Tumgik
wasure65535-blog · 7 years
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水底から。戦を歌う胎児
抗う人魚の鬨を。 海が、ざらざらと砂を洗う音がした。耳を塞いでしまうほど波の音は、水中で聴く音よりも、騒がしく耳から脳を劈く。 息を吸う。肺に送り込まれた初めての空気。その渇きに、熱に、薄皮のような肺胞がぶちぶちと焼かれていく。潮風に咳き込むたびに、気管を焼く痛みに苛まれた。呼吸に喘ぐ声も、漣のような歌声じゃない。まるで銛で突き殺された魚みたいだ。触れる風も、潮水に濡れた身体をひりひり切りつける。全然、違う。私の知っている世界とは。こんな針の霧も、刃のような圧力もなかった。私がいたのはもっと暖かくて、もっと静かな場所だったのに。 ……ああ、そうか。たった今、私は産まれたのか。 穏やかに狂う、深い海の羊水から。あなたに会うために。 行かなくちゃ。 何の為に海の法を犯して、人に成り下がったの。自慢の歌声もお姉様たちの愛も、もう無い。でも、なくなってしまったものは、そうだ。諦めてしまいましょう。だって、もうないんだもの。ないものねだりしている時間なんて無い。そんな時間は、要らない。あなたに会いに行くの。その為の足なら、ある。それしかもう、私にはない。 べたべたと這いずって。立ち上がって。転んで。砂を噛んで。爪の間に突き刺さる貝の欠片なんて、気にしている暇はない。あなたも、きっと私を憶えてなんかいない。だって、たった今産まれたばかり。愛してくれる家族も、友達も、なにもない。そう、なんにも。だから刻み込みにいくの。伝えに行くの。この世界へ。反抗するの。戦いを挑むの。待っているだけのお姫様気取りの私なら、今すぐ泡になって消えてしまうがいい。何の為にこんな足を願ったのか、考えてもみなさい。 がり、と口の中に転がる砂を吐き出した。そして胸いっぱいに、針の空気を吸い込んで。蟇の啼くような声で呻きながら、火に炙られた足で立ち上がる。 さあ、行こう。たとえ、だれにも祝福されなくても。 私が、私の命を叶える為に、私は生きよう。産まれたばかり、はじめましてのせかいで。 h29.08/08 0:04
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