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#三内丸山遺跡
wakamegohan · 17 days
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世界遺産 三内丸山遺跡
教科書で見てたやつ本物が見れた
2024.2.24
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hisamedo · 1 month
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令和6年 3月27日
三内丸山遺跡を見学。ガイドさんの言葉に心が躍った。
「…最後にひとつわかって頂きたい事があります。縄文の暮らしは決して貧しいものではありませんでした。縄文の人たちはみんなで協力して働き、歌って踊り、楽しい暮らしをしていたんですね…。」
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dblhappiness1 · 1 year
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三内丸山遺跡 🌰 Sannai Maruyama Site 🗾 #三内丸山遺跡 #世界遺産 #青森 #sannaimaruyamasite #worldheritage #aomori 🇯🇵 (三内丸山遺跡) https://www.instagram.com/p/CqOokLYhQ_Xz-H8zV_WLSuEmTaqQPlHwbUFL3c0/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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cagra · 13 days
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The Beginning Place ここから
一昨日も大きな地震が。被害がこれ以上大きくなりませんように。 最近は積極的に情報を取りに行かないと、大切な情報が得られないとすごく感じます。 くだらないニュースはすごく流れてくるのに、不思議ですね。 能登地方ではいまだに水が来ていないところもあるとか、食料がなくて困ってるところもあるとか、壊れてしまった街並みがあの日のままでほとんど何も進んでいなかったりだとか、本当に涙が出てしまいます。 何が足枷となっているのでしょうか。 お金が無いとは思えないし、リーダーと報道機関はどこにいるのか? 2月に青森に行ってきました。 今回は3度目の正直で青森県立美術館が目的地。 昨年、一昨年と青森に行く機会がありましたが、タイミングが悪く2回とも休館日ということで今回が初訪問となりました。 奈良美智さんの個展があり、前々からここしかないという日程を決め、雪の中でしたが無事飛行機も飛んでくれて行くことができました。 2021年のGW、札幌と小樽の小さなお店13店舗絵お会場として開催された奈良美智さんの北海道写真展。
Though no one may notice, the world knows all that you have seen. Yoshitomo Nara 2021 4.29-5.9
cagra も会場として参加させていただいたのですが、それはそれはうれしい出来事でした。 その時には奈良さんともお話しする機会がいくつかあり、その言葉と接し方のひとつひとつには温かさがあって、自分もこうありたいと強く感じたことを思い出します。(自分にはまだまだ難しいようですが…) 恐れ多くて一緒に写真を撮っていただくことを最後までお願いすることができず心残りではありましたが、工房に来てくれたこと、お話できたこと、自分の人生の宝物の一つとなりました。 The Beginning Place ここから 会場と三内丸山遺跡と青森のまちで撮った写真を少しだけ。 カメラのレンズが欲しい!とずっと思ってる…
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美術館は比較的ゆっくりと観てまわれました。 写真は結局あまり撮っていなくて、その空間を全身に浴びてきました。 待望の何年か越しで作ってもらったツイードのかっこいいコートを着て☺️
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made by riposo. 23日(火)までギャラリー門馬さんで個展開催中ですよ!
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photofumiya · 1 year
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三内丸山遺跡センター 縄文時代の集落跡 復元された建物がいっぱい! 大型堀立柱建物(一枚目)はこの時代にどうやって建てられたんだろう…?しかも壁や屋根はまだ分かってないとか! #青森 #三内丸山遺跡 #遺跡 #大型堀立柱建物 #縄文 #竪穴式住居 #高床式倉庫 #日本 #日本一周 #日本一周中 #日本一周バイク旅 #日本一周カメラマン #旅 #journey #trip #バイク好きな人と繋がりたい #バイク乗りと繋がりたい #バイク #motorcycle #honda #cb650r #canon #eos #5dmark4 #photo #photooftheday #photographer #photography #fmyphoto https://www.instagram.com/p/CpflRPgpTPc/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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daichan1969 · 2 years
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#世界遺産 #三内丸山遺跡 #ピクニック広場 あるやん #青森世界遺産 #縄文時代 #旧石器時代 (三内丸山遺跡) https://www.instagram.com/p/ChZTP3yOyKI/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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amiens2014 · 1 year
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えさし海の駅開陽丸/北海道江差町【海底遺跡】江戸幕府の命運を賭けた旗艦を復元
えさし海の駅開陽丸とは えさし海の駅開陽丸(うみのえきかいようまる)は、北海道檜山郡江差町姥神町(ほっかいどうひやまぐんえさしちょううばがみちょう)にある観光施設だ。 江差沿岸は年間を通じて良風が吹く絶好のクルージングスポットです。マリンレジャーの基地として、またヨットハーバーとしては最新設備を整え国内外のヨットマンが立ち寄る有数のマリーナです。戊辰戦争中に榎本武揚らを乗せ活躍した幕府軍艦開陽丸を復元して作られた資料館があります。 えさし海の駅|海の駅 から引用 えさし海の駅開陽丸 北海道檜山郡江差町姥神町1−10 0139-52-5522 (more…)
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Sean bienvenidos, japonistasarqueologicos, al tercer capítulo del Japón prehistórico y seguir recorriendo sus lugares mitológicos y mágicos, una vez dicho esto póngase comandos que empezamos. - Para continuar nuestro viaje, más vale tarde que nunca, pero despacio y con buena letra. Nos trasladamos al yacimiento arqueológico de Sannai Maruyama en la prefectura de Aomori, localizada en la región de Tōhoku. - La estructura, de madera, data del periodo jomon, es una estructura que funcionó como un gran calendario, ya que algo común que tienen todas las culturas en el mundo es adorar a las estrellas en lo que respecta a la prehistoria. El yacimiento data del 3900 a.c localizado a lo largo del río Okidate en la punta de una suave colina que se extiende desde las montañas Hakkoda. - En la década de 1992, tuvieron lugar las excavaciones que han desenterrado los restos de viviendas en pozos, tumbas de adultos, niños y los pozos de almacenamiento, entre otros rastros de la vida cotidiana. Además de una hay una gran cantidad de herramientas de loza de piedra. Se han excavado una gran variedad de huesos de pescado y de animales que indican hábitos alimenticios de aquella gente, también fueron encontrados frutos secos: como castañas y nueces. Además, se han desenterrado muchas reliquias orgánicas, como productos de madera, herramientas de hueso, canastas tejidas, así como artículos comerciales como jade, obsidiana de áreas remotas y asfalto. Hay una teoría: en Iwate se crean estructuras similares para realizar la danza de los ciervos ¿Qué opinan al respecto? _ Espero que os haya gustado y nos vemos en próximas publicaciones mis amantes del mundo japonés, que pasen una buena semana. - 考古学者の日本主義者の皆さん、先史時代の日本の第 3 章へようこそ、神話と魔法の場所を旅し続けてください。 - 旅を続けるには、遅刻しないよりはマシですが、ゆっくりと上手な字で。 東北地方にある青森県の三内丸山遺跡へ移動します。 - この木造建造物は縄文時代にまで遡り、先史時代から世界のどの文化にも共通して星を崇拝しており、偉大な暦として機能していた建造物です。 この遺跡は、八甲田山系から続くなだらかな丘陵の先端、沖館川沿いに位置し、紀元前 3900 年に遡ります。 - 1992 年代に発掘調査が行われ、井戸内の住居跡、大人、子供の墓、貯蔵穴、その他の日常生活の痕跡が発掘されました。 1 つ以外にも多数の石器の道具があります。 当時の人々の食生活を示す魚や動物の骨が多数出土しており、栗やクルミなどの木の実も出土しています。 さらに、木製品、骨道具、編んだかごなどの有機遺物や、翡翠、辺境の黒曜石、アスファルトなどの交易品も発掘されています。 岩手でも鹿踊りをするために同じような建物が作られているという説がありますが、どう思いますか? _ 日本の世界を愛する皆さん、良い一週間をお過ごしください。 - Welcome, archaeological Japanists, to the third chapter of prehistoric Japan and continue touring its mythological and magical places. Having said that, put yourself in command and let's begin. - To continue our journey, better late than never, but slowly and with good handwriting. We move to the Sannai Maruyama archaeological site in Aomori prefecture, located in the Tōhoku region. - The wooden structure dates back to the Jomon period, it is a structure that functioned as a great calendar, since something common that all cultures in the world have is worshiping the stars in regards to prehistory. The site dates back to 3900 BC located along the Okidate River at the tip of a gentle hill that extends from the Hakkoda Mountains. - In the 1992s, excavations took place that unearthed the remains of dwellings in wells, graves of adults, children and storage pits, among other traces of daily life. In addition to one there are a large number of stoneware tools. A wide variety of fish and animal bones have been excavated that indicate the eating habits of those people. Nuts such as chestnuts and walnuts were also found. In addition, many organic relics have been unearthed, such as wooden products, bone tools, woven baskets, as well as trade items such as jade, obsidian from remote areas, and asphalt. There is a theory: in Iwate similar structures are created to perform the deer dance. What do you think about it? _ I hope you liked it and see you in future posts my lovers of the Japanese world, have a good week.
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ari0921 · 3 months
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 反スパイ法のない日本、外事警察の苦闘
            櫻井よしこ
わが国は、四桁に迫る数の自国民を北朝鮮という国家権力によって拉致されたまま、約半世紀、取り戻せないでいる。
13歳で拉致された横田めぐみさんは59歳になった。母上の早紀江さんは、日本はなぜ、国民を取り戻せないのかと問い続け、新しく拉致担当大臣が就任する度に「真剣に取り組んでほしい」と要望する。歴代内閣は拉致解決を政権の最優先課題と位置づけるが、吉報は未だ訪れない。
第二次安倍政権の7年8か月間、安倍晋三総理を支えて国家安全保障局長等を務めた北村滋氏は、近著『外事警察秘録』(文藝春秋)の冒頭で当時の拉致問題への取り組みを記した。めぐみさんのものとされる遺骨が螺鈿(らでん)装飾の漆器調の器におさめられて日本側に手渡された時、その遺骨は警視庁鑑識課で横田御夫妻に示された。目に涙を浮かべた父上の横田滋さんが無言で坐る傍ら、早紀江さんが沈黙を破った。
「めぐみは生きていますから。これは警察の方でしっかりと調べて下さい」
早紀江さんは毅然と言い、「遺骨」を証拠として鑑定処分に付することを承諾して下さった。「それは娘の生存に対する確固たる信念の発露」だったと、北村氏は書いた。
周知のように、遺骨はめぐみさんとは無関係だと判明し、日本国内の怒りは頂点に達した。だが、振りかえってみれば拉致は金正日総書記が2002年に認めるまで日本での関心事にならなかった。遡って1988年3月、梶山静六国家公安委員長及び警察庁の城内康光警備局長が、「一連のアベック失踪事件は北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚」と答弁した。
北村氏の指摘だ。
「拉致事件について国会で閣僚と警察の責任者が断言し、それと前後して日本人が拉致されたことを示す具体的な情報が複数取りざたされていたが、それでも捜査に追い風は吹かなかった。北朝鮮の国家犯罪の追及は当時、日本政界を支配していたムードに逆行するものだったのだろう」
事実、89年7月には土井たか子、菅直人の両衆院議員らが北朝鮮の工作員・辛光洙の釈放を求める要望書を韓国に送り、90年9月には自民、社民両党が「金丸訪朝団」を結成して訪朝した。当時は日朝友好親善の機運が高まっていたのだ。
世界一、与し易い国
警察が拉致を防げなかったこと、捜査が進捗しないことについての批判は依然として強い。北村氏は言い訳するつもりはないとしたうえで、日本国の体制に注視する必要性を指摘する。まず第一に、スパイをはじめわが国の国益を深刻に侵害する犯罪を直接、適切な量刑で処罰する法律がないことだ。米国では死刑、終身刑、数十年の懲役刑となるような犯罪が、わが国では北朝鮮のスパイ事件に見られるようにほぼ全員、軽微な刑罰にとどまると北村氏は指摘する。
警察庁が認定してきた1950年から81年までの北朝鮮スパイ事件42件に限れば適用された罪名は「出入国管理令違反」等の微罪にすぎず、執行猶予が付くケースが多いという。
第二次安倍政権が「特定秘密の保護に関する法律」(特定秘密保護法)を難産の上成立させたとはいえ、今もまだ拉致問題に典型的に見られる対日有害活動を直接処罰する法律は制定の動きすらない。安全保障に疎いわが国の、これが現実である。
『外事警察秘録』の頁をめくる度に、日本の安全保障体制が法的にも国民の意識という点においても如何に貧弱かを思い知らされる。北村氏が41年間のキャリアを振りかえって取り上げた事件は拉致問題、重信房子の日本赤軍、麻原彰晃のオウム真理教、暗躍する中国スパイなど、実に幅広い。一連の事例から浮かび上がるわが国の姿は、悪意を持った犯罪者にとって恐らく、世界一、与し易い国のそれではないだろうか。
日本と日本国民を守る手段(法整備)に事欠く中で、北村氏らは国内世論の無理解、日本政府内に蔓延する気概の喪失とも戦わなければならなかった。たとえばオウム真理教事件で、早急に打つべき手のひとつが麻原彰晃ら最高幹部の国外逃亡阻止だった。
彼らは当時���繁にロシアに渡り、レーザー兵器、ウラン、軍事用ヘリコプター、毒ガス用の検知器、自動小銃などを入手した可能性があった。そこで��村氏ら外事警察は「旅券法に基づいて、麻原に旅券返納命令を出してほしい」と外務省に要請。95年3月30日、警察庁長官の国松孝次氏が狙撃された当日のことだ。外務省担当者はこう返答したという。
「返納命令を発出してもし報復テロの対象として我々が狙われたらどうなりますか。警察庁長官ですら銃撃から守れなかった日本警察に部外者の我々を守り切れるのですか」
テロリストの思う壺
最終的に旅券返納命令は発出されたが、恐怖心を煽って政治的目的を果たそうとするテロリストの思う壺にはまっている日本の姿がそこにあった。氏はまた警察庁外事情報部長だったとき、スパイ事件に関する日米の分析検討会議に出席した。日本の摘発事例を説明した際、米側の出席者がたまりかねた様子で尋ねた。
「日本警察が摘発した事件では、そもそも公訴の提起がなされなかったり、スパイ協力者に対する求刑が懲役一年から二年程度だったりすることが多い。判決では執行猶予が付され、釈放されるケースばかりだ。なぜなのか」
日米同盟という関係の中で、日本から情報が漏れれば米国も一蓮托生だ。米国側が懸念するのは十分に理由のあることなのだ。
北村氏は、日本の刑事法にはスパイ行為を直接罰する罪が存在しないこと、したがって捜査機関は、スパイがその情報を入手するためのプロセスを徹底的に精査し、あらゆる法令を駆使して罪に問える罰条を探し、スパイ協力者はその共犯として立件すると説明したが、到底、理解してもらえなかったという。
「米国では、情報を漏らした者はもとより、情報を探知し、盗み出した者を、より重罪とする。量刑は最高で死刑だ。(中略)終身刑や被告の寿命を遥かに上回る数十年の拘禁刑という事例も散見された」
北村氏はこう書いたが、これは中国、ロシアを含めておよそ世界の国々の常識であろう。
インテリジェンスの専門家が振りかえる安倍政権、7年8か月の軌跡は、案件のひとつひとつが生々しい記憶をよび起こす。独立国としての日本の再起に文字どおり命をかけた安倍晋三総理。第二次政権発足の翌日、内閣情報官としての第一回総理ブリーフィング(報告)を終えて退出する北村氏に安倍総理が声をかけた。
「これからも時々、報告に来てください」
週一回だった定例報告はそれ以来、週二回となった。安倍総理はインテリジェンス報告に多くの時間を割いた。情報こそが国の命運を決することを正しく理解していた宰相なき後、わが国の前途は多難である。
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hangorin · 9 months
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東京五輪から2年 湾岸はいま
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悪夢のようなTOKYO2020大会から2年が経った。 五輪のために姿を変えられたあの場所は、巨額の資金を費やして建てられた会場は、白いフェンスに閉ざされていた公園は、いま一体どうなっているのか。 湾岸エリアを中心に、フィールドワークを行った。
①築地市場
築地本願寺から場外市場に向かう。日曜日。外国人観光客、親子連れ、カップル。賑わいは築地市場があった頃と変わらないように見えた。どの店にも、昼食を目当てに沢山の人が並んでいる。
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立体駐車場の最上階から市場のあった方を見下ろす。縦横に走るターレ、魚の並ぶケース、積み上げられたトロ箱、林立する仲卸の看板――それらが全て消え去り、でこぼこの、剥き出しのコンクリートだけが灼熱の太陽に焼かれていた。その一部は駐車スペースに。数台の自家用車。物悲しくなるぐらいしょぼい。
駐車場のわきに、築地市場の仲卸とおぼしき店名のプレートを付けたターレが放置されていた。よく見ると、ナンバープレートを外した痕がくっきりと残っている。
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石原元都知事が主導した2016年五輪招致当時、築地市場を潰してメディアセンターを作るという話が出ていた。2020東京大会ではそれが「駐車場」にかわり、市場は2018年10月に東京都によって閉鎖された。選手村から競技場への輸送のために新たに作られた環状2号の全面開通は、五輪閉幕から1年以上も過ぎた2022年12月。五輪招致が、都民の台所を打ち出の小づちのように利権を生み出す空虚な「一等地」に変えてしまった。
築地を舞台にしたある連載漫画の中で、目利き一筋の主人公は何故か移転に何の葛藤もないまま「豊洲で頑張っていこう」と仲間に呼びかけていた。築地市場83年の歴史は、急速に「なかったもの」にされようとしている。
②月島
東京では五輪の前から、競技会場と直接関係のない場所でも各地で再開発が起こっていた。晴海にも程近い、湾岸エリアに位置する月島もまたその1つ。もんじゃストリートで有名なこの町は、一本裏道に入ると古い木造家屋が軒を連ねる下町らしさが残っている。私たちが2017年に訪問した際は、月島1丁目西仲通り地区再開発計画のためにもんじゃストリートの店舗が軒並み閉店していた。
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そして今回訪ねてみると、MID TOWER GRANDなる地上32階、高さ121mの超高層マンションが建ち(2020年10月竣工)、その1階にもんじゃ屋などの店舗が入っていた。 月島ではさらに地上48階、高さ178.00mのタワマンを建てる月島三丁目南地区第一種市街地再開発事業、地上58階、高さ199mのタワマンを建てる月島三丁目北地区第一種市街地再開発事業が控えている。フィールドワークの後で知ったことだが、この月島三丁目再開発計画には反対運動や行政訴訟も起こっているとのこと。長年暮らしてきた人々の息吹が聞こえるような町並みが、大手開発業者によって姿を変えられようとしていることには胸が痛む。
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③晴海選手村
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カンカン照りの選手村跡地。ここはHARUMI FLAGなる高層マンション群として開発され、完成すれば5,632戸12,000人が暮らす街になるという。未だ工事中で通行できるのはメインストリートの車道のみ。焼けつくような暑さの中、誰もいないコンクリートだらけの空間は殺伐とした雰囲気が漂っていた。
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選手村をめぐっては、東京都が適正価格の10分の1という不当な安さで都有地を三井不動産ら11社のデベロッパーに売却したとして住民訴訟が起きている。五輪という祝賀的なイベントが作り出す例外状態によって、公共財産が民間資本に吸い上げられた象徴的な場所だ。
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街の中心に近づくと、左手には、大会中、大量の食材廃棄が問題となった食堂の跡地が、中央区立の小中学校(2024年度開校予定)として整備されていた。
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右手には三井不動産の商業施設「ららテラス」。その1階には「東京五輪を振り返りスポーツの力を発信する施設」として「TEAM JAPAN 2020 VILLAGE」が設置されるらしい。五輪と三井不動産のどこまでも続く蜜月がうかがえる。
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その先では道路を挟んで左右両方の街区で50階建ての2棟の超高層タワーマンションが目下建設中だった。
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選手村を訪れるとき、2018年、建設工事中に2人の労働者が亡くなったことを思わずにはいられない。その街区は、労働者の死という痛ましい現実を塗り固めるようにSUN VILLAGE(太陽の村)という輝かしい名前で分譲されている。 この街区だけではない。この街全体が、五輪によって引き起こされた問題などまるで何もなかったかのように成り立っている。この街ではとても生きていけない、生きた心地がしない。生気を抜かれたようにその場を後にした。
④潮風公園、お台場海浜公園
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ビーチバレーボールの会場設営のため何年もフェンス封鎖されていた潮風公園。わたしたちは初めて公園内に入った。こんなに広かったのか!無観客のくせに、この公園全体を占拠していたなんて、ほんとうに厚かましい。
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東京湾の対岸の埠頭にはコンテナが並んでいる。海をみてみると、うっ!海水は泥沼のような色。しかし、なぜか匂いはせず、潮の匂いさえもしない。ファブリーズでもしているのか?
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わたしたちは、野宿の人たちが寝ていた場所を探して公園内を歩いた(東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織員会による追い出し→https://x.gd/ZJP4d)。木がたくさんあってなかなか住み心地よさそうだと思っていたら、屋根のある排除ベンチにたどり着いた。なんて醜いデザインなのだろう。
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次に「トイレのようなニオイ」と話題になったお台場海浜公園のビーチへ、匂いを確認しに行った。「遊泳禁止」の看板があり、スクリーニングのためと記してあったが、やはり汚染が懸念されているのだろろう。このビーチの海水も濁っていて、潮の匂いさえもしない。怪しい水質だ。
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しかし、暑すぎる。灼熱の日差しの下で、ビーチバレーボールや、トライアスロンをやって、汚い海に飛び込んでいたのか。 知れば知るほど、オリンピック・パラリンピックは地獄だ。
⑤有明
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有明の旧会場エリアへ。グーグルマップで見ると、どうやらこの一帯は「有明オリンピック・パラリンピックパーク」と名付けられたらしい。いまや地に落ちた電通がオリンピックでちゃっかりゲットした、唯一黒字と言われる有明アリーナへ。SNSではステージが見えない席があると不評を買っていたが、「ディズニーオンアイス」をやってるらしく、猛暑の折、駅から会場まで大勢の人だかり。
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有明体操競技場はこの5月に「有明ジメックス」と名を変え、株式会社東京ビックサイトが運営する展示場としてオープンしたらしい。第一印象は「・・・神社?」世界的ウッドショックの最中に木材を山のように使って、10年程度で取り壊される予定とのこと。こんなに立派にする必要あったのか?
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そこからゆりかもめの駅を越えると、フェンスで囲われた草ぼうぼうのワイルドな一角が。有明BMX会場跡地だ。グーグルマップには「有明アーバンスポーツパーク(2024年4���開業)」とあるが、いまのところ影も形もない。スポーツ施設より原っぱ公園の方が需要あるのでは?
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有明テニスの森公園は工事パネルが外されて、開放感に溢れていた。こんな素敵な場所を何年もオリンピックのために囲って、市民を排除してきたかと思うとあらためて腹が立つ。
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真夏の炎天下に火を燃やし続けた聖火台があった夢の大橋にも立ち寄った。観覧車が無くなっていた。東京都はこの夢の大橋を含むシンボルプロムナード公園の一角に、新たに聖火台置き場をつくって飾っている。東京都はいつまでオリパラの亡霊にすがる気か。。
⑥辰巳・東京アクアティクスセンター
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アクアティクスセンター
「威圧」を形にしたような巨大建造物。
建物の周りには木陰がなく、取ってつけたような弱々しい植栽が施されている。
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正面外の、広すぎる階段は、車いす利用者でなくても、大げさすぎてびっくりする。コンクリートが日射で熱い。ゴミ一つ落ちていないのは、人が寄り付かないからだろう。
その下にたたずんで私は、ピラミッド建設のために労働を強いられている人のような気持ちがした。
ここは、公園の一部であった。近くに団地もある。誰でも入って、海からの風を感じながらくつろぎ、出会う場所だったはずだ。
5年前に訪れた時は、工事中で巨大な支柱がそびえたっていた。三内丸山遺跡にインスパイアされたのかと思ったが、出来上がったのは帝国主義の終点のようなしろものだった。
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「お前たちが来るところではない。」という声がどこからか聴こえる気がした。
知ってる。だから入ってみた。静かだ。人っ子一人いない、空調が効いて冷え切っている。だだっ広いロビーの小さな一角に、TOKYO2020オリパラのポスターたちがいまだに展示されていた。
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競争をあおり、序列化し、勝者に過剰な価値を与え、「感動」を動員するスペクタクルがここで続けられるのだ。
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生きていくのに必要な潤いをもたらす公園に、このような醜悪なものが君臨しているのを私は許せない。
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炎天下の湾岸エリアを丸1日かけて回った。TOKYO2020跡地は、廃墟になっていると思いきや、むしろ多くの場所でまだまだ開発が続いていた。開発への飽くなき欲望と「レガシー」への執着、五輪災害は閉幕後も延々と残り続けている。 この日撮影した映像を使って「オリンピックって何?東京からパリ五輪1年前によせて」という動画を作成し、1年後に五輪開幕が迫るパリでの反五輪の闘いに連帯を示すメッセージとした。 From Tokyo To PARIS, NOlympicsAnywhere
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lastscenecom · 4 months
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鯛は縄文時代から日本人に食され、青森県の三内丸山遺跡からは20cmの大きさのマダイの骨が発見された。この骨がバラバラになっていないことから、すでに三枚におろすという調理法が確立されていたのではないかとされている。
アメリカ人観光客が「日本のサケ」に大感激……思わず絶句した「驚きの理由」 なぜこんなにうまいのか?
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7010333 · 4 months
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2023年振り返り(1月〜6月)
カメラロールを見ながら今年も雑に振り返る。
一投稿に写真が30枚までということなので、上半期と下半期に分けて投稿する。
■1月 ・元日にスラムダンクを観る
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スラムダンクミリしら勢だったが面白かった。 この後dオタクストアでアニメ版全話を見ることに・・・(数ヶ月かかったけど達成)
・冬キャンプ(荒川) 強風過ぎて焚き火はできなかったけど、煮込みラーメンを作って食べた。
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▲煮込みラーメン
冬のキャンプは寒いけどどっちかというと暑いよりは寒い時期にキャンプするほうが好きかもしれないなと気づいた。
・伊豆に旅行した
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▲東海オンエアの柴田とゆめまるが伊豆旅行で訪れていた食事処
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▲See The Forestといういい感じのカフェ
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▲宿泊は坐漁荘というところに行った
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▲部屋風呂は最高である
■2月 ・青森に旅行した
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▲三内丸山遺跡
2月の青森は雪深くてテンションが上がる。 シャガールのアレコ4幕全部見られるのの期限が迫っていると思われたので訪問したが、どうやら再度延長されている模様。
大きな作品から食らうエネルギーみたいなのはあると思う。
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▲浅虫温泉の温泉むすめ可愛い
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▲初めてグランクラスに乗った
■3月 ・ブルージャイアント鑑賞
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泣いた。めちゃよかった。
・友達が家に遊びに来たり 3月は普通に暮らしていたようである。
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▲魚虎の殺人ホッピーたち
・この頃から徐々にぽんぽこちゃんねるを見始めている
■4月 ・妙高高原に旅行した
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▲うみがたり(上越市立水族館)
うみがたりはそんなに大きな水族館ではないけれど、見どころがたくさんあるところだった。というか、見せ方が美しい水族館だなと思った。
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▲赤倉観光ホテル
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▲またグランクラスに乗った。デザインが違って良い。
・急遽秋田に行くことになった
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▲桜が綺麗な季節
・新しいレンズ購入
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・大阪の友達の結婚式に参列
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お幸せに〜〜〜
■5月 ・結婚式からの神戸旅行
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▲須磨水族館 閉園まであと30日のタイミングだった。そろそろリニューアルオープンだろうか。
・このタイミングで関西在住の前職の先輩と食事に行った
色々大変そうではあるけど、ご家族とハッピーに暮らしているようで元気をもらえた。
・Twitterで相互フォローだった方と初めてお会いした
かなり初期から相互だった気がするが一度もお会いしたことのなかった方に会ってお茶した。インターネットの人と初めて会う感じが久々で緊張したけど、お会いできて嬉しかった。
・潮干狩り(貝拾い)
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恒例行事と化しつつある。今年はかなり拾った。
・どん底会
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どん底からのやんばる。 ミニ沖縄そばが染みる。
■6月 ・ピザ会
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友達が家に来たのでピザ会をした。 自分で取りに行くともう一枚無料で貰えるサービスバグってる気がする。
・庭の手入れ 荒廃しつつあった箇所の手入れをした。塹壕掘り状態。
・弁理士の先輩と食事 これも年一くらいの恒例行事になりつつある。 会社の人以外とこの辺の話をすることないからめちゃいい刺激を受ける。
・四国に旅行した(高松−直島)
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一昨年はサンライズ出雲で出雲市に行ったが、今年はサンライズ瀬戸高松方面へ。 高松港から船で直島に行き、ベネッセハウスに泊まった。 天気はそんなに良くなかったけど、やっぱ島はいいなと思った。
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▲部屋が作品なのおもしろと思った
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▲とにかく部屋が広い
一旦ここまで。
6月〜7月にまたがって四国旅行をしているので、次は四国旅行day2からスタート。
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kennak · 1 year
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れを期に青森県立美術館や三内丸山遺跡の素晴らしさが多くの人に知られたらいいんだけどな。美術館のすぐそばにある「さんない温泉」は地元の人に囲まれながら硫黄つよつよのスゴいお湯に入れるのでおススメだよ。
[B! 著作権] 大阪・夢洲地区特定複合観光施設区域整備計画の広報資料に「あおもり犬」と酷似した画像が使用された件について | 青森県立美術館
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thinkupstudio · 2 years
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10年ほど前に読んだ漫画に、 古代エジプトでは、「ファラオは床屋」 というギャグが庶民の間で大流行した、 と書かれてあった。 そのギャグで、軍事訓練の途中に笑いがこらえられず、 死刑になる者までいたというのだ。
この話の真偽は不明だが、 こういう、歴史の教科書にわざわざかかれないような、 当時の教養人たちがわざわざ記録にも残さないような、 そんなささやかな人々の営みはどんなふうにしておこなわれていたのだろう。 いろんな時代で、いろんな土地で、それぞれに一生懸命生きていた人たちの日常は、どんなだったのだろう。
たとえば、昭和後期の子供。こんな言葉遊びをしていた。 「ピザって10回ゆってみ」 「ピザ、ピザ、ピザ、ピザ、ピザ、ピザ、ピザ、ピザ、ピザ、ピザ!」 「ここのことなんていう?」 「ひざ」 「ばーか、ひじだよー」
これは記録に残るだろうか。 残るかもしれないし、残らないかもしれない。
こんなささやかな人々のいとなみ、 そういうものに私は興味を引かれる。
古代エジプトの子供たちは、ささくれができたときにどんな風にして対処していたのだろう。 刃物?口で噛み切る?ついつい引っ張って血が出て後悔したりした? フンコロガシに食べさせてみたりした?
モヘンジョ・ダロの若い男女の間では、どんな口説き文句があったのだろう。 「ずっと前からあなたと下水道で泳ぎたかった…」「俺も…」 「お嬢さん、僕のほくろの毛をむしってみてもらえませんか。」「もう!キザな人!」とか?
三内丸山遺跡の成人たちは、日々何を考えて暮らしていたのだろう。 「最近なんか面白いことない?」「ねえよ。」 「金持ちになりてーなー」「なりてぇ」 「明日雷なるかどうか、貝掛けねえ?」「俺、ならない方に貝2つ。」 「なあなあ、俺、すごいダンス発見した」「どんなどんな?」 「ほらほら」「すげー!超かっこいい!俺まねしていい?」 「じゃあお前の考えたダジャレよこせよ」とか?
ああ、そういう、普通の、日々楽しく暮らす庶民の、 ささやかな暮らしぶりが知りたかった。
そういうささやかな暮らしぶりを、わたしは残そうと思う。 わたしが平均的庶民かどうかはわからないけど 20世紀後半から21世紀前半にかけて生きた人間が、 こんなことを感じ、喜び、怒り、考え、作り、破壊した、というのを 1000年先で待ってる人たちが知って面白がってくれたらうれしい。
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lagycart · 1 year
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tokyo tohoku trip - day 3.
after a good night sleep, we woke up to really beautiful snow view at the resort, this snowy scene never gets old. and of course we enjoyed the onsen once again, it was just so so amazing. we had breakfast at the resort’s restaurant which is japanese buffet style, and they use many local ingredients as well. i love the variety and all the food is really fresh and taste so delicious, i ate quite a lot and was fully stuffed and satisfied.
played in the snow again for a bit because it’s a rare chance and i really enjoyed it. XD while waiting for the next bus, we also had coffee and coffee jelly soft serve and just chill at the lounge area which is relaxing and comfortable. the bus ride going back to town is lovely, there’s less snow in town of course, and we arrived at our next destination with really nice weather without any snowing.
sannai maruyama ruins 三内丸山遺跡 is a popular tourist attraction in aomori, and it looks beautiful with lots of history to learn, hence we decided to visit the place to just walk around. they do have free guided tours but the timing wasn’t very suitable so we just roam around ourselves which is totally fine too.
the place has a indoor section which plays movie (in japanese) and display some artifacts with description, but the outdoor section is the gem, and it’s just so beautiful. my friend visited this place many times but never once when it is covered in snow, and she love the view as well. the outdoor site has lots of buildings that you can get into, to see the actual site of the ruins and artifacts, and the structures are beautiful in its own way and great for photos. it was an awesome walk, definitely highly recommended.
we decided to go to ASPAM アスパム that is nearby aomori station for lunch, there’s a japanese restaurant with a great view of the bay area on the 10th floor - michinoku cuisine nishimura みちのく料理 西むら. we ordered their set meals which is mainly seafood. i had the baked hotate with egg, fish soup and hotate sashimi with rice and pickles. my friend ordered the kaisen don which has so much fresh seafood on rice. the food here is really good, seafood is fresh and taste is so appetizing, it was so satisfying, and the bonus is the great view outside the window which is calming.
after lunch, we head to aomori station as we need to take the local train to misawa station for our next hotel for the night - hoshino resorts aomoriya 星野リゾート 青森屋. this resort is one of many resorts under hoshino group of hotels, and this place has lots of unique activities you can do during your stay, besides food and onsen. the resort does pick us up from the station which is very convenient.
the resort area is quite beautiful with a lot of greens and flowers and trees. there’s an entire area filled with many things like shops, games, an izakaya, a performance show, and an apple juice tap, which taste really nice. the shop has lot of local souvenir variety, but it’s definitely slightly more pricey. we couldn’t catch the performance as all seats were already booked. but the nebuta float decorations are still beautiful to look at.
we took a short rest in our spacious hotel room before going to dinner. dinner was awesome, it’s buffet style and half of the food is cooked freshly at each stall, which is so good, the smell increase our appetites and everything truly taste good. i enjoyed so much of sashimi, grilled seafood, tempura, vegetables, and many other japanese dishes. for some reason, japanese buffet is very enjoyable and the variety just makes me happy. it was definitely a very satisfying meal, and i discovered i really liked apple tempura so much, didn’t expect that.
after a fulfilling dinner, we decided to take a walk outside the pond area, it’s litted with japanese style lanterns, there’s also a foot bath in the area, with a shrine in the middle of the pond with beautiful light up nebuta decorations. it was a very peaceful and relaxing walk, even if it is dark, but it just feel so comfortable with the beautiful night view, we also got to see stars in the sky, which is impossible in the city, that made me feel so good.
the night is not complete without a relaxing bath in the onsen, there’s an outdoor onsen in this resort, with a view of a nebuta float, how amazing is that. while the onsen was quite crowded, it still feels so good and comfortable as the onsen is quite spacious. the bath amenities is also very complete, so it’s super convenient. i love outdoor onsen so much because the bath is hot but the air is cooling, it’s super comfortable and relaxing and you get to stay in the hot spring so much longer. a relaxing hot spring is the perfect way to end the night for a good night sleep.
to be continued...
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oniwastagram · 2 years
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📸彦根城博物館(表御殿)庭園 / Hikone Castle Museum Garden, Hikone, Shiga 滋賀県彦根市の『彦根城博物館』の庭園が素敵…! 世界遺産の登録を目指す国宝・彦根城…🏯その天守の麓にかつて存在し、彦根藩主・井伊氏の政務や生活の場だった“彦根城表御殿”を昭和年代に復元した彦根城博物館。刀剣/甲冑/美術品/古文書の各種展示のほか、江戸時代の庭園や茶室の再現も! . 滋賀・彦根城博物館(表御殿)庭園の紹介は☟ https://oniwa.garden/hikone-castle-museum/ ...... 「彦根城」は日本国内で5つのみの国宝天守を有する城郭のうちの一つ。江戸時代に多くの大老・老中を輩出した大名・井伊氏の居城で、その天守閣の麓、かつて表御殿のあった場所には表御殿を模した『彦根城博物館』が建ち、復元された庭園や茶室も見ることができます。 . 2022年7月に約1年半ぶりに彦根へ。彦根城内にある国指定名勝『玄宮園』、『楽々園』はこれまで何度も訪れていて紹介していましたが、この表御殿庭園が紹介できていなかったので紹介。 . まずは彦根城の歴史も簡単に。関ヶ原の戦い⚔️の後に近江に入った“徳川四天王”の一人・井伊直政。当初は石田三成の居城『佐和山城』に入りましたが、敵方のリーダーの居城…というのを嫌い移転を計画。 . そして築城されたのが彦根城。井伊直政はその完成を見ることなくこの世を去りますが、意志を継いだ子の井伊直勝(井伊直継)や井伊直孝、家老・木俣守勝によって1623年に完成🚧 . 以後明治維新に廃城令で廃城になるまで井伊家の居城として用いられました。 江戸時代初期に建築された天守/附櫓及び多聞櫓が国宝、天秤櫓/太鼓門及び続櫓/西の丸三重櫓及び続櫓/佐和口多聞櫓などの各櫓が国指定重要文化財、そして「彦根城跡」として国の特別史跡となっています。 . その城内に1987年(昭和62年)に彦根市市政50周年を記念して開館したのが『彦根城博物館』。 江戸時代には藩の政務・そして藩主の生活の場でもあった表御殿。明治時代に取り壊された後にはグラウンド🏃になっていたそうですが、発掘調査や古絵図・古写真を元にその表御殿を再現する形で博物館が建築されました。 . 入場して手前のスペース、かつて政庁の場だった「表」の構造を模している展示棟では彦根藩や井伊家に伝わる美術工芸品や古文書/史料・刀剣🗡や甲冑などの武具やお能・茶道具をテーマに沿って紹介。 所蔵されている点数は約9万件!博物館の中庭に能舞台があるのは多分すごく珍しいのだけれど、これはかつての御殿の面影を感じさせるもの。 . 博物館の奥、伝統的な木造建築が藩主の生活の場として用いられた「奥向き」を再現したもの。 主庭園に面した「御座之御間」と茶室「天光室」「間滴軒」、客間「御客座敷」や、最奥で藩主がくすろぐスペースだった「御亭」という各部屋で構成。 . 藩主の居間から正面に眺める庭園は発掘調査や古絵図🗺を元に江戸時代後期に作庭の庭園を再現したもので、室内からの鑑賞性も重視された池泉回遊式庭園(*降りて歩くことはできません)。 雪見灯篭や手水鉢などの石造物、枝垂桜🌸やソテツ、松🌴などの樹木も絵図を参考に植栽されたもの。 続く。 ーーーーーーーー #japanesegarden #japanesegardens #kyotogarden #zengarden #beautifulkyoto #beautifuljapan #japanesearchitecture #japanarchitecture #japanarchitect #japandesign #japanart #jardinjaponais #jardinjapones #japanischergarten #jardimjapones #bonsai #japanmuseum #landscapedesign #建築デザイン #庭園 #日本庭園 #庭院 #庭园 #滋賀庭園 #彦根 #hikone #博物館 #滋賀旅行 #滋賀観光 #おにわさん (彦根城博物館) https://www.instagram.com/p/CiEnLLYPr_B/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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