Tumgik
#息子は泣き虫やんちゃ坊主
elle-p · 7 months
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P3 Club Book Ken Amada short story scan and transcription.
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天田乾子供化計画
「別にいいじゃないですか!順平さんには関係ないでしょ!?」
ここは月光館学園の施設、綾戸台分寮の1階。カウンターの方角から聞こえてきた大きな声に、ラウンジでくつろいでいた面々が、何ごとかと目を向けた。声の主は、月光館学園初等部の天田乾。そのそばでは順平が、にやにやと意地の悪い笑みを見せている。
「いーや、関係あるね。いいか、天田。まだまだ子供のお前が、大人ぶりたい気持ちはよぉーっくわかる。オレだって覚えがある」
「別に大人ぶってるわけじゃ······!」
「まあ、聞けって。子供時代にちゃんと子供であることを十分に楽しめないと、やっぱ人間ってのは歪んじまうんだよ」
「······順平さんみたいにですか?」
「うぐっ、そ、そういうとこがガキらしくねえってんだよっ!」
どうやら、いつも大人びた天田の態度に対し、これまたいつものごとく順平が何かいちゃもんをつけているらしい。
「そもそも、順平さんの方が子供っぽすぎだと僕は思いますけどね。真田さんや美鶴さんの落ち着きを見習うべきなんじゃないかなあ?」
「オレはいいんだよ、オレは。つーかな、オレはホントに心配なんだよ······」
「心配?」
いつになく真面目な口調の順平に、不機嫌そうに顔を背けていた天田も、ようやく聞く気になったのか口調を和らげた。
「······どういうことです?」
「いや、お前さ、いつも学校終わってから寄り道もしないですぐ帰ってくるし、どこか出かけたと思ったらひとりで神社に行ってるていうじゃんか。フツーお前くらいの年だと、やっぱ友達と遊びまわったりとかするもんだろ?さすがに心配になってくるって」
「それは······」
順平の心配には、天田自身にも心当たりがあった。確かに、いまの彼には我を忘れて級友と遊ぶような、心の余裕はない。それは、亡き母に対して誓った、悲願を現実のものにするためのストイックな覚悟ゆえ。しかし、それを順平に教えるわけにはいかない。だから。
「別に、心配してもらわなくても平気です」
天田は、そう言うしかない。だが、それでも順平は諦めなかった。
「いかん。いかんよ、キミ!」
「な、なんですか」
「まったく、大人ぶってるくせに、そういうところはガキっぽいんだからな~」
かちん。
その言葉が、天田の心の中の何かを刺激する。
「······わかりました。別に子供っぽいと言われたからって訳じゃないですよ。それに、子供らしくないって言われたって平気ですし。それこそ、その程度でムキになるほど子供じゃないですから。でも、そこまで順平さんが言うなら、歳相応に見えるようやってみますよ。で、いったい僕は何をやればいいんですか?」
つい勢いで、順平に啖呵を切る天田。ラウンジの方では、ゆかりが「あーゆうとこ十分子供らしいよね?」と小声で言い、風花を始めとした面々もうんうんと肯定するが、そのやり取りは天田と順平のもとまでは届かない。 そして。
「よっし!よく言った!」
順平はそう大声を張り上げ、すっくと席を立つ。その顔には、しめた、といった感じの表情が浮かんでいた。ぞわり、と不吉な予感が、天田の背筋をかけのぼる。
「ちょ、ちょっと待······」
「男に二言は、ねえよなあ?」
「うぐっ」
引き返すには、やや遅すぎた。そして天田の予感は、最悪の形で的中していたのだ。
「で······何なんですか、これは!」
「くっくっく、よく似合うぜ~」
ラウンジの真ん中で、天田はすっかりさらし者になっていた。子供らしさはまず形から。そう主張する順平に言われるまま、天田は服を着替えさせられていた。真っ白なランニングシャツに、ちょっと古くなったデザインの半ズボン、頭には麦藁帽子という、昔懐かしの田舎の子ファッションである。どういうわけか、虫取り網に膝小僧のバンソウコという、オプションまでもがちゃっかり用意されていた。
「いや、実はこないだちょろっと実家に帰ったときにさ、オレが昔着てた服が大量に掘り出されてな。天田に着せたらどうなるかなー、とか思ってたもんで」
「要は······順平さんの暇つぶしなんですね? はぁ······満足ですか?じゃ、脱ぎますね」
それこそ子供らしくない深い溜め息をついて、天田はもとの服に着替えようと踵を返した。だが、その両腕をぐっと引き止める者がいた。
「しつこいですよ、順平さ······って、ゆかりさん?風花さん?え?」
引き止める手の主は、意外な人物。ゆかりと風花のふたりだった。何かをぐっとガマンしているかのような、やや紅潮した顔で、ふたりは声をハモらせて絶叫に近い声を出した。
「かわいいっ!!」
「え?え、えっ?」
予想外のリアクションに、天田はすっかり言葉を失っている。だが、盛り上がった女子ふたりのテンションは、間断なく上がり続ける。
「次、これ!これ着てみて!ちょっとストリート風のやつ!」
「ううん、こっちが似合うよ、ゆかりちゃん!ほらお坊ちゃんって感じのブレザー!」
「いえ、あのおふたりとも、落ち着」
「いやーん、何このピンクのベスト!順平、子供の頃こんなの着てたの?もったいない!天田くんに着てもらわないとっ!」
「ゆかりちゃん、ほら!黒のハイソックス、ハイソックス!これは外せないよっ!」
「わ、わ!勝手に脱がせないでくだ」
「た、岳羽······この袖が長めのハイネックなども捨てがたいと思うのだが······」
いつの間にか、美鶴までもが参加していた。
「まったく······ 女性というものは、幾つになっても着せ替え人形が好きなんだな」
「え······ええっ!?」
よりによって、憧れの真田にお人形さん扱いされ、天田の心に絶望感が押し寄せる。だが、脱力するにはタイミングが悪かった。抵抗が弱まった天田に、女性陣がこれ幸いにと群がって、あれこれと服を合わせ始めたのだ。
さすがに天田の人格を考慮してか、下まで脱がされることはなかったものの、次から次へと服を着せられ脱がされて、天田の心にもういいやという諦めの感情が芽生えかけたそのとき。
「ちょ、ちょっと待っててね」
風花がそう言うと、もの凄い勢いで上階への階段へ向かって走り去った。思考能力が鈍った天田が、ここで危険を察知し得なかったのは、一世一代の不覚だったと言えよう。やがてさほど時間を空けずに戻ってきた風花は、いくつかの紙袋を抱えていた。
「こ、これ!これ着てみてっ!!」
そこでようやく、鈍りきった天田の頭の歯車がカチリとはまった。
風花は女性→風花が服を持ってきた→持ってる服はおそらく女物→その服を着せられようとしている→自分は立派な男の子☆
神経回路がそれだけの情報を伝達��、最悪の事態を避けるために手足を動かす信号が発されようとしたときは、既に事態は終了していた。
「か、か、かわいいっ!!」
「うわ······めちゃくちゃ似合う······」
「あ、天田······写真を撮ってもいいだろうか?」
ややロリータ風味が入った、薄いブルーのブラウスと、それに色を合わせたフレアスカート。腰の部分には大きなリボンが添えられ、裾や袖などいたるところにフリルがあしらわれた、可愛いとしか形容できないドレスであった。
「ほぉ······」
「うわ、マジかよ?」
「山岸······やるな」
どうやら男性陣にも、かなり受けがいいようだが、それは何ら慰めにはならない。そして、無言でプルプルと震えるばかりの天田に、アイギスのひと言がトドメを刺した。
「大変、お似合いであります」
「うわあああああああああんっ!!」
見事な逃げっぷりだった。残像すら見えるかという勢いで、天田は2階の自室へと逃げ出したのだ。不覚にも、目には涙が浮かんでいた。
「あ······やば」
「ちょっと、調子に乗りすぎたかな?」
天田の慟哭に正気を取り戻したゆかりと風花を始めとして、そこにいる全員がやりすぎたという表情を見合わせるが、それは後の祭りである。たまだ、この事態の元凶である順平ひとりだけが、いまだに腹を抱えて笑っていた。
「ちょっと、順平。そんなに笑っちゃ悪いよ」
「くっくっくっく······。これが笑わずにいられるかっての。あの天田が泣いて逃げ出したんだぜ?いやー、あいつの子供らしいところが見れて、お兄さんちょっと安心したぜ」
「ホント、大人げないヤツ······知らないからね、天田くんに仕返しされても」
「ま、子供の仕返しなんざタカが知れてるから大丈夫だって。むしろ、オレにイタズラ仕掛けるくらいになれば、アイツも歳相応で余計に安心ってことなんじゃねえの?」
「そう······かなあ?」
周囲の心配をよそに、順平はまったく悪びれたそぶりはなく、むしろ善行を施したと信じている様子である。だが、順平は甘く見ていた。母の復響を胸に生きる小学生が、本気になったらどれほど恐ろしいことになるか、彼はまったく知らなかったのである。
「······っんだ、こりゃああああ!?」
翌朝、寮の中に順平の絶叫がこだました。あまりの悲痛な叫びに、すでに朝の準備を終わらせていた寮生たちが、いったい何ごとかと順平の部屋の前に集合する。
「順平?開けるぞ?」
代表してドアを開ける真田。散らかりきった順平の部屋が、彼らの前にあらわになる。そして、そこに皆が見た物はー。
色とりどりのペンで、顔中に落書きをされた順平の情けない姿であった。一瞬にして、全員が昨日の天田の悔しそうな泣き顔を思い出す。
「ぷぷっ!れさっそく仕返しされてんの!」
真っ先にゆかりが噴き出した。
「笑ってんじゃねーよ!これ、洒落になんねえぞ ······アイツ、全部油性で書きやがった」
拭いても拭いても落ちない落書きに、順平は心底弱りきった声を上げる。落書きの内容も、へたれ、根性なし、変質者、禁治産者、 などなど小学生としては高レベルなボキャブラリーを駆使している。トレードマークのアゴひげの部分には、矢印でポイントされた上に「カビ」とか書かれていた。センスもなかなかである。
「くっくっく、子供の仕返しはタカが知れてるんじゃなかったっけ?あんたさ、昨夜ひとりだけ天田くんに謝りに行かなかったでしょ?言わんこっちゃない」
「っくしょ〜!天田!天田はどこだ!」
「もう、 とっくに登校したわよ。あ、そうだ。もういい時間じゃない。アホの順平に構ってるヒマないわ。行こ、風花」
その言葉を合図にしたように、皆はそれぞれ登校するために散っていった。順平ひとりが自室に残り、天田に対する恨み言を呟きながら、ごしごしと必死に顔をこすっている。
「あの野郎······放課後に折檻してやるっ!」
逆恨み風味で、そう宣言する順平であったが、その言葉は実行されることがなかった。そう、本番はそれからだったのだ。
「だ、だいじょぶ順平?何が魂抜けてるよ?」
昼休み---ゆかりの心配そうな言葉どおり、順平はすっかり憔悴しきっていた。朝の騒ぎのあと、天田が仕掛けたさまざまなトラップが、連続で順平に襲い掛かったのだ。
まず、服を着てカバンを持ち上げようとしたら、机に接着剤で固定されていた。寮を出ようと靴を履いたら、靴先にマヨネーズが詰められていた。駅に着いたら、遺失物の掲示板に「パンツ 伊織順平様」と書かれ、道行く女生徒やOLが笑いを噛み殺していた。学校に着いて上靴に履き替えたら、今度はケチャップが詰められており、シャーペンには芯に見せかけた針金がつめられ、消しゴムにはシャーペンの芯が仕込まれ、教科書を開くと中に挟まれたエッチな写真が落ち、体操着はしゃがむと尻が破れるような細工がされていた。トドメについ先ほど、別クラスの顔も知らない女生徒から、「あのさ、こういうキモイ手紙やめてくれる?マジ迷惑なんだけど」と、 まったく出した覚えのなラブレターに関して、クラスメイトの目の前でなじられ、ついに順平は根を上げた。
「もう······オレ駄目······死にてえ」
ちょっとだけ、その子がチドリに似ていたのも、順平の落ち込みに拍車をかけていた。と、そのときだった。
「あの······伊織先輩、いますか?」
教室前方の入り口から、仕掛け人の天田本人が姿を現わしたのだ。
「あ、天田!てめえっ······!」
と順平が立ち上がろうとしたとき、 先手を打って天田がこう言ったのだ。
「い、伊織先輩······ご、ごめんなさい!」
「へ?」
「お、怒らないでくださいっ!ちゃ、ちゃんとパン買ってきました······から······ぐすっ」
「え?え?」
うっすら涙を浮かべる天田。予想外の事態に焦ある順平に、周囲からの視線が突き刺さる。
「え?もしかしてイジメ?」「うそっ、あんな小さい子を?」「伊織くんサイッテー」
どう見ても、 順平が悪人にしか見えない。慌てる順平は、急いで天田のもとに駆け寄り、小声でささやいた。
「わかった!オレが悪かった!もう勘弁してくれ!明日から学校来れねえよぉ······」
折檻してやると言った勢いはどこへやら、情けなく順平は許しを請う。それを見た天田は。
「僕······すごく傷つきました」
「う。わ、わかってるよ。マジ悪かったよ」
「······欲しいゲームソフトがあるんですよ」
「なっ!?てめ、こら、ゆする気かよ!」
「ごめんなさいー!ぶたないでー!」
「わ、こら、やめ、ちょっと、わかったよ!」
すっかり天田に翻弄される順平。
「くっそう······めちゃくちゃマジになりやがって······大人げねえぞ!······あ」
その順平の失言に、してやったりといった表情を浮かべて、天田はにこやかに言った。
「僕、 子供ですから」
その笑顔は、まさしく子供らしく、それゆえにけっこう恐ろしいものであった。
結論---天田は怒らせないほうがいい。
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hi-majine · 3 years
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古典落語「宿屋の仇討ち」
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 ただいまではみられませんが、むかしは、宿屋の店さきに女中や番頭がでて、さかんに客を呼んだものでございます。 「ええ、お泊まりはございませんか。ええ、蔦《つた》屋でございます」 「ええ、お泊まりではございませんか。吉田屋でございます」 「ええ、いかがでございます、武蔵屋でございますが……」  そこへ通りかかりましたのが、としのころは三十四、五、色は浅黒いが、人品のよろしいおさむらいで、細身の大小をたばさみ、右の手に鉄扇を持っております。 「ゆるせよ」 「はい、いらっしゃいまし。お泊まりでいらっしゃいますか? てまえどもは武蔵屋でございます」 「ほう、当家は武蔵屋と申すか。ひとり旅じゃが、泊めてくれるか?」 「へえ、結構でございますとも、どうぞお泊まりくださいまし」 「しからば厄介になるぞ」 「へえ、ありがとうございます」 「拙者《せつしや》は、万事世話九郎と申すが、昨夜は、相州小田原宿、大久保加賀守殿のご領分《りようぶん》にて、相模《さがみ》屋と申す宿屋に泊まりしところ、さてはやたいへんなさわがしさであった。親子の巡礼が泣くやら、駈けおち者が、夜っぴてはなしをするやら、いちゃいちゃするやら、角力《すもう》とりが大いびきをかくやら、とんと寝かしおらん。今宵《こよい》は、間狭《まぜま》でもよろしいが、しずかな部屋へ案内をしてもらいたい」 「へえへえ、かしこまりました」 「そちの名は、なんと申す?」 「へえ、伊八と申します」 「ははあ、そのほうだな、いわゆる最後っ屁とやらを放《はな》つのは……」 「えっ、なんでございます?」 「いたちと申した」 「いいえ、いたちではございません。伊八でございます。おからかいになってはこまります。へえへえ、こちらへどうぞ……お花どん、お武家さまにお洗足《すすぎ》をおとり申して……それから、奥の七番さんへご案内だよ」  おさむらいが奥へ通りますと、あとへやってまいりましたのが、江戸っ子の三人づれでございます。 「おうおう、そうあわてていっちまったんじゃあしょうがねえやな。宿場《しゆくば》を通りぬけちまわあな。どっかこのへんで、宿をとろうじゃあねえか」 「そうさなあ……」 「ええ、お早いお着きさまでございます。ええ、お三人さま、お泊まりではございませんか? 武蔵屋でございます」 「おうおう、若え衆が泊まれといってるぜ。おう、泊まってやるか? 武蔵屋だとよ」 「武蔵屋?」 「へえ、武蔵屋でございます」 「武蔵っていえば江戸のことだ。こちとら江戸っ子にゃあ、とんだ縁のある名前《なめえ》だ、気にいったぜ」 「ありがとうございます」 「おう、若え衆、こちとらあ、魚河岸《かし》の始終《しじゆう》三人だけど、どうだ、泊まれるかい?」 「へえへえ、これはどうもありがとうございます。てまえどもは、もう、大勢さまほど結構でございまして……おーい、喜助どん、お客さまが大勢さまだから、すぐにさかなのほうへかかっとくれ!! おたけどん、さっそくごはんを、どしどししかけておくれよっ、お客さまは、みなさん、江戸のおかたで、お気がみじかいから……さあさあ、お客さま、おすすぎをどうぞ……どうもありがとう存じます。てまえどもは、これでちょいとみますとせまいようでございますが、奥のほうがずっと深くなっておりまして、なかへはいりますと間数もたくさんございます。もう、みなさんゆっくりとおやすみになれますので……あのう、おあと四十人《しじゆうにん》さまは、いつごろお着きになりますんで?」 「え? なんだい、そのおあと四十人さまてえなあ?」 「いえ、あなた、いま、四十三人とおっしゃいましたでしょう?」 「四十三人? あははは、あれかい? ……おい、おめえ、欲ばったことをいうねえ。おちついて聞きなよ。おれたち三人は、めしを食うのも三人、酒を飲むのも三人、女郎買いにいくのも三人、こうして旅へでるったって三人で、いつもつるんで(いっしょになって)あるいてるから、それで、こちとらあ、魚河岸の始終《しじゆう》三人てんだ」 「えっ、始終三人?! 四十三人ではないので?」 「あたりめえじゃあねえか。赤穂義士が討入りするんじゃあるめえし、四十何人で旅なんぞするもんか」 「ああそうですか。始終三人ね……あなた、妙ないいかたをなさるから、まちがえちゃうんですよ。おーい、喜助どん、さかなはどうした? え? 切っちゃった。おたけどん、ごはんは? しかけた? いけねえなあ、こんなときにかぎって手がまわるんだから……ちがうんだよっ、お客さまは、たった三人だよ」 「おうおう、いやないいかたするなよ。たった三人でわるけりゃあ、どっかわきへ泊まるぜ」 「ああ、申しわけございません。とんだことがお耳にはいりまして……どうぞ、お気をわるくなさいませんように……これは、てまえどものないしょばなしで……」 「ないしょばなしで、どなるやつがあるもんか」 「へえ、ごかんべんねがいます。どうぞ、お泊まりくださいまし」 「そうだなあ、足も洗っちまったことだし、おめえんところへ泊まろうか」 「ええ、どうぞおあがりください。おすぎどん、奥の六番へご案内しとくれよ」 「どこだ、どこだ、どこだ、らあらあらあ……」  なんてんで、宿屋へ着いたんだか、火事場へやってきたんだかわかりません。  この三人が、さっきのさむらいのとなりの部屋に通されました。 「おい、ねえや、おめえじゃあ、はなしがわからねえかも知れねえな。うん、そうだ、さっきの若え衆を呼んでくんねえ」 「かしこまりました」  女中といれかわって、若い衆の伊八がやってまいりました。 「ええ、本日は、まことにありがとうございます。お呼びで?」 「おう、若え衆、手数をかけるな。まあいいや、ずーっとこっちへへえっちゃってくれ。おれたちは、これから一ぺえやりてえんだ。ついちゃあ相談なんだが、酒は極上《ごくじよう》てえやつをたのむぜ。あたまへぴーんとくるようなのはいけねえや。それから、さかなだが、さっきもいう通り、おれたちゃあ魚河岸の人間だ。ふだんぴんぴんはねてるようなさかなあ食ってるんだ。だから、よく吟味《ぎんみ》してもれえてえなあ。それからな、芸者あ三人ばかりたのまあ。腕の達者なところを、ひとつ生け捕ってもれえてえなあ。いくら腕が達者だって、やけに酒の強いなあいけねえぜ。そうかといって、膳の上にあるものをむしゃむしゃ食うってえやつも、これもあんまり色気がねえなあ……とにかく、芸が達者で、きりょうよしで、酒を飲みたがらねえで、ものを食いたがらねえで、こちとら三人に、いくらか小づけえをくれるような、そんな芸者を……」 「それはありません」 「そうかい、ねえかい? いなかは不便だ」 「どこへいったってありません」 「あははは、いまのはじょうだんだが、とにかく、いせいのいいところを、三人呼んでくれ。今夜は、景気づけに、夜っぴてさわいでやるぜ」  やがて、芸者衆がまいりまして、はじめのうちは、都々逸《どどいつ》かなんかやっておりましたが、 「どうだい、もっと、ひとつ、ぱーっといこうじゃあねえか……おれが、はだかで踊るからねえ、角力|甚句《じんく》でも、磯ぶしでも、なんでもかまわねえから、にぎやかにやってくんねえな」  てんで、ひっくりかえるようなどんちゃんさわぎになりましたから、おどろいたのが、となり座敷のさむらいで、ぽんぽんと手を打つと、 「伊八、伊八!!」 「へーい、奥の七番さん、伊八どん、お呼びだよ」 「へーい……ええ、おさむらいさま、お呼びでございますか?」 「これ、敷居越しでははなしができん。もそっとこれへでい。これ伊八、拙者、先刻泊まりの節、そのほうになんと申した? 昨夜は、相州小田原宿、大久保加賀守殿のご領分にて、相模屋と申す宿屋に泊まりしところ、親子の巡礼が泣くやら、駈けおち者が、夜っぴてはなしをするやら、いちゃいちゃするやら、角力とりが大いびきをかくやら、とんと寝かしおらん。今宵は、間狭でもよいから、しずかな部屋へ案内してくれと、そのほうに申したではないか。しかるに、なんじゃ、となりのさわぎは? これではとても寝られんから、しずかな部屋ととりかえてくれ」 「どうも申しわけございません。部屋をかえると申しましても、どの部屋もふさがっておりますので……ただいま、となりの客をしずめてまいりますから、どうぞ、しばらくお待ちねがいます」 「しからば、早くしずめてくれ」 「へえへえ、かしこまりました……ええ、ごめんくださいまし」 「ああ、こりゃこりゃ、どっこいしょ……ようっ、きたな、若え衆……おうおう、この若え衆だよ。さっきたいへんに世話をかけちまったんだ……おうおう、こっちへへえんな、へえんなよ。おい、一ぺえついでやってくれ。若え衆、いけるんだろ? 大きいもので飲みなよ。おい、飲めよ」 「へえ、ありがとうございます。へえ、いただきます。いただきますが……あいすみませんが、すこしおしずかにねがいたいんでございますが……」 「なんだと? おしずかにとはなんだ? ふざけちゃあいけねえや。お通夜じゃああるめえし……こちとらあ、陽気にぱーっといきてえから飲んでるんじゃあねえか。おめえんとこだって、景気づけにいいじゃあねえか」 「へえ、そりゃあたいへん結構なんでございますが、おとなりのお客さまが、どうもうるさくておやすみになれないとおっしゃいますんで……」 「なんだと? となりの客がうるさくて寝られねえ? ふざけた野郎じゃあねえか。そんな寝ごという野郎を、ここへつれてこい。おれがいって聞かせてやらあ。宿屋へ泊まって、うるさくて寝られねえなんていうんなら、宿屋をひとりで買い切りにしろって……その野郎、ここへひきずってこい。ぴいっとふたつに裂《さ》いて、はなかんじまうから……」 「ちり紙だね、まるで……しかし、おとなりのお客さまてえものが、ただものじゃあございませんので……」 「ただものじゃあねえ? なに者なんだ?」 「じつは、さしていらっしゃいますんで……」 「さしてる? かんざしか?」 「かんざしじゃありません。腰へさしてるんですよ」 「たばこいれか?」 「いいえ、二本さしてるんですが……」 「二本さしてる? なにいってやんでえ。二本さしてようと、三本さしてようと、こちとらあおどろくんじゃねえや。矢でも鉄砲でも持ってこいってんだ」 「おいおい、金ちゃん、ちょいとお待ちよ。若え衆のいったことで気になることがあるんだけどもね、腰へ二本さしてるってじゃあねえか」 「なに? 二本さしてる? うなぎのかば焼きみてえな野郎じゃあねえか……もっとも、気のきいたうなぎは、三本も四本もさしてるが……なんでえ、矢でも鉄砲でも持ってこいってんだ……え? 二本さしてる? 腰へ? ……おい、若え衆、ちょっと聞くけどね、そりゃあ刀じゃねえんだろうねえ?」 「へえ、腰へさしてるんでございますから、刀でございますなあ」 「刀でございますなあって、すましてちゃこまるなあ」 「えへへへ……あなた、矢でも鉄砲でも持ってこいとおっしゃったじゃあありませんか」 「矢でも鉄砲でもとはいったけども、刀とはいわなかったぜ……刀を二本てえことになると、さむれえかい?」 「へえ、おさむらいで……おやっ、たいそういせいがようございましたが、急にしずかにおなりで……やっぱりおさむらいは、おそろしゅうございますか?」 「べつにおそろしかあねえけども、こわいじゃあねえか」 「おんなじだあな」 「おらあな、こわかあねえけど、さむれえとかぼちゃの煮たのは虫が好かねえんだよ……よし、わかった、わかった、しずかにするよ……おい、芸者衆、すまねえなあ、じゃあ、三味線たたんで早くひきあげてくれ……ああ、せっかくの酒がさめちまったぜ。とにかくさむれえはしまつがわりいや。気に食わねえと、抜きやあがるからね……しかたがねえ、おとなしく寝ようぜ。もうこうなりゃあ、寝るよりほかに手はねえや……おい、ねえや、早く床《とこ》敷いてくれ」 「もうおやすみですか?」 「こうなりゃあ起きてたってしょうがねえや。床敷いてもらおうじゃねえか……おうおう、ねえや。そうやって��つならべて敷いちゃあだめじゃねえか。となりのやつとしゃべるときにゃあいいが、端《はし》と端《はし》としゃべるときにゃあ、大きい声をださなくっちゃあならねえ。そうなりゃあ、また、となりのさむれえから苦情がでらあ。ならべねえで、こう、あたまを三つよせて敷いてくれ……さあ、床へへえろう」 「ふん、こんなばかなはなしはねえや。ようやくおもしろくなってきたなとおもったら、となりのさむれえがうるせえことをいうじゃあねえか。こうなりゃあ、早く江戸へ帰って飲みなおしといこうぜ」 「うん、江戸といやあ、帰���とじきに角力だなあ。おらあ、あの捨衣《すてごろも》てえやつが好きよ」 「ああ、坊主だったのが還俗《げんぞく》して、角力とりになったてえやつだな」 「うん、名前からしてしゃれてるじゃあねえか。それに、出足の早えとこが気持ちがいいや。なあ、行司《ぎようじ》が呼吸をはかってよ、さっと軍配をひくとたんに、どーんとひとつ上《うわ》突っぱりでもって相手のからだあ起こしておいて、ぐーっと、こう、左がはいって……」 「いてえ、いてえ、おいっ、いてえよ……おめえ、ずいふん手が長えんだな。そんなところから手がとどくとは……おれだって、負けちゃあいられねえや。やいっ」 「あれっ、右をいれやがったな。なにを、こんちくしょうめっ、やる気か? よしっ、さあ、こい!!」 「お待ちよ。寝てたんじゃあどうもあがきがつかなくっていけねえや。さあ、立って組もうじゃあねえか」 「そうか。よし、そんなら、ふんどしをしめなおそう」  こうなると、まんなかの男もだまってみていられませんから、お盆を軍配《ぐんばい》がわりにして、 「さあさあ、双方、見合って、見合って……それっ」  と、お盆をひきましたから、 「よいしょっ」 「なにくそっ」 「はっけよい、のこった、のこった、のこった……はっけよい!!」  ドタンバタン、ドスンドスン、バタン、メリメリメリ……となりのさむらいは、さっそく手を打って、 「伊八、伊八!!」 「しょうがねえなあ、こりゃあ……へーい、お呼びでございますか?」 「これ、敷居越しでははなしができん。もそっとこれへでい。これ伊八、拙者、先刻泊まりの節、そのほうになんと申した? 昨夜は、相州小田原宿、大久保加賀守殿のご領分にて、相模屋と申す宿屋に泊まりしところ、親子の巡礼が泣くやら、駈けおち者が、夜っぴてはなしをするやら、いちゃいちゃするやら、角力とりが大いびきをかくやら、とんと寝かしおらん。今宵は間狭でもよいが、しずかな部屋へ案内してくれと、そのほうに申したではないか。しかるに、なんじゃ、となりのさわぎは? 三味線と踊りがやんだとおもえば、こんどは角力だ。ドタンバタン、ドスン、メリメリメリッと、唐紙《からかみ》からこちらへ片足をだしたぞ……いや、あのさわぎではうるさくて寝られん。しずかな部屋ととりかえてくれ」 「どうも申しわけございません。さきほども申しました通り、どの部屋もふさがっておりますので……ただいま、となりの客をしずめてまいりますから、どうぞ、しばらくお待ちねがいます」 「しからば、早くしずめてまいれ」 「へえへえ、かしこまりました……どうも手がかかってしょうがねえなあ。……ごめんくださいまし」 「よう、きたな、野郎。よしっ、一番くるか!!」 「なるほど、こりゃあ寝られねえや。もしもし、あなたがた、さっきも申しあげましたでしょう? おとなりのお武家さまが、うるさくておやすみになれないと……」 「あっ、そうそう。すっかりわすれてた。わかった。わかったから、もうすぐ寝るよ。いえ、こんどは大丈夫、もうはなしもしない。いびきもかかない。息も……しないわけにいかねえから、息だけはそうっとするけど、すぐに寝るよ。安心して帰れよ……いけねえ、いけねえ。うっかりしちまった。だめだよ。ああいう力のへえるはなしは……もっと力のへえらねえはなしをしようぜ。なにかねえかな、こう力のへえらねえはなしは?」 「どうだい、色《いろ》ごとのはなしてえのは?」 「まあ、それが一番しずかでいいんだけどもね、まあ、おたげえに、いずれをみても山家《やまが》そだちってやつでね、女にゃあ、あんまり縁のねえつらだからな」 「おっと待った。おう、金ちゃん、いかに親しい仲だとはいいながら、すこしことばが過ぎゃあしねえかい?」 「なにが?」 「だってそうじゃあねえか。なんだい、その、いずれをみても山家そだち、女にゃあ、あんまり縁のねえつらだとは、すこしことばが過ぎるだろう? きざなことをいうんじゃあねえが、色ごとなんてもなあ、顔やすがたかたちでするもんじゃあねえんだぜ。人間をふたり殺して、金を三百両|盗《と》って、間男《まおとこ》(密通)をして、しかも、三年|経《た》っても、いまだに知れねえってんだ。どうせ色ごとをするんなら、これくれえ手のこんだ色ごとをしてもれえてえなあ」 「へーえ、してもれえてえなあというところをみると、源ちゃんは、そんな手のこんだ色ごとをしたことがあるのかい?」 「あたりめえよ。あるからいうんじゃあねえか、……なあ、いまから三年ばかり前《めえ》に、おれが川越のほうへしばらくいってたことがあったろう?」 「うん、そんなことがあったっけなあ」 「あんときゃあ、伯父貴《おじき》のところへいってたんだ。伯父貴はな、小間物屋をやってるんだが、店で商《あきな》いをするだけでなくって、荷物をしょって、得意まわりもするんだ。で、ご城内のおさむれえのお小屋なんかもあるくこともあって、商売もなかなかいそがしいのよ」 「ふんふん」 「おれもいい若え者《もん》だ。毎日ぶらぶらしてるのも気がひけるから、『伯父さん、おれも手つだおうじゃあねえか。そんな大きな荷物をかついじゃあ骨が折れるだろうから、おれがかつごう』ってんで、伯父貴にくっついて、毎日城内のおさむれえのお小屋をあるいてた。ところが、ある日、伯父貴がぐあいがわりいもんだから、おれが、ひとりで荷物をしょって、ご城内のおさむれえのお小屋をあるいてると、お馬まわり役、百五十石どりのおさむれえで、石坂段右衛門という、このかたのご新造《しんぞ》さんが、家中《かちゆう》でも評判のきりょうよしだ。おれが、ここの家へいって、『こんちは、ごめんくださいまし』というと、いつもなら女中さんがでてくるんだけども、あいにく留守だとみえて、その日にかぎって、ご新造さんがでてきて、『おう、小間物屋か。よいところへきやったの。遠慮せずと、こちらへあがってくりゃれ』と、こういうんだ」 「へーえ、どうしたい?」 「お座敷へ通されると、ご新造さんが、『そなたは酒《ささ》を食べるか』と、こう聞くんだ。だからね、『たんとはいただきませんが、すこしぐらいでございましたら……』と、おれが返事したんだ」 「へーえ、おまえ、やるのかい、笹を? 馬みてえな野郎だなあ……ははあ、そういわれてみりゃあ、きのうも、のりまきがなくなってから、まだ口をもごもごさせていたなあ」 「なにいってやんでえ。ささったって、笹の葉っぱじゃあねえやい。酒のことをささというんじゃあねえか……まあ、そんなこたあどうでもいいや……しばらくすると、お膳がでてきて、ご新造さんが、おれにさかずきをわたしてくだすって、お酌までしてくださるじゃあねえか。せっかくのお心持ちだから、おれが一ぺえいただいて、ご新造さんのほうをみると、なんだか飲みたそうなお顔をしてるんだ。そこで、『失礼でございますが、ご新造さんも、おひとついかがでございます?』っていうと、ご新造さんが、にっこり笑って、そのさかずきをうけてくだすったから、おれが酌をする。ご新造さんが飲んで、おれにくださる。おれが飲んで、ご新造さんに返す。ご新造さんが飲んで、おれにくださる。やったりとったりしてるうちに、縁は異なもの味なものってえわけで、おれとご新造さんとがわりなき仲になっちまったとおもいねえ」 「いいや、おもえない。おめえは、わりなき仲ってえ顔じゃあねえもの……薪《まき》でも割ってる顔だよ」 「なにいってやんでえ。そこが縁は異なもの味なものよ。なあ? それからというものは、おらあ、石坂さんの留守をうかがっちゃあ通ってたんだ」 「泥棒猫だね、まるで……で、どうしたい?」 「ある日のこと、きょうも石坂さんが留守だてえんで、すっかり安心して、おれとご新造さんとが、さかずきをやったりとったり、よろしくやってると、石坂さんの弟で大助、こりゃあ家中第一のつかい手だよ。このひとが、朱鞘《しゆざや》の大小のぐーっと長えのをさして、『姉上、ごめんくだされ』ってんで、ガラッと唐紙をあけた。すると、おれとご新造さんが、さかずきのやりとりをしてるじゃあねえか。野郎、おこったの、おこらねえのって……『姉上には、みだらなことを……不義の相手は小間物屋、兄上にかわって成敗《せいばい》(処罰)してくれん』っていうと、例の長えやつをずばりと抜いた。おらあ、斬られちゃあたまらねえから、ぱーっと廊下へとびだすと、大助てえ野郎もつづいてとびだしてきた。おらあ、夢中で逃げたんだが、なにしろせまい屋敷だから、すぐに突きあたりになっちまった。しょうがねえから、ぱーっと庭へとびおりると、つづいて大助てえ野郎もとびおりたんだが、人間、運、不運てえやつはしかたのねえもんだ。大助てえ野郎が、あたらしい足袋をはいてやがったもんだから、雨あがりの赤土の上でつるりとすべって、横っ倒しになったとたん、敷石でもって、したたか肘《ひじ》を打ったからたまらねえや。持ってた刀をぽろりとおとした。しめたっとおもったとたん、おらあ、その刀をひろうと、大助てえ野郎をめった斬りにしちまった」 「うーん、えれえことをやりゃあがったなあ……それで?」 「ご新造さんは、もうまっ青な顔になっていたが、『これ、ここに三百両の金子がある。これを持って、わらわをつれて逃げてくりゃれ』と、おれに金づつみをわたしたから、『ええ、よろしゅうございます』ってんで、これをふところにいれちまった。すると、ご新造さんが、たんすをあけて、持って逃げる着物をだしはじめたから、すきをうかがって、おらあ、うしろから、ご新造さんをめった斬りにしちまった」 「またかい? ひでえことをしゃあがったなあ……なにも、ご新造まで殺すこたあねえじゃあねえか」 「そこが、おれとおめえとのあたまのはたらきのちがうところだ。なぜって、かんげえてもみねえな。あとから追手《おつて》のかかる身だよ。足弱《あしよわ》なんぞつれて逃げきれるもんか……どうでえ? 金を三百両盗って、間男をして、人間をふたり殺して、三年経っても、いまだに知れねえってんだぞ。どうせ色ごとをするんなら、このくれえ手のこんだ色ごとをしてもらいてえなあ」 「ふーん、おどろいたねえ。ひとはみかけによらねえっていうけど、ほんとうだなあ。まったくてえしたもんだ。いや、おそれいった。じつにどうもたいした色ごと師だ。ほんとにおどろいた色ごと師だよ、源ちゃんは…… 色ごと師は源兵衛、源兵衛は色ごと師、スッテンテレツク、テンツクツ、スケテンテレツク、テンツクツ……源兵衛は色ごと師、色ごと師は源兵衛だ……」 「伊八、伊八!!」 「へーい、また手が鳴ってやがるな。寝られやしねえや、こりゃどうも……へーい……お呼びでございますか?」 「敷居越しでははなしができん。もそっとこれへでい。これ伊八、拙者、先刻泊まりの節、そのほうになんと申した?」 「昨夜は、相州小田原宿、大久保加賀守殿のご領分にて……」 「だまれっ、万事世話九郎と申したは、世をしのぶ仮《か》りの名、まことは、川越の藩中にて、石坂段右衛門と申すもの。先年、妻と弟を討たれ、逆縁ながらも、その仇を討たんがため、雨に打たれ、風にさらされ、めぐりめぐって三年目、となりの部屋に、仇源兵衛なる者がおることが判明いたした。ただちに踏みこんで斬りすてようとは存じたが、それはあまりに理不尽《りふじん》(無理)。一応そのほうまで申しいれるが、拙者がとなりの部屋へまいるか、あるいは、となりから源兵衛なる者が斬られにくるか、ふたつにひとつの返答を聞いてまいれっ」 「こりゃあどうもたいへんなことで……少々お待ちくださいまし。となりへいってまいりますから……どうもとんだことが持ちあがっちまった。こりゃあえらいことだぞ……ええ、ごめんください」 「スッテンテレツク、テンツクツ、スケテンテレツク、テンツクツ、源兵衛は色ごと師、色ごと師は……あははは、またきやがったな。わかった、わかった。すこし調子に乗りすぎちまった。すぐ寝る。すぐ寝るから……」 「いいえ、こんどは寝ちゃあいけません。ええ、このなかに源兵衛さんてえひとがいらっしゃいますか?」 「源兵衛はおれだが……」 「あなたねえ、ひとを殺したおぼえはありますか?」 「え? ……ああそうか。廊下で聞いてやがったんだな。おう若え衆、どうせ色ごとをするんなら、おれぐれえの色ごとをやってもらいてえね。人間をふたり殺して、間男をして、三百両盗って、しかも、三年経っても、いまだに知れねえてんだ。どうだ、てえしたもんだろう?」 「いいえ、あんまりたいしたもんじゃあありませんよ。おとなりのおさむらいさまは、石坂段右衛門とおっしゃいます。『先年、妻と弟を討たれ��その仇を討たんがため、雨に打たれ、風にさらされ、めぐりめぐって三年目、となりの部屋に、仇源兵衛……』……あなただ。あなたですよ……『仇源兵衛と申す者がおることが判明いたした。ただちに踏みこんで斬りすてようとは存じたが……』まあ、わたしを呼んでね、『拙者がとなりの部屋へまいるか、あるいは、となりから源兵衛なる者が斬られにくるか、ふたつにひとつの返答を聞いてまいれ』ってんですけどもねえ、あなた、となりへ斬られにいらっしゃいますか?」 「おいおい、ほんとうかい? じょうだんじゃあねえぜ。おちついとくれよ」 「あなたがおちつくんですよ」 「いや、若え衆、まあ聞いてくんねえ。じつはな、半年ばかり前、おれがね、両国の小料理屋でもって一ぺえやってたんだ。そのとき、そばでもって、このはなしをしてたやつがいたんだ。おらあ聞いていて、うん、こいつあおもしれえはなしだ。どっかでもって、いっぺんこのはなしをつかってみてえとおもってたんだよ。そうしたら、さっき、金ちゃんが、『いずれをみても山家そだち、女にゃあ縁のねえつらだ』なんていったろう? だから、両国のはなしをつかうのはこのときだってんで、口からでまかせに、つい自分のはなしとしてやっちまったんだ。だからさ、人間をふたり殺したのは、両国のひとなんだから、となりのおさむれえに両国へいってもらっておくれ」 「へーえ、すると、このはなしは受け売りなんですか? あなたねえ、こんなややっこしいはなしを、口からでまかせに、むやみに受け売りなんぞしちゃあこまりますよ」 「いや、めんぼくねえ。つい調子に乗っちまったもんで……」 「ほんとうにこまりますねえ。あんたがたのために、こっちゃあ寝られやあしねえんだから……まあ、どうなるかわからないけれども、とにかく、となりへいって、おさむらいさまに、よくはなしをしてきますからねえ……しょうがねえなあ、ほんとに世話ばっかり焼かせて……ええ、お武家さま、どうもお待たせいたしました」 「ごくろうであった。で、いかがいたした?」 「へえ……それが、その……なにかのおまちがいではございませんか?」 「まちがい?」 「へえ、源兵衛という男の申しますには、あれは、なんでも両国の小料理屋で聞いたはなしの受け売りだとかいうことで……ええ、人殺しをしたり、金を盗ったり、間男をしたりと、そんなことのできそうな男ではございません。自分のかみさんが間男をされても気がつかないというような顔でございまして……とても人を殺すなどという度胸は……」 「ええ、だまれ、だまれっ……現在、おのれの口から白状しておきながら、事《こと》ここにおよんで、うそだといってすむとおもうか!! さようないいわけによって、この場を逃れんとする不届至極《ふとどきしごく》の悪人めっ。ただちに隣室に踏みこみ、そやつの素っ首たたきおとし、みごと血煙りあげて……」 「もし、少々お待ちください。ねえ、お武家さま、ただの煙りとはちがいますよ。血煙りてえやつはおだやかじゃあありません。あの部屋で血煙りがあがったなんてえことが評判になりますと、てまえどもには、これから、お泊まりくださるお客さまがなくなってしまいます。どうか、せめて庭へでもひきずりだして、血煙りをおあげくださるということにねがいたいもんで……」 「いや、わかった。そのほうの申すところ、一応もっともじゃ。なるほど、仇討ちとはいいながら、死人がでたとあっては、当家としても、今後のめいわくとなろうな……なにかよい思案は? ……うん、しからば、かよういたそう。明朝まで源兵衛の命をそのほうにあずけおこう。明朝あらためて、当宿場はずれにおいて、出会《であ》い敵《がたき》といたそう。しからば、当家へめいわくはかかるまい?」 「へえへえ、それはありがとうございます。もう、そうねがえれば、大助かりでございます」 「さようか。しからばそのようにいたそう。仇は源兵衛ひとりではあるが、朋友《ほうゆう》が二名おったな? これは、朋友のよしみをもって助太刀いたすであろう。よしんば助太刀をいたすにもせよ、いたさぬにもせよ、ことのついでに首をはねるゆえ、三名のうち、たとえ一名たりともとり逃がすようなことあらば、当家はみな殺しにいたすぞ。よろしいか、さよう心得ろ」 「えっ、一名でもとり逃がすと、当家はみな殺し?! へえへえ、いえ、もうかならず逃がすようなことはいたしません。ええ、逃がすもんですか。へえ、かしこまりました。たしかにおうけあいいたしました。どうぞ、旦那さま、ご心配なくおやすみくださいまし……さあ、松どん、善どん、寅どん、喜助どん……みんなきてくださいよ。いえね、へたすると、ここで仇討ちがはじまるところだったんだが、あのお武家さまのおはからいで、明朝、この宿場はずれで出会い敵ってえことになったんだ。そのかわりね、三人のうち、ひとりでも逃がすようなことがあると、家じゅうみな殺しだってんだから、こりゃあおだやかじゃあないよ。え? そうだよ。仇は、あの江戸のやつらだよ。ねえ、そういやあ、いやにこすっからいような目つきをしてたろう? なにしろ逃がしたらたいへんなんだから……うん、縄を持ってきたかい? じゃあね、あたしが声をかけたら、かまうこたあないから、あいつらあ、ぐるぐる巻きにふんじばって、柱へでもなんでもしばりつけとかなくっちゃあ……え? 今夜は寝ずの番だよ。みんな覚悟してくれよ……ええ、ごめんください」 「おう、若え衆か、どうしたい、はなしはついたかい?」 「ええ、つきました。明朝、当宿場はずれで出会い敵ということで、はなしは無事につきました」 「おいおい、はなしは無事につきましたなんていってるけど、じょうだんじゃねえ。出合い敵てえのはなんだい?」 「ええ、宿場はずれで、あなた、殺《や》られます」 「えっ」 「それでね、『仇は源兵衛ひとりではあるが、朋友が二名おったな? これは、朋友のよしみで助太刀いたすであろう』って……」 「しない、しないなあ」 「ああ、しないよ、ふたりとも……」 「いいえ、してもしなくても、ことのついでに首をはねるそうで……」 「おいおい、ことのついでにって、気やすくいうなよ」 「それでね、あなたがたのうち、ひとりでも逃がすようなことがあると、あたしたちの首が胴についていないというようなことで……まことにお気の毒ですが、きゅうくつでも、あなたがたしばらしてもらいます」 「おい、若え衆、おいおい、かんべんして……」 「ええ、かんべんもくそもあるもんか」 「おいおい、なにをするんだっ」 「なにもくそもあるもんか……おい、みんな、かまわないから、ぐるぐる巻きにしちまえ!!」  店じゅうの者が、寄ってたかって三人を荒縄でぎゅうぎゅうしばりあげると、柱へ結《ゆわ》いつけてしまいました。  三人は、さっきの元気はどこへやら、青菜に塩で、べそをかいております。  一方、おさむらいのほうは、さすがに度胸がすわっているとみえまして、となりの部屋に仇がいるというのに、大いびきで、ぐっすりとやすんでしまいました。  さて、一夜あけますと、おさむらいは、うがい、手水《ちようず》もすませまして、ゆうゆうと、朝食も終えました。 「ええ、お早うございます」 「おう、伊八か。昨夜は、いろいろと、そのほうに世話を焼かせたな」 「いいえ、どういたしまして……さきほどはまた、多分にお茶代までいただきまして、まことにありがとう存じます」 「いや、まことに些少《さしよう》であった。今後、当地へまいった節は、かならず当家に厄介《やつかい》になるぞ」 「へえ、ありがとう存じます……ええ、それから、旦那さま、昨夜の源兵衛でございますが……」 「源兵衛?」 「はい。ただいま、唐紙をあけてお目にかけます……さあ、よくごらんくださいまし。あのまんなかにしばってございますのが、あれが源兵衛でございまして、その両|端《はし》でべそをかいておりますのが、金次に留吉でございます」 「ほほう、ひどく厳重にいましめられておるが、なにか、昨夜、よほどの悪事でも犯《おか》したか?」 「いえ、昨夜は、べつにわるいというほどのことはいたしません。ただ、はだかでかっぽれを踊ったぐらいでございますが……」 「それが、なにゆえあのように?」 「でございますから、あの源兵衛が、旦那さまの奥さまと、弟御さまとを殺した悪人でございます」 「ほほう、それは、なにかまちがいではないかな? 拙者、ゆえあって、いまだ妻をめとったおぼえもなく、弟とてもないぞ」 「いいえ、そんなはずはございません。ねえ、旦那さま、おちついて、よくおもいだしてくださいましよ。ゆうべおっしゃったじゃあございませんか……『先年、妻と弟を討たれ、その仇を討たんがため、雨に打たれ、風にさらされ……』って」 「ああ、あれか……あははははっ……いや、あれは座興じゃ」 「えっ、座興? 座興とおっしゃいますと、旦那さまも口からでまかせにおっしゃったんで? ……へーえ、口からでまかせが、いやに流行《はや》ったねえ……しかし、旦那さま、じょうだんじゃあございませんよ。ひとりでも逃がしたら、家じゅうみな殺しだっておっしゃったでしょ? ええ、もう、家じゅう、だれひとり寝たものはおりません。みんな寝ずの番で、あの三人を……あの三人だってかわいそうに、生きた心地はありませんよ。みんなまっ青になって、べそをかいて……旦那さま、あなた、なんだって、そんなくだらないうそをおっしゃったんでございます?」 「いや、あのくらいに申しておかんと、身《み》どもが、ゆっくりやすむことができん」
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kkagneta2 · 4 years
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ボツ(?)4
おっぱい。どうしよう、ボツにしてもいいけどこの子好きだからまた考え直すかも…
「また出たんだね、例の通り魔」
と、僕は何となしに言いながら、もう目で追いかけるだけになっている教科書のページを手繰った。
「そうなんだよ、もうこれで7人、いや、8人目か、一体いつ収まることやら、………」
と友人はパンを齧る。
「またいつもの状態で見つかったの?」
「あん?―――そうだよ、いつもどおりさ。俺らと同じ中等部の男子が、傷も怪我も何もなく教室に倒れていたんだと。で、これまたいつもどおり、何があったのか聞いてもうんともすんとも言わないで首を振るのみで、一向に埒が明かねぇ」
「怖いなぁ。首絞めでもされたのかなぁ」
「それが違うんだってさ。この男子の言うことじゃ、首絞めじゃなくてもっとこう、………そう、そう、枕みたいなもので押さえつけられたらしいんだ」
「ふぅん、枕かぁ、………」
と怖くなってふるりと震えて身をすくめた時、ふわりと横から人影が。
「何話してるん?」
現れたのはクラスメイトの佐々木さんだった。その気さくな人体と学年トップの成績から二年生でありながら生徒会長を勤め上げ、その一方で部活の水泳では全国大会で結果を残すなど、天に二物も三物も与えられたような女子生徒。特に一体何カップあるのか分からないぐらい大きな胸は、一時詰め物をしているのだと言う噂が絶え���かったが、運動会の練習時にブラジャーが壊れたハプニングがあって以来、男子はすっげぇ、すっげぇ、と言いながら、告白しては振られていった。
そんな彼女が真横に立ったので、僕は少しドギマギした。
「おぉ! 佐々木か。あれあれ、あの話。通り魔事件の話」
「美桜ちゃんは何か知ってる?」
僕は彼女を呼ぶ時はいつも下の名だった。
「あー、あの話かぁ、………実はうちもよく知らへんねん。昨日も教室で倒れてるん見つかったんやろ? うちその時部室に居てなぁ、秋ちゃんと一緒に見に行こ言うて行ったんやけど、先生に追い返されてしもうてなぁんにも。いや、怖い話やで、………」
「まじかー、………あの生徒会長様でも知らないとは、お手上げかなこりゃ」
「あ! でもうち一つ大切なこと知ってるで!」
と、身を乗り出してきて彼女の胸が顔にあたった。
「み、美桜ちゃん、胸が、………」
「おっと、ごめんごめん」
「おい、啓介そこ変われ」
「い、いや、これ僕のせいじゃないし、ここ僕の席だし、………」
「あははは、いや、啓介くんごめんよ。最近また大きくなってて距離感が掴めへんくてなぁ、昨日もシュークリームを潰してしもてん。困ったやつやで、ほんま」
「うおー、………すっげぇ、………。ま、まぁいいや。佐々木の言う大切なことってなんだ?」
気を取り直した友人は、それでも美桜の胸に釘付けである。
「そやそや、その話やった。大切なことって言うんは被害に会った男の子のことなんやねん」
「ほうほう」
「実はうち会ったことがあんねんけど、みんななぁ、すっごい可愛くってなぁ! うちああいう子が弟に来てくれたら思うて、ぎゅって抱きしめとうてたまらなくなってん」
「なんだ、そういうことか」
「そういうことって、どういうことや?! これほど重要な点はあらへんやんか!」
「分かった分かった、大切なのは分かったから落ち着いてくれ」
「ふん、分かればええ」
と美桜を宥めてから友人は僕の方を向いた。
「それにしてもアレだな。可愛いと言えばうちの俺らのクラスにも居るな、一人」
と言うと、美桜も僕の方を向いた。
「せやねんなー、せやねんなー」
「ヤバいぞ、佐々木の言うことが本当だったら啓介の身が危ない。おい、啓介、夜道には気をつけるんだぞ」
美桜はこれを聞いてクックッと笑った。
「せやせや、啓介君はかぁいいから気をつけんとあかんで」
ふるふると、笑うに従うて彼女の胸が揺れた。
  それから一週間、件の事件は鳴りを潜め、学園は平和で、静かで、ゆるやかな日常がゆっくりと流れていた。今日も冬だと言うのに朝から陽気な日差しが差し込んで、始終あくびを噛み締めながら授業を受けなければならないくらいにはおだやかな空気が漂っていた。
そうして何事もなく授業が済んで、夕日の沈んで行くのを見ながら友人と一緒に教室を出たのだったけれども、校門の手前でふと、何か忘れものをしたような気がして立ち止まった。
「ごめん、忘れものしちゃったからちょっとまってて」
「しゃあねぇな、待っててやるからさっさと取ってこい」
腕組みをする友人を残して、僕は一人校舎の中へと入って行った。
校舎の中は妙に静かだった。さっきまで沢山人が居たような気がするのに、教室にたどり着くまで誰とも会わず、どこもかしこもひっそりとしている。電灯も消えていて廊下はほの暗い。
それで教室にまでたどり着いてみると、そこだけまだ明るいのであった。
「美桜ちゃん?」
中では美桜が一人窓際に佇んで外を眺めていて、僕に気がつくとふっと笑った。
「あれ? 啓介くんやん。どしたん?」
「ちょっと忘れものしたような気がして戻ってきちゃった」
「あはは、アホやなぁ」
と、美桜は近くの机に腰かけて、
「見つからへんのに」
そう呟くのがぼんやり聞こえたけれども、なぜか何にも気にかけないで机の中を漁り始めた。
それで随分と探したのであったが、机の中にも、ロッカーの中にもプリント類が山積みとなっている他何もなくて、一向にこれと言ったものは見つからない。そもそも何を忘れているのかも分からず、プリントの束を抱えて机を覗き込んだり、何となく体が動いて掃除用具入れの中を覗いたりもした。で、今は、床の上に落ちているのかと思って自席の周囲をグルグルと這っているのだけれども、もちろん何も見つからない。
「あれ、あれ?………」
あれ? と思っても見つからないものは見つからない。と、思ったその時だった。くすくすと上から笑い声がして、
「忘れものは見つかったやろか」
とほぼ頭上から声がしてハッと顔を上げると、やたらと綺麗な足が見え、次いでグワッと、物凄く大きな胸が目と鼻の先にまで迫ってくる。
僕は呆気にとられた。本当に大きくて、制服なんて今にも破れてしまいそうで、思わず後ずさりした。
「啓介くん?」
「あ、いや、何でもない、………あはは、はは、………」
僕はこう言いつつさっと立ち上がったけれども、
「んーん? 啓介くん?」
と、美桜がグッと覗き込んできて息が詰まった。彼女の方が頭一つ分は背が高くて、見下ろされると何となく身がすくむのである。………
「啓介くん」
「は、はい」
「今めっちゃうちのおっぱい見てたでしょ」
「えっ、いや、そんなことは、………」
「うそ、うちには分かってるから正直に言いな~?」
「ご、ごめん、見てました」
「あははは、えっちな子やなぁ!」
「―――むぐぅ!」
………一瞬のことだった。眼前に彼女の胸が迫ってきたかと思うと、顔中、………いや、頭がすっぽりとやわらかいものに包まれて、途方もなくいい匂いが鼻腔中に充満した。
「どーお? うちのおっぱい気持ちいーい?」
「むむぅ、………」
「んー? 何言ってるんか分からへん。もっと押し付けたらどうやろか」
と本当にぎゅうううっと後頭部を押し付けてきた。
息が、出来ない。
「むー! むー!」
こう藻掻いているうちにも美桜はさらに力を込めて押し付けてくる。一体何十センチあるのか分からない谷間に後頭部まで埋まり初めて、とうとう我慢しきれなくって美桜の腕を掴んだけれども、貧弱な僕では水泳部の彼女の力に敵うはずもなかった。
「グリグリ~」
と頭をゆすられると、されるがまま体も揺れる。自分ではどうしようもできないその力に、僕は恐怖を感じて叫んだ。
叫んだがしかし、その声は彼女の胸に全て吸収される。
「むうううううう!!!」
「すごい声やなぁ、でもうちには何言ってるかぜーんぜん分からへん、やっぱりもっとやってほしいんやろか」
とグリグリ、グリグリ。グリグリグリ。と、頭を擦られる度に、柔らかいおっぱいに鼻を押し付けられて、あの甘いような、懐かしような、とろけるような匂いが鼻をついて、頭がショートを起こしたように膝がガクガクと、腰が抜ける。
あゝ、もうだめだ、………
もはや彼女の手には尋常でないほどの力が込められていた、頭に激痛が走るほどに。でもそれが快感に変わって、僕は頭がもうどうにかなってしまったのだと思った。
「ええなぁ、このぎゅってする時の男の子の息、やっぱりたまらへんわぁ」
とますますギュッとして彼女の匂いが。ぬくもりが。
だけど命をつなくためには息を吸わなければならない。
「ふは、ふあ、ふひ」
「たっくさん吸ってぇな。うち生まれたときからええ匂い醸し出してるらしいねんわ」
「ふー!ふー!」
「ふふ、ええ気持ちやろ。もうなんにも考えられへんやろ。苦しくっても苦しくってもどこにも行きたくならへんやろ、―――」
ああああああ、………落ちていく、落ちていく。学園一の優等生の谷間の中へ落ちていく。
自力では立ってもいられなくなって彼女にすがりついた。柔らかい体、それがものすごく心地良くて、一生離したくないと思った。
気がつけば後頭部にあった手の感触が消え、僕の頭はすっぽりと彼女の胸に包まれていた。頭頂部にも、首元にも、肩にも、柔らかい感触がひたひたと吸い付いて、外からでは髪の毛の一本すら見えなくなっていた。
制服を着ているのに僕の顔を包み込んでしまう。
それほどまでに彼女の胸は大きい。世界一だと言っても誰も不思議に思わない。
だけどまだ中学生、二年生。………
「―――もうブラジャー無くってなぁ、今日学校終わったらすぐに買いに行かんとあかんから、ごめんなぁ。また誘ってぇな」
「―――今日すごい胸が張ってん。あーあ、明日になったらまた何センチか大きなってるわ」
そんな彼女のおっぱいに、僕の頭は丸ごと食べられてしまった。
そうして始まったのは頭部へのパイズリ。
さすがに僕も知っている。胸の大きな女性が男に向かってするアレ、………彼女はそれを僕の頭でやろうとしているのだった。
「男の子はこれすると腰が抜けんねん。うちのお兄ちゃんなんてな、毎日毎日、美桜! あれをやってくれ! たのむ!! ってせがんできてな、毎日毎日とろっとろにとろけきって十何回って射精すんねん。終わったら終わったで気ぃ失ってぐったりするし、起きたら起きたですぐ抱きついてくるし、昔はかっこよくて頼りになったんやけどなぁ、もう細うなってうちのことしか考えられへんようになったんやわ。あ、これ誰にも言ったらあかんで。うちこれ言われると弱いんやから」
と言ううちにも、ぎゅうううっと頭を圧迫してくる。美桜がどういう風に僕の頭を捕らえているのかは分からないけれども、もうここまで来ると嘘みたいな心地よさが体中を駆け巡って、手をだらりと垂れ下げた。
でもしばらくは開放してくれなかった。………
「あはは、もう腰立たん?」
ドサリと仰向けに倒れた僕に向かって美桜はこう言った。
で、唐突にのしかかってきた、―――!
「むぐぅ!!!」
僕の顔は彼女の胸の下敷きに、そしてまたしても息が。
(お、重っ、―――!!)
苦しさよりもこう思うほうが先だった。人が一人顔に乗っているような感じで、体を起こそうにも全く歯が立たない。
一方で美桜は胸の重みから開放されて、
「あー! 重かった!」
と、非常に清々しい声を出していた。
「ほんま重いわ。啓介くんもそう思う?」
「むー!!」
「あはは、めっちゃ苦しいやろなぁ。うちのおっぱい片方だけでも10キロは余裕であるねんもん。何カップやと思う?」
「むぐ、………むぐぅ!」
「正解は、………よく分からない、―――でした! ………あはは、うちZ カップ超えてんねん。胸小そうしとうて水泳部に入ったんやけど、逆効果やったみたいやわ。―――ほな、そろそろ息吸おか」
とゆっくりとずり下がって行って、美桜の顔が見えた。
「すごかったやろ? うちくらいおっぱいおっきいとあんなことも出来るねんで」
と、ここに於いてようやく区切りが出来たようだった。が、開放とは言っても美桜は未だに僕の体の上に乗っていて、あと一歩ずり動けば僕はまたしても天国のような苦しみを味わうことになりそうであった。
「それにしても啓介くん、最近うちのおっぱい見すぎやで。今日も授業中にチラチラチラチラ、………気づいてへんと思うてた?」
「ご、ごめん、………��
「あはは、むっつりさんやなぁ。でも正直な子はうち好きやから、しばらくこないしてよか。さっきみたいなのは苦しだけやったやろ?」
と、その時だった。
「おーい、啓介ー、いつまで忘れもの探してるんだ?」
と友人が教室に入ってきた。美桜を見つけて、
「おぉ、佐々木じゃないか。啓介を見なかったか?」
「啓介くんならさっき腹痛(はらいた)でトイレに行きはったよ」
「そうか、俺も忘れものをしたような気がして来たが、入れ違いになったか」
「―――?」
あれ? と思った。
―――なんで僕らの状況を不思議に思わないんだろう?
「み、美桜ちゃん」
と、言うと美桜は不敵に笑って、
「驚きはった? うち超能力使えんねん。ほら、こんな風に」
と左手の人差し指をピンと立てて僕の目にかざした。
すると途端に、クラクラと眼の前が揺れた。そして胸が苦しくなった。頬も耳も火傷しそうなほど熱くなって、口がぽかんと開く。そしてただでさえ可愛い女の子がさらに可愛く見えてきて、………あっ、あっ、………か、かわいい………!!
「あはは、目ぇとろっとろやん」
「うあ、うあ、………」
「声もしどろで、体が熱うなって、うちのことしか考えられなくなって、………ええねんで? おっぱい揉んでも、顔を埋めてぇも、口を吸い付けても」
「―――?!」
一体何が起こったのか分からなかった。分からなかったけれども説明すると、おもむろに立ち上がった美桜が指をパチンと鳴らすと体が空に浮き上がって、次の瞬間には小さな虫のごとく彼女に抱きついていたのである。
「しゅ、しゅごいいいいい!」
僕はそう叫んだ。
―――とろけていく。
脳がとろけていく感覚がする。動きも考えも支配されて僕が自由に動かせるのは手だけ、足はガッチリと彼女をホールドし、胴体はみっちりとそのなまめかしい体に張り付き、顔は再び胸に押し付けられている。
これでおっぱいを揉んだらどうなるのだろう。………
「あぅあ、………あわあわ、………」
それは恐怖とでも言うような感覚だった。触れたら終わる、確実におっぱいの虜になって人間性を失ってしまう。………だけれども手が伸びていく、おっぱいに、おっぱいに。
と、かすかに手先が触れた。「あ、終わった」と思った。
「なにこれ! なにこれええええええ!!!」
やっぱり一度触れたら最後だった。手が、止まらない。
「き、気持ちいいいいいい!!!」
あゝ、これが美桜ちゃんのおっぱい。僕の顔よりはるかに大きなおっぱい、いつも目の前で揺れるのを見つめるだけだったおっぱい、��んなが羨ましがるおっぱい、さっき自分の頭を丸ごと包んできたおっぱい、世界一のおっぱい、………おっぱい、おっぱい、美桜ちゃんのおっぱい、………
「あーあ、もううちのおっぱいのことしか考えられへんようなったなぁ」
と言ううちにも、ぎゅうううっと抱きしめておっぱいに顔をうずめ匂いを嗅ぎ、首元から手を突っ込んでじかにおっぱいに触れ、裾を軽くたくって彼女のおっぱいを覆う純白のブラジャーを堪能する。
「むああああああ!………」
何という快感、………
おっぱい、………
おっぱい、………
美桜ちゃんのおっぱい、………
彼女に再び人差し指を目にかざされると、恐ろしいまでの衝撃に駆られて、おっぱいの中でも特に大切な突起物に吸い付いた。あれ? と思ったら僕は今、制服を透いて、下着も透いて乳首を吸っているらしかった。そしてその乳首を口に含むのも自分の意思ではしていなかった。
それはまるで魔法だった。人差し指一本だけで僕の手足は彼女の思い通りに動いて、思考は全て奪われた。彼女がくるくると指を回すと頭が勝手に谷間へと向かった。彼女が指で空間を切ると僕の制服は真っ二つになった。彼女が5本の指を小さく折りたたむと、僕の体は赤ん坊のように小さくなった。彼女が指をクイと動かすと、僕は誘われるかの如く彼女の胸元に収まった。
そして赤ん坊のようにちゅうちゅうとおっぱいを吸った。―――
「ちゅうちゅう、ちゅうちゅう、………」
「ふふふ、かわいいなぁ」
「ちゅううう………!」
「ふふ、―――あ! せや、今うちが超能力使うんやめたらどうなるんやろ」
ふと美桜が言った。
「ちょっとやってみよか」
人差し指をくるりと回す。すると、
「んん?」
と友人がこちらを見た。
「どしたん?」
「なんか音がしたんだけど、佐々木は聞こえたか?」
「うちはなんも聞こえへんかったよ」
と、美桜は言って僕の方を顧みた。
「まさか全部見せるんやと思うた? あはは、いくらうちでもそんなことはせぇへんよ」
と言うものの、僕は赤ん坊にされると同時に知能までも剥奪されて、その実この言葉の意味がよく理解出来なかった。
「ばあ!」
「あーあー、よちよちよち、けいすけくんおっぱいおいちい?」
「あぅあぅ!」
「せやねー、友達邪魔やねんなぁ。よし、せやったらけいすけくんのために消してあげよか」
と指をくるくると回す。すると今までそこで忘れものを探そうとロッカーを覗いていた友人の姿は、その座席ごと、―――荷物も、制服も、身につけていた腕時計も何もかも、光がまたたくのと同じように消えた。
「きゃっきゃっ」
「帰る?」
「ばうばう、あー」
「ふんふん、けいすけくんはほんまにおっぱいが好きやなぁ。ほんま赤ん坊みたいやで。ほんならこないしてやろ」
と今度は親指と中指をぴったり合わせてパッチンと鳴らした。僕の体は赤ん坊からさらに小さくなって、リスのようになって、ネズミのようになって、最終的に蟻のサイズへ。彼女の手のひらの上でゴロゴロと転がされて、怖くてびーびー泣くのを見つめられる。
そしてブラジャーのカップの中へと入れられた。
そして次に見たのは、どんどん迫ってくる大きな大きな乳首だった。
僕はおっぱいとブラジャーの板挟みにされてもがき苦しんだけれども、ちょうどよい段差を見つけてそこに滑り込んだ。
「あーあ、気をつけなあかんて言うたのに、まったく啓介くんはかぁいいなぁ」
 時に、日が沈んで教室の中は真っ暗と、広々とした室内に半分に切れた一着の制服、闇の中に紛れて持ち主の帰りを待つ。
女神のような少女はそれすらも消して教室を後にしたが。
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kurayamibunko · 4 years
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【���散希望】人面魚池のあたりで行方不明。茶色い耳。顔を近づけるとなめます
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『ようかいアニミちゃん』 作:荒井良二
祖父母が若いころ、飼い犬だったシェパードが強くなりすぎ散歩をするにも人間のほうが引きずられることがたびたびあり泣く泣く手放した経験からもうあんな思いはしたくないのでペット厳禁という家訓のもとに生まれたわたし。犬や猫を飼っている友だちをうらやみ、世話をするからとせがむたびに祖母からダメ出しをくらうのでした。
家で生物を飼ったのは小学生のころ、夏休みに観察日記をつけるためにクラス全員に配られたカブトムシが最初でした。その日は朝から猛烈に暑く、そんなときは霧吹きで水をかけてあげるよう先生が言っていたのを思い出しました。夏のプールは最高です。カブトムシにもプールを作ってあげれば快適にすごしてくれるはずと景気良く水をかけはじめ、気がついたら虫かごから土まじりの水がばちゃばちゃあふれ、カブトムシが浮いているのでした。観察日記は2日で終了しました。
次に飼ったのはザリガニです。台風一過の朝、家の前の川に大量のザリガニが漂着しているのを見つけ、大喜びでバケツに入るだけ詰め込み友だちに自慢しようと玄関に置いておいたところ翌日全滅。生物は種類によって陸海空と生きる環境が異なることや、生きるには酸素が必要なことを彼らから学びました。
以降、ヒト以外とは触れ合うことなく大人になったのですが、あるとき、鳥類と同居することになりました。ヒトの赤ん坊でいうところの離乳食期のヒナをお迎えしたのです。昆虫も甲殻類も満足に飼えなかったわたしが、いきなり鳥類、しかも一人立ちしていないヒナを育てることになりました。
主食はパウダーフードです。お湯をわかし、その間に少量の水で餌を溶いておきます。そこにお湯を足しながら温度計ではかって40度になるよう調整し、お腹をすかせてジュージュー鳴いているヒナにスプーンで食べさせます。餌が冷たくなるとそっぽを向くので、そのたびにお湯で湯せんして40度にもどし、ふたたびスプーンで食べさせます。おなかいっぱいになったら体重を測り、どれくらい食べたかを記録。これを1日に4回繰り返します。
一人で餌を食べられるようになるまでの3カ月間、ヒナの呼ぶ声であわてて目覚めると空耳だったり、外出先でも空耳したり、餌をあげる時間に間に合わないためタクシーを飛ばしたり、飲み会の誘いにも「すみません、コレが(と両手を羽ばたかせる)コレなもんで(右手の指をクチバシのようにぱくぱくうごかす)」とヒナのご飯を理由にことわったり。
今まで自分のやりたいように生きてこれたのに、手のひらに乗るほど小さくて温かくてふわふわでひよひよ蠢く生命体によってすべてが崩壊し、コントロール不能になり、24時間ヒナ最優先の厳戒態勢を敷くことになったのです。
「鳥? ご飯なんてカゴに入れとけば勝手に食べるでしょ」と思われるかもしれません。しかし、あなたは赤ん坊が栄養バランスを考えながらスーパーで食材を選びごはんを炊き卵とチンゲンサイを炒め豆腐とワカメ入りのお味噌汁をつくり器に盛りつけ食べたあとに食器を洗って洗濯機をまわしながら居間を掃除できると思いますか、毎日、ひとりで。「いや、赤ん坊と鳥はちがうから」。ちがいません。ヒナは、いえ、成鳥になったとしても、猫でも犬でも爬虫類でも昆虫でも甲殻類でもいったん家にお迎えしたらその命は完全に飼い主に依存することになり彼らの人生に飼い主が全責任を負うことになるのです幸せに健やかに生きてもらうために飼い主はあらゆる策を講じなければならないのです勝手にご飯を食べるだなんてうちの子をなんだと思っているんだもちろん飲み会はお断りします。
失礼、鳥乱しました。ようするに、メロメロになっちまったのです。 鳥に。
●●●
人面花や人面木や人面山や人面家やらが生息する妖怪ワールドに住むアニミちゃん。飼っている子犬のブルブルがいなくなり、探しに出かけることになりました。
どんな状況で子犬がいなくなったのか不明ですが、鳥の場合、飼い主がカゴから外に出している最中、不用意に開けていた窓から飛び出てしまったというケースがよくあります。住み慣れた四畳一間からいきなり漆黒の宇宙へ放り出されるようなもの。パニックになってあらぬ方向に飛んで行くほかありません。
ヒナをお迎えしたときに飼育本を何冊も読み、わたしなりのルールを決めました。鳥部屋の窓は絶対に開けない。鳥かご以外のモノは置かない。コード類やコンセントにカバーをつけて感電をふせぐ。テフロン加工のフライパンは中毒を起こすので使わない。鉛製品も中毒を起こすので厳禁。火を使ったり鳥が食べると死にいたる食材をあつかう台所は立入禁止。そもそも鳥部屋以外に連れ出さない。
宇宙一愛している鳥の、命にかかわることです。わたしができるあらゆる対策をとったうえで、舐めまわすように眺め、頭をカキカキさせてもらい、首毛に鼻先をうずめ、クチバシから香るメイプルシロップの匂いをかいで、唇を甘噛みしてもらい、しつこく撫ですぎて嫌がられながら、鼻の下をのばしてやにさがる毎日を送るのだと決めたのです。
さて、ブルブルを探して友だちをたずねるアニミちゃん。荒井良二さんが描くキュートで毒々しい妖怪たちが、画面からドーンと飛び出します。
アシノメさんにきいてみたら きょうはみてないなあ ごめんね といいました アニミちゃんは ありがとう またこんど あそぼうね というと もちろん もちろん と アシノメさんがいいました
ブルブルゥ ブルブルゥ といいながら アニミちゃんは あるきます あらオオグモさん! ブルブルをみませんでしたか? とアニミちゃんがいうと みてないなあ といって オオグモさんは クルクルうごいて ざんねんがりました
そうそう たかいところから さがしてみましょ ブルブルゥ ブルブルゥ とアニミちゃんが おおきなこえで よんでも へんじが ありません ブルブルゥ ブルブルゥ……
ノッペラさんのところにやってきたアニミちゃん。ブルブルを見なかったかたずねると、どうやら行方を知っているようす。ああ、なるほど、そこにいたとは盲点でした。もうけっして、離さないでね、アニミちゃん。
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先日、久しぶりに地球に立ち寄った親友に呼び出されて一緒に飲んだのですが、首が異常に細長い真っ黒な鳥を肩にのせていました。トカーガ星で拾ったそうです。飼い主が心配して探しているだろうから電柱に貼り紙をして近隣のペットショップと動物病院と警察にとどけたほうがいいとアドバイスしたところ、飼い主はもうこの世にいないとのこと。遠い目をしてグラスをかたむける友に、それ以上聞くのはやめました。そのとき、いきなり鳥がわたしの持っていたグラスをくちばしでひったくり飲み干してしまったのです。
「こいつの好物でね」と当たり前のように言いニンニクの唐揚げをつまもうとする友を、わたしは殴りつけました。「この馬鹿!鳥に酒なんて飲ませてどうする!」。ふだん物静かなわたしが激昂したことに、彼は驚いたようでした。「なんでも食べるぞ。船の厨房でもしょっちゅう盗み食いしたり飲んだりしている」「チョコもアボカドもゴボウもキノコも酒もご飯もパンもスナック菓子も鳥にとっては猛毒なんだ。飼い主になるのなら頭に叩き込め!」。 わたしは、たまたま持っていた『コンパニオンバードNo.17 特集:元気の秘訣 鳥さんのごはん』を彼に渡しました。「すまなかった。星の海で命つきるまで、俺は忘れはしない」。わたしたちはかたい握手をかわしました。
翌日、友はふたたびアルカディア号に乗って地球を旅立っていきました。宇宙海賊を生業とする友の暮らしは得てして不規則になりがちです。しかし鳥のことを一番に考えて、夜遅くの戦闘を避けたり、騒々しい三連装パルサーカノンの使用をなるべくひかえるなどして、素晴らしい愛鳥ライフを送ってほしいと心から願っています。
※文中の太字は本文より引用
『ようかいアニミちゃん』 作:荒井良二 教育画劇
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leur-leur · 7 years
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お誕生日🎂🎉🎊 ケーキは小さいけど気持ちは感謝の気持ちはしっかり入ってます。 #誕生日 #アザレ #フレンチ#うますぎ #34歳 #知り合ったのは高校2年生 #結婚9年目 #ネイル頑張ってる #息子は泣き虫やんちゃ坊主 #お庭が素敵でした #うちの奥さんお酒入ったらよく喋る #終始笑顔 #40代おじさん #父2年目 (Azalée)
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Latin//Alphabet// ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZabcdefghijklmnopqrstuvwxyz0123456789 !"“”#$%&'‘’()*+,-./:;<=>?@[\]^_`{|}~ Latin//Accent// ¡¢£€¤¥¦§¨©ª«¬®¯°±²³´µ¶·¸¹º»¼½¾¿ÀÁÂÃÄÅÆÇÈÉÊËÌÍÎÏÐÑÒÓÔÕÖ×ØÙÚÛÜÝÞßàáâãäåæçèéêëìíîïðñòóôõö÷øùúûüýþÿ Latin//Extension 1// ĀāĂ㥹ĆćĈĉĊċČčĎďĐđĒēĔĕĖėĘęĚěĜĝĞğĠġĢģĤĥĦħĨĩĪīĬĭĮįİıIJijĴĵĶķĸĹĺĻļĽľĿŀŁłŃńŅņŇňʼnŊŋŌōŎŏŐőŒœŔŕŖŗŘřŚśŜŝŞşŠšŢţŤťŦŧŨũŪūŬŭŮůŰűŲųŴŵŶŷŸŹźŻżŽžſfffiflffifflſtst Latin//Extension 2// ƀƁƂƃƄƅƆƇƈƉƊƋƌƍƎƏƐƑƒƓƔƕƖƗƘƙƚƛƜƝƞƟƠơƢƣƤƥƦƧƨƩƪƫƬƭƮƯưƱƲƳƴƵƶƷƸƹƺƻƼƽƾƿǀǁǂǃDŽDždžLJLjljNJNjnjǍǎǏǐǑǒǓǔǕǖǗǘǙǚǛǜǝǞǟǠǡǢǣǤǥǦǧǨǩǪǫǬǭǮǯǰDZDzdzǴǵǶǷǸǹǺǻǼǽǾǿ Symbols//Web// –—‚„†‡‰‹›•…′″‾⁄℘ℑℜ™ℵ←↑→↓↔↵⇐⇑⇒⇓⇔∀∂∃∅∇∈∉∋∏∑−∗√∝∞∠∧∨∩∪∫∴∼≅≈≠≡≤≥⊂⊃⊄⊆⊇⊕⊗⊥⋅⌈⌉⌊⌋〈〉◊♠♣♥♦ Symbols//Dingbat// ✁✂✃✄✆✇✈✉✌✍✎✏✐✑✒✓✔✕✖✗✘✙✚✛✜✝✞✟✠✡✢✣✤✥✦✧✩✪✫✬✭✮✯✰✱✲✳✴✵✶✷✸✹✺✻✼✽✾✿❀❁❂❃❄❅❆❇❈❉❊❋❍❏❐❑❒❖❘❙❚❛❜❝❞❡❢❣❤❥❦❧❨❩❪❫❬❭❮❯❰❱❲❳❴❵❶❷❸❹❺❻❼❽❾❿➀➁➂➃➄➅➆➇➈➉➊➋➌➍➎➏➐➑➒➓➔➘➙➚➛➜➝➞➟➠➡➢➣➤➥➦➧➨➩➪➫➬➭➮➯➱➲➳➴➵➶➷➸➹➺➻➼➽➾ Japanese//かな// あいうえおかがきぎくぐけげこごさざしじすずせぜそぞただちぢつづてでとどなにぬねのはばぱひびぴふぶぷへべぺほぼぽまみむめもやゆよらりるれろわゐゑをんぁぃぅぇぉっゃゅょゎゔ゛゜ゝゞアイウエオカガキギクグケゲコゴサザシジスズセゼソゾタダチヂツヅテデトドナニヌネノハバパヒビピフブプヘベペホボポマミムメモヤユヨラリルレロワヰヱヲンァィゥェォッャュョヮヴヵヶヷヸヹヺヽヾ Japanese//小学一年// 一右雨円王音下火花貝学気九休玉金空月犬見五口校左三山子四糸字耳七車手十出女小上森人水正生青夕石赤千川先早草足村大男竹中虫町天田土二日入年白八百文木本名目立力林六 Japanese//小学二年// 引羽雲園遠何科夏家歌画回会海絵外角楽活間丸岩顔汽記帰弓牛魚京強教近兄形計元言原戸古午後語工公広交光考行高黄合谷国黒今才細作算止市矢姉思紙寺自時室社弱首秋週春書少場色食心新親図数西声星晴切雪船線前組走多太体台地池知茶昼長鳥朝直通弟店点電刀冬当東答頭同道読内南肉馬売買麦半番父風分聞米歩母方北毎妹万明鳴毛門夜野友用曜来里理話 Japanese//小学三年// 悪安暗医委意育員院飲運泳駅央横屋温化荷開界階寒感漢館岸起期客究急級宮球去橋業曲局銀区苦具君係軽血決研県庫湖向幸港号根祭皿仕死使始指歯詩次事持式実写者主守取酒受州拾終習集住重宿所暑助昭消商章勝乗植申身神真深進世整昔全相送想息速族他打対待代第題炭短談着注柱丁帳調追定庭笛鉄転都度投豆島湯登等動童農波配倍箱畑発反坂板皮悲美鼻筆氷表秒病品負部服福物平返勉放味命面問役薬由油有遊予羊洋葉陽様落流旅両緑礼列練路和 Japanese//小学四年// 愛案以衣位囲胃印英栄塩億加果貨課芽改械害街各覚完官管関観願希季紀喜旗器機議求泣救給挙漁共協鏡競極訓軍郡径型景芸欠結建健験固功好候航康告差菜最材昨札刷殺察参産散残士氏史司試児治辞失借種周祝順初松笑唱焼象照賞臣信成省清静席積折節説浅戦選然争倉巣束側続卒孫帯隊達単置仲貯兆腸低底停的典伝徒努灯堂働特得毒熱念敗梅博飯飛費必票��不夫付府副粉兵別辺変便包法望牧末満未脈民無約勇要養浴利陸良料量輪類令冷例歴連老労録 Japanese//小学五〜六年// 圧移因永営衛易益液演応往桜恩可仮価河過賀快解格確額刊幹慣眼基寄規技義逆久旧居許境均禁句群経潔件券険検限現減故個護効厚耕鉱構興講混査再災妻採際在財罪雑酸賛支志枝師資飼示似識質舎謝授修述術準序招承証条状常情織職制性政勢精製税責績接設舌絶銭祖素総造像増則測属率損退貸態団断築張提程適敵統銅導徳独任燃能破犯判版比肥非備俵評貧布婦富武復複仏編弁保墓報豊防貿暴務夢迷綿輸余預容略留領異遺域宇映延沿我灰拡革閣割株干巻看簡危机貴揮疑吸供胸郷勤筋系敬警劇激穴絹権憲源厳己呼誤后孝皇紅降鋼刻穀骨困砂座済裁策冊蚕至私姿視詞誌磁射捨尺若樹収宗就衆従縦縮熟純処署諸除将傷障城蒸針仁垂推寸盛聖誠宣専泉洗染善奏窓創装層操蔵臓存尊宅担探誕段暖値宙忠著庁頂潮賃痛展討党糖届難乳認納脳派拝背肺俳班晩否批秘腹奮並陛閉片補暮宝訪亡忘棒枚幕密盟模訳郵優幼欲翌乱卵覧裏律臨朗論 Japanese//中学// 亜哀挨曖扱宛嵐依威為畏尉萎偉椅彙違維慰緯壱逸芋咽姻淫陰隠韻唄鬱畝浦詠影鋭疫悦越謁閲炎怨宴援煙猿鉛縁艶汚凹押旺欧殴翁奥憶臆虞乙俺卸穏佳苛架華菓渦嫁暇禍靴寡箇稼蚊牙瓦雅餓介戒怪拐悔皆塊楷潰壊懐諧劾崖涯慨蓋該概骸垣柿核殻郭較隔獲嚇穫岳顎掛括喝渇葛滑褐轄且釜鎌刈甘汗缶肝冠陥乾勘患貫喚堪換敢棺款閑勧寛歓監緩憾還環韓艦鑑含玩頑企伎忌奇祈軌既飢鬼亀幾棋棄毀畿輝騎宜偽欺儀戯擬犠菊吉喫詰却脚虐及丘朽臼糾嗅窮巨拒拠虚距御凶叫狂享況峡挟狭恐恭脅矯響驚仰暁凝巾斤菌琴僅緊錦謹襟吟駆惧愚偶遇隅串屈掘窟繰勲薫刑茎契恵啓掲渓蛍傾携継詣慶憬稽憩鶏迎鯨隙撃桁傑肩倹兼剣拳軒圏堅嫌献遣賢謙鍵繭顕懸幻玄弦舷股虎孤弧枯雇誇鼓錮顧互呉娯悟碁勾孔巧甲江坑抗攻更拘肯侯恒洪荒郊貢控梗喉慌硬絞項溝綱酵稿衡購乞拷剛傲豪克酷獄駒込頃昆恨婚痕紺魂墾懇沙唆詐鎖挫采砕宰栽彩斎債催塞歳載剤削柵索酢搾錯咲刹拶撮擦桟惨傘斬暫旨伺刺祉肢施恣脂紫嗣雌摯賜諮侍慈餌璽軸叱疾執湿嫉漆芝赦斜煮遮邪蛇酌釈爵寂朱狩殊珠腫趣寿呪需儒囚舟秀臭袖羞愁酬醜蹴襲汁充柔渋銃獣叔淑粛塾俊瞬旬巡盾准殉循潤遵庶緒如叙徐升召匠床抄肖尚昇沼宵症祥称渉紹訟掌晶焦硝粧詔奨詳彰憧衝償礁鐘丈冗浄剰畳壌嬢錠譲醸拭殖飾触嘱辱尻伸芯辛侵津唇娠振浸紳診寝慎審震薪刃尽迅甚陣尋腎須吹炊帥粋衰酔遂睡穂随髄枢崇据杉裾瀬是姓征斉牲凄逝婿誓請醒斥析脊隻惜戚跡籍拙窃摂仙占扇栓旋煎羨腺詮践箋潜遷薦繊鮮禅漸膳繕狙阻租措粗疎訴塑遡礎双壮荘捜挿桑掃曹曽爽喪痩葬僧遭槽踪燥霜騒藻憎贈即促捉俗賊遜汰妥唾堕惰駄耐怠胎泰堆袋逮替滞戴滝択沢卓拓託濯諾濁但脱奪棚誰丹旦胆淡嘆端綻鍛弾壇恥致遅痴稚緻畜逐蓄秩窒嫡抽衷酎鋳駐弔挑彫眺釣貼超跳徴嘲澄聴懲勅捗沈珍朕陳鎮椎墜塚漬坪爪鶴呈廷抵邸亭貞帝訂逓偵堤艇締諦泥摘滴溺迭哲徹撤添塡殿斗吐妬途渡塗賭奴怒到逃倒凍唐桃透悼盗陶塔搭棟痘筒稲踏謄藤闘騰洞胴瞳峠匿督篤凸突屯豚頓貪鈍曇丼那謎鍋軟尼弐匂虹尿妊忍寧捻粘悩濃把覇婆罵杯排廃輩培陪媒賠伯拍泊迫剝舶薄漠縛爆箸肌鉢髪伐抜罰閥氾帆汎伴畔般販斑搬煩頒範繁藩蛮盤妃彼披卑疲被扉碑罷避尾眉微膝肘匹泌姫漂苗描猫浜賓頻敏瓶扶怖附訃赴浮符普腐敷膚賦譜侮舞封伏幅覆払沸紛雰噴墳憤丙併柄塀幣弊蔽餅壁璧癖蔑偏遍哺捕舗募慕簿芳邦奉抱泡胞俸倣峰砲崩蜂飽褒縫乏忙坊妨房肪某冒剖紡傍帽貌膨謀頰朴睦僕墨撲没勃堀奔翻凡盆麻摩磨魔昧埋膜枕又抹慢漫魅岬蜜妙眠矛霧娘冥銘滅免麺茂妄盲耗猛網黙紋冶弥厄躍闇喩愉諭癒唯幽悠湧猶裕雄誘憂融与誉妖庸揚揺溶腰瘍踊窯擁謡抑沃翼拉裸羅雷頼絡酪辣濫藍欄吏痢履璃離慄柳竜粒隆硫侶虜慮了涼猟陵僚寮療瞭糧厘倫隣瑠涙累塁励戻鈴零霊隷齢麗暦劣烈裂恋廉錬呂炉賂露弄郎浪廊楼漏籠麓賄脇惑枠湾腕 Japanese//記号//  ・ー~、。〃〄々〆〇〈〉《》「」『』【】〒〓〔〕〖〗〘〙〜〝〞〟〠〡〢〣〤〥〦〧〨〩〰〳〴〵〶 Greek & Coptic//Standard// ʹ͵ͺͻͼͽ;΄΅Ά·ΈΉΊΌΎΏΐΑΒΓΔΕΖΗΘΙΚΛΜΝΞΟΠΡΣΤΥΦΧΨΩΪΫάέήίΰαβγδεζηθικλμνξοπρςστυφχψωϊϋόύώϐϑϒϓϔϕϖϚϜϞϠϢϣϤϥϦϧϨϩϪϫϬϭϮϯϰϱϲϳϴϵ϶ϷϸϹϺϻϼϽϾϿ Cyrillic//Standard// ЀЁЂЃЄЅІЇЈЉЊЋЌЍЎЏАБВГДЕЖЗИЙКЛМНОПРСТУФХЦЧШЩЪЫЬЭЮЯабвгдежзийклмнопрстуфхцчшщъыьэюяѐёђѓєѕіїјљњћќѝўџѢѣѤѥѦѧѨѩѪѫѬѭѰѱѲѳѴѵѶѷѸѹҌҍҐґҒғҖҗҘҙҚқҜҝҠҡҢңҤҥҪҫҬҭҮүҰұҲҳҴҵҶҷҸҹҺһҼҽҾҿӀӁӂӇӈӏӐӑӒӓӔӕӖӗӘәӚӛӜӝӞӟӠӡӢӣӤӥӦӧӨөӪӫӬӭӮӯӰӱӲӳӴӵӶӷӸӹӾӿ Thai//Standard// กขฃคฅฆงจฉชซฌญฎฏฐฑฒณดตถทธนบปผฝพฟภมยรฤลฦวศษสหฬอฮฯะัาำิีึืฺุู฿เแโใไๅๆ็่้๊๋์ํ๎๏๐��๒๓๔๕๖๗๘๙๚๛
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momijiyama1649 · 5 years
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ざこば・鶴瓶らくごのご お題一覧 1992年    1 過労死・つくし・小錦の脂肪    2 一年生・時短・ニューハーフ    3 レントゲン・混浴・アニマル    4 ゴールデンウイーク・JFK・セクハラ    5 暴走族・かさぶた・バーコード    6 タイガース・母の日・入れ墨    7 目借り時・風呂桶・よだれ    8 しびれ・歯抜け・未婚の娘    9 ヘルニア・目ばちこ・フォークボール    10 造幣局・社員割引・オリンピック    11 父の日・猥褻・丁髷    12 ピエロ・ナメクジ・深爪    13 ミスユニバース・特許・虫さされ    14 魔法使いサリー・祇園祭・円形脱毛症    15 サザエさん・ジャンケン・バーゲンセール    16 ト音記号・北方領土・干瓢    17 妊婦体操・蚊帳・ビヤガーデン    18 身代わり・車だん吉・プラネタリウム    19 床づれ・追っかけ・男の涙    20 海月・肩パット・鶏冠    21 放送禁止用語・お年寄り・ピンポンパン    22 おかま・芋掘り・大人げない    23 復活・憧れ・食い逃げ    24 蒲鉾・風は旅人・半尻    25 泉ピン子・ヘルメット・クリーニング    26 美人姉妹・河童・合格    27 スカート捲り・ケツカッチン・秋の虫    28 チンパンジー・フォークダンス・いなりずし    29 稲刈り・小麦粉・フランス人    30 日本シリーズ・鶴瓶・落葉    31 クロスカウンター・学園祭・タクシー    32 付け睫毛・褌ペアー誕生・ツアーコンダクター    33 泣きみそ・ボーナス一括払い・ぎゅうぎゅう詰め    34 静電気・孝行娘・ホノルルマラソン    35 暴れん坊将軍・モスラ・久留米餅 1993年    36 栗きんとん・鶴・朝丸    37 成人式・ヤクルトミルミル・まんまんちゃんあん    38 夫婦善哉・歯磨き粉・夜更かし    39 金の鯱・オーディション・チャリティーオークション    40 ひ孫・いかりや長介・掃除機    41 北京原人・お味噌汁・雪祭り    42 視力検査・フレアースカート・美術館めぐり    43 矢鴨・植毛・うまいもんはうまい    44 卒業式・美人・転た寝    45 らくごのご・浅蜊の酒蒸し・ハットリ君    46 コレラ・さぶいぼ・お花見    47 パンツ泥棒・オキシドール・上岡龍太郎    48 番台・ボランティア・健忘症    49 長嶋監督・割引債・厄年    50 指パッチン・葉桜・ポールマッカートニー    51 同級生・竹輪・ホモ    52 破れた靴下・海上コンテナ・日本庭園    53 シルバーシート・十二単衣・筍    54 ぶんぷく茶釜・結納・横山ノック    55 睡眠不足・紫陽花・厄介者    56 平成教育委員会・有給休暇・馬耳東風    57 生欠伸・枕・短気は損気    58 雨蛙・脱税・右肩脱臼    59 鮪・教育実習・嘘つき    60 天の川・女子短期大学・冷やし中華    61 東京特許許可局・落雷・蚊とり線香    62 真夜中の屁・プロポーズ・水戸黄門諸国漫遊    63 五条坂陶器祭・空中庭園・雷    64 目玉親父・恐竜・熱帯夜    65 深夜徘徊・パンツ・宮参り    66 美少女戦士セーラームーン・盆踊り・素麺つゆ    67 水浴び・丸坊主・早口言葉    68 桃栗三年柿八年・中耳炎・網タイツ    69 釣瓶落とし・サゲ・一卵性双生児    70 台風の目・幸・ラグビー    71 年下の男の子・宝くじ・松茸狩り    72 関西弁・肉まんあんまん・盗塁王    73 新婚初夜・サボテン・高みの見物    74 パナコランで肩こらん・秋鯖・知恵    75 禁煙・お茶どすがな・銀幕    76 ラクロス・姥捨山・就職浪人    77 掛軸・瀬戸大橋・二回目    78 海外留学・逆児・マスターズトーナメント    79 バットマン・戴帽式・フライングスポーツシューター    80 法螺貝・コロッケ・ウルグアイラウンド    81 明治大正昭和平成・武士道・チゲ鍋 1994年    82 アイルトンセナ・正月特番・蟹鋤    83 豚キムチ・過疎対策・安物買いの銭失い    84 合格祈願・パーソナルコンピューター・年女    85 一途・血便・太鼓橋    86 告白・ラーメン定食・鬼は外、福は内    87 カラー軍手・放火・卸売市場    88 パピヨン・所得税減税・幕間    89 二十四・Jリーグ・大雪    90 動物苛め・下市温泉秋津荘・ボンタンアメ    91 雪見酒・アメダス・六十歳    92 座蒲団・蛸焼・引越し    93 米寿の祝・外人さん・コチョコチョ    94 談合・太極拳・花便り    95 猫の盛り・二日酔・タイ米    96 赤切符・キューピー・入社式    97 リストラ・龍神伝説・空巣    98 人間喞筒・版画・単身赴任    99 コッペン・定年退職・ハンドボール    100 百回記念・扇子・唐辛子    101 ビクターの手拭い・カーネーション・鉄腕アトム    102 自転車泥棒・見猿言わ猿聞か猿・トマト    103 紫陽花寺・豚骨スープ・阪神優勝    104 三角定規・黒帯・泥棒根性    105 ��浜銀蝿・他人のふり・安産祈願    106 月下美人・フィラデルフィア・大山椒魚    107 鯨・親知らず・ピンクの蝿叩き    108 蛍狩・玉子丼・ウィンブルドン    109 西部劇・トップレス・レバー    110 流し素麺・目高の交尾・向日葵    111 河童の皿・コロンビア・内定通知    112 防災頭巾・電気按摩・双子    113 河内音頭・跡取り息子・蛸焼パーティ    114 骨髄バンク・銀杏並木・芋名月    115 秋桜・ぁ結婚式・電動の車椅子    116 運動会・松茸御飯・石焼芋    117 サンデーズサンのカキフライ・休日出勤・ウーパールーパー    118 浮石・カクテル・彼氏募集中    119 涙の解剖実習・就職難・釣瓶落し    120 ノーベル賞・めちゃ旨・台風1号    121 大草原・食い込みパンツ・歯科技工士    122 助けてドラえもん・米沢牛・寿貧乏    123 祭・借金・パンチ佐藤引退    124 山乃芋・泥鰌掬い・吊し柿    125 不合格通知・九州場所・ピラミッドパワー    126 紅葉渋滞・再チャレンジ・日本の伝統    127 臨時収入・邪魔者・大掃除    128 アラファト議長・正月映画封切り・ピンクのモーツァルト 1995年    129 御節・達磨ストーブ・再就職    130 晴着・新春シャンソンショー・瞼の母    131 家政婦・卒業論文・酔っ払い    132 姦し娘・如月・使い捨て懐炉    133 立春・インドネシア・大正琴全国大会    134 卒業旅行・招待状・引っ手繰り    135 モンブラン・和製英語・和風吸血鬼    136 確定申告・侘助・青春時代    137 点字ブロック・新入社員・玉筋魚の新子    138 祭と女で三十年・櫻咲く・御神酒徳利    139 茶髪・緊張と緩和・来なかったお父さん    140 痔・恋女房・月の法善寺横丁    141 ひばり館・阿亀鸚哥・染み    142 初めてのチュー・豆御飯・鶴瓶の女たらし    143 アデランス・いてまえだへん(いてまえ打線)・クラス替え    144 長男の嫁・足痺れ・銅鑼焼    145 新知事・つるや食堂・南無阿弥陀仏    146 もぐりん・五月病・石楠花の花    147 音痴・赤いちゃんちゃんこ・野崎詣り    148 酒は百薬の長・お地蔵さん・可愛いベイビー    149 山菜取り・絶好調・ポラロイドカメラ    150 お父さんありがとう・舟歌・一日一善    151 出発進行・夢をかたちに・ピンセット    152 ホタテマン・深夜放送・FMラジオ    153 アトピッ子・結婚披露宴の二次会・おさげ    154 初産・紫陽花の花・川藤出さんかい    155 ビーチバレー・轆轤首・上方芸能    156 ワイキキデート・鹿煎餅・一家団欒    157 但空・高所恐怖症・合唱コンクール    158 中村監督・水着の跡・進め落語少年    159 通信教育・遠距離恋愛・ダイエット    160 華麗なる変身・遠赤ブレスレット・夏の火遊び    161 親子二代・垢擦り・筏下り    162 鮪漁船・新築祝・入れ歯    163 泣き虫、笑い虫・甚兵衛鮫・新妻参上    164 オペラ座の怪人・トルネード・ハイオクガソリン    165 小手面胴・裏のお婆ちゃん・ガングリオン    166 栗拾い・天国と地獄・芋雑炊    167 夜汽車・鳩饅頭・スシ食いねぇ!    168 長便所・大ファン・腓返り    169 美人勢揃い・雨戸・大江健三郎    170 親守・巻き舌・結婚おめでとう    171 乳首・ポン酢・ファッションショー    172 仮装パーティー・ぎっくり腰・夜更し    173 ギブス・当選発表・ちゃった祭    174 超氷河期・平等院・猪鹿蝶    175 コーラス・靴泥棒・胃拡張    176 誕生日・闘病生活・心機一転    177 毒蜘蛛・国際結婚・世間体 1996年    178 シナ婆ちゃん・有給休暇・免停    179 三姉妹・バリ・総辞職    180 家庭菜園・ピンクレディーメドレー・国家試験    181 ほっけ・欠陥商品・黒タイツ    182 内股・シャッターチャンス・金剛登山    183 嘘つき娘・再出発・神学部    184 金柑・恋の奴隷・ミッキーマウス    185 露天風呂・部員募集・ぞろ目    186 でんでん太鼓・ちゃんこ鍋・脳腫瘍    187 夢心地・旅の母・ペアウオッチ    188 (不明につき空欄)    189 福寿草・和気藹々・社交ダンス    190 奢り・貧乏・男便所    191 八十四歳・奥さんパワー・初心忘るべからず    192 お花見・無駄毛・プラチナ    193 粒揃い・高野山・十分の一    194 おぃ鬼太郎・シュークリーム・小室哲哉    195 くさい足・オリーブ・いやいや    196 ダイエットテープ・北京故宮展・細雪    197 若い季節・自動両替機・糞ころがし    198 おやじのパソコン・なみはや国体・紙婚式    199 降灰袋・ハンブルグ・乳首マッサージ    200 雪見酒・臭い足・貧乏・タイ米・コチョコチョ・雷・明治大正昭和平成・上岡龍太郎・お茶どすがな・トップレス(総集編、10題リレー落語)    201 夫婦喧嘩・川下り・取越し苦労    202 横綱・占い研究部・日本のへそ    203 マオカラー・海の日・息継ぎ    204 カモメール・モアイ・子供の事情    205 ありがとさん・文武両道・梅雨明け    206 団扇・ボーナス定期・芸の道    207 宅配・入道雲・草叢    208 回転木馬・大文字・献血    209 寝茣蓙・メロンパン・初孫    210 方向音痴・家鴨・非売品    211 年金生活・女子高生・ロングブーツ    212 エキストラ・デカンショ祭・トイレトレーニング    213 行けず後家・オーロラ・瓜二つ    214 金婚式・月光仮面・ロックンローラー    215 孫・有頂天・狸    216 雪女・携帯電話・交代制勤務    217 赤いバスローブ・スイミング・おでこ    218 参勤交代・ケーブルカー・七人兄弟    219 秋雨前線・腹八分・シルバーシート    220 関東煮・年賀葉書・学童保育    221 バンコク・七五三・鼻血    222 ホルモン焼き・男襦袢・学園祭
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%96%E3%81%93%E3%81%B0%E3%83%BB%E9%B6%B4%E7%93%B6%E3%82%89%E3%81%8F%E3%81%94%E3%81%AE%E3%81%94
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cosmicc-blues · 3 years
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2021/5/1
朝、遠足が楽しみで早起きしてしまう子どもです。窓を開け、玄関にも出てみる。遠足日和! そろそろ半袖でもいいような気がして、何を着ていこうか。ここはひとつ、みんなに奇襲をかけるべく、ガラッとイメージを変えて青い花柄のシャツを着ていくことにする。どうせイメージを変えるならと思い、シャツインしてみると、なかなか面白い感じになったからこれで行くことにする。念のため、お気に入りの青のスカジャンも上から羽織る。家を出て、10歩くらいでスカジャンを脱ぐ。あっついね! お財布がすっからかん、ATMでお金を下す、機械からありがとうございます、どういたしまして。横断歩道の待ちに加わろうとすると、向かい側にNの姿が見えて手を振る、あれ、なんか反応がうすい、どうしたんだろう。信号が青になって横断歩道を渡ると、誰だかわからなくて目を凝らしてましたって。奇襲は成功なのか? 青い靴下がいいね。ついでやってくるのはT、わあッ、夏仕様だって。奇襲は成功ってことでいいのかしら。今日は何のアニマル柄だろうと楽しみにしていたら、今日はアニマル柄ではなくて、でも、恐竜の骨のネックレスを身につけている。いいなぁ。じつは鈴を付けはじめたのは、コジコジのワッペンとか、アニマル柄とか、フクロウのかばんとか、恐竜の骨のネックレスとか、そのひとを象徴するような逸品を誠実に身に付けていることに憧れていたからで、鈴≒お遍路≒仏教≒東南アジア≒夏≒カリーみたいな意味も無理やりなこじつけながら込められている。少し遅れて到着するのは坊主頭の伸び具合が気になるRで、坊主頭はぜんぜん伸びていなくてざんねん。このあいだと同じ着古した浅緑のジャージを着ていて、その質感にじぶんの青のスカジャンと似たような匂いを感じる。死んだおじいちゃんのことを思い出している。おじいちゃんも同じこだわりの逸品を身に付け続けたひとで、おばあちゃんとお母さんの天才的な計らいにより白装束ではなくいつもの格好で棺におさめられ、こだわりの逸品たちといっしょに燃やされていった。あんなに素敵なお葬式ははじめてだった。
産まれたてのカモの赤ちゃんを見に行く。元気いっぱい! 泳ぎが速い! ゴムボールのような弾力! 子どもたちが数をかぞえているのに便乗、ことしは十二羽。一羽だけ生後二日目ながら潜りの練習をしているカンのいい子がいる。おばあさんが電話口でカモの赤ちゃんの産まれたことを誰かに伝えている。見ているときはわりと冷静にだったけれど、いま元気いっぱいの赤ちゃんたちの姿をあらためて思い浮かべてみると涙がとまらない。
このあいだRが行けなかったマンションに。なんかけっこうひとがいて侵入がむずかしそうだから、外階段のこわいほうに上ることにする。Nは下からみんなの姿を見るといって待機。青いウニと緑のウニ。うう、やっぱりこわい、足がすくむ。歩道橋にいる豆粒サイズほどのNが見える。TとRはぜんぜんまったく平気なようで、鍵のかかった柵をよじ登って屋上に行ってしまう。柵すらない30センチあまりの敷居のあるところから真下を覗いていて、楽しげな声がきこえてくる。Nもあがってくる。こんな錆びた外階段に4人もひとが居たんじゃ底が抜けちゃうって思って、錆び鉄のところじゃなくてコンクリートのところに身を寄せる。そしたらナイスショットで遠景を眺める三人の後ろ姿をパシャッ。下には写真を撮っている男のひとと被写体の女のひと。Nから技使いのかよこさんのはなしを聞きながら駅のほうへ。急な縁談のはなしといい、かよこさんのはなしといい、そういうひとを引き寄せているのはNのほうかもしれなくて、きっとNの真心のようなもの(想像では、それは鳥のかたちをしている)が日頃からポロっと表面にこぼれているからなんじゃないかと勝手に想像する。かよこさん、あってみたいなぁ。技、使えるようになりたいなぁ。お目目のとってもきらきらした犬とすれちがう。その瞳に歓喜するTなんだけど、おまいさんのその瞳も相当なものだぞっと思う。全盛期の松坂大輔のように真っ直ぐミットにとどくストレート、いつも三振してばっかりだから、そろそろカキーンッと打ち返してやりたいね。
地下鉄、窓の反射、静かな列車内で思いがけず視線劇のようになる。
薄々気づいていたけれど、どうも先頭を歩かされている。ちゃんとみんなが着いてきているかどうか、後ろに振り返ると三人が鈴の音に導かれるように縦一列に連なって歩いている。それはそれでおもしろいんだけれど、なんかちょっと、ねぇ。
目的の駅が近づいてくるあたりから唾液腺が活発に活動しはじめ、お店のまえで御馴染みのスパイスの薫りを感じたときにはもう滝のようなよだれ具合になっている。角の四人席、右からNとTがよこならび、その向かいにRとじぶんがよこならぶ。当然、投げ込まれるTのストレート、まぁた簡単にストライクをとられると思ったら、ペロッと笑ってくれる、めずらしくボール先行。Rのチャームポイントの耳のはなし、Nちゃんもこの耳がいいんだよって言っていたとか、ふたりがいっしょにいるところ見たいなぁ。あと、Rは耳だけでなく前歯もかなりチャームポイントだと思う! カントリーカリー×4が到着、おばちゃんは相変わらず曲者で、でも、旦那さんをSさんと、名前のさん付けで呼ぶのがかわいい。嗚呼、なんて美味しいんだぁ。プリックナンプラーが口のなかで弾ける、Rのプリックナンプラーを噛んだときのアクションがお手本すぎる。おばちゃん帰りがけに気づいてくれてうれしい。そう、そうなんだよね、元気が出るんだよね!
Hからの連絡はまだなく、オリンピック公園を経由しつつ川に向かうことにする。長閑な住宅街の裏通り、一軒だけ名前のついているアパートがあって親近感がわく。大学に面した通り、花がいっぱい咲いていて天国みたい。白と赤のNのそう言い表すところの踊り子のような花、この花のことはまえから気になっていて、Rが調べてくれた名前は長すぎて思い出せない、でも、この花をみんなで見たことは忘れないないだろうなぁ。オリンピック公園は色濃い緑がどこまでも揺らいでいて、夏の息吹に包まれている! しかも、その緑の膨らみの上から鉄塔が覗いている。この夏の雰囲気をTが手放しに喜んでいる。そういう素直な声を聞けるのって嬉しくて元気がでる。
Hから連絡がきて、来た道を引き返す。Nがカゴ抜けインコを発見、みんな、どこどこって樹の上のほうを見上げる。インコの繁殖力はなかなかのものらしく、いつかスズメとかと同じようにそこら中でインコが見られるようになるのかなって。住宅地の家のドアに映るじぶんたちのでかい影。たけのこ、たけのこの思い出。
地下鉄はトンネルを抜けて。改札前でHの姿を探す。いた! トレンチコートがよくお似合い。挨拶なんかを交わしながら川のほうへ。河原の入口に工事が入っていて、ちょっと雰囲気が変わっている。川の水面がきらきら、列車が橋をガタンゴトンと渡る。河原がこんなに広いとどこに腰を落ち着ければいいのかわからなくて、わからなくなったその場所に相変わらず準備のいいNのビニールシートを広げることになる。そこは花が咲いているからと遠慮するNに、雑草は踏み付けられて丈夫に育つんだよとR、そうか~そうだよね~とN。風が強くて、ビニールシートを広げようとした瞬間にもそのすべてがNの顔面に襲いかかる。わあああっと暴れるN、手伝おうするかに見えたRはよりビニールシートがNの顔面を襲うように手配する。みんなでビニールシートを広げ、それっと荷物を四隅に乗せる。
てんとう虫がくる、飛んでゆく、パカッとロボットみたいに飛ぶんだねってR。夕陽が見たいと言うNに、太陽の沈む方角を確認しながらRが望み薄だねって言う。上裸のおじさん。ボールを咥えた犬。薄々というか明確に気づいていたけれど、風が強すぎて、しかもこの風は驟雨の前兆のような風で、なんか肌寒くなってくる。Rのトートに預けていたシャカジャンをRが気を利かせて出してくれる。でも、まだそこまでではないから、だいじょうぶって半袖シャツの下に折りたたんでいた長袖インナーの腕を出す。そんなつもりではなかったけれど、Tを筆頭に大笑い。じぶんのことながら、それがなんだかじぶんでも可笑しくって、可笑しくって、ボケたつもりはまったくないんだけども、いまのところ生涯で二番目に笑ってもらった思い出になりました。
心配していた雨が降りはじめる。降りはじめにもかかわらず大粒の雨がひゃーひゃー落ちてくる。橋の下に避難しても横なぶりの雨が吹き抜けてまったく雨宿りにならない。いま思えば、みんなでビニールシートの下に隠れて移動したらもっと愉快だったかもしれない。これからどうしようか、ひとの家が大好きなRがすかさずHの家に行こうという。いやあ、うちはうさぎ小屋だからな~、とH。一瞬の間があって、見える、見えるぞ! Hのまわりにたんぽぽの綿毛のようなほわほわの浮かんでいるのが! 狭いことをうさぎ小屋と言うことの可笑しさから、それなら狭くて天井の高いうちは鳥小屋だなぁっと思ってなおのこと愉快になる。はやく引っ越したいとしか思えなかったじぶんの住まいが、この頃だんだんと楽しいところになりつつある。
行く当てもなく、エレベーターで商業ビルの最上階に上ってみたり。お洒落なトイレに入ってみたり。外側に面したガラス張りのエレベーターで下降、みんなでうおおおぉって言いながら、遊園地のアトラクションみたいに楽しい。ほかの商業ビルにも行ってみる。何故かエスカレーターに鎖がかけられいて、Rとそのなかに入ってみる。大きな立派なビルなのに誰もひとがいなくて、何となく廃墟にいるような不気味さがある。そんなことをしているうちにも雨があがり、日差しもでてきて、さっきまで肌寒いくらいだったのにぐんぐん暑くなってくる。適当に歩いていたら川を渡す大きな橋に行き当たったから、これを渡って対岸でさっきの続きを。橋の上はありえないくらい風が強くて、ゴゴゴゴゴーって風の音でおたがいの声も聞こえにくい。油断すると手に抱えたスカジャンが吹き飛ばされそう、カツラだったら確実に吹き飛んでいる。橋を渡ると、越県している。知らないうちに県境を跨いでいたらしい。段差の小さなやさしい階段をくだる。野球場があるからマウンドに立つ、マウンドは気持ちがいいね! 投球の仕草をしたら球みえましたって。
河原の階段に腰を落ち着かせる。階段の裂け目から雑草が伸びていたり、苔が生えていたり、ミズゴケがかわいい。さっきまでいた対岸とはずいぶんと雰囲気がちがって、この寂れた感じがとてもいい。Hの幻聴のはなし。まえに『かおるクロコダイル』について書いた文章はじぶんでもとても気に入っていて、いまでもたまに読み返す。いま思ってみれば、これはあくまでも小説について書いた文章だけれど、どうやらHという個人の人柄に全面的な賛同を示しているような具合でもありそうで、ほとんどラブレターのようなものじゃないかっと、ちょっと照れてしまう。水槽のはなし、お墓から芽が出たら見に行きたいなぁ。誰かがたばこを吸い始めると、急に盛り上がるRとN。とても可笑しい。隣人にパンを分け���える聖職者か、占領下の子どもにチョコレートを分け与えるアメリカ兵のようにHはふたりにたばこを分け与える。
ふらふらと川岸に下りてゆくHのあとを追う。ゴロタ石の川岸に興奮しちゃう、石投げ放題じゃん! 石を投げまくる。Rは石を跳ねさせるのがめっちゃ上手い、5回とか6回も跳ねる。こんどは流れてきたビニール袋を狙って投げる。大きな石を両手の下手投げで川に投げ入れる、ザッブーーン。対岸にはかっこいいダンスミュージックをウーファー付きの大きなスピーカーで流して踊っているひとたち。もらい踊りする。ゴロタ石に向けても石を投げてみる、カッチカチといい音がする。炊飯器のお釜。NがRの帰りの時間を心配している。駅のほうに向かう。公衆トイレに寄る、Rのトートを預かる、用を足して出てきたRはニコニコでありがとうって。髪がなくてできないのが残念なんだけど、髪があったらわしゃわしゃわしゃーって犬を洗うみたいに髪を撫でまわしたい。そういえば、風に吹かれまくったTの髪がライオンみたい。
Rは暗くなったら帰るとNちゃんと約束したらしく、まだ明るいから公園に行くことにする。でかい犬。さすがに先頭を歩くのには飽き飽きで、憤慨してるって言いながら後ろにまわる。Rが最後尾を譲ってくれる。ようやく、みんなのことを後ろから眺められる。後ろを歩くのは気分がいいなぁ! 憤慨って言葉がなんかおもしろくて気に入ってしまって、憤慨、憤慨、憤慨を連呼していたら、申し訳なさそうに苦笑いするNと目が合う。
公園。小さな公園なんだけれど、かつてはきっと鎮守の森だったであろう面影を残している。その象徴のような大樹は太い根っこが地面からモリモリ盛り上がっている。いい樹だなぁっとちょっと泣きそうになる。ブランコ乗る、目一杯。みんな一本の樹に集まっている。揺れがおさまってから、みんなの集まっていた樹のもとに遅れて向かうと、木肌に「殺す」と刻みつけられていて大笑い。まるで幻聴がHの小説のように視覚的現実としてあらわれたようだとワクワクする。Tから毎日ポケモンパンばかり食べているはなしを聞いて、何か作りに行ってあげたほうがいいんじゃないかと心配になる。ブランコにぶら下がって懸垂をしているひとをみて、Tができる? って。まぁ、ちょびっとならできるだろうと思ったら、まさかの一回もできず、ショックすぎる! Rもこの運動に参加、一回、二回、三回とできている、悔しい! 鉄棒があるから逆上がりくらいならできだろうと高を括ってのぞむと、もうほんとうにかなりギリギリで辛うじて坂上がれる。Mちゃんはこれで精一杯と前まわり。ていうか、ほかのひとはまだともかくとして、Tはちょっと違和感ありすぎるからMちゃんでいいですか、いいよね! でも、ちゃんと呼べるかな、ひとの名前をちゃんと呼べない病気のことが脳裏によぎる。公園の電灯がともる。それが橙色の光で、夕陽は見られなかったけども、夕陽みたいでいいなぁと思う。
駅に向かう、あんまり辿り着きたくはない。蔦に覆われたもこもこの何か。ひとりだけ反対方向のRを見送る、エスカレーターから手だけ見える、嗚呼あああぁ。対向車線のホームにのぼる、Rが向こう側にいるかなって探すけどいない。ベンチに座る、ベンチがすべすべでからだが沈む。疲れているし、お腹が減っている。電車がくる。大好きなロードムービーのこととか、子どもの頃の夏の公園を思い出している。旅のさなかで、ひとり、ふたりと仲間が増えていって、終幕とか夕暮れがきて、ひとり、ふたりと仲間たちが散り散りにさよならしてゆくときのことを。ついでHとのさよならのときがくる。同じようなことが何度か繰り返されると、最初の頃の新鮮な感覚が薄れていったり、かえって義務感のような重荷になったりすることがあるけども(それはおたがいに)、Hのそれはあたまで考えるようなそんなややこしいことをスッと越えて、ごく自然に最前線の地点からとっても素直な気持ちの発露としてなされているような感じがする。だけど、それはひとりでは成立しなくて(それはおたがいのことであるから)、じぶんもまたそれを素直に受け止めて心から喜ぶことのできる才能があるってことを見出せたことが何よりも嬉しくて、そのことを先に見出して導いてくれたHにはあたまが上がらんのです。
列車に残されたじぶんたちはまことにほんわかした気持ち。そういえば、夏好きですかって質問にHが「暑いの以外ぜんぶ好き」って答えてたの秀逸っていうか、新しいっていうか、素直だったなぁ。
カッキーンっと打ち返すべく、Mの真っ直ぐな瞳を見つめる。その目のよさに触れると、ええぇ、目つき悪いし、目で笑わないしって。ええぇ! って、こっちも応酬すると、MがNに「こんなふうに笑ってみたらいいの?」ってニコッとする。そのがんばった健気な表情、かわいすぎて気絶するかと思いました。
お腹ペコペコ、夕飯を食べていくことに。まさかのうちでってことに。え! でも、こういう機会がないと部屋は荒れ放題だし、片付いていると気持ちがいいし、おかげでさいきんは日々の生活にちょっと丁寧で神聖な感じがある。駅に着くと、なんと、なんと、ざざぶりの大雨。Nの小さな折り畳み傘に三人中腰でおさまってワーーーーッて泥棒のように小走り。なんで中腰なのかはわからないけど、なぜか中腰なんだよね。絵本の『すてきな三にんぐみ』のことと、ルビッチの『ニノチカ』に出てくるすっとこどっこい三人組のことを思い出しながら。雨は降っているにかぎるね!
秘密基地みたいって言ってもらえて感無量、ほんとうに秘密基地を作りたくて、秘密基地みたいにしたいと思って作った部屋だから。ロフト上り下り、ガンバ一話だけ観る、泣きそうになっちゃう。
雨やんでる。カモの赤ちゃんの寝姿を見て、ふたりを駅までお見送り。このあいだNが見ていたふたり同時に時が止まったように灰色だった表情のはなし、そのとき、その瞬間、Mの目が嘘かほんとうかわからないけれど、くしゃっと、さっきのように笑っている。
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czrscr · 4 years
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うすみどりの問答
 すっかり葉っぱまみれになってしまった並木道は、毛虫の住処だ。我が物顔で歩いている彼らをうっかり踏み潰してしまわない様に、足元のアスファルトとにらめっこしながら家路を歩く。  いつも通りの帰り道。いつも通りの時間。いつも通りの自分。  変わらないことなんて何ひとつなかったのに。  ふと、視線を感じて。  そちらを見やれば、誰かと目が合った。 「こんにちは」 「こんにちは」  ついあいさつをしてしまったら、同じ様に返ってくる。  知らないひとだった。見たことも無いひとだった。  ふと、日光に反射している周りの葉っぱは、とてもうすいみどりなのだと気付いて。 「危ないぞ」 「え?」 「毛虫だ」 「わあ、本当だ。どうもありがとう」 「どういたしまして」  やんわりと足元を避けつつ。会話も続けてしまって、おや、と思った���  常日頃からやれぼんやりしているだの掴みどころがないだの言われる自分だが、これでも警戒心はすこぶる高いと自負している。だというのに、彼のひと相手には危機感というものがまったく働かなかったのだ。  このひとが自分を陥れるなどありえない。  それが真理であり、何よりも信じられる事実だと直感した。  あまり勘が冴えている方ではないが、それでも、目の前のひとを疑う気にはどうしてもなれなかったので。 「ここら辺は毛虫が多くてね。うっかり踏んでしまわないように気をつけていたんだけれど」自分からも何てことない話題を振ってしまう。  注意していたくせに気付かなかった体たらくを相手はつつくことなく、「なるほど。俺も気を付けねば」と靴の裏を覗いていた。 「踏んだ?」 「踏んでいない」 「おそらく」と小声で付け足される。何となく、自分も不安になった。片足を上げスニーカーの裏を見やる。大丈夫そうだった。たぶん。  ランドセルの中身が揺れて音が鳴ったのに合わせて、彼のひとが自分の背中を見つめる。 「何かこさえているな」 「竹刀だよ。まだもらっただけだけれど」  片足立ちしたからか、少々納まりが悪くなっていたので、ランドセル共々背負い直す。 「四年生になったら部活ができるようになるから」 「君は何部なんだ? もしや……」  ちら、と視線が自分の抱えている竹刀袋に向けられる。 「当たりだよ、剣道部」 「そうか、やっぱりな。きっと君は強くなれるぞ」 「根拠は?」 「勘だ」 「カンかあ」  何とも当てにならないのに、言った本人があんまりにも自信満々過ぎて思わず笑ってしまう。 「……おや。もしや袋の中にあるのは二本か」 「見ただけでわかるのかい?」 「何となくな」 「またまた当たり。弟の分さ。とは言っても、予定だけれど」  二歳下の弟は、兄が剣道を始めるのだと知るや否や、自分もやる! とごねにごねた。今すぐには出来ないけれど、道具は揃えるので始めるのは四年生になるまで待って欲しい。そう説得した両親が、後日ちゃんと二人分の道具代を支払っていたのを知っている。  ないしょだけどね。そう締めくくれば、彼のひとは面映ゆそうに顎を撫でた。 「真似したい年頃なのだろう」 「そうでもないよ。弟はわんぱくだけれど、興味がないことにはとことん無関心だから」 「そうなのか?」 「たぶん、ぼくが自分からやりたいことを言い出したのがめずらしかったから。よっぽどおもしろいことだとでも思ったんだろうね」  特に趣味の無い兄が、唯一関心を持ったこと。普段の淡泊さを知る弟だからこそ、好奇心が煽られてしまったのかもしれないが。 「両親のためにも、三日坊主にはさせないようにしないと」 「しっかりしているな」 「これでも兄だからね」  少々得意気な気持ちで見上げると、そのひとは何だか浮かない顔をしていた。はくはく、口を開けては閉じて。一息呑んで、 「君と弟は、仲が良いのか?」  ──ああ、これが訊きたかったのか。  見も知らぬ相手から聞かれるには、些か不躾な質問だろう。けれどもこのひとは、それこそが知りたいのだと目が、声音が、そう言っていた。  正に真剣だった。  だからこそ自分は、当然の様にこう答えた。 「兄弟だからね」 「仲はいいにきまってるよ」重ねて告げれば、相手はただ「そうか」と言った。  そして、何かとても大事なものを飲み込む様に、「よかった」と言った。 「そうだと思っていた。そう、信じていたけれど……」  そうか、よかった、そればかりを延々と繰り返して。  頭を垂れた彼のひとの目から、ぽつりと何かが落ちた。  ぽつりはやがてぱらぱらに変わり、アスファルトの上で水しぶきがはじけては散っていく。  それを何となしに見送ったのち、顔をあげて、ようやく気付く。  ──あ、泣かせた。  ──と。  思い至れば、何だか居心地が悪くなってしまい、喉が詰まる。どうしてだか、とても不本意な気持ちになったのだ。何か言いたくてたまらないのに、伝えたい言葉が頭の中のどこを探っても出てこない。  そんな顔を���せたいわけじゃなかったのに。  そのひとは、眉間にしわをこれでもかと刻んで、身も心もくしゃくしゃな様子で、 「あにじゃ」
 ──以上が、まだ自分が幼い頃、ある帰り道で体験した出来事だ。  もう何年も前のことなのに、未だにはっきりと覚えている。話した言葉、彼のひとの様子、進級したばかりの、穏やかな春の日だったことまで。鮮やかに、鮮やかに。  けれど不思議なことに、話した相手がどの様な風体だったのかまったく思い出せないのだ。顔も声も、男だったのか女だったのかすら判らない。気付けば彼のひとはいなくなっており、どの様に別れたのかすら記憶にない。  まるで白昼夢の様な、ぼんやりとして、曖昧な出来事。  けれど、  ただ、泣かせてしまったことだけ、今でも褪せず、覚えている。
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kurihara-yumeko · 7 years
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【小説】鳴かない (上)
 あと何回だろう。
 そんな風に、「残り」をカウントするようになったのはいつからだろうか。
 新しい場所に足を運んだ時、私はあと何回、死ぬまでにここを訪れるだろうかと考える。二回目はないだろうなと思う時もあれば、数え切れないくらいの回数だろうと思う時もある。
 仲間と楽しく談笑している時、こんな風に心から笑って人と語り合えるのは、あと何回だろうと考える。
 何か良いことがあった時、悲しいことがあった時、あと何回、と考える。
 こうやって、自分の人生にあとどれだけ可能性が残っているのか考えるのは、やっぱりおかしいことなのだろうか。自分の余命が宣告されている訳でも、近いうちに世界が滅ぶ訳でもなく。それとも、長い長い学生生活の終わりが、もう足音が聞こえてきそうな距離にまで迫って来ている大学四年生というこの時期が、私をそういった思考に導いているのだろうか。
 夏の夜は暑い。
 雑音のような蝉の鳴き声も、気付けばすっかり耳に馴染んでいて、もう五月蠅いと感じなくなってしまった。熱を孕んだアスファルトが、一歩一歩と歩く度、ビーチサンダル越し、足の裏に熱烈なキスを繰り返す。見上げた銀河は何もかもが遠い。ミルキーウェイは滲んでいて、存在自体がどこか頼りない。
 身体は重く、足を引きずるようにして歩いていたら、左足が蹴り上げた小石が右足に当たった。いて、と思わず独り言を零すと、私の背中に乗っている、大きな熱源が言葉を返してきた。
「すいません先輩、こんなに酔っ払っちゃって……」
 私は考える。
 こうやって酔った人間をおぶって道を行くことは、人生であと何回あるのだろう。酔った、年下の男をおぶるのは。
 サークルの後輩である彼は、酒にめっぽう弱い。本人はもちろん、サークルの仲間たちも皆そのことを知っている。彼は飲み会ではいつも壁際の席にひっそりと佇み、周りがどんなに騒ぎ立てようが、ウーロン茶片手にいつも静かににこにことしている。無理に酒を勧められることもない。文化系のくせに飲み会のノリだけはやたら体育会系なうちのサークルで、上級生から酒を無理強いされない彼は、珍しい存在だった。
 根暗な訳ではないけれど、声を上げてはしゃぐような人種ではなく、じっくりと人の話を聞き、柔らかい返事をするにも関わらず、あまり多くは語らない。人の輪の中心にいるけれど、いつもどこか遠くに思いを馳せているかのような、どれだけ一緒にいても決してその実像を掴むことのできない、影のような人。それでも彼が周囲に遠ざけられることなく、集まりの席に必ず呼ばれるのは、その優しい表情と、柔らかい物腰のためだろうと思った。
 そんな彼は今、私の背中に揺られながら、私の家へと向かっている。
 部の飲み会に現れた彼は、いつものように隅に座って、声を立てずに笑っていたのだけれど、いつの間にかその手にはビールジョッキが握られていた。向かいの席に座っていた私が気付いた時には、彼はもう呂律が回らず上手く話せないほど酔っていた。
 どうして気付かなかったのだろう。飲み会での光景を思い返して、そういえば、いつもは私に一言、二言は話しかけてくる彼が、今日は一度も私に声をかけてこなかった。そして私自身も、どこか無意識のうちに、彼を意識しないよう、視界に入れてはおくものの、深く触れないように、頭の奥底の方に仕舞ってしまったようだった。
「紡紀(つむき)が飲むなんて珍しいな」
「お酒飲んでるとこ、初めて見たかも」
 そんなことを仲間たちは口にしたが、彼はもうへらへら笑った顔で、無言のまま頭をぺこぺこ下げるのが精いっぱいだった。
 飲み会が終わり、二次会へ行こうかと、皆が席を立った時、今まで壁に頭を預けてうとうとしていた彼が目を開き、向かいにいる私を見つめ、酒に飲まれた真っ赤な顔で、やけにはっきりした声で言った。
「美茂咲(みもざ)先輩、僕を連れて帰ってくれませんか」
 それはつまり、「お持ち帰りしてくれませんか」というお願いだった。
 その場にいた誰もが、その発言にぎょっとした。彼はそういう浮ついた雰囲気が一切なく、恋愛のにおいを窺わせる素振りも全くなかった。見てくれも悪くないし、誰にでも優しい彼のことだから、恋人がいてもおかしくないとは皆思っていたけれど、実際のところは誰も知らなかった。
「どうするんだ」
 私の右隣の席に座っていた、同じ学年の鷹谷が、いつもの仏頂面のまま、無骨な声で私に訊いた。柔道部とうちのサークルを兼部しているこの男は、いくら酒を飲んでも顔色ひとつ、声音ひとつ変わらない。
「じゃあ家まで連れて行くよ。こんなに酔ってるんじゃひとりで帰せないし、ここからだと私の家が一番近いから」
 そう答えると、鷹谷は無言のまま私を見つめ返し、そして、
「大丈夫か」
 とだけ言った。
 その声の硬さに、鷹谷が何についてそう尋ねているのか、一言に込められたいくつもの意味を感じ取った。大学一年生の頃からずっと一緒の相手なだけに、お互いの考えていることは大抵わかる。私は静かに頷いた。
「大丈夫だよ」
 男性としては小柄で華奢な後輩が自分の足で歩けたのはわずか五分ほどのことで、私はすぐに彼に肩を貸すこととなった。さらにその五分後には、支えても自立できなくなり、彼を背負う形となった。女の割には上背があり、力もある私は易々と彼のことを背負えてしまった。いくら二つ年下とはいえ、成人男子を、だ。私が今日、たいして酒を飲んでいなかったことも少なからず関係しているのだろうか。
 酒のせいだろうか、彼の身体は熱を帯びていた。密着している背中が、じっとりとした汗をかいている。
「先輩、すいません……」
 まだ酔いが醒め切らぬ声で詫びる、その首筋にかかる吐息さえも熱い。
「大丈夫だよ」
 私はそう返す。
 思う。あと何回、私はこの言葉を口にするのだろう。何回、誰かをそうやって安心させ、自分にそう言い聞かせるのだろう。
 聞き取ることができない、不意に眠りを妨げられた人間が発するような、意味のない小さな呻き声を上げ、彼は火照ったその腕で、後ろから私をきゅっと抱いた。彼の骨ばった両腕は、月明かりと道端の電灯の濁った白い光に照らされて、はっきりとした明暗を持って私の視覚に迫りくる。
 私が男性というものを意識するのは、決まって、その身体に触れた時、その身体をまじまじと見た時だ。そこには確かに、女の人にはない質量と感触、造形がある。
 ああ、男の人の腕だ。
 この人、男の人なんだ。
 そんな当たり前のことを改めて思いながら、私は彼を部屋へ運ぶ。
 彼を背負ったままアパートの階段を上るのには苦労した。やっとの思いで私の部屋へと運ぶと、恥ずかしいことに、朝起きた時のまま敷きっぱなしだった布団へと彼を寝かせる。すいませんすいません、と繰り返し口にし続けている彼をなだめ、台所でコップに水を汲んでやった。
 戻ると、彼は布団から起き上がり、神妙な面持ちで正座をし、私のことを待っていた。渡した水を、喉を鳴らして飲み干し、深い溜め息をついて言う。
「すいません、突然お邪魔してしまって……。どうしても先輩にお訊きしたいことがあって……」
「何?」
 脳裏を掠めた嫌な予感に、目を向けないように発した私の声をまるで無視するかのように、彼は言った。
「先輩の、手帳に挟めてある写真の、あの人は誰ですか」
 ああ。
 やっぱりそうだ。
 諦めにも似た後悔が、私の胸の中を濡らしていく。
 近いうちにこういう日が来ることは、以前から薄々わかっていた。
 いつもにこやかに、親しげに接してくれる彼が、最近になって突然、妙によそよそしくなったこと。仲間たちと大勢で話をしている時、いつも何か言いたげに、じっと私の表情を窺っていること。そんなことが、彼が私に抱いている疑念の存在を感じさせていた。
 私は、そんな彼の変化に気がついてはいたが、それをずっと黙殺してきた。私に何か言いたいことがあるのを知っている上で、彼と目を合わせず、そのきっかけを与えなかった。彼が人のいるところでその話を持ち出すような人間でないことは、もうとっくに知っていた。
 うっかり、持っていた手帳を落としてしまい、挟み込んでいた一枚の写真が彼の足下にはらりと落ちたのは、つい先週のことだ。
 大切な写真であるが故に、手帳に挟んでどこへ行くのにも持ち歩いてはいたが、裏を前にして挟めたそれを、取り出して眺めるということは日頃ほとんどしない。久しぶりに見たあの人は、写真の中で相変わらず優しそうに笑っていた。
 写真を拾ってくれた後輩の彼は、複雑な表情をしていた。何か言いたげな顔で手渡され、ありがとう、と私が礼を言った時、側にいた鷹谷が私の手元を覗き込み、「郡田さんか、懐かしいな」とつぶやくように言った。
「郡田さん?」
 後輩の彼がそう訊き返した時、鷹谷は三白眼で彼を睨みつけるかのように見やり、「この部の設立者だよ」とだけ低く答えたのだ。
「――あの人は郡田さん。私たちが一年生の時に、四年生だった人」
 布団の側に立ったまま、私は答える。正座したままの彼は、湿った目で私をじっと見上げていた。
「どうして先輩は、その人の写真を持っているんですか」
「どうしてって……。彼は、私のことを一番可愛がって下さった先輩だったんだ。親しい人の写真を持っているのって、そんなに変かな」
「変です」
 はっきりと、通る声で彼は言う。
「美茂咲先輩がその人の写真を大事に持っているなんて、絶対おかしいですよ」
「……どうして?」
「だってその郡田って人、部内の女性、全員抱いたんでしょう?」
 吐き捨てるかのような、声音。
 そのくせに、彼は今にも泣きだしそうな表情をしていた。
「……知ってたんだね」
 私の口からは、自然とそんな言葉が零れた。
 郡田さんの存在は、もう長いことサークル内で最大の禁忌とされていた。彼が大学を卒業しサークルと疎遠になって以来、仲間内でその名を口にすることも、彼について話をすることも禁止となった。誰かがそう命じた訳でもないのに、自然とそうなった。それは暗黙の了解だった。
 彼のことはもう忘れよう。彼とのことはなかったことにしよう。それは容易いことではなかったが、ただ過ぎて行く年月は、少しずつそれを可能とした。
 今年度、私たちが卒業すれば、もうサークル内に郡田さん���知る人はひとりもいなくなる。ただのひとりも。口をつぐむことで過去を清算しようというこの計画は、私の代がこの秘密を守り続けることで完了するはずだった。
 私が誰にも言わず、手帳に挟んで隠し持っていた、たった一枚の写真。郡田さんの存在を抹消するように、過去の名簿も書類も写真も、全て処分してしまったうちのサークルで、恐らく唯一、彼の存在を示すもの。
「先輩は、その人と付き合っていたんですか」
「付き合ってないよ」
「その人に、抱かれたんですか」
 感情をじっと押し殺すような声で、彼は言う。机の上を這う小さい羽虫を、爪の先で押さえつけ、あと少し力を加えれば虫が圧死してしまうであろう、そんなぎりぎりの力加減の、声。
「抱かれてはいないよ」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
 彼は私の言葉を信じなかった。騙された、裏切られたと、怒りで小さく震えていた。
 私はできるだけゆっくりとした口調になることを心がけて口を開く。力加減を間違えて、彼を潰してしまわぬように。
「郡田さんがサークルの女子全員を抱いたなんて、そんなの嘘だよ」
「そんなはずはないです、僕は四年生の先輩がOBの人と話しているのを聞い――」
「郡田さんは、私だけは抱かなかったよ」
 遮るようにそう言った私の言葉に、彼の目が大きく見開かれる。彼の顔をじっと見下ろしていられたのはそこまでだった。私は目を逸らし、自分の足の剥げかかったペディキュアを見つめることに専念する。
「だから、全員を抱いたっていうのは、嘘なんだよ」
「そん……な…………」
 彼の声は、震えが大きくなっていた。けれど混じる感情は怒りではない。それは落胆のようにも聞こえたし、屈辱のようにも思えた。もしかしたら、泣いているのかもしれなかった。
「そんな、そんなことって…………先輩は……」
 彼はそこまで言って、口をつぐんだ。私は彼の方を全く見ないままに、リモコンをローテーブルから拾い上げ、エアコンを稼働させた。小さな唸り声を上げながら、やや緩慢な動作で、今まで閉め切られていた室内に、冷気を排出し始める。
「先輩は、その人のこと、好きだったんですか」
 絞り出すかのような、声だった。
 私はその問いに、すぐに答えることができなかった。彼に背を向けて台所へと戻り、そこでやっと、どうだろうね、と曖昧な返事をして、蛇口を捻った。マグカップに、今度は自分のための水を汲む。後ろからは彼の泣く声が、私を責めるように背中を叩いてくる。
 私は考える。
 一体、私は人生であと何人と出会い、そして別れていくのだろう。
 ひとつだけ確かなことがある。たとえあと何人に出会おうとも、残りの人生で、郡田さんのような人間に出会うことはもう二度とない。
 郡田さんは私の、人生、最初で最後の人だ。それだけは、間違いない。
 ***
「文化部」に入りたいと言い出したのは、私ではなく由美の方だった。
 由美は私と同じ女子校からこの大学に進学してきた友人で、高校時代は二年間クラスが同じだった。
 大学に入学した当初から、お互い以外に知り合いがいなかった私と由美は、「サークルに所属して友達を作る」という話をよくした。といっても、中学・高校と万年帰宅部で、運動が得意な訳でも、絵が上手い訳でも、楽器が演奏できる訳でもない私たちに向いていると思われるサークルを探すことは、容易ではなかった。
 高校の三年間を女子まみれの環境で、恋など知らずに過ごしてきた私たちは、男子と何かを一緒にするということがどんな感覚だったのかも忘れかけていたし、酒を飲んだこともなく、「飲み会」の三文字は恐怖でもあった。
 活動が頻繁ではなく、飲み会や合宿などお金がかかる行事が少なく、強制参加でもなく、それでいて運動部でも美術部でも音楽系でもない、男子が優しくしてくれる、そんなサークルを私たちは求めていた。
 二百近いサークルが存在しているというのに、理想のサークルをなかなか見つけられないまま、一年生の四月がもうすぐ終わるという頃、由美はそのサークルについての情報をどこからか仕入れてきた。
「ねぇ、みもちゃん、文化部に入らない?」
 各サークルが配布していたチラシを収集し、どれが良いか吟味をし、気になったサークルには連絡をしたり食事会に行ったりしていたにも関わらず、私はそのサークルの存在を知らなかった。なんでも、新入生を積極的に勧誘する活動は、ほとんどしていないのだという。
「なんかね、いろんなサークルを見て回っても、『なんだかここじゃないんだよなぁ』って入りたいサークルが見つけられない人たちが集まってるサークルなんだって。『ここじゃない同好会』っていう別名なんだって、学科の先輩が言ってた」
 どんな活動をしているサークルなの、という私の問いに由美はそう答えて、目を輝かせて言った。
「私たちにぴったりなサークルだと思わない?」
 ここじゃない同好会こと、文化部の部室は、サークル棟の最上階である五階の最奥、玄関から一番遠い、北向きの部屋だった。割れたガラスにガムテープが貼られているドアには、「文化部」と書かれた紙が貼られている。
 ドアを叩くと、はーいはいはいはい、と男の人の声がして、思わずどきりとした。開いたドアから顔を覗かせたのは、ひとりの男子学生だった。
 最初に思ったのは、背が高い人だ、ということ。身長百六十八センチに加え、十三センチヒールの靴を履いている私よりも背が高い。百九十、もしかしたら二百センチあってもおかしくないほど、長身な男性だった。身体つきは、ひょろっこい訳でもがっしりしている訳でもなく、適度な筋肉と適度な脂肪がついているのが一目でわかった。手足がそんなに長いようには感じられず、けれど身のこなしは軽やかで、それは人懐っこそうな彼の顔つきにも影響しているような気がした。
 彼が郡田三四郎さん。文化部の設立者である、大学四年生だった。
 私と由美が初めて文化部のドアを叩いたその日、部室には他にも部員が何人かいたはずだけれど、今となっては誰がいたのか思い出せない。部室に私たちを招き入れてくれた郡田さんから部の活動――活動といっても特にこれといって何かをする訳ではなく、時間が空けば部室に集まり、人が集まればカードゲームに興じたりどこかへ出掛けたり、飲み会をしたり食事会をしたりするだけなのだという――について説明を受け、その場で入部することに決めたのだった。
 居場所がない人にとっての居場所をつくりたい。
 そう思って、文化部を創設したんだと語る郡田さんに、少なからず感銘を受けたのもあった。
「ちょうど、明日、新入部員の歓迎会をしようと思ってたんだ。二人も良かったらおいでよ。大学の近くのタコーズっていう居酒屋で、午後六時からね。上級生のおごりだから、お金の心配はいらないよ。まぁ俺らは酒飲むけど、一年生は飲まなくても全然かまわないからさ」
 郡田さんは優しそうな笑顔でそう言った。私は始めたばかりのバイトのシフトが入っており、行けないと言ったが、由美は行きますと活き活きした顔で答えた。
 その歓迎会で由美は郡田さんから、肩を抱かれたり太ももを撫でられたり、胸を触られそうになったりキスされそうになったりして、すっかり嫌気が差したのだろう、一ヶ月もしないうちに文化部を辞めて去って行った。
 文化部が性行為を目的としたサークル、いわゆる「ヤリサー」だと周囲からは思われていること、そして、それが事実ではないにしても、所属部員に異性交遊関係の乱れている人間が何人かいるということ、中でも郡田さんは、ずば抜けた女たらしの遊び人であるということを私が知ったのは、ちょうどその頃だった。
 夜九時以降、文化部の部室の前に来たら、まず、部屋の灯かりが点いているか否かを確認する。
 入口の扉にはめ込まれた、割れかけている曇りガラスから灯かりが漏れていたら、誰かいる。真っ暗だったら誰もいない。でもこのことに、ほとんど意味はない。この部室で行われているかもしれない行為は、灯かりを点けたままのこともあれば、わざわざ消して行っていることもある。
 だから重要なのは、いかに耳を澄ますかだ。部室の隅に置かれた、古いソファのスプリングが軋む音なんかが微かにでも聞こえたら、ドアを開けてはいけない。何も言わずに引き返す。
 一年生の頃は、そんなことの連続だった。誰に教わった訳でもなく、自然とその癖が身についた。私と同じように文化部に入部した一年生の女の子が、中で行われている行為に気付かずにドアを開け、思わず呆然と立ち尽くしていたら、手を引かれるがままに室内に入り、行為に参加させられてしまった、という真偽が定かではない話も聞いた。
 部室に集まる人たちも、昼間は和やかに談笑しているのに、飲み会に行けば上級生が下級生を酔わせては「お持ち帰り」している。皆が皆、そうだという訳ではなかったが、「要注意人物」と呼ばれている部員は実際、何人かいた。そしてその「最要注意人物」が郡田さんであるということも、とっくに知っていた。表向きは別として、活動内容という内容がないサークルだけに、自分が何故このサークルに所属しているのか、入って二ヶ月もした頃には、その意味を完全に見失っていた。
 大学で友達を作るという名目だけは、かろうじて達成された。同じ学部のみならず他学部の先輩とも知り合い、どの教授がああだとか、どの講義がこうだとか、何年生の何月はこうだからああした方がいいだとか、このバイトは良い、これは駄目、何年生の何月までにいくら貯金した方が良い、など、いろんな話を聞かせてもらった。
 同じ学年の部員たちとは、先輩たちとよりもさらに仲良くなった。「一年飲み」と称して、皆ろくにお酒も飲まないのに、一年生の部員だけで居酒屋に集まり、まさかこんなに乱れたサークルだとは思わなかったよね、という話でひそひそと盛り上がった。
 一年生の部員の大半は、「もうこんなサークル辞めたい」と口々に言っていた。けれど、「どのサークルにも馴染めそうにない」という理由で文化部に流れ着いた者が大半だったので、
「でもなんだかんだ、居心地いいんだよね」
「先輩たちも、優しいしね」
「そうそう、トラブルに巻き込まれたりしなければ、結構良い環境なんだと思う」
 なんて話に流れていってしまい、きっぱりと退部を決意する子は少なかった。
 私が特別親しくなったのは鷹谷で、彼は一年生の中では珍しく、他のサークルと兼部していた。坊主頭に、がっしりとした筋肉質な身体つき。目つきが悪く、顔が怖い彼は、言葉の選び方や態度のぶっきらぼうさも相まって、仲間内では恐れられ、��遠されがちだった。どうして文化部に入ったの、と私が訊くと、彼は無骨に「逃げ場が欲しかった」と答えた。
「逃げ場?」
「ひとつの集団にずっと属しているの、苦手だ。嫌気が差してくる。二つ入っておけば、片方嫌になったらもう片方、って、ふらふらしていられるだろう」
 十八歳の私には苦すぎて飲めなかったビールを、まるで水のように飲み干していく鷹谷は、眉間に皺を寄せた表情のままそんなことを言った。
 鷹谷とは少しずつ親しくなり、部室で二人きり、話をすることも多くなった。彼は見た目によらず思慮深く、がさつだけれどもその行動には、他者への優しさが満ちていた。
 よく夜に部室で出くわし、そこから遅くまで話が盛り上がる、なんてこともあったが、彼は必ず日付が変わる頃になると、「そろそろ帰れ」と言い、そして例外なく私を家まで送ってくれた。
「美茂咲のこと、押し倒せよ」
 あれは一年生の夏休みが始まったばかりの、ある夜ことだった。
 私と鷹谷が二人きりで部室にいた時、たまたまやって来た三年生の男子が、鷹谷にそんなことを言った。その先輩は郡田さんほどではないにしろ、要注意人物と言われているひとりだった。
「お前ら、よく二人で一緒にいるよな。デキてんだろ、ホントは」
 その言葉に、鷹谷が明らかに不機嫌になったのがわかった。鷹谷の全身がわっと殺気立つ。それをまるで面白がるかのように、その先輩は言った。
「なぁ鷹谷、美茂咲のこと、押し倒してみろよ。俺の目の前でヤッてみろ。簡単だろ、好きなんだから。あ? それともあれか? 童貞にはまだ難しいか?」
 鷹谷は何も言い返さなかった。先輩はそれを、図星だと判断したのだろう、この後も畳みかけるように鷹谷を挑発する言葉を連発し、けれど何も言わずただ睨みつけるだけの彼が気に食わなかったのか、最後は殴る蹴るの暴行を加え始めた。
 鷹谷は、一切抵抗しなかった。私は彼が、高校時代、全国でもトップクラスの柔道の実力者であることを既に本人から聞いていた。けれどその本人は、ただ大人しく暴力を振るわれるがままになっている。きつく噛み締めた唇の端が切れて、血が滲んでいるのを見ていられず、私は誰か人を呼ぼうと廊下へ飛び出した、のだったが、ちょうどすぐそこに、部室に向かおうとしていた郡田さんがいたのだった。
 当時の私は、郡田さんに全くと言っていいほど、良い印象を抱いていなかった。
 一緒に入部した由美が彼のセクハラに耐えかねて退部したというのが理由としては大きかったが、やはり彼の女たらしぶりは、目を背けたくなるほど激しかった。
 夜中に部室で性行為を行っているのも十回に九回は郡田さんだったし、飲み会の席で女の子を「お持ち帰り」するのもほとんど彼だった。飲み会の後、酔っ払って彼について行ってしまった一年生の女子部員を、その後部室でとんと見かけなくなってしまうという事例も、もはやひとつ二つどころではなかったし、郡田さんが一年生の女子全員を「いただいて」しまうのも時間の問題だ、なんて上級生の間では噂されていた。二年生以上の女性部員は皆、彼と肉体関係を持ったことが一回はある、なんて話もあった。
 私は郡田さんを極力避けて行動していた。彼が「出席」の欄に丸をつけた飲み会には何がなんでも行かなかったし、彼が部室によく来る月曜と金曜の夜は、もうサークル棟にすら近付かなかった。
 だから、私が彼と関わりらしい関わりを持ったのは、この時が初めてだった。
 郡田さんは、部室から飛び出してきた私の顔を一目見るなり何か察したのか、部室に飛び込んで行き、鷹谷に馬乗りになってぼこぼこにしていた先輩に飛び蹴りを食らわせ、逆にぼっこぼこのばっきばきにしてくれたのだった。その部員は、郡田さんに襟首を掴まれてどこかへ連れて行かれてしまったかと思うと、一体どんなことを言われたのだろう、帰って来た時は顔面蒼白で、鷹谷に、すいませんでした、もうしません、と土下座をして去って行った。
「悪いことしたな。よく我慢したね」
「郡田さんのせいではありません」
 唇から垂れた血を手の甲で乱暴に拭いながら、淡々とした声でそう言う鷹谷に、郡田さんは言った。
「あいつ、最近彼女ができて調子乗ってるんだ。そのうちあいつの彼女を寝取って、こらしめておくから」
 そんなことをあっさりと言って、けらけらと笑う、そしてそれを本当に実行してしまう、郡田さんはそんな人だった。
 鷹谷に暴力を振るったその先輩は、後に文化部を辞め、さらに大学まで自主退学した。退学時は重度のうつ状態だったというが、その原因が郡田さんであったのかどうかは、私の知るところではない。
 その一件以来、郡田さんは鷹谷を気に入ったようだった。本来は力があるにも関わらず、挑発に乗らずに、一発も殴り返さず、暴力に耐え続けた鷹谷の姿勢に、心の琴線が触れたのだろう。郡田さんは彼をよく遊びに誘うようになり、そして鷹谷と親しい私にも、その声がかかるようになった。
 鷹谷と一緒に郡田さんの待つ居酒屋に顔を出しても、彼が私に手を出すことはなかった。部員が大勢集まるいつもの飲み会では、女の子に次々と酒を飲ませ、家まで送るからという名目でことに及ぶというのに、三人で飲む時の郡田さんは、酒を勧めてこないどころか、自身が飲まない時さえあった。
 郡田さんは、鷹谷のやや無骨すぎる態度にも、嫌な顔は全くせず、常に寛容であったし、私たちに何かを無理強いすることはなかった。だからだろう、他人に頑ななところがある鷹谷も、郡田さんには心を開いていた。部で郡田さんが何か指示した時、いつも真っ先に従うのは鷹谷だった。
 郡田さんと私のアパートが近所だったということがわかってからは、飲み会の帰りに郡田さんが送ってくれるようになった。部室で遅くまで過ごした日に送ってくれるのは鷹谷であったが、彼のアパートは私のアパートとは反対方向なので、申し訳ないといつも思っていた。送りは必要ないといくら言っても、鷹谷は絶対に言うことを曲げない。他の人が代わりに送ると言っても、いや俺が行きますと断ってしまうほどだった。けれど鷹谷は郡田さんにだけは、私を送る役目をあっさりと譲った。
 部室にいれば毎日のように、郡田さんの女性事情の噂を聞くだけに、彼に送ってもらうのは不安もあったが、彼はここでも私に何もしなかった。
 飲みすぎてべろんべろんに酔っ払ってしまった日も、郡田さんは私を部屋まで連れて行き、布団を敷いて寝かせてくれただけだった。私の部屋を出て玄関の鍵を閉め、ドアの新聞受けの中に鍵を落としてくれるほどの親切ぶりで、家まで送った後、酔って抵抗できない女子を押し倒すという、話に聞く彼の手法がまるっきり嘘のように思えた。
 その年の夏休みはほぼ毎日のように、郡田さんと鷹谷と顔を合わせた。文化部の皆で海へ行ったり花火大会へ行ったりしたのに加え、親しい部員何人かに声をかけて、飲みに行ったりカラオケに行ったりという個人的な遊びにも、郡田さんは私と鷹谷を呼んでくれた。郡田さんがそうやって私たちを可愛がってくれていたおかげか部の「要注意人物」たちがちょっかいを出してくることは全くなくなった。
「美茂咲ちゃんと鷹谷くんに何かしたら、郡田さんに何されるかわからないって、皆そう思ってたんだよ」
 先輩のひとりにそう言われたのは、ずっとずっと後のことだ。
 結局、郡田さんは夏休みの間に、私を除く一年生の女子全員に手を出した。今まで「なんだかんだ居心地が良い」という理由で残っていた部員たちも、それを機に何人か退部していった。何もかもを割り切って部に残り続ける子もいたが、それは少数派だった。
 ここまでやっておきながら、誰にも訴えられることなく、咎められることのない郡田さんが、不気味で恐ろしくもあった。彼に抱かれた女の子たちは皆、彼の罪を訴えることができないような、弱みでも握られていたのだろうか。でもそのことを、女子たち本人に尋ねることはためらわれた。
 こないだの飲み会で誰々が郡田さんと寝たらしいよ、という噂を口にする女子部員自身も、彼と関係を持ったことがあるにも関わらず、そんなことを平気で言う。へぇ、そうなんだ、びっくりだね、あの子、清純そうに見えるのに。なんてことを返す子もまた、先月は違う誰かに、同じように話のネタにされていたりする。
 それでも、郡田さんは部の誰からも嫌われているようには見えなかった。
 郡田さんが来れば誰もが笑顔で彼に挨拶をしたし、三年生の部長よりも彼の方が部員に慕われていた。彼が遊びに行こう、飲みに行こうと一声かければ、何人もの部員が行きますと言い、それは口先だけではなく実際に人が集まった。
 郡田さん自身が、自分の女性関係について気にしている節は全くなかった。誰といつ、どんな一夜を過ごしても、その後、本当に何事もなかったかのように振る舞う彼からは、サークルの女子を次々と食い物にしていく人だなんて印象は全く感じられなかった。彼はサークル内のみならず、同じゼミの女子とも関係を持っていたし、バイト先でも手を出していたというが、きっと誰に訊いても、郡田さんはそういう人に見えない、と答えるだろう。けれど恐らく誰もが、彼のそういう一面を、意外だとは思わない。ああ、そういう人なのか、と妙に納得してしまう。
 郡田さんは、そんな不思議な人だ。
 夏休みも終わりの頃だった。
 私は郡田さんに誘われて、部員の何人かと一緒に河原に花火をしに来ていた。バーベキューも兼ねて夕方から始まったこの集いに、鷹谷は柔道部の合宿が被り、参加していなかった。
 始まって早々に酒が配られたこともあり、九時くらいになって、花火をやろうかとなった頃には、私はすっかり酔ってしまっていた。楽しそうに水辺ではしゃぎ回る部員たちを、河原に敷いたブルーシートの上でひとりぼーっと眺めていた。「飲みすぎだ」と注意してくれる鷹谷がいない結果だった。
 灯かりなどない、私たちの他には誰もいない夜の河原では、河川敷に生えた背の高い草たちが黒い大きな影となって、まるで一匹の生き物のように、そのたてがみを風に揺らしていた。さっきまで私も人の輪の中にいたというのに、そこから一歩外に出てしまえば、孤独と暗闇の中に背中から吸い込まれて落ちて行ってしまうような、そんな錯覚に心が震える。
 立ち上る煙の向こうに、眩しいほどの光を放つ花火が見える。光に照らされる部員たちの笑顔と歓声が、今は眩しい。その火花が川の水面に反射して、揺れる波間に煌めく。花火のにおいは、もう終わりかけの夏の存在を確かに感じさせた。
 どこかで蝉が一生懸命鳴いている。短い命を燃やして鳴いている。この夏が終わるまでに、ひとりぼっちの暗闇を抜け出るための伴侶を求めて、ただただ身体を震わせている。
「魚原」
 名字を呼ばれて振り向くと、そこには郡田さんが立っていた。美茂咲なんて名前のせいか、友人には名字よりも名前で呼ばれることの方が多い。私のことを名字で呼ぶのは、しかも呼び捨てでそう呼ぶのは、鷹谷と郡田さんくらいだった。
 郡田さんは、この日、珍しくかなり酔っ払っていた。いつもは白い顔が、今日はほんのり赤味が差している。さっきまで他の部員と一緒に花火に参加していたはずだが、ふらふらとした足取りはどこかおぼつかなく、少し休憩したいのだろうと思った。
 郡田さんは私の隣にすとんと腰を降ろし、そして何を思ったのか、そのまま私に横から抱きついてきた。身体に伝わる感触は、それが確かに男の人の身体だと、頼みもしないのに教えてくれた。回された腕も、肩に触れた彼の胸板も、思っていたよりもずっと、「男の人」のそれをしていた。どきっとして息が止まりそうになる。彼がこんな風に私に触れるのは初めてで、思わず身体が硬直した。彼の女性関係のことが一瞬で頭を過ぎり、まさか、と思った。
 咄嗟に、花火をしている部員たちがいる川面の方に目を走らせたけれど、こちらを気にしている人はひとりもいないようだった。皆、それぞれの手元で燃え盛る夏の最後に夢中だ。
 郡田さんは、いつものなんてことのない声で私に言った。
「魚原さぁ、背高いし、女の子の割にはガタイいいけど、何かスポーツしてた?」
 高校まで空手と剣道を十���ほど、と正直に答えると、へー、かっこいい! と郡田さんは笑う。
「じゃあさぁ、もし俺が魚原を押し倒しても、抵抗できるよね?」
 その言葉に、背筋がぞっとした。
 私の頭に自分の頭をもたれさせるようにして、身体を密着させている郡田さんが、今、一体どんな表情をしているのか、私にはわからない。腕の重みも、伝わってくる鼓動の音も、全て初めての感覚だった。毎日のように会っている人なのに、私は彼を何も知らない。ただただ、いつもと同じ熱量を持った声だけが、私の耳には聞こえる。
「――できると、思います」
 私はそう答えた。うん、と郡田さんはすぐに頷く。
「もし、俺が魚原を押し倒そうとしたら、抵抗して。遠慮なくやっちゃっていいよ、骨、二、三本折られても、文句言わないから」
「……どうして、ですか」
 私の喉は渇いていた。酒ばかり飲んでいたからだろうか。それとも、彼に触れられていると、身体の熱が上がるのだろうか。夏の終わりの夜は涼しいのに。蝉の鳴き声に混じって、鈴虫が鳴いている声がする。
「どうして、だろうねぇ」
 郡田さんは酔っ払った時特有の、くくくくく、という笑い声を漏らした。それと同時に、私のことを抱き締める腕に力が入る。けれどそれは、決して振りほどけないほどの力ではない。まるで愛しいものを壊さないように、慎重に抱きかかえようとしているかのような、そんな力の入れ具合だった。優しい力の使い方だ。世界の誰のことも傷つけない抱き締め方だ、と思った。
「郡田さんは、私を抱かないんですか」
 そんなことを訊いたのは、きっと酔いのせいだろう。普段なら、絶対にこんなことは口にできない。
 私には、女としての魅力がない。私は小柄でもなければ華奢でもない。女の子らしい丸みのある身体でもないし、服や持ち物の選び方も機能性ばかりを重視している。髪だって、肩につくほど伸ばしたことなどないし、化粧道具すら持っていない。多くの女を抱いてきた郡田さんは、きっとこんな女には興味がないのだ。
「魚原は俺に抱いてほしいの?」
 郡田さんの返事は、声音ひとつ変わっていなかった。
 尋ねられてから考えた。彼に抱いてほしいのだろうかと。
「わかりません」
 私はしばらく考えた末、そう答えた。うん、とまたすぐに郡田さんは返事をしてくれる。
「魚原にだけ手を出さなかったから、傷ついた?」
 その声が少しだけ悪戯っぽく響いたのがわかった。
 ――傷ついた?
 私は彼に抱かれなくて、傷ついたのだろうか。彼に抱いてほしかったのだろうか。他の女の子たちと同じように。
「ごめんね」
「どうして謝るんですか」
「気にさせて、悪かったよ」
 気にしていません、と言おうとして、口をつぐむ。本当に気にしていないのか、それとも気にしているのか、もうそれすらわからなかった。
 風に揺れる葉の音が、耳の奥で響く。花火を振り回している部員たちが、今はあんなにも遠い。ここは世界の果てみたいだ。
 何を言っていいのかわからなくなり黙っていると、不意に、私の火照った頬に、何かが触れた。ひんやりと冷たく、柔らかい弾力のあるそれが、ちゅっ、と音を立ててついばむような動作をし、離れていった。
「魚原」
 彼が私を呼ぶ。私は返事もできない。振り返る勇気もなかった。微塵も動けずただ黙っていると、彼はまた少し両腕に力を込める。
「すきだよ」
 なんて優しい暴力だろう。
 ああ、この人の優しさは、きっと人を殺せる。
 <続く>
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17.04.01 ハッピーナイトメア・ドライブ
※ルージュの過去捏造が暗いです
 人里離れた静かな大屋敷。外観に飾られた不釣合いなネオン。安っぽいクリスマスセールみたい。  中に入れば、赤い顔をした奴らがワイングラス片手に、荒唐無稽なダンスでお祭り騒ぎ。楽しいパーティがアタシたちを歓迎する。ハッピーな気分でずうっと踊ってなさい、って心の中で毒づいた。 「都会からはるばる、よくぞお越しくださいました、ミス・ジェニー。おや、そちらの男性は」 「パートナーよ。今夜はアタシ、彼から離れないから」 「ええ勿論、ボーイフレンド様も歓迎いたします。さあお二方、中にお入りください。ご主人様があなたたちを待っております」 「けっ、暢気にダンスパーティしてる場合じゃないぜ。この女は、今からな……」  ヒールで思いっきり男の革靴を踏みつけた。赤いハリモグラは目ん玉充血させてもっと真っ赤になる。ふん、いい気味よ。背を向けた屋敷の執事には見えないように睨み合う。 「邪魔すんじゃないわよバカモグラ」 「お前こそ足引っ張ったら承知しないぜ、コウモリ女」 「合図したら、わかってるわね?」 「遅れんなよ」  史上最悪の悪巧みの打ち合わせは浮かれたパーティ会場の騒がしさに溶け込む。アタシは颯爽とヒールを鳴らし、悪い顔をリセットする。アタシはここではジェニー。本物のジェニーは、さあ、どこへ行っちゃったのかしら? 今頃街はずれの倉庫で、素敵な夢でも見ている頃じゃない?  ナックルズはまだアタシの顔をじろじろ。なーんか期待してた視線と違うから胸糞悪いわ。今夜のためにドレスも化粧も気合入れたっていうのにウブな男、いえ無神経な男はこれだからね。まだ許してないわよ、ここへ来る前に言われた「化粧の上に化粧ってできるもんなのか?」っていう台詞をね。悪気がないから余計に神経を疑う。  広間の奥には参加者たちにただ見せたいだけの赤いシャンパンタワーが、きらびやかなルビーの壁を作っている。その下でダンスに不釣合いな羽つき帽子をかぶったマダムと握手する、銀色のお髭のミスターがいて、アタシは彼を顎で示す。ナックルズが周囲に聞こえないくらいの溜息をつく。そして苦虫を噛み潰すような顔で、 「今のオレらじゃエッグマンの悪事も咎められねえな」と言った。 「今なら、逃げ出すのも間に合うわよ。コソドロになりたくないなら帰っちゃえば?」 「盗みが目的なのはお前だけだろ。オレには別の目的がある。ちゃんと奴のところに案内してくれるんだろうな?」 「もちろん。アタシの盗みを黙視するっていう条件でね」 「癪だぜ」 「お互い様でしょ」  恰幅のいいミスターが歩み寄ってくる。口端だけはナックルズに向けて吊り上げる。「あんたは乗ったのよ。個人的な恨みを晴らしたいっていう、アタシが宝石盗むのと同じくらい綺麗じゃない目的のためにね。やるんでしょ?」  あんたは瞳をぶどうみたいにしっとりさせて、何も言わないのね。
「許せねえよ」  えずくみたいだった。  恐ろしい計画を口にするとき、人もケモノもまるで血を吐くように吐露するものなんだと知った。何を言われているのか最初はわからなかった。つまりはこいつがそんな風に、喉をわななかせながら恨み辛みを込めた声を出すなんて思わなくて――寒気が走った。エンジェルアイランドに吹く風がいやにべたべたと、まとわりついた。ビル風はおろか、どこかのハリネズミの坊やの風も滅多に吹かないまっさらな島なのに。こんなに不快な風が吹くの。ここにずっと居付いている、一族の最後の生き残りは、自分が目尻に不必要なシワをいっぱい作っていることに気づいているのかしら。それは印象のよくない表情だと教えてやるのを、ついに忘れた。  辺境の地に住むからこそ、冒険心に唆されて危険な場所へ赴くトレジャーハンターだからこそ、街の新聞には絶対に載らない事件を彼はいくつか知っていた。その中の一つ、少女誘拐事件のことをアタシに話してくれた。そしてその犯人は人間ではなくロボットだということも。  有能なロボットが主人の手を離れて一人歩きし、意思を持つなんてことは、オメガの存在をはじめ、アタシたちの身には痛いほど染みている事実。けれどロボットが無力な女の子を襲うなんて、そんな嫌な時代が到来していたなんてね。子狐ちゃんには口が裂けても教えられない。だからナックルズは、アタシに話すしかなかったんだわ。  奴の主人も沈黙を決め込んでいる。巨大な電力会社の重役だっていうから、これまた厄介。ロボット産業にも手を出しているが、躾がなっていないのか、過去に会社の職員に怪我を負わせたという話もあるから手に負えない。可愛がっているロボットの一人が犯罪を犯したことに彼が関係があるのか、はっきりしたところは定かじゃない。  問答無用で破壊すべきだ。主人が処分しないならオレが壊す。ロボットは普段、自宅にいる。「主人の前では忠実なのに、どうして?」少女を襲った夜、一時的なシステム障害を起こしたんじゃないか。ナックルズは長いようで短く、分析した。 「随分と事件についてお詳しいのね」  ナックルズの横顔には険があった。顎の内側、歯を食いしばっているのか、ギリリと音がした。 「神様って何でこう、タイミングを巡り合わせるのが上手いのかしら。彼の自宅の金庫には、前から狙っていた宝石があったのよ。でも彼は大手会社の重役。今の時代、ロボットを従えているくらいのお屋敷で、セキュリティのぬるいところはないわね。事を荒立てると、遠方でも気づかれるわよ。自宅と連携したセキュリティアプリをロボットに搭載するくらいやってるはずだわ」 「侵入だけでも気づかれないようにできる方法はないのか」 「鍵を開けて堂々と入るしかないんじゃない? 警備ロボットのお出迎えからは逃げられないでしょうけど。どうする?」
 補足しておくとここは、イケてるミスターであり誘拐ロボットのマスターであるおじ様の別荘なのよね。遊ぶための場所だから自宅から然程離れていない。屋敷を出れば海に囲まれた山沿いの道路を臨める。つまり道路沿いにあるお屋敷で、無駄に広い駐車場には車がいっぱいだった。もちろん、コンビニの駐車場に停まっているような普通のじゃない。売ればウン千万の高級車ばかり。  ジェニーは今日のパーティに呼ばれた、取引先の会社の重役の、女性部下だった。最低ね、取引先の社員に手を出そうなんて。ジェニーの上司はワイングラス片手にダンスホールで踊っていたわ、千鳥足で。彼女は男運がないみたい。ほんと、ロクでもない男に囲まれて可哀相。  でも、ミスターはジェニーの顔を知らない。だから彼の前でも、アタシはジェニーに成り代わることができた。  挨拶もそこそこに、ミスターに連れられて二階に上がる。  この屋敷は一階に大広間があって、いつもはファンタジー小説に出てくる魔法学校の食堂のような、��がーいテーブルに椅子を並べた食卓風景が広がってい��らしい。でもこういう賑やかな夜は、それらを撤去して巨大なダンスホールにしてしまうんですって。ダイヤモンドの欠片のようなものがじゃらじゃら下がったシャンデリアが揺れてしまいそうなほど、ダンスホールでは人々が踊り狂う。異様な光景と言っても差し支えない、やばい夜には、やばい奴の周りにやばい連中が集まる、その法則を反映したようだった。見下ろしながら舌打ちを堪えた。嫌なフェロモンを漂わせる男の背中を追った。  螺旋階段を上ると、ある部屋に通された。  そこにはムードのあるソファーや、本棚、思わずドキッとするアロマが焚かれていて何とも居心地がよかったけれど、アタシはもう壁の電気スイッチしか見えていない。目端に飛び込んで来たのは男の指先だった。胸元に手を伸ばしてくるミスターを、軽くウィンクして一度落ち着かせて――パチン! 素早く部屋の電気を消した。  さて、ドレスの胸元に隠した小型通信機にこの模様が聞こえているはず。驚いて声を失うミスターの股間をスペシャルなキックを打ち込んだのはその直後だ。踏みつけたカエルのような声を上げさせ、ズボンのポケットから鍵束を引き抜いた。  ドアを蹴破ると屋敷全体が闇に落ちている。一階は騒然とした様子で、暗闇で慌てふためく人々の頭上を急いで飛んだ。そっと玄関を開けて、外へ身体を滑り込ませる。僅かな脇汗が瞬時に冷えた。 「奪えたわよ。ラッキーね、愛車の鍵まで一緒みたい。大事な鍵を全部持ち歩いているって噂、本当だったのね」 「うっとりしてる場合か。早くしないと誰か追ってくるぜ」 「わかってるわよ」  屋敷の電気を消したのはもちろんナックルズだった。ミスターの周りの執事までみーんなアタシが惹きつけちゃったから、彼が行方を眩ますのは他愛もないことだったわ。 「あーあ、おじ様たちに気を遣うの本当疲れた」  屋敷の脇に停めてあった真っ赤なオープンカーに飛び乗った。アクセルを踏み、勢い込んで車道に出る。  海沿いの道は死の王国のように真っ暗で静かだった。助手席のナックルズが遠のいていく屋敷に振り返って、「あばよ」と呟く。 「本当はあのオヤジもぶん殴るつもりだったんだぜ」 「彼が警察に連行されるときまで我慢しなさいよ。ねえ、本当に壊しちゃうの? ロボットの身柄を拘束して警察に突き出せば、指紋とか調べてくれるんじゃないの」  言ったあとで、拘束などしなくても破壊されたボディの方が隅々まで調べるには効率的だと気づく。今までドクターのロボットは飽きるほど壊してきたのに、何で今回ばかりは、まるでこの男の殺人を手伝うような気分になるのかしら。多分、隣で風に吹かれるナックルズを突き動かすのが、確かな殺気だからだ。  アタシはハンドルに力を篭める。篭められずにいられない。  メイクはケーキをデコレーションするのに似ている。スポンジにクリームを塗って、飾りつけして。年の数だけ立てるロウソクは決して実年齢と一致させない。  まずクレンジングオイルで乳化した素顔にファンデーションを塗る。パウダーを含んだタイプのファンデーションの方が早いけれど、きめが粗いから、ファンデーションとパウダーは別でつけた方がいい。  リキッドライナーで瞳のフレームを自然に強調して、シャドーはお気に入りのマリンブルー。前に一度ピンクで攻めたことがあるけれど、アイシャドーは瞳と同系色が基本っていうし、アタシらしさがばっちり出るのはこれ。彩ったら、マスカラに持ち替えて、睫毛を掬い上げる。  口紅はいつも丸みのある描き方だけど、今夜は鋭角的に。唇の輪郭を描いたあとに中を塗っていくのは爪と同じ、これで形がくっきり出る。ルージュ、この名に恥じぬ色気は唇から作り上げたものなのよ。メイクの仕方さえ知らなかった頃、鏡の前で大人っぽいグロスをなめては拭いて、を繰り返していた。  鏡よ鏡、この世で一番美しいのは? いつか鏡が「それはあなたです」と答えながら、素敵な女になったアタシを映してくれる。そう夢見てた。  本当に応えてくれるものね。本気でメイクした自分と見つめ合いながらそう思った。  そこには大人になったアタシがいる。子どもの頃、着せ替えゲームが好きな時期があった。インターネットのフリーゲームなんかでよく見る本当に単純なやつ。当時は自分の好みさえよくわからなかったのに、限られた服やアクセサリー、メイクの選択肢から可愛いと思うものを一生懸命選んで、遊んでいた。当時の自分には何一つ手に入らないものだったわ。だから束の間でも、自分がオシャレしているみたいで楽しかったの。今じゃすっかりオシャレや、自分の美を磨くことが、生活の一部になった。  ネイルサロンでジェルネイルしてもらった指先は華やいでいた。白いラインストーンのついたネイルチップをつけてもらっちゃったせいで、香水を吹き付けるたびにきらきら光る。エステにだって行った。あったかいオイルにまみれて、頭から胸元までのマッサージを堪能したわ。  紫のドレスはボディラインが余すところなく出るミディアムタイトスカート、目的はパーティじゃないからパンプスのヒールは低め。胸元には宝石のついたネックレスでアクセント。  宝石は、幼い頃からお守りだった。吸い込まれそうな輝きに魅了されたあの日から、アタシは宝石を愛してやまない。磨けば磨くほど光を増す、自分もそうなれるんだって信じてた。やがて恋をした今でも、そう信じてる。  オシャレは魔法の鎧。メイクは魔法の仮面。 「彼氏でもできたか?」  待ち合わせのとき、ついに言わせたの。何で? と、すましたアタシから目を逸らして「べ、別に」ととぼけるあいつの立派なタキシードの裾にわざと、口紅たっぷりのキスマークを刻み付けたくてたまらなかったわ。素敵なガラになったわよ、きっと。  でもねそのままでも、「あんた」みたいな男がいいの。  趣味悪いわよね? 「もしかしてジェラシー?」つん、と裾をつついてあげた。そしたらぷんぷん怒り出しちゃって。 「んなわけねえだろ! いや、だからさ」目を泳がせて。「いつもと違うなって……」 「あら、意外と察しがいいじゃない」 「化粧の上に化粧ってできるもんなのか」 「何ですって? 呆れた」  たまには乙女心ってものを考えて気の効いた褒め言葉でも返しなさいよ! 「ふーん彼氏じゃないのか」 「い・ま・せん。次に言わせたらスクリューキック」 「じゃあ、何でそんな気合入れてんだ」  このハリモグラは鈍いってレベルじゃないから泣けてくる。  でも当然よ。だってこいつにはあの誘拐ロボットしか見えていないんだもの。  屋敷に侵入すると案の定警備ロボットたちが一斉にアタシたちをライトで囲んだ。パトカーよりも攻撃的な光線が身体を貫いてきた。当然、すぐさま武力で反撃した。ドレスじゃ動きづらくてスピードは衰えるけど、タキシードのナックルズは何故だか衰えなかった。  砕いていった。次々と。吹き飛ばすんじゃない、砕くのよ、文字通り。中のコードがはみ出て、派手に機体が倒れる。足を引っかけそうになる。  ロボットたちのライトは少しずつ消えていって、やがてナックルズの横顔は――。熱を、咲かせて。もう一度いつもの暑苦しさを見せて、と思わず叫びそうになる。あんたの冷たくなった顔を、どこかで見学しなきゃいけない場面が来るんじゃないかと不安だった、その不安は今、的中した。でも今のあんたは、あんたじゃない。 「どうしたの?」  肩をすくめて、とぼけた。 「興奮しやすいクセして今日は随分無口じゃない」  まるで噴火前の火山が、そこにいる。  コウモリの耳は不愉快な超音波をキャッチする。怒りが、空気を通して、天井を床を電撃のように駆け抜ける。  アタシたちは闇の中で視線を合わせた。アメジストの双眸が、煌いた。 「何か言いなさいよ!」  アタシの潤んだ唇とナックルズの腕からそれが響いた。  彼はずっと腕輪をつけている。細くて目立たないけど、その正体はパーティ会場で役立った通信機。アタシは胸元から自分の通信機を出して、「応答しなさいハリモグラ。レディに無視決め込むなんてサイテー」と命令する。ナックルズはさすがに狼狽したようだ。 「驚いたじゃねえか、いきなり何だよ!」 「こっちの台詞よ。あんた何考えてんの、さっきから顔がマジすぎるってば」通信機をドレスの胸元にしまうと彼は仰け反った。「あら、胸ポケットに大事なものを入れるのは女スパイの基本よ」 「胸ポケットじゃねえだろもはや」 「ふふん、ならブラポケットね」 「ふざけんなっ!」 「ほーら、ちょっと肩の力抜けた?」  固かった表情筋を僅かに和らげたのには成功したけど……ナックルズは機嫌悪そうに鼻を鳴らして、ずかずか進んでいく。 「あんたこそガールフレンドでもできたのかしら? もしかしてその誘拐事件、好きな子が巻き込まれたとか」 「そんなんじゃねえ!」  警備ロボットの残骸に溢れた床に吐きつけるようにして彼は否定してみせる。――あからさまだった。 「そんなんじゃねえよ」  誰のためなの? あんたの頭をいっぱいにするのは誰なのよ。嫌よ。  ナックルズは勝手に奥へ奥へ進んでいく。追っているうちにアタシは自分の顔をどこかで落としてきたような錯覚に陥りかけた。  ある部屋に入って、彼が止まる。さっきまで彼を茶化していたはずのアタシはもう冷静じゃなくなりかけている。  ここだ、ここだ、ここだ。  電気の一つも探さずにここまで来た。拳でぶち破られたドアの向こうに広がるのは寝室か。キングサイズのベッドがある。家主は独身のはず。ずっと、配置もサイズも変わっていない、十年前から。人間の男の臭いを微かに探り当て、咽びそうになりかけて、アタシは――涙目で、顔を上げた。  時という概念が消え失せたのはそのときからだ。  およそ何分この部屋に滞在しただろう。まったく覚えていない。  そこに白いゴツいロボットがいるのは不気味以外の何物でもなかった。オメガよりは小さく、カラーリングももっとシンプル。だからこそ得体が知れず、後ずさるアタシと入れ替わりでナックルズが動いた。 「ちょっと待ちなさいよ……」  輪郭ごと、闇と一つになって今にもロボットを頭から食らわんとする何かの化物になるような気配をナックルズは背負っている。彼が一歩ロボットに近づくたび、心音がドンッと鳴る。  このロボットが犯人だって、どうしてあんたは気づいたの? 普通の家庭用ロボットじゃない。お掃除とか、身の回りを世話してくれるそういうタイプの奴よ、これ。 「こいつじゃないわ」  口を出していた。ロボットは四角い足を揃えて、何も言わない。ただアタシたちを見ている。突然喚き出したアタシにナックルズは怪訝な素振りを一切見せない。  まるで最初から……本当のことが、わかっていたかのよう。  誘拐事件。数多くの被害者の女の子たち。そのうち一人の名前は。 「命令に従っただけよ、こいつは」 「黙ってろルージュ」 「だって知ってるんだから!」  そのうち一人の名前はルージュ・ザ・バット。当時八歳。 「ねえ見たでしょ? あのオヤジ! ド変態はあっちよ! そのロボットはね、誘拐された女の子を世話するためだけに十年間ここに閉じ込められてるの! 被害者の子たちよりずっとずっと長く! アタシは――」  何言ってんの。 「アタシは幽閉されている間そいつと遊んでた! 家の宝石、たくさん見せてもらった……! 本当は監視役だってわかってたけど、それでも、こんな風に真っ暗で不安な夜、こいつの液晶でゲームして、くっついて一緒に寝てたの。だから、壊すのはちょっと待って……」  ああ。変よね。子どものアタシが乗り移っていたのを確かに感じた。壊さないで、じゃなくて、ちょっと待って、とか慎重ぶるところなんか特に。  ませた子どもだったの。そのくせ世間知らずだったから、このハリモグラみたいにホイホイ騙されて、ついていった。まさか十年もこんなこと続けてるとは思わなかった、ナックルズの話を聞くまで。  ナックルズのぶどう色の瞳は、怒りと悲しみを行き来していた。わざわざ深く息を吸ってから、白い八重歯で、下顎をすり潰していた。大袈裟に俯いて。やり場のない感情で両腕を厳らせて。  クソが、と咆えて。  その隣でアタシは「知られていた」と声に出さず泣く。  今すぐ逃げ出したい。知られていた。知られていた。もしかして、と怖くはなっていた。どうしてかわかんないけど知られていた! アタシが十年積み上げたプライドがゆっくりと倒壊していく。 「……アタシのためだったなんて粋なサプライズね。ハリモグラのくせに」 「だめなのかよ」  ガスの抜けた声だった。 「お前の苦しさをぶっ壊したら、お前ごと壊れんのかよ」  瞬間、崩壊が止んだ。とびきり大きな力に腕を引き上げられたような気持ちが、迸る。暗く沈んでいた世界を一閃する。 「噂好きなトレジャーハンターが、お前のことを話してた。真相を確かめるためにわざと連れてきたんだ、悪かった。そして真実なら、お前の目の前でぶっ壊してやろうと思った。オレには……それしかできないからよ」 「ハリモグラのくせに……アタシにカマかけたの……!?」 「悪かったよ」 「いいわよ、もう! あんたに謝られると気持ち悪い!」 「きもっ……おいふざけんな!」 「そんなんじゃねえ、とか強情なままでいりゃよかったのよ! 何よ、アタシのためって!」  唇を噛んだ。 「優しくしないで……!」  口紅の味が広がっていく。そういえばアタシは、オシャレを覚える前は口紅の味が大嫌いだった。  突然、腕の関節が外れたようだった。強引に引っ張り上げられたみたいで、犯人は当然、ハリモグラだ。目尻をくしゃりとさせたハリモグラだった。 「聞けよ、ルージュ。お前は綺麗だぜ。顔はな」  泣きそうにも見えた。パウダーをたっぷり乗せた頬にグローブを添えられる。 「けど目がキツい。おまけに口が悪い」 「あんたに言われたくないわ」 「あと、素直じゃない」  そればっかりは、ぐうの音も出ない。食い入るように真剣に、ナックルズはアタシの瞳を眼差し一つで縫いつける。いやだ。逸らせない。身体が、シビれそう。 「強情なままでいたってな、可愛くねえぞ。ちったあ、か弱い乙女の部分とやらを見せやがれ」  悔しくて、息も飲めなかった。  子供の頃か、いつか夢見てた王子様に――こんなガサツな奴が、一瞬でも重なったのが悔しい。ドレスで隠した胸が張り裂けそうなほど。その桃色に破れてしまったおっぱいをこいつに見せたいほど。 「決着つけるなら、ここでつけろ」 「わかった、から、ちょっと待ってて」  やがてハリモグラの肩を、そっと押し退けた。白い塊の前に立つ。 「覚えてる? アタシを。十年前にここにいたの。可愛い真っ白な白雪姫よ。今夜は泥臭い赤ニンジンをつれてきたわ」 「赤ニンジンってオレか?」 「元気にしてた……?」  ロボットは人間みたく小首をかしげる。とうに記憶はデリートされちゃったかしらね。  こっちはよく覚えているわ。主人の私物からこっそり持ち出してくれた宝石や、アクセサリーまで全部。絶対に手に入らないけれど、眺めているだけで幸せだった。いつかこんな綺麗なものが似合うコウモリになりたいって思った。アタシがもっと見たいと言ったら、もっとたくさん持ってきてくれた。もちろんマスターには内緒で。 『あたし、これ欲しい。眺めているとドキドキするの。ねえ内緒にしててくれない?』 「皮肉よね。誘拐がきっかけで、自分も宝石専門の泥棒になっちゃったんだから」  ロボットの胸部には小さなモニターがあって、ドット文字が表示された。懐かしい。タッチ式でゲームができるの。飾り気のないパーツのロボットにしてはこれだけは優秀だった。画面はカラーだし、アクションゲームとかパズルとか、着せ替えゲームとか色々――。  オヤジは嫌いだったけど、あなたは結構好きだった。怖がるアタシと遊んでくれた。 「他の誰が噂したって、関係ない。何とでも呼ぶがいいわ。アタシは這い上がったの。死ぬ気で脱出して死ぬ気で生きてきた」  ロボットは何も言わない。瞳が時々、チカリと光る。この子は今でも喋れない。感情も示してくれない。ただ目の前の少女を喜ばそうと、  宝石を、両手で差し出してくる。 「ナックルズ」  彼のグローブがすでにロボットの首筋に当たっていた。 「――壊して」
 それから少しだけ。  彼の胸の中で、泣いた。素敵にか触れられた翼が、いやに彼のグローブの厚みと微かな体温を伝えた。  赤い宝石は素敵に輝く。  今夜は星降るいい夜だと思っていたのに、よく見上げると、汚らしい曇天がはびこって一雨来そう。アタシは何を見ていたんだろう。 「エンジェルアイランドまで飛ばせよ」 「……命令しないで」 「じゃあお願いだ」 「断るわ。あんたわかってる? 今回の件、バレたらシャレにならないんだからね! エンジェルアイランドなんて一発で嗅ぎつけられる場所に潜伏するは論外!」  高級車は海沿いを走る。この男はアタシを帰さないつもりだ。上等、そのつもりでこっちも派手に決めたのよ、今夜。でもタキシードの男にドレスの女の逃走劇って、どこの映画の世界ってカンジ。  世間じゃアタシたちが悪人になる。今頃パーティは滅茶苦茶でしょうね。とにかくジェニーが無事に発見されることを祈るわ。アタシたちは地の果てまで逃げるから。  スリル満点の人生は誰もが望んで手に入るものじゃない。アタシは幸せ者なのか、それとも悪夢からずっと目覚められないでいるのか、わかんないけど、この際考えたってしょうがない。考えたってわからない。人生はゲームみたいに、リセットボタンがないんだから。でも、いくらでもコンティニューはできる。  反して助手席のナックルズは暢気なもの。ふんぞり返って、曇天の隙間で僅かに光る星を数え始めてる。さっきまで怒り心頭に発してロボットを破壊した姿と同じとは思えない。  星に飽きると、最後にロボットがくれた赤い宝石を夜空に透かして眺めていた。不思議な宝石に見えるのはアタシの錯覚かしら。カオスエメラルドより一回り小さいけれど、角度によって吸い込まれそうな透明感が現れたり、まるで水分が閉じ込められたかのような深みが出現したり、何だか万華鏡みたいにくるくる印象の変わるの。光に当ててみたらまた違った輝きを放つのでしょう。  また一つコレクションが増えた。感謝するわ。  加速する夜の海がぼやける。拭って、風を切るくらいの大声で話しかけた。 「ところでマスターエメラルドどうするのよ」 「カオティクスに預けた」夜に塗られて、赤いドレッドヘアが褐色に沈んでいた。三日月形に連なるそれらは風を受けて、独立した旗のようにぱたぱたなびく。たくましく盛り上がった胸板。アタシがさっき全部を預けた場所。  アタシだけの場所。そう信じていいのよね? 「最初からこの予定だったわけ? 用意周到すぎてムカつく。涙出そう」 「いちいち馬鹿にしやがってお前は!」 「馬鹿にするわ! アタシみたいな女に惚れた時点でね!」  それに、本当は馬鹿にしたんじゃない。幸せすぎて涙が出たのよ! 「ああ寒い」怒鳴りながら会話する。「早く逃げたい!」 「どこへだ?」 「どこまでも、よ!」 「これじゃ、オレが攫われちまう」  悪びれた様子もなくナックルズはあくびをする。手の中で宝石が、星よりも明るく輝いている。二人の未来を示すように。
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hi-majine · 5 years
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寝 床
 ひところたいへん流行したお稽古ごとに義太夫《ぎだゆう》がございます。  師匠がたとしても、弟子が大家のご主人などということになりますと、調子がわるいからといってことわれば、収入のほうに関係してまいりますから、すこしぐらい聞きにくい声でも、ぐっとがまんをして稽古をしなければなりません。  なかには、ずいふんまぬけな大声というかたもありますが、こういうかたは、また師匠のほめかたがうまいもんで…… 「どうも、じつにあなたのお声は、生まれつき義太夫をおやりになるためにそなわっていらっしゃるようなお声で、あーっという、これがなかなかはじめにはでないものでございます。すこしつづけてお稽古をなさると、ずんずんご上達をなさいます」  いわれたご当人は、お世辞と気がつかないから、ほくほくよろこんで、ますます勉強をすることになります。  なかには、また蚊の鳴くようなほそい声の人があります。 「どうもあなたのお声は、艶《つや》ものにようございます。このつぎには、あなたのお声にあうものをひとつやりましょう。じつにあなたのお声というものは、黄色いところがあって、ふっくりとまるくて、どうも結構なお声で……」  そんな声はありゃあしませんけれど、こういわれれば当人はたいへんによろこんでおります。  なかには、黄色いにもなんにも、まるで声がでないようなのがあります。三味線の音で消えてしまって、調子にも乗らず、口のうちで虫の鳴くような声をしているのがあります。こういうのでも、師匠のほうにはいろいろのほめかたがあるもので…… 「あなたぐらいご熱心でいらっしゃれば、三週間もおやりなさるうちにはお声が吹っきれます」  できものじゃあるまいし、吹っきれたところで、とてもなおるわけのものじゃございません。  こうやって稽古をしているうちに、どうにか人の耳に聞えるような声がでてくると、そういう人にかぎって天狗になります。だれか人をあつめて、この義太夫を聞かしてやろうなんていうおそろしい気をおこしますが、まさか目上の者に聞かせるわけにはまいりませんから、店の者や出入りの者や長屋の連中などという目下の者が狩りだされるということになります。 「佐兵衛はまだ帰らないかい? 帰ったらすぐにここへよこしてください。おい、定吉や、きょうはおおぜいさんおみえになるんだから、あたらしいそろいのざぶとんをだしときなさいよ。いいかい。高座の前にちゃんとしいておくんだ。え、なに? 師匠がおみえになった? では奥へお通ししてお茶をさしあげてお待ちいただきなさい。お菓子やなにかはいいかい? お菓子はとどいたのかい? 料理のほうは? うんうん、仕出し屋から料理もとどいたし、料理人もみえてるって……そっちのほうは手ぬかりないな……そうそう、さらしを五反ばかりと玉子を二十ほど用意してくださいよ……え? さらしと玉子で怪我人がありますかって? なにをばかなことをいってるんだ。義太夫というものは、下っ腹から声をだすんで腹に力がはいる。それで腹に巻くんじゃないか。玉子は息つぎに飲むんだよ。それくらいのことは心得てなくっちゃこまるよまったく……見台《けんだい》はでましたか? よしよし、きょうは、このあいだできてきたあの見台でみっちり語りましょう。おー、おー……���ー……どうも声の調子がよくないな……うー……どうもお昼に食べたおかずがすこし辛かったせいかな……おー、おー……どうもうまくないなあ……定吉や、師匠にそういっとくれ、旦那がすこしのどの調子がよろしくないので、調子を一本がたまけてくださいって……なに? 佐兵衛が帰ってきた? あっ、ごくろう、ごくろう。つかれたろう。まあ、こっちへおいで」 「へえ、おそくなりまして……お長屋をすっかりまわってまいりました」 「いや、ごくろうさま。おまえさんのことだから手落ちはなかったろうとおもうけれど、ちょうちん屋へはいってくれたろうね……この前のときには、定吉が知らせるのをわすれちまったもんだから、提灯《ちようちん》屋のやつに『旦那さま、どうしてあたくしにだけ結構なお浄瑠璃《じようるり》をお聞かせくださらないのでございますか』なんて、すっかりいやみをいわれてしまったんだから……」 「はい、そのようにうかがっておりましたので、ちょうちん屋さんには一番はじめにまいりました」 「よろこんだろう」 「へえ、たいへんにおよろこびでございましたが、なんでも開業式のちょうちんをひきうけてしまいましてな、今夜は夜あかしをしてもしあげなけりゃあならないそうで、まことにざんねんではございますが、またつぎの機会にということでございました」 「おや、そうかい。そりゃあ気の毒なことをしたな。せっかく義太夫好きだというのに運のわるいやつだよ、まったく……あたしが義太夫を語るときにはいつも聞かれないんだからな。まあいい、あいつの元気づけに、こんど向合《さし》でたっぷり聞かせてやるから……そういっといとくれ……で、荒物屋はどうしたい?」 「はい、荒物屋さんでは、おかみさんが臨月でございましてな。今朝から虫がかぶっておりまして、いまにも生まれるというさわぎで、それをうっちゃって義太夫を聞きにうかがったというようなことが知れますと、親戚がなにかとうるさいので、せっかくのお催《もよお》しでございますが、旦那によろしくとのことでございました」 「お産じゃあしかたがあるまい。金物屋はどうしたい?」 「なんですか、今晩|無尽《むじん》がございまして、初回は自分がもらいになるということだそうでございまして、それを不参をしては、みなさんに申しわけないので、まことに失礼ながらお浄瑠璃の会には欠席させていただきますから、旦那によろしくつたえてくださいとのことでございました」 「まあ、そういうのっぴきならない用ならしかたあるまい。で、豆腐屋は?」 「豆腐屋さんでは、お得意に年回がございまして、生揚げとがんもどきを八百《はつそく》五十ばかり請けあったとかで、家中で大わらわにやっておりますが、なかなかはかがいかないようで……生揚げのほうは手軽にできるのでございますが、がんもどきのほうがなかなか手数のかかるもんでございます。と申しますのが、蓮《はす》にごぼうに紫蘇《ちそ》の実なんてえものがはいります。蓮はもう皮をむきまして、これをこまかにいたしましてつかうだけなのでございますが、ごぼうは、なにしろ皮が厚うございますから、庖丁でなでるようにむきまして、そのあとであくだしをいたします。紫蘇のつかいかたが、いちばんめんどうなんだそうで……紫蘇の実がある時分にはよろしいんでございますが、ないときには、漬けもの屋から塩漬けになっているのを買ってまいりまして、塩だしをしてからつかうんでございます。でもあんまり塩だしをしてしまいますと、水っぽくなって味がすっかり落ちてしまいますし、さればといって塩だしをしませんと、塩っからいがんもどきができあがるという……」 「おいおい、だれががんもどきの製造法を教えてくれといったい? 豆腐屋は、今晩聞きにくるのか、こないのか、それを聞いてるんじゃないか」 「ええ、そのう……そんなわけでございますから、おうかがいできませんのでよろしくということなんで……」 「そんならそうとはじめからいえばいいじゃないか。ごぼうのあくぬきがどうの、紫蘇の塩だしがどうのって、よけいなことばかりいいなさんな。じゃあ、鳶頭《かしら》はどうしたい?」 「鳶頭は、そのう……成田の講中にもめごとがおこりまして、どうしても成田山までいかなければはなしがまとまらないというようなわけで、明朝五時の一番列車で成田へ出発しますから、今晩のところは、どうかごかんべんねがいたいということなんでして……」 「吉兵衛はどうした?」 「吉兵衛さんのところへまいりましたら、吉兵衛さんの申しますには、『どうもまことにすみませんけれども、昨晩から疝気《せんき》で腰がまるで伸ばせません。さきほども便所へはっていったようなしまつで、とてもあがることはできませんから、旦那さまへよろしく申しあげてくれろ』とこういうことで、もっとも、釣り台へ乗ったらいかれないこともあるまいと申しますが、いかがいたしましょう」 「釣り台へ乗るような病人がきたってしかたあるまい……うらの吉田のむすこはどうしたい?」 「ええ、……吉田さんのむすこさんは、きょうは商用で横須賀へいっていらっしゃいます。たぶんお帰りは終列車か、場合によっては明日になろうということでして……もっとも、あちらさまにはおっかさんがございます。しかし、ご存知のようにまるっきりのかなつんぼで……」 「なんだい、かなつんぼがきてどうするんだ……で、いったい長屋の者はだれがくるんだ?」 「へえ、どうもお気の毒さまで……」 「なにがお気の毒だ。じゃあ長屋の連中はだれもこないんじゃないか。おまえさん、いったいいくつになんなさる? いちいちあのかたはこういうわけでおいでになりません。このかたはこうこうでまいられませんなんて、どうしてそんなむだなことばかりいってるんだい。長屋をまわりましたら、みなさんご用事でおいでになれませんと、ひとこといえばすむはなしじゃないか。これから気をつけるがいい……まあ、長屋の連中がこられないとすれば、せっかく用意もしたことだから、店の者だけで語ります……と、みわたしたところ、店の者が姿をみせないね……番頭の藤兵衛はどうしてるんだ?」 「へえ、一番番頭さんは、ゆうべお客さまのお相手で、はしご酒がすぎまして、申しわけないが、二日酔いであたまが割れるようだと表二階でおやすみでございます」 「金助はどうした?」 「金どんは、ちょうど夕方でございました。伯父がひどくぐあいがわるいからという知らせがございまして、もう年が年だから、これぎり逢えないかも知れないから、ちょっと逢ってきたいと申しますので、それじゃあちょうどお店も早くしまったから、ちょっと逢いにいってきたらよかろうとだしてやりました」 「梅吉はどうした?」 「梅どんは脚気《かつけ》でございますので、失礼させていただくという」 「脚気は脚の病気だろう。それがどうして?」 「ええ、梅どんは、ふだんからあの通り礼儀正しい男でございます。脚気だからといって、旦那のお浄瑠璃を足を投げだしてうかがうことはできないから、やすませていただきたいということなので……」 「竹造はどうした?」 「竹どんは、さっき物干しへあがってふとんを干しておりましたが、『竹どん、旦那の義太夫だよ』と申しましたら、『えっ!』といって、ころげおちまして、足をくじいてうんうんうなって寝ております」 「弥太郎はどうしたい?」 「ええ、弥太どんは……そのう……なんでございます……じつは、あれなんでございまして……まったく、そのう、くだらんことになりまして……つまり、こうこうだから……こういうわけで……じつによわったことで……あれは、なんにいたしましょう?」 「なんだ、なんにいたしましょう?」 「いいえ、なんにいたしましても……そのう、眼病というようなしだいでして……」 「おいおい、眼病てえのは眼がわるいんだろう?」 「さようでございます。眼病が眼でございまして、脳病があたまでございまして、胃腸病がお腹の……」 「なにをよけいなことをいってるんだ……おかしいじゃないか。耳がわるくって義太夫が聞かれないというのならわかるが、眼がわるくて義太夫が聞けないというのはどういうわけなんだい?」 「ええ、これがおなじ音曲でも、小唄や歌沢《うたざわ》ならよろしゅうございますが、義太夫というものは音曲の司《つかさ》と申しますくらいたいへんなもの、まして旦那さまの義太夫は、ことのほか精をこめてお語りなさいますので、悲しいところへまいりますと、たまらなく涙がでてまいります。涙というものは、眼に熱をもって毒だから、これは、いっそはじめからうかがわないほうがよかろうというわけでございまして……」 「ばあやはどうしたい?」 「ばあやさんは、冷えこみでお腹が痛むと申しまして坊っちゃんと早くからやすんでおります」 「家内の姿がみえないようだが、どうしたい?」 「ええ、おかみさんは、今夜は旦那の義太夫があるということを申しあげましたら、二、三日|実家《さと》へいってくるとおっしゃいまして、お嬢ちゃんを抱いておでかけで……」 「佐兵衛、おまえさんはどうだ?」 「へ?」 「いえ、おまえはどうだよ?」 「へえ、あたくしは……もう、そのう……お長屋をずっとまわってまいりまして……ひとりで……だれの助けも借りずにりっぱにまわってまいりまして……なーに、べつにつかれたというほどのことは……」 「だから、まわってきたのはわかっているんだ。おまえはどこがわるいと聞いているんじゃないか。いったいどこがわるい?」 「へえ、ご承知の通り、あたくしは、子どものときからまことに丈夫で、薬一服いただかないという、どうも因果な性分で……」 「なんだと? 丈夫で、薬一服いただかないという、どうも因果な性分だと? ……ふざけなさんな。薬一服飲まないなんて、こんな結構なことはあるまい。それを因果な性分とはなんだ!」 「ええ、申しわけございません。ご立腹ではおそれいります。ええ……もう、よろしゅうございます。よろしゅうございますとも……あたくし、十分に覚悟をきめました」 「なんだい? ぐっと乗りだしてきて、覚悟をきめたてえのは?」 「ええ、あたくし、ひとりで旦那さまの義太夫をうかがいます。うかがえばよろしいんでございましょう。いいえ、これで家に年老いた両親がいるというわけではなし、身よりと申しましては、兄がひとりいるだけなんでまことに身軽な身の上でございますから、万一あたくしがどうかなりましてもさしつかえはないんでございます。さきほども申しました通り、薬一服いただいたことのないからだでございます。義太夫の一段や二段うかがったところで、どれほどのさわりがあるはずはございません……あたくしがうかがいさえすればよろしいんでございましょう……さあ、うかがいましょう。さあ……どうぞ……お語りを……」 「ばかっ、泣くやつがあるかい。じつにどうもあきれかえったもんだ。いや、よろしい。���かった、わかりましたよ。語りません。よすよ。よしますよ。おいおい、師匠にそういいなさい。『急に模様変えになりましたので、また後日ということにしまして、きょうのところはおひきとりください』とおわびして、帰っていただくようにするんだ……もう、よくわかった。みんなの気持ちはわかったよ。あたしの義太夫が聞きたくないもんだから、長屋の連中が用事だといったり、店の者が仮病《けびよう》をつかったりするんだろう……もうよくわかったから、これからは決して語りません……ああ、語りませんとも……わるかったね、みんなにめいわくをかけて……しかし、どうもあきれかえった連中だ。義太夫の人情というものがわからないのかねえ……荒物屋じゃあまた赤ん坊ができるんだって? あすこの家ぐらい子どもばっかりつくる家はないねえ。四季にはらんでやがらあ。ほかにすることはないのかねえ、あれじゃあ野良猫だよ。まるで……金物屋の鉄五郎、またあいつみたいに無尽の好きなやつはないね。のべつ無尽だ、無尽だってさわいでやがる。ああいうやつが、不正無尽《ふせいむじん》の会社かなんかこしらえて、人さまにごめいわくをかけるんだ……それに鳶頭《かしら》も鳶頭だ。成田へ一番で発《た》つからうかがえないとはなんてえいい草だい。そんなに成田山がありがたかったら、こまったときには、成田山へいって金でもなんでも借りたらいいんだ。毎年、暮れになると、きまって家へ金借りにくるんだから……いいたかあないけど、そのときに、あたしが一ペんだっていやな顔をしたことがあるかい? ふざけるんじゃないよ。まったく……」 「まことにさようで……」 「おい、おまえさん、よくお聞き。いいかい、義太夫というものは、むかしのりっぱな作者たちが、心をこめて書きあげたもんなんだよ。一段のうちに喜怒哀楽の情がこもってて、読むだけでもまことに結構なもんだ。それに仮りにもあたしがふしをつけて聞かしてやるんじゃないか……なんだ? ふしがついてるだけ情けねえだと? だれだ、そんなことをいうのは? ……そりゃあ、あたしはしろうとだ。本職の太夫衆のようにうまく語れやしない。だから、みなさんをおよびしたって、ちゃんとごちそうをして、金なんざあとりゃあしない」 「これで金をとりゃあ泥棒だ」 「だれだ? こっちへでてこい。これで金をとりゃあ泥棒だとはなんてえことをいうんだ……おい、佐兵衛、もう一ペん長屋をまわってきておくれ。明日のお昼までに家をあけてくださいって、そういって……」 「それは、旦那さま、乱暴なおはなしで……」 「なにが乱暴だい。義太夫の人情がわからないような連中に貸しておけないから立ち退いてくれというんじゃないか。それからまた、店の者だってそうだ。あたしの家にいると、まずい義太夫の一段も聞かなくっちゃならない。まあ、たいへんにお気の毒だから、暇をとってもらおうじゃないか。もう義太夫は語らないんだから、湯なんかあけてしまいな! 菓子なんかすてちまえ! 料理なんか犬に食わしちまえ! 見台なんか踏みつぶせ!」  どうもたいへんな立腹で、旦那は、奥へはいってしまいました。  義太夫を聞かないために、長屋の連中は店立《たなだ》てを食うし、店の者は暇がでるというのですから、どうもおだやかではありません。そこで、佐兵衛さんがもう一度長屋をまわってなんとか聞きにきてくれるようにたのみこみました。 「ええ、旦那さま、旦那さま」 「佐兵衛か、なんだ!」 「あのう……ただいま店がごたごたしておりますから、なにかとおもって、あたくしが店へまいってみますと、ぞろぞろと長屋の者がそろってまいりました。なにしにきたんだ、どういう用があってきたのかとたずねましたら、『きょうは義太夫の会はないのでございましょうか』と申しますから、じつは、あたくしも腹を立てて、『子どものつかいじゃなし、あたしがさっきいったときにことわっておきながら、いまさらなんできなすった?』と申しましたところが、『いや、それは番頭さん、わたくしたちの感ちがいでございました。お浄瑠璃の会があるということですから、また昨年の暮れのように、いろんなかたがたがお語りになるのだろうとおもったんでございます。昨年の暮れのときには、年をとった歯のぬけたかたが、なんだかいうこともはっきりわからないで、蚊の鳴くような声をだして語りましたし、そのつぎにあがったでっぷりふとったかたが、われ鐘《がね》みたような声をだしたので、あれにみんなあてられてしまいまして、あのかたがたがまた語るのではと、なにぶんがまんできないからというので、まあおことわりしましたところが、小僧さんに聞きますと、旦那さまおひとりの会だということでございますので、それならば、長屋中の者がみんなうかがいたいといってまいりました』とこういうのでございます」 「それがどうだというんだ」 「そういうことでございまして、ほんのさわりだけでもいいからうかがいたいと申しているんでございます。そう申しておりますのを、むざむざと帰すのもざんねんなことで、お心持ちのおわるいところは、いくえにもてまえがなりかわっておわび申しあげます。なんでもよろしいんでございます。五分でも十分でもほんのさわりだけでよろしいんでございますが、お語りねがえませんでしょうか」 「ごめんこうむるよ。なぜって、そうだろう、おまえなんかにはわかるまいが、芸というものは、こっちで語ろう、むこうが聞きたいと、双方の意気がぴったりあわなきゃやれるもんじゃないよ。こんな気のぬけたときに語れるもんか。みんなに帰ってもらいな」 「ではございましょうが、そこをひとつまげて……あたくしがあいだにはいってこまりますから……ねえ、旦那さま、なにもそんなに芸おしみをなさらないでも……」 「なんだって? おまえさん変なことをいうね。いつあたしが芸おしみをしたい? あたしの身にもなってごらん。語れるとおもうかい? まあ、あたしだって好きなことなんだから、これでやめるというんじゃないよ。気がすすまないからかんべんしてほしいといってるんじゃないか。だから、長屋のみなさんには、またの機会にということにして帰ってもらっておくれ」 「しかし、旦那さま、みんなせめて一段でも聞かなくては帰らないと申しておりますんで、このまま帰しますのはなにか気の毒でございますから……」 「おまえはねえ、そういうけれども、いまさらになっておもしろくない仕事でしょ。え? なに? あたしがもったいをつけてるって? そりゃ誤解だよ。なにもあたしの芸はそれほどのことはないんだから……え? なんだい? どうしても聞かないうちは帰らないてえのかい? みんながそういうのかい? うふふふふ、うふふふふ、またみんな好きだねえ、まったく……そうかい、そんなにおまえさんがこまるのかい。じゃあ、ひとつおまえさんの顔を立てて、一段語るとしょうか」 「ぜひそういうことにねがいます」 「そうときまれば、あたしがみなさんにお目にかかろう。そうだ、定吉にそういって、師匠にしたくするようにおねがいしとくれ。なに? もうお帰ししてしまったって? 帰しちゃいけませんよ。すぐにむかえにやっとくれ。自動車がいいよ。お湯はどうしたい?」 「もうお入り用がないと聞きましたので、ただすてるのももったいないと申しまして、久蔵がふんどしをつけてしまいました」 「そんなことをしてはこまるなあ。お菓子や料理はどうなったい?」 「もう店の者がいただいてしまいました」 「こまるなあどうも……うちの連中はふしぎだね。こういうことっていうとすぐに手がまわるんだから……こういうことはいいだしてから一時間ぐらいは待つもんですよ。さっそくまた用意してくださいよ……おやおや、さあみなさん、こっちへどうぞ……さあ、ご遠慮なくずーっとこちらへ……」 「ええ、こんばんは」 「ええ、こんばんは」 「はいはい、こんばんは」 「ええ、こんばんは……今晩は、また旦那さまの結構なお浄瑠璃、おまねきにあずかりましてありがとうございます」 「いいえ、どういたしまして……まあそんなきゅうくつなごあいさつはぬきにして、たいしたおもてなしはできませんが、ゆっくりあそんでってくださいよ……どうぞ、あちらへおいでを……え、ここ? ここはあたしの楽屋。あははは、芸人のほか入るべからず……おや、豆腐屋さん、あなたたいそういそがしいそうじゃないか。よくきてくだすったね」 「はい、じつは、てまえどもは徹夜の仕事をしなければならないんでございますが、旦那さまもご存知の通り、てまえは義太夫気ちがいでございますから、いまごろは、旦那さまがなにを語っていらっしゃるかとおもいまして、仕事がなかなか手につきません。がんもどきをまっ黒にあげてしまったり、生揚げをほんとうの生揚げにしてしまったり……家内がみるにみかねまして、麹町に家内の弟で豆腐屋をしているのがございますので、その弟をよびまして、ようやくうかがうことができたというような次第で……まことにありがとうございます」 「いやあ、これはおそれいった。いえ、あなたが義太夫好きだということは知ってるけれど、手がわりをたのんできてくれたなんぞはうれしいね。おかみさんの弟さんには、あたしのほうから手間代ぐらいのことはさしてもらうから……いえ、きっとそうさせてもらいますよ。でないと、あたしの気がすまないじゃないか。それほど無理をしてきてくれたとなると、あたしのほうで語るはりあいがあるよ……今晩はね、ひとつ、みっちり語りましょう」 「うへえ、ありがとう存じます」 「ええ、こんばんは」 「こんばんは」 「おや、どうもみなさんごくろうさま……おや、鳶頭《かしら》、みえたね。おまえさん、成田へいくんじゃなかったのかい?」 「へえ、そうなんでございますが、さっき兄弟分の熊のやつがちょうど家へよりましたんで、わけをはなしますと、熊のやつが、『おれがかわりにいって、はなしをつけてこよう』と申しますんで、あいつならば、することにそつがございませんから安心してまかせましたようなわけで……旦那の義太夫を聞くのも浮世の義理だから……いえ、その浮世の義理人情てえものは、旦那の義太夫を聞かなきゃあわかりません。ねえ、そうでござんしょう……だいいち旦那の義太夫てえものは、どうしてあんな声がでるんだろうなんて……人間わざじゃねえ、あれだけまぬけな声てえものは……いえ、ああいう結構な声てえものは、じつにどうもすげえといおうか、おそろしいといおうか……いろいろとごちそうさまで」 「なんだい、さっぱりいうことがわからないじゃないか。まあいいや、はやくむこうへいって聞き役にまわっておくれ」
「どうもごくろうさま」 「いえ、おたがいさまにとんだ災難で」 「いや、それにしてもおどろきましたね。いきなり店立《たなだ》てだっていうんですから……けれども、ふだんはこんないい旦那はありませんよ。あたしんとこなんか、お金がないといつも無利息、無証文で貸してくださるんだから……それでいて家賃のさいそくするじゃなし、たまに一月分も持っていけば、子どもになにか買っておやりてんで、そっくりかえしてくれるんだからねえ……あんないい旦那が、義太夫になると、ふだんとがらっとかわって、残忍性を帯びてくるてえのは、いったいどういうわけなんだろう?」 「ひょっとしたら、ここの家の先祖が義太夫語りかなんかしめ殺したんじゃないかねえ」 「ははあ、そのくやしいてえ魂魄が旦那の背筋へ食い入って……」 「うん、たたりてえものはおそろしいや」 「そのたたりでもなくっちゃあ、あんなふしぎな声がでるわけはない。声がわるいとか、かわった声だとか、なんともたとえようがない。夜なかの二時ごろに動物園のうらを通ると、ああいう声が聞えるね。河馬《かば》がうなされたときの声だ。いずれにしても人間の声じゃない。この声といえば、気の毒なのは横丁の隠居だ。この前の会で、旦那の義太夫を聞いてわずらっちまったんだから……」 「そんなことがあったのかい?」 「ああ……この前の会がおわって家へ帰ったら、たいへんな熱だ。医者にみてもらったんだが、どうしても原因がわからない。なにか心あたりはないかとよくしらべてみると、義太夫を聞いてから熱がでたというので、医者がいうには、義太熱《ぎだねつ》だって」 「義太熱なんてえのがあるのかねえ」 「いや、その医者が新発見の病気だ、てえんで、博士号をもらったそうだ」 「たいへんなもんだねどうも……」 「今夜はあたしは、気がさっぱりするように仁丹《じんたん》を持ってきました」 「そりゃあいいや、あたしにもすこしわけてくださいな」 「さあさあどうぞ……おたがいに被害はすこしでも食いとめませんと、あしたの仕事にさしつかえますからね……おや、提灯屋さんもなにか予防薬をお持ちですね」 「ええ、薬じゃありませんが、あたしは防毒マスクを……」 「毒ガスとまちがえちゃいけないよ……予防薬といえば、みなさん、義太夫がはじまったら、あたまをさげるほうがいいですよ。あたまの上を声が通っちまうから……うっかりあの声をまともにくらったら大怪我をしますよ。いいえ、うそじゃありません。その証拠には、金物屋の鉄五郎さんの胸の黒あざは、あの声でうけた名誉の負傷のあとだってえうわさだ」 「命がけだね。じょうだんじゃないや」 「どうもみなさん、おくれまして申しわけございません」 「おや、吉田さんのご子息、あなたは横須賀へいっていらしったんでしょ?」 「はい、ただいまもどったところで……」 「おや、あなた涙ぐんでいるが、どうしなすった?」 「はい、みなさん、まことにすみませんが、あたくしにもしものことがございましたら、家の母にわびごとをしていただきたいと存じまして、そのことが案じられて悲しくなりました」 「なにかあったんで?」 「こちらへまいりますときに、あたくしが母とすこしあらそいをしてでてまいりました」 「へえー、名代《なだい》の親孝行者のおまえさんが、母子《おやこ》喧嘩をするというのはおかしなはなしだが、どういうことから?」 「はい、あたくしは商用で横須賀へいっていたんでございますが、なんだかお昼ごろから胸さわぎがいたしましてどうも気になりますから、いそいで用事をすませまして帰ってみますと、ちょうど母が箪笥《たんす》から羽織をだしておりますので、『お母さん、寒気でもしますか?』と聞きますと、『これから家主の旦那さまのお浄瑠璃をうかがいにいくのだよ』と申すじゃございませんか。もうそれを聞きましたときのあたくしのおどろき――まるで袈裟《けさ》がけに斬りつけられたような気持ちで……ですから、『お母さん、それはとんでもないことです。そんなことをなすって、もしもからだにさわったらどうなさるんです』といいましたところ、『いったんおことわりしたけれども、二度めに番頭さんがまわっていらしって、浄瑠璃を聞かなければ店をあけろとおっしゃるからいかなければならないのさ。どうせあたしは耳が遠いのだから、ろくに聞えないから安心さ』と申します。ですからあたくしがいってやりました。『お母さん、あなた耳が遠いなんて安心していらっしゃるととんでもないことになります。あの旦那の義太夫というものは、すこしぐらいのつんぼではとうていふせぎきれるものではありません。なにしろ死人がびっくりして生きかえったというくらいですから……義太夫を聞かなければ店立《たなだ》てだなんていうのなら、そんな店を借りていることはありませんから、明日にでもひっこせばいいじゃありませんか』――もう、あたくしも母の命にはかえられないからそう申しま���と、母のいいますには、『浄瑠璃を語らないときにはまことに結構な旦那さまで、おまえのせがれは親孝行で末に見こみがあるから、あたしがきっとどうにかしてやると、毎度親切におっしゃってくださるんで、おまえの将来のことまで旦那さまにおねがい申してあるのだよ。その旦那のおそばをはなれるとなると、おまえの将来が案じられてならない。あたしはもう老いさきのみじかいからだ、どうなろうとかまわないが、おまえはこれから旦那さまにひきたてていただかなければならないのだから、あたしはどうしても浄瑠璃を聞きにゆかなければ義理がわるい』と申します。ですから、『それはお母さん、とんでもないこと、ことに風邪をひいて熱がおありのところへ、旦那の義太夫を聞いて、それにあたりでもしたらたいへんでございますから、あたくしがかわりにまいりましょう』といいますと、母はいつになくたいそう腹を立てまして、『出世前のおまえにあんな浄瑠璃を聞かせるくらいなら、あたしはこんなにおまえのことについて苦労はしない。おまえが聞きにいって、もしものことがあったら、ご先祖のお位牌《いはい》へ申しわけがないじゃないか。なんにしてもあたしがいってくるから……』と申しますので、さんざんあらそいまして、もったいないとはおもいながら、むりやりに母をひきとめて、あたくしが外へとびだし、門口を表からあかないようにしてきてしまいました。いままで母に一度でもさからったことはございませんのに、なんともすまないことをしてしまいました。これというのも、みんなあの義太夫からおこったことで……このごろでは、衛生、衛生と申しまして、こういうことはからだにわるい、ああいうことは衛生によくないと、いろいろうるさくお達しがありますのに、どうしてこの旦那の義太夫は警察で禁止されないのかとおもいますと……」 「おい泣きだしちゃいけないよ。そんなことはなにも母子喧嘩というんじゃない。両方でからだのためをおもっていうんだから、おっかさんだって腹を立てやしない。すんだらいっしょにいってわびてあげるから、なにも泣くことはない……ああ、お膳がでてきた。さあさあ、みなさんいただこうじゃありませんか。豆腐屋さん、あなたいける口でしたね。あたしがお酌しましょう。さあ、ひとついかがです? そうだ、さかずきなんかじゃいけませんよ。その湯飲みがいい。こういうときは、なるべく大きなもので、がぶ飲みをして神経を麻痺させちまうのにかぎりますから……あたしもやります。おたがいにどんどんやろうじゃありませんか……こりゃいいお酒だ。よく吟味《ぎんみ》してあるからものがちがう。うん、いいお酒だ。じつにたいしたものさ。こんないいお酒を飲まして、料理をだして……この料理だってたいへんなもんだ。料理番がはいってるんだから……え? なに? ごちそうだけで義太夫がなけりゃいいって? ずうずうしいことをいっちゃいけませんよ。楽あれば苦ありって、そういいことばかりありゃしない……おや、提灯屋《ちようちんや》さん、あなたは甘いもんで?」 「ええ、みなさんがお酒をあがってるそばで甘いものをいただいちゃあわるいんですが、あたしは、なにしろ奈良漬で酔っぱらっちゃうくらいで、じつにわれながらだらしのない……そのかわり甘いものには目がないんで、みるとついついつままずにはいられません……あっ、はじまった、はじまった。はじまりましたよ。どうです? すごい声だねえ。あの声をだしたいためにこれだけのごちそうをするんだから、じつに因果なはなしだ……さあさあ、みなさんあたまをさげて、ぐーっとひくくならなくっちゃあ……」 「ひくくなるのはいいけれど、かりにもこうしてごちそうになってるんだから、ほめなくちゃいけませんよ」 「ほめる? あの義太夫を? あなた、気でもちがったんじゃありませんか。どこにほめるところが?」 「そんなことをいわずに、ねえ、なにごとも前世の因縁とあきらめて、おたがいにほめましょうよ」 「そうですか。では、おさきに……よう、よう、うまいぞ、日本一! うまい、うまい、お刺身」 「お剌身をほめちゃいけない」 「ようよう、女殺し、人殺し!」 「人殺しはひどいや」 「いいえ、なにいったってわかるもんですか。かけ声さえかかってれば、むこうじゃほめてるとおもってるんだから……ようよう、動物園! 河馬の寝ごと! どうする、どうする、らあらあらーい」  てんで、みんなやけくその大さわぎ。  旦那のほうはもう語りはじまったが最後、夢中になってしまいまして、三味線の間《ま》もなにもあったもんじゃありません。ただもうがあがあわめきたてるばかり……あつまった連中は、うまい、うまいと飲み食いしているうちに、腹がふくれると、目の皮がたるんできて、ひとり横になり、ふたり横になり、みんな寝てしまいました。  旦那のほうでは、しばらく語ってるうちに、前がしいんとしずまりかえったので、感にたえて聞いているんだろうと、ひょいと御簾《みす》をあげてみておどろきました。みんなごろごろと寝てしまって、はなはだしいのは、ひとの足を枕にして、いびきをかいているのがいます。もう旦那は怒ったのなんのって、あたまから湯気を立てて、 「師匠、師匠、三味線やめてください。ごらんなさい。どうもあきれかえったやつらだ。しずかになったとおもったら、みんな寝ちまって……なんだい、番頭なんか鼻から提灯だして……おい、番頭、番頭っ」 「うまいっ、日本一!」 「なにが日本一だ。寝ぼけやがって……義太夫はおしまいだ。いいかげんになさい。いいかい、番頭さん、みなさんがお眠気がさしてきたら、お茶でもいれたり、お燗でもつけたりして、お起しするのがおまえの役目じゃないか。それがまっさきに寝るやつがあるか……みなさんもう起きて帰っておくれ。帰れ、帰れ。うちは宿屋じゃないんだ。ごろごろ寝ちまって、じつに不作法な連中だ……店の者も早く寝たらいいだろう。あしたのこらず暇をだすから……ひとりだって芸のわかるやつはいやしない……ひとりだって……だれだ、そこで泣いてるのは? なんだ、定吉じゃないか。なにを泣いてるんだ? え? 悲しゅうございます? そうか、よし、こっちへおいで、泣くんじゃない、泣くんじゃないよ。おい、番頭、おまえさん恥ずかしくないかい? いい年をして……こんな子どもの定吉が義太夫を聞いて、身につまされて悲しいと泣いてるんじゃないか……定吉や、さあさあこっちへおいで。感心なもんだ。おまえだけだな、あたしの芸がわかったのは……あたしゃうれしい。おまえだけでもよく聞いていてくれて……で、どこが悲しかった? おまえは子どもなんだから、きっと子どものでるところだな。そうだ、『馬方三吉子別れ』か?」 「そんなとこじゃありません。そんなとこじゃありません」 「じゃあ、『宗五郎の子別れ』か? え? ちがう? ああ『先代萩』だな?」 「そんなもんじゃありません。そんなもんじゃ……」 「さあさあ、泣いてばかりいないで、いってごらん、どこが悲しかったか」 「あそこでございます。あそこなんでございます」 「あそこ? あそこはあたしが義太夫を語った床《ゆか》じゃないか」 「あそこがあたくしの寝床でございます」
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0shoyamane0 · 7 years
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四篇の空洞アフォリズム
*** 「昭和の食卓 〜家族における借景〜」 「架空民俗学における学問体系」 「生活と跳躍」 「回顧」 ***
「昭和の食卓 〜家族における借景〜」
直接的な宇宙(カルボナーラ)には昨今の思想が反映されてゐない。まるで真っ白なイカスミパスタではないか!   ★ 閑話休題、そして眠る。   ★ 布団を細かく切り、小皿に盛りつけたあと、其の上に刻んだネギをふりかけた。昭和初期にはこれにすりおろした生姜をかけてゐたといふ。   ★ チャオ!   ★ 大根おろしには、それ自体にパノプティコンの思想を想起させる気概がある。これを日本語では含蓄といふ。   ★ 好きな野菜、といふものはない。ただ野菜が好きな私がゐるだけだ。   ★ ピンセットといふのは生活において最も不可欠な道具であり、人類が発明したものの最高傑作である。私はこれまで一度も買はふと思ったことがないが。   ★ 先日、真っ青になったトマトをかじってみた。不思議なことにスイカの味がした。私が小説を書き始めたのはその日の夕方の頃である。   ★ 万年筆のインクが切れたので八百屋に行った。店主に聞くと在庫がないといふ。仕方なしにポン酢を買ひ、家でペン先から吸はした。たちまち万年筆は美味しさうになった。   ★ 未開の地における食事といふものは、大抵がまるまると太った幼虫をごちそうと定義づけてゐる。余は化学ラアメンを啜るのをやめないだらう。
「架空民俗学における学問体系」
我々の社会における身長のやうな捉へかたで、目の高さを基準とした民族についての記述をみたことがある。確かに我々は目の高さからしか世界をみることができない。   ★ 生物と無生物は共通点のほうが多い。   ★ たとえ鬱が布団から起き上がっても、朝食を出さなければ目をさますことはないだろう。これはある首切り族の昔話の一節である。   ★ 墓に関する世界の違ひは面白い。これまでに聞いた最大の墓は「存在」であり、実体の有無に関はらず存在することが無存在からの戒めといふことらしかった。   ★ 犬には犬なりの bicycle がある。
「生活と跳躍」
平成の末年に「結婚は人生の墓場だ」と独り言ちたのはさびしき聖人君子であり、暖炉では溶け切ったアイスクリイムの余韻があった。僕はそれを拾ひとり、舐めたふりをする。   ★ 意味深長なるくたびれたスリッパは僕に履く権利を辞さない!   ★ みなさん! 今日はアタリの日です!   ★ 煎餅を齧るやうに少女の耳を───!   ★ 痛い、といふ感覚は最も不明瞭なものである。本当の医師は痛みといふのは架空のものであることを知ってゐる。 人間にも人権を!   ★ ここは帝都随一のカボスが手に入ります。理由はここが帝都であるからです。   ★ 偉大なる窃盗を成した思春期の少年は本日を持って成人した。素晴らしきかな、通過儀礼!   ★ あいつの孤独の深さは餃子のタレの皿よりも浅い。チューカ! さうして前髪を後ろへと流した兄弟は「遊ばないかと少女の娼婦が誘ふ」と口ずさみ、やがて、千年紀末に雪が降った。   ★ 「私はサンタクロオス! 赤いオニですの!」   ★ 「お嬢さん」といふのは微塵の悪意をも持ち合はせない高尚で、果てしなく綺麗な、伝説上の生き物です。   ★ どうしても寿司をガソリンにつけて喰ってしまふのです! これは私の悪いクセの一つです。   ★ 赤い上着を着た娼婦が今日も義務教育に励んでゐる。   ★ 欅の木を一本、家具として居間に置いたら寝る場所がなくなった。   ★ 君! 無駄遣いは老人のすることと忘れてゐないか。   ★ 日が暮れてきたので老人の住む家が壊れてゆく。   ��� 君は言語が道具であることを忘れたのか! 臆病なやつだ。   ★ 僕は翻訳といふものを信じない。あいつらは口裏を上手く合はせていやがる。   ★ 図書館で静かに戯曲を読んでゐると私の目の前に大きなカニが現れて、私よりも静かに土木用語辞典の頁をめくってゐた。   ★ 僕は高らかに君に言ふ。「おはよう、高らかに君」   ★ 実験的な小説といふのは基本的に自己満足の域を脱しえない。これは共通認識の一つであるが、たまに例外が現れるので頭が痛い。私もその例外の一人であるのでことさらである。   ★ 文学賞には基本的に興味がない。あすこの選考者は頭のなかにメスのカブトムシを飼ってゐるに過ぎない。   ★ 僕は生命といふものを信じない。信じたところで何もおこらない。   ★ 母国語はありません。私は宗教をやらないので。   ★ 君は耐え難くも綺麗な売国奴だ。   ★ にわか雨をビイカアに集め、サンマの刺し身に一滴垂らす。これでキャビアの味がするのだから料理といふのは奥が深い。   ★ 政治家といふのは性行為を覚へたての赤ん坊である。   ★ 車のフロントガラス越しに見える踏切は、人生の堆積である。   ★ スパゲティを一度解いて、縫い直したものをセエタアにして着てゐた時期がある。冬にスパゲティはあまりよろしくないらしい。   ★ 僕はどうしても少年になりたくて、年上の女性に鋏を渡して歩いてゐた。   ★ 「君は本当に頭が良いよ、白痴の中では」   ★ 「君は本当に馬鹿だね、驟雨の意味さへも知らないのだから」   ★ 僕は汽車に乗って寝る。そして目を覚ますと飛行機を睨む。   ★ 人生といふのはめまいのやうなものだ。少し休んでゐると大抵収まる。   ★ 一度伊豆に旅行に行った帰りに家が燃えていたことが有る。記憶をたどれば自分で火を放ったことを思ひ出した。   ★ もしも願ひが叶ふのならばプランクトンになって鯨に食はれたい。   ★ 拡大解釈といふのは麻薬の別名である。   ★ ぼくは名言を軽蔑してゐる。   ★ 青年の持つ自尊心はある種の摩擦係数によって破壊される。   ★ 自明なことを言へば、健やかなる少年少女はやがて性行為を行ひ、それに復讐される。   ★ 名門大学、大手企業を経て、私は家庭を持ち、子を設け、そして幸せの絶頂の中でこめかみをピストルで撃ち抜いた。それは究極の快感であった。   ★ 私の妻はかつて娼婦であった。家庭を持つと妻はウーパールーパーのやうになった。   ★ 通りの向こうからやかましい消防車が来る。労働階級パレードのはじまりである。   ★ 低所得者を私は心から軽蔑する。   ★ 努力を怠った男の涙が気味悪く淀んだ色をしてゐるのを見て、私は食欲を失した。   ★ 老人は労働ができないために全会一致で処刑となった。   ★ 顔の悪い女の喉を潰した。世界に善の割合が幾分増えた。   ★ 西洋の裸婦画を見た少年が「これは綺麗なじゃがいもですね」と身なりの良い貴婦人に話しかけた。平日の静かな、国立美術館、私は知らない街の寂れたホテルで、黙ってランチを頬張ってゐる。   ★ 太った猫は私を見て最終学歴を尋ねてきた。「路地裏のニャンコ大学法学部だ」と返すと猫はテーブルクロスを敷き、年代物のワインを出してきて「口に合へば良いのだけど」と態度をかへた。私はワインを口に含み猫の顔向かって吹き出した。そして「これは美味いワインだ」と言った。   ★ 僕は名古屋あたりで青年の日々を思ひだし、静岡に入ったあたりでピタゴラスの定理への反駁をはじめた。   ★ 「アラバマ行きのお客様をお降りください」アナウンスが聞こえた時、私は昼に食べたシチュウを全て吐き出した。   ★ 「わたし、貧乏になるのが怖いの」と怯へる少女の懐に手を延ばすと薄っぺらな財布を見つけた。それを暖炉に放ってから少女は泣くのを止めない。   ★ 最近、自分自身の脳のデバッグをしてゐると一部を除いてすべてがバグなことが判明した。   ★ 人々が期待することができない演者は、できるだけ早くに首を吊るべきである。   ★ 「生命に対する侮辱をジョークと受け取れないところにお前の頭の悪さが有る。」   ★ あの夏の日には僕は汗だくになりながら、君の部屋の中で爪を切ってゐた。そして小さく「寒くないか」と透明のコップに話しかけた。君は当然、僕のことを知らない。   ★ 知らない街で過ごす夕方に、聴きたくなる類の音楽がある。私にとってはそれが「ダブル・イエロウ・ライン」であるのだけど。   ★ 風邪薬は自分を風邪だと認識させるための道具でしかない。けれどそれはとても高い需要を誇り続ける。   ★ 奴らの頭の中はだし巻き卵と幾分の女しかない。   ★ 美味くない食事をしてゐるとき、私の頭は妙に冴えてゐる。   ★ 僕が静止してゐるとき、お嬢さんは運動してゐる。   ★ 誰にも明るく映ってゐた器量よきあの少女の唯一の趣味は、ぼろぼろになった雑誌の上に───することであった。   ★ It's a beautiful WASABI!   ★ 「きみは人生とわさびの区別が付かないらしいが、あまり悲嘆することでもないよ、さういふ人間は言はないだけで結構ゐるものなんだぜ」   ★ 上海で浪曲のカセットを聴いたら尻の軽い女が寄って来て「Cool」とポールダンスを始めた。私は早く家に帰って Japanese WASABI を喰ひたかった。   ★ 架空の中で美しくなりすぎた少女は一切存在の敵である。   ★ 気難しい哲学者の随筆は決まって面白い。つまりは愉快で聡明な青壮年たちは何らかの罰で意味の分からない言語あそびをやらされてゐるだけなのである。   ★ 幼年期は家に帰るとすぐに言語ゲームをしてゐた。複数のコントローラーで友人と対戦したレーシングタイプの言語ゲームは今も淡い回想を私にくれる。蛇足だが隣人のルートヴィヒはたまにアップルパイを振る舞ってくれた。   ★ あとたった七秒で今日の悪行がすべて精算される。   ★ 「嬉しくて嬉しくて、七十五時間一睡もしてゐないの」といふ目の下の隈が著しい少女を私は精一杯に抱きしめて「go to bed now あるいは青年期の淡い後悔」と囁いた。少女は青ざめてゐた。   ★ 僕はそばを空気にからませて啜る。つゆのときよりも滑りは悪い。   ★ 命といふのは決まって塩がキきすぎてゐる。
「回顧」
その、世間的には逸脱を感じさせない父親が息子に「伸びた髪を切れ」といふ叱責に対して「お前の髪が短いから俺は髪を伸ばすのだ」の返答は何よりも社会的である。   ★ 「女がモノを考へられる訳がないだらう」「ミソジニスト! 君とは水掛け論しか生まない」   ★ 君が腹を立てた時、どこかで誰かが優しくなる。これが質量保存の法則である。   ★ 私は〝私自体〟に出会ったことがある。不思議なことにその〝私〟は私の顔の印刷された衣服をまとってゐなかった。驚きのあまり腰を抜かした私の顔には橙をした秋の西日が滲み、その場に居合わせた愚者は皆涙した。酒を絶ったのはこの翌日のことである。   ★ 先月ころ、私の飼ってゐた金魚が死んでしまった。私が喰ってしまったからである。   ★ 馬鹿は徹底的な暴力しか理解できない。それが彼らの母語だからである。ふるさとは音速で砕けた。   ★ 病名といふものがあるのに、健康名が無いのはおかしい。それとも、人は皆、何らかの病気を持つているのだらうか。   ★ 大学というものは、何かが流れていないといけない。   ★ 嘘はゆらゆらと不安定なもので、ポカンとたたくとすぐにバレてしまふ。しかし、本当のこともゆらゆらとしてゐるからタチが悪い。   ★ もしあなたが若いのなら、そして、日記を書いてゐないのならば、どうか今日から書き始めてください。こぼれるものを少しでも残しておいて下さい!   ★ 地球とかいて〝ほし〟だったり、身体とかいて〝からだ〟だったり、ならば山根とかいて〝あほう〟とでも言いたいのだろうか。   ★ あんぽんたんな話を聞くのならお蕎麥でも食べてゐるほうが何倍も善い。處でこの邊に善いお蕎麥屋さんは知りませんか。   ★ ワンミニッツさへあればイナフ!
※いづれも例外なく出典不明
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kusodream · 3 years
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2021年5月の夢
- 2021年5月31日 月曜日 6:03 夢 同級生たちに会う。 無重力状態にしてカフェオレを噴出させる、表面の固まったダンゴみたいになる。広い空間でみんなで拾い集める。
ポケモンの主人公が4パターンくらいから選べるシステムになっている。 全員妙にクセがあり、兄弟だったり男女の組み合わせとは言いがたかったりする。設定はすごくいい感じでじっくり読むがキャラデザにはそんなに魅力がない。二人とも眠そうな半目だったり。 ゴローンを水の中で動かしてパズルを解く。でっかいバンギラスの姿が見える。襲われそうで尻込みするがそういう設定にはなっていないらしい。猿を操る。
- 2021年5月30日 日曜日 7:08 夢 いろんな果物を食べる。 パンチという手のひらサイズの果物を買って食べる。味は薄甘い感じ。タネがでかい。 つぶしてパンに張り付けて食べる果物とか。色々。代金は無人販売所方式。
不気味な大きい幼虫がガラスケースに入れて飾られている。 20歳ごろ一緒に働いていたKさんがいる。GoogleストリートビューをかなりFPS視点で見ている。カチカチするのではなく経路入力で自動的に進んでいくよみたいなことを言われている。 「このへんって〇〇じゃん」と友達に言う感じで言ったらKさんに拾われて焦る。 どの部分の地図見ていたのかわからないけど地図上では離島なのに実際は地続きの場所だった。一応日本。ものすごく治安が悪い。
- 2021年5月29日 土曜日 2:03 夢 洗い物。風がない。 ワインをボトルごと冷やしたろうそくであぶる。
南がいる。 プレゼントを渡す。ドラえもん模様のショルダーバック。 車に乗せてもらい、どこかへ向かう。商業施設。 ポケモン柄の家電屋があり、野次る。 車を停められないらしい。代わろうかと言う。
- 2021年5月28日 金曜日 5:48 夢 ネイビーブックスって本屋。 青いブリッジを渡っていたら深夜12時(周りは明るいのだが)の区切りでブリッジが下され、知らない女性二人くらいと水没する。 震えながら通報し、しぶられているところを来てもらう。 街中に目のマークを探す。 3箇所くらい見つける。 お祭りのように賑やか。 しし座用の電子おもちゃみたいなものをもらつた旨を見せられる。配っていたらしい。 薄暗い室内。 廣瀬康穂。 同級生の子供。ホテルの共用部分。
- 2021年5月27日 木曜日 4:35 夢 オニヤンマがいて怖い。 自転車で帰る。 子供がたくさんいる施設。 前カゴにドラえもんの仲間たちが入っている。 スナックとかの求人。 自分で掛けないといけない。 内装が古いスナック、自然光で明るい、天井板なしの倉庫みたいなところ、ザ・ベストテンみたいなタイポの文字で「ニコニコ聞いてくれる人ありがとう」みたいなことが書いてある。 サンドイッチを提供していた店。 休んでいるあいだに他店にお客さんを取られてしまう。 食パン用にパンを切る。立てて薄く。
夢2 モンゴルナイフさん、謝り方が変でうまい先輩。 百貨店で売ってる化粧品みたいなお菓子。
- 2021年5月25日 火曜日 2:35 夢 イタリアンの店の看板。パスタ500円、外国のビール。 歩きながらキャスみたいなのをしている若い女性。楽しいものの話をしている。 オモコロチャンネルの撮影風景。口の中に蜂を入れている。いつかやろう、いつかって今、みたいなことをしきりに言っている。全体的に言い知れぬ不安感がある。
夢2 宅配の韓国料理。爪楊枝やストローが大量に付属しており、捨てるには罪悪感がある。 ごちゃごちゃしたファイル類を整理している。母の私物か。 ギターコードかクラリネットか、何らかの楽譜をまとめたもの。
夢3 地下深くを進む装甲車のようなもの。 乗り合い。背後からマグマ。 蜘蛛に血を吸われるタコのぬいぐるみ。死ぬかも。 二割吸われているがゴールをくぐれば大丈夫。 上空からトラップにかからないようにいい角度を探す。
- 2021年5月24日 月曜日 6:12 夢 ふたつ見たけどひとつ忘れた。 風呂にいる。やや広く、温泉じゃない大浴場くらいの広さ。恋人といるのだが造形は事実よりも愚鈍な感じ。 パインセンスみたいな湯の色。 妹が入ってくる。 二人だけの間は私が食器洗いとかしていたからやってくれないかな? という旨のことを言う。 遠くで両親が帰ってきた音がする。
- 2021年5月23日 日曜日 7:01 夢 昔働いていた雀荘に顔を出す。 レイアウトは全く知らない感じ。薄暗くて広くて入り組んでいる。 ロッカーがあるが、開けるための取っ手が削れていて開けにくいところが多い。 従業員の女の子が「特に人気のロッカーはここ」「ベテランは自分の取手を持ち帰ったりしてる」と教えてくれ、その情報の局地的さに嬉しくなる。 バックヤードで話していると肩を叩かれる。振り向くと誰もいない。そういうほっぺつんつんみたいなノリの叩き方がある。大昔の恋人だった。
椎名林檎みたいな雰囲気の若い女性と、その彼氏と、私で和菓子屋の列に並んでいる。 喋り方が独特。喉が細そうな声。 少し後ろに並んでいた女性らが、その話し方を悪意を持って真似しているのを不愉快に感じる。 買ったものを三人で食べる。 緑色のぶどうと、あんこを丸く練り上げて固めたものがシロップに浮いてるものだった。 タコのぶつ切りも混ざっている。 朱塗のスプーンで一口もらう直前、感染予防のことが頭をよぎる。でも食べる。おいし〜。
- 2021年5月22日 土曜日 6:09 夢 ロールパンを食べている。3つ。 今の家ではない自室。冷蔵庫があることに違和感がある。 母方のいとこの兄が亡くなってしまう。 壁に方眼入りのケント紙が貼ってあり、一コマずつ書いていく。 その人のことがすごく好きだった。その人の世界にもう会えないことが悲しくてすすり泣く。起きる。
- 2021年5月21日 金曜日 6:04 夢 韓国の地下食料品街。 買い食いしている人がたくさんいる。 直線で抜ける。 病室のようなベッド。壁にひし形のバブル期のビルによくあるみたいな装飾がついている。 フィリピンだかタイだかの市場のような細い通路を歩く。 赤ん坊をやっと寝かしつけ終えた日本人の若い女性がいる。
- 2021年5月20日 木曜日 4:14 夢 電池式ランタン。 ルパン三世と同じカラーリングの服。 空襲。何人もで布団を並べて寝ており、寝具がぱちぱち燃えている。地面を転がって消すように言う。
副将グループ政治家。 緑の髪の人がキャスター付き板に麻雀牌を散らばらせてガーッとやってくる。
- 2021年5月19日 水曜日 4:25 夢 エレベーターにお金が落ちている。10、40、2など額の少ない紙幣。機械部分に挟まっているのを引っ張り出しつつ上階へ向かう。 おじいちゃんがいる。紙幣をたくさんまとめたのをくれる。かなり古ぼけているし五円紙幣とかで大した金額ではないのだが。すごく悲しい。
近くの一階のドラッグストアへ行く。鼻の奥に突っ込んで粘液を掻き出すための棒が、硬いもの柔らかいもの各種売られている。「Iさん、〇〇して」「Iさんは今日からいないよ」という店員のやりとりが聞こえてくる。
部屋にいる。 時間がくると毒ガスが噴出してくるらしい。 人が二人いて、顔はわからないが、なんとなくぬーべーを見ているときみたいな雰囲気と、元バイト先の料理長みたいな雰囲気が混ざっている。 ガスが出ることはわかっていて、なるべく水を飲むようにと半分からかうような感じで忠告される。 二人は外出していく。 水を飲んだ直後にガスが出る。布とかビニール袋で顔を覆おうとするがそんなものでは話にならない。部屋の外に出ようとするが何かが引っかかっていてもたついている。喉の奥がビリビリする。死ぬかも。息の限界がきて目が覚める。
- 2021年5月18日 火曜日 5:53 夢 濡れたぬいぐるみ 顆粒状の粉末をプールに溶かして泳ぐ。マスクしたまま泳ぐ意味あるのか? 妹がステッカーを作る仕事をしている 新進気鋭の漫画家、埼玉県在住、アシスタント募集
- 2021年5月17日 月曜日 6:11 夢 小さい方のいとこがいる。 向こうは元気、私も元気。 コミュニケーションをとろうとし、とる感じがあるが、噛み合わなさ、なめられてる感がある。 火の見櫓みたいなものにのぼり、蛇に噛まれる。 蛇をモチーフにしたアトラクションみたいなもの。 筒状の装置の中で蛇のおもちゃが跳ねる。 妹とみーちゃんが別で遊びに来ており、写真を撮る。 いつのまにか恋人がおり、家族に紹介する。 村上虹郎のことを褒める。
- 2021年5月16日 日曜日 5:15 夢 家族バーベキューで踊る 栗田優子にきゅうりをくわえたまま挨拶する。男になっている。 うどんに漬け物を合わせるといいらしい。
教室の前。 上級生の授業。 ハンコが欠けている
- 2021年5月15日 土曜日 5:49 夢 銭湯へ行く。 人の背中について歩いていく。 駅降りてすぐ、阪急系列の駅だ。   習い事をしており、その先生が訪ねてくる。 ぽっちゃりした感じの優しそうな先生。 部屋のゴミが散らかっていることを気にしている。20分遅れると待たずに帰る先生だ。
- 2021年5月14日 金曜日 6:34 夢 部活の大会会場みたいなところ。 知らない他校の生徒がいっぱいいる。 ピンポン球を素手で打ち返したりする。 誰かの忘れ物のネームプレート、持ち主を探す。 冊子が配られる。この人に渡しておけば安心という人を見つけるが、近くにいた中年男性に預かられる。 妹ではないが、妹にすごくよく似た雰囲気と語り口の女の子がいる。 配られた楽譜に歌詞が書いてあり、「ちょ待てよ」の合いの手を入れる部分には赤で印がつけてある。 すごく良い感じの露天風呂を上から見下ろす目線。
- 2021年5月13日 木曜日 3:39 夢 カネコアヤノの歌を歌う。 声がよく出て気持ちいい。 右側を通っていく女性と目が合う。 外国語の数の数え方。 ウーノ、ドゥーエ、3、4、5、6、7が言えていない人。
ジブリ映画の最後みたいな夢。 山も海も太陽もダメになっている。 丸い布を二つ貼り合わせたものを接着してフィルターを作っている。 妹(幼い感じ)に一つ渡し、もうワンセットを作る。 避難所への待機場みたいなところ、雰囲気は高速バスの待合室に似ている、すごく混んでいる、向かい合わせの駅のベンチみたいなものがあるがなかなか座れない、いとこ夫妻に似た雰囲気の人が座っている。 諦めて立ったままハサミを動かす。 土石流みたいなマグマみたいなものが右手から壁を突き破ってくる。 おそらく流されてバラバラになるので左手の妹に近寄って手を握る、小さな妹は胴に手を回してくる、右手に母もおり合流しようとする、既に少し火がついている、何かもたもたしている、私の渡したフィルターを気にしているようだ、そんなもの捨てていいのに、強引に連れ、流れの中で3人はぐれないようにする。 流れつき、話す。目が見えなくなっている、それがきらきらしていると指摘される。
夢2 腰の施術を受けている、が人のお尻の横に顔があるのが嫌。
- 2021年5月12日 水曜日 6:37 夢 hhとuaがいる。 みみという年下の女の子に中国語のレポートを書いたからどうか聞かれる。
- 2021年5月11日 火曜日 3:46 夢 食品ストックを整理している。 バス車内。 アジアっぽい藪みたいなところ。 ため池がある。 おばあさんがおり、勝手にご飯を食べて良いことになっている。 壺絵に古代ギリシャの人のエピソードが書いてあり、見ていると、南が現れて「(私)いるじゃん」と絡んでくる。 30mくらいありそうな細長いナマズが泳いでいる。見ているとゾクゾクするようなでかさ。 南が操作盤をいじり、足場の高さをどんどん上げていく。天井の骨組みにぶつかりそうになるくらい。 足場が限界を迎えて止まり、固定されずにガクッと落ち、水の中に落下する。 なぜ南がそんなことをしたのか理解できず、また泳げないので怒りが湧く。 意外と浮くことができ、淵に這い上がるが、「あなたをあなたたらしめているそういうところが好きじゃない」という趣旨のことを伝える。 が、雰囲気はサラッとしており、「でも許すよ!」とも言う。 空腹になり、二人でドリンクバーのようなところへ行く。 施設内には子供が多く、流しそうめんをしている様子が見える。 ドリンクバーは自分で勝手に注ぐ式ではなく、カードを取って並びカウンターに出す方式だった。南はコンソメを取り、私も似たようなスープを取った。 列ができており、前の方のよくいるヤンキー家族の父的な男性が紙カップを大量に摘んでいるのが見える。 スープを受け取る。南は他の食品ももらえると思っていたと言う。
これから恋人の母親に会うらしい。 恋人にワンピースを着ていくつもりだがどうかと試着して見せると、「顔がブスすぎて可愛い」と言われ、笑いながらビンタする。
- 2021年5月10日 月曜日 6:45 夢 前にここでこうしていたら尾形に頭を撃たれたので今でもここに立つと緊張する。 知ってる人がアカウントを消している 短いコントをたくさんつなげた本
- 2021年5月8日 土曜日 6:01 夢 風呂をすすめる。 実家の風呂場に3人入ってる。 やばい入浴剤。
お弁当。 恋人。 今の家。風呂場に水が出しっぱなしになっており、誰かがシャボン玉で遊んだ形跡がある。怖い。
- 2021年5月7日 金曜日 5:00 夢 バーグの倉庫を掃除している。 CDの膨大なコレクションがある。古いゲームっぽいストーリーCD。借りられるのかな。 二室あり、服と雑貨を分けるべきか聞くが、うるさそうにされる。 ピアノ、衣類などを避け、掃除すると社長室のような雰囲気になる。 ラジコンで動く首だけのアンデッドを作り、使おうとするが、なくなる。 Aが隠しとけ!と移動してくれる。 食べている途中からおいしくなる料理を作る。 パクチーと卵白とレモンを入れたドレッシング、後でレモンを足すと色が変わるものをにんじんにかける。
- 2021年5月6日 木曜日 3:45 夢 卸売の倉庫みたいなとこ。 しょうゆさしの小さいミニチュア。誰かのノートをまとめてしばったもの。 手術を受ける。変な手術で、ドナルド・トランプの仮装をさせた上で月まで打ち上がるタワテラみたいな装置にくくりつけるというもの。とにかく寒く、ボロボロになる。 温かい雪が降っている。自転車の上に。 賃貸屋で働いていることを考えている。引き継ぎをする、空気階段のことを考える。 教室内。衛生用品のにおいを嗅ぎたいがために王様ゲームみたいな遊びを持ちかけてきた男子生徒がおり、狙いが透けてるんだよと袋叩きにするくだりがある。
夢2 走って二つの陣営に分かれ、野球のまねごとをする。 腰にメントスをくっつけており、申し訳なさを感じている。 女の子の髪留めを調節してあげる。
- 2021年5月5日 水曜日 7:33 夢 朝マックを頼むのだが、コーヒーと甘いパンしかもらえず、ずっと悲しい顔でハッシュポテトのことを考えている。居抜きの飲食店の物件調査に行く。ピロティから野犬が見える。
- 2021年5月4日 火曜日 7:33 夢 印刷している。 紙がない。 ふわふわした紙を入れる。が、トレイから出てきたのは立体的な菊の花みたいな形にほぐれたものだった。 それを外国人のマダム的な女性に言及される。 Twitterの医療従事者の人に透明の袋に入ったうずら卵水煮をもらう。 それはかもめにあげる用だと理解し、自室?のかもめにあげる。かもめの頭はつるっとしていて、向かって左の目は針でついたような穴、右の目は丸くでっぱっている。 かもめに卵を与えるとごくんごくんと丸呑みしていく。
- 2021年5月3日 月曜日 7:00 夢 幼馴染の母親、 古い納屋を上がっていく 髪留めを渡す 半裸の男の子 夫はひきこもり 食べかけのカツ丼を回し食いしており、手をつける様子を見せなければならない 和菓子作りをする。
- 2021年5月2日 日曜日 7:57 夢2 古い家 ビニールに包んだ漫画本を家の前に捨てに行く 母方の���ばあちゃんの気配がある すごくボロボロの室内でお茶を飲もうとしている
おもて石 金田一少年の漫画
- 2021年5月2日 日曜日 2:18 夢 ブックセレクトしてもらっている。5冊くらい、図書館の先生なのか、若い女性だ。 タイミングを合わせてベルトコンベアをうまく飛び移っていく感じで5冊を受け取る。 別に興味のなかった5冊でもそうして手に入れると本当に愛着が湧いている。 自分が所持している本のうち5冊だけを選び、その言葉をバラバラに刻んで食べるとよい、みたいな話を聞く。玉ねぎと刻んだきのこと炒めているイメージ。
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masuodosu · 4 years
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ワンドロ桃司(セルフ)
ここは夢だろうか。
そうでなければいけない。だって、目の前に広がる赤い水溜まりは、尋常ではない量だ。
発生源である舞台照明の下敷きになっているのは、誰だろうか。
泣き叫んでいる瀬名先輩、呆然としている鳴神先輩、あまりの事態に気絶してしまった朔間先輩、そしてステージに広がる血を使って五線譜を書きなぐり作曲を始めた月永先輩。ああ、認めたくない。
「ねぇ、司はどこ」
誰の返事も欲しくないと願って口にしたおかげか、傍にいた弓弦は何も言わず、黙って抱きしめてきた。目の前の光景をこれ以上直視させたくなくて、視界を塞ぎたかったのだろうか。
焦げた肉のような臭いがずっと漂い、現実逃避を許さないでいる。
その日、朱桜司はアイドルとしてステージの上で死んだ。
連休真っ只中。サングラスと帽子という、いかにも芸能人のお忍びという格好をして花屋に寄る。弓弦の古い知り合いが営んでいる店は、そこそこ繁盛しているようだった。この店は、姫宮が利用するような大型店とは違い、上流階級の顔見知りと出くわすこともなければ、店もこちらに余計な詮索もしないから楽でいい。
店内に己以外の客がいないのを確認し、サングラスを外して店主である男に顔を見せると笑って歓迎された。桃李も随分、ここの店主と仲良くなった。交流が長いのだから、気安い関係になるのも当然かもしれない。
店主は桃李の背中を軽く叩いて、元気かどうかの定型挨拶を終えると店中にある赤と紫の花を紹介してくれる。いつもの流れだ。桃李はフラワーフェスをしたりしたが、どうにも花の種類には疎い。特定の花を気に入ることはないため、色で判断して購入する。店主もそれを理解しているため数種類の花を紹介すると、ゆっくり考えろと花いじりを始めた。仕事が順調のようで何より。数分ほど考えて、紫のアネモネを花束にして貰い店を出る。
そのまま駅へ向かうため信号待ちをしていると、聞きなれたメロディーが耳に入ってきた。音源元は、向かいにある大型テレビジョンからのようだ。画面に写し出されているのは、四人揃ったknights。未だにダンスの振り付けも歌唱パートも五人編成の頃のままだ。そういえばあのとき、壊れた月永レオが作曲したものはもう使われないのだろうか。
「まぁ、ボクには関係ないか」
一人分の空きを埋めないユニットを、未練がましいと感じることはない。桃李が耳につけたイヤホンから流れる曲は、knightsが五人組だった頃のものだから。
人を忘れるとき、先に思い出せなくなるのは声かららしい。それが嫌で毎日ずっと、幼馴染みの曲を聴く。変声期を終えた真っ直ぐな歌声が繰り出す言葉はもうすっかり耳に染み付いていることだろう。姿も表情も思い出せなくなるのが嫌でポスターや雑誌、アルバムなんかも部屋中に置いている。ファンでもないのに、情熱的な模様替えになった。ライブ映像も、寝るときになっても流して二十四時間おはようからおやすみまで彼一色だ。
妹も両親も、使用人も、ユニットメンバーや友達も、弓弦でさえもそんな桃李に見て見ぬふりした。
きっと怖かったのだろう。注意も慰めも、どんな言葉も今の桃李には届かない。変に指摘をして、事態が悪化することだけは避けたい。だからみんな、時間という治療法に頼ることにしたのだ。
そうした結果、桃李は庶民的な買い物やバスと電車の乗り換えが上手になった。
「あ、トンボ」
公共機関の乗り物を乗り継いで、歩いて、どんどん人も建物も少ない所に近くなる。その代わりに、自然と虫がとても多い。虫が大嫌いな幼馴染みにとってこの土地は厄介だろう。可哀想に。
石階段を登っていくと、トンボが頭上に何度も通り過ぎていった。
花束を抱えながら足を動かしていくと、最終地点である入り口に到着した。少し先にある、墓地を見据えてそちらへ足を進める。一度も立ち止まることはなかったが、息切れはしなかった。
朱桜という文字が刻まれた墓の前に、桃李は立っている。真新しい花束が供えられている。線香がまだ長いまま煙を出しているから、自分とは入れ違いで誰かお邪魔してたかもしれない。まぁ、そんなのどうでもいいが。
「司、今日も来てやったよ」
桃李は自分の花束をそっと置く。
自分と同い年の男が、燃えて骨となり灰となり、壺に収まってこの下で寝てると受け入れてはいる。だから、生きていた頃と同じような態度で話しかけてしまう。
「お前の先輩たちさぁ、ずっと未練たらしくお前の帰りを待ってるよ。月永先輩はお前専用の曲を毎日量産してるし、瀬名先輩なんかフィレンツェから帰ってきて本拠地を日本にしてるしさ。あーあ、お前がいないだけで情けないよね」
喧嘩腰の挑発に、顔を赤くして宣戦布告を受け取ったと怒る短気な司はもういない。でも、もしかしたら、ふらりと現れて自分の喧嘩を買うのを、期待せずにはいられないのだ。
紫のアネモネが風に揺れて動く。それは一瞬、足元にある花束を誰かが掴んだような動作にも見えた。
「…司のバーカ。バーカ、バーカ」
何の意味もない、幼稚な罵倒。
司はそれだけでもいい反応をしてくれた。だがそれも、生きていたらの話だ。
朱桜司が失くなってから二年。あの日の惨劇は『事故』『トラブル』『不手際』というこの業界の教訓童話のように語り継がれている。
世間はその事を風化して、新たな話題を積み重ねて過去を忘却しようとしている。
「桃李くんは影武者、いますか?」
そう訪ねてくるのは、今よりうんと幼い姿の司。
「影武者? いないよ。時代劇じゃないし」
桃李が素直に答えると、司は口元を手で押さえて楽しそうに笑いだした。
「そうか、そうか。桃李くんはいないんだ、ふふっ、おかしい!」
「うにーっ! ボクはおかしくないもん!」
なんと憎らしい子供か。同じ背丈の司の頭を叩いてやろうと振りかぶった手を下ろすとしっかりと感触がした。
それなのに、目の前には桜の花弁が散らばっていく。その代わりと言わんばかりに、司は消えた。
「え、え、えぇ…あれ? 司、どうした、どこ? どこなの?」
周囲を見渡す。だが残念なことに、草原の広がるこの場には人が隠れられるところはない。走り回って名前を叫んでも、出てくることはない。どこだ、どこにいったのだ。
とぼどぼ元の場所に戻ってきて、泣きながら花弁を集める。どういう理屈かわからない、謎しかないが、桃李はそのとき何故か、自分が司を殺めてしまったという罪悪感に襲われた。
「ふぇ…ふっ……うわぁあああん! つ、つか、さ…やだぁ! もどっ、もどってきてよ!」
顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになる。それでも手は必死に花弁を集めようと動き続ける。もしかしたらあいつは、花の妖精かもしれない。だから弱いから、叩く力が強すぎて壊れた。今思えば馬鹿げた考えだが、当時の桃李は真剣に考えたのだ。
集まった桜の花弁に、名前を何度も呼び掛ける。それなのに、それが人になることはない。
「司…やだ、叩いたの、あやまるから! ごめんなさい! だからお願い…!」
「やっと謝りましたか」
声。振り返ると、見慣れた姿の幼馴染みがふんぞり返っている。涙が引っ込んだ。慌てて目の前の花弁を見ると、いつの間にか花弁は枯れてカサカサ音を立てるものに変化していた。
「な、え…どうして?」
「影武者です」
それだけでわかるか。桃李はそう怒鳴り付けても許されるが、自分が殺したかもしれない相手が五体満足な姿に安心して喜んだ。影武者バンザイ。その後、またいつも通り遊んでそれぞれの帰路で別れて終わった。
それが桃李が今まで忘れていた、幼少期の不思議な記憶。何故それを唐突に思い出したか。それは、寝床を襲って自分の首を絞めてきている桜河こはくのせいだろう。
走馬灯というやつだ。桃李は呑気に回想してるように見えたが、その実、危険な状態にいた。
「お前のせいで、坊が戻れん。どうしてくれるんや」
何の事だと言い返したくても、息を吸うのも難しい事態の喉に言葉を吐き出すなんて不可能だった。
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lostsidech · 6 years
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「とらちゃん、なんか用意しよおか」 「お茶出して。せみちゃん、点てれる?」 「えぇよぉ」
 通されて間もなく、廊下をすれ違いざまにぱたぱたとわざと足音を立てて、艶やかな赤袖の女の子が声を交わしていった。春はその後ろ姿を眉根を寄せて見守った。
「僧庵は女人禁制じゃないの?」 「ここはかりずまいです。数日たてばせみも私もいなくなります」  とらと呼ばれた女の人はしっかりと口調を作って言った。 「罪浄庵はもともと誉様がこのように作り替えただけですから」 「作り替え……」 「罰することも赦すことと同じ」  ゆるりと風のように、先を行く足取り。 「あるひとつの罪は、その罪自体、いつも、贖われることを願っている。なにかに赦しを与える、ということは、その罪の意識をそこで終わらせることでありましょう。そして、だとしたら罰も同じなのです。永遠に続いていく罪の連鎖を断ち切り、差し引いて……零に戻すためのおこない。それが罪浄。誉様が定めたもの」  その説明がぼつぼつと誰に向けられているのかも分からない。春はほつれたとらの後れ毛を注視しながら、ほとんど意味のわからないその語りを聞いて廊下を歩いた。  内容は春には掴めなかったけれど、ただその言葉は何か逆説的な響きをもっている。普通に考えれば赦すことと罰を与えることが同じであるはずがない。だって、ゆるすという言葉から感じるのは、優しさ、心の広さだ。そして罰という言葉に感じるのは、怖さ、痛みだ。春はふたつの形象を持て余しながら廊下を歩いた。考えたってよくわからない。屋敷の中は静かで、それだけは人里離れた草庵のような雰囲気を醸している。  奥座敷の前で女が立ち止まった。春を振り向く。 「どうぞ」  見送りは一言だった。春はどきどきと心臓を鳴らしながら座敷のふすまに手をかけた。  香の匂いがふわりと鼻孔を撫でた。――供香。  特別に焚き染めているというよりも、ふだんからさりげなく焚く香の匂いが、部屋そのものに染み付いているという、そういう香りだった。  その部屋の真ん中に、誉が坐している。  永劫の時の白さの中に、ぽつんと黒点がある。  春はふいに、そういう空想をした。 「やあ」  少年が顔をあげて笑った。瞑想から覚めたように。春は何も言えずにその場で立ち尽くしていた。  とっさに、あれだけ憎いと思って話しに来た少年が、春の知る誉とは違う、もっと小さくて無垢な存在に見えたのだ。――仏教の香の幻想効果かもしれない。 「誉……」  それだけ言った。零すように。 「こっちにおいでよ。話しに来たんでしょう」  誉はそこで、いつものように得体の知れない笑顔をにいっと浮かべた。軽い動作で春に向き直る。それで春はようやっと香の呪縛から離れて意志を取り戻した。そこにいるのは確かににっくき少年だった。敵と戦いに来たのだ。同じ土俵に立たねばならない。 「ええ。ありがとう。お邪魔するわ」  できるだけ毅然として答える。誉は満足そうににこにこする。春を案内していた女の人が、するりとその場を抜けて扉を閉じた。  春は誉が差し出した座布団の上に正座した。まずは前哨戦。探る目線を座敷に滑らせた。簡素な仏壇が備えられている。 「ほんとに僧なの?」 「面白いことを聞くね。きみだって巫女じゃない」  馬鹿にされたと思った。睨むが誉は涼しげに受け流しているだけだ。自分でわかっているのではないのか。 「あなたは……だって、世を捨ててるとは思えない」  俗悪、と言いたい気持ちを喉元でこらえた。あらかじめ聞いていた祇園という言葉といい、ここにいる女の子たちの華やかさといい、ほんとうに帰依しているとしたらとんだなまぐさ坊主だろう。  誉は意味ありげに自分の数珠を巻いた手首を持ち上げて撫でるような動作をした。 「そう見える?」 「……見える」 「『白蓮は汚泥の中より生ずる』」  急に、誉はそう断じる。  警戒を込めたまなざしで睨む。少年はどちらかというと春の顔より数珠の玉を眺めている。 「法華の教えだよ。悪人が仏を語って何がいけないわけ?」 「……それは、そう、悪人正機、だけど……」 「俺はただ子どもが好きなんだよ」  誉はこともなげに言った。その意味がわからなくて春は答えに詰まった。 「寄る辺を失くした子どもたちを俺は次の居場所が見つかるまでのあいだ手元に留め置いている。それじゃ答えが不足?」  信じがたくて春はじっとその顔を見つめ返した。それはつまりあの祇園の女の子たちを「子ども」と呼んでいるのだろうか。春どころか誉よりも年上に見える子たちなのに。そもそも、どの口でそんな善人めいたことを言うのか? 「嘘だわ」 「ほんとなのに。きみの仲いい子たちともよく遊ぶんだよ」  ゆみの顔を思い出して春は歯噛みした。ゆみ自身が誉を悪い人じゃないと言ったのだ。  でも、騙されているのかもしれない。みんな。 「その好きっていうのも、悪趣味な意味でしょう」 「きみはほんとに俺のことが嫌いだな。信じてもらわなくたっていいけど、俺は世の中に絶望してるのさ。無垢ないのちが無数に押しひしがれる世界にね」  背後でまたふすまが開いたかと思うと、さっき廊下ですれ違った赤袖の少女が猫のように入ってきて、部屋の隅に座り込むと急須の準備を始めた。略式の茶の湯だと気が付くまでに春は少しを要した。  沈黙の室内に茶筅が軽やかな音を立てる。 「どうぞ」 「……ありがとう」  客人である春に最初に抹茶が点った。久々の作法を思い返しながら正面を避けてそっと頂いた。こんなところだけ僧庵らしく味は少し薄い。せみのやんちゃなのだろう幼い手で立った泡は少し大小のまだらを作っている。 「ありがとう、せみ」  それから誉にも同じものが出された。誉はくつろいでいる。  三つ指つく少女に穏やかな視線を投げ、 「俺のこと、どういう奴だと思う?」  せみは顔をあげた。紅の入った可愛らしい頬。 「世界でいちばんやさしいひと」  一分の迷いもない視線だ。黒い宝石のようにその瞳がきらきらしていた。  春はまるで宇宙に放り出されたみたいに気が滅入ってめまいがした。何を言ってる? 「ふふん。ありがとね。もういいよ」  誉はまるでそう言わせることがわかっていたように含み笑いをしてせみを手の甲で下がらせた。少女は食器が下がるまで待っている気はないらしくお盆をかかえてさっさと退室してしまう。花のような香りだけが残った。  春は苦虫を噛み潰したような顔をして飲みかけのお茶を睨んだ。 「ああやって無邪気な女の子たちを飼い慣らしてるわけ?」 「なんだっていいさ。さて、何から訊きたい?」  視線をそのまま誉にあげる。少年はにやにやと笑っている。この顔が優しいとはとても思えない。  その封切りの台詞が、いつかなつめと誉が対峙した粉屋の論戦に似通っていることを春はきちんと覚えていた。  だから、できるだけ、あのときに恥じない対決になるように。春は息を整えて、 「あなたは、何なんですか」  と訊いた。  なんなのか。誉はなぜ春に関心を持っているのか。この少年が見ているわたしとは何なのか。  なつめたちとの関係があるのか。どうして誉はなつめにわざわざ喧嘩を売るのか。  それから……それを訊くなら……そう、誉が知っているなら。  なつめは何を隠しているのか。  いや、嘘だ。やっぱりここで知らなくてもいい。それは春がなつめとのきちんとした関係の中で自然に教えてもらうべきものだ。 (どうやって)  胸の奥で泣き言を言おうとする自分をねじ伏せる。 「どこまで聞いたかな」  少年は落ち着いていた。 「罪浄庵の名前の由来は、知ってる?」  春はぎゅっと眉間にしわを寄せた。さっきの不可解な説法だ。 「罪に罰を与えて、終わらせる」  とらはそう言った。春にわかったわけではないけれど。それが赦しと同義であるとかなんとか。  誉は続けて、 「では、罪とは何か?」 「知らないわ。それがわかったら」  あなたのことをこんなに不気味に思わない。春の脳裡になつめの育て親であるコンフォード老人の庵がひらめく。あのとき、誉たちのことを思い出しながら春が質問したのだ。罪とはなんなのかと。  誉が笑いながら手のひらを上に差し出した。春が何を答えても受け止めるとでも言いたげな動作だった。 「色々な考え方があるよ。神への違反。普遍的立法への違反。無思考を指すこともあろう」  出した指を折りながら、 「けど俺たちにとってはね、ある人間が、人より正しいと、信じ込んだ瞬間に、潜在的な罪は生まれるんだ。あくまで俺たち高瀬式にとってのね」  タカセシキ、と誉は言った。それまで繰り返されていた、高瀬川の警察という言葉より簡素にそれは響いた。  ある人間が、人より正しいと思い込む――とっさに春は想像をめぐらせた。それはつまり、考え方を押し付けるとかそういうことだろうか? 「殺傷を罪の代表格とするのは短絡的かな。まぁ、わかりやすいからそれでいいか。情動に任せて他者を傷つけるとき、きっと罪人はこう思っている。『傷つけられてきたのは己のほうで、その怒りを濯ぐためにこの刃は正しい』」 「そうとも限らないわ。ただ人を傷つけるのが楽しい人だっているし、愛ゆえの殺傷だってある」 「単純化してるって言っただろう。俺だって断言しやしないよ、ずっと高瀬舟守りやってるんだから」  高瀬舟守りというのが何のことなのかはよくわからないが解説もない。誉は肩をすくめ、 「だけど、まあ、そういうことさ。きみが言った例だって、本質的には変わりゃしない」  出した手を置いた。 「己の声が一番正しい。人間はいつだってそうして生きているのさ。俺たちはその罪の発見に努めているけど、そう思うことそのものは、罰するべきものではない。いちいち刑罰与えてたら、地上から人間いなくなっちゃうよ」  己が正しい、とすることが罪ならば、確かに一度もその罪を犯さずに現実に存在することはとても難しい。  人間が生まれながらにして持つ罪、という言葉がふいに春の頭に蘇った。レヴ・コンフォードが話していたことだ。老人の言いたかったこととは違うのだろうけど、言葉だけが偶然、重なって見えた。 「じゃあ」  じゃあ、罪浄とは何なのか。少年はその問いかけを汲み取って答える。 「俺たちは、世界の人類が持つ声と声との均衡を図っているのさ。それが俺たちの勝手に決めた、俺たち自身の声が為す世界観だとしてもね」  不思議と自罰的な言い方だった。罰するとかなんとか勝手だ、と少年を詰ってやりたかった春のほうが先手を打たれて口ごもった。罪だか罰だかを誉が決めるというのなら、それこそそれがいちばん自分だけ正しいような態度だ。それを口にする前に、誉が己で語ってしまったのだった。  少年は自分の茶碗に手を伸ばした。彼はまだ出されたままそこに口をつけていない。 「そして、春ちゃん、きみも同じだ」  神奈神社は高瀬川の警察と最初から関係がある。  叩かれたように春の意識が切り替わった。自分についての話も始まる。 「わたし? うち?」 「そう。神奈神社と俺たちは、世界の半分ずつを守っている」  まるで盟友を呼ぶような言い方だった。誉の手が茶碗に触れて、春のほうからは裏に見えていた面をゆっくり、二周と半分回転させた。これだけ崩された作法にも関わらず、かえって丁寧すぎる動作だ。  表には屋敷の前にあるものによく似た柳の模様が藍で描かれていた。誉はその状態で器を持ち上げる。 「均衡を守り、罰するのが俺たち。均衡から漏れた者を、赦すのがあんたたち」  神奈神社。  春は目を見開いて相手を見つめた。罰と赦し。巫女はその赦す側。 「信仰とは元来救済だ。無意識に与えられた規範から逸脱し、肥大しすぎてしまった世界の声を、俺たちは罰する。最終的には、どうやったって血で贖う。けれど、その声を先に赦せたらどうだろう。誰かの声が大きくなりすぎ、ほかの誰かを圧迫する前に、これを打ち消すことができたら。あるいはすでに罪を犯してしまった後だってどうだ。元来あんたたちは罰されるべきものの救済も行えるはずだ」  どういうことか――仮にも巫女である春はすぐに理解することができた。寺社仏閣が、ときに浮世にいられない人間のよすがにもなることを春は理解している。ときに、神仏は罪人の安寧や再生のための寄る辺にもなる。  でも、 「違うわ」  たまらず春は口を開いた。春は巫女であるが、巫女だからこそ、何か「神社が人間を救う」というたぐいのことを言われて、反発をおぼえたのだ。  まさに法華僧、誉の思考は春の持っているものよりずっと現世利益的だ。仏教とはすくなくとも、この時世に広まったものの限りにおいては人間を救うためのものであり続けてきた。南無妙法蓮華経の七文字で救いの手はさしのべられる。  だけど、春が幼いころから教えられてきた価値観は違う。巫女とは神に仕え、その声で民を戒めるものなのだ。むしろ、神の意志が優先で、人間は従うもの。むしろ、その意味では神社のほうが寺よりよほど、罰の文化に近いものではないのか。 「信仰が人間自身のためにある、っていうのは、舶来の考え方だわ。わたしたちは個人救済を目的としてこなかった。あなたがわたしたちの役割を『赦し』だと言うのは、何かを勘違いしていると思う」 「あぁ、そうかもね。これは失敬した」  春はひとつずつ言葉を選びながら言ったのだけれど、誉はにこにこ笑ったまま軽やかに自分の発言を撤回した。春はまた奇妙な気持ちで口をつぐんだ。……引き出された、ような気がする。春自身が今までこんなふうに神社について語ったことがあっただろうか。我ながら自分は舶来ものの思想や物品が好きなのがわかっている。むしろ、同じような言葉を確か以前の粉屋の議論で出したのは、……確か、春たちの側ではなく、誉……  誉は軽やかに言い換えて、 「じゃあ、『鎮め』だ」  とした。 「あんたたちは人の傲慢が起こした神の怒りをときに鎮めるために動くだろう? あるいは人間があやまとうとしているとき、先んじて忠告のような形で人世を鎮める」 「……それは、そうね」  流されているのは悔しいけれど、認めざるをえない。  「あんたたちは『罪』の裏面を鎮めてきた。俺たちと対。神奈神社原初の役割だってそうだった」  ぴり、と、春の背中が震えた。  神奈神社原初の役割。それは春が自力で答えを見つけられなかった謎の正体だ。俯く春に誉の名前を指し示した冬子の声が脳裏を過る。誉は知っているのだ。 「京都の災害供養でしょう?」 「その『前』だって、あった。きみはその災いがどのように呼ばれたか知らないね?」  誉が懐を押さえるような動作をした。その腹の中に春の知らない事実がすべて詰まっているような気がにわかにしてきて春の全身がわっと不穏に脈打ち始めた。 「『ヤマシロの禍』」 「ヤマシロ……?」 「おや、物の見事に忘れ去られているね。この言葉は、物品に刻まれた名前として俺たちの手元に残っている。言葉だけ。さぁ、じゃあヤマシロってなんなんだろうね? 俺たちも『それ』が『そう』呼ばれていたらしいということ以外は何も関知できない。さしずめ、病の代……災いを転嫁するための人形か何かだったのだろうか?」  誉の数珠を付けた手が懐を撫でる。 「あんたたちが守っていたものの名前が、どうやらヤマシロ、と言うらしい。それをあんたたちは、細っていく神奈家だけでは保ちきれなかったのか、俺たちに教えた。たぶん。そうでなきゃあんたたちに関する記録がこちらの手元に残っているのはおかしな話だから。それをまた教え返すとは、因果な話だね」 「……何を、何を知っているのあなたは……」 「だからこれ以上は知らないってば」  誉は鷹揚に構えている。 「きみの姫さまが何者なのかだってね」  がんっと殴られたような気がした。姫さま。  誉の口からその呼び名が出ることをもういちいち嫌だとも思っていられなかった。春よりもこの少年のほうが姫さまに近いところにいるのではないかとさえ思ってしまう。少なくともこの一〇〇〇年についての知識にかけては。 「彼女は……だって、姫さまは名も無き神だわ。知る方法はないの?」  無意識に誉の鏡写しのように己の胸を押さえて、春は小声で問うた。誉は肩をすくめた。 「神奈神社はむしろその正体を民間には秘匿していたように思われる。記録が残ってないのはそのせいじゃないかね」 「秘匿……、するようなことかしら……」 「知らないけど、そうだったんじゃないの。姫さま自身も己がどう呼ばれたのか知らないというのだから」  春ははっと眉を勇めた。姫さま自身が己の名前を認識していないのは、確かに彼女がそう言っていたことだ。けれどなぜ、誉がそのことを知っている? 「確か……」  春の声が震えた。前に一度姿を消して、戻ってきたあと、姫さまは誉と知り合いらしいことを言っていたはずだ。 「あなたは、姫さまと話したの……? 彼女が、わたしのもとにいない間に……」  誉が道化のように肩を竦めた。 「気づいたね。そうさ」  春は唇を噛んだ。ひとつ、事実を見つけた。ひどく不愉快な事実だ。 「どうやって? どうして。わたしから姫さまを奪うため?」 「俺はたまたまああいうものたちの声が聞けるんでね。きみとはまた違った力だと思うけど。それと」  誉は胡乱なまでに真面目な表情をふと作って、 「きみからきみの姫さまを奪ったのは、きみだよ、春ちゃん」  と言った。つい今日の午後、母から語って聞かされたことがばっと春の脳裏に蘇った。言われたことが、似通っていたから。 「あるいはきみが惚れ込んだ『声』のせいかもしれない。でも同じことだろ。いや、確かに俺も、ちょっと意地悪をしたけど」  恋をしたから。母の言葉を借りるならそういうことだ。 「意地悪って?」 「きみと会った堺町通りでね、ちょっと話しかけてみていたんだよ。人ならぬ姫君、きみはいま満足かいって」  満足でないと、姫さまが言ったと言うのだろうか。ざわざわする春の心象を上塗りするように、誉は言う。 「俺から言ってもよさそうなことは、一つ。彼女は、きみのためを想って、己を封じたのだ」  少年らしからぬ、おとなびた口調だった。  春は畳に気づけば突いていた手のひらをそのまま拳の形に握った。 「どうして……」  春の声が震える。毅然としているはずだったのに、と心の底で言う。これだけは、駄目だ。春にとって姫さまは、誰より大切な存在だった。なのに、それが春のもとを離れて、戻ってこない。その原因が春にあるのだと、突きつけられている。 「わたしのため、って何。わたしのせい、ではなくて」 「語って聞かせるほど野暮じゃないや。わかるだろ」  誉は大した年齢でもないくせに歳上のように言う。春は奥歯を噛み締めて表情を抑える。春のため、春の恋のために、神格のほうから手を放してくれたのだなんて。想像することはできても、それをほんとうだと思い込むのはひどく思い上がった人間中心主義だ。 もう一度、会いたい。きちんと話して決めてほしかった。目の前の少年にはいまの姫さまの居場所はわかるのだろうか。 「あなたは、ここに姫さまを呼べたりしないの。わたしが話したい。わたしがちゃんと聞きたい」  こらえきれず食いつくと、少年は躱すように首を曲げた。 「駄目だよ俺は神降ろしじゃないんだから。むしろきみがどうして方法を知らないのかね、神社の領分だろう」  反論できない。誉はそのまま、 「知っているとしたら、俺じゃなくて、なつめくんだよ」  話題の矛先を変えた。春はばちんと最初の態度に引き戻された。  なつめ。姫さまと同時に、春にとって大切に過ぎる名前だ。  濁り固まった敵意が、遅れて胸の底から湧き上がってきた。なつめの名前が誉の口から上がったのは、今日初めてだった。 「なつめさんが……姫さまの呼び方を?」 「そう怖い顔しないでよ」  誉は意図的に呑気に話しているようだった。 「なつめくんはずっと、きみの姫さまの正体や、その『科学的』性質とやらを探っていただろう? 違う?」 「ええ……そうね」  初めてなつめと話したとき、彼が流れる星のようにまばゆい興味を示したのは最初から姫さまだった。その声がどのように聞こえ、どのように存在が感知されるのかを知りたがった。 「それなら、あの『研究者』くんのことだから、関わり方や呼び出し方だって探ってそうじゃないの」 「だけどそれはっ……」  春の息が詰まった。自分でそう思ったことに驚きを感じた。 「……神社以外には、禁忌だわ」  さっき、自分から、誉ならわかるのかと問いかけたのに。  猜疑心がぐるぐると渦巻き始めた。誉の言葉に対してはもちろんだ。けれどそれ以上に、戸惑ってしまった自分に対して。そして……認めたくはない……春に黙って、神社の領分に手を出そうとしているのかもしれない、なつめに対して。  数秒の沈黙を永劫のように感じる。誉は表情の読めない瞳を静かに春の顔の上に据えていた。 「まあ、きみ自身が確かめるといいさ」  きみの問題だから、と誉は言う。 「だけどね、彼が度を過ごすなら、俺は看過しては置かないよ」  春は薄目を開いて誉を見上げた。座敷に入る白い光の中で、誉の黒い僧服姿がどこか霞んで見える。 「あなたは……」  誰の味方なの。そんな益体のないことを訊きかける。訊いても仕方がない。わかりきっている。  誰の側にも立たず、断罪する均衡の番人。  誉が己で語ったに過ぎないその称号が、憎いはずの敵の双肩にいつしか幻視できるようになっていた。  その言葉が、正しいなら。 「……じゃあ」  春は、迷う胸中から、ひとつの決意を取り出した。 「……わたしは、鎮める側でしょう?」  鎮める者。赦す者。裁かれるべき罪を、誉たちの罰が及ぶ前に、なだめ、消すことができる者。  それが巫女だと、いうのなら。 「わたしが、赦すわ」  流れるように自然な、それは決意。今日、気概を持って僧庵を訪れた春の、それが対決だった。  誉が、驚いたように小さく目をぱちくりした。その表情を見て初めて、上に立つものの余裕から彼を掴み落とすことができたような気がした。挑むべき敵の像が削がれ、ただの少年がそこに座っているかのように圧迫感が消える。 「なつめさんが何かをしようとしていると言うのなら。それをもって、あなたがなつめさんを邪魔しなければならないと言うのなら」  春は言葉を考える。目の前にいる存在はもう敵というよりただの少年に見えていた。だから、ほとんど、自分に言い聞かせる言葉になっている。 「わたしが、先に終わらせてみせる。なつめさんは傷つけさせない」  それは、なつめに対する挑戦でもある。  なつめが何か隠していることそのものは、春はもう確信していた。そして、その隠し事を春に対してすることに、あの少年がおそらく、ためらいを抱いていないのだろうことも知っていた。そうじゃなきゃあんなふうに笑わないから。春には隠していて当然だと思っているから。  それを、聞き出す。知る。  最初に挑まなくてはならない壁はそこにある。春にとって大切で、それゆえに巨人のように高い壁。 「できると思うかい?」  誉が囁いた。  また、俗悪じみたいつもの誉に戻っていた。頽廃の蝶のような暗い響きが声の裏にある。 「きみは仁路なつめを知ることができる?」  そこに何があっても。  春は身震いした。背筋を伸ばす。巫女として行う弔花のために纏っていた袴が、背中を支える。 「できるわ。やってみせる」  宣言したとき、誉がふいに微笑んだ。  それは微笑みとしか形容しようがない、やさしい微笑みだった。やさしい、と思ってしまった瞬間に春は電撃のように思い出した。最初、この部屋にせみが入ってきたとき、彼女は誉をやさしいと言ったのだ。それをそのまま信じる義理もつもりも、別にないけれど。 「期待してるよ、春ちゃん」  きみが仁路なつめを救うことを。 「俺の出番なんか、無くていい」  その愛おしげな視線の奥に、春は何か自嘲のようなものを読み取った。 「…………」  黙って見つめ返した。折よくせみが再び座敷に入ってきて、茶器を下げるための盆を手に動き回り始めた。 「ありがとう、せみ。世話になるね」 「はい」  幸せそうに頬を染めた赤袖の少女が、明らかに誉を好いており、誉もまたまるで娘でも見るかのような視線を投げていることが春にはわかる。決して理解のできない関係ではあろうけれど、確かにそこに彼らなりの世界があることを、春は読み取る。  出ていくせみを、誉は薄い笑顔で見守っていた。 「好きなだけじゃ救えないのさ」  うそぶく声は、誰に宛てたものか。 「だから俺はこの世ってやつに絶望しているわけだが」  僧服を着ている、自分自身に言っているようにも思われた。最初に交わした会話を思い出した。誉はほんとうに僧なのか。そのときは疑ったけれど、今、一瞬掴めるような気がする。せみの言うやさしさ。子ども好きという自称。出番なんかなくていい。絶望。  それ以上、誉を知ることは、いまの春には必要なかった。  春は頭を下げて庵を辞した。  戦いの舞台はもはやここではない。頭の中には馴染んだ粉屋の風景が浮かんでいる。  目的は、真実を知ること。ならば次の戦場はそこ。そして敵も同じ。  春はなつめに、挑まねばならない。
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