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#冠嵐真
hina-pocch · 1 year
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lovechild created in a lab experiment? some kind of future AU i was actually hesitant on drawing something like this but she came out so cute..
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ari0921 · 5 months
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「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和五年(2023)12月27日(水曜日)参
    通巻第8070号
 AIは喜怒哀楽を表現できない。人間の霊的な精神の営為を超えることはない
  文学の名作は豊かな情感と創造性の霊感がつくりだしたのだ
*************************
 わずか五七五の十七文字で、すべてを印象的に表現できる芸術が俳句である。三十一文字に表すのが和歌である。文学の極地といってよい。
どんな新聞や雑誌にも俳句と和歌の欄があり、多くの読者を引きつけている。その魅力の源泉に、私たちはAI時代の創作のあり方を見いだせるのではないか。
 「荒海や佐渡によこたう天の川」、「夏草や強者どもが夢の跡」、「無残やな甲の下の蟋蟀」、「旅に病で夢は枯野をかけ巡る」。。。。。
 このような芭蕉の俳句を、AIは真似事は出来るだろうが、人の心を打つ名句をひねり出すとは考えにくい。和歌もそうだろう。
 『春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣干すてふ 天香具山』(持統天皇)
 皇族から庶民に至るまで日本人は深い味わいが籠もる歌を詠んだ。歌の伝統はすでにスサノオの出雲八重垣にはじまり、ヤマトタケルの「まほろば」へとうたいつがれた。
 しかし人工知能(AI)の開発を米国と凌ぎを削る中国で、ついにAIが書いたSF小説が文学賞を受賞した。衝撃に近いニュースである。
 生成AIで対話を繰り返し、たったの3時間で作品が完成したと『武漢晩報』(12月26日)が報じた。この作品は『機憶(機械の記憶)の地』と題され、実験の失敗で家族の記憶を失った神経工学の専門家が、AIとともに仮想空間「メタバース」を旅して自らの記憶を取り戻そうとする短編。作者は清華大でAIを研究する沈陽教授である。生成AIと66回の対話を重ね、沈教授はこの作品を「江蘇省青年SF作品大賞」に応募した。AIが生成した作品であることを予め知らされていたのは選考委員6人のうち1人だけで、委員3人がこの作品を推薦し
「2等賞」受賞となったとか。
 きっと近年中に芥川賞、直木賞、谷崎賞、川端賞のほかに文学界新人賞、群像賞など新人が応募できる文学賞は中止することになるのでは? 考えようによっては、それは恐るべき時代ではないのか。
 文学の名作は最初の一行が作家の精神の凝縮として呻吟から産まれるのである。
 紫式部『源氏物語』の有名な書き出しはこうである。
「いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり」
 ライバルは清少納言だった。「春は曙、やうやう白く成り行く山際すこし明かりて、紫立ちたる雲の細くたなびきたる」(清少納言『『枕草子』』
 「かくありし時すぎて、世の中にいとものはかなく、とにもかくにもつかで、世に経るひとありけり」(道綱母『蜻蛉日記』)
 額田女王の和歌の代表作とされるのは、愛媛の港で白村江へ向かおうとする船団の情景を齊明天王の心情に託して詠んだ。
「熟田津に 船乗りせむと月待てば 潮もかなひぬ今は漕こぎ出いでな」(『万葉集』)。
 「昔、男初冠して、平城の京春日の郷に、しるよしして、狩りにいにけり。その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。」(『伊勢物語』)
 ▼中世の日本人はかくも情緒にみちていた
 「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶ泡沫(うたかた)はかつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」(『方丈記』)
 『平家物語』の書き出しは誰もが知っている。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。 奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。 猛き者も遂にはほろびぬ、 偏(ひとへ)に風の前の塵におなじ」。
 『太平記』の書き出しは「蒙(もう)竊(ひそ)かに古今の変化を探つて、安危の所由を察(み)るに、覆つて外(ほか)なきは天の徳なり」(『太平記』兵藤祐己校注、岩波文庫版)
「つれづれなるままに、日くらし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」(『徒然草』)
 古代から平安時代まで日本の文学は無常観を基盤としている。
 江戸時代になると、文章が多彩に変わる。
 井原西鶴の『好色一代男』の書き出しは「「本朝遊女のはじまり、江州の朝妻、播州の室津より事起こりて、いま国々になりぬ」
 上田秋成の『雨月物語』の書き出しはこうだ。
「あふ坂の関守にゆるされてより、秋こし山の黄葉(もみぢ)見過しがたく、浜千鳥の跡ふみつくる鳴海がた、不尽(ふじ)の高嶺の煙、浮島がはら、清見が関、大磯小いその浦々」。
 近代文学は文体がかわって合理性を帯びてくる。
「木曽路はすべて山の中である」(島崎藤村『夜明け前』)
「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜ぬかした事がある」(夏目漱石『坊っちゃん』)
「石炭をば早はや積み果てつ。中等室の卓つくゑのほとりはいと静にて、熾熱燈の光の晴れがましきも徒らなり。今宵は夜毎にこゝに集ひ来る骨牌カルタ仲間もホテルに宿りて、舟に残れるは余一人ひとりのみなれば」(森鴎外『舞姫』)。
 描写は絵画的になり実生活の情緒が溢れる。
「国境の長いトンネルをぬけると雪国だった」(川端康成『雪国』)
 谷崎潤一郎『細雪』の書き出しは写実的になる。
「『こいさん、頼むわ』。鏡の中で、廊下からうしろへ這入はいって来た妙子を見ると、自分で襟えりを塗りかけていた刷毛はけを渡して、其方は見ずに、眼の前に映っている長襦袢姿の、抜き衣紋の顔を他人の顔のように見据みすえながら、『雪子ちゃん下で何してる』と、幸子はきいた」。
 「或春の日暮れです。唐の都洛陽の西の門の下に、ばんやり空を仰いでいる、一人の若者がありました」(芥川龍之介『杜子春』)
 ▼戦後文学はかなり変質を遂げたが。。。
戦後文学はそれぞれが独自の文体を発揮し始めた。
 「朝、食堂でスウプをひとさじ吸って、お母様が『あ』と幽(かす)かな声をお挙げになった」(太宰治『斜陽』)
 「その頃も旅をしていた。ある国を出て、別の国に入り、そこの首府の学生町の安い旅館で寝たり起きたりして私はその日その日をすごしていた」(開高健『夏の闇』)
 「雪後庵は起伏の多い小石川の高台にあって、幸いに戦災を免れた」(三島由紀夫『宴のあと』)
和歌もかなりの変質を遂げた。
正統派の辞世は
「益荒男が 手挟む太刀の鞘鳴りに 幾とせ耐えて今日の初霜」(三島由紀夫)
「散るをいとふ 世にも人にも さきがけて 散るこそ花と 吹く小夜嵐」(同)
 サラダ記念日などのような前衛は例外としても、たとえば寺山修司の和歌は
「マッチ擦る つかのま海に霧ふかし 身捨つるほどの 祖国はありや。」
 わずか三十一文字のなかで総てが凝縮されている。そこから想像が拡がっていく。
 こうした絶望、空虚、無常を表す人間の微細な感情は、喜怒哀楽のない機械が想像出来るとはとうてい考えられないのである。
AIは人間の霊感、霊的な精神の営みをこえることはない。
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johnelic · 3 months
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Wikipedia書き抜き(更新中)
異歯性は顕著であり、頭蓋骨は後頭部でオーバーハングしている。二次口蓋は、咀嚼と同時に呼吸が出来た事を示している。大量の酸素を必要としていた彼らは恒温性を獲得しつつあった。身体を丸め、眠った姿のまま化石化した。
夜はボクシングジムで鍛練を重ねる裏の顔を持ち、部長の愛人を麻薬とセックスで籠絡する。1億円強奪殺人事件で奪った1億円を安全なヘロインに換えるため、市会議員の磯川とも接触。刺客たちも難なく始末した。
「しまったー! 99800円のパソコンなんてどう考えても安くしすぎだ! うっかり、してました」という特徴的なコーラスでインパクトを与えたが、「ウソテック」や「総鉄屑」「粗ーテック」「糞ーテック」といったあだ名(インターネットスラング)が登場するなど、同社は著しく株を落とした。
2019年に特化則非該当の「サラセーヌAZ」へとさらなる進化を遂げ、「サラセーヌ堅鎧(タフガイ)システム」が実現した。
その影響はこれ以外にもジバンの機械的な動作や、各種メカニックの描写などにも大きく現れており、このようなロボット戦士路線は宇宙刑事シリーズのような正統派ヒーロー路線への回帰が意図されたものとなった。また、当初は主人公とヒーローが同一であるような演出をしない効果的にアナクロニズムを生かした手法や、主人公と深く繋がる少女である五十嵐まゆみの登場など1950年代の特撮ヒーローを彷彿させる設定となっている。
再び首と身体が一緒になるのではないかと恐れて、頭と身体を二つの岩の頂上に置いて、その岩の裂け目の中に石像をおき、それぞれの寺院を建立した。二つの寺院の間は、以前は4ヨージャナあったが、今は1クローシャしかないと言われている。 わたしの師匠が見たとき、寺院は岩壁がくっついて入り口がなく、窓から見ると、両方とも台座の上に石像の破片のようなものがそれぞれ置いてあったと言う。
土間基礎のコンクリートを打設しました。仕上げに『ヘラコプター』を使用しています。 業界入りたての頃、先輩に出力を2倍にすると空に飛べると教えられ、しばらく信じていた事を思い出しました。
サマラの「蜘蛛歩き」と呼ばれる四つん這いで、手(肩)よりも足が前に出る股関節が外れたような人間では考えられないような不気味な動きはCGではなく、実際にサマラを演じたボニー・モーガンが行なっている。
水素の音は漫画だけではなく、多くの関連イラストも作成され話題になりました。多くの人が水素の音の通販動画の虜になり、作成されたのでしょう。ただ再現するだけのイラストだけではなくストーリー性を持つものも多くあったのです。 それもまた面白く、水素の音が長くトレンドに残った要因の一つでしょう。人の想像力は本当に素晴らしく、多くの関連イラストを見ているだけで時間をつぶすことができるでしょう。AA(アスキーアート)でも水素の音が作成されました。AAとは文字や記号を組み合わせて作られる絵のことです。ずれが生じたりするため、それを作ることは容易ではありません。 水素の音のAAは、もちろん「あぁ~!水素の音ぉ~!」という場面です。ほかにもある可能性がありますが、やはり話題になるのはこの場面でしょう。 イラストやMAD動画、ノムリッシュ版に漫画、そしてAAなど様々な場面で作り変えられるほど水素水が話題になったことがよくわかりました。
素晴らしい時間の過ごし方だと思います。将来私のために勉強することができて嬉しいです。 私は自分のPTSDと複数の外傷性脳傷害で正社員として働けなくなりました。 精神的にも身体的にも社会人として生活することは難しいけど、将来につながる勉強と大麻が今の私の希望です。
エチゼンクラゲが地球で果たしている役割が明らかになっている。エチゼンクラゲは体がベタベタしており、弱って泳げなくなると体の表面に細かいごみがまとわりつき、重くなって沈んでしまう。このような形で、地球の生物地球化学的循環(生物循環)に寄与している。 ズワイガニもエチゼンクラゲを捕食している。 細かくしてアイスクリームに入れ、エチゼンクラゲアイスとして販売されることもある。 2009年は大発生して日本各地で漁業に大きな被害を与えたが、2010年度はその千分の一に激減した。
広く好まれた見世物であり、熊や猿を連れた旅芸人が犬をけしかけたり、観衆に石を投げさせて娯楽とした。狂人の観察などと並ぶ人気の興行であり、芝居見物などと等しいごく普通の習慣だった。
シーモンキー(アルテミア)は普通の塩とエサではうまく育ちません。孵化は容易ですが、その後の育成は難しいです。シー藻はシーモンキー飼育に最適な藻。シー藻を入れると良質なバクテリアが繁殖し、それをアルテミアが食べるので餌やりが全く不要になります。死んだシーモンキーや糞はシー藻の養分となって水槽内で循環します。併せてシー藻が酸素を出すため酸欠が起きず水も腐りません。過去に失敗された方にもおすすめです。小さな容器では水温や水質が安定しないため、なかなかうまく育ちません。大きな容器で飼うほどに失敗が激減します。孵化率の低い中古の飼育セットも出回っているようです。アルテミアは生き物です、おもちゃではありません。小さな生物だからこそ最上の環境で育ててあげてください。お子様の教育にもお役に立ちます。
マディディティティはオレンジ色から茶色の体毛で、頭に特徴的な金色の王冠のような模様を持つ。尾は白く、手足は赤褐色である。自然保護の基金を作るために命名権を競売に出し、オンラインカジノ会社のゴールデンパレスが65万ドルで落札した。そのため、ゴールデンパレスドットコムモンキー(http://GoldenPalace.com monkey)とも呼ばれる。
26世紀の愛のピアノ音楽。Limb 1st。辺境の惑星でいま二人のピアニストの魂が出会う。どうしてわかりあえるのにこんなに時間がかかってしまったのか。さる東欧のX地区でソ連解体以前、アンダーグラウンドピアノレジスタンスがロケット基地を占拠した。ピアノを演奏する事により推進力を得るピアノエンジンが積まれたロケットに乗り、宇宙に脱出するレジスタンスの演奏記録。ヴァルカンピアノ砲照射、大気圏脱出後の強烈な光が。ピアノが宇宙に行くとどうなるんでしょうか。
最弱童貞の俺、非モテ女子に告ってイチャイチャライフを送ることにしました。~今更羨ましいと言ってももう遅い~
また、オリジナルデザインにしたらもっと良い物ができたのではないかという質問に対しては「デザインは全くのオリジナル。至る所に新しい機軸を取り入れている」と、このデザインはあくまでもオリジナルだという事を主張した。 今後の方向性としては、カラーバリエーションは考えず、トランスルーセントではないバージョンやPentium IIIなどを搭載した高速化を考えているという。 ゲストとして招かれていたインテル株式会社の傳田代表取締役社長は、「今までパソコンはデザインが良くなかった。このe-oneでリンゴのマークの人たちがこちらに来てくれる事を期待している」と語り、会場の笑いを誘った。
生きているロゴマークは、ずっと「変わりたい」と願っていました。ある時、清い水と出会ったことで、色々な形に姿を変えることが出来る様になりました。その時から、ロゴマークはこのキャラクターと、ひとつになりました。ロゴマークは「なりたい自分になる」そう願いながら日々、より善き姿を求めて変化しています。
リング状に成型して焼き上げたいちご味のもちもち生地を、いちごチョコでコーティングしました。リング状に成型して焼き上げたいちご味のもちもち生地を、いちごチョコでコーティングしました。ファミマのいちごモッチうますぎて、口に入れた瞬間女の子座りして泣いちゃいました。
HONUMIスーパーナチュラルシステム 海の作り方発明しました。 水換え不要の凄い生簀・活魚水槽の特長 従来の生簀と当社の凄い生簀の比較
車が炎上、爆発。全身にヤケドを負い、病院で息を引き取るが、亡くなったのは替え玉で、本人は生きていた。亡くなった替え玉も、死んでも死にきれず、真棹を絞殺しようとした。しかし真棹を殺せず、それが事件にとって最大の誤算を生み出したため、洞窟で真棹を殺そうとした。
パンダは大量に竹を食べ、快速に排出する食べ方で、自分の体の需要を満足しています。一日の食糧は大体:筍23~40㌔、笹は104~18㌔、竹の枝は17㌔です。 パンダは垂直移動する習性があります。夏には高山へ筍を取り、秋と冬には雪のない中低山の地区へ移動します。 多量な竹が開花し、枯死することはほかの植物の更新を促進する役目があるから、生物種と生物系統の多様性を保持するには必要な過程です。一種の竹が開花しても、まだほかの食べられる竹があるから、竹の開花はパンダの生存を脅かすことにはならないはずです。しかし、現在パンダの生息地がごくわずかしかないし、分断化されているから、この「小島」での唯一の竹が一旦開花したら、パンダも食物に困る状況に迫られるのです。
クロムウェル夫人は、自分が設立した町が北京の裏側にあると思っていたため、町を「ペキン」と名付けたと言われています。(1700年代後半から1800年代初頭にかけて、中国と米国は地球の正反対の側にあると考えられ、町はしばしば中国の場所にちなんで名付けられました。別の例はオハイオ州カントンです。
藤原さんの主たる活動は北見の基地にて隊員(何十人という、最大時は84人と聞いています。元自衛隊員が多かったと聞いています。)と共に、地下に潜り火山の爆発と地震を止める仕事をしていました。
最初に迷乱する因は、3つの無明である 。 自己を認知しないという局面は、所取と能取としては生じていないので、実際上は「不迷乱」であるが、それが迷乱になる。たとえば「無名」が名前になるようなものである。これが①「同一性の無明」である。 「それを認知しない境界」という対象化、それが②「倶生の無明」であって、「輪廻と涅槃の両者」という顕現として生じる。 対象としての顕現を、知によって単なる二元的顕現に分割分離し、名称の指示対象を実体として概念構想する局面に至っては③「遍計の無明」と呼ばれる。
世界で唯一のアルビノゴリラ・スノーフレークは、かつてスペインの植民地だったアフリカの赤道ギニア共和国で捕獲された。群れの仲間は皆ハンターに殺され、スノーフレークだけが1966年にバルセロナ動物園に連れてこられた。2003年に皮膚がんで死ぬまで同動物園で暮らした。
4人は進級し、堂郷和太郎の協力を得て楓は写真部を創部する。そこに声をかけたのは憧憬の路で楓の写真を撮り、賞をとった三谷かなえだった。写真部は楓とかなえ、そして楓を支援する3人が集まる「ぽって部」を合わせた5人で活動する。楓は、父の訪れた場所を訪ね、父の残した足跡を辿る。 また5人とかおるの姉の塙さよみは横須賀に行き、ちひろとその友人のともちゃんに会う。しかしかなえは受験のため、私たち展を最後に部活を引退する。その後かなえは大学に合格し、高校を卒業した。
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20kitan · 4 months
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CoC「ヤゼル」秀才 追記に詳細設定 ※シナリオのネタバレが含まれます
◆橘星蘭身上調査書
芸名:橘星蘭(たちばな せいらん) 本名:雪庭嵐(ゆきにわ らん) 愛称:ランちゃん 年齢:23歳 性別:女 血液型:B型 誕生日:4月4日 星座:おひつじ座 身長:158cm 体重:46kg 髪色:暗い紫、黄色のインナー 瞳の色:ヘーゼル 視力:左右1.0 きき腕:右 声の質:芯の通った澄んだ声 舞台の端まで声が通る icv.キルラキル皐月のときの柚木涼香 手術経験や虫歯、病気:子供の頃は食が細く病弱で、ガリガリで発育が悪かった 身体の傷、アザ、刺青:なし その他の身体的特徴(鼻や目の形、姿勢、乳房、足、ホクロなど):締まった細身 肉も筋肉もつきにくい セックス体験、恋愛、結婚観:恋愛に本気になったことがなく、基本的に自分の仕事を優先するため続かない  尊敬する人:ヒース・レジャー、トム・ハンクス、オードリー・ヘップバーン、ジョニー・デップ 恨んでる人:特になし 出身:富山県の田舎 職業:舞台女優 将来の夢:自分の劇団を持って脚本・監督も担当すること 恐怖:舞台の公演中止 癖:腕組み 酒癖:酒鬼強い ワク
*交流向け 一人称:私 二人称:あなた、君 呼び方:苗字+さん 仲良くなれば下の名前で呼び捨て
*概要
「劇団フルーツタルト」のトップスター。老若男女問わず人気があり、将来を期待される女優。ファンからの愛称は「ランちゃん」。
*性格
 おおらかで魅力的、情熱と行動力ですぐ人気者になるタイプ。仲間内では気さくだが、時にずけずけ物を言いすぎることも。ストイックな努力の信奉者だが、すべての人がこれほど人生や生活を捧げる必要はないとも考えているため、好きでやっているものを他人に求める気はない。才能を信じず自ら獲得したもののみを信じる女。細身で小柄な体に飢えた獣のようなパワーを秘めている。  幼い頃は小さくガリガリの自分に自信が持てなかったが、思春期からいくつかのコンプレックスを自力で克服してきた。悲しみで涙は滅多に人に見せないが、苦しみの最中にいる人に同情しやすく涙もろい。  好きなもの(特に演劇)に関しては無邪気な愛情を感じており、それゆえに他人には理解しがたいほどの執着で勉学や修練に励む。贅沢が好きで度が過ぎた浪費をしてしまうこともしばしば。
*人間関係
 舞台関係者には礼儀正しく、真正面からぶつかるコミュニケーションをする。劇団員との仲は良好で、組織のなかの政治を嫌うため誰とでも平等に接し、対等な友人のような関係を築いている。監督や脚本と意見がぶつかることはしばしばあるが、不思議と険悪になることはない。ファンには気前よくサービスする。  恋愛に関しては恋人にしたいと思った相手は狙って手に入れるタイプ。芸の肥やしのためにのめり込んで燃えるような恋愛をしたいと思っているが、芸の肥やしだと思っているためあまり長続きしない。そのわりに自分の容姿や肩書きだけを見る人間は嫌う。わがまま。
*家族関係、幼少期体験  父母と兄が健在。学生時代は非常に品行方正な優等生。  中学の頃たまたま観に行った「椿姫」の舞台に憧れて高校は演劇部に所属。短期大学を卒業してすぐ「劇団フルーツタルト」に入り、一気に演技の才能を開花させた。  しかし母方の祖父が演劇の道を目指し一時は売れたがその後落ち目になり失踪した件で家族が振り回された過去があり、母親は演劇と自分の父親を恥ずかしいものだと思っているため、嵐が演劇をやることに忌避感を覚えている。  だが同時に彼女の激しい気性も知っているため自分たちの言うことは聞かないだろうと思いつつ、母親は演劇を応援していないのが現状。多少気にしてはいるが、足枷には思っていない。
*能力
 華やかな演劇の才能の持ち主。舞台上にいるとつい目で追ってしまうほど目立つ。小さな頃やっていた剣道と日本舞踊のおかげでタフで肺活量が高く、舞台上でまったく息を乱さず長時間セリフやダンス、アクションをこなすことができる。スマートな体型と中性的な声を活かした少年役も人気。  歳の割に老成した考えの持ち主であり、あらゆる女性の味方。健康的な美しさのために日々トレーニングなどの努力を続け、理論を学んで実践しては劇団内やSNSで共有している。食べてもあまり太れない体質で風邪を引きやすいため、体調管理が欠かせない。  あらゆる演劇や映像作品については、不朽の名作から最新作まで寝る時間を惜しんでもチェックしている演劇オタク。幅広いジャンルを愛する。
*劇団フルーツタルト  東京の小さな劇団でありながら粒揃いの才能の持ち主が集まり、ここ最近急激に成長する劇団。少数精鋭の脚本家、演出家、劇団員が集まり、大手の劇場ともたびたび契約する実力派。  「フルーツタルト野山劇場」とも言われる脚本家野山三郷の古典的な舞台の本筋を壊さず骨太なストーリーと仰々しいセリフ回し、それでいてケレン味たっぷりでポップさのある演者たちの軽妙な会話がエンターテイメント性の高い劇団。近年は美麗な衣装と橘星蘭の人気もあいまって数々の演劇賞を受賞し、演劇界を超えてメディアに露出しつつある。
【出演作品】 バニラ(娘B) 親孝行な娘たち(マルガリータ) アルルカン(王子) 若草物語(ジョー) いばらの冠(マグダラのマリア) オリエント急行の殺人(メアリー・デブナム) 完璧な息子(新庄清人) オズワルト(オズワルト) だれがコマドリを殺したか?(カメリア) 吸血鬼カーミラ(カーミラ)
*好きなもの 食べ物:握り寿司(特にブリとハマチ)、おでん(特にタコ)、釜飯、ホタルイカ、フルーツタルト、ブルボンのお菓子 得意料理:ちらし寿司、いなり寿司、煮付けなどの和食 里芋の唐揚げが絶品 小料理屋の父直伝のため美味しい 飲み物:カフェラテ、芋焼酎、ハイボール 季節:春 色:鮮やかでポップなカラー、シルバー 香り:ロクシタンのエルバヴェール 書籍:小説、あまり分野を問わず本屋を巡る よくお風呂で読む 動物:サモエド ファッション:少し変形のきいたクラシックな服が好き 場所:舞台の上、鑑賞席 愛用:シルバーのイヤリング、キャンディ(低血糖対策) 趣味:映画鑑賞、舞台鑑賞、台本読み
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kachoushi · 10 months
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各地句会報
花鳥誌 令和5年8月号
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坊城俊樹選
栗林圭魚選 岡田順子選
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令和5年5月1日 花鳥さざれ会 坊城俊樹選 特選句
葉桜に声まで染まるかと思ふ 雪 葉桜の懐深く観世音 同 葉桜を大天蓋に観世音 同 ふと思ふ椿に匂ひ有りとせば 同 葉桜の濃きに始まる暮色かな 泰俊 葉桜の蔭をゆらして風の音 同 老鶯を聞きつつ巡りゐる故山 かづを 四脚門潜ればそこは花浄土 和子 緑陰を句帳手にして一佳人 清女 卯波寄すランプの宿にかもめ飛ぶ 啓子 蝶二つもつれもつれて若葉風 笑 雪解川見え隠れして沈下橋 天
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年5月6日 零の会 坊城俊樹選 特選句
五月闇喫茶「乱歩」は準備中 要 だんだんに行こか戻ろか日傘 和子 錻力屋のゆがむ硝子戸白日傘 昌文 空になる途中の空の鯉幟 和子 ラムネ玉胸にこもれる昭和の音 悠紀子 だんだんは夏へ昭和へ下る坂 慶月 だんだん坂麦藁帽子買ひ迷ふ 瑠璃 白シャツのブリキ光らせ道具売る 小鳥 蟻も入れず築地塀の木戸なれば 順子 夕焼はあのアコーディオンで歌ふのか きみよ 谷中銀座の夕焼を待ちて老ゆ 同
岡田順子選 特選句
築地塀崩れながらに若葉光 光子 日傘まづは畳んで谷中路地 和子 ざわめく葉夏の赤子の泣き声を 瑠璃 築地塀さざ波のごと夏めきて 風頭 カフェーの窓私の日傘動くかな 和子 二階より声かけらるる薄暑かな 光子 下闇に下男無言の飯を食ふ 和子 覚えある街角閑かなる立夏 秋尚 谷中銀座の夕焼を待ちて老ゆ きみよ 誰がために頰を染めしや蛇苺 昌文 青嵐売らるる鸚鵡叫びたり きみよ
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年5月6日 色鳥句会 坊城俊樹選 特選句
カルデラに世帯一万春ともし たかし 大いなる大地を画布に聖五月 朝子 渚恋ひ騒ぐ厨の浅蜊かな たかし しやぼん玉母の笑顔を包みけり 朝子 乙姫の使者の亀ならきつと鳴く たかし 風に鳴るふらここ風の嗚咽とも 睦子 桜貝拾ひ乙女となりし人 久美子 風船の子の手離れて父の空 朝子 夕牡丹ゆつくりと息ととのふる 美穂 はつなつへ父の書棚を開きけり かおり 鷹鳩と化して能古行き渡航路 修二 風光るクレーンは未来建設中 睦子 人去りて月が客なる花筏 孝子 束ね髪茅花流しの端につづく 愛 悔恨深し鞦韆を漕ぎ出せず 睦子 ひとすぢの道に薔薇の香あることも 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年5月8日 武生花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
戦争は遠くて近しチューリップ 信子 霾や廃屋多き街となり 三四郎 長長と系図ひろげて柏餅 昭子 鞦韆を揺らし母待つ子等の夕 三四郎 代掻くや越の富士山崩しつつ みす枝 氷菓子あれが青春かもしれぬ 昭子 モナリザの如く微妙に山笑ふ 信子 風なくば立ちて眠るや鯉幟 三四郎 観音の瓔珞めいて若葉雨 時江 春といふ名をもつ妻の春日傘 三四郎 もつれては蝶の行く先定まらず 英美子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年5月9日 さくら花鳥会 岡田順子選 特選句
金環の眼や神々し鯉幟 実加 テンガロンハットの老夫麦の秋 登美子 筍を運ぶ人夫の太き腕 あけみ 緩やかに青芝を踏み引退馬 登美子 赤き薔薇今咲き誇り絵画展 紀子 自らの影追ひ歩く初夏の昼 裕子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年5月9日 萩花鳥会
マンションの窓辺で泳ぐ鯉幟 祐子 兜より多産な鯉を子供の日 健雄 山頂に吹き上がるかな春の息 俊文 新緑やバッキンガムの戴冠式 ゆかり 仰向けのベッドに届く風五月 陽子 この日から五類に移行コロナあけ 恒雄 武者人形剣振り回すミニ剣士 美惠子
………………………………………………………………
令和5年5月10日 立待俳句会 坊城俊樹選 特選句
囀や高鳴く木々の夜明けかな 世詩明 すがりたき女心や花薔薇 同 仏舞面の内側春の闇 ただし 菖蒲湯に老の身沈め��ひにけり 同 うららかや親子三代仏舞 同 花筏寄りつ放れつ沈みけり 輝一 花冷や母手造りのちやんちやんこ 同 機音を聞きつ筍育つなり 洋子 客を呼ぶ鹿みな仏風薫る 同 渓若葉上へ上へと釣師かな 誠 子供の日硬貨握りて駄菓子屋へ 同 白無垢はそよ風薫る境内へ 幸只 春雨は水琴窟に託す朝 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年5月11日 うづら三日の月花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
里山を大きく見せる若葉かな 喜代子 父母座す永代寺も夏に入る 由季子 三国町祭提灯掛かる頃 同 難解やピカソ、ゲルニカ五月闇 都
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年5月12日 鳥取花鳥会 岡田順子選 特選句
ホーエンヤ口上述べて祭舟 史子 暮の春どちの館の椅子机 すみ子 声潜めメーデーの歌通り過ぎ 益恵 手擦れ繰る季寄卯の花腐しかな 美智子 鳥帰る曇天を突き斜張橋 宇太郎 海光も包まん枇杷の袋掛 栄子 葉桜や仏の夫の笑みくれし 悦子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年5月13日 枡形句会 栗林圭魚選 特選句
菖蒲湯の香を纏ひつつ床に就く 多美女 風低く吹きたる社の陰祭 ゆう子 やはらかき色にほぐるる萩若葉 秋尚 すと立てし漢の小指祭笛 三無 深みゆく葉桜の下人憩ふ 和代 朴若葉明るき影を高く積み 秋尚 メモになき穴子丼提げ夫帰る 美枝子 祭笛天を招いて始まれり 幸子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年5月14日 なかみち句会 栗林圭魚選 特選句
植物園脇に馴染みの姫女苑 聰 近づきて見失ひたる山法師 秋尚 母の日の記憶を遠く置き去りに 同 崩れかけたる芍薬の雨細き 同 若葉して柔らかくなる樹々の声 三無 葉桜となりし川辺へ風連れて 秋尚 白映えて幼稚園児の更衣 迪子 くれよんを初めて持つた子供の日 聰
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年5月17日 福井花鳥会 坊城俊樹選 特選句
一人逝き村軽くなる麦の秋 世詩明 水琴窟蔵す町屋の軒菖蒲 千代子 三国沖藍深めつつ卯波来る 笑子 母の日や母の草履の小さくて 同 カーネーション戦火の子らに百万本 同 遠ざかる思ひ出ばかり花は葉に 啓子 麦秋の響き合ふごと揺れてをり 千加江 あの世へもカーネーションを届けたし 同 紫陽花やコンペイトウと言ふ可憐 同 人ひとり見えぬ麦秋熟れにうれ 昭子 永き日の噂に尾鰭背鰭つき 清女 更衣命の先があるものと 希子 春愁や逢ひたくなしと云ふは嘘 雪 風知草風の心を風に聞く 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年5月17日 さきたま花鳥句会
鯉幟あえかな風も見逃さず 月惑 土間で輪に岩魚の骨酒郷の友 八草 背に茜萌黄の茶摘む白き指 裕章 薫風や鐘楼の梵字踊りたる 紀花 潦消えたるあとや夏の蝶 孝江 初夏の日差しじわじわ背中這ふ ふゆ子 水音のして河骨の沼明り ふじ穂 なづな咲く太古の塚の低きこと 康子 竹の子の十二単衣を脱ぎ始め みのり 薔薇園に入ればたちまち香立つ 彩香
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年5月21日 風月句会 坊城俊樹選 特選句
野阜に薫風そよぐ母の塔 幸風 突つ伏せる蝶昂然と翅を立て 圭魚 夏めきて観音膝をゆるく曲げ 三無 谷戸深き路傍の石の苔の花 久子 捩花の気まま右巻き左巻き 炳子 人の世を鎮めて森を滴れる 幸子 水音は水を濁さず蜻蛉生る 千種 夏蝶のたはむれ城主墓に罅 慶月 薫風やボールを投げてほしき犬 久
栗林圭魚選 特選句
要害の渓やえご散るばかりなり 千種 恙少し残り見上ぐる桐の花 炳子 十薬の八重に迷へる蟻小さき 秋尚 野いばらの花伸ぶ先に年尾句碑 慶月 忍冬の花の香りの岐れ道 炳子 水音は水を濁さず蜻蛉生る 千種 谷戸闇し帽子にとまる夏の蝶 久子 日曜の子は父を呼び草いきれ 久 ぽとぽとと音立てて落つ柿の花 秋尚 黒南風や甲冑光る団子虫 千種
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年5月28日 月例会 坊城俊樹選 特選句
二度廻る梓渕さんかも黒揚羽 秋尚 夏めきぬ膝に一筋擦過傷 炳子 茶席へと鳥獣戯画の帯涼し 要 万緑を黒靴下の鎮魂す 順子 美しき黴を持ちたる石畳 みもざ 霊もまた老ゆるものかな桜の実 光子 薄き汗白き項の思案中 昌文 黒服の女日傘を弄ぶ 緋路
岡田順子選 特選句
夏草や禁裏を抜ける風の色 月惑 白きもの真つ白にして夏来る 緋路 女こぐ音のきしみや貸しボート 眞理子 蛇もまた神慮なる青まとひけり 光子 風見鶏椎の花の香強すぎる 要 霊もまた老ゆるものかな桜の実 光子 白扇を開き茶室を出る女 佑天 緑陰に点るテーブルクロスかな 緋路 黒服の女日傘を弄ぶ 同 二度廻る梓渕さんかも黒揚羽 秋尚
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
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kamakurah-review · 1 year
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本日はサントリーホールマチネ、小林研一郎指揮群馬交響楽団東京公演。30年ぶりだったそうです。前半は、すっかり大家ヴィルトゥオーソとなった神尾真由子の大大大好きなチャイコフスキー、ヴァイオリンコンチェルト。大感動の名演奏でした。好々爺となったコバケンさんの寄り添い方が神技で、第一楽章カデンツァパートでは指揮棒を左脇に挟んで、さぁどうぞと神尾真由子の独壇場を演出する心遣い。低音重厚、中音豊穣、高温繊細、終始夢見心地の体感演奏ぶりでごさいました。常套句だけど、感謝感激雨霰って、こういう時に使う言葉なんじゃないだろうか。ホント素晴らしかったです、ありがとう。第3楽章が終わって神尾さんの弓が天空に舞うように見えたとき思わずブラボーと叫びそうになった、今は厳禁がエチケットなんだけど。前の座席の婦人がブラボーと書いたタオルを振り上げ振り下げしてくれて、こうするのかと納得しながら、そうそう、そうですよね、と代弁に感謝してました。本当に素晴らしかった。休憩を挟んでの6番「悲愴」が楽しみ。なんたって今日の席は、コバケンさんを見るためのパイプオルガン下の、ちょっと音は悪いけど天井桟敷場なんですから。 と、ここまで書いて、後半開始の前チャイム。 チャイコンで好々爺なんて書いてしまったコバケンさん、入場から別人になってて、なんと譜面台が片付けられていて、いつも通りの全暗譜、炎の指揮演奏開始。桂冠指揮者として群響の皆さんに尊敬され深い絆があるんだな���いうのが素人眼にも分かる一心同体ぶりで、席もいいのか、管楽器や打楽器への合図がこちらにも伝わり、一音一音、コバケンさんの指揮棒に吸い出されるように奏でられ融合して、会場全体を豊饒の海と化しているようで、この感動は、何年ぶりだろうと、ただただうっとり陶然とするばかりだった。コバケンさんも楽章を終えるたびに楽団員に頭を下げて思いを伝え、相思相愛ぶりに胸揺���ぶられ続けた。第4楽章の全休符部分は文字通り息を呑むばかりの見事さで、コントラバスが静かに静かに全楽章を謳い終わっていく音色にじっと聴き入りながら、マエストロコバケンのタクトが中空に停止した瞬間は、喝采を捧げるより、嗚咽で胸が塞がるようだった。しばし全聴衆沈黙して、嵐のような喝采。またしても前の婦人はブラボータオル。思わず涙を拭っていたら、隣の老婦人もハンカチを取り出して感涙のご様子。そうですよね、コバケンさん、群響さん、素晴らしかったです。入魂のチャイコフスキーでした。人類の遺産たるロシアの至宝を聴きづらくしている例のかの人よ、どうしてくれるのよ、とあらぬことまで頭を掠めていた。各パートへの謝意喝采享受指示の後のアンコールがなんと弦楽器団員総出の「ロンドンデリーの歌」!なんというセンス、秀逸さだろう(これについて書き始めるとキリなく、別主題になってしまうから以下略)。心のうちで、Oh Danny boyと歌っちゃいました。演奏会での感動ばかりでなく最後には平和への希求ももたらしてくださり、小林研一郎さま、神尾真由子さま、群馬交響楽団さま、ありがとうございました。明日のホームグラウンド高崎公演も追っ掛けしたくなりますが、今の自分にはそれは叶わぬ贅沢。感涙感動にどっぷり浸りながら鎌倉へ帰ります、というおもいのまま、これを書いてます。 (Suntory Hall) https://www.instagram.com/p/CozIsIzyWEK/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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jushosaku · 1 year
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#日本アカデミー賞 に関するニュース 全26件
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日本アカデミー賞:受賞作ドットジェイピー
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hina-pocch · 1 year
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I included an EN and JP version (it's read right to left like manga) I love hinakun www
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rixxrx · 1 year
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2022年を振り返る
1月
・現場はじめはSideMだったな。クラファは赤ちゃん。笠間純は四角いスイカ。あむに「りんさん笠間のときだけオペラ構える」って言われたのしぬほど笑った
・昇級試験の準備に追われつつ1/12~1/13はドラゲー後楽園。吉岡さんがタッグ戴冠したりEitaさんとかいとさんがRED追放されたり情緒終わった
・浜松行ったり吉岡さんからエンゲートの返事きたり普通に楽しかった
2月
・ふじさんめっせで吉岡さんとお話ししたりふだくんと写真撮ったり相変わらず情緒が死亡
・予算の時期と試験の時期が駄々かぶりで残業の嵐だった。特に何もしてないこの月は。多分健康でもなかった
・キモい人間にキモいこと言われて絶縁した
3月
・アンモナ行ってシャンパン2本飲ませてもらって陽気になるなどした。「朝4時だしメイク直しもしてなくてこんなにかわいいのになんで彼氏いねえんだよ」って言ってたよと言われた。死んだ方がいい。時間の割にはマシな顔してるじゃんって言いたかった。
・推しの誕生日をお祝いできてHAPPY 友達と一緒にプレゼントも送れたし今年もいい誕生日だったな〜。
・あむだらりん北海道 北海道にいてもTikTok見てるしずっとにっこり調査隊歌ってた 寿司がうまくて最高
4月
・初GLEAT@新宿FACE
・オタクと揉めてた。くそめんどくさかったなー。
・REALITYやめようとしてた。
5月
・名古屋遠征。もめたオタクに嘘つかれてだるかった。
・King of Gate2022開催。吉岡さんがYAMATOさんに勝ってて嬉しかったな〜鬼門だと思ってたから。
・大阪遠征。KOG2連戦&山村くんのお誕生日だったのでCREW5の現場。NOBUYAさんのDJ初めてきいて好きになる。懐かしい。
6月
・ピューロランド→後楽園ホール。吉岡さんがKOG優勝してたな〜〜。コーナーから指差しもらったのも懐かしい。
・Tシャツイベ。久々に応援できて楽しかったな。
・ジュール→CREW5のArk→春日部で試合見てた。
7月
・お誕生日お祝いしてもらった!この週めっちゃ枠立ててた
・誕生日興行はGLEAT@TDCホール
・ふじさんめっせ行ったなあ。
・大阪遠征の翌週?にまた大阪&神戸遠征した記憶。
・推しDJがマルチやってることが発覚して新宿で大泣きする。
・揉めたオタクに「りょうちゃんにむしされた><」と言われてクソだるくなる。
8月
・イベのTシャツ届いた!
・友達と会う。
・渋谷のモザイクアートポスター見に行った。
9月
・GLEATの横浜大会見に行ったらボタンが弾け飛んで、たまたま持ってたクソだせえ黄色いTシャツを着ることでことなきを得た(得てない)
・Splatoon3購入。こんなに廃人になるとは・・・
・プリキュアと東京ドームシティのコラボ遊びに行った。
・全日の50周年記念興業@日本武道館。死ぬほど雨降っててなんでこんな日にチケット買ったんだろうと後悔した。
・CREW5の Ark@CIRCUS Tokyo。NOBUYAさんいないから言ったけど楽しかった。unknownのDJ、最初ゼルダから始まって高まった。
・宇都宮駅ポス見に行った。
10月
・一年以上ぶりに石井さんの試合見にいった。石井さんしか愛せないことを知る。石井さんのオタクはみんなやさぐれてた。
・為替影響とかでくっそ忙しくてはじめて日曜出勤した。労働はくそ。ずっと体調悪かったもん。
・現在の好きな人と出会って一緒にスプラするようになる。
・初めて鍼治療に行く。その前に戸越銀座で食べ歩き(ほぼ歩いてない)
11月
・ボーマスに行った
・スプラのフェス参加して好きな人と累計11時間くらい遊んでた。草
・もつ鍋食べた
・好きな人を遊びに誘う
12月
・美容院→眉毛サロン・まつげパーマ
・メタバースライブイベントで推しが1位になる。させさせさせさせ
・CREW5のイベントに行く。NOBUYAさんのDJみるの5ヶ月ぶりくらいだった。バックハグされてなに?となる。
・好きな人に初めて会う。会ったら全然普通���好きになる。アウターにチョコをこぼした。最悪。気遣いができる優しい人。でもなにを考えてるかさっぱりわからなくて死ぬ。
・クリスマスに湯河原の夢十夜に泊まる。翌日はPOLA美術館。
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spunking-dummy · 2 years
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12月1日は真冬の寒さとなりました。 冷たい雨の1日に。 ここの所、雨の日が続いていて、特に火曜の豪雨は効きました。 風速5メートル 時間辺りの降水量が18ミリ。 ちょっとした台風のようです。 冠水する道路。 ドブは下から湧水のように噴き上がる始末。 気温も低くて、カッパを着て3人でam2:30〜お散歩しましたが、きっとシドさんだけでなく、梅子さんも🐻もんちゃんも、嫌だったろうな… 梅子さん🐻もんちゃんは、お部屋でトイレが出来ない。 なんでかんで、お散歩してトイレを済まさせてあげないといけません。 そんな嵐の中、ちゃんと二人共ウンチを済ませ、夕方までお部屋でお留守番です。 夕方のお散歩まで、ずっとトイレを我慢して待っています。 早く帰ってあげたいけれど、仕事が16時30分まで掛かってしまい帰宅は17時過ぎ。 それもまた、雨降りの中をカッパを着て行きます。 カッパも一枚じゃ乾かないので、ボッロボロになった、古い赤いのと青いのも、未だに捨てられずに活用してます。 もう、ホントにボッロボロ。 ビニールの被膜は剥がれてるし、全体に伸びてユルユルなんだけれど、濡れて冷たくなってるカッパを着せるよりは良いだろうと。 かくいうシドさんのカッパも、本降りだと雨を弾かずに浸透してしまうようになり、防水スプレーを吹き掛け撥水性を持たせるようにしました。 今日も朝ん歩も夕ん歩も、どちらも、また雨空。 お部屋でお留守番はホットカーペットで暖かく過ごせるけれど、ジッと丸くなってるばかりのせいか、梅子さん ご飯を食べません。 プイッてしちゃうんです。 すかさず🐻もんちゃんが2人前をたいらげてご満悦。 ゲップまでしています。 パンパンに大きくなったお腹を擦って🐻もんちゃんに声を掛けるのです。 「もんちゃん 随分、お腹が大きくなってるねー この中は、もんちゃんの幸せがいっぱい詰まってるんだねー」 寒い冬、暑い夏と、ワンコとの暮らしは大変な事も多いですが、ワンコ達が教えてくれる様々な季節のこと。 そして優しい眼差しが、与えてくれる情愛。 ワンコ達の心から嬉しそうな笑顔や喜びに瞬いている瞳からは、特別な力が与えられますね。 そんな表情が見たいから、大変なお世話も頑張れるのだと思う。 https://www.instagram.com/p/Clnx2XXv106/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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poetry-for-absence · 2 years
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ちょっと学生時代のレポート課題のテキストを載せてみます。
...
アセンブルデザインB II エディトリアルデザイン レポート
7P168806-6 唐澤 徹
●企画内容
 
・タイトル:『詩と建築』
 
・企画趣旨:建築と詩の連関を考える。建築が詩的である状態とはどのようなものかを考察する。 
 
・企画概��:建築においても存在する詩学の構造を、詩作品の分析などにより一般性をもったかたちで言述する。詩学をその原義である「ポイエーシス」と定義し、人間の制作行為一般の方法論と技術論をその問題とする。ここでは詩と建築との関連の深い音楽の分野も考察の対象とする。
 
・仮コンテンツ:①詩における建築、②詩的構造についての考察、③建築における詩、の章構成
 
・コンクリート・ポエトリー
Eugen Gomringer、新国誠一、etc.
言葉を重ねて世界を作る詩にあって、コンクリートポエトリーは図(figure)=meaningとなっている。それはスイス派などのグラフィックデザインともつながるのだが、建築で詩を成すことのヒントとなるものがあると考える。
 
・北園克衛
言葉のオブジェクト性。写真で記録のあるオブジェのシリーズである「プラスティック・ポエム」も彼の詩学であるideo plasiticyも、言葉に物性を感じ取っていたことが読み取れる。
 
・William Carlos Williams の即物性・簡潔性
・中国の詠物詩
物の観察と形式化についての問題系。言葉が物にどのようにしみこむか、物に言葉がどのようにしみこむかの考察。
・鈴木正美『言葉の建築術—マンデリシュターム研究—』の参照
オシップ・マンデリシュタームは詩を建築になぞらえて詩作していた。 
 
・入沢康夫『詩的構造についての覚書』
・北川透『詩的レトリック入門』
・マックス・ベンゼ『情報美学入門』
・リー・ウーファン『余白の芸術』
・Y・トゥイニャーノフ『詩的言語とはなにか』
・ハイデガー『詩人のように人間は住まう』、『建てる・住む・考える』
・レヴィナス『全体性と無限』のなかで家の女性性について書いているところ
etc.etc.を参照しながら詩の構造性についての定義をする。
 
 
 
建築における語り得ないもの=詩美 を語る。語り得ないものの��で沈黙するその先にあるのが詩であるから、(語り得ないものを語ろうとするとさらに語り得ないもの=詩美がでてくる。それは線形的には捉えられない。)建築における詩美とはその建築を成り立たせている形式のまわりの付随するコノテーション、レトラクトであることになる(という予想。)概念的近傍。コンクリートや木や金属の素材が、密実な物質の組成でなりたっているということがその近傍系(温度、質感、音の響き)をつくっているように、またはプランニングや構成や寸法の決定が、構成の息や見えや居心地をつくっているように。ひとつの言葉には概念的近傍(概念的レトラクト)があるように、身体にも身体的近傍(身体的レトラクト)があり、両者は写像関係にあるが、言葉と身体のどちらが先かと言えば身体である。しかし言葉などの外在物が身体を訓育することは確か。言葉が認識の構造のきっかけとなっているのは確か。ゆえに、言葉と身体の問題へと遡ることで能く建築の詩について語れるかもしれない。
  
・コルビュジェ、オーギュスト・ペレ、スカルパetc.諸建築家たちの詩への言及についての考察
・韻律と数
・数比と詩と音楽と建築
・身体的な数=リズムについて
・詩を書く建築家について(ジョン・ヘイダック、立原道造 etc.)
・詩の空間性
  
●ブックデザイン
・判型:A5判
・頁数:300p
 
 
  
 
...
レポート 
アセンブルデザインⅡA 赤坂喜顕校長
 
唐澤徹
 
 
  
朽ちた舟を描いた素描。あのリリシズムは何かな、と考えました。それで思い至ったのが、舟とは、境(しきい)への意志であるということです。それはつまり、生成のあわい=波打際=poieisへの意志だと思うのです。また、アーキタイプとしての舟のことも考えました。例えば、飛騨高山は古河町の、まつり会館に滞在したときのこと。古河町の祭りはユネスコに登録されており、その映像を見て、そのなかで、お神輿のシーンがありました。その担がれて人の波に揺れるお神輿を見たとき、ちょうど水面の波に揺れる舟のことを想起しました。古く日本へは舟で来た人々も多かったと思います。故にそのような渡来の舟の経験もお神輿という表現を産んだ素地ともなり得ているのではないかとも可能性として思いました。(そのように、ポイエーシスは人々の経験の血の流れの中に息づいているのだと思います。)また、病院の待合室で人々が並べられた長椅子に 並んで座っている様子を見たときにも舟を想起しました。そして、その病院では人々の眼差しのさきに窓があり、光があるのです。また、ヴェンダースによる『ベルリン・天使の詩( der Himmel uber Berlin )』の最後のシーンにおいて、ホメロスの名を冠された老詩人が「乗船完了」との言葉を発し映画は終わります。また、旧約聖書におけるノアの箱舟なども、元型的な舟の形象があります。また、今年の夏に滞在した高山建築学校において、友人になったご夫婦のお子さんと仲良くなり、その子が水盤に木の板を浮かべ、その上に石を乗せて人に見立て、航海の遊びを始めたのを一緒になって見ていたことがあります。そのことは何か感動的なものがありました。
  
また、赤坂先生の遍歴に思いを馳せました。卒制の敷地探しの旅において、本州の極北、シルクロードの最果てである津軽を選ばれたということには何か哀愁を感じます。日本海と交わる十三湖。雨の日は山の土の流れ込み色の変わるという。真珠貝の澄んだ色から血のような色まで、両義性をもつ十三湖。先生しか見ていない内面の風景の強度のことを思います。そして、その個人の中に宿る世界の強度が建築家としての強度なのだと思います。true architect はtrue poetであらねばならない。敷地はかつて栄えていた港町が風害により一夜にして廃墟となったところ。地震、雪、嵐、自然の威力の前の人の生の儚さ。その儚さに対する哀しみと慈愛の眼差し、そして<建築>の本懐たる、自然の猛威に対して確固たる生の基盤を打ち立てるという意志。last : 最後の・続く。これは私の常々思うところなのですが、デザインを志ざす者は人の弱さや悲しみに敏感でなければならないと考えます。私は建築デザインを通して世界をもっと優しく美しくしたい。
 
先生の卒業制作では、自然の生成変化するエネルギーと人間の作る絶対幾何学が主題です。コンセプトシートに記載されていた渦のイメージ。「vortex・渦」とは中心を持つエネルギーの結節点です。例えば銀河も渦を巻きます。それはcosmosであり、建築も一つのコスモスであることは間違いありません。その秩序の求心性を流転しながらしているのが<自然>であり、固定性を持たせて作るのが人間によるものなのだと考えます。
『 last cosmos 』では、純粋幾何学の多層構造・同時表示・通態性が表現されています。そのような事象の重ね合わせとは詩であり、赤坂先生は建築で詩を志向しているのだと感じました。また、それが意識的なのか意識的でないのかに関わらず、何か美しいものを作ろうとする人は、それぞれの独自の言語で<詩>をしようとしている、と思います。
  
NIAローマ・コンペ
西洋古典建築の語法であるパースペクティブの異化と詩的統合をしていたのだなと感じました。ワイヤーというテンションの構法も、ヨーロッパの荷重の構法とコントラストを生み、異化効果を生んでいると思います。
成田山仏教研究所 
イデアルなものと現実の建築物の関係。プログラム的な要請をコンセプトと構成の中に具現することがtrue conceptual architecture. “機能的なプログラムを、概念的な構成により秩序づけること”。その赤坂先生が仕事を取るまでのエピソードがものすごく格好良い。数ある人々がプレゼンして、おこられて帰ってきて皆ができないものを軽々とやってのけた。また、古い施設の中の子どもたちの来る図書館の機能を残していることがとても素晴らしい。新しい建築物の子ども図書室では子ども用に小さなソファをデザインしている。飛騨の古河の図書館を訪れたとき、そこのだれでもトイレに感動したことがあります。そこには、子ども用の小さなおまるがある。建築の女性性とは居を与えることだと思っています。居場所を与えること。座をあつらえること。新しい生命のためにその居場所を準備すること。生命がずっと続くように。(永遠ではなく、ずっと。「ずっと」には慎ましい祈りが込められています。)
 
R-竹中技術研究所
12mグリッド。カーンも採用していたというスケール。構成要素の接合部に立方体を配し、オブザベートリーな場を設ける。軸=眼差しの意志。直径153mの円が各プログラムを統合する。orchestaration = 統合のマニエラこそが建築術。
 
テクニカルなもの・マニエラへの態度 
・バックマリオンとフロントマリオンを配することによるゆらぎ
・直行グリッドを避ける
・硬直性ではない「表情」や生命感。 村野藤吾先生からの教え
など、幾何学を用いながらゆらぎや多義性を志向している。硬直を避け、可能性を可能性のまま享受するという、吉田五十八建築の「いき」性とも通ずる。
 
ヴェンチューリ「安易な排除より困難な統合を」
両義性や反立物の統合、詩的多義。
詩とは現実の意味のmulti-meaning, parallel-meaning の言葉への写像である。
では、その言葉が物へと写像されたならば?そのとき建築物は詩と成り至る。
 
 
先生のミースへの理解
『柱』ギリシアから連なる古典的なオーダー それを消滅させたかった。しかしできなかった。「イカロスのような生き方、神へもっとも近づいた建築家」
バルセロナ・パヴィリオンにおいて
柱は見えない十字のグリッド。表層に見えて実体。対して、オニキスや乳白ガラスは強い物質性を持つが、それはストラクチェアではなく、記号的表層。バルセロナ〜においては十字柱の中央部のディテールはアールがついている。そこにおいてストラクチュアは実体だけどそう見えない、実体なのだが、表層にしか見えない。実体と表層が入り乱れている。実体と表層の通態的表示。コルビュジェのドミノよりも深くpoetic (=多義的、通態的)
 
テューゲントハット邸においては、十字柱の中央のディテールは直角。対して、角はアールがついている。それにより、柱は消えてゆく。ここでも十字柱は表層的実体であり、オニキスの壁は実体的表層である。柱は消えてゆくことを志向するが、バルセロナと異なり、その柱には求心性が与えられている。そこでもDaseinとAbwesenheitの、生成と消滅の通態的拮抗が生まれている。現実の多義性と通態性、可能世界の様相を一つの限定された形にするとき、絵画でも、写真でも映画でも、建築物でも、音楽でも、それは詩となる。詩こそが究極のリアリティの写しである。
 
ファンズワース邸
柱が外に付く。それは、内発の去勢。
  
ピエンツァ・トスカーナ ルネサンス
ピウス二世が理想都市として設計
逆パースと立体グリッド:床のペイヴのグリッドが立面に立ち上がる
 
ジュリアーノ・ロマーノの聖堂 均質空間 ガラスで風景に開く 閉じずに風景に開く
 
ペトラルカが眺望を得るために山に登ったが、ピウス二世ではバルコニーにより風景へ応答する。それ以外はプラトン的な作り方。
 
軸芯をずらす ゆらぎ
動きを作る テラーニ カサ・デル・ファッショ
柱間において、中と外で軸がずれる。運動、活性化、高等な頭脳を持ってして作られている。
韻律 abba シンメトリーを使いながらズレを重ねる。これはエストニアの作曲家アルヴォ・ペルトにも通じるものがある。
エストベリ ストックホルム市庁舎 軸のゆらぎによる「かるさ」。不安定の美。微妙なリズム、音のズレ。それがゆらぎあるハーモニーを生み出す。タクトゥスとリトゥムス。凍れる音楽。視覚的に音楽的な見えを作る。
アアルト 夏の家
天からの力によりバタフライルーフになっているが、屋根の谷とプランの軸がずれている。リビングの窓と炉との軸がずれている。
桂離宮 日本にも遠近法はあった。逆パース。軸のゆらぎ。
 
先生はそれらの歴史的読み込みとしてマニエラを発展させていった。 
過去の人々がやらなかったことをどうやるか、がテーマだと先生はおっしゃりました。コルビュジェの「私の師は歴史である」との言葉を引用して。
 
オーディオテクニカHQ
コルビュジェのドミノとシトロエンの統合
軸組空間(=柱空間 そこに壁を自由に入れてゆく) と壁式空間(=両サイドに壁、その間に床を自由に入れてゆく)
コルビュジェはラトゥーレットにおいてドミノとシトロエンの並置をした。しかしここではmixされていない。
オーディオテクニカHQでは、プレキャストの壁は実体に見えて仕上げ。ストラクチュアは内部の柱。柱は表層に見えてストラクチュア(=実体)コールハースは、構法が変わると表層と実体の関係も変わってくると理解している。モビーディックのモチーフ。親クジラ、子クジラ
研究棟と事務棟で床レベルがずれている スキップフロア
コーナーが閉じるのを避けている、サイドコアウォール ブリッジコアは浮いている、
消防の進入口などの要請もデザインとして解いている
ギル 風、光 ルイス・カーン 重くなるのを避けるため、直行グリッドを避けている
開講のプロポーションは高さ1800mmで、これは京都の角屋のものである
知性と教養の豊穣こそが幸福な建築を作るのだと確信しました。 
 
...
レポート
アセンブルデザインⅡA 講師:保坂猛 先生
唐澤徹
光について。
建築家には、それぞれの光についての認識があるように思われます。ルイス・カーンには光と物質の形而上学があり、それは作品をみるとその形而上学が、ある真実を掴んでいるということを思わせます。ピーター・ズントーもエッセイの中で光について書いています。光はその場所の感情に大きな影響を与えます。『オランダの光』という、オランダの光と美術にまつわるDVDを観たことがあります。そこでは、フェルメールやレンブランドの絵画など、その地域で人々により作り出された形が、その土地の光と大いに関係があることが美しくまとめられていました。人と同じように光もその土地に生きていて、人々により呼吸されているのだなということを感じました。そして、人が人に影響を与えるように、光はもっと無辺に人々に影響を与えているのであろうとも思いました。過去に、保坂先生に「先生にとって光とはなんですか」とたずねたら「光とは愛です」とお答えいただきました。そのこたえはとても先生らしく美しく、心に残りました。そのことから、世界の事象は人の言葉ではない何らかのテクストであり、それは人の言葉に翻訳可能なのかもしれない、との直感を得ました。しかもそれは科学の分析的な言語ではなく、詩のような感覚で。
世界モデルについて。
人のつくりだす形は、すべてなんらかの世界認識の表出であると思われます。その点で建築の魅力を決定するのは、設計者の世界への感覚・感受性であるのだと思います。先生の『love house』設計時の創世記と敷地条件に即したドローイングは、最もミニマルな世界モデルであり、<世界>の感覚を感じます。世界モデルとは、形而上的な意味での<構造>のあることであると考えます。
箱庭療法において作成される「箱庭」も作成者の世界モデルであり、世界への認識の投影です。そのようなことから、この世界はつくられてはまたこわされる神さまの箱庭なのではないかな、とも想像したことがあります。
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箱庭
 
 
人の世界は神さまの箱庭 
砂を あつめ くずし
永遠の者の 
時へのたわむれ
神さまには本当に名前がなくて
それでも
それゆえ
知らずのうちに知っている
不在ゆえの遍在を
名のなきゆえの
すべてであることを
世界の
内と外とを照らす
光、
速力。
有限と無限をつなぐもの
 
言葉、
一つの。
...
レポート
アセンブルデザインⅡB 講師:前田圭介さん
唐澤徹
講義を受けて、前田さんの、自らの生まれ育った土地やそこから派生してゆくインターローカルなあり方に共感しました。ノマディックな無名の都市生活者になることも魅力的ですが、やはり自らの生まれ育った土地や、そこで過去を暮らしてきた人々の記憶に根ざすことは建築家にとり大きな力になります。私は群馬県の渋川市(旧小野上村)出身で、たまに実家に帰ると都心では見られない山々の風景や綺麗な空が印象的です。ジェネリックなアーバニズムにより引き起こされるのは風景の無個性化であると考えているのですが、地方までもがそのような都市の原理により構築されてゆくのは仕方がないのかなとも思いつつも歯がゆいです。最近、実家近所で高架道路の建設が進んでいます。現場作業中に大規模な遺跡が見つかったのですが、記録だけのこして場所の現物はそのまま橋脚の下に埋められていきました。
人々の集合の原理には多くの種類があるべきであると思います。風土が違えば人々の見てきた風景も違うのですし、ゆえに考え方や文化も異なります。ゆえにそれらの微差をひとつの原理で覆うことは暴力でもあり得ます。その問題を考えるには歴史のプロセスのすべてをなぞり、それぞれの良い面、悪い面を考えるべきなのでしょう。その点で「モダニズム・近代」とは熟慮すべきものなのでしょう。モダニズムとは、インターナショナルスタイルとも繋がるように、世界のユニヴァーサルなスタンダードを用意したとも思えます。そのような共通言語を用意したために世界でスムースなコミュニケーションが取れるようになったとも思えます。主要な大学の建築教育は、ほとんどがモダニズムの系譜においてなされてきました。しかし、それは世界のあり方のいくつもの可能性の芽を摘み取っていることになっているように感じられます。
そこには美学や倫理などの建築にとってのアルターエゴが介入しなければいけないのではないかと考えています。しかもそれは、日本的な混交的ハイブリッドなものであって然るべきなのだと思います。さらに個人的には、暮らしのなかで培われた身体の知性が重要なものになるのではないかと考えています。たとえばある地域で了承されるデザインにはその地域に必然的なデザインのフォーム・身振りがあります。それは普遍化できないし、完全に言語化もできない。空間のプレゼンスで示すしかないのでしょう。
 
空間のプレゼンスに関して、建築の公共性について考えさせられました。『群峰の森』の完成により、前面道路が気持ちの良いジョギングコースになったり、『アトリエ・ビスクドール』では、外庭が完全に閉じず、外部からは緑の足元が見え、かつ内部からは外部の視線は遮り、足元から外部の気配を感じるというように、大々的にコミュニティを謳う設計とは異なる共同性の在り方が感じられました。その点から、それだけ建築物がまわりの環境に影響を与えるということであり、それゆえに建築家には世界をより美しくしうる可能性と、同様にその責任があるのだなと思いました。
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レポート
アセンブルデザインⅡA 講師:奥山信一さん
唐澤徹
<アーキテクチュア>、<建築>の概念について考えさせられた講義でした。ルイス・カーンが「建築作品は<建築>のスピリットへの捧げ物である」と述べるように、それは私たちの日々の健闘によりその円周を広げてゆくものなのでしょう。ArchitectureとはArche(始原、原理)の意味も含まれるゆえ、その起源にひと連なりであることが建築作品のオーセンティシティであるのでしょう。そのことは磯崎新氏も論考を書いており、西洋建築においてはルネサンス期におけるパルテノンの廃墟や日本においてはイセなど。(氏はイセにおいては始原が虚体であると捉えたようですが。)サマーソンが古典主義建築とモダニズムの関連を問うたのもそのような、オーセンティシティの意識からなのでしょう。しかし、私にはそのような意識がノルム・規範となることはすこし怖いことのように思えます。世界とは混交によるハイブリッドです。それは文化的にも技術的にもそうですし、一絡げにひとつの原理でまとめることは到底できることではない。
 
現在の建築教育の現場のほとんどはモダニズムの流れを汲んでいます。しかし、風土はそのモダニズムをきちんと身体化できているのかどうか疑問です。産業の機械化に端を発するモダニズムは資本主義とあいまり、現代では、資本の増殖に付和雷同する建設のあり方はほとんど都市化と同義になっています。そのような単一の原理が世界を覆うことは先が無いと思えます。わたしはアルヴァ・アアルトに共感を覚えるのですが、そのひとつにローカリティの問題があります。近代建築運動の興ったドイツやフランスと比べれば、ヨーロッパの辺境であった場所で独自にモダニティを変質させ、特別なものを彼が作ったことはとても意義深いものであると思います。地域性の問題に関して、現代ではレム・コールハースは、ルーラルなものまでも都市の論理で構築されていくことに異を唱えています。また、中国のWang Shuは中国の地方の開発を評して、「都市の原理と土地の原理と、これらまったく別の世界が存在している」と述べています。合理性ということばがありますが、その合理性が水の合理性や土の合理性、火の合理性や風の合理性など、自然の合理性に適うとき、初めてひとは世界と軋轢を生まずに生きられるのではないかと思います。わたしは都市化とほぼ同義である資本の増殖に付和雷同する建設のあり方に疑問を抱きます。もちろん経済合理性は無視できません。しかし問題はその論理が何を則・倫理とするかということです。経済とは貨幣の交換により共同性を築くことであると理解しています。それはちょうど生態系のようなものであるとも思います。のようなもの、というより、人類が資源とエネルギーを自然から得ているがゆえに生態系の在り方の一形態なのだろうと思います。ゆえにその則・倫理を自然に求めるのが地球上の生物の一員である人間にとってふさわしいのでしょう。自然の秩序世界でおもしろい点は、単純な要素やルールにより複雑で多様な豊かさがうまれているところです。建築の在り方についての価値観もそのように多様であってもよいのではないかとも思います。それは建築教育の現場にこそあってほしいものに思えます。
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レポート
アセンブルデザインⅡB 講師:田中隆吉さん
唐澤徹
ホテルのホスピタリティについて。
ホテルとは旅が関連する。旅と聞くとボードレールの詩を思い出す。
 
  地図と版画が好きな少年にとって
  世界は格好の好奇心の的だ
  ランプの光の中では大きく見え
  記憶の目には小さく見える
  ある朝我らは船出する 頭をほてらせ
  心中には憤怒と 苦い欲望を抱きながら
  波の脈動にまたがって我らは進む
  有限な海の上で無限の思いを揺らめかせつつ
  ある者は忌まわしい故郷を捨てることを喜び
  ある者は恐ろしい親から逃れることを喜ぶ
  またある者は星占いをしながら女の目の前で溺れ
  外の者は危険な匂いを立てるキルケを演ずる
  
  豚に変えられてしまわないように みな
  空間と光と燃えさかる大気の中に飛び出す
  氷にかじられ 太陽に焼かれ
  接吻のあとも次第に消える
  
  だが本当の旅人とは旅のために旅する人
  心も軽く 風船のように
  旅の行き先などとんと無頓着で
  わけもなくただいうのだ 進んでいこうと
  
  欲望をむき出しにして 移ろいやすく
  不確かだがすさまじい快楽を夢見る
  まるで戒律を書き集めるかのように
  そんな人間を何と呼んだらいいか 誰も知らない
 
すさまじい詩である。この詩を最終詩とした『悪の華』は、冒頭の詩で近代人への冷笑的で皮肉な眼差しが向けられている。現代の日常を暮らす私たちが、もしこの『旅』で描かれているような存在だとしたらなんとおそろしいことであろうか。しかしあながち間違いでないことは、ハワイや東南アジアの美しい海がリゾートホテルの客などによるゴミで埋め尽くされている様をみれば理解できる。ちなみに『悪の華』の冒頭の詩はこうである。
読者に
愚行と 過失<あやまち>と 罪過<つみ>と 吝嗇とが
われらが精神を領し 肉体を蝕みて
乞食どもが虱を養うがさまにも似て
われらは心地よき悔恨を肥え太らす
われらが罪過は斥け難く 悔恨は揺らぎ易い
告解により罪の報いは贖われて余りあると慢心し
卑しき涙に一切の穢れを洗い流したものと妄信し
われらは嬉々として汚泥に塗れし道へと舞い戻る
悪の枕辺に現れし者はサタン・トリスメジストス<悪霊の頭たる錬金術神>
魅入られしわれらの精神を緩やかに眠りへと誘う
そしてわれらが意志という名のこの貴き金属さえ
この博識の化学者の手によりことごとく煙と化す
われらを踊らす操りの糸を握る者こそは悪魔!
忌まわしきもののうちにわれらは魅力を見出して
腐臭漂える暗黒のうちを恐れも知らず横切りては
われらは日ごと地獄の方へと一歩ずつ堕ちてゆく
喩えるなら年老いた娼婦の打ち拉がれし乳房へと
接吻<くちづけ>ては齧りつく貧しき放蕩者にも似て
われらは道すがら人知れず快楽を盗んでは
古びた香橙<オレンジ>を搾るがごとく 力を込め搾り尽くす
われらが頽廃の脳髄のうちに巣食う悪霊の群れは
数知れぬ蛔蟲のごとく 蠢き 歌い 酒宴に興じ
われらが息をつくたび 死は大河のごとく
鈍い嘆きの声とともに肺腑へと流れ落ちる
強姦 毒薬 短刀 放火が
われらが憐れむべき運命というこの陳腐なカンヴァス<画布>を
いまだそれらの愉快なる図柄もて飾りえぬならば
悲しいかな! それはわれらが魂の怯惰のゆえだ
だが ジャッカル<金狼>や豹 牝狼に猿
蠍に禿鷹 また蛇にも似た
われらが悪徳の群れ集う忌まわしき見世物小屋の
啼き 吼え 唸り 這いまわる怪物どものうちに
ひときわ醜悪にして 悪意に充ち 不浄なる者がある!
それは大仰な身振りもせず 大きな声も立てはせぬが
ややもすればこの地上を廃墟と化すやもしれず
欠伸<あくび>のうちにこの世界を呑み尽くすやもしれぬ
それこそが倦怠!ーー眼には心ならぬ涙を泛べ
長き煙管を燻らせながら 断頭台の夢を見る者
ご存知であろう 読者よ この気難しき怪物を
ーー偽善の読者よ ーーわが同胞よ ーーわが兄弟よ!
「ホテルは貧乏人には設計できない」と、ある建築家が言ったと赤坂校長は述べた。それならばわたしはそのような生まれでは無いのでホテルを設計することはできないだろう。
われらを踊らす操りの糸を握る者こそは悪魔!
忌まわしきもののうちにわれらは魅力を見出して
腐臭漂える暗黒のうちを恐れも知らず横切りては
われらは日ごと地獄の方へと一歩ずつ堕ちてゆく
私は世界がさらなる地獄にならないように努力するのみだ。
…とまあ、そのように腐ることもないのだろう。世界の良い側面を見てみる。
飛騨市古川町に滞在した時に宿泊した小さめのホテル(飛騨ともえホテル)は、豪華ではないがあたたかな真心がはしばしに感じられた。その夜は高山建築学校のサマースクールを終えてどろどろに疲れていた。しかも滞在していた古民家を改築した校舎は風呂のシャワーがなく、共同生活ゆえに湯船につかるのも制限されていた。そのうえ日々の制作の肉体労働により体は筋肉痛。そんななかで、いままで日常の生活であたりまえに使っていたシャワーや湯船、そして柔らかなベッドは、なんの変哲も無いものであったが心身にしみいるものがあった。そして、簡素だがとても居心地の良い部屋の大きさで、また、窓からは山々が見え、とても素晴らしいものだった。朝食にも細やかな心配りが感じられた。一人用の小さな座敷に通され、小鉢がたくさんのもので、全体の量も多すぎず少なすぎずちょうどよかった。それと宿の方々も良い距離感で押し付けがましくなく、好感を持った。ツイン6000円くらいの廉価な宿であったが、とても満足して後にした。
ホテルとは旅と関連があり、それゆえに日々を過ごす土地とは別の文化や空気感を味わう貴重な機会を提供する場所である。また、自らと同じく旅で訪れた人々との交流も魅力的なものだろう。飛騨ともえホテル滞在時には、宿泊客とは話すことはなかったが、そこを拠点に古川の町を散策し、和ろうそくの職人さんの話を聞いたり、写真館を訪れて話を聞いてみたりした。古川の町の方々はやわらかでやさしく、なるほど、美しい景色のなかに住まうのならば心まで美しくなるのだな、と感じた。心が美しく澄めば、その人の手により作られる形も自ずと美しくなるだろう。
飛騨の空は澄んだ光で満ちていた。
ピーター・ズントー の、スイスの山の小さなホテルについての記述には人間の優しさを信じたくなるような美しい親密さを感じさせる。そこでは食事を準備するにおいや、空間のなかでのひとびとの親密な会話や、または山の新鮮な空気を感じさせる。
私の生まれは群馬県の渋川市(旧小野上村)であり、温泉地が多くある。四万温泉は穴場の温泉街であり、旅館「たむら」はその土地の古い旅館である。そこには何度か宿泊したことがあるが、岩風呂の温泉が素晴らしい。土地も山間にあり静けさに満ちている。
私の実家のある土地にも小野上温泉という名の温泉があり、また「サンおのがみ」というホテルもある。しかしそのホテルはよくデザインされているとは言い難い。また、小野上温泉の浴場も、渋川市への合併により、無機的な「施設」になってしまった。以前は野趣あふれる岩風呂の作りで、素材感もよく情緒もあった。幼い頃には祖父と毎日のように通っていた。そのような思い出と愛着のあった場所がジェネリックな場所になってしまったのはとても悲しい。それがかつて指摘されていたフラット化してゆく世界であったのだろうが、現在、世界のモメントはギャップや差異の時代になろうとしているように感じられる。差異の認識とは発見のことであり、その需要はなにかを学ぶということである。建築も、そのように、土地土地の文化や風土の微差に敏感であることが求められるだろう。それは旅というもの、つまり差異の只中へ飛び込むことを受け入れるホテル・宿というものにこそおおきく当てはまるだろう。
...
memo:
多摩美の久保田晃宏先生の授業で地球外知性のために何かをせよ、といわれたので詩をつくることにしました。考察です。
......
地球外知性のための詩について
 
地球外知性のための、詩という有意な構造性をもつまとまり・objectを考えるときに、問題となるのがmediumである。ピクトグラムをミニマルに人工的に設計し、コード変換して文字をつくることや、直接に音や電磁波のコードを用いることが考えられる。または、宇宙にあまねく存在する原子(水素か?)または、、否、情報を担うものとしてのピュリティがなくてはならない。
メディアはそれらを用いるとして、<詩>を成り立てせている条件を考えなくてはいけない。まず、poetryにはRaumがある。独自の時空間が包含されている。それは、poetryとcognitive structureの相互包摂により生じる。メディウムによらず詩を考えるとなると、それは<詩についての詩的発意> = poetry of poetryとなる。poetryから偶発的事象をとりのぞき(それこそがpoetryの生命でもあるのだが。弱い構造、イマージュ、生命、息吹……)そのエッセンスをとりだすと、数学的構造(強い構造、骨格)、しかも、aritmos(数→韻律)とtopos(場→空間)となる。
定義1.
詩=韻律性(rithmus)と空間性(topos)によるピュアなオブジェクト
 
<ピュアな>にも色々とある。
・アリストテリックな線形的論理 =意味
・散逸系 ref.マラルメ
・多層構造 ref.ボードレール
これらは数・要素同士の関係性(トポロジー、論理学、様相論理学)へと接続するのではないか。———---structure
<ピュアな>という言明は様態(mode)のことであり、今作品では定義1の構造性における主題と変奏となるというわけだ。
  
modes
 
詩とはレタス(襞構造)
詩とは髪をすりぬけるシャワーの水(fluidality)
詩とはタオル(envelope)
詩とは仄暗い部屋(topos)
詩とは光の当たるカーテン(多層・重曹・複層)
詩とは抱きしめ合うこと(emotion)
詩とはみつめあうこと(指向性)
結び目(サントーム)
こうして<生のすべてが詩>となるわけだ。(生のすべて=現実の事象の構造性)
 
それら現実のmode 様態の抽象的記述は音楽のpoeticsへも接続する。音楽の構造とは、人間の聴構造etc.の身体構造により規定された美的構造である。
(美的、とは快原則に響くものであるとする)
(その快原則にも作用機序があり、)
(多くの上部構造が次々に現れてくる)
空間とは視覚、身体の動き、聴覚により定位される(ref.VR)
オルゴール、ピアノシート、パンチカード(コンピューティングにおける)
は今作品のモデルになりそうだ。線形的構造(共時的構造ですら通常の意識様態においては線型性におとしこまなければならない)
<目的>に人類という存在の知的レベルを示す、とするならば、人類による<観察>というアティテュードを詩により示すのがよいだろう。観察と分析と制作(compose,construction)というものは物質的存在・精神的存在という複層的なあり方をするひと���よく表し得ている。レオナルドが自然を観察し、スケッチしたように、自然の物理的構造性を象徴化してサントーム(=結び目)をつくり=詩化、それを作品とする。それは詩において図象と音楽が構造的に重なり合うばしょである。(コンクリートポエトリー的でもある。)
---
けど、ここまでかんがえてきてパッと『蝶がとまる詩』ってちょううつくしいのでは、とおもい、それを設計して提出することにします。詩は詩で書いてインク印刷して、そこに紫外線塗料で花のような求心的な絵をかいて、というもの。蝶は人間外知性、ってことで。
---
『蝶のとまる詩』
弱くやわらかな花
羽根
はかなきうつくしさは
はかなきうつくしさと結ぼるる
  
光に透ける花弁の
薄くまとわる微風の層に
透きとおる羽根の
紋様がかさなる
 
そのひととき
世界は黙して
眼差しをそそぐ
 
甘やかな密約により
結ばれた
ひとつの結ぼれに
...
アセンブルデザイン1B (講師:東京R不動産 林先生) レポート
7P168806-6 唐澤 徹
 
 この授業では、不動産という今までの私にとり建築設計の前・もしくは後の段階での取引を扱う営みであったものが、積極的な価値の創造を生みうるのだということを気付かされた。それらを特にあげるとすれば、
・価格や投資と賃料などの不動産的視点からデザインの提案をできること
・デザインの価値から不動産の価格を設定できること。
・情報デザインとリフレーミングにより潜在的な顧客を顕在化させること。
・社会問題を経済的なロジックでもって解いて、美しく組み直してゆくこと。
などである。その中でも特に建築的営みと経済の関係について考えるところが多かったので以下に書きたく思う。
 実践において経済的な采配を取ることは、人々の生活をニュートラルに設計してゆくことに有効
である。しかし、私はそれはあくまでも手段だ(であってほしい)と考える。人々の暮らしの風景は、その共同体の成員の間のコモンセンスにより決定される。東京の風景が賃料によって決定されるというのはある側面では真実かもしれなく、例えばヨーロッパにおける文化的ナラティヴのような共通の物語を資本主義の中での消費に見出しているきらいがあるという点に尽きるだろう。(もちろんそれだけが共通の物語ではない。)
 私たち個人は衰え死んでゆく。しかし人々の共同体はそうではない。ただし、それが私たち一人一人の死の絶対性を理解した上で、かつ私たちの生存の基本的な条件を把握した限りにおいてである。そして、その共同体の新陳代謝を司るのが経済活動である。私は、建築は社会正義として実践されるべきであるという立場をとる。そして、建築物は資産であるゆえに経済性とは切りはなして考えることはできないだろう。しかし、建築には経済性を超え、固有資産性を超えた共同性を獲得してほしいと強く願う。そこには生の詩が必要である。実存の感受・リアリティの濃縮である詩の感覚は、個の死の限界の中での有限の生のかけがえなさと、個の限界を超えた永遠への予感と憧れを呼び起こし、それにより駆動された経済は人々の生活を美しいものにする。要約するならば human wellbeing 幸福 のために建築的営為はなされるべきであろう。
 ヴィム・ヴェンダース『ベルリン天使の詩』の中で、ホメロスの名を冠された老詩人は”人々は平和の叙事詩を歌うことを忘れてしまった”と述べる。人類の共通の物語、それは喜びの叙事詩となるものであるはずだ。
 そのためにも王道の建築学が求められる。アルヴァ・アアルトは、「建築学とは人間の営みの全てを含んでいる」と述べている。新しいリアリティ、新しい美、人類学的な感受性、など、広範な関心を持ち適切な範囲での美的実践をなしていきたいと思う。
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s1867038 · 2 years
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pokepika-0 · 6 years
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中の人つながり。 三角&嵐真。
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pocchan-art · 6 years
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I drew this based on Cosmo's line on Ranma's birthday LOL
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leenaevilin · 2 years
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[Announcement] ジュエルステージ『オンエア!』(jewel stage on air!)
the show will be running from June 3rd, 2022 to June 12th, 2022 (Tokyo) @ 東京ドームシティ シアターGロッソ (Tokyo Dome City Theater G-Rosso)
Cast:
MAISY
Kita Tsutomu as Koujou Arata (光城新多) Shimazaki Hiromichi as Morishige Yuuna (森重優那) Oomi Yuuta as Aizawa Shin (愛澤心) Yuuki Kazuya as Kokuyo Mamoru (黒曜護) Fujiki Sora as Kamiya Inori (神谷祈)
Prid's
Imai Shunta as Kisaki Chihiro (輝崎千紘) Nojima Daiki as Isshiki Aoi (一色葵) Matsui Kenta as Sakurai Momose (櫻井百瀬)  Kitano Satsuki as Kichijou Nanao (吉條七緒) Abe Touya as Kisaki Hotaru (輝崎蛍)
Hot-Blood
Mihara Daiki as Miyabino Tsubaki (雅野椿) Nogochi Yuusuke as Kagaya Ren (加賀谷蓮) Todate Taiga as Toba Kasumi (鳥羽霞) Yoshida Takuya as Tachibana Outa (橘央太) Abe Daichi as Touma Rin (藤間鈴)
Re:Fly
Nagatsuka Takumi as Aoyagi Mikado (青柳帝) Iizuka Tomoki as Yarai Rikka (夜来立夏) Miyauchi Iori as Ukima Shirou (浮間志朗) Ogura Ryousuke as Henmi Sora (辺見宙) Yoshizawa Tsubasa as Amahashi Yukiya [COSMO] (天橋幸弥 [コスモ])
エメ☆カレ
Shiraishi Kousuke as Hinase Midori (雛瀬碧鳥) Masaki Kaoru as Miake Sawa (見明佐和) Ootomo Shion as Onoya Azuki (小野屋あずき) Ookubo Tatsuki as Tenjin Haruto (天神陽人) Abe Shun as Kanmuri Ranma (冠嵐真)
drop
Sakamoto Youshun as Hashikura An (橋倉杏) Akama Rai as Shirayuki Rei (白雪零) Kitahara Tokia as Amachi Sairi (雨知祭利) Nakamigawa Toshiki as Miwa Tomoe (美和巴)
Teacher
Kawakami Shouta as Areki Sae (荒木冴)
homepage twitter natalie
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cctrain0722 · 3 years
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焚き火と自然を堪能するキャンツー!行ってきました。~その2~  (緊急事態宣言前の出来事を振り返る)
キャンプ帰りは季節外れの雪が混じるような嵐…温泉宿でゆっくりしたのち、折角なのでエゾヤマザクラや景勝地を巡るまったりツーリングへ。
今まで何度も摩周湖には来ていますが、あんな綺麗に真っ青湖面が見られたのは初めてだったかもしれません。遠くに見える冠雪斜里岳と雲海が見事!そしてサクラも満開!!
エゾヤマザクラは花と同時に葉も開くので、真っピンクな時季は本当に短い。 そのタイミングを相棒と楽しめた…【たまらん】思い出です。
一枚目【焦点距離】58mm【ISO】64【SS】1/400【F値】/8 二枚目【焦点距離】58mm【ISO】64【SS】1/500【F値】/5.6 三枚目【焦点距離】85mm【ISO】64【SS】1/2000【F値】/2.5 四段目左【焦点距離】85mm【ISO】64【SS】1/640【F値】/5 四段目右【焦点距離】85mm【ISO】64【SS】1/50【F値】/4.5 六枚目【焦点距離】85mm【ISO】64【SS】1/500【F値】/4.5
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