Meiko Kaji (梶芽衣子) and Hoki Tokuda (ホキ徳田) in Blind Woman’s Curse (怪談昇り竜), 1970, directed by Teruo Ishii (石井輝男).
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【かいわいの時】元禄六年(1693)八月十日:井原西鶴没 (大阪市史編纂所「今日は何の日」)
西鶴は元禄6年(1693)に亡くなったが、その墓は長い間不明であった。明治20年を前後するころ誓願寺境内で発見され再興されたという。発見者についてはいくつか説があり、幸田露伴であるとも、朝日新聞記者の木崎好尚であるともいう。
(1693年)下山鶴平・北條団水、西鶴の墓を建立
墓石は位牌型の砂岩製のもので、「仙皓西鶴 元禄六癸酉年 八月十日 下山鶴平 北條団水 建」と刻まれている。この墓碑を建立した下山鶴平については、西鶴の版元ではないかといわれている。北條団水は京都生まれの文人で、橘堂、滑稽堂と号した。西鶴を慕って来阪し、西鶴の死後7年の間、鑓屋町の庵を守ったことで知られている(大阪市指定文化財)。
(1801年)太田南畝(蜀山人)、書肆山口屋の案内で西鶴の墓に参る
寺町をすぎ 誓願寺に入る、甃庵中井先生の墓あり《略》 此寺に西鶴か墓ありと書肆山口屋かいへるによりて墓はらふ下部にとふに志らず、つらつら墟墓の間を見るに一ツの石あり、仙皓西鶴とゑれり。右のかたに元禄六癸酉年八月十日としるし左の方に下山鶴平北条団水建と有り。也有翁の鶉衣にも、作文に名を得し難波の西鶴は、五十二にして世を去給ひ「秋風を見過ごしにけり末二年」といふ句を残せりとかけり。げに八月に終りぬるには折からの句成へし(太田南畝)。『葦の若葉』四月廿一日条より。句読点後付け。ママ。
(1802年)滝沢馬琴、太田南畝に紹介された田宮盧橘の案内で西鶴の墓に参る
西鶴が墓は、大坂八町目寺町誓願寺本堂西のうら手南向にあり。〈三側目中程〉七月晦日蘆橘と同道にて古墓をたづぬ。はからず西鶴が墓に謁す。寺僧もこれをしらざりし様子なり。花筒に花あり。寺の男に何ものが手向たると問ふに、無縁の墓へは寺より折/\花をたつるといふ。
棹石高サ二尺余ヨコ一尺 台石高七八寸 大字 総高サ二尺八九寸
元禄六 癸酉年八月十日
仙皓西鶴
右ノワキ 下山鶴平 北条団水 建
團水は西鶴が信友なり。西鶴没して後、團水京より來り、七年その舊廬を守れり。そのこと西鶴名殘の友といふ草紙の序に見へたり。追考 難波鶴に云。西鶴は井原氏、庵は鑓屋町にあり(滝沢馬琴)。『羇旅漫録』より。句読点後付け。(写真参照)
(1889年1月)幸田露伴、誓願寺無縁墓にある西鶴の墓を探し当て、卒塔婆を立てる
露伴は住職に供物を出して、 お墓をちゃんとしてほしいと言い、香を焚き、水を手向け、卒塔婆を立てて去るわけです。それが、明治22(1889)年の1月のこと。その卒塔婆には、「元禄の奇才子を弔ふて
九天の霞を洩れてつるの聲」と書いた(肥田晧三)。「上町台地から本をめぐる時空の旅へ」『上町台地フォーラムvol.9』2018より。
(1889年8月)尾崎紅葉、西鶴の墓を訪れ、卒塔婆を残す
紅葉も、同じ明治22年の8月に西鶴の墓を訪れ、「為松寿軒井原西鶴先生追善」と書いた卒塔婆を残した(肥田晧三)。
それではなぜ、この二人は西鶴を知ることになったのか。露伴は帝国図書館、今の国会図書館にあった西鶴の本を随分と勉強したんです。また当時、東京に淡島寒月という人がいましたが、彼は時代に先駆けて西鶴を評価し、自身でも作品を手元に持っておりました。その寒月と仲が良かったのが露伴で、彼の西鶴作品を借りて徹底して読んだわけです。紅葉も、露伴に遅れてですが、やはり淡島寒月から西鶴の作品を教えられたんです(肥田晧三)。
(1889年11月)木﨑好尚、読売新聞に「西鶴の墓」を寄稿
大阪朝日新聞の青年記者だった木﨑好尚は、後に頼山陽や田能村竹田の研究で知られるようになる人です。この人が、明治 22 年にやはり誓願寺に行くわけです。すると新しい卒塔婆が二つ西鶴の墓に立てかけてある。一つは幸田露伴、一つは尾崎紅葉。それで、大阪の青年がびっくりするんです。東京の輝かしい新進の作家二人がここに来ている!大阪の自分たちはちっともお参りせんのに、あの二人が西鶴の墓にお参りしていると。そして 明治22年11月に、東京の読売新聞に「西鶴の墓」という題で書く んです(肥田晧三)。ママ。木崎が朝日新聞に入社したのは明治26年(1893)。
(1889年11月)幸田露伴、「井原西鶴を弔ふ文」を雑誌『小文学』に発表
露伴もまた、「井原西鶴を弔ふ文」という題で、明治22年11月に雑誌『小文学』に発表します。「今や露伴幸に因あり縁ありて、茲に斯に來つて翁を吊へば、墓前の水乾き樒枯れて、鳥雀いたづらに噪ぎ塚後に苔黑み、霜凍りて屐履の跡なく、北風恨を吹て日光寒く、胸噫悲に閉ぢて言語迷ふ。噫世に功ありて世既に顧みず、翁も亦世に求むるなかるべし。翁は安きや、 翁は笑ふや、唯我一炷の香を焚き一盞の水を手向け、我志をいたし、併せて句を誦す、翁若し知るあらば魂尚饗。九天の霞を洩れてつるの聲 露伴」(肥田晧三)。
(1890年5月)尾崎紅葉、「元禄狂」を「国民新聞」に寄稿
西鶴に心酔しているということを書き、その中で、「明治二十二年八月、大阪八丁目寺町誓願寺に、 西鶴翁の墓に詣でゝ」と記し、「ででむしの石に縋りて涙かな」という句も詠んだ(肥田晧三)。
木﨑好尚を除き、全員、江戸っ子です。
(写真)「仙皓西鶴」『壬戌羇旅漫録 2巻 [3]』1802-1812(東京大学学術資産等アーカイブズポータル)より。
注記:写本
注記:目首の書名: 著作堂羇旅漫録
注記:題簽の書名: 羇旅漫録
注記:本文末に「享和二壬戌年八月廾四日筆同十一月朔日挍合畢 曲亭瀧澤觧戯記」とあり
注記:[跋]末に「享和二壬戌年冬十一月二日 著作堂馬琴再識」, 「壬申春日 曲亭主人書」とあり
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梢ちゃん、初めてのイリュージョン
1.
大阪から東京へ引っ越して、あっという間に1学期が過ぎた。
新しい学校で仲良しの友達もできたし、まあどんな環境にもすぐに適応するのがウチの強みやな。
弟の湊(みなと)は転校先の小学校に慣れなくてちょっと苦労している感じ。
それで母ちゃんが新聞の折り込みチラシで見つけた小学生向けの造形美術教室へ行ってみたらどうか、と提案してきた。
湊はウチと違(ちご)て繊細やもんね。
ゾーケイとかビジュツとか、そういうんは向いてると思う。
母ちゃんは教室へ電話を掛けて見学の予約をした。
土曜日午後のクラス。
「梢(こずえ)も一緒に来て」
「えぇー、ウチも?」
「湊は小2やし一人で行かされへんでしょ? いつもママが付き添えるとは限らへんし、そのときはあんたが連れてくの」
「あーん、貴重な週末やのに。母ちゃんのいけずー」
「そろそろ『お母さん』かせめて『ママ』って呼んでくれへん? いつも成○石井で母ちゃんって大声で叫ばれるの恥ずかしいんやけど」
「『おかん』って言われるよりええやろ? それに高級スーパーやゆうて恥ずかしがるんは田舎モンやで。だいたい成○石井くらいアベノ橋にもあったやんか」
「あ、そうか」
「分かったらよろしい、母ちゃん」
「そうやって親を煙に巻くの止めなさい」
2.
そんな訳で3人で見学に来た造形美術教室。
三田さんというおばちゃんの先生が教えていた。
生徒は10人ほどで、それに保護者のパパとママが何人か来ている。
この日はカラーキャンドルを作っていた。
使い古しのろうそくとクレヨンを削って湯せんにかける。
何色か溶かして好きな順番で型に流し込めばカラフルなキャンドルが出来上がる。
「桧垣湊くんね? よかったら一緒に作らない?」
先生に誘われて湊は頷いた。
「あのっ、ウチもやらせてもらっていいですか!」
「こら梢!」
母ちゃんが止めようとしたけど、先生は笑って許してくれた。
「湊くんのお姉さんね? もちろんどうぞ」
「桧垣梢ですっ。中学2年です! ヨロシクお願いします!!」
だってキャンドル作り、すごい面白そうなんやもん。
「うわぁー、綺麗やん!」
どや、この色のチョイスはなかなかのもんやろ?
「水色を入れたいの? ええで、お姉ちゃんが一緒に削ったげる」
クレヨンを削るのを手伝ってあげた。この教室、こんな小っちゃい子にもナイフ使わせるんか。
「ボク! そこ指入れたらあかんっ。熱いでぇ~!」
湯せんの中に指を入れかけた男の子を止めた。ホットプレートの扱いも注意させんとあかんなぁ。
気が付けばウチは子供たちの輪の中にいてあれやこれや世話をしていた。
先生は後ろに立って笑っていた。
3.
「この娘が一番楽しんだようで申し訳ありません」
他の生徒さんたちが帰った後、母ちゃんが謝った。
ま、ウチを連れてきたらこうなるのを予想せんかった母ちゃんのミスやな。
「いいんですよ。よかったらこれからも毎週来てくれたら助かるな、梢ちゃん」
「ええんですか?」
「子供、好きでしょ?」
「ハイッ、好きです! ・・母ちゃん、ウチの分の月謝もお願い」
「あのねぇ」
「月謝なんて要らないわ。むしろお給料払わないといけないくらいよ」
「えぇ! お給料もらえるんですか!」
「な訳ないやろ」
母ちゃんがウチの頭を小突いた。
「ところで、」
母ちゃんは先生に向かって聞いた。
「三田、静子先生ですよね?」
「はい」
「覚えてませんか? 30年以上前ですけど京都の中学校で」
「京都? 確かに昔、京都で教師をしていましたが」
「私、美術部でお世話になった鈴木です」
鈴木っちゅうんは母ちゃんの旧姓やな。
「・・鈴木純生(すみお)さん? あの、捻挫して松葉杖の」
「はい!」
「きゃあ~っ」「きゃあ~っ」
母ちゃんと三田先生は両手を握り合った。
それからハグして、その場で跳ねながら一回転する。よお息が合うもんやと感心した。
「チラシでお名前見て、もしかしたら思ってたんです」
「懐かしいわ!」
「よかったら、あらためて昔のお話させてください」
「そうね、そうしましょう!」
・・後ろのドアが開く気配がした。
「先生、これも倉庫に置かせてもらっていいですか」
振り返ると背の高いお兄さんが立っていた。
その後ろには可愛いお姉さんもいる。
お兄さんは大きな丸いモンを抱えていた。
イケてない兄ちゃんやな。この、もさぁっとした感じ。
ウチの見立てやと30は超えとるな。もちろん彼女いない歴イコール年齢や。
それと比べてお姉さんはずっと若くてキュート。きっとピチピチの女子高生。
「ああ、まだ生徒さんがいましたね。出直します」
「いいのよ。もう済んでるから。・・それで何を置きたいの?」
「このボールです」お姉さんが答えた。
「くす玉なんだって」
「正確には人間くす玉です」
人間くす玉って、いきなり謎のワード。
「くす玉っ!?」
素っ頓狂な声を上げたのは母ちゃんだった。
「まさかそれ、S型の人間くす玉・・」
「よく分かりますね」
お兄さんが言った。
「あなた何者ですか?」
母ちゃんは両手で胸を押さえて深呼吸して、それから一人で叫んだ。
「きゃあああ~!!」
さっき三田先生とシンクロして叫んだときよりずっと大きな声だった。
皆が驚いて見守る中、母ちゃんだけが絶叫しながらぴょんぴょん飛び跳ねていた。
46歳の母ちゃんが急に若返ってハタチになったみたいに見えた。
4.
次の土曜日の教室。
ウチは一人で湊を連れて来た。
母ちゃんは前の晩からどこかへ出かけ、朝になって上機嫌で帰って来てグーグー寝ている。
ええ歳の主婦がそないな夜遊びしてええんか?
父ちゃんは笑ってたから許してるんやろうけど。
今日の造形美術教室の題材は千切り絵だった。
いろいろな色の和紙をハサミを使わずに裂き、糊で貼って綺麗な絵にする。
子供たちは一生懸命。ウチも一緒に絵を作る。
やっぱり楽しい。
ウチには造形美術の才能があるんやないか。
「みんなーっ、クッキーだよ! あたしの手作り!!」
れいらさんがお菓子を持ってきてくれた。
玻名城(はなしろ)れいらさんは先週出会ったあの高校生だった。
造形美術教室の卒業生で、ときどき子供たちに差し入れしてくれる優しいお姉さん。
「イッくんは二日酔いらしいです」
「男のくせに駄目ねぇ」
れいらさんが報告して三田先生が笑った。
イッくんとはあのお兄さんのことで、本名はえーっと、酒井功(さかいいさお)さんやったな。
れいらさんと同じく造形美術教室のOBで今もいろいろお手伝いしてくれているらしい。
「いったい何人で飲んだんですか? 先生」
「5人ね。イッくんと桧垣純生さんと私。それに桧垣さんの知り合いっていうモデル事務所の社長さんと、京都から来たイベント会社の社長さん。イッくん以外は全員女性よ」
「えっ、ウチの母ちゃんも一緒やったんですか?」
「そうよ。昔のお話が沢山できて楽しかったわ」
「社長するような人と母ちゃんが知り合いとか、知らなかったです」
「面白い人たちだったわ。皆さんお酒もぐいぐい飲むし、盛り上がっちゃった」
「先生もぐいぐい飲んだんでしょ?」
「おほほほ」
「イッくん可哀想。おばさんたちに飲まされて」
「んま、れいらちゃんったら失礼なこと言うわねー」
「ウチにも分かります。30過ぎのおじさんでも、おばちゃんたちから見たら若い男の子ですもんね。そら可愛がられますわ」
「梢ちゃんまだ中学生でしょ? 何でそんなことが分かるの?」
「えへへ、そうゆうんは得意なんです」
「でも30は可哀想よ。彼25歳だもの」
「うわぁ、ホンマですか~! ウチが言うたってチクらんといてくださいっ」
「あはは」「きゃはは」
5.
家に帰って、ウチは母ちゃんから若い頃の話を聞いた。
母ちゃんは京都の会社でイベントの司会やイリュージョンのアシスタントをしていた。
イリュージョンって、あのマジックのイリュージョンなのか。
二十歳のときの写真と言って見せてくれたのは、チャイナ服の母ちゃんが透明な箱の中に出現したところだった。
腰まで割れたスリットから生足出して、きらきら輝く笑顔で手を振っている母ちゃん。
今の母ちゃんと同じ人とは信じられないくらいに綺麗だった。
謎の『人間くす玉』についても教えてもらった。
人間くす玉は同じ会社のアトラクションで、中から女の子が飛び出すくす玉なんだって。
先週イッくんが抱えていたのは一番小さなサイズのくす玉。
「彼がクレクレしたから無料であげたって社長が言ってたわ。意味分からへんよね」
ウチにも意味が分かりません。
夜、れいらさんから LIME のメッセージが届いた。
『明日イッくん家に行くの。梢ちゃんも一緒にどう?』
『行きます!』
『イリュージョンを見せてくれるんだって』
またイリュージョン!?
後にして思えば、それはウチが新しい世界に足を踏み入れるお誘いだった。
6.
イッくんのマンション。
「いらっしゃいませ!」
ドアを開けて迎えてくれたのは綺麗な女の人だった。
「あなたが梢ちゃん? 酒井多華乃(たかの)です。よろしくね」
「多華乃さんはイッくんの奥さんだよ。先月結婚したばかり!」
ほぇ~。ばりばりの新婚さんやないですか。
多華乃さんは七分丈スパッツの上にニットのサマーセーターを着ていた。セーターの襟ぐりが大きくて谷間がちらちら。
こんなセクシーな奥様がいるやなんて、この間は「彼女いない歴イコール年齢」とか思てゴメンナサイ!
リビングに案内してもらうとイッくんが待っていた。
ちゃんとお話しするのはこれが初めてだった。
「お招きありがとうごさいます! ・・あの、ウチも『イッくん』って呼ばせてもらってええですか?」
「いいけど?」
「実はどう呼ぶか寝ないで考えました。『イッくん』はちょっとナレナレしい、『イサオさん』はヨソヨソしい、そやかゆうて『イッさん』やと大阪のおっちゃんみたいで」
多華乃さんがぷっと笑う。
「なんでやっぱり、れいらさんと同じ『イッくん』で行かせてください!」
「梢ちゃんって面白いね」
よっしゃ、ウケてくれた!
ウチは心の中でガッツポーズをする。
「イッくん、二日酔いは治った?」
れいらさんに聞かれてイッくんは頭をかいた。
「ああ、酷い目にあったけど、タカノがいてくれたから・・」
「熱いねーっ」
大喜びで冷やかすれいらさん。
いつものウチなら一緒に囃し立てるとこやけど、さすがに初対面で遠慮したのは我ながらエライと思う。
「・・んじゃ、さっそくやろうか」
「イリュージョン!?」
「うん、新作だよ。この場所に招かれたゲストだけが見れる限定イリュージョン。そして記念すべき最初のゲストが君たちだよ」
ぱちぱちぱち。れいらさんが拍手した。
今度はウチも一緒に思いきり手を叩いた。
7.
小さなテーブルを挟んで4人がソファに座った。
手前のソファにウチとれいらさん。
向かい側にイッくんと多華乃さん。
こちらから見て向かって左にイッくん、右に多華乃さんが座っている。
イッくんは多華乃さんの腰に左手を回すと、ぐいっと引き寄せた。
多華乃さんがイッくんに密着する。
ニットの襟がでろんと伸びて白い肩が出た。その肩にブラ紐はなかった。
あの、それはお客さんが男性のときに目を惑わすための演出ですか。
女でもドキっとするんですけど。
「これはサテンの袋。長さ2メートルあるのでうちの妻が全部入ります」
イッくんは多華乃さんを左手で抱いたまま、床の袋を右手で拾い上げた。
紫色でつるつるした光沢のある袋だった。
それを多華乃さんの頭から被せる。もぞもぞと右手だけで身体全体を覆ってゆく。
・・そやから、わざわざ密着してそういう作業をするのは何でですか。
すごくエッチに見えるやないですか。
足先まで袋を被せた。
「足あげて」
多華乃さんの膝がぴょんと伸びて、目の前に袋の先が突き出された。
「れいらちゃん、袋の口をくくってくれる」
「これでいい?」
れいらさんはサテン袋の口を絞って結んだ。
「ありがとう」
相変わらずイッくんは袋に入った多華乃さんを左手で抱いたままだった。
つるつるしたサテンの袋を右手で撫でる。
多華乃さんのボディラインがはっきり分かった。
膝、腰、頭。
うわ、そこは多華乃さんの胸。
いくら奥さんやからゆうて、人前でそないに揉みしだいたらアカンでしょ。
「次はこのシュラフ(寝袋)。梢ちゃん、シュラフって知ってる?」
「ええっとキャンプとかで使うモンですよね」
「そう、携帯用の寝具だね。綿が入ってて暖かいんだ。・・これを被せるから手伝ってくれるかい?」
イッくんに指示されてシュラフを今度は多華乃さんの足の方から被せた。
腰の下を通すとき、イッくんは左手に抱いた多華乃さんを持ち上げて通し易くしてくれた。
頭まで被せ終えると、脇のファスナーを上まで閉めた。
「こっちは縄で縛るよ。・・ん? どこかな」
右手で足元をまさぐった。
「れいらちゃん、そっちに紙袋が置いてない?」
「ええっと・・、あった!」
ウチとれいらさんが座るソファの後ろに紙袋があった。
「そこに縄が入ってるから、それでここを縛って。できるだけきつく」
れいらさんはイッくんのソファの後ろに回り、言われた通りにシュラフの口に縄を巻いて縛った。
「二人ともご苦労様でした。後は座って見てね」
ソファに座ったイッくん。
ウチとれいらさんはその反対側に座っている。
イッくんの左手はシュラフ(の中の多華乃さんの腰)を抱いたまま。
「いま、タカノは二重の袋の中。暖かい、というより暑いだろうね。呼吸するのも辛いかもしれない」
右手でシュラフを押さえた。多華乃さんのちょうど顔にあたる部分。
「この中で美女が苦しい思いをしていると考えたら、・・ちょっと興奮するよね」
「イッくん! そういうフェチな妄想してる場合じゃないでしょ! 梢ちゃんも見てるのに」
「え、ウチ? 何のことですか?」
分からないふりをしたけど、二人の会話は何となく理解できた。
じっと我慢してる多華乃さん。たぶん本当に苦しい。
そんな多華乃さんを抱きながら「興奮する」と言ったイッくん。ドSやんか。
「ごめんごめん。イリュージョンに戻ろう」
イッくんは右手でシュラフの口を縛る縄を掴んだ。
「いくよ。・・それ!!」
手前に引いた。
シュラフは腰の位置で二つに折れ曲がった。
「もう一回!」
すぐにシュラフの足先を掴んで持ち上げた。
二つ折りのシュラフが四つ折りになった。
「え」「え」
ウチとれいらさんは揃って声を上げた。
「二人で上から押さえてくれるかい」
言われた通りシュラフを押さえると、空気がしゅうっと抜ける音がした。
シュラフは四つ折りのまま潰れて平らになってしまった。
「えーっ、どうして!?」
「多華乃さんは!?」
二人で騒いでいると多華乃さんの声がした。
「お疲れ様、お茶にしましょ♥」
リビングに隣り合ったキッチンに多華乃さんがいた。
紅茶とケーキを乗せたトレイを持って笑っている。
少しだけ乱れた髪。少しだけ紅潮した頬。
とても色っぽかった。
8.
「いったいどうなってるの!?」
「それは内緒。今のところお客さんが来た時に見せられるのはこのイリュージョンだけだからね」
イッくんはタネを教えてくれなかった。
「あんなにたくさんあったイリュージョンの機材はどうしたの?」
「ほとんど人にあげるか倉庫に入れちゃったんだ。これからまた新しいのを作るよ」
「新居に汚いものを置くなって、三田先生に言われたみたい。私は気にしないんだけどね」
多華乃さんが補足してくれた。
「まあ彼のアパートにいろいろ怪しいモノがあったのは確かね」
「怪しいモノはないだろ、タカノ」「うふふ」
「イッくんはね、何でも自分で作っちゃうんだよ。イリュージョンの道具から吊り床まで」
「スゴイですね! 吊り床って何ですか?」
「あ、ゴホンごほんっ」「・・ちょっと早いかな? 梢ちゃんには」
「???」
いろいろ話をしてイッくんと多華乃さんのことを教えてもらった。
二人は同じ大学で知り合って、一緒にイリュージョン同好会を設立した。勤めるようになってからも仲間と活動を続けている。
マジックの競技会にオリジナルのイリュージョンを出して賞を獲ったこともある。
たまに造形美術教室の子供たちにもイリュージョンを見せてくれているんだって。
「最近はれいらちゃんも参加してくれてるんだ。梢ちゃんはイリュージョンをしてみたいって思わない?」
「やりたいです。ウチもあんなすごいイリュージョンができるようになりますか?」
「できるわよ。私も最初は何も知らなくて始めたんだもの」
「ならウチの親が許してくれたら。あ、日曜日しかダメですけど、いいですか?」
「ぜんぜん大丈夫」
「梢ちゃんを誘おうと思ったのは訳があるの」
れいらさんが説明してくれた。
「三田先生、10月に還暦を迎えるのよ」
「カンレキって?」
「60歳のことだよ」
「先生そんなお歳やったんですか」
「だからお誕生会を企画してるの。そこでイリュージョンも見せようって」
「ははぁ」
「いつもだったらイッくんが多華乃さんとやるんだけど、たまにはサプライズもいいでしょ?」
イッくんと多華乃さん、れいらさん。3人がウチを見て笑っている。
まさか。
「れいらちゃんがものすごく推すんだ。新しく来た梢ちゃんっていう中学生がとてもいい子だって」
「あのウチそんないい子では」
「僕も梢ちゃんと会って思ったよ。是非、誕生会のイリュージョンをやって欲しい。・・タカノはどう?」
「大賛成よ。私も梢ちゃんのことが大好きになっちゃった」
「決まりね。マジシャンはあたし、アシスタントは梢ちゃんだよ!」
れいらさんが宣言した。
どうやらウチはいつの間にかイリュージョンに出ることが決まっていたらしい。
母ちゃん、ウチ、母ちゃんと同じイリュージョンのアシスタントするんやで。怒らんといてな。
「実はこんなのを設計しているんだ」
イッくんはノートに描いた図面を見せてくれた。
スーツケース?の中に膝を曲げて入った女の人のシルエットが描かれていた。
「タカノ用に描いたんだけど、梢ちゃんなら問題ないはずだよ」
「もしかしてウチがこれに入るんですか?」
「そうだよ。それで外から剣を刺すんだ」
「えええ~っ!!」
9.
還暦祝いなんて勘弁してちょうだい。
はじめのうち三田先生はお誕生会を嫌がった。
それでも造形美術教室の卒業生がたくさん来る、保護者の皆さんもお金を出し合って準備してくれると聞いて抵抗を断念した。
「ありがとう! ・・でも赤いちゃんちゃんこなんて着せようとしたら、その場で逃亡するわよ」
母ちゃんはウチがイリュージョンするのを嫌がるどころか大喜びしてくれた。
「三田先生のお誕生日にイリュージョン? 素敵やないの!! それであんた衣装はどうするの?」
「んー、まだ何も決まってへん、と思う」
「マジシャン役はあの高校生の女の子ね? よーし、母ちゃんがまとめて面倒みたげる!!」
母ちゃんはイッくんの携帯の連絡先を聞いていたらしい。
勝手に電話して衣装製作の了解を取り、るんるん楽しそうに準備を始めたのだった。
10.
「スーツケースが手に入ったんだ。サイズをチェックしたいから来てくれる」
次の週、連絡があってウチは一人でマンションへ来た。
イッくんと多華乃さんが迎えてくれた。
さっそくスーツケースを見せてもらう。
「メ○カリで買った中古品なんだ。これをイリュージョンに使う予定」
それは思ったより小さかった。
立てて置いたら腰くらいの高さしかない。
「入ってくれるかい。梢ちゃん」
「あ、はい」
いきなりですか。
ええですよ。そのつもりでスカートやのうてショートパンツ穿いてきましたし。
イッくんが広げたトランクの中にお尻をついた。
「両手は後ろに回してくれるかい」
「後ろですか?」
「そう。手錠掛けるつもりだから」
「てじょう?」
「うん、後ろ手錠。動けないように」
!!
「イサオ! イリュージョン初体験の女の子にそんなストレートな言い方はダメっ」
多華乃さんが叱ってくれた。
「梢ちゃんフリーズしてるじゃない。・・心配しないで、梢ちゃん。マジック用の手錠だから自分で外せるわ」
「身の危険を感じました。ウチは生還できるんでしょうか?」
「んー、大丈夫だと思うよ。しらんけど」
イッくんがのんびり答えた。
ウチの関西人アンテナが反応する。
「あ、今『しらんけど』言いました? ウチも使うチャンス伺ってたんですけど」
「一度言ってみたかったんだよ『しらんけど』。今の使い方でいい?」
「グッドです。イッくん大阪でやっていけますよ」
「ナニアホナコトイッテンネン」
今度は多華乃さんが言った。
「多華乃さん、それは東京のヒトがやると割とスベるんで止めた方がええです。あとイッテンネンやのうてユーテンネンです」
「難しいのねぇ」「ドンマイです」
「ねえ、そろそろ続きをやらない?」
「イッくん人のギャグには冷淡ですねー」
「うふふ。冷たいのも彼の魅力よ」
はいはい、ごちそう様です。
トランクの中で横になった。
身体を丸くして両手を後ろに回す。
「もっと顎を引いて頭を下げてくれる」
「はい」
「あぐらを組む感じで。もうちょっとお尻下げて。・・OK、そのポジションをよく覚えておいてね」
「了解っす」
外にはみ出した髪を多華乃さんが直してくれた。
「大丈夫だね。では蓋するよ」
カチャ。
トランクの蓋が閉じて真っ暗になった。
頭の後ろが押し付けられて痛かった。
ぎゅっと折りたたんだ膝と脛、足の甲も前に当たってキツイ。
狭いやん!
「起こすよ」
ぐらり。
お尻に体重が乗った。
すっと身体が沈んで後頭部に余裕ができた。
足は全然動かせないけれど、少しだけほっとした。
「肩を捩じって、片手ずつ前に出してみて」
ごそごそ。
あ、出せた。
「右手で左の壁、左手で右の壁。触れるでしょ?」
はい、触れます。
「あとはまた両手を背中に戻す」
ごそごそ。
戻せました!
「ここまでできたら問題ないよ。ちゃんと生還できるから安心して」
はい!
「何度も練習して慣れてね。出してって言ってくれたらすぐに開けるから」
分かりました!
11.
「・・梢ちゃーん、大丈夫?」
声が聞こえた。
この声は、れいらさん!?
「はーい、大丈夫ですぅ。れいらさんですかぁ?」
「そうだよー。もう15分くらい経ったっていうから開けるよー」
え? 15分も?
ぐらり。
ウチを閉じ込めていた空間が横向きになった。
カチャカチャ音がして蓋が開く。
イッくんと多華乃さん、それにれいらさんがウチを見下ろしていた。
あ、えーっと。
「じゃーんっ、たった今、囚われの美少女が救出されました!」
あかん、誰も笑てくれへん。
仕方ないので、自分で「えへへ」とごまかして起き上がった。
「大丈夫みたいだね。静かなままだから、ちょっと心配になって」
イッくんが言った。
「ぜんぜん大丈夫です。・・何か馴染んでしもて、ぼおっとしてただけです」
多華乃さんとれいらさんが安心したように微笑んだ。
本当は、女の子を閉じ込めるってこういうことなんかと考えてた。
ちょっとえっちな妄想もしてドキドキした。
でんもそんなん恥ずかしくて言われへんやんか。ウチ純真な中学生やのに。
「そういえばれいらさん、いつの間に来てたんですか?」
「遅れてごめんね。梢ちゃんのお母さんに衣装の採寸してもらってたんだ」
「れいらさんちに行ってたんですか、ウチの母ちゃん」
それで朝からウキウキ出かけて行ったのか。
「面白いお母さんねぇ。あの人から梢ちゃんが生まれたのなら納得だわ」
「変な納得のしかた、せんといてください」
「そうだ梢ちゃんのお母さん、イリュージョンやってたって教えてくれたよ」
「え、そうなの!?」
多華乃さんが驚いた。
「らしいです。ウチも詳しくは知らんのですけど」
「むかし京都にいた頃、かなり本格的なイリュージョンをやってたらしいよ」
「なんでイサオが知ってるのよ」
「前に飲まされたときに聞いたんだ。・・あ、別にわざと教えなかったんじゃなくて、僕は余計なことは喋らないだけだよ」
「む」
多華乃さんはイッくんの首を肘で絞めて押さえ込むと、その耳の後ろをゲンコツでぐりぐりした。
「あれはスリーパーホールド。多華乃さんの得意技だよ」
れいらさんが教えてくれた。
その後イッくんがスーツケースイリュージョンの仕掛けを説明して、皆で進め方を相談した。
途中でれいらさんが「あたしもスーツケースに入りたい」と言い出して入ることになった。
「何時間でも閉じ込めていいよ」なんて言うもんやから「なら駅のコインロッカーにでも預けましょか」って返したら「うわーいっ!」と喜ばれてしまった。
多華乃さんまで「あらそれ素敵」なんて言う始末。
「手錠は?」「いいですねー」
「DID♥」「ですっ!」
もうやっとれんわ。
でも、これだけあけすけに話せるんは羨ましいな。
ウチもさっきスーツケースの中で興奮しましたって素直に告白したらよかったかな。
12.
お誕生会前日の造形美術教室。
子供たちがみんなで飾り付けをしていた。
ウチは湊と一緒にケーキを作っている。
ケーキと言っても食べられない飾りのケーキだった。
ダンボールの大きな筒に模造紙を貼って、その上から色紙で作ったクリームやフルーツをつける。
「姉ちゃんっ。そこはローソクやんか」
「あ、ゴメン」
「ここのチョコプレートはボクがやる」
「ならまかせるで」
「うん」
造形美術教室に来るようになって湊はずいぶん積極的になったと思う。
立ち上がって周囲を見渡す。
手伝って欲しそうな子は・・おらへんな。
それなら部屋の隅に座り込んでちょっとひと息。
明日はいよいよイリュージョンの本番か。
昨夜見た夢を思い出した。
スーツケースに入っている夢だった。
何故か学校の制服を着ていて、後ろ手に手錠を掛けられていた。
この頃、何度も同じような夢を見る。
ウチはいつもスーツケースに閉じ込められていた。
・・またか。
夢の中で考える。
・・それやったら、楽しまな損。
イリュージョンと言われてスーツケースに入ったウチ。
そのままどこかへ運ばれる。
街の雑踏が聞こえる中をごろごろ転がって、静かな場所に置かれた。
コインロッカー!?
スーツケースごと、コインロッカーに収納されたんか。
あの、このスーツケース、女の子が入ってるんですけど。
囚われのヒロイン。DID。
ずっと前からDIDの意味は知っていた。ウチはおませな少女なんや。
おませなウチは絶対絶命のピンチにも憧れる。
もう逃げられへん。どこかに売られてしまう。
そうや、可愛い女の子は拉致られて売られる運命にある。
諦めるってキモチ、ちょっとええと思う。
小さく折り畳んだ身体が動かせない。
もどかしい。もどかしくてウズウズする。
そやけど、このもどかしさに耐えるのが乙女の務めや。
身体じゅうが熱くなる。
「・・梢ちゃん!」
誰かに呼ばれて我に返った。
ウチの顔を覗き込んでいるのは、れいらさんだった。
「梢ちゃんがヒマそうにしてるのは珍しいね」
「ちょっと休憩中です。れいらさんはどうしはったんですか?」
「さっきね、衣装を試着してきたの」
「お~っ、どんなでしたか」
「セクシー! 自分でもびっくりしちゃった」
「母ちゃん、ウチの衣装よりもヤル気出してましたもん」
「恥ずかしいけど、あんな恰好めったにできないから頑張って着るよ。梢ちゃんの衣装は?」
「それは明日のお楽しみです。・・ええっと、あの、つかぬ事を伺いますが」
「はい?」
思い切って聞くことにした。
「れいらさん、こないだスーツケースに入ったでしょ? イッくんのところで」
「入ったねー」
「失礼なこと聞くって怒らんといてくださいね」
「うん、怒らない」
「れいらさんと多華乃さん、やっぱりマゾの人ですか?」
「へ!?」
「あのときのお二人、ドMトークで盛り上がってたやないですか。コインロッカーに預けてほしいとか手錠掛けられたいとか」
「そ、そんなこと口ばしったっけ」
れいらさんが顔を赤らめるのを見たのは初めてやないかな。
「『ICレコーダー梢ちゃん』の異名を持つウチですから間違いありません。あのトーク、なんぼかはノリで言わはった思うんですけど、羨ましかったです。あんな風に性癖を発散する女の人を見たのは初めてでしたから」
「中2のくせに性癖なんて言葉使うのね」
「ウチはおませな少女なんです」
「あははは」
豪快に笑われた。
「いいよ、教えてあげる。マジレスすると多華乃さんはドMだよ。自分でも公言してるわ。旦那様のイッくんはS」
「分かります分かります」
「あたしはMとS両方あるな。お相手によってどちらでも。・・あ、お相手って男性に限らないからね」
れいらさんはそう言ってウインクした。
「梢ちゃんはMだよね」
「あ、ウチはまだ・・」
「スーツケースに詰められて感じてるじゃない。もうみんな気付いてるわよ」
ぶわ。
冗談やなしに顔に火が点いた。
しばらくけらけら笑ってから、れいらさんは言った。
「それでいいんだよ! SとかMとか恥ずかしいことじゃないんだし」
「それやったらお願いがあるんですけど」
「何だって聞いたげるよ」
「これからはウチも多華乃さんとれいらさんのドMトークに参加していいですか? ウチもエロいこと言いたいです」
「そんなこと!? あはは、大歓迎!!」
「ありがとうございます。何かすっきりしました~」
「梢ちゃんて本当に面白くっていい子ねぇ。ますます好きになっちゃった。あたしが三田先生なら絶対にぶちゅ~ってしてるところね」
「ぶちゅう~!?」
13.
三田先生のお誕生会が始まった。
造形美術教室の生徒さん、保護者のパパとママたち、卒業生が何十人も集まっている。
イッくんと多華乃さん、それにウチの母ちゃんもちゃんと揃っていた。
司会のれいらさんが開会を宣言した。
続いてイッくんが卒業生代表として挨拶。・・その直後。
ぱーん!
正面にあったケーキからクラッカーが弾けて紙吹雪が舞った。
「三田先生っ。はっぴぃばーすでーぃ!!」
ケーキが上下に割れて、中から立ち上がったのはウチやった。
母ちゃんの作ってくれた白い衣装を着ていて、手には花束。
ケーキから出て花束を三田先生に渡した。、
子供たちは大喜び。他の人たちからも大きな拍手。
ウチが飛び出したのはケーキの形をしたびっくり箱。
その正体は前日に湊が作ったダンボール製のケーキだった。
これをイッくんがたった一晩で改造してくれた。
クラッカーを取り付けて紙吹雪が飛ぶようにした。
上下に分離できるようにして内部を補強し、小柄な女の子なら収まる空間を用意してくれた。
ホンマ、イッくんって何でもできるスーパーマン。
「ご苦労様!」
花束を渡して戻って来たウチをれいらさんが労ってくれた。
「ケーキの中でドキドキした?」
「はいっ。次にパーティするときは一緒にびっくり箱しましょ!」
「いいわね!」
ウチは皆が集まる前からケーキの中にずっと隠れていたのだった。
お誕生会はそれから子供たちが歌ったり踊ったり、造形美術教室の昔のビデオを上映したりして進行した。
そしてメインイベント。ウチとれいらさんのイリュージョンの時間になった。
14.
れいらさんが衣装を着替えて出てきた。
「うわあ」「れいらちゃーん!!」
「すごーい!」「キレイ!!」
大人も子供もみんなびっくりしてるなぁ。
「みんなー! お姉ちゃんこれから頑張ってマジックするよー。立ち上がったりしないで見てねー」
「はーい!!」
れいらさんは真っ赤なボディスーツとその上に短い黒ジャケットを着ていた。
ボディスーツはハイレグで胸のカットも深い。
バニーガールみたいにも見えるし、白いブーツを履いているからレースクイーンのようにも見える。
エロくて恰好いい。
母ちゃんが「萌える~!!」と雄叫びを上げながら作ったコスチュームだけのことはある。執念がこもってるわ。
何人かのパパが見とれてしまってママから叱られているのもお約束。
さすがにこれを女子高生に着せて小学生の前に立たせるんはええのかと心配やけど、三田先生が手を叩いて喜んでるから構へんのやろうね。
れいらさんが手招きした。さあ出番や。
「マジックをお手伝いしてくれる梢お姉さんです!」
「よろしくーっ」
ウチはスーツケースを引いて出て行く。
あの中古のスーツケースはイッくんが改造して外観が変わっていた。
正面と裏側に細長い穴が6つ。
これはサーベル(剣)を刺すための穴。
ギミックの都合でキャリーハンドルは上げたまま固定。
ウチはお客さんの方に背中を向けると両手を後ろで組んだ。
その手首にれいらさんが手錠を掛けた。
左右に引っ張って手錠が外れないことを示す。
それが済むと、れいらさんはスーツケースを倒して蓋を開いた。
スーツケースの中は仕切り類が全部外されていた。
代わりに蓋の裏に剣刺しのギミックがついて、少しだけ狭くなったけどウチが入るのには問題ない。
うちは靴を脱がせてもらって裸足になり、スーツケースの中に横になった。
膝を引き寄せて身体を丸くする。
簡単な所作やけど、一発で決まるように何回も練習したんやで。
れいらさんはスーツケースの蓋を閉じようとする。と、中身が大きすぎるのかなかなか閉まらない。
蓋にお尻を乗せて座って閉めた。パチンとロックを掛ける。
キャリーハンドルを両手で握り、重そうにスーツケースを立てた。
れいらさんが次に手に取ったのはサーベルだった。
これもイッくんの手作りで、長さ1メートルほど。
銀色のブレード(刃)と手元が束(つか)になっている。
れいらさんはブレードを指で撫でて痛そうな顔をした。
「怖い人は目をつぶってねー」
スーツケースの後ろに立ち、一番上の穴にサーベルの先端をあてがった。
何人かの子供が自分の手を目の前にかざした。
15.
カチャリと音がしてスーツケースが閉ざされた。
ウチ��もう外へ出られない。
ぐらり。
スーツケースが立てられて世界が90度回転した。
いよいよここから本番。
ウチはスーツケースの中で深呼吸する。
こんな姿勢やから本当の深呼吸は無理やけど、大切なんは気持ちやからね。
スーツケースの中で身体を捩じった。
背中で手錠を掛けられていた両手を前に回した。
そんなことができるのは、左右の手錠が分離できるからだった。
手錠の鎖は紐で繋がっているだけで、その紐はリールで伸びるようになっている。
前に出した右手で左の壁をまさぐり、そこに6個並ぶレバーを探し当てた。
蓋の裏にはサーベルの一部、ブレードの先端だけが隠されている。
レバーを動かすとスーツケースの蓋の穴からその先端が突き出る仕組みになっている。
一方、れいらさんが持つサーベルは、スーツケースの穴に押し込むとブレードが縮んで束の中に収まる仕掛けになっているのだった。
「・・スチール製のメジャーがあるだろう? あれと同じ構造だよ。ブレードは硬いように見えて実は巻き取られてるんだ」
「?」「?」「?」
ウチもれいらさんも、一緒に聞いていた多華乃さんも、イッくんの説明はさっぱり理解できなかったと思う。
理屈は分からんでも、効果は分かった。
後ろからサーベルを押し込むのに合わせてレバーを操作したら、お客さんにはサーベルがスーツケースを貫通したように見える。
大切なのは二つ。
二人のタイミングを合わせること、それから6個ある穴の順序を間違わんようにすること。
それさえ守ればバッチリのはずや。
れいらさんが最初の穴に1本目のサーベルを押し当てた。
コツン。
スーツケースの中に音が響く。
ウチは1秒待ってレバーを下げた。
これでサーベルの先端がにょっきり顔を出したはず。
2本目、3本目。
ウチは順番にレバーを操作した。
後で聞いたら子供たちとパパママたちはビックリしていたらしい。
ウチが本当に刺されたって思った子が多かったんやて!
うわぁっ嬉しいぃ、って叫んでしもたよ。
4本目、5本目、6本目。
全部のサーベルがスーツケースを突き通った。
れいらさんはそのスーツケースをくるりと回してお客さんに全体を見せた。
今度は後半。サーベルを抜く演技になる。
レバーを逆の向きに動かせばブレードの先端が引っ込み、同時にれいらさんがサーベルを引き抜いたらええんやけど、実はこれはけっこう、ちゅうか、かなり難しい。
前半でサーベルを刺すときは、れいらさんがサーベルを押し当てる音を合図に、少し遅れてレバーを動かせばよかった。
「・・でも、抜くときに少し遅れるのは困るんだ。ちょっと考えたら判ると思うけど」
「?」「?」「?」
またしても女性3人はイッくんの説明を理解できなかった。
「後ろで引き抜いてるのに、前に出ている先端がそのまま残っているのは不自然だよ。あれ?って思われてしまう」
「そうか」
れいらさんが気付いた。
「前も後ろも同時じゃないといけないんですね」
イッくん細かい。でもその通りやな。
ウチとれいらさん、スーツケースの中と外でタイミングを完全に合わせないといけない。
何か合図が要る。でもどうやって?
イッくんのアイデアは単純やった。
「それならお客さんに合図してもらおう 」
16.
子供たちに向かってれいらさんが呼びかけた。
「みんなー、梢お姉さんが穴だらけになっちゃいました! 助けてあげたいですか?」
「助けてあげたーい!」
「じゃあ、この剣を抜きまーす! 何本抜かなきゃいけないかしら?」
「ろっぽん!!」
「1本ずつ抜くから一緒に数えてくれるー?」
「はーいっ」「数えるー!」
「数え間違ったり、声が揃っていなかったりしたら、梢お姉さんは死んじゃうかもしれないよ?」
「だめー!」「やだあっ!!」
「じゃあ練習しよう! いい? せーのっ、いーち、にぃーい・・。ああぁっ、ダメダメ揃ってないっ。もう一回!」
全員が揃って1から6まで数えられるまで練習させた。
「いくよ? せーの!」
「いーっち!」
れいらさんがサーベルを引き抜くと同時にブレードの先端が引っ込んだ。
「にぃーい!」
子供たちの声が響く。リズムもペースも綺麗に揃っていた。
「さーん!」
どんどんサーベルが抜けて行く。
「しいー!」
あと2本!
「ごぉー!」
これで最後!!
「ろぉーっく!!」
「はーい! 全部抜けたねー! 梢お姉さんは無事かなー?」
スーツケースを横に倒して、ロックを解いた。
カチャリ。
横になっていたウチが身を起こした。
「うわー!!」「あれー!?」
白い衣装がピンクに変わっていた。
立ち上がって一回転して見せた。
どうかな? 母ちゃんの作ってくれた早変わり衣装。
可愛いでしょ?
れいらさんに手錠を外してもらう。
小声で言われた。
「知らなかったよ。びっくり!」
「えへへ。黙っててスミマセン」
二人並んでお辞儀をした。
三田先生が駆け寄って来た。
「すごいすごいすごい!! どきどきしちゃった! ありがとう!!」
イッくんも来て握手してくれた。
「やられたよ。衣装チェンジとはね」
もう一度拍手を浴びながら皆でお辞儀した。
お客さんの中に母ちゃんと湊が座っているのが見えた。
湊は黙ってサムズアップしてくれた。
あんた、どこでそんなゼスチャー覚えたの。格好ええやんか。
ウチも笑って親指を立てて返す。
すると母ちゃんまで指を立ててウインクした。
母ちゃんっ、指が違う.
立てるのは中指やのうて親指やちゅうねん。
17.
それから二週間経った夜。
ウチと母ちゃん、れいらさん、イッくんと多華乃さん夫妻、そして三田先生がレストランの個室にいた。
三田先生がお誕生会のお礼にと招待してくれたのだった。
「ウチ、フレンチなんて初めて」「あたしもです!」
「お箸で食べるフレンチ、いいですねー」
「友人のお店なの。形式張らずに楽しんでちょうだい」
ワインとノンアルコールのスパークリングで乾杯。
「あら、あなたたちもノンアル?」
先生がイッくんと多華乃さんに聞いた。
「僕らは後でいただきます。今は、ちょっと」
「彼、リベンジする気なんです」
多華乃さんが言った。
「タカノ、いきなり言う?」
「いいじゃない。頑張るのは私だよ?」
「あ、ぴぴっと来たっ。イリュージョンするんでしょ!」
れいらさんが言った。
イリュージョン!?
「この人、梢ちゃんの衣装チェンジに全部持ってかれたこと未だに根に持ってのよ。子供みたいでしょ? うふふ」
「そんなことはないよ。僕は」
「うん、イッくんってそうだよね」「分かるわ」「イッくん、ホンマですか?」
「ぼ、僕は・・」
「あまりイサオを苛めないであげて。その分、私が彼に苛められるんだから♥」
謎めいた微笑の多華乃さん。
他のみんなは笑っている。母ちゃんまでウンウンって頷いて。
まさかこの二人、ムチとローソクでSMプレイしてたりする?
18.
「ええっと、やろうか」「はい!」
イッくんと多華乃さんは席から立ちあがった。
一度出て行って戻って来た。
持ってきたのはあのスーツケースと紙袋。それからサーベル、ではなくて金属の細い棒。
「先日とは趣向を変えたスーツケースイリュージョンをやります。・・これは」
イッくんはそう言って金属棒を持って水平に構えた
「ステンレスの丸棒です。直径5ミリ、スーツケースの穴をぎりぎり通る太さです。先端を円錐形に削り出しました」
イッくんはスーツケースを床に倒して蓋を開いた。
れいらさんが黙ってウチの肩を叩いた。それから開いた蓋の裏を指差す。
!!
あの剣刺しのギミックがない。
蓋の裏に張り付けられていた黒いパネルのような仕掛けがなくなっていた。
6個の穴がはっきり見えた。
多華乃さんがさっとシャツを脱いだ。
ブルーのスパッツ。その上は黒いブラだけ。格好いい!!
スーツケースの中に入って膝をついた。
そのまま身体を逆海老に反らしてスーツケースに収まる。むちゃくちゃ柔らかいやないですか。
イッくんが多華乃さんの肌を撫でる。ああ、また。
「あら♥」「まぁ♥」
嬉しそうな声を上げたのはウチでもれいらさんでもなく、三田先生と母ちゃんだった。
イッくんはにやりと笑うと蓋をぱたんと閉じた。
すかさずスーツケースを立てて起こす。
紙袋から縄束を出してスーツケースに巻きつけ、荷物みたいにきりきり縛った。
れいらさんがウチの耳元でささやいた。
「多華乃さん、頭下向き」
ホンマや!
あのポーズで逆立ち?
イッくんはスーツケースの後ろでステンレス棒を水平に構えた。
「前後の穴を一発で通すのが難しいんだ。・・練習の成果をご覧あれ」
息を整える。
いきなり穴に突き刺した。合図も何もしなかった。
反対側の穴から棒の先端が飛び出す。
すぐに引き抜き、別の穴に突き刺した。
抜いては刺してを何度も繰り返した。
むちゃくちゃ速かった。
今度はステンレス棒を6本、スーツケースの横に並べた。
まず1本を突き刺した。
すぐに次の1本を持って突き刺した。
立て続けに全部の棒を刺してしまった。
「・・おっと失礼」
テーブルにあった紙ナプキンで、一番下の棒の先端を拭いた。
ナプキンが血に染まったみたいに赤くなった。
ひょえー。
ウチらのイリュージョンより迫力ありまくり!
多華乃さんがどうなっているのか想像できなかった。
ぎちぎちに縄で縛ったスーツケースの中で、無理なポーズで逆立ちで。
「では助けてあげましょう。彼女が無事でいるかどうか心配です」
ステンレス棒を全部引き抜き、スーツケースの縄を解いた。
床に寝かせて蓋を開ける。
入ったときと同じポーズの多華乃さんが現れた。
ぐったりしているみたいやった。
イッくんが多華乃さんの背中に手を当てて起こした。
血!!
多華乃さんの胸と脇腹から真っ赤な血が流れていた。
ええ!!
まさか、大怪我!?
れいらさんも驚いて固まっている。
「・・ええっと、残念ながらイリュージョンは失敗したようです。妻は天国へ旅立ちました」
ガタ!
立ち上がったのは母ちゃんやった。
自分のナプキンを掴むと、二人に近づいて多華乃さんのお腹をごしごし擦った。
「ひ、・・きゃはははっ」
多華乃さんが身を捩って笑いだした。
「あーん、ごめんなさい!!」
「あんたら、やりすぎ! これ、ケチャップでしょ?」
母ちゃんが言う。母ちゃんの目も笑っていた。
「恐れ入りました」
イッくんが謝った。
「最後まで騙せると思ってたんですけど、さすがですね」
「昔よく使ったわ。匂いで分かるからお客さんと近いときは注意が必要なの」
「勉強になります」
19.
食事が済んで、三田先生がイッくんに聞いた。
「さっき、もし桧垣さんに見抜かれなかったらどうするつもりだったの?」
「そのときは蘇生措置をして生き返らせる予定でした」
「ウソ。スーツケースに入れて持って帰るって言ってたじゃない、イサオ」
「そっちの方がよかったかな?」
「そうね。私はまる1日詰められてもイサオのためなら耐えるわよ♥」
「多華乃ちゃん」「はい?」
三田先生がいきなり多華乃さんの頬を両手で挟んでディープキスをした。
「ん! んんん~っ!!」
「素敵よ、その心がけ。でも新婚だからってサービスしすぎると、彼、図に乗るわよ」
「はぁ、はぁ、・・はい」
「次は、」
三田先生が顔を向けたのは・・、ウチやった!
「一番頑張ってくれた梢ちゃん♥」
「は、はい」
ウチは顔を近づけてくる先生から逃げられなかった。
「本当に、一番お礼を言いたかったのはあなたなの」
「うわ♥」れいらさんの歓声が聞こえた。
「これからも、お願いね」
ちゅう。
マウスツーマウスでキスをされた。
女の人相手で快感やったというと変態みたいやけど、本当に気持ちよくてうっとりしてしまった。
ウチは皆が見ている前で60歳のおばちゃんにファーストキスを奪われたのだった。
・・それからウチは長いことイリュージョンの活動をすることになった。
イッくん夫妻とれいらさんにはまだ秘密があったけど、それを知るのはずっと先のことだった。
────────────────────
~登場人物紹介~
桧垣梢(こずえ):14歳、中学2年生。一人称は『ウチ』。
桧垣湊(みなと):8歳、小学2年生。梢の弟。造形美術教室の生徒になる。
桧垣純生(すみお):46歳。梢と湊の母ちゃん。旧姓鈴木。
三田静子:60歳。小学生向け造形美術教室の指導者。嬉しいと誰が相手でもキスする癖がある。
玻名城(はなしろ)れいら:17歳、高校2年生。造形美術教室の卒業生で教室を手伝っている。
酒井功:25歳。造形美術教室の卒業生。趣味でイリュージョンをやっている。通称イッくん。
酒井多華乃(たかの):25歳。功の新妻。身体が柔らかい。
4年前に書いた 多華乃の彼氏 と 多華乃の彼氏2 での仕込みをようやく回収しました。
仕込みとは、造形美術教室の先生の名前を三田静子にしたこと、そしてイッくんが京都に行って人間くす玉をクレクレしたことです。
大抵の場合、回収方法はまったく考えずに執筆時のノリだけで仕込むので、そのまま放置で終わることも多いです。
今回はAIで作成したイリュージョン絵(=スーツケースに女の子が入って笑っている絵)が中学生のように見えたことから、この女の子を純生さんの娘にして仕込みを回収することにしました。
純生さんと三田先生のエピソード(純生さん中学3年生のとき)は『三田静子』をサイト検索すれば出てくるはずなので興味のある方はお読みになってください。
今回のイリュージョンは3つ。
イッくんのマンションでやった袋詰めからの脱出は、現実に演じることが可能と想定しています。
ただし、あの部屋(正確にはソファと隣接してキッチンがある)かつ観客が少人数でないとできないので、舞台で演じるには向きません。
袋の上から多華乃さんのボディを撫でまわすのは夫婦のイリュージョンだからできることですね。
梢ちゃんのスーツケースイリュージョンは、前記の通りスーツケースに入った女の子をAIに描かせたので、それなら剣を刺してしまえと考えたものです。
ダンボールの剣刺しはよく見かけるイリュージョンですが、スーツケースは珍しいかもしれません。
サーベル回避のギミックは、これならできそう?というものをイッくんに考えてもらいました。
刺すときと抜くときのタイミングの相違は作者のこだわりです。お読みの皆さまには面倒くさかったら申し訳ありません。
梢ちゃんのスーツケースで仕掛けを凝ったので、多華乃さんのスーツケースは一切ギミックなしの命がけです(笑)。
ダンボールよりはるかに狭いスーツケースの中、軟体ポーズでその上逆立ち。いったいどうやって6本のステンレス棒をすり抜けたのでしょうか?
最後に母ちゃんが止めたのは本当はルール違反です。
元プロだから分かっているはずですが、レストランで血まみれは悪乗りが過ぎましたね。
本話の最後で梢ちゃんの今後を示唆しました。
イッくん夫妻とれいらちゃんの秘密とは、もちろん 前話 で描いたあの趣味です。
梢ちゃんがどんなM少女に育って行くのか作者の私も楽しみです。
挿絵は今回もすべてAIで生成して一部手修正を施したものです。
一番うまくできたのはれいらちゃんのマジシャン��。やはりAIは単純な立ちポーズなら簡単です。
ここのところAIに描かせた絵にストーリーをつける小説が続きましたが、次回以降はストーリーを先に考えて挿絵をつける従来の手順で進めたいと思います。
しばらく時間が開くと思いますが気長にお待ちください。
最後に小説ページの体裁について。
tumblr の入力エディタが更新され、従来の入力方法(HTML入力)が使いモノにならなくなりました。
大きな変化がないように努めていますが、一部違和感があるのはお許し下さい。
(例えば、後書き前の区切り線が引けない~泣)
それではまた。
ありがとうございました。
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こちら(Pixiv の小説ページ)に本話の掲載案内を載せました。
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ユリイカ 2023年12月臨時増刊号 総特集◎坂本龍一 1952-2023
週替りでラインナップを変えている書籍コーナーに一冊雑誌を追加してみた。以前から読書の時間が取れるようになったら読みたいと思っていたユリイカ。最新号ではなく昨年末発刊の坂本龍一特集。
追悼・坂本龍一
坂本龍一とはどのような音楽家であったのだろうか、音楽という営為の自律性が起源とともに問い返されることになる。それこそ坂本龍一の問いであったと信じること、出発点はそこにある。われわれはたしかに坂本龍一の時代を生きていた。坂本龍一死去、残響の手前にその音楽を聴き返す。
【目次】
総特集*坂本龍一 1952-2023
インタビュー
古い付き合い / 大貫妙子 聞き手・構成=ばるぼら
記憶の始まり
坂本龍一を偲んで / 池辺晋一郎
坂本君の教育実習 / 野村滿男
《---分散・境界・砂---》の頃のこと / 高橋アキ
若き日の坂本龍一さんへ / 牧村憲一
奏者――ピアノ‐キーボード‐シンセサイザー
電子音楽のコンステレーション / 川崎弘二
デザインする/される坂本龍一 / 久保田晃弘
「ポスト・キーボード」のピアノ / 谷口文和
再び見出された「即興」の方法論的可能性――坂本龍一とインプロヴィゼーション / 細田成嗣
生き生きとした時間
教授と共に駆け抜けた七〇年代、僕らの音楽革命 / 渡辺香津美
すべての瞬間が生きていた! / 加藤登紀子
永遠に輝き続ける光 / クリス・モズデル 訳=小磯洋光
彼方へ アーバン・シンクロニテイを極点としたスイングバイ――「地下活動」備忘録として / 佐藤薫
傷口それ、まだひらいてるし。 / 山崎春美
音楽/メディア/政治
千の一九六八年――音の相聞歌 / 平井玄
坂本龍一の「アジア」――現代音楽以後の道 / 柿沼敏江
坂本龍一のメディア論的思考――一九八〇年代、なぜ未来派に惹かれたのか / 飯田豊
坂本龍一と哲学者たち――「音」の所在 / 檜垣立哉
「不安定な生」と坂本龍一――音楽と社会活動の政治学 / 中條千晴
同時代人として
ファインダー越しの邂逅 / 高田漣
SILENCE 無時間的音楽 / 蓮沼執太
前夜 / 原摩利彦
“坂本龍一音楽”の美学 / 狹間美帆
音楽と/の作曲、イメージと/の機能――校歌制作記 / 網守将平
呼び交わすインデックス
「commmons: schola」をおもいだしながら / 小沼純一
オペラ《LIFE》、生きられた偽史――一二音技法へのリファレンスの再検討から / 白井史人
作曲という営みの庭――坂本龍一といくつかの小石 / 久保田翠
〈自己〉を聴く技法としての演奏行為 / 堀内彩虹
ポストモダンの呼吸を聴く――坂本龍一の「音楽」について / 仲山ひふみ
座談会
二〇〇〇年以降の坂本龍一の音楽 / 大友良英+秋山徹次+伊達伯欣
遺産相続
それだけではない――現代社会の芸術家 / 三輪眞弘
TRAVELER / 渡邊琢磨
坂本龍一、含羞の線 / 千葉雅也
坂本龍一とメディアアート / 四方幸子
空に降る
美貌の青空はどこに――「一音一時」展をめぐるメモランダム / 松井茂
坂本龍一と雨の降る庭と能――《LIFE》シリーズから《TIME》へ / 原瑠璃彦
坂本龍一はサウンド・アーテイストではない/でもある / 小寺未知留
海へ / 髙山花子
邂逅と瞬間
翁と坂本龍一様 / 大倉源次郎
ピアノの弦が、指の先で、そして指の先で、ピアノの弦が。 / 和合亮一
教授がいたから / 笹公人
大好きな大人 / 山中瑶子
ペルソナは語るか
YMOの/と坂本龍一――「環境」と歴史、切断と継承の間で / 円堂都司昭
ふ・る・え――『戦メリ』の坂本龍一がもたらしたもの / 田村千穂
坂本龍一の作詞的行為について / 木石岳
美しい音楽/美しい技芸――坂本龍一の創作に関する私的な断片 / 西村紗知
LIFE – endless…
坂本龍一:INSTALLATION/ART/SOUND / 阿部一直
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【坂本龍一監督追悼 定期演奏会2024】3月31日(日)サントリーホールにて全日程終了いたしました。
2024年の定期演奏会も残すところ1回のみとなりました。
ここサントリーホールは2022年3月に、今から思えば坂本龍一監督との最後の共演のステージとなってしまいました。
舞台裏には世界の名だたるオーケストラのステッカーに混じり、坂本監督が当時のホルン田嶋キャプテンと一緒に手を添え貼りつけたTYOロゴステッカー(長嶋りかこさんデザイン)が輝いています。
見つかりましたか?
東京近郊に前泊した団員よりひと足早く会場入りして、設営などのお手伝いをしてくれる、今回のツアーのステージング・チームです。
ありがとう。女子5人に男子2人で、「TYOのNewJeansにKinKi Kids」あたりでどうですかね。
こちら男子7人組は「TYOのSEVENTEEN(セブチ)を箱推しする事務局岡田さん」で!
ゲネプロ前の挨拶、注意事項です。
わたしは、生前坂本監督は自分のことを「猛烈な晴れ男だ」だと自称されていましたが、まさかの計らい、追悼の最終公演が3月の観測記録史上の最高温度予想にまでなるとは思わなかった(実際、28度まで上がりました)。最高のホールで、感謝の気持ちを持って、TYO観測史上最高の演奏を、会場のみなさん、ライブビューイングの氷見市のみなさん、坂本監督へ届けましょう、というようなことを言いました。
東京公演には、今年の2月の福島市での合同練習会に参加してくださった松田理奈さんが、「ぜひみんなと演奏したい」と同じステージに乗っていただけるスペシャルなゲストとしてご出演と���りました。しかも、まさに後方から応援のように。団員にとっての好刺激でしかありません。恐縮至極ありがとうございます。
ゲネプロが終わり、第9期の卒団式では、18名の団員の名前を読み上げました。ヴァイオリン菊地彩花さん、山﨑優子さん、渡邉真浩さん、鈴木南々瀬さん、小田知紀くん、戸野部百香さん、千葉隆史くん、コントラバス丹野裕理くん、小針奈々さん、フルート野口菜々水さん、オーボエ菅野怜美さん、クラリネット渡邊理沙子さん、中山優貴さん、ホルン千田捺月さん、田嶋詩織さん、トロンボーン橋本幸歩さん、パーカッション浅野 海輝さん、三浦 瑞穂さん。うち9名が1期からのメンバーです。青春の約半分を東北ユースオーケストラで過ごしてくれたかと思うと感慨深いものがあります。
コロナ禍でリアルに卒団式ができなかった6期と7期の卒団生の名前もステージで紹介できて良かったです。今回のOBOGとして乗ってくれた16人からは事務局スタッフに花のプレゼント、さらに現役団員からは寄せ書きのプレゼントをいただきました。この時点ですでに涙腺がにじんでおりました。
続けて、全員で毎年恒例の丸尾隆一カメラマンによる集合記念撮影となりました。
せっかくのサントリーホールのステージですからね。
今回の本番メンバー全員から海津洸太キャプテンへの感謝の寄せ書きを菊野奏良くんが代表してプレゼントです。
後ろのカメラは、4月に放送のNHKのETV特番チームです。
今期で卒団してしまうコンミス渡邉真浩さんと、ゲスト奏者のソリスト、成田達輝さんのツーショット。
TYOの一人手芸部である駒井心響さんからは事務局スタッフ一人一人に造花をいただきました。キラキラネームの「ここね」さん、ありがとう。
福島事務局の竹田学さんには、似顔絵ならぬ似顔折り紙を。そういえば今年の直前合宿初日は竹田さんの指導からはじまったのでした。10日ほど前の出来事ですが、もう1ヶ月くらい経っている気がします。
右に映り込んでいるのは、写真撮影大好きのスーパーサウンドエンジニア、録音のオノセイゲンさん。
そのセイゲンさんが、理事の塩崎恭久さん、「TYOのシュークリームおじさん」荒川祐二さん(実は定期演奏会の配りパンフの楽曲解説執筆者)とブラジル=ポルトガル語について語っておられたので、思わず声をかけました。
このオジサン三人組は、もちろん「TYOのYMO」です!
今日も舞台裏には坂本龍一監督の遺影が。
この肖像を通り過ぎる際、軽く会釈する団員(新高校一年生)の姿が心に残りましたが、シャッターは押しませんでした。
さて、開場前のホールのロビーです。
はじめての定期演奏会で「ラプソディー・イン・ブルー」を共演してくださった山下洋輔さん。その山下さんがアンコールで坂本監督とアドリブ合戦を繰り広げられた記憶が鮮烈な『ETUDE』編曲者の狭間美穂さんから豪勢なお花を頂戴していました。ありがとうございます。そして、毎年協賛してくださっているJA共済さんからは応援のボードに、みんなの意気込みを書いた寄せ書きを展示していました。
こちらはOGのボランティア手伝い、二人組。
曽我さんと芦名(姉)さんが来てくれました。「TYOの阿佐ヶ谷姉妹」でお願いします。
こちらはTYOオリジナル商品を販売するチーム、4人組。
えー、「TYOのももいろクローバーZ」で! おかげさまで高額の防災セットも書籍『響け、希望の音〜東北ユースオーケストラからはじまる未来〜』も完売になりました。お買い上げありがとうございました。
開演の14時が近づいて、今日の影アナ隊が集合してきました。
右から佐藤栞南さん、叶幸多郎くん、海津キャプテン、市川真名さん、丸山周くん(スタッフTデザイナー)です。
舞台袖が賑やかになってきました。
坂本龍一監督は、音楽を楽しむ大切さを団員に教えてくださいました。追悼公演ですが、これでいいのだ。
司会の渡辺真理さんまで、嬉々として巻き込まれておられます。
上手では、坂本龍一ピアノへのオマージュほとばしる音を奏でていただいている中野翔太さんを囲んで。
TYOのヤングな波に飲まれてくださり誠にありがとうございます!
さて開演。
緊張気味のマエストロを写真撮影で和ませようと試みました。
本番がはじまると、ステージ写真をこっそり撮るのは難しいサントリーホール。今日も休憩前のオリジナル商品の生コマーシャル役三人、TYOのMISAMOが。司会の真理さんに、元団員のNHK密着型ディレクター菊地さんも業務中にピースしてるけど、大丈夫か、ま、そういう業務か。
もちろん、CDはまだまだ売っています、書籍も電子書籍で買えます。ともに活動資金になりますゆえ、ぜひお買い求めを〜。
まだ2部が残る、休憩中なんですが。
成田さんへの寄せ書き色紙の贈呈があった模様です。
もはやトランペットよりも自撮り棒を手にしている印象のOB中村教諭。
今回の演奏会ツアーで団員が撮った写真の総枚数はいかほどか。坂本監督との思い出とともに、みんなの一生の宝物ができたのではないでしょうか。
このサイトのシステム上、ひとつの投稿に30枚までしか写真をアップできないもので、時間は早送りに。
ホール満員で埋まる観客のみなさんからの拍手喝采を受け、全員が立ち上がるカーテンコールです。あちら、こちらに、涙、涙、涙。
マエストロを囲む、みなさま、本当にありがとうございました!
吉永小百合さんは、毎年団員から贈られる寄せ書きを楽しみにしてくださっているそうで、
手に取り、待ちきれないとばかりに文字を追われております。
プレゼンターの海津キャプテンと。
おかげさまで沢山のメディアに報道していただけました。一部ご紹介します。
「吉永小百合 坂本龍一さんを哀悼「神は意地悪」追悼演奏会に出演し涙」(デイリースポーツ)
吉永小百合 天国の坂本龍一さん思い涙 追悼演奏会で詩を朗読「届いたと思います」(スポニチ)
吉永小百合、盟友・坂本龍一さん思い涙 「あんなに早く天国に迎え入れられたのはすごく悔しい」(中日スポーツ)
吉永小百合、涙 坂本龍一さんに捧げる朗読 「神さまは意地悪」 東北ユースオーケストラ演奏会で(スポーツ報知)
教え受けた坂本龍一さんを追悼、東北の被災地楽団が演奏会 震災の鎮魂曲も(産経ニュース)
坂本龍一さん監督務めた東北ユースオーケストラ追悼演奏会で吉永小百合が涙「坂本さんがいる」(日刊スポーツ)
坂本龍一さん結成のユースオケ、追悼演奏会 吉永小百合さんが詩朗読(毎日新聞)
坂本龍一さん鎮魂の演奏会 教え受けた被災地オーケストラ(47News)
坂本龍一さん鎮魂の演奏会 教え受けた被災地団員が演奏、吉永小百合も出演(サンスポ)
坂本龍一さん立ち上げの東北ユースオーケストラ視聴会 氷見市(NHKオンライン)
能登半島地震から1日で3カ月…東日本大震災きっかけに発足した楽団が演奏会 氷見市でライブビューイング(FNNプライムオンライン)
復興の祈り氷見に響く 東北ユースオケ公演生中継 富山、石川の800人拍手(47News)
こちらは、長尺8分ほどの動画ニュース 吉永小百合が坂本龍一追悼コンサートで盟友に捧げる詩を“涙の朗読”(テレ朝ニュース)
東日本から能登の被災地へエール 坂本龍一さんの楽団がつなぐ(朝日新聞デジタル)
追加で、長尺10分弱ほどの動画ニュースです。 坂本龍一さん追悼コンサート キャプテンは演奏中に涙 「それも音楽ということで」(日テレニュース)
この東京公演は、東北ユースオーケストラが「いつまでも支援される側ではなく、支援する側にもなる」、その第一歩でもありました。
コンサートの冒頭、小学校3年生の時に気仙沼で被災した三浦瑞穂さんが、氷見市芸術文化館でのライブビューイングに訪れた800人の観衆のみなさんに向けて、自らの体験をもとに励ましのメッセージを送るにあたって言い淀んだ瞬間がありました。津波に飲み込まる難を逃れ、九死に一生を得た自分が「生きていていいのだろうか」と悩み、自らを責め続けた三浦さんが、東北ユースオーケストラでの活動を通じて、「自分も生きていいんだ」と思えるようになった。その自分がはたして能登半島地震で被災した方々を元気づけるような言葉を発するようなことができるのだろうかという逡巡、自分の言葉が押し付けになっていやしないだろうかという「ためらい」であるように受け止めました。今後、たとえ支援する側になったとしても、この「ためらい」の気持ちは大切だぞとも感じました。坂本龍一監督なら、この慎み深い姿勢には共感されるのでは、とも。
本番の演奏で、三浦さんはいつものように拍子木を打ち、透き通った、まっすぐな音をサントリーホールに響かせてくれました。きっと富山県、石川県のみなさんにも、その音は確実に届いたはずです。
晴れやかな表情でサントリーホールを後にする5人に混じって、明日から新社会人の三浦瑞穂さん、次の「拍子木スト」の指名、教育もお願いします!
おかげさまで東北ユースオーケストラ 坂本監督追悼 演奏会2024は、無事終了いたしました。
カーテンコールの中、スクリーンに映し出された言葉は、
「坂本監督、これからも私たちを見ていてください」
ツアー中、自撮り棒を巧みに操っていたOBの中村祐登はカトリック系の小学校の教諭であり、敬虔なクリスチャンなのでありますが、本番中の降り番のタイミングで近づいてきて、「知ってました? 今日31日はイースターなんですよ」「そうか、今日は坂本監督復活祭か」
来年も3月に311を思い返し、坂本龍一監督を偲んで、みんなで集う、音の祭りが開催できますよう。
最後にご支援のお願いをさせてください。
こちらは、寄付プラットフォームのSyncableのサイトより、そして今年の2月からはYahoo! ネット募金でT-ポイントでもご寄付いただけるようになりました。
引き続き東北ユースオーケストラへの応援、支援をよろしくお願いいたします。
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池田輝政による姫路城築城の時、完成した天守から一人の男が身を投げて自殺したといわれています。その男の名は、城普請にあたった大工の棟梁・桜井源兵衛。
輝政に命じられ、9年間、寝る間も惜しんで仕事に打ち込み、やっと完成した姫路城。しかし、彼には、丹精込めて造り上げた天守閣が巽(東南)の方向に少し傾いているように思えてなりませんでした。
そこで妻を伴って天守に登ると、「お城は立派ですが、惜しいことに少し傾いていますね」と指摘されてしまいます。「女の目にわかるほどとすれば、自分が計った寸法が狂っていたに違いない」とがくぜんとした源兵衛は、まもなくノミをくわえて飛び下りたといわれています。
実際に城が東南に傾いていたのは解体修理で確かめられています。本当の理由は、東と東南隅の石垣が沈んだためでした。
姫路城の歴史 | 姫路城公式サイト
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四篇 上 その三
そのまま、このふた川の宿場を通り過ぎ、はやくも大岩小岩を通り過ぎて、岩穴の観音をふしおがみて、一首詠む。
行がけの 駄賃におがむ 観音も 尻くらいとは 岩穴のうち
そんなことを高声に話して、歩いていたが、あくびをしながら北八が言う。
「ああ、退屈だ。しかも、くたびれた。こんな小さな風呂敷包みや紙合羽もどしてこうして、結構、荷物になるものだ。
どうだい、弥次さん。お前の荷と俺の荷を一緒にして、坊主と出会うたびに持ち換えるってのはどうだい。」
弥次郎兵衛は、ポンと手を打ち、
「そりゃいい。ちょうどいいところに、竹が捨ててある。」
と、道端の竹を拾い上げて、二人の荷物を括り付けて、
「さあ、これでいい。北八、お前から先に持っていけ。」
北八が、
「いいや、こういうもんは、年上のものからと決まっている。」
と、首をふる。
「そんなら、ジャンケンで決めよう。」
と、弥次郎兵衛と北八はジャンケンをはじめる。
「ひい、ふう、みい、おっと勝ちだ。」
「ええい、畜生め。」
北八が負けて、荷物を持って歩き出す。
二人が歩き出してまもなく、向こうから旅の僧侶が来た。
どうやら、この僧侶は、法花宗とみえて、
「だぶだぶだぶ、だだだぶだぶだぶ、ふにやふにやふにや、だぶだぶだぶ。」
と、訳のわからない念仏をとなえている。
北八は、弥次郎兵衛の方を見ると、
「そりゃ、弥次さん。お前の番だ。ほれ、受け取りな。」
と、弥次郎兵衛に荷物を渡す。
「あらよっと、どれどれ、次の坊様は、来ないか。早く来ればいいものを。」
と、弥次郎兵衛が道の向こうを見ると、馬にゆられる人が来るのが見えた。
馬につけた鈴の音が「シャンシャンシャン」と鳴っている。
馬方の歌も聞こえてきた。
「たかい~山から~、谷底~、見れば~え、おまん~かわいや~布さらす~なあ~え。」
弥次郎兵衛が、鈴の音や馬方の歌に吊られるように見ていると、
「きたきた。あの馬には、天皇の御祈願なさる寺の絵札が付いてる。
ということは、馬のうえの人物は、これから出家する者だろう。」
北八も、それに気づいて、
「ちくしょう、えらく早いな。」
と、荷物を受け取って行く。
しばらく行くと、道の側にしゃがんでいる男が居る。どうやら、脚が悪いようだ。
その男が話しかけてきた。
「ご覧の通り、足が悪くて、難儀しております。ぜひ、ご奉仕を。」
すると、北八が、
「いやこれは、坊主だ。弥次さん。一文やれや。」
と、言うと、弥次郎兵衛は、懐から一文だしてやる。
「ほれ、とりな。でも北八、前から見ると坊主の様だが、後ろから見ると、ぼんのくぼに毛が残っている。こりゃ、坊主じゃないわ。」
北八は、言い返せなくて、
「はあ。」
と、いったきり、すたすた歩いていく弥次郎兵衛を追いかける。
その後から、尼が三人連れでやってくる。
指に竹の管をつけて、ガチャガチャ鳴らしながら、歌っている。
「身をやつす~、賊が思いと~夢ほど~、あなたに知らせたや~、ああ、そりゃ~、夢ほどさめに~知らせたや~、さあさ、さんがらえ~、さんがらえ~。」
「なんとも、色っぽい声がする。」
と、北八、目をこらして、
「ひゃ、ありゃ、尼だ。尼だ。さあ、弥次さん、これを受けとりな。」
と、弥次郎兵衛に荷物を渡す。
「ええい、いまいましい。」
と、悔しがる弥次郎兵衛の横を澄ました顔で、北八が歩いていく。
「人に、荷物を持たせるのは、なんとも、いいものだ。
これは、まさしく、お供を連たってところだな。ホントにいい気持ちだ。
おっ、弥次さん、見てみろ。さっきの尼さんが、俺を見てる。たまらねえぜ、畜生め。」
弥次郎兵衛は、荷物を持ち替えながら、
「ありゃ、別に、愛嬌があるわけじゃねえ。ただ、顔にしまりがねえんだ。」
「おやおや、悪いことを言うもんだ。」
と、北八は、笑顔で尼を見ている。
さて、その後になり先になり歩いていく尼は、三人連れだ。
二十二三と十一二の尼と、あと一人は、四十過ぎの年増。
その中の二十二三の尼が、北八の側に寄って声をかけてきた。
「もし、あなた、火はおざりませぬか。」
「はいはい。今、点けましょう。」
と、北八は、すり火うちを出してカチカチとやり出す。
火がつくと、北八は、
「さあ、使いなせ。ところで、お前さんがたは、どこまで行きなさる。」
と、いいながら、さしだす。
「はい、名古屋の方に参ります。」
「そうだ、今夜、一所のところに泊ろうじゃねえか。どうだ、赤坂まで行こう。」
と、北八が言うと、尼は、顔を輝かせて、
「それは、ありがとうおざります。ところで、お煙草を一服いただけませんか。
どうやら、買うのを、忘れてしまったようなので。」
尼さんの言いように、北八は、
「さあさあ、煙草入れを出しな。みんなあげよう。」
と、さっさと、入れてしまう。
「それでは、あなたがお困りでおざりましょう。」
北八は、手を顔の前で振りながら、
「なに、いいってことよ。で、お前さんがたのようにうつくしい顔で、なぜ、髪を剃りなさった。なんとも、みるからにおしいことだ。」
と、じっと尼さんの顔を見ている。
尼さんは、
「いやいや、私どもは、例え、髪が有ったとしても、誰もかまってはくれません。」
と、言うのに北八は、
「そんなことはないだろう。俺なら、一番先にかまう。
いや、なんとしてでも、かまわしてくれ。」
と、いう。
尼さんは、妖しいほどの笑みを浮かべている。
それを見て、北八が、
「ああ、早く、一つ所に泊まりたい。弥次さん、この先の宿へ、もう、泊まろうじゃねえか。」
と、いうのに、弥次郎兵衛は、
「馬鹿言え。くそ、坊主がこなくなった。」
と、こごとを言いながら歩いて行った。
火うち坂を過ぎ、二軒茶屋というところに着くと、尼たちは、急にわき道に折れてしまう。
北八がこれに気づいて、
「これこれ、お前たちは、どこへ行く。そっちじゃ、あるめえ。」
これに、尼さんが答えて、
「はい、これで、お別れいたします。私共は、この田舎の方を回ってから参りますから。」
と、野路をさっさと行き過ぎる。
北八は、あきれて見おくると、その様子を見ていた弥次郎兵衛が、ふきだし、
「ははは、北八、お前、ついてないな。」
「ええい、だまされた。でも、残念だ。」
と、立ち止まっていると、後ろから来た人が、ぶつかってきた。
北八が振り替えりながら、
「アイタタタ。前を見て歩け。いったい誰だ。」
と、ふりかえり、みれば、旅の僧だ。
「おっと、荷物を渡そう。ほらほら。」
苦りきった顔で、荷物を受け取ると、
「こりゃ、やれん。」
と、いやいや、荷物を受け取ると、とぼとぼと歩いていく。
やがて、吉田(愛知県豊橋市付近)の宿場に着いた。
ここで、弥次郎兵衛が、一首詠む。
旅人を 招くススキの 穂くちかと ここも吉田の 宿の娼(よね)たち
(吉田の宿場の遊女をススキの穂が揺れるのにかけた)
この宿場の外れから、遠国の団体を組んで神社仏閣を参詣する輩らといっしょになった。
ただ、どういうわけか、少々シャレた口の利き方をしている。
その中の一人、肩の所に、色あせたつぎあてをしている安物の木綿の縦じまを肩に引っ掛け、風呂敷包みを持て居る男が、後ろ振り返り、声高に話しかける。
「おおい、源九郎義経、やいやい、早く、来んなさいの。」
弥次郎兵衛と北八はそれを聞いて、おかしく思い、この義経と呼ばれる男を見てみれば、これも、安物の木綿の縦じまに、手に風呂敷包みを抱えていて、なんとも、不細工な顔の男。
しかも、髪の毛がうすくなっている。
「かめ井殿や、片岡殿は、たいそう、足が丈夫なようだ。私の踵はあかぎれで、石ころを踏むと、痛くて歩かれない。」
かめ井は、そんな義経をほっておいて、
「そういえば、静御前は、どうしたの。」
と言うと、義経は、チラッと後ろを振り返って、
「ああ、それか。さっきの宿場で、静御前の持病の疝気がおこって、両目を吊り上げて、死ぬの死なぬと、なんだかんだと騒ぎだした。
その上、六代御前が、牡丹餅を三十も食って、お腹が痛いとのたうち回る。
更に、弁慶は、団子のくしで、自分の咽をついたと泣き出し始末。
仕方がないので、俺の親戚の平友盛殿らで、三人を介抱してたから、ぼちぼちとくるだろうて。
まったく、何にも知らずに、突っ走るように歩いて、幸せもんだの。」
弥次郎兵衛は、この話をおかしく聞いていたが、
「お前さん方、いったいどこまで行くんだね。」
と、話しかけた。
すると、義経が、
「はい、お伊勢さまへ参ります。」
と、答える。
「さっきから聞いてると、お前さん方、義経だの、弁慶だのと言ってるが、いったいどう言う事だ。」
弥次郎兵衛は、さっきからの疑問を問いかけてみた。
「ああ、知らん人が聞きなさったら、おかしく思われるじゃろうが、実は、私らが国を出る前に祭礼があって、その時『義経千本桜』という芝居をやりまして、その中で、よしつねだの、べんけいだのと、つけた役名を忘れないようにとたびたび呼んでいたのが、今でも、そのままおどけて言っているので。」
弥次郎兵衛は、その話に納得して、
「なるほど。ということは、お前さんは、義経になったという事だね。」
と、問いかけると、義経は、胸を張るように、
「そうでおざる。
実は、その前に、私らの国に、江戸芝居が来て、『天神さま』の芝居をやったんじゃが、まあ、聞いてくれ、びっくりしたでよ。」
「・・・」
「なにがって、藤原時平(ふじわらしへい)とやら五兵衛とやらいう悪人に騙されて、天神さま(菅原道真)が島流しになるという話で、みこしに乗って出てくると、見物していた女どもが、なんともいとおしい事だと涙をこぼして、まるで、本願寺の法王を通るように米だ銭だと、舞台へ撒き散らしだして。」
「・・・」
「その上、見物の中から、馬を商っている与五左という乱暴者が、舞台に駆け上がって、
『こんな芝居はやらせな。なぜ、天神さまが、島流しになるんだ。
さっき出てきた、長楽寺の閻魔にそっくりな、お公家どのが悪人だ。
天神さまには、なんの罪もない。いかに芝居だといって、人を馬鹿にしたもんだ。』
と、時平をやっつけるといいだした。
なにしろ、御年具米の二俵くらいなら簡単に持ち上げるほどの力もちの男だから、誰もびっくりして、止めるに止められなくなって、見物も口々に、与五左の言うとおりだと言い出した。」
「・・・」
「時平を、引き出してぶちのめせと、村中の若い者たちが楽屋へ怒鳴り込んで、乱暴し出したんだ。そうなると、江戸役者の時平役は、こりゃ、たまらんと、尻に帆をかけて、逃げ出した。
それから名主のところで相談して、もう、この村へ江戸役者は入れないことになったんだ。
その後、私らが、芝居をやり出したんだが、江戸芝居より面白いというんで、何百回もやりました。」
と、勢い込んで、喋っている。
義経の自慢話を、聞くとはなしに聞いていると、いつのまにか、大雲寺に着いた。
つづく。
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Meiko Kaji (梶芽衣子) and Hoki Tokuda (ホキ徳田) in Blind Woman’s Curse (怪談昇り竜), 1970, directed by Teruo Ishii (石井輝男).
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■真田幸隆
幸隆公の名については、最近では『幸綱』が正しいと言われるようになってきました。そして、出典はわからないのですが、『幸隆』は『こうりゅう』と読み、出家後の法名ではないかとの説も近年は浮上してきています。真田まつりでは『幸隆』で登場しますので、この名前表記で参ります。
幸隆公は永正10年(1513)年に生まれました。父親については、滋野一族の本家である海野棟綱、棟綱の息子の幸義、棟綱の娘婿の真田頼昌など、諸説あります。
真田家としては最も家格の高い海野氏直系(棟綱の子)を称したようですが、最近は真田郷を領していた真田頼昌(海野氏の分家らしい)の息子説が有力のようです。
幸隆公が29歳の天文10年(1541年)、真田郷を含む小県(長野県上田市・東御市周辺)を狙う武田信虎・村上義清・諏訪頼重が連合して小県に侵攻(海野平の戦い)、幸隆公の伯父(叔父・兄とも父とも)にあたる海野幸義は討死し、幸隆公は上野へ逃れました。この際、祖父の棟綱も上野に逃れたと言われていますが、その後の消息は不明です。幸隆公29歳の祖父とすれば70歳前後にはなっていたでしょうから、失意のうちに上野で亡くなったのかもしれません。
上野へ逃れた幸隆公は、同族の羽尾幸全や関東管領上杉氏の重臣・長野業政などを頼ったと伝わっています。
関東管領の力を借りて小県奪還を目指した幸隆公ですが、すでに力を失っていた関東管領では望みが叶わないことを感じた幸隆公は、仇敵であった武田家に仕官することを決意します。
武田家は海野平の戦いの直後に代替わりしていていました。新しい当主の信玄公(当時は晴信)も信濃を狙っているため、自分(幸隆公)のような信濃の状況に詳しい人材を欲していることを、幸隆公はわかっていたのではないでしょうか。
武田家に仕えて数年後、海野平の戦いからちょうど10年となる天文20年(1551年)、やはり仇敵であった村上義清の支城の砥石(戸石)城を真田の手の者だけで攻略しました。
この城は、前年に信玄公が大軍で攻めたものの落とすことは出来ず、退却時に反撃にあって多くの兵を失い『砥石崩れ』と呼ばれた敗戦の舞台になった城。それを僅かな兵で落としたのです。
この砥石攻めについては、武田家臣駒井高白斎による『高白斎記』の「砥石の城真田乗取」の記述だけで詳細はわかりませんが、砥石城は真田郷のすぐ近くにあるため、城内には旧知の人物も多く、その縁をたどって調略を仕掛けたのではないかと推測されています。
信玄公に信頼された幸隆公は、主に信濃・上野方面への侵攻の主力となり活躍しました。幸隆公の息子たちも武勇で知られ、特に信綱公・昌輝公・昌幸公は、江戸時代になってからの成立ではありますが揃って武田二十四将に選ばれています。(何種類かあるようです)
故郷を追われ上野を放浪した幸隆公は、信玄公という主を得たことで、旧領を回復しただけでなく、真田家を飛躍させる基礎を作りました。
天正2年(1574年)5月19日、幸隆公は前年病死した信玄公の後を追うように亡くなりました。享年は62。家督は幸隆公存命中に嫡男の信綱公が継いでいたようですが、翌年の長篠の戦いで信綱公と次男昌輝公が討死するなどと思ってもみなかったでしょうね・・・
考えてみると、真田家は不思議な家です。何度も崖っぷちに立たされながら、その度にステップアップしていく家。ざっとまとめると、こんな感じになります。
信濃の片隅の一土豪(幸隆公)
→何もかも失い上野へ逃亡(幸隆公)
→武田家に仕えて重臣扱い(幸隆公)
→主家が滅んで領地は大勢力の草刈場に(昌幸公)
→主を次々と替えながらも真田家存続させ独立大名に(昌幸公)
→関ヶ原の戦いで親子兄弟が敵味方に(昌幸公)
→昌幸公・幸村公は配流になったものの加増され上田を領有(信之公)
→大坂の陣後に家臣の密告により大坂方にいた幸村公との内通を疑われる(信之公)
→加増のうえ松代へ移封・信濃で一番の石高となる(信之公)
最後の松代移封は信之公の心情としては嬉しいものではなかったでしょうが、繰り返し訪れる危機を乗り越えてきた家だということがわかります。
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20231005
1005 きままなTV・メディア情報です(不定期刊)
「日テレHDと系列5社、集中排除原則に抵触 3日に是正」(日経)
「神奈川新聞記者への賠償命令取り消し 名誉毀損認めず」(産経)
「日テレ Jへの忖度一部認めた『怒らせると、キャスティングや取材が…』民放で初」(デイリー)
「J会見に指名NG記者リスト NHKが顔写真入り書類持ち歩くスタッフを放映」(デイリー)
「J事務所がNG記者リスト報道受けあらためて関与を否定『役員全員にも再確認』」(ニッカン)
「中居正広、TBS系生特番『NPBドラフト会議』に出演 2年連続、4年振りの有観客」(ニッカン)
「CX水10『パリピ孔明』2話連続トレンド1位 上白石萌歌『輝き伝わる』」(ニッカン)
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20231013@Forum Sendai
PIANO
覚悟が違うんです。こんな苦しい舞台挨拶も初めてです。出演者の覚悟もあるし、スタッフ1人ひとりが真摯に向き合い、みんなで作り上げた映画なので熱気が違う。誰も手を出していないところに踏み込んでいったので、結果的にまったく新しい映画になったという自負があります。(石井裕也)
石井裕也監督「月」という映画は、キネマ旬報の最新号に原一男監督が不満?ともとれる批評を寄稿しているが、それはよく判る気がする。宮沢りえ・オダギリジョーをとおして、障害者は「いのち」であり「言葉」であると主張されているが、それを映画は裏切りつづける仕様になっている。障害者の内面を描こうというコミットメントは存在しない。これは原一男監督のアプローチと真逆である。
私がこの映画から受け取ったのはこういうコトである。プロ野球の観戦にいくと必ず応援席の方を向く形で、指揮者のように「雇われ応援団長」が旗を振ってマイクパフォーマンスを行っている。この存在が石井裕也監督だ。客席にいるヒトはかれがいなくても応援するし、グラウンドに立つプレーヤーもかれがいなくても試合をつづけるだろう。かれは試合をみているようでみていないし、客席に寄り添っているようで寄り添わない。勝っても負けても「明日もまた応援よろしくお願いしまーす!イエーイ!」みたいなコトを言って去っていく(これは脚本・演出についての話ではない)。
それはプロ野球のような興行とはかけ離れた殺伐としたモノである。この社会では誰もが不景気で、ある部分が欠損して破綻した存在であるという前提では、プレーヤー(磯村勇斗・二階堂ふみ)は客席(宮沢りえ・オダギリジョー)に「お前らは嘘つきで何もしない」と言うしかないし、客席はプレーヤーに「私はあなたたちを守っている。付き合っている。言葉で支えている。同じ目線にいる」と声をかけつづけるしかない。
この映画で問題になるのは、双方がなぜか出生時から、客席に行くか、グラウンドに行くかを決められてしまっているコトである。双方は客席とグラウンドを行き来しているようで、じつは行き来していない、というのが、この映画の傑出した主張である。石井監督はその間に入って、指揮のようなコトをしている。原一男監督のアプローチと真逆だ。
すべての「いのち」が祝福されているという前提を覆し、また嘘やタテマエ、つまり「言葉」がなければ平和や日常は訪れないというフィクションを徹底的に覆す。この映画は、客席とグラウンドの間に立つ、その「ヒト」の力量によって、輝いたり、色褪せたりするのが人類だと語っているようだ。私はこれを文学への信仰ととった。「月」という映画は石井裕也氏の原型的なモノが強く出ている。かれにとって映画は、21世紀に打ち捨てられた人びとの殺伐として、ありふれた人形劇であり、また、その人形の影で、世界全体を召還しようという試みであるコトははっきりしている。客席にいる者はひたむきさを懸命に装い、グラウンドに立つ者は客席に行きたければ「超越」を目指すしかなくなるというような、その棲み分けは厳密に行われていたのだ。だから宮沢りえ・オダギリジョーが小さな夢を叶えてもなお、磯村勇斗・二階堂ふみが最後、障害者らに手を掛けるのは合理性がある。
石井裕也氏の著書「映画演出・個人的研究課題」を読むと、石井氏本人は完全にグラウンド側の人間なのではないだろうか?と思ってしまう。かれは奇天烈な人物である。そして、客席にいるのは常に、幼少時に死別した母親の姿なのだろう。映画監督としてのかれはその間にいて、常に引き裂かれている。それがかれのユーモア���ある。「月」の主要人物4人は、私がいままでみたどの4人よりも説得性を帯び、テンションが高かった。それがかれの文学の力なのではないだろうか。
gendai.media/articles/-/117512 117515
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2023年9月26日に発売予定の翻訳書
9月26日(火)には26冊の翻訳書が発売予定です。
細部から読みとく西洋美術
スージー・ホッジ/著 中山ゆかり/翻訳
フィルムアート社
中国の翻訳絵本と児童教育
劉娟/著
法政大学出版局
ハントケ・コレクション 1
ペーター・ハントケ/著 服部裕/訳 元吉瑞枝/訳
法政大学出版局
断絶
クレール・マラン/著 鈴木智之/訳
法政大学出版局
地図でみる世界の地域格差 OECD地域指標2022年版
OECD/編著 中澤高志/監訳
明石書店
ストーリーで惹きつける科学プレゼンテーション法
Bruce Kirchoff/著 庫本高志/翻訳 Jon Wagner/イラスト
羊土社
教皇ハドリアヌス七世
コルヴォー男爵/著 大野露井/翻訳
国書刊行会
ハンティング・タイム
ジェフリー・ディーヴァー/著 池田真紀子/翻訳
文藝春秋
日本の風刺詩 川柳
R. H. ブライス/著 西原克政/翻訳
花伝社
おじいちゃんの くるみの き
アミ=ジョーン・パケット/著 フェリシタ・サラ/イラスト ひさやまたいち/翻訳
評論社
パッチワーク
マット・デ・ラ・ペーニャ/著 コリーナ・ルーケン/著 さくまゆみこ/翻訳
岩波書店
稜線の路
ガブリエル・マルセル/著 古川正樹/翻訳
幻戯書房
九番目の招待客
オーエン・デイヴィス/著 白須清美/翻訳 山口雅也/監修
国書刊行会
レジリエンスの時代 再野生化する地球で、人類が生き抜くための大転換
ジェレミー・リフキン/著 柴田裕之/翻訳
集英社
ようこそ、ヒュナム洞書店へ
ファン・ボルム/著 牧野美加/翻訳
集英社
世界秩序の変化に対処するための原則 : なぜ国家は興亡するのか
レイ・ダリオ/著 斎藤聖美/翻訳
日経BP 日本経済新聞出版
K-PUNK 夢想のメソッド──本・映画・ドラマ
マーク・フィッシャー/著 坂本麻里子/翻訳 髙橋勇人/翻訳
株式会社Pヴァイン
心に、光を。 不確実な時代を生き抜く
ミシェル・オバマ/著 山田文/翻訳
KADOKAWA
絡まり合うモノと人間 : 関係性の考古学にむけて
イアン・ホッダー/著 三木健裕/翻訳
同成社
偽装された原爆投下 : 広島・長崎原爆の物理学的・医学的エビデンスへの再検討
ミヒャエル・パルマー/著 原田輝一/翻訳
福村出版
音楽の人類史 : 発展と伝播の8億年の物語
マイケル・スピッツァー/著 竹田円/翻訳
原書房
哀れなるものたち
アラスター・グレイ/著 高橋和久/翻訳
早川書房
図説 世界の「最悪」クルマ大全 新装版
クレイグ・チータム/著 川上完/監修
原書房
The Power Law(ザ・パワー・ロー) ベンチャーキャピタルが変える世界(上)
セバスチャン・マラビー/著 村井浩紀/翻訳
日経BP 日本経済新聞出版
The Power Law(ザ・パワー・ロー) ベンチャーキャピタルが変える世界(下)
セバスチャン・マラビー/著 村井浩紀/翻訳
日経BP 日本経済新聞出版
新版 地図で見るアフリカハンドブック
ジェロー・マグラン/著 アラン・デュブレッソン/著 オリヴィエ・ニノ/著 鳥取絹子/翻訳
原書房
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全日本プロレスを観てきました
デデドン!
人生3回目のプロレス観戦です!過去2回はDRAGON GATE、そして今回8/27は初の全日本プロレスです。
入場の際にいただいたクリアファイルなんですが、無料でいただいていいクオリティではなくて驚きました。普通に物販で500円くらいで売っていそうなアイテムですよこれは
17時開場18時開始だったのですが、17時から30分ほどだったでしょうか、オープニングアクト・Team AEDによるショータイムがありました。プロレスを観にきてAEDの操作方法を学ぶとは思いもしなかったのですが、実際使い方を全く知らなかったので非常に有益な時間になりました。実は社内で最もAED設置個所に席が近いのがこの私ですのでね……有事の際には電極パッドを右胸と左脇腹に貼り、1秒間に2回のペース(=アンパンマンマーチのリズム)で胸骨圧迫を行い皆の命を救えるよう努めます!
ショータイム後はファンクラブ会員限定2ショット撮影会があり、ガチ勢の皆様は破顔一笑でスタッフの方に撮影してもらっていました(この日はヨシ・タツ選手でした)。昔AKBのメンバーが握手会で襲撃される事件がありましたがこちらに至っては襲い掛かろうものなら秒でこてんぱんにやり返されるため、遠巻きに見ている自分も何となく安心でした。かつて実際に女性アイドルの現場に行っていた女オタクですが、やはり相手がかよわい女の子で、かつ自分が消費者であり購入者というある意味では上の立場だからか傍目から見ても「こいつ自分の立場勘違いしとるな???」みたいなオタク(性差別をするつもりはありませんが全員男性な!)もいたので……。
で、肝心のプロレスはというと……たのC!めっちゃたのC!!(※対戦カードはこちらをご参照ください)以下、私の何の参考にもならないくそみそ記憶を元に、掻い摘んで綴っていきます。会場は動画撮影は不可ですが写真の撮影は可でしたので、スマホで���シパシ撮ったっ写真も添えます。ドラゲーもそうだったので、プロレスは今そういうレギュレーションが主流なんですかね?
第一試合
綾部蓮選手、パリコレのランウェイにいるアジア系モデルのような抜群のプロポーションに引き締まった美しい筋肉が備わり芸術作品のようでした。小仲=ペールワン選手がそんなに大柄でないこともあり対峙すると親子のよう……。小仲選手は入場曲が流れた際に数名ものすごい勢いで沸き出したので、濃いオタクがいるんだな……となりました。小柄な二人VS大柄な二人だったのですが、結果は、まぁ。井上選手も小仲選手もナイスファイトでした!
第三試合
こ、小島だ~!!!
知っている選手がいるとそれだけではちゃめちゃ楽しいですね。パンフレットを買っておらず対戦カードを知らなかったため、まさかの小島に爆上がりです!
お互いの攻撃の一つ一つの音がすごく重くて、速度×質量の大きさを感じさせます。石川修司選手、強そうにもほどがあるのでは
第五試合
沙希様おる!!えっめっちゃ綺麗細い顔小さい
DDTプロレスから参戦のチーム、Eruption。
タトゥーびっしりの坂口選手はVシネに出てきそうな渋さと凄味があったのですが、何と坂口憲二の実のお兄さんだそうで(すごい兄弟だな……)。当たり前ですが沙希様の細い肉体ではごつい大森選手に投げ技はかけられませんので、そこは協力攻撃です。勝利後の沙希様の煽り、最高でした!
第七試合
な、永田だ~!!!
(画像右から2人目)(わかりにくいにも程がある)
何と5対5の10人タッグでございます!!ハチャメチャに楽しくて、目玉10個くらい欲しくなりました。
ライジングHAYATO選手が金髪でよかったです、もし彼が黒髪だったらハートを盗まれていましたね……。そして"最高の男"こと宮原健斗選手!盛り上げは上手いし常に他の選手への熱い声援も欠かさないしで、こりゃ会場にこれだけのファンがいるわけだ、とわからせられました。掲げられた黄色いタオルの多さと言ったら!
場外乱闘だらけでめっちゃ楽しかったです。
そこで闘うんかい!!!
人生初の生ゼアッ……この時の会場の統一感すごかったです(もしかして:ゼアゼア)。
第八試合
決勝戦、小島聡選手vs本田竜輝選手でございます!!結果はというと……
こ、小島だ~!!!!!
こちらの試合では永田選手がずっとリング脇から小島選手に声援を送っていたのが激熱でして……。未だに現役でいてくれて、嬉しい限りですね。全然関係ないのですが、試合開始前のレフェリー紹介で一部ベテランレフェリー?の方にコールがあったのが楽しかったです(「カンバヤシー!!」「キョウヘーイ!!」等)。
あっという間の約3時間でした、本当に楽しかったです!!
同日の同会場別ホールでは浜崎あゆみのコンサートも開催されており、あゆがデカデカと印刷されたコンサート機材運搬車両がありこれはこれでテンション上がりました。
たまにはこういう非日常もいいですね~。いつも付き合ってくれる交際相手に感謝です。
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