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metappp · 4 years
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半年間の留学を振り返って
大学院入学から新型ウイルス感染拡大の影響を受けて帰国するまでの半年を振り返りたいと思います。(このブログ記事は留学を支援いただいている財団へ提出した文章を転載したものです)
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大学院入学式で印象として残ったのは、1600年前の『桃花源記(*)』という詩を引用した邱勇総長からのお話です。この詩は桃林に迷いこんだ漁師が、好奇心から林の中を進んでいくうちに急に視界が開ける情景を描写したものです。これを博士課程の学生生活になぞらえ、興味のあるサイエンスに時間をかけて取り組むことを繰り返し推奨されました。中国史の豊かさだけではなく、これからの科学研究へ熱意を感じさせるお話でした。
大学院の研究活動は、まず磁気間力顕微鏡(MFM)という微細磁気構造を観察する精密装置の立ち上げを手伝い、予備データを取ることから始まりました。留学前に想像していないテーマでしたが、高専と理研での研究経験を実験条件の洗い出しとシミュレーションに活用でき、ポスドクの方とは異なったアプローチで評価できたと自己評価しています。またビザが不要である事情から、アメリカと日本の放射光実験施設への派遣も任命されました。もともとSpring-8秋の学校に参加するなど関心があった観測実験ですので、先生に打診されたときには興奮を覚えました。
今期のコースワークは負担が大きくなりすぎないよう、中級中国語と高等量子力学を受講しました。中国語では作文の宿題が特に勉強になりました。今後の課題は相対的に弱い聞き取り能力を高めることです。量子力学の教科書はJ. J. サクライの標準的なものでしたが、巻末の豊富な演習問題を宿題として解くことで、計算力が強化され理解の穴が埋められたと感じました。
そのほか学科のカリキュラムには、博士課程後期に進む学生の基礎知識を担保するため博士資格試験が設けられています。幸先よく1回目の受験で合格できました。欧米でPhDをとられた先生などはこの試験を少し簡単すぎるのではないかと考えているそうですが、学生の僕から見ると範囲が広く、問題を解くための誘導がほとんどないので、覚えることが多いようにも感じました。
さて、北京での生活は学業面以外でも新鮮さにあふれたものでした。まず近頃日本でも有名なe‐コマース(スマホ決済)に関してお話しします。現金支払いの方がむしろ不便な中国では、QRコードを読み込むことで銀行のデビットカード残高からお金が引き出され、生活上必要なほぼすべての決済取引がスマホで完結します。中国製のスマホはカメラとバッテリー、演算能力に優れたものがかなり安価に手に入るので、スマホ決済を僕は合理的に感じ、気に入っています。
次に留学前から楽しみにしていた中華料理に関してですが、これは期待を上回るものでした。特に清華大学は広大なキャンパス内に数万人が居住しており食堂が充実しているため、各地の中華料理を安くおいしく食べることができます。日本であまり見かけない料理のなかには、技術や味付けなど洗練されたものも多く、滞在中は食文化の奥深さに何度も感動しました。ただし食の衛生に関して思い返すと、多くの人が机の上に食べ残しを置いてゆく文化やそもそも手洗いがない食堂があることなど、抜本的な改善の余地も一部には残っていると考えます。
最後に、中国の古都西安を友達と旅行した際の経験に関してお話します。西安(かつての長安)は秦、漢、隋、唐などの王朝が2000年間に渡って栄えた場所で、西安で学部教育を受けた研究室の同期はこの地を遺跡の街と呼びます。
圧巻の一言だったのは、20世紀最大の発見と言われることもある兵馬俑でした。58年前まで土の下に埋まっていた約8000体の人形は、2200年前に始めて中国全土を統一した秦王朝の始皇帝が、死者を弔うため作ったとされます。洛陽の龍門大仏も、約1万5000体の仏像が川沿いの岩に掘られており見ごたえがありました。偶像崇拝を禁じるイスラム教圏やユダヤ教圏ではめったにみられない貴重な光景だったのではないかと考えています。
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西安は、古くはシルクロード以前から中国に張り巡らされた陸路の中継点としての役割を果たしてきたそうで、今日では快適な高速鉄道が多数発着しています。高速鉄道の思い出には、隣にたまたま乗り合わせた学部生が英語を休まず4時間集中して勉強し続けている姿や、車内で小学生の子供に英会話のオンラインレッスンを受けさせる姿を目の当たりにして、中国人の英語熱と勤勉さに感心したことなどがあります。
西安旅行では久しぶりに綺麗な空気を吸うことも楽しみにしていたのですが、その時期の内陸の汚染は北京よりひどく期待を裏切られる形となりました。ひどい日は20m先が霞むほどで、焦げたにおいも感じました。ただ観測データを信じるなら有毒ガスの量は少なく、近くの砂漠から飛ぶ黄砂の影響も考えられます。実際、北京でスモッグがかかる時と違い空は少し黄色っぽかったように見えました。ただいずれにしても、毎年数百万人の死因になっているとされる大気汚染の問題を政府は真剣に捉えており、多くの人々の想像を超えた数の対策を打ち出している、と清華大理学部長が留学生向けのガイダンスで言っていたのは事実だと思います。例えば北京では電気スクーターとその充電ステーションなど先進的な取り組みが普及していると言えます。
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半年間の中国滞在を振り返ると、知識と語学力だけではなく、むしろ人間的な魅力と倫理、目的意識などの資質が試され続ける生活だったと感じます。励まして続けてくれた家族と友人に感謝するとともに、財団の皆様からのご支援に深く御礼申し上げます。
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(*)『桃花源記』林尽水源,便得一山,山有小口,仿佛若有光。便舍船,从口入。初极狭,才通人。复行数十步,豁然开朗。(抜粋)
(**) 余談ですが、カナダで学位を取りカリフォルニアの名門大学で教授を歴任した清華大理学部長は、環境問題の専門家です。彼はガイダンスで、「一路一帯に関して中国政府は多くの誤りを犯した」とも言っていました。公然とした政府への批判とそれに対する留学生からの拍手が印象的でした。
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metappp · 5 years
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博士資格試験に合格しました
清華大学物理学科の博士課程には、学生の知識を担保するための筆記試験が設けられています(*)。博士課程の後半に進むためには、年2回のチャンスを使って2年目の終わりまでに合格する必要がありますが、幸先よく1回目で合格できました。
試験は古典物理(午前)と現代物理(午後)に別れていて、古典物理は力学と解析力学、電磁気学、光学、熱力学から、現代物理は量子力学と統計力学、相対論、多体系の量子力学/第二量子化から出題されます。今回は古典と現代から6問ずつ出題されて、制限時間はそれぞれ2時間半でした。今回の出題内容の簡単なメモを残しておきます。
<古典物理学> 力学: 一様な棒に運動する質点がぶつかった後に質点が静止する条件 解析力学: 鉛直軸に対して回ることのできる振り子の第一積分 電磁気学1: 点電荷から距離d離れた平面導体の電荷分布と系のエネルギー 電磁気学2: 直線電線にステップ関数的な電流が流れた時の遅延ポテンシャルと電磁場の時間発展 光学: ガラス上の誘電体膜の反射光がdestructiveなFabry-Perot干渉で消える条件 熱力学: Van der Waals気体が自由膨張した時のエントロピー変化
<現代物理学> 量子力学1: スピン1/2の系で任意の方向を向いたスピン演算子の固有状態と、回転演算子の性質 量子力学2: 古典的な剛体の回転エネルギーの表式から対応する量子力学の運動方程式を導き、固有状態とエネルギーを求める(角運動量が量子化することを示す)。その物体の電気分極と回転軸に垂直な電場の相互作用を摂動で考え、エネルギー変化を2次まで求める。 統計力学1: 数密度が与えられた時の2次元フェルミ気体とボース気体の化学ポテンシャルの厳密な表式を導き、2次元でボース・アインシュタイン凝縮が起こらないことを示す 統計力学2: デバイモデルのフォノン状態密度を導き、デバイ周波数を比熱に関する考察から示す 特殊相対論: ある慣性系の異なる場所で異なる時刻に起こった事象AとBが、他の慣性系でa)同時刻、b)同一地点で見出されるための条件など 多体系の量子力学/第二量子化: 調和振動子型ポテンシャル中のN個のボゾンが、デルタ型ポテンシャルにより相互作用したときの固有状態と固有エネルギー(エネルギーが低い方から3つ)
試験問題は、試験の2週間前に大問300題が公開されて、その中から出題されます。ですから対策は比較的容易です。欧米でPhDをとられた先生など、簡単すぎると考えている方々も多いそうです。ただ学生の僕から見ると、範囲が広く、問題を解くための誘導がほとんどないので、覚えることが多いようにも感じました。例えば今回の出題内容では、第一積分とデバイ周波数の定義や、Frenel係数の表式などは覚えておくか導ける必要がありました。スケーリング関係式の導出や準定常的な宇宙論も一応、公開された問題に含まれていました。
(*)交叉信息研究院と高等研究院で物理系を専攻する博士学生の一部も受験するようです。留学生は3人しかいませんでしたが、英訳も用意していただきました。
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metappp · 5 years
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天平の甍
『天平の甍』は第九次遣唐使(天平5年~)の普照らが鑒真を中国から日本に戒師として招くという、日本仏教史上重要な事実に基づいた、井上靖の歴史小説です。有名な小説なのでご存じの方も多いかと思いますが、中国に留学している学生として中国留学僧の貢献と情熱の生涯に感銘を受けたので紹介します。
作中で、「自分で勉強しようと思って何年か潰してしまったのが失敗でした。…自分が幾ら勉強しても、たいしたことはないと早く判ればよかった」と年老いた僧の業行は言います。学僧や役人として唐で成功してゆく他の日本人留学僧を尻目に、彼は数十年ものあいだ沢山の密教経本の写経に没頭し、それを日本に運ぶという歴史的な役割を果たそうとします(*)。
栄叡や普照らの若い留学僧も模索の末、仏教者が守るべき規範が定まっていない当時の日本に正式な受戒の制度を整えることを、自分の知識の完成に優先させます。鑒真を伴った1200年前の命がけの航海を2度も失敗し、10年以上の流浪の末、栄叡は志なかばで死にますが(**)、普照が鑒真来朝の大仕事に一役果たします。
他に何人かの留学僧が出てきますが、栄叡や普照、業行らが際立って印象に残ったのは、作者が描写した、法のための使命感、苦悩と熱狂、そして運命に簡単に翻弄される姿でした。
僕と時代や立場が異なっても、日本から中国に留学する身分として、少なからず彼らに感情移入してしまいました。読み終えた後あまりのエモさに、僕は日曜の夜にこの作品を読みましたが、うまく寝つけず、次の日は寝坊してしまいました。。。
山本健吉さんの巻末解説に「人間の行為の意義、無意義を分つものは、人間の意志を超えている。人間の歴史も、結局人間行為の無数の捨石の上に築かれている。みすみす無駄かもしれないと、知りながらも為さないではいられないのが、人間の真実だろう」と書いてあったのが味わい深いです。
(*)結局業行の写本はすべて海に沈みますが、彼が果たすはずだった役割は次世代の空海に受け継がれるという、暗に示された歴史のスペクタクルには圧倒されます。
(**)この小説『天平の甍』がきっかけの一つとなって、栄叡が亡くなった端州の竜興寺にはその後記念碑が建てられたそうです。
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metappp · 5 years
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学問と政治と宗教
清華大学には、政治と学問の距離が近いという側面があります。学科の手続きで共産党員かどうか答えたり、大学内に共産党青年会のラウンジがあったり、同期で共産党青年支部グループチャットが立ち上がったりすることから、これを理解できます。入学式では最初に愛国ビデオが流れ、その日は中国学生軍が数百人規模で学内を行進していました。普段は意識せずに過ごすことができますが。。
逆に、宗教と学問は分離されています。法律により、すべての宗教的な集会はキャンパス内で禁止されており、入学時に誓約書を書きます。例外はありますが、個人での信仰やキャンパス外の認可された集会に参加することは可能です。 
追記: 大学院入学式の日に見た軍の行進は、どうやら学部新入生の軍事行進訓練だったようで、訓練はそのあとしばらく続きました。
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metappp · 5 years
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清華大学総長のガイダンス
物理学科の新大学院生として、入学式に参加してきました。留学生は無線受信機のようなもので英語の同時翻訳を聞くことができました。
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入学式の後、新大学院生に対して総長から1時間程度のガイダンスがありました。総長は邱勇という方です。
印象に残ったのは、『桃花源記(*)』という1600年前の詩を引用して、興味のあることに時間をかけて取り組むことを繰り返し推奨された事でした。この詩は桃林に迷いこんだ漁師が、好奇心から林の中を進んでいくうちに急に視界が開ける情景を描写した中国の詩です。これを博士課程の学生生活になぞらえているのだと思います。論文出版にこだわり過ぎず、価値があって重要な知的探求により多くの時間を割くように薦められました。清華大学は、他の一流大の多くと同じように、博士取得の要件に論文出版を課していません。 
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大学ランキングや論文数など量的な指標に関して、清華大学の評価は近ごろ急上昇しています。例えば彼は、QS大学ランクで東大を抜き、MITやStanfordより一部の分野では高い評価を受けていることを例に挙げました。しかしそれでも我々が他大学の仲間(peer)から学ぶことは多いとのことです。他国に追随する研究が多く、重要な論文の数、安全管理やセキュリティ、科学倫理などに関して他の大学に後れをとっているという問題意識があるそうです。今は世界一との差がある事を認めて、2050年までに世界一になるという目標(**)のもとアクションを起こしています。
この目標は欧米の研究者に認められることだけを目指しているのではありません。一路一帯やAI技術などでは国際社会のイニシアチブをとろうとしています。
また清華大学は多様性を持った大学であることを強調していました。清華大学の学部から大学院にそのまま進学するのは定員の20%で、残り80%の新入生は国内外の他大学からだそうです。特に国際留学生の誘致に力を入れていて、定員2000人以上の留学生寮の整備からトイレの改築に至るまで様々な努力をしているそうです。確かに物理学科のトイレは僕の出身学科より綺麗です。なんと蛇口から出てくる水が虹色に光ります!過去の留学生が書いた手紙が改善のきっかけと助けになったそうで、留学生からさらなる改善点の指摘があれば、総長として受け入れるとのことでした。
(*)『桃花源記』林尽水源,便得一山,山有小口,仿佛若有光。便舍船,从口入。初极狭,才通人。复行数十步,豁然开朗。(抜粋) (**) 中国四所顶尖高校公布“双一流”建设方案 http://www.xinhuanet.com/politics/2018-01/01/c_1122193331.htm
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metappp · 5 years
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バレエと想像力
今日はバレエを観るために新国立劇場に行きました。ふだん馴染みのない芸術鑑賞に挑戦です。近ごろ研究や日常生活に行き詰まっており、気分転換と自己啓発を期待して、友達を誘って行きました。
アステラス2019という公演を観ました。まず公募で選ばれた若手日本人ダンサーが海外から主役として数ペア、最後に新国立劇場バレエ団の米沢唯さんが登場されました。若手の方も素晴らしかったですが、特に米沢さんは全身の細かな動きまで美しく、大変な鍛錬を感じさせました。終演後、彼女への"bravo"の声は人一倍大きかったように思います。
さて上演中の僕は、「バレエを理解するのはどうして難しいか」を考えていました。ストーリーについていけず、感情表現などの表面的な理解しかできなかったからです。教養の問題でしょうか。
バレエにはセリフがありません。舞台芸術と衣装も簡素です。ですから観る側に、ダンサーの表現を解釈する想像力が要求されます。だから、想像力を普段から鍛えていない僕には流れの理解が難しいのです。考えてみたら当たり前のことのように思えました。
ところで、研究にも想像力は必要だと言われています。実はアインシュタインも「知識より想像力の方が大切だ」と言ったそうです。博士課程は研究の一連のプロセスを自分でやり遂げる最初の機会です。僕のキャリアのためにも想像力を鍛えなければいけません。
そんなことを考えながらじっと鑑賞していると、終わったあとはすこし疲れを感じました。僕が座っていた学生席はダンサーまで遠く(4階後列)、集中しないとダンサーの表情が見えなかったのも理由かもしれません。その分料金は2160円と比較的安かったです。
今後は芸術に触れる機会を増やしていきたいです。
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追記: 舞台芸術や衣装が簡素だったのは、新国立劇場では今回だけの特徴かもしれません。というのは、バレエ団のくるみ割り人形のパンフレットを見返すとかなり豪華に見えるからです。今回のアステラス2019は海外で活動する若手日本人を10人以上迎えてファンの皆さんにアピールする機会だったので、大掛かりな仕掛けなどを必要としなかったのかもしれません。しかし、いずれにせよバレエにはセリフがない分、観衆に解釈は任せられているのではないかと思います。
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metappp · 5 years
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流響院
そういえば京都に行ってきました。
僕は伊藤国際教育交流財団から留学資金のサポートを受ける予定ですが、その財団は仏教の真言宗系真如苑に由来します。今回は真如苑が所有する文化財・建物の見学ツアーにご招待いただきました。
特に印象にのこったのは流響院という非常に美しい庭園です。ふだんは春夏の年数回しか一般公開されていませんが、今回は特別に中を見ることができました。意匠に富んだ京都の庭師さんの発想と技術、歴史に圧倒されました。内部の写真をとることができなかったのが残念です。
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metappp · 5 years
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ブログの目的と方針
僕の下手な文章も、定期的に書く習慣があれば少しはましになるかもしれません。このブログは、僕の経験と考えを整理する訓練のために使いたいと思います。
原則的に過去のポストは削除しない方針です。考えが変わって後から内容を大きく訂正したくなった時はその旨を追記します。
どうぞご笑覧ください。
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