Tumgik
444writing · 3 years
Text
本屋の隙間
 20時頃、会社帰りに寄るその本屋にはいつ行っても5歳くらいの女の子がいた。 小さな子ども用の椅子に座って、平積みにされている絵本を読んでいる時もあれば、本屋大賞と帯のつくミステリを読んでいる時もあった。
 「ねぇ、それ子供には早いよ」と思わず声を掛け、小さな手から本をそっと奪った。 官能小説の棚の前にいたその子は不思議そうな顔でこちらを見上げている。 「読んでも分からないでしょう」 「しってるじをさがしてるの」 なるほど、本を読んでるわけではないのか。 「他の字を、教えようか?知りたければ」 冷たく聞こえたかと思ったが、小さく頷いた。 「じゃあ絵本にしよう」
 一体この子はどんな生活をしているのか、そう思ったが私には重荷過ぎる予感がしてすぐに考えるのをやめた。 本屋の店主も似たような感じだったのかもしれない。
 小さな女の子と35歳の私は、並んで絵本を開く。店主が小さな椅子を持ってきてくれた。 本屋は流動的で不完全だ。 だからこそ、その隙間は柔らかく私達を包んで、世界は私達の為にあると思わせてくれる。
  
書・空豆 /tw@soramamejiros
0 notes
444writing · 3 years
Text
home
 あ、ここで生きていこ。  その書店に着いて数秒後、深呼吸をして私は思った。思ったことを憶えている。  広い書店だった。整頓された棚には何でもあるような気がした。生き存える為のものすべても、あるような気がした。  連れてきてくれたひとから隠れてしまおう。明日からはもう学校にも行かない。私、ここに住む。  隠れてしまえそうなくらいに、沢山の本棚が整列していた。これだけ本棚があれば、私は何処かにいってしまえる筈。文庫本の棚のなかがいいかな、それとも数学のコーナーなら見つからないかも。ちくま日本文学全集が全部揃っている書店って初めてきた。『現代民話考』も全巻ある。私もあの本のなかの幽霊になってしまおう。連れてきてくれたひとは、諦めて帰ってしまうだろう、彼の家へ。  お腹が空いたら、新刊図書の紙の匂い、あの芳潤な香りを呼吸して糧にするの。大丈夫。眠くなったら、レジ裏の段ボール箱をひとつ拝借しよう。  もう何処にも行かなくていい。私、ここに住む。  私の家。  この本の世界、私の生きる家(home)。
書・泉由良 /web・tw@yuraco
0 notes
444writing · 3 years
Text
ありがとうございました
表紙に惚れる ワンクリックで買ってみる 本が届く うれしい
好きな作家が見つかる 好きな作家を推してみる 好きな作家が喜んでる うれしいがふえる
自分でも書いてみる 緊張しながら本にする 知らないひとが推してくれる うれしいがつながる
本のテーマソングを聴く 本についてのおしゃべりを聴く 本が開くおとを聴く 登場人物のこえを聴く
知らないひとを知る 分からないことを分かる 読むたびあたらしくなる 君が僕にひらいてくれた世界
作者と読者は違うけど、つながっている そのふかい悲しみも、書けなかったふかい夜も 読者と作者は違うから、つながっている そのはじけるような笑顔も、さいこうの文章にあえた朝も
書・にゃんしー  /tw@isquaredc
0 notes
444writing · 3 years
Text
本の求婚
 「こんばんは。今は本ですが、あの時助けていただいたメモです」 「……間に合っています」  まあまあお気になさらず、とズイズイ家の中に入ってこようとする。おいおい、空気読めよ、気にするわ。この本、ドアの隙間に自身を挟み込んでくるせいでドアが閉められない。  本は勝手に話を始めた。    私の前身は最後まで使われなかったメモ、ありがちな話です。  貴方は捨てられた私を拾い、字を書いては消し、書いては消し。時々「肉、ピーマン」など買い物する物を書き、私はどんどん貴方色に染まっていきました。そしてなんと最後の1ページまで私を使い切り、更に私を元に本を作成しました。  そんなの…そんなの私と貴方の逢瀬から産まれた生命ではありませんか。  ほら、この誰にもまだ触られた事のない裁断面。  もっと私とページを重ねてみませんか?この家を本で埋め尽くしましょうよ。  ね?私の本屋さん。
 シュル…シュルを紙が擦れる音が大きく聞こえてくる。  執筆に詰まった自称作家のところに来るなんて……確かに本屋が出来そうなぐらい今ネタ降りて来たわ。
 
    
書・岸本める /web・tw@lisagasMerci56
0 notes
444writing · 3 years
Text
おいしい本フェア
ここは秘密の書店。私は店主。小説芸術科学に魔術、廃盤絶版あらゆる蔵書。『おいしい本フェア』開催中!
─本はどれもおいしいものですものね。
ゆったりとした笑みを湛えてそれは立っていた。スリットの瞳孔。手には一番上の書棚にあったはずのオールカラー図鑑。それを、食べていた。 上品な仕草ではあったけれど、口に運ぶときにちろりと覗く赤い舌が妙に艶かしい。
次の本を齧りながら、私の抗議する目線を嗜めるように言った。 ─オーナーのしろやぎです。ここは私の本屋ですよ。
ヤギだ。ハウツー棚からヤギ対処本を探し出す。(仕入れておいてよかった) そして対抗するクロヤギを呼び出す。
─これはこれはクロヤギさん。一緒にどうです?
かさかさ、ムシャムシャ。 倍速になってしまった。ヤギ対処本も食べられてしまっていた。
ぱりぱり。ムシャムシャ。 どんどん本が減っていく。 咀嚼、咀嚼、咀嚼。 私の本屋が。
─心配しないで。全てを平らげますから
平穏ですよ、と微笑む。長細い瞳孔がこちらを捕らえていた
 
 
書・サカトゲヨリオ /web・tw@sakatoge
0 notes
444writing · 3 years
Text
辺境を巡る本屋
「こんな辺境に『本屋』が来るなんて」  宇宙港に着陸するとほぼ同時に船に乗り込んできた、辺境惑星の長を示す肩章を身に着けた大男の言葉に、小さく微笑む。ハルがこの、小さな本屋を併設した宇宙貨物船で辺境を旅する理由は、祖母の形見の本の裏表紙に書かれた名前の人物を探すため。この本は、遠くの学校へと向かう宇宙船の中で読む用にと、家族で選んだ本。そう、宇宙へと飛び出したきり帰ってこない祖母は話していたらしい。 「祖父さんの話で聞いただけだが、本当に紙の本が並んでるんだな」  祖父さんも、優秀な姉が別惑星の学校へと向かう際に途中まで付いていった中継港で、家族と一緒に店に入っただけらしいが。辺境長の言葉に、ハルの細い背がピンと伸びる。まさか、この場所が、宇宙を飛び回っていた祖母の出身地なのか? 「……見てほしいものがあります」  唇を引き結び、目を瞬かせた辺境長を戸棚の奥へ案内する。  ハルが見せた、破れかけた裏表紙に刻まれた文字に、辺境長が声を失う。  やっと、辿り着けた。温かい安堵に、ハルは小さく息を吐いた。
 
 
書・風城国子智/web・@sxisato
0 notes
444writing · 3 years
Text
大好きな本屋さん
 晩ごはんの片付けも終わった後、お母さんがパソコンに向かってキーボードを叩く。  一生懸命パソコンに向かってるお母さんに、時々お父さんがお茶やお菓子を持ってきて差し入れをする。  お母さんがなにをやっているのかというと、小説を書いているのだ。  お母さんは学生の頃から小説を書いていて、今でもそれを続けている。小説家になりたいわけではないらしいけれども、小説を書いてるときのお母さんは楽しそうだ。  出来上がった小説をプリンターで刷った紙をお母さんはどんどん折っていく。折った紙に表紙をつけてステープラーで留めて、小口の部分をきれいに切り揃えて、それから、コーナーの部分をレース柄のパンチで抜く。そうして出来上がった本を、お母さんは僕に手渡した。  お母さんは毎月、僕に小説を書いてくれる。僕はお母さんが書いてくれる小説が大好きだ。  今月もお母さんが頑張って書いた小説を読む。小さな頃からこういうことを繰り返していて、他の家ではやらないと知ったときは驚いた。  今月の小説も面白い。お母さんは大好きな僕の本屋さんだ。
書・藤和 /web・tw@towa49666
0 notes
444writing · 3 years
Text
私だけの特別な空間
 ここの本屋さんは私だけしか入れない、特別な場所。  当初は何もなかったが、少しずつ本の量が増えてきた。  薄い本や分厚い本、値段が付けられている本もあれば、非売品と書かれている本まで様々ある。中を捲れば、印刷されたものだけでなく、手書きの本さえあった。拙い文章でも一生懸命書かれた本は、どこか懐かしい気分さえした。
 ふと、棚の端に真っ白い表紙の本があるのに気付いた。中身を見たが箇条書きのみで、物語としては体裁が整っていない本だった。  この本は何だろうかと思案していると、一つの推測に思い当たる。
 これは作り途中の本。まだ形になっていない物語の断片が書かれている本なのだ。
 ──この本屋さんは私が創造し、生み出した物語たちが本となり置かれている空間だった。  実際に本となったものもあれば、webのみで公開した物語、そしてまだ設定や漠然とした想像のみで文字にできていない物語などがたくさん詰まっているのだ。
 いつかこの真っ白な本にも物語が綴られるのか、そしてこの本屋が拡大していくのかは――、私次第だ。
 
  書・桐谷瑞香 /web・tw@mizuka_k
0 notes
444writing · 3 years
Text
共に読んで
 部活の後輩は、時々僕のことを、僕の本屋さん。と呼ぶ。  僕は色々な本を読んで、色々な本を薦められるからというのもあるらしいのだけれども、それ以外の理由もある。  後輩は、文字を読むのが苦手だ。それで授業中も、かなり苦労しているらしい。  それでも本自体は好きで、僕によく本の朗読をお願いしてくる。これが本屋さんの所以だ。  文字を読むのが苦手というのが、いったいどんな感覚なのか、僕にはまったく想像できない。それでも、本が好きで中身を知りたいという気持ちはよくわかるのだ。  後輩と一緒に、今日も学校の図書館で本を借りる。もちろん、後輩は本の背表紙を見てもどんな本かを知るのが難しいので、タイトルを僕が読み上げながら。  図書館で借りた本を、部室で朗読する。後輩に本を読み聞かせるのは時間がかかるし、本の貸出期間中に終わらないこともある。それでも、こうやって後輩と一緒に過ごす時間は、僕にとっても楽しいものだった。  後輩が、こっそりと僕のことを、僕の本屋さん。と呼ぶ。  僕はいつまで、後輩の本屋さんでいられるだろう。
 
 
書・藤和 /web・tw@towa49666
0 notes
444writing · 3 years
Text
おでかけ
 小さい頃に一緒に暮らしていた祖父母。よく遊び相手になってくれて、休日には遠くまで連れて行ってくれることもあった。公園も悪くなかったけど、お気に入りは街の本屋さん。  本を買ってもらって、お家に帰ってからは読んでもらって。もっと楽しいところがあるはずだと思っていたのは最初だけ。すぐに本屋さんへのおでかけが好きになった。  本屋さんに出かけた日には、とても嬉しそうにしていたらしい。親からどこに行ってたのと尋ねられると、すました顔で『ちょっとそこまでおでかけ』だって。本に夢中でうわの空だったのだろうか。まったく覚えていない。
 小さい私でも届く高さの棚にあるひらがなで書かれた大きな絵本。見上げた高さにあった読めない記号で書かれた何か。一人で読めるようになって背が伸びると、文庫本などの文字も小さなものを選ぶようなっていった。  あの当時の本屋さんはまだ残っていて、休日になると小さな手を握りながら入り口の扉をくぐる。私は以前と同じようにワクワクしているけど、この子もそうだといいな。
 
 
書・wacpre /tw@wacpre
0 notes
444writing · 3 years
Text
狭い世界から
 小学生の頃、僕は学校の図書室が好きだった。  昼休みも放課後も、司書さん以外は誰もいなくて、そこにれば誰にも邪魔されないで過ごせたし、好きな本を読むこともできた。  学校の図書室は、まるで僕の本屋さんのようだった。  放課後図書室から出るたびに思っていた。こんなに本がたくさんある本屋さんが、ほんとうにあればいいのに。その時の僕は、自分が本を買えるかどうかも考えずに、ただそんな空想をしていたのだ。  中学校、高校と、年を経るごとに触れる本の数も増えて、それと同時に図書室や図書館に行くたびに、こんなに本がたくさんあって好きなように買える本屋なんて、きっと夢物語なのだとも思うようになった。  そして僕は高校を卒業して、大学に通うために東京に出た。  大学に通うのに便利な場所に借りた家の近所を歩いていると、目を疑うものが目に入った。  昔僕があの日空想していた、図書室のように沢山の本がある本屋があったのだ。  それを見た僕は、ほんとうにこんな場所があるのだと驚き、僕の知っていた世界はほんとうに狭かったのだと思った。
   
書・藤和 /web・tw@towa49666
0 notes
444writing · 3 years
Text
扁平書店
 大きくなったらおまえにもちゃんとできるよ、たくさん歩けばこうなるよとずっと言われていたが、成人してもおれの足には土踏まずがないままで、おれの足の裏は肉と肌が平らに満たされておりみんなにはあるアーチがなく、「ある」から「ない」のだった。 まっ平らのあしうらでおれは土を踏み、草を踏み、人の体をなでさすり、登り棒だってそうした。それなりに器用に動くのでそうできた。  それとこれとは関係あるような、ないような、おれはさまざまな書物を買い集めて読み漁り、気に入ったもの、逆に読みとおせなかったもの、ぜひ扱ってくれと頼まれたものなどを敷物に並べ、道ゆく人に売っている。これは比喩で、おれの敷物も道ゆく人も電子の世界の信号だが、書物はある。アーモンドのにおいのするページ。いや電子の書物もあるので、あってもなくても書物ではあった。「ある」も「ない」も足は足だ。  平らなあしうらに墨汁を塗り、紙片にべったり押印し、縮小・複写して蔵書票とした。おれの足はまんべんなくキスできるので、ふやけて波打つ。
 
 
書・オカワダアキナ /web・tw@Okwdznr
0 notes
444writing · 3 years
Text
またいつか
 家から少し離れた所に、私の本屋さんと呼んでる本屋さんがある。  町の片隅にあって、小さくて、置いてる本も少ない、けれども町の人達から愛されてる本屋さんだ。  私もこの本屋さんには小さな頃から何度も来ているし、色々なことでお世話になった。  今日も、私の本屋さんに注文していた本を受け取りに行く。自転車に乗って受ける春の風は、柔らかくて暖かだった。  本屋さんについて中に入ると、いつも店番をしているおばさんが、いつも通りににこにこして私を迎えてくれた。  注文していた本の会計をして受け取って、私は今日、このおばさんに言わなくてはいけないことを心の中で反芻する。  今までに私がつらかったとき、悲しかったとき、そんな時に優しくしてくれたことを思い出しながら、レジの前から動かない私を不思議そうに見ているおばさんにこう言った。 「明日、大学に通うために引っ越すんです」  するとおばさんは、驚いた顔をしてから、寂しそうな声でひとこと、がんばって。と言った。  本屋さんを後にする。さようなら、私の本屋さん。またいつか会おう。
 
  
書・藤和 /web・tw@towa49666
0 notes
444writing · 3 years
Text
はじめての本屋さん
 はじめて本屋さんで、自分のお金で本を買ったときのことを、今でもよく覚えている。  私がはじめてお小遣いで買った本は、石の小さなガイドブックだった。  同じ棚に並んだ他の色々な本と見比べて、ほんとうはもっと大きくて石がたくさん載っている図鑑が欲しかった。けれども、私のお小遣いでギリギリ買える本が、そのガイドブックだったのだ。  お小遣いとの兼ね合いで、ある意味妥協して買ったガイドブックだったけれども、家に帰って来てお父さんとお母さんと一緒にその本を開いたとき、とても嬉しかった。  その時に買った本は、あの時欲しかった大きな図鑑に比べて持ち運びが格段に楽でいまだによく持ち歩いては見返している。あの時は妥協だったけれども、あの判断は間違っていなかったのだ。  なにはともあれ、はじめて自分のお金で本を買って以来あの本屋さんのことを、私の本屋さん。と呼ぶようになった。  他にも本屋さんはたくさんある。少し脚を伸ばせば、もっと大きい本屋さんがたくさんある。  それでも私は今でもたまに、あの本屋さんが恋しくなるのだ。 
 
書・藤和 /web・tw@towa49666
0 notes
444writing · 3 years
Text
父の画集
 仕事用のアドレスに知らない相手からのメールが届く。 『勝山書店と申します。貴方のお父様の作品ついて、ご相談が……』  亡き父が若い頃、描いた画集が、出版社が権利を放棄し、書店に払下げされたサーバーからサルベージされたという。 『当書店のあるコロニーの初期の風景を描いた、とても素晴らしい作品集なので、是非、うちで売らせて頂きたいのです。つきましては著作権について……』  父の財産は全て、母と娘の私が相続している。私は母と相談した後、書店に返事を出した。
「お父さんの本、今月も売れているわよ」  印税用にネットバンクに開設した口座を見た母が、書店から入金に嬉しそうな声を上げる。  書店のサイトには特設ページが作られ、宇宙空間に浮かんでいるとは思えない、下町の光景を描いた美しい色合いの絵が珍しがられ、ベストセラーになっているとある。 「お父さんの絵を喜んでいる人が、こんなにいるのねぇ」  母の皺のよった目尻に浮かぶ涙。  今度、母と二人で、父を再発見してくれた書店を訪ね、画集と共に父の描いた風景をたどってみよう。
 
 
書・いぐあな /web・tw@sou_igu
0 notes
444writing · 3 years
Text
アンサンブル
 目の前のテラス席に座る頭に三本つのが生えた人が、読み終わったと思しき文庫本をちぎってかたわらのフィッシュフライバーガーに挟み込んでいる。その後、彼はおいしそうに目を細めながらバーガーを咀嚼し始めた。それを眺めつつ、僕は自分の『読書』に戻る。
 いろんな国の偉い人が地球外生命体の存在を認め、積極的に惑星間で交流をするようになってから、こういう光景はよく見るようになった。いろいろな文化の違いがあるなかで特に読書という行為はずれが大きいらしい。本を読むだけの地球人とは異なり、その後で摂食したり複写したり水で濡らして粘土みたいにすることを読書と呼称する人々もいた。そもそも読まずに『感じる』だけのものもいるらしい。
 書店と喫茶スペースがそれぞれ半分ずつ設けられたこの店の中は、読書の音で満ち満ちている。紙の乾いた音、レタスとバンズが歯で裂かれる音、桶の中で水が跳ね回る音。そこで一緒にページをめくっていると、僕は『調和』なんてうわついたきれいごとが、本当にあるんじゃないかと信じたくなってしまう。
  
   書・大滝のぐれ /tw@Tutibuta_kawa
0 notes
444writing · 3 years
Text
わたしのまちの本屋さん
 この町唯一の書店の主たる親父が死んだのは、俺が二十歳の秋。車で少し走れば、国道沿いに大型書店があるのに、親父の店は人々から愛されていた。当然、葬式は盛大で、町長までが「お父上の本はこの町の全てでした」と言って来たのには仰天した。俺自身は本なぞ糞食らえの精神で、店には全く足踏みしなかったためだ。
 だから翌日、お袋から「商売を教えるよ」と言われた時も、面倒としか思わなかった。だがお袋は俺を店に連れていくと、突然レジの真下の地面に作られた扉を開けた。深い穴底から、冷風が吹いてくる。驚く俺に、「執筆者さんは四から五丁目に集まってお暮しだから」とお袋は言った。 「印刷所は二丁目。一丁目には編集さんがいるから、不明な事は聞きな。ああ、間違っても『表』から行くんじゃない。本作りは町の裏稼業だから、地下道を使うんだよ。売り上げは全部、三丁目の経理部に届けるように。――あと」  お袋はじっと俺を見た。 「もちろんこれは、他の町の奴には秘密だよ。この町には皆から愛される本屋さんがある。それでいいんだから」
書・北中ねむ /web・tw@tengood_good
0 notes