映画『彼女がその名を知らない鳥たち』
DMM.comで借りたDVDで映画『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017)を見たので、カミュの『ペスト』(ネタバレあり編)その3を書く前に、そちらについて書きます。
私は全く予備知識なしでこの映画を見ました。だから映画が始まって初めて蒼井優や阿部サダヲや竹野内豊や松阪桃李が出ていることを知りました。
非常に豪華な出演陣ですが……完全なダメダメ映画です。でも、一周回って面白い映画でもあり、最後の方なぞ私はバカ笑いしながら見ていました。
蒼井優演じる十和子は専業主婦……なのかな、とにかく嫌な女で、夫の陣治(阿部サダヲ)を嫌っていて、夫として扱っていないというか、人間扱いしていません。夫は彼女にベタ惚れしているらしく、なんでも彼女のいう通りにします。そういう夫の卑屈さが余計に十和子に嫌悪感を与えているようです。
十和子はデパートで買った時計が壊れたと言ってデパートに文句をつけます。製造元が倒産したので修理はできないため、時計売り場の責任者・水島はお詫びの品を持って十和子のアパートを訪れます。
十和子がふと黙り込んだ瞬間、水島は十和子にキスをします。十和子も水島を受け入れ、二人は熱い口づけを交わしますが、ちょうどそのとき携帯電話が鳴って二人はパッと離れます。
水島は言いますーー「すみません、でもなんだかそうするしかないと思って」。
え? そ、そうなの?
クレームをつけた客の女性と謝罪に訪れたデパートの店員がデキてしまうというのは、まあありえることです。でも……このセリフはないよなあ。もうちょっとなんとかできなかったんでしょうか。
しかし、まあそれは構いません。こんなのはまだ序の口です。
それをきっかけに二人は肉体関係を持つようになります。
物語が進むにつれて、十和子はかつて黒崎という男(竹野内豊)と付き合っていたことがわかります。黒崎は十和子になにやら酷いことをして二人は別れることになったようですが、十和子はまだ黒崎のことが忘れられません。
あるとき十和子は黒崎に電話をかけます。でも呼び出し音が一つなった瞬間に切ってしまいます。
翌日、刑事が十和子の元を訪れ、黒崎は5年前に失踪したと十和子に言います。うーん、そんなことでわざわざ警察が調べにくるものですかね。ちょっとおかしな気がしますが、さらにおかしいのは刑事が帰り際にアパートの外で十和子の夫の陣治に会い、全て事情を話すことです。
いくら夫婦でも、いや夫婦だからこそ隠しておきたいこともあるはず。警察がそんな簡単に情報を漏らしていいものですか。
陣治の描き方も変です。私は小説でも芝居でも映画でも、ダメな人間を描いたものが好きです。ダメな人間が必死になっている姿ほど感動的なものはありません。
でも、陣治はダメです。あまりに卑屈すぎて、全く感情移入できません。
ある日、陣治は大きなクリームパンを買ってきて十和子に一緒に食べようと言います。次の瞬間、陣治はタンスの角に足の小指をぶつけて、パンを放り出し、その上に倒れてしまいます。当然、パンはぺしゃんこになり、クリームがはみ出します。
陣治の愚かさや不器用さを表現したいのはわかります。でも……漫画じゃないんだから、いくらなんでも、それはないでしょ。
それ以外の場面でも、一周回って面白い演出が数多く見られます。
例えば、十和子と水島がラブホテルでセックスをした後、水島が寝物語で十和子にタクラマカン砂漠の話をします。すると……ラブホテルの天井にある穴(なんの穴なんでしょう。スプリンクラーかな)から砂が糸を引くようにベッドに落ちてきます。
砂漠のイメージが一瞬のうちに物体化する素晴らしい場面……って思うわけないでしょ。酷い、酷すぎて大笑いさせてもらいました。
十和子が淀川の河原(あ、この映画、舞台は大阪なんです。だから蒼井優も阿部サダヲも関西弁を喋ります)で水島にフェラチオをする場面も「すごい(笑)」のひとことです。なにしろバックにはライトアップされた大阪城と屋形船があるのですから。私はあれほど衝撃的(笑撃的?)な場面を見たことがありません。
陣治は黒崎のことも水島のことも知っています。でも、十和子に面と向かってはなにも言えません。だから、十和子の後をつけ、水島の家の郵便ポストに大人のオモチャを入れて嫌がらせをします。
深夜、ひと気のない商店街(天神橋筋でしょうか、それとも心斎橋筋でしょうか)で十和子に「水島さんのところにエッチなオモチャ入れたのあんたでしょ」と言われた陣治は「ああ、タコパンツな」と答えます。
え? タコバンツ?
私だって大人ですから「大人のオモチャ」がどんなものか知っています。でも、タコパンツ?
タコパンツってどんなものですか?
[ここからネタバレです。まだご覧でない方はご注意を]
映画の中盤から薄々わかるのですが、陣治は黒崎を殺しています。黒崎が失踪したのは陣治が殺したからなのです。
ところがこの映画にはさらに意外な展開が待っています。
十和子は水島が自分に冷たくなってきたので彼の後をつけます。すると偶然、水島がお詫びの品として持ってきた時計が、中国産の偽物で3000円しかしないものだとわかります。また、本屋で偶然タクラマカン砂漠の本を手に取った彼女は、水島がラブホテルで言ったことは全てその本からの受け売りに過ぎなかったことを知ります。
この辺りのシークエンスはなかなか巧みだったと思います。私は好きですね。
でも、そのあとは……正直ぶっ飛びました。
水島を呼び出した十和子は持ってきたナイフで彼を刺します。その瞬間、陣治が飛び込んできて、「お前が刺したんじゃない。俺がやったんだ」と言い、血まみれの水島に「警察には俺が刺したと言え。わかったな。わかったら、いね(この「いね」は「行け」、「居なくなれ」を表す関西弁です)」と言います。
水島を刺した十和子は、その瞬間、同じように黒崎を刺したことがあるのを思い出します。黒崎を刺し殺してしまった十和子は、陣治を呼び出し、後始末をさせていたのです。
え? いままでそれを忘れてたの? 記憶喪失?
確かに人間の心にはトラウマとなるようなことを忘れるという防衛機能が備わっているものですが、そんなに都合よく、そんなにピンポイントで忘れられるものですか?
意外な結末を描きたかったのでしょうが、それはないよなあ……
陣治は黒崎のことも、水島のことも、十和子のために罪をかぶってどこかの高台から身を投げるのですが、飛び降りる前に十和子に「いい男と結婚して妊娠しろ。俺がお前のお腹の中に入るから、俺を生んでくれ」と言います。
この映画の主眼は、もちろん陣治の一途な愛にあります。でも、最初に書いたように陣治は卑屈すぎて感情移入できませんし、そこまで言われると正直「気持ち悪い」としか言いようがありません。
陣治は手すりの上に立ち両手を広げて後ろ向きに身を投げます。『レ・ミゼラブル』でジャベールが身を投げるあのやり方ですね。
でも、ここはむしろベンチで普通に十和子と話して、突然走り出して手すりの向こうに消える方が良かったのではないでしょうか。
陣治が落ちていく間、フラッシュパックというのかな、陣治と十和子の馴れ初めが語られます。結構長い場面ですが、正直鬱陶しいだけ。これはない方がよかったと思います。
で、陣治が身を投げたあと、3羽の鳥が飛び立ちます。そして、そのあと画面いっぱいに無数の鳥が飛んでいるところが映し出されます。これが「彼女がその名を知らない鳥たち」というわけですね。
なるほど……大爆笑の場面です。
私は大いに笑わせてもらいましたが、蒼井優にとっても、阿部サダヲにとっても、他のキャスト、スタッフにとっても、これは「黒歴史」になる作品じゃないのかなあ。
言いたい放題に書いて申し訳ありません。でも、それが私の偽らざる気持ちですし、蒼井優は『サド侯爵夫人』の舞台をテレビで見て素晴らしいと思っただけにちょっと残念です。
でも、それにつけても……タコパンツってなんなんだろう、タコパンツって。
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