Tumgik
sfinformation · 7 years
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「未邦訳かよ」01: Expendable
外国語文学の翻訳は本当に大変な作業です。作者の意図や細かいニュアンスを保ちつつ、日本語として気持ちよく読める文章に仕上げることはただでさえ難しいのに、専門用語や造語が乱立しがちなSF小説の翻訳は控えめに言って、人間業ではありません。そんななか、毎年数々の素晴らしい作品をピックアップし、日本で流通させる出版社と翻訳家の努力には畏敬の念を抱きます。
それでも、なぜこれを持ってきてくれない!?と叫びたくなるほど面白い作品はまだまだたくさんあります。そんな未邦訳作品を、単なる私の趣味を基準に、いくつか紹介していきます。名付けて「未邦訳かよ」シリーズ(英語以外の言語圏に関しては私も翻訳家に頼りきっている状態なので、英語圏に限られてしまいますが)
第一弾は、初めて読んだときから10年経った今でも私の中に強い印象を残しているこの作品にしたいと思います!
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"My name is Festina Ramos, and I take great pride in my personal appearance."
これはカナダ人のジェイムズ・アラン・ガードナーの小説『Expendable』(1997年初版、HarperCollins Publishers)の導入である。その言葉の意味については後ほど述べる。
舞台は、人類が外宇宙に進出し、数々の植民地を銀河中の惑星で築いた未来。語り手である主人公のフェスティナ・ラモスは地球艦隊のExplorer Corps(探索隊、あるいは調査隊と言ったところ)の一員である。未開拓の惑星へ最初に降り立って、現地調査を行うのが彼女の仕事。
ついにフェスティナは生還不能と言われている惑星メラクインの調査を命じられる。そして恐れていた通り、突然の事故に見舞われ、たった一人メラクインに放り出されてしまう。数々の調査員が消息を絶ったこの惑星から生還できるのか?そして、地球に酷似した環境のメラクインには、どんな秘密が隠されているのだろうか?
とまあ、予告編風に書けば、よくある軽めの宇宙冒険モノかなと思われるかも知れないが、『Expendable』の真骨頂はその皮肉な世界設定にある。
一つは、League of Sentient Peoples(直訳すると知的生命体連盟)という存在。特定の文明が知的生命体と判断されれば、連盟の代表が現れ、星間飛行や延命のテクノロジーを差し出し、連盟への参入を促す。
ただし、知的生命体と認定された以上、他の知的生命体を殺害することは許されない。もし殺害したら、その時点で非・知的生命体と見なされ、処刑されてしまう(連盟の上層部には人知を超えた4次元的種族もおり、そういうことができる)
この仕組みの上で宇宙の平和が維持されている。地球艦隊も武器を持たず、他の種族との交易と、先ほどの植民地探しのためだけに航宙している。
もう一つは調査隊の構成要員の選定基準。未知の惑星というものは当然、数えきれない予測不能の危険が潜んでいる。したがってそこへの一番乗りである調査員の死亡率は著しく高い。延命や医療の技術が進歩し、身近な人の死亡と向き合うことが珍しくなった世界では、仲間の死は他の乗組員に大きな動揺を与え、任務に支障が出てしまう。人望があり、背格好もよく、つまり仲間から慕われやすい人ほどその動揺は大きい、という統計に地球艦隊は着目した。
調査隊を、外見や挙動になんらかの異常を感じさせる、つまり輪の外に置かれやすい特徴を持つ者だけで構成するという手段を取った。主人公のフェスティナも生まれた時から顔の半分に大きな痣があり、仕事の相棒は数秒に一回大きく瞬きをするというチックを持っている。
冒頭で引用した文章はフェスティナの自己紹介の決まり文句であり、調査隊訓練学校で叩き込まれたまじないのようなもの。自分の「異常」を決して恥じたり隠したりせず、入念にアイロンがけした制服をきちっと着込み、運動も怠らない。「身なりにこだわりを持っている」こと、そして皮肉な意味での選ばれし者集団(expendable、すなわち消耗品の調査隊)の一員としてのプライドが彼女にはある。ガードナー氏はこちらが辛くなるくらいコンプレックスというものをよく理解している。
『スタートレック』をはじめ、宇宙探索というのはそれなりに厚みのあるサブジャンルで、面白い作品はたくさんある。ガードナー氏は斬新な切り口を以ってジャンルに対する違和感と、人間の組織というものに対する深い洞察と分析を詰め込んだまったく新鮮な作品を書き上げている。そしてアイデア勝負には終わらず、人間味を持った数々の登場人物と芯の通ったストーリーもあり、エンタテインメント性まで抜群である。
戦争の放棄、社会から阻まれるということ、倫理と人間性とは何かというテーマは、日本においてはむしろ本国以上に味わい深く読まれるのではないかと私は感じる。また、私の持論ではあるが、SFに限らず「主人公がなにかと疎外感を感じている」という設定は日本の読者から好まれている。社会的勝者よりも、アンダードッグの物語に共感を持つ。その共通点もあり、この作品は絶対にヒットするはずだ。もはや、『Expendable』が邦訳されていないことが不思議で仕方ない。
以上、ジェイムズ・アラン・ガードナーの『Expendable』を紹介しました。米アマゾンでKindle版も出ており、比較的優しい文体だと思うので、ぜひ読んで見てはいかがでしょう。
余談ですが、スタートレックTOS(日本では「宇宙大作戦」というタイトルで放送されたテレビシリーズのほう)の中で、未知の惑星に入る時カーク艦長たちと同行する名もなき乗組員の赤い制服にちなんで、「主人公級は殺せないけど演出上誰かが死ななければいけないときの死ぬ要員」は英語圏のSF界隈では「redshirt」と呼ばれています。
(文/りねあ)
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sfinformation · 7 years
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S-F NEWS START
SF情報の集約と備忘録を目指して個人的に始まりました。 この投稿は上手く行けば逐次体裁の良いように改竄されていくでしょう。
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sfinformation · 7 years
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ハードSFの金字塔『白熱光』が文庫化
(文/ゆとゆと)
2017年6月8日、グレッグ・イーガンの「白熱光」が文庫化される。 2008年5月15日に英国で上梓された本作は、新☆ハヤカワ・SF・シリーズで2013年12月6日に訳出された。4年経っての文庫化となる。文庫化に際し、板倉充洋氏による解説が追加された。
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書影は早川書房Webサイトより
近年、マンガやアニメにおいて、硬派なSFという意味での利用が見られるハードSFというジャンル名だが、SF小説においては評論家・翻訳家の大野万紀氏によると「作品の設定が科学的で、科学的な整合性が重視されているSF、あるいは、それを読んで得られる面白さの主な要因が読者の科学・技術的な想像力を刺激するアイデアや描写にあるようなSF」(http://www.asahi-net.or.jp/~li7m-oon/doc/article/hardSF.htm)であり、これが一般的にSF読者が思うハードSFの定義と思われる。『白熱光』の作者、グレッグ・イーガンはハードSFの書き手として名高い。ハードSFと言えばイーガン、イーガンと言えばハードSFである。 
本書はそのイーガンによる宇宙と物理をテーマとした作品である。あらすじを簡単にまとめると、足が人類より多くてとても小さな知的生命が、宇宙観測出来ない状態で物理学を構築し、自分達の住んでいる場所であるスプリンターに危機が訪れていることに気づき、スプリンターを大改造する、といったところになる。我々が知っている人類が物理学を構築していく過程とは全く異なる発展をとげるスプリンターの物理学の歴史を、イチから作り上げたイーガンの手つきには唸らざるを得ない。その読み味はサイエンスノンフィクションで名高いサイモン・シンの著書を読んでいるような感覚があるが、全くのフィクションなのである。
本書はあまりに難解で、作者が自身のサイトでよくある4つの読み間違いを指摘したほどである。巻末に収録された訳者解説に載っているので、読後はどれを間違ったか是非答え合わせをして欲しい。私は4つとも間違えていた。このエピソードを取っても分かる通り、本作品は大変歯ごたえがあるが、読了し理解出来たと思えると特別な快感が存在する。未読な方は文庫化のこの機会に、是非一度挑戦してみて欲しい。
https://www.amazon.co.jp/dp/B071JTJWB7/
ヒント
本書を読む人に一つヒントを。この作品を楽しむには作中世界であるスプリンターの方向を把握する必要がある。空間的には我々と同じ3次元なので6方向である。上下左右前後だ。図に起こすことをオススメする。
おまけ
作者が公開するトレーラーがYoutubeとVimeoにある。読後じゃないと訳がわからないのでトレーラー……?って感じの映像だ。
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