が鬼畜となってもおかしくない。
そして、監禁、強姦、リンチ、殺害の現場は、この共産党員どもの家の中(2階)だった!
日本共産党幹部自宅2階でリンチ虐殺 
女子高生誘拐監禁集団リンチ虐殺コンクリート詰め死体遺棄事件
>湊には懲役4年以上6年以下の不定期刑が下された。
>当時、実名で報じたのは週刊文春だ。記事を担当したコラムニストの勝谷誠彦氏(57)が振り返る。
> 「少年法の名の下、実名報道はできないという風潮は今も変わってない。だけど、取材すればするほど、あの事件は酷かった。だから、“野獣に人権はない”と言って、実名報道に踏み切ったわけです。だって名前も報じられない彼らは、数年経ったら世の中に出てきて平��で歩き回るんですよ。逆に殺された、あんなに可愛い女子高生の名前は、じゃんじゃん報じられていた。どっちの人権が大事なのかと思ったけど、人権派という方々からは随分いじめられたね。日本は出所した者に甘すぎるんですよ。アメリカなんて性犯罪者にはGPSまで付けているわけですから。あれほどの性犯罪者、重犯罪者の名を、若いからというだけで実名で報じないのは、むしろ一般庶民に危険が及ぶのだから」
成人の「人権」と未成年者の「人権」を差別するのは間違いだ。
人権は、万人に平等に適用されるべきだ。
特に「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の犯人の場合には17歳だろうが20歳以上だろうが、鬼畜に変わりないのだから「人権」なんてそもそも関係ない。
日本の「少年法」のように異常なまでに未成年者の犯罪者を甘やかす内容の法律は、世界的にも極めて珍しい。
日本の死刑にはEUなど海外の一部から批判が出ているが、日本の少年法には海外の多くから批判が出ている。
更生の観点からも、少年法で甘やかすから逆に更生の妨げになっている!
後述するが、実際に女子高生コンクリート詰め殺人事件の犯人たちは誰も更生していない!
少年法なんて、百害あって一利なし!
一日も早く少年法を廃止しろ!
> 湊立ち会いの下で行われた現場検証を見ていた人は、次のように話す。
>「なんだか、まったく悪びれる風もなく『ここら辺でやられたかな、こっちもやったけどさ』なんて言ってましたよ」
>29年前の事件から更生したとはとても言い難い。
少年法で甘やかしたこともあり、湊伸治は更生しなかった。
実は、女子高生コンクリート詰め殺人事件の犯人たちは、誰も更生していない。
この機会に「綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件」について、おさらいしておこう。
40日間、共産党員の家で、鬼畜共によって監禁、強姦、リンチ、殺害された県立八潮南高校3年吉田順子さん(当時17歳)
左上が主犯格の宮野裕史(A) →横山と改姓して横山裕史→再犯(詐欺)
左下が小倉譲(B) →神作と改姓して神作譲→再犯(拉致監禁暴行)
右上が湊伸治(C)→再犯(殺人未遂)
右下が渡邊恭史(D)→引きこもり症候群
https://matome.naver.jp/odai/2135216420298176301 女子高生コンクリート詰め殺人事件の全貌【史上最悪な殺人事件】 女子高生コンクリート詰め殺人事件とは1988年11月25日、18歳Aは埼玉県三郷市内で当時17歳の女子高生をわいせつ目的で拉致、ホテルに連れ込み強姦した。その後、A、17歳B、16歳C、17歳Dの4人で東京都足立区綾瀬のCの自宅に女子高生を監禁して殺害した事件。 【事件番号】平成2う1058 女子高生コンクリート詰め殺人事件は、1988年(昭和63年)11月から1989年(昭和64年)1月の間に、東京都足立区綾瀬で起きた猥褻誘拐・略取、監禁、強姦、暴行、殺人、死体遺棄事件の通称である。 この事件は、加害者が全て少年(未成年)であったこと、犯罪内容が重大・悪質であったこと、犯行期間も長期におよび、少女が監禁されていることに気づいていた周囲の人間も被害者を救わなかったことなどの点で社会に大きな衝撃を与えた。 1988年11月25日、18歳Aは埼玉県三郷市内で当時17歳の女子高生をわいせつ目的で拉致、ホテルに連れ込み強姦した。その後、A、17歳B、16歳C、17歳Dの4人で東京都足立区綾瀬のCの自宅に女子高生を監禁。同28日、17歳E、16歳Fも加わり、6人で女子高生を集団で強姦。その後もCの家の部屋で監禁、強姦、傷害など虐待行為が続いた。 ▼事件概要▼ 1988年(昭和63年)11月8日、A、B、Cの3人が足立区内で自転車で帰宅中の女性(当時19歳)に声をかけ、3人で輪姦した。このときはAが運転するシルビアにB、Cが乗り込み、ドライブの誘いに応じないとみるや車を横づけにして行く手をはばみ、Bが自転車の鍵を奪って嫌がる女性を車に乗せた。逃げられないように常磐高速道路に入り、「少年院を出てきたばかりだ」「大洗(おおあらい)に行こう。大洗の海は寒いし、波が高いぞ」などと脅し、観念させてホテルに連れ込んだのだった。 11月25日午後6時ころ、AはCの自宅に行き、Cに対して、「今日は給料日だから金を持っているやつが多い。ひったくりに行こう」と誘った。Cは友達からバイクを借りて、2人で出かけ、ひったくりをした。 午後8時過ぎ、埼玉県三郷(みさと)市内をバイクで走行中、アルバイト先から自転車に乗って帰宅する途中だった県立八潮(やしお)南高校3年生の古田順子(17歳)を見かけると、AはCに対し、「あの女、蹴れ。あとはうまくやるから」と命じ、Cは言われた通りに、バイクで順子に近づき、左足で右腰を思いっきり蹴って、角を曲がって様子をみていた。 順子はバランスを失い、自転車に乗ったまま転倒、側溝に落ちた。そこへ、Aが近づき「大丈夫ですか」と声をかけ、助け起こすと「あいつは気違いだ。俺も脅された。危ないから送っていってやるよ」と言って、近くにある倉庫の暗がりでと脅し、ホテルに連れ込んで強姦した。 午後10時ころ、Aは自宅に戻っていたCに電話をかけると、そこにはBの他にDがいたが、Aはこの3人を外に呼び出した。その後、4人の少年たちは東京都足立区綾瀬のCの自宅の2階のたまり場に順子を連れ込んだ。 この日、Cの父親は3日間の社員旅行で沖縄に出掛けたため、自宅には母親とCのひとつ上の兄がいた。 11月28日、Aは「いいモノを見せてやる」と言って、呼び出されたE(当時17歳)とF(当時16歳)が加わって、家人が寝静まった深夜に順子を輪姦した。順子は必死の思いで抵抗した。階下の母親は目を覚ましたようであったが、寝具などで顔面を押さえつけられたため、叫び声を上げることはできなかった。 11月30日午後9時ころ、Cの母親は、このとき初めて順子の顔を見ている。Cに対し「早く帰しなさい」と言った。だが、1週間経っても順子がいることに気づき、直接、順子に「すぐに帰りなさい」とは言ってみるもののなかなか帰ってくれなかった。 また、この頃、順子に自宅へ電話をかけさせ「家出しているのだから、私の捜索願いは取り消して欲しい」と言わせている。それも、一度きりでなく、5日ごとに3回に渡って電話をかけさせており、順子の親は家出だと思っていたという。 その後、昼夜の別なく、順子の体を弄び、そのあまりの暴行に、順子が気を失うと、バケツの水に頭を漬けて気を取り戻させて、また犯すということを繰り返していた。その間、交代で見張りを続けた。 12月初めの午後4時ころ、、順子は少年たちが夜遊びで昼寝をしていた隙を見て、2階から1階の居間に降りてきて110番に電話した。だが、運悪く、近くで寝ていたAに気づかれてしまった。すぐに逆探知で警察からかかってきた電話に、Aが出て「なんでもない。間違いです」と返事した。 AとBは、このことをきっかけとして、順子に対し、手荒いリンチを加えた。殴ったり、蹴ったり、手足の甲にライターの火を押し付けたりして火傷を負わせた。また、シンナーを吸わせたり、ウィスキーや焼酎を飲ませて楽しんでいた。 Aは武田鉄矢の『声援』という歌に「がんばれ、がんばれ」という歌詞があって、いじめているときにそれを歌いながら順子に対し「お前も歌え」と言って歌わせた。自分たちが何もしていないときにも順子は小さな声で「がんばれ、がんばれ」と自分に言い聞かせているときがあった。 ▼被害者に行われた行為▼ ◆アルバイト帰りの女子高生を誘拐して不良仲間4人で輪姦 ◆不良仲間の家に監禁し暴走族仲間十数人で輪姦、関係者は100人に及ぶ ◆殴打された顔面が腫れ上がり変形したのを見て「でけえ顔になった」と笑う ◆度重なる暴行に耐えかねて、被害者は「もう殺して」と哀願 ◆顔面に蝋を垂らして顔一面を蝋で覆いつくし、両眼瞼に火のついたままの短くなった蝋燭を立てる ◆衰弱して自力で階下の便所へ行くこともできず飲料パックにした尿をストローで飲ませる ◆鼻口部から出血し、崩れた火傷の傷から血膿が出、室内に飛び散るなど凄惨な状況となった ◆素手では、血で手が汚れると考え、ビニール袋で拳を覆い、腹部、肩などを力まかせに数十回強打 ◆1.74kgのキックボクシング練習器で、ゴルフスイングの要領で力まかせに多数回殴打 ◆揮発性の油を太腿部等に注ぎ、ライターで火を点ける ◆死んだのでコンクリート詰めにして放置 ◆腕や足は、重度の火傷で体液が漏れ出していた ◆脳が萎縮して小さくなっていた 【判決】 主犯格の少年Aに対しては「主犯格で罪責は極めて重大」として懲役20年。 少年Bに対しては懲役5年以上10年以下の不定期刑。 少年Cに対しては「被害者を自宅に監禁し、手加減なく強度の暴行を加えた」として懲役5年以上9年以下の不定期刑。 少年Dに対しては「終始犯行に加わり、すさまじい暴行に及んだ」として懲役5年以上7年以下の不定期刑。 東京高裁は、「少年法によって責任を大幅に減じることは相当とは言えない」として、少年法としてはやや厳しめの判決を下した。
鬼畜どもの顔!名前!その後!
主犯少年A:宮野裕史(現在氏名 横山裕史)
1970年4月30日生まれ
懲役20年の刑で千葉刑務所に服役、2008年出所。
出所後に養子縁組で名字を横山に。
2013年に振り込め詐欺で逮捕。
女子高生監禁コンクリート詰め殺人事件主犯格の宮野裕史(現在氏名 横山裕史)は2013年1月、東京・池袋で銀行からお金をおろす振り込め詐欺の「受け子(出し子)」として逮捕された。
少年B:小倉譲(現在氏名 神作譲)
サブリーダー。1971年5月11日生まれ
裁判では5年から10年の不定期刑が確定し、1999年に出所。
2002年に結婚、養子縁組で神作譲に改名。
2004年に三郷市逮捕監禁致傷事件を起こし再逮捕される。
「オレは人を殺したことがあるんだぞ、本当に殺すぞ」
「オレは10年間懲役を受けてきて、そこで警察や検事を丸め込むノウハウを学んだ。何があっても出て来られる」
「(コンクリート事件を振り返り)アレはマジで楽しかったなあ。サブリーダーとか言ってるが、オレこそ本当の主犯なんだよ。」と吹聴していた!
小倉譲(神作譲)から拉致監禁暴行を受けた青年(当時27歳)
少年C:湊伸治
1972年12月16日生まれ
被害者の女子高生を監禁した犯行現場は湊伸治の自宅部屋。
伸治の兄、湊恒治も監禁に関わったとされる。
両親はバリバリの共産党員だった為、警察の現場検証には弁護士を立ち会わせるなど最大限の権利行使をした。
また「しんぶん赤旗」では被害女性を遊び人のワルだったかのように連日デマ報道を行なった。
5年から9年の不定期刑
出所後はムエタイ選手に。
2018年8月19日に殺人未遂で再逮捕される。
少年D:渡邊恭史
1971年12月18日生まれ
定時制高校に入学も、すぐに登校拒否をし退学。
宮野らのグループに加わり、犯行を行なった。
5年から7年の不定期刑
少年院でいじめに合い、引きこもり症候群に
中村 高次(E)
現在は地元スナックでこの事件のことを面白おかしく語る無反省人間。
伊原 真一 (F)
詳細不明
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(ドラマ画像)全身数百カ所にナイフで切られた後、全身数十カ所の骨折
少年法を廃止するべきだ!
少年法(昭和23年7月15日法律第168号)は、占領軍(GHQ)の指導の下に成立した法律だ。
戦後の混乱期に、食料が不足する中、生きていくために窃盗や強盗などをする孤児などの少年が激増し、また成人の犯罪に巻き込まれる事案も多く、これらの非行少年を保護し、再教育するために制定されたものだった。
終戦直後に、生きるために食料を盗んだ少年少女を全て刑務所に入れていたら刑務所が足りないために制定された特殊で一時的な法律だった。
そんな戦後の特殊状況において占領軍(GHQ)によって一時的に制定された「少年法」が約70年経った今もそのまま存続していることは、極めて異常なことのだ!
食料泥棒や、大人の犯罪に巻き込まれる少年がある程度減少した時点を見計らって、廃止すべき法���だった。
日本の「少年法」のように異常なまでに未成年者の犯罪者を甘やかす内容の法律は世界的にも珍しい。
平成27年2月に「川崎国」(神奈川県川崎市)で、舟橋龍一(母がフィリピン人で、父の母が韓国人)ら3人が上村遼太君を殺害した事件においても、3人が逮捕された直後に海外では、異常な日本の少年法を批判し、「日本は少年法を廃止すべき」とする意見が多数上っていた!(
関連記事
更生の観点からも、少年法で犯人を甘やかすから逆に更生の妨げになっている!
実際に、例えば「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の犯人たちは誰も更生しなかった。
少年法なんて、百害あって一利なし!
一日も早く少年法を廃止しろ!
●関連記事
実況見分で舟橋は箱の中!少年法を廃止しろ!「スマホを川に投げ捨てた」・樋口、事件後に証拠隠滅
http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-5753.html
実名報道自粛は李珍宇の2件の「殺害→死姦」の後・小松川事件・1960年代まで新聞も実名&写真
http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-5769.html
少年殺害の犯人5人を特定・東松山市の河川敷で「5人で石で殴り、けいれんしたので水に押しつけた」
http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-6343.html
留学生が審判殴り10針縫う怪我・延岡学園バスケ部1年コンゴ出身エルビス・被害届は出さない意向
http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-7118.html
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bluff5507 · 6 years
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ゴールデンレコード
満天の星空、というものを初めて見た時、大倶利伽羅は己に足りないものはきっとこれだったのだろうと確信した。 幼い頃から己には何かが足りないような気がしていた。それが心なのか、趣味なのか、与えられた感情なのか。理解できなかったものを、満天の星空の下で理解することができた。これが心だ、これが感情だ、これが激情だ。暴れ狂う感情の奔流に流されながら、幼いながらに確信したのだ。そのときから、大倶利伽羅は星の下でしか生きることができなくなった。 大倶利伽羅はあまり裕福な家庭ではなかったが、生まれて初めて両親におねだりをして、天体望遠鏡を与えられた。大人になってもその天体望遠鏡を持っていて、幼い頃に貼ってしまったシールを未だに剥がすことができないでいる。両親共にこの世を去って、叔父の長谷部国重に引き取られてからも、大倶利伽羅にとって星空とは特別であった。
大学生になってから、人がまばらに入るような小さなプラネタリウムにアルバイトで入るようになった。幼い頃から通っていて、館長がアルバイトどうだろう、と勧めてくれたのだ。快く引き受けて、週四日大学の帰りと土日に入っている。長谷部は大学を卒業するまでしっかりと育てる、と金銭面での補助をしてくれている。このアルバイト代は将来的に長谷部に金を返すためにと思って取っておいているが、中型のバイクだけは購入した。 一人暮らしを始めて、バイクに乗って当てもなく走り、満天の星空を眺めて自宅へと帰る。夢のような日々であった。
そんな日々に小さな転機が訪れたのは、立冬が来てすぐの頃だった。少し寒くなってきた頃合いで、夜は長袖の上からコートを軽く羽織る程度でないと出歩けない。この季節になってくると、天体観測も趣が出てくる。そろそろまたバイクを走らせてどこかへ行こうかと思っていた矢先のことだった。 日曜日の夜、最後の上映時間になると殆ど誰も来ることはない。誰も来ないのであれば、閉めても構わないと言われていて、その日もそうしようと思って受付から立ちあがったところであった。 男は息を切らせて、最後の上映に間に合うかと訊ねてきた。 真白い雪のように白い肌に、金に輝く蜂蜜色の瞳、右目に眼帯をした、ぬばたまの髪の男だった。スーツの上にトレンチコートを羽織り、黒い皮手袋をつけている。
「大丈夫です、上映できます。」 「よかった。ありがとう。」
大倶利伽羅が今まで見た、どんな人間よりも美しく、凛としていた。人というにはあまりにも美しく、造形はどんな芸術品よりも優れていると思った。長い前髪の下、眼帯の下に一体何を隠しているというのか。そこを暴いてみたいとさえ思った。 頭を振って、目の前に立つ男にチケットを渡した。それを、皮手袋をしたまま男は受け取り、蜂蜜色を柔らかに和ませてありがとう、と言った。 とろけそうな瞳に、甘く低い声音に妙な心地になる。 男はその日から毎週必ず通ってきた。日曜日の夜、最後の上映のタイミングで男は来る。スーツであったり、私服であったりとまばらではあるが、男の容姿は目立ち、毎週必ず来るために大倶利伽羅はすっかり覚えてしまっていた。決まった時間に現れて、決まった時間に帰る彼のことを。
その日も、同じように日曜日の夜、最後の上映の時間に現れた。 ありがとうと笑ってチケットを受け取った男は、無数の座席の中から端の方を選んで座った。他に客はいないのに、なぜ真ん中ではないのだろうか。それを問うようなこともできず、上映時間に扉を閉めに、大倶利伽羅は中へと入った。 オーナーからは、客があまりいないときは観ても構わないと言われていて、時折そうしていたために、この日も何とはなしに座席に座った。男の横顔が見える位置だった。男はこちらを気にした様子もなく、目の前で上映される満天の星空を眺めていた。 展開される星空たちを眺める男の金に輝く瞳が、人工の星空の光を映してきらきらと輝いた。男の瞳は大倶利伽羅の瞳と似た色をしていたが、この男の色はもっと美しい。本物の星空の下であれば、一体どのような色を映すのだろうか。そう考えたら、男のことが気になってしょうがなくなった。 冬の大三角形、とプラネタリウムの中で女性の声が響いた。 オリオン座の上の方、御者座。黄色みを帯びた色合いの御者座の一等星、カペラが強く輝いている。プラネタリウムの中で線が引かれ、御者座の絵が描かれた。 冬の大三角形の「ベテルギウス」と「プロキオン」を線で結び、直角に北へ曲がったところ「ポルックス」がある。ほぼ同じ明るさで「カストル」があり、ふたご座の線が引かれて行く。 オリオン座の「ベテルギウス」、こいぬ座の「プロキオン」、おおいぬ座の「シリウス」。これで冬の大三角形となります。そう、女の声でナビゲーションがあった。 きらきらと輝く男の瞳が、それらを一瞬足りと逃さぬようにとじっと見ている。瞬きをするたびに、男の瞳から金が、星が、零れ落ちそうだ。 己がどうしてしまったのか、全く分からない。こんなに興味を示したのは、星空のことだけだったのに。今は星空を眺めることより、男の横顔だけを見詰めることに夢中になっていた。 上映が終わり、大倶利伽羅は慌てて視線を戻して扉を開けた。館内の空気が入れ替わり、現実に戻ったような心地になる。は、と息を吐いて振り返れば、男は立ちあがって、明るくなった天井を見詰めていた。まるでそこに星空がまだあるように見上げる彼に、名残惜しさを感じた。 男は大倶利伽羅に気付くと、大倶利伽羅の前を一礼して通って行った。彼の残した残り香だけが鼻に残る。 大倶利伽羅は男が見詰めていた天井を見上げた。確かあの辺りは、ベテルギウスがあった辺りか。半規則型変光星と呼ばれるそれは、周期的または不規則に光が変わる。距離にして642光年。途方もない距離に、ロマンチックなものすら感じない。
それからも男は、プラネタリウムを観にやって来た。決まって日曜日、夜の最後の上映時間に。 大倶利伽羅は男とまともに話をしたこともなければ、名前も知らない。ただ、男がやってくるときに今日の服装はスーツだの、先週は私服だっただのと勝手に思っているだけだ。自分自身で、こんな己が気持ち悪くて仕方ない。こんなストーカーみたいに、男の服装をチェックしているだなんて。 男はその日、二つのコーヒーを持ってやって来た。この小さなプラネタリウムは飲み物に関しては自由だ。少し傾斜のついた椅子に座るときは要注意だが、零されることも滅多にない。ただ、二つコーヒーを持っていることに疑問を抱いた。なぜ、と思いながら男にチケットを手渡せば、男は大倶利伽羅に一つのコーヒーを渡した。まだ温かいそれを思わず両手で受け取って男を見上げる。
「あげるよ。もうずいぶんと冷えてきた季節だろう。下のショップで買ってきたんだ。」
確かにこのプラネタリウムがある建物には、コーヒーショップも入店していたが、まさか自分にと購入してきたものだとは。ついでかもしれないが、大倶利伽羅の胸には衝撃が走った。この、何とも言えない感覚には覚えがない。新しい星が生まれたとニュースが流れたときでさえ、こんな気持ちにはならなかった。面映ゆいような、嬉しいような、胸が温かくなって、むずがゆい感覚だ。
「あ、ありがとうございます。」 「今日もお疲れ様。」
にこりと笑って、男はチケットを受け取ってから中へと入って行った。どうしたら良いか分からずに、男から貰ったコーヒーをカウンターに置いて、上映時間になるまでぼうっとしていた。 上映が始まっても、今日は中へと入らずに、コーヒーを飲みながら上映時間が終わるのを待った。普段であれば細々とした雑用をこなしているが、もうそんなことをしているような気分でもなかった。雑用は明日に回しても問題ないだろう。 金に輝く瞳が、己を映していた。それだけで、星々の輝きを見詰め続けているような優しい心地になる。大倶利伽羅はこの感情を知らない。ぽっかりと空いた穴を埋めるはずの満点の星空だって、こんな感情を教えてはくれなかった。
己は一体どうしたのだろうか。
あれほどまでに熱意のあった天文学にも身が入らず、男のことばかりを考えていた。名前を知りたい。彼の、宵の明星のような瞳に己を映してほしい。そればかりが頭に浮かんだ。これを恋と呼ぶには少しあどけないような、他愛もない小さな想いだった。 彼が来ない平日の夜、アルバイトに入っていても彼の姿を探してしまう。今週末必ず来ると分かっていながら、彼が来ないかもしれないと不安になることもあった。日曜日になれば、今か今かと彼を待ち、いよいよ彼が現れれば、彼と共にプラネタリウムに入り、彼の顔をじっと見ていた。彼は一度も気付くことなく、満天の星空を眺めていた。 彼の金の瞳を、宵の明星にたとえたが、ゴールデンレコードにも似ているかもしれないと思う。喩えられて��しいものではないかもしれないが、ボイジャー探査機に搭載されたゴールデンレコードのジャケットの色にも似ていると感じた。あれは美しいもので、大倶利伽羅のお気に入りでもある。 地球外知的生命体探査のひとつであり、地球や生命の分化を伝える音や画像が収められているレコードだ。地球外知的生命体が発見し、解読されることを期待して打ち上げられたもので、いつしか、もしかしたら、と期待を背負ったものである。 困難を乗り越えて星の世界へ。その言葉がひとつのメッセージとして収められていた。レコード自体が銅製なのは少しいただけないが、知的生命体がいる、いないにしても夢のある話である。その、美しい黄金のレコードの輝き。それに、似ているなと、思ったのだ。
  「今日もお疲れ様。これ、どうぞ。」
たまの気まぐれで、男は大倶利伽羅にコーヒーを差し入れた。他の客であれば断っていただろうが、男からの差し入れは、どうしてだか断ることができずに受け取ってしまう。
「……どうして、いつもくれるんだ。」
ある日、いつも通り差し入れられたコーヒーを受け取り、敬語も忘れて男に尋ねた。男は大倶利伽羅の言葉を聞いて、ぱしりと瞳を瞬かせた。宵の明星、ゴールデンレコード、大倶利伽羅がそれらに喩えた瞳が黄金に煌めく。
「ええと、理由なんて特にないんだけれど、いつも会うし、ここ気に入ってるから。」
だからここで働く君も気に入ってるんだ。 そう言った男に、何と返して良いか分からず、大倶利伽羅はただ、そうか、とだけ返した。男は特に気にした様子もなく、瞳を和ませてカウンターから離れて行った。 気に入っている、男はそう言った。それが、嬉しくて嬉しくてたまらなくて、感情の発露の仕方が分からずにぐっと胸を押さえた。どうしたら良いのか、本当に分からなかった。 上映時間になって、重い扉を閉めに行ったとき、男と目が合ってしまった。気まずくて目を逸らしたが、男はにこりと笑っていた。ばくばくと心臓が鳴り響いて男へ向ける感情が大きくなっているのを感じた。後ろ手で扉を閉め、男の後ろ姿をじっと見つめたまま、大倶利伽羅は動くことができなかった。よく見ればつむじが二つあるのか、男のぬばたまの黒髪は二か所飛び出ているのが分かって、また息が苦しくなる。 ベテルギウスは、と説明する女性の声などとうに聞き飽きていて、男の声が聴きたいなと、思った。 はっと気が付けば上映時間は終わっていた。男は大倶利伽羅の前を会釈して通り過ぎて行く。その男に声を掛けたくて、けれど、どう声を掛ければ良いのか分からずに、男の背中を見送る。 館内の掃除が終わり、レジの締め作業をして、鍵を閉めて自宅へと帰る。すっかり冷え切った暗い部屋へと足を踏み入れてから、膝から崩れ落ちる。仕事に身も入らず、男のことばかりを考えている。
「すき、なのか……?」
それも分からず、初めての感情に振り回されっぱなしだ。 夕食も買ってくることができなくて、腹が鳴りっぱなしのままベランダへと出た。相も変わらず都会では星は見ることが叶わなくて、霞がかった暗い空を見上げた。月だけが爛々と輝いて、大倶利伽羅を見下ろしている。金色の輝きに、彼を見出して、大倶利伽羅は己の単純な思考に落胆した。もう深いことなど考えられずに、ただ単純にまた彼に会いたいと願う。
次の日の夜、久方振りに天体望遠鏡を手にして外へと出た。己がこんな思考に陥るのも、最近本物の星を見ていないからだと言い聞かせる。 明日のシフトは休みで、特に用事もない。星が有名な地名を頭の中でいくつかピックアップしながら、バイクの上に望遠鏡を固定する。望遠鏡片手に好きな場所へと走り回れるのは、今の内だけかもしれない。 ふと、背後から視線を感じて振り返った。そこには、月をバックにこちらを見ている美しい男がいた。思わず息を飲む。男は、プラネタリウムに毎週来る男だった。近所に住んでいたのか、と驚いていれば、男は蜂蜜色の瞳をとろけさせた。
「君、プラネタリウムの人だよね。」 「あ、ああ。」
そうだと頷くにも、壊れてしまうのではないかと思うほど首が重く、骨を軋ませながら首を縦に振る。
「君、星が好きなんだね。それ、天体望遠鏡でしょ。」 「そうだ。」 「それから見る星は、どんな感じなのかな。」
男の美しい唇からぽんぽんと飛び出す言葉についていけそうもなく、思わず考えることを放棄して、口から出るままに言葉を滑らせる。それは、己でも信じられないような言葉だった。
「一緒に、見に行くか?」
なぜそんことを言ったのか、自分で理解できなかった。ただ口から滑り出てしまって、今更訂正するなんてことはできない。 言ってから、喉がごくりと鳴って、己でも緊張していることが分かった。 一体どうすると言うのだ。この美しい男をバイクに乗せて、星が良く見える場所で何を話せば良いのだ。名前も知らない男を、ただ毎週彼が通い詰めているプラネタリウムでバイトしているだけの己と、接点なんてそれだけしかないのに。
「いいの?」
男は嬉しそうな笑みを浮かべて快諾した。それがまた、信じられなかった。名も知らぬ男の後ろに乗って、知らないところへ行くことを承知するだなんて。 ああ、本当に信じられない。 シートの中に積んであった予備のフルフェイスを渡し、男が被ってしっかりと顎紐まで付けたことを確認し、大倶利伽羅はバイクを走らせた。頭の中でピックアップしたいくつかの場所の中から、比較的近場の丘を選択する。それでも数時間とかかる距離だ。男の体温を背中に感じてどくりと心臓が鳴る。大倶利伽羅は戸惑ったが、男はしっかりと腹に手を回してきた。男のパーソナルスペースの狭さにまた驚いた。 郊外へと進めば、暗い夜道は街頭も少なく、人の気配もしない。人家もまばらになって山道へと入っていく。何度も行っていてすっかり覚えてしまった道を、緊張しながら進んでいく。不意にカーブで、腹に回った男の手に力が入れば、また緊張が高まった。
「着いたぞ。」
目的地に着いたとき、すでに23時を回っていた。男の仕事のことなどすっかり忘れていたが、大丈夫なのだろうか。しかし男がフルフェイスを外し、空を見上げて上げた声に、すっかりそんなことなど忘れてしまう。
「わあ、すごい!満天の星空ってこういうことを言うんだね!」
表情を綻ばせて声を上げた男は、公園の草むらに倒れ込んで星を見上げた。子供のようにはしゃぐ姿に、思わず大倶利伽羅も表情を緩めた。 大倶利伽羅がバイクの後ろに人を乗せたことも、己が天体観測をするときに誰かを連れてきたのも初めてだった。長谷部の車で天体観測に行ったことは何度かあったが、こうして大倶利伽羅が年齢を重ねてから誰かを連れて来たことなどなかった。
「気に入ったか。」 「もちろんだよ。僕、都会育ちだからこういうのは初めてだ。」
都心から少し離れただけで、星空は簡単に男を出迎えた。 大倶利伽羅は男の横に天体望遠鏡を組み立てる。組み立てている大倶利伽羅の横顔を、男はじっと見ていた。
「そういえば、あんた、名前は。」
ついに聞いてしまった。聞いてしまえば、後戻りはできないと思ったが、それでも知りたかった。美しい男の名を。己には彼を呼ぶのに不便だからと言い聞かせて。
「ああ、そういえば教えてなかったね。僕は燭台切光忠。」
変わった名字だと思ったが、己も人のことは言えまい。光忠という名は、ずいぶんと彼に相応しいものに思えた。
「変な名前だと思ったでしょ。」 「そんなことはない。変わっているとは思ったが、俺も人のことは言えないからな。俺は大倶利伽羅廣光という。」
そう伝えれば、男は瞳を瞬かせ、朗らかに笑みを浮かべた。
「格好いい名前だね。」
お前の方が、など言えなかった。名前などどうでも良いと思っていたが、彼がそう言うのならば、そうなんだろうという妙な自信につながる。 名前も知らない男の、名前をついに知ってしまった。不思議と高揚する気持ちに、ついていけそうになかった。星も見ていないのに、気持ちが高ぶっている。 組み立てた天体望遠鏡を、燭台切光忠が覗く。その横顔は、今まで見たどんな星々よりも美しかった。
男のきらきらと輝く瞳が、大倶利伽羅を振り返ったとき、星の光を反射した。その瞬間、理解する。 大倶利伽羅が求めていたものが、これだということを。足りなかったものを埋めた先にあるものを。
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araiso-chidori · 3 years
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hbcblog · 3 years
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セレモニーコーディネート👘
入学事務局 りなっちです🌷
ヘアメイクコース1年生の
『セレモニーコーディネート』の授業に
お邪魔してきました!
この授業では浴衣から振袖まで様々な着物の
着付け方を学びます👘
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お、やってるやってる~👀
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今回は2回目の留袖の着付けだそうですが
みんなめちゃくちゃ上手・・・!?
それもそのはず、留袖の着付けを習う前に
小紋の着付けをマスターしているので、
着物の着付けはとってもスムーズです✨
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今回の帯は、帯の中でも最も格式高い袋帯、
黒留袖の場合は二重太鼓で結ぶのがルールです☝
留袖は既婚女性が結婚式などの
お祝いの場で着用する格式高いお着物です!
日本女性として美しい着こなしを
身につけておきたいものですね~🌹
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ekakinoyasu-kyoto · 3 years
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龍の帯描き上げました。 振袖用の袋帯の龍。 重ね塗りなんで 時間掛かりましたが、 良い感じに仕上がりました。 写真は僕のデザインした半巾帯。 西陣織。 良く売れましたが 今は生産して無いんです。 明日からは次のステップの 作品作りに入ります。 #京都 #そうだ京都行こう #kyoto #ギャラリー #gallery #art #着物 #呉服 #龍 #地蔵 #絵 #癒し #絵描きのやす #工房 #芸能人 #パフォーマー #パワースポット #開運 #japan #似顔絵 #イベント #パフォーマー #旅 #観光 #野球 #芸能 #教室 #西陣織 https://www.instagram.com/p/CLWnWNZgxPS/?igshid=1mdp9z8rfpuwb
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buriedbornes · 6 years
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第15話「暗夜のレクイエム(3) - “お前は誰だ?”」 - Short story “Requiem in the dark night chapter 3 - Who the hell are you?”
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世界の終焉が迫る時代においても、土葬の風習が途切れる事はなかった。
屍者をそのまま土中に埋めてしまっても、呪いの餌食になるだけであったため、どの墓にも封印が施されている。
ただ、この封印も、あるいは外部の者によって取り払われてしまえば意味をなさないものであった。
そこまでのリスクを背負いながらも土葬に固執したのは、決して教義を遵守したわけではない。
生存者達にとって、屍者の姿とは、遠くない未来の自分自身の姿であった。
自分達が屍者を放逐したり、火葬して灰に帰すことは、未来の自分がそうなる事を意味していた。
安らかに眠る未来を望むが故に、自分自身がそうありたいと願う屍者の弔い方を、先に死んだ者達に施していたのだった。
葬送は未来の自分のための行いであり、絶望の時代に、人々が残された希望を様々な形で模索していたそのひとつの形式であったと見られる。
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荒涼とした平原の隅、岩陰に隠されるように、標識もなく、ひっそりと佇む墓石が備えられている。
何も知らぬ者が通りがかりに目にしても、それが墓である事を認識できる可能性は低い。
知識のある人間が注意深く観察すれば、その隅々に、砂で覆い隠された封印のための陣や置き石を見つけられるだろう。
屍者達は生者や呪いを受ける前の屍体を探し回っているが、このような手段で"無傷の"亡骸は隠され続けている。
「この墓だ、荒らされたのは」
葬儀屋が忌々しそうに砂の下に敷かれていた布を引き抜き、墓石の傍らの地面にぽっかりと空いた大穴が姿を見せる。
「他の墓は無事だったのか?」
「あぁ。この墓は、村一番の猟師が埋められていたんだが…」
イクスは墓穴を覗き込み、穴の底に残された副葬品を眺めた。
「強い屍体だけが目当て、どう考えても屍術師の仕業ね」
周囲に警戒しながら、ヤンネが補足した。
「本当にアクェロンが関わっていると思うのか?」
イクスは訝しげに振り返る。
「この地域では、他の屍術師や屍体の目撃情報はないし、尖塔絡みの可能性は高いわ」
ヤンネは自信満々で答えた。
平原の先、山間から尖塔がその頂点を覗かせている。
尖塔には"入り口"がない。
それは完全に閉じた石造りの円錐であり、またその周辺には場違いなほどに危険な魔物が跋扈している。
塔を外部から無理矢理破壊するという手もあるが、付近で徘徊している呪われた屍者達が、破壊行動に伴う音や光に反応しないわけがない。
ヤンネは、懐から何かの袋と、紙の束を取り出した。
「あんまり、目立つ事はしないでくださいよ」
葬儀屋は、すぐにでもこの場を去りたいといった気持ちが隠せない様子だ。
「大丈夫、この術ならね」
そう言うと、墓石の側に屈み、袋に入れられていた粉状のものを墓穴の周囲に振りまき始めた。
「まどろっこしいな…」
「餅は餅屋よ、特に人探しに関しては、ね」
袋が空になった後、ヤンネはさらに呪符らしきものを墓穴の周囲に張り巡らせていく。
「終わったら、ちゃんと片付けますから」
苛立つ葬儀屋の機嫌を伺いながら、術の準備を整える。
「さて…」
呪符の準備が整い、ヤンネは墓石の前に座り込み、目を閉じて、呪文を詠唱し始めた。
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同じ頃、尖塔を挟んだ向かいの方角に位置する小集落では、エトヴィンが他の情報屋と向かい合って、酒場の席についていた。
「コイツはもう、大体の奴が洗ってて、何も出なかったらしいが…」
「いいんだ、ありがとう」
金貨の擦れる音のする袋を情報屋に手渡し、エトヴィンは代わりに"情報"が記されたメモを受け取った。
エーリカと呼ばれる女性が、ここからほど近い都市跡の貧民街で暮らしている。
彼女はアクェロンの実姉だ。
かつてアクェロンと共に暮らしていた、両親亡き家庭で、アクェロンの奇行の後始末のために奔走していたことなどは、既に知られていた事実だった。
アクェロンを探す者の多くが彼女の存在に行き当たり、当然彼女に対して質問や、場合によっては拷問に近い事も行ってきていた。
しかし、とある術者が深層心理を探る術を彼女に対して使用した結果、「アクェロンの現在の状況については、本当に何も知らない」という事がわかってから、彼女を訪ねる者はいなくなった。
しかしそれはあくまで、「アクェロンの事について」だけの情報だろう。
エトヴィンには、切り札があった。
"イクス"の存在も、これまで収集した情報から、裏は取れていた。
4人姉弟の末弟で、屍者の軍勢の出現を前後して、その行方は知れず、とまで聞き伝えられていた。
イクスがアクェロンを探している事を、エーリカは把握しているのか?
きっと、していないから、何の情報も得られなかったのだろう。
イクスの所在にたどり着いた者は、誰もいなかった。
失踪したイクスの存在を、アクェロンの所在とつなげて考えうる者は、誰もいなかった。
これまでは。
イクスの名を出す事で誰も得られなかったアクェロンの情報をエーリカから引き出せるという、情報屋としての勘がエトヴィンには働いていた。
「アクェロン関係を追ってるならやめとけ、死ぬぞ」
情報屋は金貨の枚数を手早く数えると、小声で忠告してきた。
「そうしたいところなんだがね、うちの姐御が熱上げてる客だから、そうもいかんのさ」
ヘラヘラと笑いながら、忠告を一蹴する。
しかし、そのことをエトヴィンは十二分に思い知っていた。
イクスはまともではない。
あの強さは、人間の限界を軽く超えている。
そして、相対する髑髏面の男が、尖塔と深く関わりのある人物である事にも疑いはない。
イクスは、何かを隠している。
あるいは、我々が、何かを見落としている。
ヤンネは、家族の仇に急接近し、冷静さを欠いている。
このまま無鉄砲にイクスと道を共にすれば、彼女は取り返しのつかない状況に置かれ、命の保証はないだろう。
彼にとってそれは耐え難い事であったが、彼女を止める事もまた彼にはできないとわかっていた。
だからこそ、イクスが何者であり、アクェロンとはどういう関係なのか、誰を信頼すべきなのか、進むべきか退くべきか、見極める必要があると考えた。
エトヴィンはエトヴィンなりに、違う方向からこの事件の真相を追っていた。
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術の詠唱を終えると、閉じていたヤンネの瞼が開かれたが、その瞳は顕になっていない。
全身が小刻みに揺れ、やがて辺りに撒いた灰白の粉が風もないのに宙を舞い始めた。
粉はまるで透明なキャンバスに白いチョークで描いたような軌跡を描いて、宙空に動きのある白い映像を映し出しはじめる。
それは次第に、墓石に仕掛けられた封印を丁寧に払い除け、何かを唱え、墓穴の中に眠る狩人を使役し這い出させた者の姿を描き始めた。
「アクェロン…!!」
イクスの顔が、憎しみに歪む。
この墓穴を暴いた者が、他でもないアクェロンであった事が、これで確認できた。
やがて、猟師の屍を従えたアクェロンは、そのまま墓所を跡にした。
そこで映像は糸を抜かれた操り人形のように崩れ去り、元の粉へと戻った。
それと同時に、ヤンネが大きく息を吐き、立ち上がった。
滝のように流れている汗が、術者への負担を物語っている。
「ビンゴ、コイツがアクェロンね」
息こそ絶え絶えだが、ヤンネの眼光が鋭く光る。
「そうだ。間違いない…」
突然、空気を裂くような悲鳴が響き、同時に倒れ込むような音が鳴る。
2人が振り返ると、肉のただれた亡者達が離れた墓石の辺りに群がり、何かの肉を我先にと奪い合うように貪っている。
亡者達の隙間から、葬儀屋だったらしき肉片が垣間見えた。
「どこから沸いた?墓からじゃあ、ないな…」
イクスが剣を構える。
ヤンネも、慌ててイクスの側まで寄った。
亡者達は葬儀屋を一通り食い散らかすと、イクス達に向かって這いずり始める。
「いい加減にしやがれッ!!」
怒りに任せて、イクスが剣を振り上げる。
短い詠唱が続き、刀身が電撃を帯び、エネルギーの奔流が刃先から迸る。
振り下ろされた剣は爆風と共に電撃を地面に放ち、イクスの前方に向けて走り抜けていく。
葬儀屋の肉片もろとも、群がってきた亡者達はたちまちボロ雑巾のように散り散りに弾け飛び、墓石だけがその場に取り残された。
「出てこい、下衆野郎」
その言葉に呼応するように、空間の裂け目から髑髏面の男が姿を現し、亡者達がいた場所に降り立った。
「やはり、ただの屍体では、相手にならないな」
髑髏面の男は独り言のようにブツブツと呟いている。
「アクェロンはどこだ?一緒じゃないのか?」
その言葉に、髑髏面は言葉を止める。
少し間を開けて、口を開く。
「…アクェロンは、塔の中だ。ここに来る事は、ありえない」
髑髏面は、言葉を慎重に選びながら、応える。
「お前は誰だ?アクェロンと一緒に、何を企んでいる」
イクスが、再び剣を構える。
しかし髑髏面はその構えには応えず、何かを思案するかのように宙空を眺め、やがてもったいぶったように語り始めた。
「お前は既に、全てを知っているはずだ」
「なに?」
「お前にその気があるなら、塔まで来い。真実を教えてやる」
そう言うと、再び髑髏面の男の姿が空間に溶け、やがていなくなった。
辺りには静寂が戻った。
四散した肉片があちこちに飛び散ったままだが、それを処分しようとする者はここにはいない。
イクスは剣を降ろすとすぐに駆け出そうとしたが、ヤンネがその前に立ちはだかった事で、足を止めた。
「イクス… 私を連れていって。アクェロンを殺すのなら、私にも協力させて」
ヤンネは拳を強く握りしめ、全身が震えている。
「構わないが、お前が死ぬかもしれんぞ」
彼女は部外者だ。
髑髏面の男も、彼女の事など、"まだ死んでない屍体"程度にしか思っているまい。
だが、ヤンネはその眼差しをそらさず、毅然と言い放った。
「死ぬ覚悟もなしに、情報屋なんて務まらないわ。それに…」
ヤンネは笑った。
「あなたがいれば、勝てるわ」
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「あなたも、アクェロンを探しに来たのですか?」
表情には見せずとも、言葉の端々に冷淡さが表れていた。
深い溜め息をついて、エーリカは貧民街の隅に敷かれた薄汚れた新聞紙の上に腰を下ろした。
エトヴィンは、瓦礫にもたれたまま返事をしない。
情報屋の言う通り、彼女は数知れぬ訪問者を相手にし続けてきたのだろう。
外套の袖から覗く細い手にはあるべき数の指が見られず、目鼻立ちは端正な顔立ちだが、消えない火傷の跡がそれらを覆っている。
アクェロンという災いの火元で生を受けたがために、何故これほどの仕打ちを受けねばならなかったのか。
彼女は、生きる事に疲弊し、かと言って死ぬ事を選ぶ力も失った、『死なないようにしている』だけの、ある意味では"生きる屍"と言える様子だった。
たとえ今死んだところで、状況がどれだけ変わろうか。
死んだ先に待つものもまた、今と比べられないほどの地獄だ。
「帰ってください…」
一息に言い切れず、言葉が途切れる。
「アクェロンの事は、もう忘れたいんです…」
うなだれたまま、彼女はそう呟いた。
見慣れた、痛ましい光景。
人探しという仕事は、決して幸福な結末ばかりではない。
彼女のように全てを諦めた人々を、何人も見てきた。
あのヤンネでさえ、はじめはそうだったのだ。
だが、人は、たった一欠片であっても、希望があれば、"生きて"いける。
エトヴィンは、それを知っていた。
「イクスがアクェロンを探している」
息を呑む音が聞こえた。
「嘘…!?」
幽霊を見たような顔で、エトヴィンを見上げる。
「嘘じゃあないです、彼から直接、依頼を受けました。今、私の仲間と奴を追っています」
もったいぶったように、明後日の方角に顔を向け、言葉を続ける。
読みが当たった、その笑みを隠すために。
「弟さんでしょう。苦労をかけた、と。謝りたい、と」
これは、嘘だ。
だが、必要な嘘だ。
あと一押しだと、直感が告げる。
「ありえないわ、絶対に」
エーリカの体が、わなわなと震える。
目は、怒りに血走っている。
「そうは言われましても、実際に我々の前に現れたのですから…」
「ありえないわ!!!イクスは死んだのよ、私の目の前で!」
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~つづく~
暗夜のレクイエム(4) ”ひとつの答え”
「ショートストーリー」は、Buriedbornesの本編で語られる事のない物語を補完するためのゲーム外コンテンツです。「ショートストーリー」で、よりBuriedbornesの世界を楽しんでいただけましたら幸いです。
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kurihara-yumeko · 3 years
Text
【小説】フラミンゴガール
 ミンゴスの右脚は太腿の途中から金属製で、そのメタリックなピンク色の輝きは、無機質な冷たさを宿しながらも生肉のようにグロテスクだった。
 彼女は生まれつき片脚がないんだとか、子供の頃に交通事故で失くしたのだとか、ハンバーガーショップでバイト中にチキンナゲット製造機に巻き込まれたのだとか、酒を飲んでは暴力を振るう父親が、ある晩ついに肉切り包丁を振り上げたからなのだとか、その右脚についてはさまざまな噂や憶測があったけれど、真実を知る者は誰もいなかった。
 ただひとつ確かなことは、この街に巣くう誰もが、彼女に初めて出会った時、彼女はすでに彼女であった――ミンゴスは最初から金属の右脚をまとって、我々の前に現れたということだ。
 生身である左脚が描く曲線とはまるで違う、ただの棒きれのようなその右脚は、しかし決して貧相には見えず、夜明け前の路地裏を闊歩する足取りは力強かった。
 脚の代わりでありながら、脚に擬態することをまったく放棄しているその義足は、白昼の大通りでは悪目立ちしてばかりいた。すれ違う人々は避けるように大きく迂回をするか、性質が悪い連中はわざとぶつかって来るかであったが、ミンゴスがそれにひるんだところを、少なくとも俺は見たことがない。
 彼女は往来でどんな目に遭おうが、いつだって澄ました表情をしていた。道の反対側から小石を投げてきた小学生には、にっこりと笑って涼しげに手を振っていた。
 彼女は強かった。義足同様に、心までも半分は金属でできているんじゃないかと、誰かが笑った。
 夏でも冬でも甚平を着ている坊主崩れのフジマサは、ミンゴスはその芯の強さゆえに、神様がバランスをとる目的で脚を一本取り上げたのだ、というのが自論だった。
「ただ、神様というのはどうも手ぬるいことをなさる。どうせしてしまうのならば、両脚とももいでしまえばよかったものを」
 そう言いながら赤提灯の下、チェ・レッドを吸うフジマサの隣で、ミンゴスはケラケラと笑い声を零しながら、「なにそれ、チョーウケる」と言って、片膝を立てたまま、すっかりぬるくなったビールをあおった。
 彼女は座る時、生身である左脚の片膝を立てるのが癖だった。まるで抱かれているように、彼女の両腕の中に収まっている左脚を見ていると、奇抜な義足の右脚よりも、彼女にとって大切なのはその左脚のような気がした。それも当然のことなのかもしれなかった。
 彼女も、彼女を取り巻いていた我々も、彼女が片脚しかないということを気にしていなかった。最初こそは誰しもが驚くものの、時が経てばそれは、サビの舌の先端がふたつに裂けていることや、ヤクザ上がりのキクスイの左手の指が足りていないこと、リリコの前歯がシンナーに溶けて半分もないこと、レンゲが真夏であっても長袖を着ていることなんかと同じように、ありふれた日常として受け入れられ、受け流されていくのだった。
「確かにさぁ、よく考えたら、ミンゴスってショーガイシャな訳じゃん?」
 トリカワが、今日も焼き鳥の皮ばかりを注文したのを頬張ってそう言った。発音はほとんど「超外車」に近かった。
「ショーガイシャ?」
 訊き返したミンゴスの発音は、限りなく「SHOW会社」だ。
「あたし障害者なの?」
「身体障害者とか、あるじゃん。電車で優先席座れるやつ」
「あー」
「えー、ミンゴスは障害者じゃないよ。だって、いっつも電車でおばあちゃんに席譲るじゃん」
 キュウリの漬物を咥えたまま、リリコが言った。
「確かに」
「ミンゴスはババアには必ず席譲るよな、ジジイはシカトするのに」
「あたし、おばあちゃんっ子だったからさー」
「年寄りを男女差別すんのやめろよ」
「愚か者ども、少しはご老人を敬いなさいよ」
 フジマサが呆れたように口を挟んで、大きな欠伸をひとつした。
「おばあちゃん、元気にしてんのかなー」
 まるで独り言のように、ミンゴスはそう小さくつぶやいて、つられたように欠伸をする。
 思えばそれが、彼女が家族について口にしたのを耳にした、最初で最後だった。
 俺たちは、誰もろくに自分の家族について語ろうとしなかった。自分自身についてでさえ、訊かれなければ口にすることもなく、訊かれたところで、曖昧に笑って誤魔化してばかりいた。
 それでも毎日のように顔を突き合わせ、特に理由もなく集まって酒を飲み、共に飯を食い、意味のない会話を繰り返した。
 俺たちは何者でもなかった。何かを共に成し遂げる仲間でもなく、徒党を組んでいたというにはあまりにも希薄な関係で、友人同士だと言うにはただ他人行儀だった。
 振り返ってみれば、俺がミンゴスや周りの連中と共に過ごした期間はほんの短い間に過ぎず、だから彼女のこと誰かに尋ねられる度、どう口にすればいいのかいつも悩んで、彼女との些細な思い出ばかりを想起してしまう。
    ミンゴスは砂糖で水増ししたような甘くて怪しい錠剤を、イチゴ柄のタブレットケースに入れて持ち歩いていた。
 彼女に初めて出会った夜のことは、今でも忘れられない。
 俺は掃き溜めのようなこの街の、一日じゅう光が射さない裏路地で、吐瀉物まみれになって倒れていた。一体いつからうつ伏せになっているのか、重たい頭はひどく痛んで、思い出すのも困難だった。何度か、通りすがりの酔っ払いが俺の身体に躓いて転んだ。そのうちのひとりが悪態をつき、唾をかけ、脇腹を蹴り上げてきたので、もう何も嘔吐できるものなどないのに、胃がひっくり返りそうになった。
 路地裏には俺のえづいている声だけが響き、それさえもやっと収まって静寂が戻った時、数人の楽しげな話し声が近付いて来るのに気が付いた。
 今思えば、あの時先頭を切ってはしゃぎながら駆けて来たのはリリコで、その妙なハイテンションは間違いなく、なんらかの化学作用が及ぼした結果に違いなかった。
「こらこら、走ると転ぶぞ」
 と、忠告するフジマサも足元がおぼつかない様子で、普段は一言も発しないレンゲでさえも、右に左にふらふらと身体を揺らしながら、何かぶつぶつとつぶやいていた。サビはにやにやと笑いながら、ラムネ菓子を噛み砕いているかのような音を口から立てて歩いていて、その後ろを、煙管を咥えて行くのがトリカワだった。そんな連中をまるで保護者のように見守りながら行くのがキクスイであったが、彼はどういう訳か額からたらたらと鮮血を流している有り様だった。
 奇妙な連中は路地裏に転がる俺のことなど気にも留めず、よろけたフジマサが俺の左手を踏みつけたがまるで気付いた様子もなく、ただ、トリカワが煙管の灰を俺の頭の上めがけて振るい落としたことだけが、作為的に感じられた。
 さっきの酔っ払いに蹴り飛ばされてすっかり戦意喪失していた俺は、文句を言う気もなければ連中を睨み返してやる気力もなく、ただ道に横たわっていた。このまま小石にでもなれればいいのに、とさえ思った。
「ねーえ、そこで何してんの?」
 そんな俺に声をかけたのが、最後尾を歩いていたミンゴスだった。すぐ側にしゃがみ込んできて、その長い髪が俺の頬にまで垂れてくすぐったかった。
 ネコ科の動物を思わせるような大きな吊り目が俺を見ていた。俺も彼女を見ていた。彼女は美しかった。今まで嗅いだことのない、不可思議な香水のにおいがした。その香りは、どこの店の女たちとも違った。俺は突然のことに圧倒された。
 彼女は何も答えない俺に小首を傾げ、それからおもむろにコートのポケットに手を突っ込むと、そこから何かを取り出した。
「これ舐める? チョー���味しいよ」
 彼女の爪は長方形でピンク色に塗られており、そこに金色の薔薇の飾りがいくつもくっついていた。小さな花が無数に咲いた指先が摘まんでいたのはタブレットケースで、それはコンビニで売られている清涼菓子のパッケージだった。彼女はイチゴ柄のケースから自分の手のひらに錠剤を三つほど転がすと、その手を俺の口元へと差し出した。
「おいミンゴス、そんな陰気臭いやつにやるのか?」
 先を歩いていたサビが振り返って、怪訝そうな声でそう言った。
「それ、結構高いんだぜ」
「いーじゃん別に。あたしの分をどうしようと勝手じゃん」
 彼女が振り向きもせずにそう言うと、サビは肩をすくめて踵を返した。連中はふらふらと歩き続け、どんどん遠ざかって行くが、彼女がそれを気にしている様子はなかった。
「ほら、舐めなよ」
 差し出された彼女の手のひらに、俺は舌を突き出した。舌先ですくめとり、錠剤を口に含む。それは清涼菓子ではなかった。これはなんだ。
「ウケる、動物みたいじゃん」
 からになった手を引っ込めながら、彼女は檻の中の猛獣に餌をあげた子供みたいに笑っていた。
 口の中の錠剤は、溶けるとぬるい甘みがある。粉っぽい味は子供の頃に飲まされた薬を思わせ、しかし隠し切れないその苦味には覚えがあった。ああ、やはりそうか。落胆と安堵が入り混じったような感情が胃袋を絞め上げ、吐き出すか悩んで、しかし飲み込む。
「ほんとに食べてんだけど」
 と、彼女はケラケラ笑った。その笑い声に、冗談だったのか、口にふくまないという選択肢が最良だったのだと思い知らされる。
 それでも、目の前で楽しそうに笑っている彼女を見ていると、そんなことはどうでもよくなってくる。こんな風に誰かが喜んでいる様子を見るのは、いつ以来だろうか。笑われてもいい、蔑まれても構わない。それは確かに俺の存在証明で、みじめさばかりが増長される、しがない自己愛でしかなかった。
 からかわれたのだと気付いた時には彼女は立ち上がっていて、俺を路地裏に残したまま、小さく手を振った。
「あたしミンゴス。またどっかで会お。バイバーイ」
 そう言って歩き始めた彼女の、だんだん小さく、霞んでいく後ろ姿を見つめて、俺はようやく、彼女の右脚が金属製であることに気が付いたのだった。
 人体の一部の代用としては不自然なまでに直線的で、機械的なシルエットをしたその奇妙な脚に興味が湧いたが、泥のように重たい俺の四肢は起き上がることを頑なに拒み、声を発する勇気の欠片も砕けきった後であった。飲み込んだ錠剤がその効用をみるみる発揮してきて、俺はその夜、虹色をした海に飲み込まれ、波の槍で身体を何度も何度も貫かれる幻覚にうなされながら眠りに落ちた。
 その後、ミンゴスと名乗った彼女がこの街では有名人なのだと知るまでに、そんなに時間はかからなかった。
「片脚が義足の、全身ピンク色した娘だろ。あいつなら、よく高架下で飲んでるよ」
 そう教えてくれたのは、ジャバラだった。ピアス屋を営んでいる彼は、身体のあちこちにピアスをあけていて、顔さえもピアスの見本市みたいだ。薄暗い路地裏では彼のスキンヘッドの白さはぼんやりと浮かび上がり、そこに彫り込まれた大蛇の刺青が俺を睨んでいた。
「高架下?」
「あそこ、焼き鳥屋の屋台が来るんだよ。簡単なつまみと、酒も出してる」
「へぇ、知らなかった」
 そんな場所で商売をして儲かるんだろうか。そんなこと思いながら、ポケットを探る。ひしゃげた箱から煙草が一本出てくる。最後の一本だった。
「それにしても……お前、ひどい顔だな、その痣」
 煙草に火を点けていると、ジャバラは俺の顔をしみじみと見て言った。
「……ジャバラさんみたいに顔にピアスあけてたら、大怪我になってたかもね」
「間違いないぞ」
 彼はおかしそうに笑っている。
 顔の痣は触れるとまだ鈍く痛む。最悪だ。子供の頃から暴力には慣れっこだったが、痛みに強くなることはなかった。無抵抗のまま、相手の感情が萎えるのを待つ方が早いだとか、倒れる時の上手な受け身の取り方だとか、暴力を受けることばかりが得意になった。痛い思いをしないで済むなら、それが最良に決まっている。しかしどうも、そうはいかない。
「もう、ヤクの売人からは足を洗ったんじゃないのか?」
「……その仕事はもう辞めた」
「なのに、まだそんなツラ晒してんのか。堅気への道のりは険しいな」
 掠れて聞き取りづらいジャバラの声は、からかっているような口調だった。思わず俺も、自嘲気味に笑う。
 学んだのは、手を汚すのをやめたところで、手についた汚れまで綺麗さっぱりなくなる訳ではない、ということだった。踏み込んでしまったら二度と戻れない底なし沼に、片脚を突っ込んでしまった、そんな気分だ。今ならまだ引き返せると踏んだが、それでも失った代償は大きく、今でもこうしてその制裁を受けている現状を鑑みれば、見通しが甘かったと言う他ない。
「手足があるだけ、まだマシかな……」
 俺がそう言うと、ジャバラはただ黙って肩をすくめただけだった。それが少なからず同意を表していることを知っていた。
 五体満足でいられるだけ、まだマシだ。特に、薄汚れた灰色で塗り潰された、部屋の隅に沈殿した埃みたいなこの街では。人間をゴミ屑のようにしか思えない、ゴミ屑みたいな人間ばかりのこの街では、ゴミ屑みたいに人が死ぬ。なんの力も後ろ盾も、寄る辺さえないままにこの街で生活を始めて、こうしてなんとか煙を吸ったり吐いたりできているうちは、まだ上出来の部類だ。
「せいぜい、生き延びられるように頑張るんだな」
 半笑いのような声でそう言い残して、ジャバラは大通りへと出て行った。その後ろ姿を見送りながら、身体じゅうにニコチンが浸透していくのを脳味噌で感じる。
 俺はミンゴスのことを考えていた。
 右脚が義足の、ピンク色した天使みたいな彼女は、何者だったのだろう。これまでどんな人生を送り、その片脚をどんな経緯で失くしたのだろう。一体、その脚でなんの代償を支払ったのか。
 もう一度、彼女に会ってみたい。吸い終えた煙草の火を靴底に擦りつけている時には、そう考えていた。それは彼女の片脚が義足であることとは関係なく、ただあの夜に、道端の石ころ同然の存在として路地裏に転がっているしかなかったあの夜に、わざわざ声をかけてくれた彼女をまた一目見たかった、それだけの理由だった。
 教えてもらった高架下へ向かうと、そこには焼き鳥屋の移動式屋台が赤提灯をぶら下げていて、そして本当に、そこで彼女は飲んでいた。周りには数人が同じように腰を降ろして酒を飲んでいて、それはあの夜に彼女と同じように闊歩していたあの奇妙な連中だった。
 最初に俺に気付いたのは、あの時、煙管の灰をわざと振り落としてきたトリカワで、彼はモヒカンヘアーが乱れるのも気にもせず、頭を掻きながら露骨に嫌そうな顔をした。
「あんた、あの時の…………」
 トリカワはそう言って、決まり悪そうに焼き鳥の皮を頬張ったが、他の連中はきょとんとした表情をするだけだった。他は誰も、俺のことなど覚えていなかった。それどころか、あの夜、路地裏に人間が倒れていたことさえ、気付いていないのだった。それもそのはずで、あの晩は皆揃って錠剤の化学作用にすっかりやられてしまっていて、どこを通ってどうやってねぐらまで帰ったのかさえ定かではないのだと、あの夜俺の手を踏んづけたフジマサが飄々としてそう言った。
 ミンゴスも、俺のことなど覚えていなかった。
「なにそれ、チョーウケる」
 と、笑いながら俺の話を聞いていた。
「そうだ、思い出した。あんた、ヤクをそいつにあげてたんだよ」
 サビにそう指摘されても、ミンゴスは大きな瞳をさらに真ん丸にするだけだった。
「え、マジ?」
「マジマジ。野良猫に餌やってるみたいに、ヤクあげてたよ」
「ミンゴス、猫好きだもんねー」
 どこか的外れな調子でそう言ったリリコは、またしても妙なハイテンションで、すでに酔っているのか、何か回っているとしか思えない目付きをしている。
「ってか、ふたりともよく覚えてるよね」
「トリカワは、ほら、あんまヤクやんないじゃん。ビビリだから」
「チキンだからね」
「おい、チキンって言うな」
「サビは、ほら、やりすぎて、あんま効かない的な」
「この中でいちばんのジャンキーだもんね」
「ジャンキーっつうか、ジャンク?」
「サビだけに?」
「お、上手い」
 終始無言のレンゲが軽い拍手をした。
「え、どういうこと?」
「それで、お前、」
 大きな音を立てて、キクスイがビールのジョッキをテーブルに置いた。ジョッキを持っていた左手は、薬指と小指が欠損していた。
「ここに何しに来た?」
 その声には敵意が含まれていた。その一言で、他の連中も一瞬で目の色を変える。巣穴に自ら飛び込んできた獲物を見るような目で、射抜かれるように見つめられる。
 トリカワはさりげなく焼き鳥の串を持ち変え、サビはカップ酒を置いて右手を空ける。フジマサは、そこに拳銃でも隠しているのか、片手を甚平の懐へと忍ばせている。ミンゴスはその脚ゆえか、誰よりも早く椅子から腰を半分浮かし、反対に、レンゲはテーブルに頬杖を突いて半身を低くする。ただリリコだけは能天気に、半分溶けてなくなった前歯を見せて、豪快に笑う。
「ねぇ皆、違うよ、この子はミンゴスに会いに来たんだよ」
 再びきょとんとした顔をして、ミンゴスが訊き返す。
「あたしに?」
「そうだよ」
 大きく頷いてから、リリコは俺に向き直り、どこか焦点の定まらない虚ろな瞳で、しかし幸福そうににっこりと笑って、
「ね? そうなんだよね? ミンゴスに、会いたかったんでしょ」
 と、言った。
「あー、またあのヤクが欲しいってこと? でもあたし、今持ち合わせがないんだよね」
「もー、ミンゴスの馬鹿!」
 突然、リリコがミンゴスを平手打ちにした。その威力で、ミンゴスは座っていた椅子ごと倒れる。金属製の義足が派手な音を立て、トリカワが慌てて立ち上がって椅子から落ちた彼女を抱えて起こした。
「そーゆーことじゃなくて!」
 そう言うリリコは悪びれた様子もなく、まるでミンゴスが倒れたことなど気付いてもいないようだったが、ミンゴスも何もなかったかのようにけろりとして椅子に座り直した。
「この子はミンゴスラブなんだよ。ラブ。愛だよ、愛」
「あー、そーゆー」
「そうそう、そーゆー」
 一同はそれで納得したのか、警戒態勢を解いた。キクスイだけは用心深く、「……本当に、そうなのか?」と尋ねてきたが、ここで「違う」と答えるほど、俺も間抜けではない。また会いたいと思ってここまで来たのも真実だ。俺が小さく頷いてみせると、サビが再びカップ酒を手に取り、
「じゃー、そーゆーことで、こいつのミンゴスへのラブに、」
「ラブに」
「愛に」
「乾杯!」
 がちゃんと連中の手元にあったジョッキやらグラスやらがぶつかって、
「おいおい愚か者ども、当の本人が何も飲んでないだろうよ」
 フジマサがやれやれと首を横に振りながら、空いていたお猪口にすっかりぬるくなっていた熱燗を注いで俺に差し出し、
「歓迎しよう、見知らぬ愚か者よ。貴殿に、神のご加護があらんことを」
「おめーは仏にすがれ、この坊主崩れが」
 トリカワがそう毒づきながら、焼き鳥の皮をひと串、俺に手渡して、
「マジでウケるね」
 ミンゴスが笑って、そうして俺は、彼らの末席に加わったのだ。
    ミンゴスはピンク色のウェーブがかった髪を腰まで伸ばしていて、そして背中一面に、同じ色をした翼の刺青が彫られていた。
 本当に羽毛が生えているんじゃないかと思うほど精緻に彫り込まれたその刺青に、俺は幾度となく手を伸ばし、そして指先が撫でた皮膚が吸いつくように滑らかであることに、いつも少なからず驚かされた。
 腰の辺りが性感帯なのか、俺がそうする度に彼女は息を詰めたような声を出して身体を震わせ、それが俺のちっぽけな嗜虐心を刺激するには充分だった。彼女が快楽の海で溺れるように喘ぐ姿はただただ扇情的で、そしていつも、彼女を抱いた後、子供のような寝顔で眠るその横顔を見ては後悔した。
 安いだけが取り柄のホテルの狭い一室で、シャワーを浴びる前に外されたミンゴスの右脚は、脱ぎ捨てられたブーツのように絨毯の上に転がっていた。義足を身に着けていない時のミンゴスは、人目を気にも留めず街を闊歩している姿とは違って、弱々しく薄汚い、惨めな女のように見えた。
 太腿の途中から失われている彼女の右脚は、傷跡も目立たず、奇妙な丸みを帯びていて、手のひらで撫で回している時になんとも不可思議な感情になった。義足姿は見慣れていて、改めて気に留めることもないのだが、義足をしていないありのままのその右脚は、直視していいものか悩み、しかし、いつの間にか目で追ってしまう。
 ベッドの上に膝立ちしようにも、できずにぷらんと浮いているしかないその右脚は、ただ非力で無様に見えた。ミンゴスが義足を外したところは、彼女を抱いた男しか見ることができないというのが当時囁かれていた噂であったが、俺は初めて彼女を抱いた夜、何かが粉々に砕け散ったような、「なんだ、こんなもんか」という喪失感だけを得た。
 ミンゴスは誰とでも寝る女だった。フジマサも、キクスイも、サビもトリカワも、連中は皆、一度は彼女を抱いたことがあり、それは彼らの口から言わせるならば、一度どころか、もう飽き飽きするほど抱いていて、だから近頃はご無沙汰なのだそうだった。
 彼らが彼女の義足を外した姿を見て、一体どんな感情を抱いたのかが気になった。その奇妙な脚を見て、背中の翼の刺青を見て、ピアスのあいた乳首を見て、彼らは欲情したのだろうか。強くしたたかに生きているように見えた彼女が、こんなにもひ弱そうなただの女に成り下がった姿を見て、落胆しなかったのだろうか。しかし、連中の間では、ミンゴスを抱いた話や、お互いの性癖については口にしないというのが暗黙の了解なのだった。
「あんたは、アレに惚れてんのかい」
 いつだったか、偶然ふたりきりになった時、フジマサがチェ・レッドに火を点けながら、俺にそう尋ねてきたことがあった。
「アレは、空っぽな女だ。あんた、あいつの義足を覗いたかい。ぽっかり穴が空いてたろう。あれと同じだ。つまらん、下種の女だよ」
 フジマサは煙をふかしながら、吐き捨てるようにそう言った。俺はその時、彼に何も言い返さなかった。まったくもって、この坊主崩れの言うことが真であるように思えた。
 ミンゴスは決して無口ではなかったが、自分から口を開くことはあまりなく、他の連中と同様に、自身のことを語ることはなかった。話題が面白かろうが面白くなかろうが、相槌はたいてい「チョーウケる」でしかなく、話し上手でも聞き上手でもなかった。
 風俗店で働いている日があるというリリコとは違って、ミンゴスが何をして生計を立てているのかはよくわからず、そのくせ、身に着けているものや持ちものはブランドもののまっピンクなものばかりだった。連中はときおり、ヤクの転売めいた仕事に片脚を突っ込んで日銭を稼いでいたが、そういった時もミンゴスは別段やる気も見せず、それでも生活に困らないのは、貢いでくれる男が数人いるからだろう、という噂だけがあった。
 もともと田舎の大金持ちの娘なんだとか、事故で片脚を失って以来毎月、多額の慰謝料をもらい続けているんだとか、彼女にはそんな具合で嘘か真実かわからない噂ばかりで、そもそもその片脚を失くした理由さえ、本当のところは誰も知らない。訊いたところではぐらかされるか、訊く度に答えが変わっていて、連中も今さら改まって尋ねることはなく、彼女もまた、自分から真実を語ろうとは決してしない。
 しかし、自身の過去について触れようとしないのは彼女に限った話ではなく、それは坊主崩れのフジマサも、ヤクザ上りのキクスイも、自殺未遂を繰り返し続けているレンゲも、義務教育すら受けていたのか怪しいリリコも、皆同じようなもので、つまりは彼らが、己の過去を詮索されない環境を求めて流れ着いたのが、この面子という具合だった。
 連中はいつだって互いに妙な距離を取り、必要以上に相手に踏み込まない。見えないがそこに明確な線が引かれているのを誰しもが理解し、その線に触れることを極端に避けた。一見、頭のネジが外れているんだとしか思えないリリコでさえも、いつも器用にその線を見極めていた。だから彼らは妙に冷めていて、親切ではあるが薄情でもあった。
「昨日、キクスイが死んだそうだ」
 赤提灯の下、そうフジマサが告げた時、トリカワはいつものように焼き鳥の皮を頬張ったまま、「へぇ」と返事をしただけだった。
「ドブに遺体が捨てられてるのが見つかったそうだよ。額に、銃痕がひとつ」
「ヤクの転売なんかしてるから、元の組から目ぇ付けられたのか?」
 サビが半笑いでそう言って、レンゲは昨日も睡眠薬を飲み過ぎたのか、テーブルに突っ伏したまま顔を上げようともしない。
「いいひとだったのにねー」
 ケラケラと笑い出しそうな妙なテンションのままでリリコがそう言って、ミンゴスはいつものように、椅子に立てた片膝を抱くような姿勢のまま、
「チョーウケるね」
 と、言った。
 俺はいつだったか、路地裏で制裁を食らった日のことを思い出していた。初めてミンゴスと出会った日。あの日、俺が命までをも奪われずに済んだのは、奇跡だったのかもしれない。この街では、そんな風に人が死ぬのが普通なのだ。あんなに用心深かったキクスイでさえも、抗えずに死んでしまう。
 キクスイが死んでから、連中の日々は変化していった。それを顔に出すことはなく、飄々とした表情を取り繕っていたが、まるで見えない何かに追われているかのように彼らは怯え、逃げ惑った。
 最初にこの街を出て行ったのはサビだった。彼は転売したヤクの金が手元に来たところで、一夜のうちに姿をくらました。行方がわからなくなって二週間くらい経った頃、キクスイが捨てられていたドブに、舌先がふたつに裂けたベロだけが捨てられていたという話をフジマサが教えてくれた。しかしそれがサビの舌なのか、サビの命がどうなったのかは、誰もわからなかった。
 次に出て行ったのはトリカワだった。彼は付き合っていた女が妊娠したのを機に、故郷に帰って家業を継いで漁師になるのだと告げて去って行った。きっとサビがここにいたならば、「お前の船の網に、お前の死体が引っ掛かるんじゃねぇの?」くらいは言っただろうが、とうとう最後まで、フジマサがそんな情報を俺たちに伝えることはなかった。
 その後、レンゲが姿を見せなくなり、彼女の人生における数十回目の自殺に成功したのか、はたまたそれ以外の理由で姿をくらましたのかはわからないが、俺は今でも、その後の彼女に一度も会っていない。
 そして、その次はミンゴスだった。彼女は唐突に、俺の前から姿を消した。
「なんかぁ、田舎に戻って、おばあちゃんの介護するんだって」
 リリコがつまらなそうに唇を尖らせてそう言った。
「ミンゴスの故郷って、どこなの?」
「んー、秋田」
「秋田。へぇ、そうなんだ」
「そ、秋田。これはマジだよ。ミンゴスが教えてくれたんだもん」
 得意げにそう言うリリコは、まるで幼稚園児のようだった。
 フジマサは、誰にも何も告げずに煙のように姿を消した。
 リリコは最後までこの街に残ったが、ある日、手癖の悪い風俗の客に殴られて死んだ。
「お前、鍵屋で働く気ない? 知り合いが、店番がひとり欲しいんだってさ」
 俺は変わらず、この灰色の街でゴミの残滓のような生活を送っていたが、ジャバラにそう声をかけられ、錠前屋でアルバイトをするようになった。店の奥の物置きになっていたひと部屋も貸してもらい、久しぶりに壁と屋根と布団がある住み家を得た。
 錠前屋の主人はひどく無口な無骨な男で、あまり熱心には仕事を教えてはくれなかったが、客もほとんど来ない店番中に点けっぱなしの小型テレビを眺めていることを、俺に許した。
 ただ単調な日々を繰り返し、そうして一年が過ぎた頃、埃っぽいテレビ画面に「秋田県で殺人 介護に疲れた孫の犯行か」という字幕が出た時、俺の目は何故かそちらに釘付けになった。
 田舎の街で、ひとりの老婆が殴られて死んだ。足腰が悪く、認知症も患っていた老婆は、孫娘の介護を受けながら生活していたが、その孫に殺された。孫娘は自ら通報し、駆けつけた警察に逮捕された。彼女は容疑を認めており、「祖母の介護に疲れたので殺した」のだという旨の供述をしているのだという。
 なんてことのない、ただのニュースだった。明日には忘れてしまいそうな、この世界の日常の、ありふれたひとコマだ。しかし俺は、それでも画面から目を逸らすことができない。
 テレビ画面に、犯人である孫娘が警察の車両に乗り込もうとする映像が流れた。長い髪は黒く、表情は硬い。化粧っ気のない、地味な顔。うつむきがちのまま車に乗り込む彼女はロングスカートを穿いていて、どんなに画面を食い入るように見つめても、その脚がどんな脚かなんてわかりはしない。そこにあるのは、人間の、生身の二本の脚なのか、それとも。
 彼女の名前と年齢も画面には表示されていたが、それは当然、俺の知りもしない人間のプロフィールに過ぎなかった。
 彼女に限らない。俺は連中の本名を、本当の年齢を、誰ひとりとして知らない。連絡先も、住所も、今までの職業も、家族構成も、出身地も、肝心なことは何ひとつ。
 考えてもしょうがない事柄だった。調べればいずれわかるのかもしれないが、調べる気にもならなかった。もしも本当にそうだったとして、だからなんだ。
 だから、その事件の犯人はミンゴスだったのかもしれないし、まったくなんの関係もない、赤の他人なのかもしれない。
 その答えを、俺は今も知らない。
   ミンゴスの右脚は太腿の途中から金属製で、そのメタリックなピンク色の輝きは、無機質な冷たさを宿しながらも生肉のようにグロテスクだった。
「そう言えば、サビってなんでサビってあだ名になったんだっけ」
「ほら、あれじゃん、頭が錆びついてるから……」
「誰が錆びついてるじゃボケ。そう言うトリカワは、皮ばっか食ってるからだろ」
「焼き鳥は皮が一番美味ぇんだよ」
「一番美味しいのは、ぼんじりだよね?」
「えー、あたしはせせりが好き」
「鶏の話はいいわ、愚か者ども」
「サビはあれだよ、前にカラオケでさ、どの歌でもサビになるとマイク奪って乱入してきたじゃん、それで」
「なにそれ、チョーウケる。そんなことあったっけ?」
「あったよ、ミンゴスは酔っ払いすぎて覚えてないだけでしょ」
「え、俺って、それでサビになったの?」
「本人も覚えてないのかよ」
「リリコがリリコなのはぁ、芸能人のリリコに似てるからだよ」
「似てない、似てない」
「ミンゴスは?」
「え?」
「ミンゴスはなんでミンゴスなの?」
「そう言えば、そうだな。お前は初対面の時から、自分でそう名乗っていたもんな」
「あたしは、フラミンゴだから」
「フラミンゴ?」
「そう。ピンクだし、片脚じゃん。ね?」
「あー、フラミンゴで、ミンゴス?」
「ミンゴはともかく、スはどっからきたんだよ」
「あれじゃん? バルサミコ酢的な」
「フラミンゴ酢?」
「えー、なにそれ、まずそー」
「それやばいね、チョーウケる」
 赤提灯が揺れる下で、彼女は笑っていた。
 ピンク色の髪を腰まで伸ばし、背中にピンク色の翼の刺青を彫り、これでもかというくらい全身をピンクで包んで、金属製の片脚で、街角で、裏路地で、高架下で、彼女は笑っていた。
 それが、俺の知る彼女のすべてだ。
 俺はここ一年ほど、彼女の話を耳にしていない。
 色褪せ、埃を被っては、そうやって少しずつ忘れ去られていくのだろう。
 この灰色の街ではあまりにも鮮やかだった、あのフラミンゴ娘は。
     了 
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